「ドライバーでグリグリやっているうちに、ネジの頭がつぶれて困った経験ってないですか?」
エンジニア社長、高崎充弘(たかさき・みつひろ)氏は言う。
「ほかにも、ネジが錆(さ)びて固まったりすると、ドライバーではどうにもできません」
そして、高崎社長はペンチのようなものを取り出す。
「どう見ても、普通のペンチでしょ?」
「普通のペンチと大きく違うのは、
『ネジの頭をつかんで回せる』
という点です。これによって、
『どんなネジでも外してしまおう』
と」
その名も「ネジザウルス」。
高崎社長は言う。
「商品名を親しみやすいものにしようと思い、社内公募をしたんです。その中に、ネジの頭をつかむ先端部分を『恐竜のティラノサウルス』に見立てた案があって、『あ、これだ』と。即断で『ネジザウルス』に決めました(笑)」
どんなネジでも外せる秘密は、その「先端部分」にあるという。
高崎社長は言う。
「通常のペンチって、先端部分に横向きのミゾがはいっているんです。これは何かをつかんで引っ張るときに摩擦ときかせるためですが、ネジをつかんで回そうとすると滑ってしまうんです。そこで、まず先端のミゾを『縦』にいれました」
さらに、もう一工夫。
「通常のペンチは、閉じたときに先端部分が平行になるよう設計されているため、ネジの頭をつかもうとするとハの字型になって、やはり滑ってしまうんです。そこでネジザウルスは開いたときに、ちょうどネジ頭を平行につかめるように、『逆ハの字型』にしました。この傾斜角がビートたけしさんの『コマネチ』というギャグに似ていたので『コマネチ角度』と命名したんです(笑)」
高崎社長は言う。
「やはり、われわれは大阪の会社なので『遊び心』があっていいんじゃないかと」
株式会社エンジニアは、大阪市東成区にある。従業員は30名。「ネジザウルス」の異例の大ヒットによって、一躍有名になった。
高崎社長は言う。
「社長に就任するまでの17年間に積み上げたアイディアは、じつに800点におよびます。恥ずかしながら、そのほとんどが失敗におわりました(笑)。ただ、裏をかえせば、800点もの失敗のうえに『ネジザウルス』の大ヒットが成り立っているといも言えるわけです」
通常の工具は、年間1万丁も売れれば大ヒットといわれる。
ところがネジザウルスは、2002年8月にホームセンターで販売を開始し、それから4ヶ月で7万丁も売れた。
高崎社長は言う。
「ネジザウルスは、ふとした思いつきから生まれた商品でした。当時、特注工具セットのなかに『先端に縦ミゾを切ったペンチ』がありましてねアメリカ発祥のガス管をつかむための工具なんですが、それを偶然みつけたときに、『これはひょっとしたらネジの頭をつかめるんじゃないか』と思ったんです」
2002年の初代ネジザウルスにはじまり、
2005年に「大きいネジ用」の二代目、
2006年に「小さいネジ用」の三代目を発売。
その結果、2007年にはシリーズ累計30万丁を突破した。
ところが、時悪く、リーマンショックがおきる。
高崎社長は言う。
「売り上げはガクッと落ちて、2,000万円の赤字を計上することになってしまったんです。このときが私自身、いちばん苦しい時代でしたね。奇しくも創業60年の節目の年でもありました」
さすがに、社内では「あきらめムード」が漂った。
だが、あえて
「四代目をつくろう!」
高崎社長は高らかに、そう宣言した。
「ネジザウルスは、まだ40万丁しか売っていない。日本には1億2,000万人、5,000世帯もの市場がある。
『一家に一本、ネジザウルス』
を合い言葉に、あと100倍は売れるだろう!」
改良すべき箇所は、まだまだあった。
1,000通以上の「ご愛用者カード」が、それを教えてくれた。
そして2009年8月、
最後の勝負として「四代目」、ネジザウルスGTが誕生した。
売り上げは前年比200%。
V字回復を果たした。
「トラブルがあれば、必ず、その痕跡があるはずや」
高崎社長は言う。
「ですから、ちゃんと目を凝らして見れば、そこには必ず、原因と答えがあるんです。そして遊び心。息をぬく瞬間が必要なんです。昔から、アイディアが生まれやすいのは『馬上、枕上、厠上』と言われるように、心身ともにリラックスしたとき、脳が活発にはたらく。ネジザウルスも『サウナ風呂』のなかで思いつきました(笑)」
(了)
出典:致知2016年6月号
高崎充弘「『執念』と『遊び心』が難局を打開する力を生む」
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「通常のペンチは、閉じたときに先端部分が平行になるよう設計されているため、ネジの頭をつかもうとするとハの字型になって、やはり滑ってしまうんです。そこでネジザウルスは開いたときに、ちょうどネジ頭を平行につかめるように、『逆ハの字型』にしました。この傾斜角がビートたけしさんの『コマネチ』というギャグに似ていたので『コマネチ角度』と命名したんです(笑)」
高崎社長は言う。
「やはり、われわれは大阪の会社なので『遊び心』があっていいんじゃないかと」
株式会社エンジニアは、大阪市東成区にある。従業員は30名。「ネジザウルス」の異例の大ヒットによって、一躍有名になった。
高崎社長は言う。
「社長に就任するまでの17年間に積み上げたアイディアは、じつに800点におよびます。恥ずかしながら、そのほとんどが失敗におわりました(笑)。ただ、裏をかえせば、800点もの失敗のうえに『ネジザウルス』の大ヒットが成り立っているといも言えるわけです」
通常の工具は、年間1万丁も売れれば大ヒットといわれる。
ところがネジザウルスは、2002年8月にホームセンターで販売を開始し、それから4ヶ月で7万丁も売れた。
高崎社長は言う。
「ネジザウルスは、ふとした思いつきから生まれた商品でした。当時、特注工具セットのなかに『先端に縦ミゾを切ったペンチ』がありましてねアメリカ発祥のガス管をつかむための工具なんですが、それを偶然みつけたときに、『これはひょっとしたらネジの頭をつかめるんじゃないか』と思ったんです」
2002年の初代ネジザウルスにはじまり、
2005年に「大きいネジ用」の二代目、
2006年に「小さいネジ用」の三代目を発売。
その結果、2007年にはシリーズ累計30万丁を突破した。
ところが、時悪く、リーマンショックがおきる。
高崎社長は言う。
「売り上げはガクッと落ちて、2,000万円の赤字を計上することになってしまったんです。このときが私自身、いちばん苦しい時代でしたね。奇しくも創業60年の節目の年でもありました」
さすがに、社内では「あきらめムード」が漂った。
だが、あえて
「四代目をつくろう!」
高崎社長は高らかに、そう宣言した。
「ネジザウルスは、まだ40万丁しか売っていない。日本には1億2,000万人、5,000世帯もの市場がある。
『一家に一本、ネジザウルス』
を合い言葉に、あと100倍は売れるだろう!」
改良すべき箇所は、まだまだあった。
1,000通以上の「ご愛用者カード」が、それを教えてくれた。
「グリップを握りやすくしてほしい」
「先端を細くしてほしい」
「バネをつけてほしい」
「カッターをつけてほしい」
「トラスネジを外せるようにしてほしい」
…
そして2009年8月、
最後の勝負として「四代目」、ネジザウルスGTが誕生した。
売り上げは前年比200%。
V字回復を果たした。
「トラブルがあれば、必ず、その痕跡があるはずや」
高崎社長は言う。
「ですから、ちゃんと目を凝らして見れば、そこには必ず、原因と答えがあるんです。そして遊び心。息をぬく瞬間が必要なんです。昔から、アイディアが生まれやすいのは『馬上、枕上、厠上』と言われるように、心身ともにリラックスしたとき、脳が活発にはたらく。ネジザウルスも『サウナ風呂』のなかで思いつきました(笑)」
(了)
出典:致知2016年6月号
高崎充弘「『執念』と『遊び心』が難局を打開する力を生む」
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