2011年08月04日

一見優秀に見える中国の「借金事情」。しかし、数字のいい加減さには要注意。

ヨーロッパ、そしてアメリカで起こった一連の「デフォルト騒動」の原因は以下の2点に集約される。

1.借金の額が多すぎる(貯蓄が少なすぎる)。

2.外国からの借金が多い。


その点、「中国」は大変優秀である。

中国の外国からの借金は、「5489億ドル(43兆円)」。

額は大きいが、GDP比では、たったの「9%」程度である。

加えて、中国の貯金(外貨準備)は、「3兆2000億ドル(250兆円)」。貯金が借金の「6倍近く」ある。

現時点では、中国がアメリカのように、外国の借金を返せなくなる恐れは皆無である。


国債の残高も、GDP比20%未満。

日本の220%、アメリカの90%と比較すれば、その小ささが浮き彫りになる。


中国に懸念があるとしたら、それは「地方」かもしれない。

地方政府の財政は、「どんぶり勘定」である。

地方による「土地の払い下げ」が認められて以来、土地を売るとともに、土地を担保に「巨額の借金」をしている。

そして、その借金のうち、80%以上が「国有銀行」からの借り入れ。

すなわち、地方の失態が、国を揺るがす可能性があるということである。


不透明な地方の実態は、「隠れ借金」の存在も否定できない。

しかし、残念ながら、地方政府を監督する権限は、民間にはない。

「公表される数字」を鵜呑みにできないところが、中国の恐ろしいところである。



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2011年07月29日

消費意欲の旺盛な「インドネシア」。今後は、生産性の伸びに期待。

ギリシャの「格付け」は、どこまで下がるのか?

世界最強のアメリカまでもが、「格下げ」されてしまうのか?

欧米諸国が「格下げ」にビクつく中、「インドネシア」の信用は、逆に引き上げられている。



インドネシアの人口は2億3800万人(日本の2倍弱)。昨年の経済成長は「6%」という強い伸び。

次期BRICs(ブラジル・ロシア・インド・中国)の最有力候補である。



その強さの背景にあるのが、「コモディティー(商品)」。

「石炭」「ガス」は、中国・インドに輸出され、「パーム油」は世界中に輸出されている。



経済形態は、まだ洗練されていないものの、インドネシアの「消費力」は侮れない。

GDP(国内総生産)の成長率の半分近くを、旺盛な「消費」が占め、消費の主役となる「中産階級(可処分所得が年間3000ドル)」は激増している。

インドネシアの「中産階級」は、「1億5,000万人」に迫るという。中産階級だけで、すでに日本の人口を超えているではないか。



自動車、スクーター、スマートフォンなどは飛ぶように売れる。

先進国とは違い、インドネシアでは、携帯・パソコンをすっ飛ばして、いきなり「スマートフォン」からスタートである。

ネットのアクセスに有利な「スマートフォン」は、インドネシアにソーシャルメディアを爆発的に普及させた。

インドネシアのフェイスブック利用者数は、世界で2番目、ツイッターの利用者は、世界で3番目だという。



インドネシアのさらなる発展への課題は、ビジネス環境の整備である。

「依然、多くの面でビジネスを行うのが難しい」。そして、「インフラがお粗末なため、生産コストが大幅に高くなる」。

その結果、インドネシアは「効率性と生産性において、大きく立ち遅れている」。

「不透明な政治体制」も評判が悪い。

「しばしば新しい規則が突然作られ、既存の規則と矛盾する」。このデタラメさは、ビジネスマン泣かせだという。



インドネシア国内の生産性は、まだまだ課題が多いが、インドネシアの旺盛は消費は、東南アジア各国(タイ・マレーシア・フィリピン)の経済を潤している。

これから、インドネシアが生産面でも強くなっていければ、経済大国となっていく道も開けるのであろう。



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2011年07月11日

節電の意識に見る、日本と中国の明確な差異。暑い夏は始まったばかり。

日本人は大真面目すぎるのか?

それとも、中国人がいい加減すぎるのか?

「節電」を巡り、両国の差は歴然である。



真面目な日本人たちは、強制されなくとも、セッセと地道な節電に励んでいる。

かたや、中国人の常識としては、「節電は、政府の計画に沿ってやるものであり、個人が自発的に行うものではない」ということになる。

真面目すぎる日本人は、エアコンもかけずに熱中症で死んでしまうほどに、「自己犠牲」をものともしない。中国人の目には、そんな日本人が、別の生き物のように映る。

かつての日本人は、企業のために「過労死」を厭(いと)わず、今また、お国のために「節電死」をも厭(いと)わないというわけである。



中国の節電は、強制的である。

華東地区では、工場に設置されたメーターが制限値を超えると、「警告」が発せられ、その5分後には、電源が強制的に遮断されるという。

まさに問答無用。関係者は、このメーターを「強制ギプス」と憎々しげに呼ぶ。



日本で発せられた電力制限令は、大口電力消費者に「一律」に課されたわけだが、これも中国では、「ありえない」という。

上海では、「重点産業」を保護するというポリシーのもと、電力を優先供給される企業が存在する。

震災後の日本の計画停電は、その名とは裏腹な「無差別停電」だったわけだが、今回の電力制限令も然り、表面的には大変「平等」な法令である。

中国では、日本の「横並び主義」は敬遠されるものの、明らかな「不平等」感があるのも、また事実。

この点では、お互い様の感が否めない。



「和」を重視する日本と、「個」を重視する中国。

島国と大陸が、それぞれに育んできた伝統・文化は、あまりにも対極的である。

これほど近い国同士が、これほどまでに違うということは、国家多様性という面では、実に有益なことである。

今後ともに、お互いを反面教師としながら、時にはぶつかり、時には感心しながら、歩を進めていくこととなるのだろう。




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2011年07月08日

効率化を押し進める「韓国」。変わるに変われない「日本」。

「韓国・釜山港」付近の道路を写した一枚の写真。

この一枚の写真に、韓国の進化が写されているという。



まず、電柱がほとんどない。

このことは、釜山の街では、「無電柱化」が進んでいることを示している。

かたや、日本で電柱を見かけないことは、ほとんどない。



「港への道幅が広い」

片側4車線という広さは、港から首都ソウルへの物流の良さを示している。

かたや、日本は港(港湾・空港)への道が、それほど整備されているとは言えない。



なぜなら、日本の道路は、都道府県庁をつなぐ道は、「旧建設省」が管轄し、港(港湾・空港)と国道を結ぶ道路は、「旧運輸省」が管轄していた。

そのため、港(港湾・空港)への道は、国道よりも「格下」と見なされ、整備が立ち遅れた。

韓国、そして欧米は、国の出入り口の道路を最優先に整備したが、日本は「部屋と部屋をつなぐ道」を重視し、「玄関への道」を軽んじたことになるという。



また、トラックが運ぶ「コンテナ」にも、日韓、いや世界と日本の差が表れている。

コンテナの規格サイズは、「20フィート(6m)」と、その倍の「40フィート(12m)」がある。

普通、一台のトラック(トレーラー)は、40フィート・コンテナなら1つ、20フィート・コンテナなら2つ積むことができる。



ところが、日本だけは、20フィート・コンテナを2つ積むことができない。それを禁じた法律があるためである。その法律によれば、2つ積んでしまうと、規制値を「12cm」オーバーしてしまうというのだ。

日本で、20フィート・コンテナを2つ積めないというのは、世界の常識から外れており、不便極まりないことである。韓国では当然のように、2つ積むことができる。

では、20フィート・コンテナの倍の長さの、40フィート・コンテナも積めないのか?そんなことはない。一体不可分の貨物は、申請により許可されるという。何ともチグハグな話である。



ある事業者は、阪神淡路大震災のとき、神戸港が使えなくなったとき、やむなく「韓国・釜山港」を使ったという。

そうしたら、釜山港の「利便性と料金の安さ」に驚き、以来、神戸港よりも釜山港を愛用しているという。

現在、釜山港の貨物量は「世界第5位」、神戸港は「世界第44位」。

利便性の差が、大きな収益の差となって表れている。



たった一枚の写真から、いかに韓国が国際標準を念頭にインフラを整備したかが窺(うかが)える。

韓国の発展の根底には、「元大統領に死刑判決を出すほどの、厳しい民意」があるという。

一例を挙げれば、韓国の憲法は、1948年の制定以来、9回も「改正」されている。

かたや、日本は、アメリカのGHQが急ごしらえした憲法を、後生大事に守り続けている。

その時、憲法草案にたずさわったアメリカ人は、日本人が「今だに、あの憲法と使い続けているのか」と、驚いたという。



冬季オリンピックの開催も決め、勢いに乗る韓国。

先の見えない未来に、停滞を余儀なくされる日本。

目と鼻の先にある両国家は、それぞれの道を歩んでいるようだ。



posted by 四代目 at 17:25| Comment(0) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブラジルに流れる日本のお金は、ブラジルを苦しめている。

ブラジルの通貨「レアル」高騰の背景には、「ミセス・ワタナベ」がいるのか?

「ミセス・ワタナベ」とは、日本の主婦投資家の代名詞であり、円を売って、金利の高い通貨(もちろんレアルなど)を買う勢力のことである。

この勢力の力は侮りがたく、時には、相場を大きく動かす。ハゲタカといわれるプロディーラーでさえ、一目置く存在である。

その力かどうかは定かではないが、日本人は月間40億ドル(3,200億円)を、ブラジルのレアル買いに注ぎ込んでいるという。



ブラジルのGDPは昨年7.5%拡大、今年の見込みでも4%が期待されている。さらには、オリンピック、ワールドカップ(サッカー)も控えている。

好景気はインフレ(物価上昇)を引き起こす。ここ数ヶ月はインフレ目標の6.5%を超えたため、それを抑制するために、4回にわたり「利上げ」し、現在の政策金利は「12.25%」である。

日本人がブラジルのレアルを買いまくるのは、この高金利に魅せられてのことである。ご存知、日本(円)の金利は世界一低い。そのため、円を売って、レアルを買えば、その利子収入が得られるという算段である。



ブラジルとて、外国資本は必要としている。

「ブラジルがGDP5%の成長を維持しようと思えば、少なくともGDP23%を投資しなければならない」。

ところが、ブラジルの「国内貯蓄はGDP16%に満たない」。差額のGDP7%分は、外国からの資金に頼らざるをえないのである。



ところが、あまりにも外国資金がブラジル国内に流れ込むと、困ったことになる。

ブラジルの通貨が「過大評価」されてしまって、その価値が跳ね上がってしまうのだ。

通貨の価値が上がれば、自国の製品を輸出することが難しくなり、国内産業に打撃を与える。それが、引いては経済成長の足を引っ張ることとなる。



成長に外国資本は欠かせないものの、必要以上の外国資本は国を害することとなる。

現在のブラジルでは、害毒となるほどに外国から資本が集まっており、マンテガ財務省は「通貨安戦争」と発言し、苦言を呈していた。

この戦争は、アメリカの量的緩和(ドルの大量発行)が主因とされていたため、このバラマキが終わることを、ブラジルはひたすら待ち続けた。

しかし、先月終了したアメリカの量的緩和後、ブラジル・レアルは「12年ぶり」の高値をつけた。

ブラジル買いの勢いは止まらなかったのである。



成長を「促進する要因」があれば、必ずそれを「抑制する要因」も芽を出してくる。

その舵取りこそが国家運営には欠かせない。

しかし、マネーの動きには奇妙なところがある。一度流れ出すと、ひたすらその方向に流れ続ける。そして、逆流すればしたで、新たな方向へと流れ続ける。



それは、欧米の投資スタイルが、追っかけ型だからである。価値が上がるものは、とことん買って、ドンドン値を上げるし、価値が下がるものは、とことん売って、ドン底まで突き落とす。

どんどん、バランスを偏らせて、そこに利益を見出すのである。

かたや、日本の投資家は、逆の戦略(逆張り)をとることが多い。欧米とは逆に、価値が上がるものを売って、価値が下がるものを買う。この行動は、結果として、シーソーの揺れを抑える効果があり、混乱は終息に向かう。



しかし、「ミセス・ワタナベ」は、売り買いを使い分けることはマレで、ひたすら「買い」の一手である。ブラジル・レアルが伸びているうちは、大きな利益を手にすることができるが、ひとたび反転するや、ケタ違いの損失を出す。

かつての円安局面では、「ミセス・ワタナベ」の独壇場となったが、一転した円高局面において、多くの「ミセス」は、ものの見事に吹っ飛んでしまった。

今回、ミセスが吹っ飛ぶときは、ブラジルが微笑むときかもしれない。



posted by 四代目 at 07:25| Comment(0) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする