2011年06月03日

世界に酷評される菅政権の震災対応。敵ばかりが増えてゆく。

フランスの学者、ジャック・アタリは、日本の被災地の現状を見て、こう言った。

「日本政府はリビア政府と同じで、国民の生命を救おうとしない」

京都大学、中西教授も手厳しい。

「これまでの近代国家を見渡しても、ここまでヒドイ事例はないだろう。今回の日本政府の対応の酷さは、歴史に特筆される」



不信任決議案を提出されるまでもなく、菅政権の東日本大震災における不手際は、国の内外からメタ糞に言われている。

それもこれも菅政権の偏屈な「好き嫌い」に起因しているようだ。



まず、「自衛隊」が嫌い。

仙石由人氏の「自衛隊は暴力装置」という発言は、彼が身をおいていた「全共闘」の機関誌の「常套文句」だったという。

震災においては、自衛隊に10万人もの動員を命じた。

定員24万人の自衛隊に対する10万人もの動員は、国防を危うくするほどの危険な数だった。

そのスキを見て、中国、ロシアの軍用機、ヘリコプター、船などが、日本に肉薄。

中国もロシアも、日本に寄せたアメリカの空母(85機の攻撃機、トマホークミサイル搭載)を見て、手出しはしなかったが、「あわや」という状況であったわけである。

ちなみに、自衛隊の定員を削減したのは、他でもない菅政権自身である。



また、「官僚」が嫌いである。

震災対策として雑多な委員会が作られたが、優秀な官僚は遠ざけられ、外部の人間が多数起用されたという。

長年担当してきた人物を信用せずに、外部から取り急ぎ識者たちを掻き集める。

責任の薄い外部の人間は、勝手放題、口ばかり。

「会議は踊る、されど進まず」

火急の際は、命令系統をシンプルにすることが定石とされるが、菅政権は、知ってか知らずか、その真逆を行った。

脱官僚、政治主導とは、道に迷うことなのだろうか?



「ゼネコン(建設業者)」も嫌いである。

放射能汚染水が海へ流出するのを防ぐために、「新聞紙・おがくず」を詰め込んだのは、笑い話ではなく、実話である。原子力船「むつ」の放射能を止めるのに「米粒」を使った以来の珍事である。

ゼネコン各社は、水中で固まる特殊なコンクリートを必ず持っている。

「なぜ保安院は、このコンクリートを使わないのか?」とゼネコン関係者は愚痴る。

菅政権は、得意の「事業仕分け」で公共事業をブった切った。当時は、敵に痛撃を与えたと、得意満面。いまさら敵の手は借りれないというのだろうか?

また、公共事業削減のため、ゼネコン各社は、重機の数を激減させており、その機械不足のあおりで、ガレキ撤去が思うにまかせていない。

「コンクリートから人へ」という至極もっともらしいスローガンが、虚しく響く。



「嫌い嫌い」のオンパレードで、勝手に敵を増やし続ける菅政権。

南アフリカ初の黒人大統領・マンデラ氏は、長年「黒人」を苦しめたアパルトヘイト(人種差別政策)を消滅させた。

彼は、自分たちを差別していた「白人」政治家の多くを、新政権に招聘したという。

それは、敵をも懐(ふところ)に包み込む「敵を敵とせず」の精神であった。



かたや、敵でもない人々をも次々と敵としてゆく人もいる。



posted by 四代目 at 13:39| Comment(0) | 地震 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月01日

怒れる市長が、津波の町を救う。福島県相馬市、復興への道。



日本には鎌倉時代より700年以上続く「名家」がある。

薩摩の島津家、盛岡の南部家、そして福島の相馬家。

相馬家は平将門の子孫といわれている。



現・相馬市の「立谷市長」は、その名家・相馬家の家臣の末裔である。

立谷市長は、果断なるリーダーシップで、震災被害を最小限に食い止めた市長として、高い評価を受けている。



立谷市長が、復興プランを完成させたのは、地震発生から、わずか12時間後。夜を徹して、一気呵成に練り上げた。

地震の翌日には、空きアパートを全て押さえ、仮設住宅を確保していたというスピード感である。



3日後には、被災者に3万円ずつを配り始める。

「お金をもらえるから、みんな申請に来る」と立谷市長。

来た人への聞き取り調査により、相馬市の被災の状況が手に取るように明らかになり、このときのデータは、後々の貴重な資産となった。



立谷市長のキャラは、怒りキャラ。

避難所の住民に不平不満を言われたら、怒る。

「お前ら、ここで寝ているんだろ。俺は被災対策でこれだけやってんだ!」

住民の不満をすべて聞いていたら、「大きな目標を見失ってしまう」と明快だ。



ボランティアにも手厳しい。

ある政治家が避難所で「洗濯機」を希望され、それを送ってきた。

立谷市長は、すかさず噛みつく。

「洗濯機を配るなら、すべての避難所に配らなければならない。全体がみえていない人たちが一部の人だけに勝手なサービスをするというのは、一番困る!」

不公平を生み出すような「善意」は善意ではない。

役に立たないボランティアには、とっとと帰ってもらうそうだ。



じつのことろ、「怒(いか)れる」立谷市長は、仮の姿である。

市長がカンカンに怒っていれば、全体の統制が利きやすく、部下が動きやすいのだという。彼流の思いやりなのである。



大地震の揺れ直後、多くの漁師が港に駆け込み、史上最大の大津波に向かって船を走らせたという。

船を港に停泊したままでは、むざむざと津波にやられる。

船を守るため、一か八か、大津波を乗り越えようとしたのだ。

残念ながら、死んだ漁師もいる。

しかし、漁師たちにとって、船のローンとはそれほどの重荷であったのだ。

そんな漁師たちに、新たなローンを組んで、漁を再開せよというのは、非常に酷なことである。

怒れる市長は、無思慮な外野に憤慨する。



震災被害で、立谷市長が、とりわけ心を痛める死があった。

津波の避難指示を知らせるために、消防団員が集落を回って「逃げろ、逃げろ」と、必死で住民を誘導する。

津波の姿が見えてくるや、ますます必死になり、消防車から降りてまで、住民を高台へと逃がそうとする。

結局、9名の消防団員が死亡。

彼らは、その気になれば、消防車で逃げられたはず。

9人の消防団員は、民間のボランティアにもかかわらず、己の信念に殉じたのである。

真のボランティア精神がここにある。怒れる市長は生半可なボランティアを決して許さない。



こうした有志の献身により、津波の被害をうけた地域の住民の「9割」が命をつないだ。

津波被害地としては、圧倒的な生存率である。



怒れる市長は、9名の消防団員の死に、強く責任を感じている。

「住民を逃がせと命令したのは俺だから‥‥。」



亡くなった消防団員たちには、子どもがいた。11人いた。

立谷市長は、そうした子どもたち(市全体で47人)に補償を確約する。

子ども達が18歳になるまで月々3万円を支給する条例を即座につくった。



「子供を強くするには『教育』しかない」

「この子たちを全員、東大に入れたいと思っている」



怒れる市長の「人望」は厚い。

福井県敦賀市の市長は、自らトラックの助手席にのって、支援物資を持ってきた。

「車がないから中古車をくれ」と言えば、沖縄とつくば市から、すぐに車が届く。



「全国に友達がいっぱいいる」という立谷市長。

相馬市に大量に集まる支援物資を、近隣の自治体に配るのに忙しい。



怒れる市長は、今日も気を吐きながら、果敢に前進していることだろう。




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2011年05月28日

空前の額となる「保険金」。両親を亡くした子ども達への支払いは? 東日本大震災

東日本大震災の「保険金」が話題になっている。

被災した個人や企業への総支払額は「2兆7千億円」に達する見通しとなった。



阪神淡路大震災における地震保険の支払額は、「783億円(6万5千件)」。

5月18日現在、東日本大震災の支払額は、地震保険で「7,582億円」。すでに阪神淡路大震災の10倍近い額となっている。

ちなみに、自然災害で過去最高の支払額は「5,679億円」、1991年に日本を縦断した「台風19号」である。東日本大震災は、すでにこの支払額を超えており、言うまでもないことだが、過去最悪の自然災害となっている。



地震保険は、「政府」と「損保各社」が共同で運営している。

「1,150億円」までは「損保会社」が単独で支払うが、それを超えると「政府」が半分を負担することになる。

今回、すでにこの額は超えており、政府と損保会社が半分ずつの負担となる。

東日本大震災の支払額は、政府・損保会社の能力を超えないのか?という不安の声もあるが、積み立て準備金は「2兆3千億円」あるため、その心配はないという。



以上は「個人向け」。企業向けに関しては、また別の話である。

特約である「火災保険」の支払いが急増し、損保各社は企業への保険金の支払いに窮している。新規の保険募集を一時停止しているほどだ。

このアオリを受け、今秋にかけて「自動車保険」が値上げされる予定(保険収入の半分は自動車保険)。



「生命保険」はどうか?

2007年に「保険金不払い問題」というのがあった。

この時、「請求がないと保険金を払わない」という生保各社の「待ちの姿勢」が問題となった。不払いとされた金額は、生保38社で「964億円」。



さすがに今回は、事象があまりにも明らかなため、生保各社は積極的に動いている。

5月12日現在、支払額は「478億円(5,623件)」。



しかし、今回の地震では、両親を失い、子供だけが残されたケースが多い。

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地震発生が、午後3時頃ということで、親子がそれぞれ「学校」「職場」と、家族がバラバラだったことが大きい。

5月24日現在、両親を失った18歳未満の子供は「155人」。



未成年者の保険金の支払いは少々面倒だ。

保険金を受け取るために、まず「後見人」を立てなければならない。

その「後見人」を立てるには、裁判所での手続きが必要になる。通帳、住民票、保険証書などの書類も必要だ。



当然、子ども達はそんなことは知る由もない。多くの大人たちも知らない。

ただでさえ、心に深すぎる傷を負った子ども達。

つまらないシステムの犠牲にはなってほしくない。



出典:WBS 変わる生命保険
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2011年05月24日

震災はまだ終わっていない。大企業による長期的支援。

東日本大震災から2ヶ月以上が経過し、義援金、ボランティアなどが少なくなってきたという。

被災地の状況が改善されてきたのは確かであるが、未曾有の大震災の傷跡は数ヶ月で癒せるものではない。

人々の関心の薄れとともに、被災地が少しずつ忘れられようとしている。

そんな中、「長期的な支援」を目標に「心ある大企業」が、息の長い支援に取り組んでいる。



まずは「アマゾン」。



アマゾンは「東日本大震災・ほしい物リスト」というページを作成し、各被災地が必要としている物資を一覧で掲載している。

現在、およそ60の避難所が、ほしい物リストに「不足している物資」とその数量をアップしている。

被災地を支援したいと思う人は、その一覧の中から商品を選んで購入することで、その物資が被災地へ届けられる。支払いは支援者、物資の調達・配達はアマゾンが担当することになる。

アマゾンにとって、商品販売は日常業務であり、正規の料金もいただくわけであるから、継続可能な支援であると同時に、利益も確保できる。

ほしい物リストから選んで商品を被災地に届けてもらった人たちは、アマゾンが意外なもの(チェーンソーなど)まで販売していることに驚いたという。多くの人がアマゾンは「単なる本屋」だと思い込んでいたのだ。

アマゾンにとっては、商品の品揃えを消費者にアピールする良い機会ともなっているのである。

今まで、アマゾンは100以上の避難所に、2万点以上の商品を配送したという。

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先ほど、その「ほしい物リスト」に実際にアクセスしてみたところ、「ほしい物リストに商品がありません」という避難所が多くあった。そうした避難所には、善意によってすでに商品が満たされつつあるということだ。

しかし、一覧の下のほうの避難所には依然必要としているものは多かった。

アマゾンの支援の仕組みは、自社への利益誘導と同時に、人々の善意を汲み取ることができるウィン・ウィンの持続可能な支援システムである。



次に、ファミレス「すかいらーく」。

こちらは避難所に炊き出しを行っている。

お金はとらない。まったくのボランティア。3月〜6月までの炊き出し費用は「3億円」と見込まれている。

「すかいらーく」によれば、避難者がゼロになるまで継続する決意だという。

「被災者に喜ばれるのが嬉しい」という純粋な善意である。

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この活動で、社内に変化が現れたという。社員のやる気がアップしたのだ。工場的な機械作業が一転してやりがいのある仕事に変わり、いろいろな工夫も生み出したという。

たとえば、温かいまま食品を届ける方法であったり、刺身などの生ものを提供する方法などだ。

金銭的な利益をまったく求めず、奉仕に徹することで会社が盛り上がるという、うれしい付加価値がついてきた。



熱しやすく冷めやすい「日本人」。

その中には、決して忘れることなく支援を続けようとする人々もいた。



出典:テレビ東京 息の長い支援 続けるカギとは
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2011年05月23日

本当に怖いのは「直下型」地震。東日本大震災の10倍の被害をもたらす可能性。



東日本大震災おける死亡率は被災者全体の0.4%。

この「驚くほど低い」数字に、イギリスの科学者は「日頃の防災訓練の成果」や「耐震性の高い建物」を評価。

それに加えて「プレート境界型」地震であったのも不幸中の幸いだった。

「内陸直下型地震による死亡率はしばしば5%を超え、最悪の場合は30%にも上る」という。



過去120年間、死者が1,000人を超えた地震はおよそ130件。そのうちの約100件(77%)が「内陸直下型」地震だという。

「直下型」の過去の例としては、

2003年、イランのバム(犠牲者3万人)
2005年、パキスタンのムザファラバード(犠牲者7万5千人)
2008年、中国の四川大地震(犠牲者7万人)

などが挙げられる。



「直下型」の研究は「プレート型」に比べ、遅れている。「内陸部の活断層は非常に複雑」なのが、その原因である。

東日本大震災は、世界中の危機意識を高めた。

意識が高いうちに、更なる研究の進展を期待したい。



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