2011年05月30日

失われた日本の心が残る「飯舘村」。村長の英断。



福島県「飯舘(いいたて)村」。

福島原発30km圏の圏外にありながら、風と雪により、放射能汚染の激しい地域となった。



そんな「飯舘村」に、東電が釈明に現れる。

当然、腹を立てた住民が「罵声」を浴びせかけんとした、その時、

「やめろ、飯舘村の恥になるぞ」と隣りの住民が、怒れる住民を静止する。



このエピソードには、日本の美徳を継ぐ心だと、賞賛の声が集まった。

日本の美徳の心をもつ「飯舘村」の村長・菅野氏は、放射能汚染の状況に「冷静」に対応している。



年老いた老人を、無闇に避難させず、村の老人ホームで面倒を見ているという。

お年寄りにとって「放射能のリスクよりも、無理に避難させるリスクの方が大きい」のだそうだ。

住民の多くが去った飯舘村。残った老人を守るために、菅野村長は国から6億円の援助をとりつけた。



しかし、避難させないことに「殺人者だ」とか、「村民をモルモットにしている」だとか、非難のメールが殺到するという。

それでも、菅野村長はあわてずに、放射線量を丁寧に測定し、村の事情にあわせて避難計画を進めている。

老人もそうだが、事業所なども、なかなか急には移転できない。然るべき時間は必要なのである。

急ぐべき「子どもや乳幼児」は真っ先に避難させている。



「地震・津波・原発」の三重苦に加え、「情報の被害」が飯舘村を襲う。

特に飯舘村は、世間の関心が高いだけに、悪い情報が二重三重に騒ぎ立てられてしまう。



菅野村長は苦言を呈す。

「情報だって心の持ちようで、生きもするし、死にもする」

「相手のことを思いやって頂きたい」



先述の美談もさることながら、この村には「思いやり」の心が、代々受け継がれてきた。

「までい」の心というのだそうだ。

「までい」とは「真手(まて)」が語源。

「真手」は「両手」を意味し、お茶を両手で出す、ボールを両手でとるなど、「丁寧に、大切に、心をこめて」という想いが込められている。



「までいに子供を育てないと、あとで苦労するよ」

「までいにご飯を食べないと、バチが当たって目がつぶれるよ」

などと言われてきたのだそうだ。



性急すぎる現代の日本人は、「までい」の心を忘れてしまったのかもしれない。



posted by 四代目 at 08:30| Comment(0) | 原子力 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月29日

2つの原子爆弾の作り方。ウラン型とプルトニウム型。

「原子爆弾」を造るには「ウラン235」か「プルトニウム239」が必要である。

原子力発電は、その両方の物質を生成することができ、そのため原発は「原子爆弾の原料工場」と言われている。生成の際には「電気」というオマケがつく。

原発で得た「ウラン235」や「プルトニウム239」は、そのままでは「爆弾」を造れない。他の工場で、別の加工が必要である。



ウランの場合、天然の状態では「発電」にも「爆弾」にも使えない。「濃縮」という作業を経て、はじめて利用価値がでる。

天然のウランに含まれる「ウラン235」は、わずか「0.7%」。これを「3%」まで濃縮すれば「発電」として使え、「90%」まで濃縮すれば「爆弾」として使えるようになる。



どうやって「濃縮」するのかというと、「遠心分離」。

グルグルまわせば、重いものは「外側」に、軽いものは「内側」に分離する。「ウラン235」は軽いので、内側に貯まる。それを吸い上げて集める。

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青森県・六ヶ所村の工場は、ウランを「濃縮」できる工場である。もちろん「発電」用にウランを濃縮するわけだが、原理的には「爆弾」用も同じである。



次にプルトニウム。原発でできたプルトニウムには、「プルトニウム240」という邪魔な物質が含まれる(22〜30%)。これを「分離」して、「プルトニウム240」を7%以下にする必要がある。

これができるのが、福井県・敦賀市の高速増殖炉「もんじゅ」。



爆弾づくりには欠かせない、「ウラン」を濃縮する工場と「プルトニウム」を分離する工場、日本はすでにこの2つを持っている。その気になれば、日本はいつでも原爆を造ることができるといわれる理由である。



「ウラン」型と「プルトニウム」型の原爆はどう違うのか?



「ウラン」は、「濃縮」するのは、技術的に難しい。爆弾用の90%まで濃縮するには、「高度な技術力」と「大規模な設備」が必要である。

ただ、濃縮したウランさえ入手してしまえば、爆弾づくりはあっけないほど簡単だ。

爆弾の中で、2つに分けたウランを合体させるだけである。



アメリカが広島に落としたのは、この「ウラン」型。「リトルボーイ」と呼ばれた原爆は作ってすぐ、実験もなしに、いきなり広島に落っことした。



「プルトニウム」型の爆弾づくりは難しい。

プルトニウムを中心に、火薬を幾重にも重ねて大きな球にする。

爆発を球の外側から内側へ起こさせる。最終的に中心のプルトニウムに爆発の圧力を集中させるのが目的だ。

genbaku1.jpg

中心のプルトニウムに均一に圧力をかけなければ、充分な破壊力は得られない。ここが難しい点である。

そのため、核実験が必要になる。



アメリカが長崎に落としたのは、この「プルトニウム」型である。落とす前に、アメリカの「アラモゴード」という場所で核実験を行った。

実験により、充分な成果がえられると、「ファットボーイ」と呼ばれた原爆は、長崎に落っことされた。

ganbaku3.jpg

なぜアメリカは日本に2つも原爆を落としたのか?

ひとつで充分ではなかったのか?



「ウラン」型、「プルトニウム」型の両方を、実地でやってみたかったのだろう、と疑う人も多い。



出典:BS世界のドキュメンタリー シリーズ 
想定ドキュメンタリー 迫り来る危機 
「核兵器の脅威に備える〜リーダーのための最新科学」
posted by 四代目 at 07:23| Comment(2) | 原子力 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月27日

処理不能の放射性廃棄物は「10万年の醜」を後世に残す。



日本・韓国・中国の三首脳が、雁首そろえて「福島県産のトマトを食べ、ひきつった笑みを見せる」。

「安全性を最も効果的にアピールすることができた」と無邪気に喜ぶ、日本の菅首相。

その陰で「シメシメ」と笑いを噛み殺す、中国、韓国。



中国と韓国が、日本の食品の安全性を、本気でアピールするものか。

政治は「パフォーマンス」だ。他国にいれば、なおさらである。

世界中が注目する中、他国から自国へ最大の「パフォーマンス」ができる。



中国と韓国の「パフォーマンス」の狙いは?

「原発の安全性の強調である」と筆者は述べる。

両国とも原発を国策として掲げ、他国から原発建設を受注するのに必死である。反原発の世論に負けるわけにはいかない。

「福島の事故はたいしたことなかった」とアピールし、「原発の安全神話」を是非とも取り戻したい。



原発推進の姿勢を後押しするのは、大国アメリカとフランス。この両国の世論は、いまだに原発を支持している。

反原発の風は、老獪な政治家たちを吹き飛ばすには、まだまだ力不足。

アメリカの竜巻のごとく、竜巻が竜巻を生む必要がある。

福島の生んだ反原発の風は、突風で終わるのか?竜巻を生むのか?



原発推進派の論拠は「原子力の安全性」である。

確かに、最新の原発は40年前のオンボロ(福島原発、Made in USA)よりは安全かもしれない。

しかし、「安全か?危険か?」の議論はある意味、不毛である。

それは、どうしても結果論に終始せざるをえない。



原発の本当に厄介な問題は「安全性」ではなく、処理不可能の「放射性廃棄物」を無限に増産してしまうことにある。

「放射性廃棄物」が無害となるのは、10万年後である。

フランスの原子力企業アレバ社は「100%リサイクル」できると豪語するが、その実、リサイクル率は10%程度で、残りは依然処理不可能である(フランス政府は否定する)。

大義名分を維持するための再処理工場は、フランスに富をもたらすのみ(世界58ヶ国がフランスに再処理を委託)で、問題の解決策とはなっていない。



日本は「千年の美」を受け継いできた国家である。

現代の我々が後世に「10万年の醜」を残すべきか?


posted by 四代目 at 09:47| Comment(0) | 原子力 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月25日

クサイものは埋めてしまえ! 寿命は10万年・放射性廃棄物。

全身を放射能に強く被曝しても、一時間くらいは何の変化も現れない。

しばらくすると、激しい吐き気に襲われ、嘔吐(おうと)が始まる。さながら食中毒である。

2週間もすれば、出血が始まり、ゲリ、発熱。数週間で死に至る。



放射性物質の危険性を熟知しながらも、人類はそれを生産し続ける。

処理不能に陥った「放射性廃棄物」は、地球上に20万〜30万トン存在すると推定されている。



「太陽に向けて打ち上げればいい」

そんな勝手な意見もある。打ち上げの際に、ロケットが爆発しない保証はない。



「地下深くに埋めてしまえ」

そんな勝手な意見が「フィンランド」で実行に移されている。

高レベル放射性廃棄物を地中に埋めるために、「オルキルオト島」に「オンカロ」という施設が作られている。

地下500mにある「18億年前の地層」まで掘り進み、放射性廃棄物を一番底に置く。満杯になったら、入口を分厚いコンクリートで閉鎖。完成予定は22世紀である。

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放射性廃棄物が無害になるまで、最低でも「10万年」かかるという。

今から6万年以内に、地球が氷河期に入るという予測もある。10万年後に我々人類が存在しているかどうかは知る由(よし)もない。



もし、文明が断絶し、新たな人類が「オンカロ」を掘ったらどうなるか?

放射能は、目に見えず、匂いもせず、感じることもできない。原因不明の死に困惑するであろうか?それとも、「しょうがないな」とゴミを片付けてくれるであろうか?

未来の人類に、警告を残すために「ムンクの叫び」の絵を入れておくという、アホらしいような、素晴らしいようなアイディアもあるそうだ。

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10万年の危険を冒してまで、原子力発電は必要であろうか?

原子力発電のやっていることは、ただ単に「お湯を沸かす」ことである。蒸気を利用してタービンを回し、発電しているのだ。

「お湯を沸かす」唯一の手段が原子力でないのは、子供でも知っている。



二酸化炭素排出による温暖化の議論が白熱するほどに、原子力発電の連中は勢いを増す。原発はCO2排出が少ないからである。

二酸化炭素による温暖化説は、原発推進派の「陰謀」ではないかとまで囁(ささや)かれている。原発は、石油利権に取ってかわる第一候補である。

おまけに「核兵器」を作る技術にも通ずるとなれば、国家戦略ものである。



利益を多く生む産業ほど、闇の土台は強固である。一般民衆がデモを起こそうが、どこ吹く風である。

原子力産業に「理」が通るのは、いつの日か?



出典:BS世界のドキュメンタリー シリーズ 
放射性廃棄物はどこへ 「地下深く 永遠(とわ)に〜核廃棄物 10万年の危険」
posted by 四代目 at 13:07| Comment(0) | 原子力 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月24日

いまだ処理できない放射性廃棄物。未来へのとんだプレゼント。

原子力発電所から必ず出る「放射性廃棄物」。

この危険すぎる置き土産は、いまだに処理方法が存在しない。



かつて「放射性廃棄物」はドラム缶につめて、海に捨てられていた。

原発関係者にとって、海は「巨大なゴミ箱」だったのである。イギリス、スイス、ロシア、アメリカ、ドイツ、フランス、そして日本。これらの国々が「放射性廃棄物」を海に捨てまくった。

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この海洋投棄は、一般市民の猛烈な反対にあいながらも、50年の長きにわたって続けられた。1993年に、ようやく禁止される。



その捨てられたドラム缶はどうなったのか?

環境団体のグリンピースの海底調査では、ボロボロに崩れたドラム缶が発見された。ドラム缶の中は空っぽで、ウナギの巣になっていた。

中に入っていたはずの「放射性廃棄物」は消えていた。すっかり食物連鎖に取り込まれてしまった後だったのである。

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フランスに「ラ・アーグ」という使用済み核燃料の再処理工場がある。

管理するフランス原子力企業・アレバ社は、100%リサイクルしていると謳っているが、実際は「放射性廃棄物」の90%をロシアに捨てていた。リサイクルしていたのは、たったの10%だけであった。

さらに、工場から出る「汚染された水」は、英仏海峡へとタレ流しである。

ドラム缶を海に捨てるわけにはいかなくなったので、工場から海へパイプを伸ばし、「汚染水」を直接海に捨てることにしたのである。サル智恵である。

煙突からは放射性物質がヨーロッパ中に飛び散っている。ヨーロッパの放射性物質の80%が、この煙突から出ているとまで言われている。

とんでもない工場であるが、フランス原子力安全機関との癒着のおかげで、この悪行は黙認されている。



フランスは自国の電力の80%を原子力発電に頼る、自他ともに認める原発大国である。

原発への投資は多大で、どんな問題が起きようとも、もはや後戻りはできない。そのせいで、太陽光、風力などの新エネルギーに投資する余力がフランスにはない。



原発が稼動し続ける限り、「放射性廃棄物」は増え続ける。

処理方法は、いまだ見つからず、人間ができることは、危険性がなくなるのを「待つ」ことだけである。

放射性廃棄物の危険性が完全になくなるのは「20万年後」。現生人類の歴史が20万年ということを考えれば、途方もない時間である。

原発は、とんでもない負債を未来に残してしまった。

そして、その負債は今も増え続けている。



海や空に放出された放射性物質は、拡散するために、今のところ目に見える被害はでていない。

しかし、放射性物質の長い寿命を考えれば、生態系を循環し、いずれは人間に戻ってくる。

放射性物質に真っ先にやられるのは、間違いなく「人間」である。人間は地球上の種の中では、とびぬけて弱い存在なのである。

チェルノブイリの森には、人間が入ることはできないが、他の動植物は人間のいない世界を謳歌している。

放射性物質がジワジワと忍び寄ってくれば、まず人間からいなくなり、地球は人間ヌキで楽しくやっていくことだろう。






関連記事:
放射能に汚染された海の調査報告書より。楽観的すぎた当初の予想。

次々と解明される「食」の放射能汚染のメカニズム。その最新報告より。

放射能の森に悠々と暮らすネズミたち。チェルノブイリ「赤い森」



出典:BS世界のドキュメンタリー シリーズ 
放射性廃棄物はどこへ 「終わらない悪夢」
posted by 四代目 at 18:56| Comment(2) | 原子力 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする