2011年08月17日

原子力発電はステップの一つに過ぎなかった。「核分裂」から「核融合」への道こそが、宇宙の王道である。

フクシマ第一原発の「放射能事故」以来、今後のエネルギーに関して、人類は「岐路」に立たされている。

「このまま、原子力発電を推進すべきか?それとも自然エネルギーへと舵を切るべきか?もしくは、化石燃料へと後戻りするか?」と。

これら三者は、組んずほぐれつの「三つ巴」となっており、そう簡単には結論に至りそうにもない。



ふと、視線を「地上から宇宙へ」と上げて見ると、思わぬ解決策が得られるかもしれない。

「宇宙はどうやってエネルギーをまかなっているのか?」

その解答は単純明快。「核融合」である。



「太陽」は、水素原子を「融合」させて、地球に届くほどの膨大なエネルギーを、45億年にわたって宇宙に放出し続けている。さらにあと倍の時間、太陽はエネルギーを生み出すことが可能と言われている。

太陽のエネルギーは、わずか一秒でアメリカに100万年分のエネルギーを供給できるほど。つまり、人類にとっては無尽蔵のエネルギーである。

そして、「核融合」というエネルギーの産出方法は、この銀河系において、およそ1000億個の星々が行っている、「最もありふれた方法」である。



原子力発電というのは、「核融合」とは全く逆の「核分裂」のエネルギーを利用した発電方法である。

原子核をバラバラにして(分裂させて)エネルギーを生みだす方法は、宇宙の常識においては「まったくの邪道」であり、どの星々を見てもその方法を採ってはいない。

残念ながら、原子核の「分裂」によるエネルギーは、「核融合」のエネルギーに比べれば、悲しいほどに小さいのである。



そのエネルギーの差が歴然と判るのは、「原子爆弾」と「水素爆弾」との爆発力の比較である。

原子爆弾とは、原子核の「分裂」するエネルギーを利用したものであるのに対して、「水素爆弾」は、「核融合」反応を利用した爆弾である。

「核融合」を利用する水素爆弾は、原爆の4000倍の破壊力があると言われている。一円玉一枚(1g)の原子があれば、核融合により水素爆弾一個分のエネルギーが生み出せるのである。

また、「核分裂」は「放射性物質」を放出するが、「核融合」は放射性物質を生み出すことはない。「核分裂」による原子力発電は、地球を汚し続けるが、「核融合」による発電は実にクリーンである。



人類が「核分裂」という方法を手に入れたのは、何も不幸なことではなく、むしろ幸運なことであった。

なぜなら、「核分裂」のパワーによって、「核融合」を起こすことが可能となったからである。

「核融合」を起こすには、とんでもなく「高温・高圧」の環境が必要とされる。そして、その環境を作り出せたのが「核分裂」のエネルギーだったのである。

原子爆弾を開発したアメリカは、原爆のエネルギーを使って、8年後には「核融合」による水素爆弾を作り出すことに成功している。

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水素爆弾は、とんでもない殺人兵器ではあるが、その技術の発想は、宇宙の本筋に沿うものである。宇宙の星々は「核融合」によって、暗黒の宇宙に「光」をもたらしたのである。



ところが、人類は「核分裂」を「核融合」へと進化させずに、ステップの一つに過ぎなかったはずの「核分裂」にとどまってしまった。

核分裂による「原子力発電」は、「核融合」よりも安易な方法だったがゆえに、世界中に定着してしまった。

悪いことには、世界の原子力発電所は、放射性物質を生み出し続けている。

これが諸悪の根源である。放射性物質さえ出なかったら、原子力発電が非を鳴らされることはないのである。

現在の原子力発電は、易(やす)きについたがゆえに、放射性物質という代償をもたらし続けている。



なぜ、よりクリーンな「核融合」の技術は難しいのか?

それは、原子核同士をくっつける(融合させる)ためには、トンでもないエネルギーが必要とされるからである。

どれくらいトンでもないエネルギーかというと、太陽の内部(1万5,000℃)の10倍以上の高温・高圧エネルギーである。



原子核同士は、磁石の同じ極同士が反発するように、電磁力によってお互いが反発し合う。

反発する原子核同士を融合させるには、原子核を高速で運動させる必要があって、その運動エネルギーを与えるのが、高温・高圧の環境なのである。

その高音・高圧の環境を作るための、最も手っ取り早い方法が、原子爆弾による「核分裂」であったわけだ。

ところが、繰り返してきた通り、「核分裂」は放射性物質という毒を撒き散らすために、人類は別の方法で、高エネルギー環境を作り出す必要がある。

レーザー光線を収束させたり、プラズマ状態を作り出すことによって、その環境を生み出す技術はあるものの、太陽のように長期間にわたり、その環境を維持する技術は、現在の人類はまだ持たない。



しかし、それでも科学者たちは、「核融合」への期待を一向に衰えさせない。

なぜなら、「核融合」こそが「宇宙の本質的エネルギー」であることを充分に理解しており、この道こそが人類の進むべき道だと確信しているからである。

一方、核分裂による原子力発電は、決してとどまるべき技術ではないとも確信している。

放射性物質という好まれざる副産物を出す技術が終着地点だとは、誰も思っていないのだ。

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まだ一つも星がなかった宇宙(135億年前)には、「水素」と「ヘリウム」しかなかった。

水素が集まりだして「重力」が生じると、第一世代の星たちが誕生する。

そして、水素による「核融合」反応が、宇宙に「光」をもたらし、暗黒時代は終わりを告げる。



急速に水素を融合させた星たちは、「超新星爆発」によって、その一生を終える。この爆発により、様々な新しい元素が生まれ、その元素は宇宙へと撒き散らされる。

水素とヘリウム以外のあらゆる元素は、星の内部で生成されたものである。

こうして、水素とヘリウムしかなかった宇宙に、我々のよく知る元素が作り出され、それらの元素が集まり、また新しい星々を作り出した。

それらの元素は、星々を作り出しただけではなく、我々人間の身体をも作り出した。

我々の肉体は宇宙の星々と同じ材料でできており、人間はまさに「星たちの子供」なのである。



太陽の75%は「水素」、24%は「ヘリウム」、残りの1%はそれ以外の元素である。

水素の原子が4つ融合して、ヘリウムができる。ところが、そのヘリウムは元の水素原子4つよりも重さが軽くなる。

消えた重さはどこへ行ったのか?

その消えた重さこそが、エネルギーとなり、地球にも光や熱となって届いているのである。

水素の融合により消えるエネルギーは毎秒400万トン。これが「核融合」によるほぼ無限のエネルギーである。

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太陽の核融合を詳しく見てみよう。

水素の原子同士が接近すると、「核力」という強い力により陽子同士が結合する。

その際、1個の中性子と、2個の素粒子(陽電子とニュートリノ)に別れ、ニュートリノが飛び出す。そして、それが水素の同位元素である「重水素」となる。

太陽では、この「重水素」一個を生み出すために何十億年もかかっている。

この「重水素」さえできれば、あとの反応はとても速い。

重水素がヘリウム・スリーとなり、それが2つ結合して、ヘリウム・フォーとなる。このとき、2個の陽子が飛び出すことで、太陽のエネルギーは放出され、太陽は輝くこととなる。



幸運なことに、地球には「重水素」がたくさんある。

太陽が何十億年もかかって生み出した「重水素」は、地球の海にふんだんにある物質なのである。

つまり、地球の海には、「核融合」反応に必要な「原料」が無限にあることになる。理論上は、一円玉一個(1g)の原料で東京ドーム一杯分の水を沸騰させることができる。



地球には「核融合」を起こすための材料があるのだから、あと必要なのは、その環境ということになる。高温・高圧の環境である。

その環境を作り出すことは困難ではあるものの、科学者たちは楽観的である。「時間はかかれども、必ず実現できる」と。

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しかし、「核融合」に対する人類の注目は、おそろしく低い。そのため、資金が集まらない。

イギリスでは、10億ポンド(1,300億円)が投資されたとはいえ、その額は「携帯の着信音」に投資される額よりも少ない。

人類の選択は、「次期エネルギー」よりも携帯の着信音を選んでしまっている。

我々の文明にとって、どちらの優先順位が高いのだろうか?大衆に「迎合」しすぎては、道を誤りかねない。



「核分裂」から「核融合」へ。

この道は、宇宙の本質へ迫る「王道」である。

ところが、人類は放射性物質を撒き散らす「核分裂」に至極満足してしまっているようである。



「融合」よりも「分裂」を選択するのは、現代の世相を反映しているかのようでもある。

「分裂」によるエネルギーは小さく、「融合」のエネルギーの足元にも及ばない。

それでも、人類は「分裂」を繰り返すのであろうか?



原子力発電は、良いステップであった。しかし、ここは「階段の踊り場」に過ぎず、決して永住の地ではない。

化石燃料も、充分にその役目を果たしたのではなかろうか?



現代文明は、宇宙の「核融合」を実現できる一歩手前までやって来ている。

あと一歩で、無限のエネルギーを手に入れることができるのである。



「エネルギー危機は終わる。

人類が本当に望むならば。」

(The energy crisis is over. If you want it)

ブライアン・コック博士は、こう断言する。

それでも「分裂」にこだわる意味はどこにあるのだろう?




出典:BS世界のドキュメンタリー
シリーズ エネルギー革命 
「地上の太陽〜“核融合”発電は実現するか」


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2011年08月03日

携帯電話は原発以上に危険なのだろうか? 人々の認識は誤解に満ちている。

「携帯電話」には、「発ガン性」がある。

これは、世界保健機関(WHO)の認識である。

「携帯電話の利用者は、悪性の脳腫瘍のリスクが40%上昇する」という研究に基づくものである。



世界の国々の反応は?

ドイツ政府は、「長期的な影響や、子供への影響については、悪影響の可能性を排除できない」とし、スウェーデン政府は、「通話中は、携帯電話を身体から離すことを推奨している」。

携帯電話の悪影響に関して、何らかの認識があることは確かである。



携帯電話の「発ガン性」に関する「証拠」は、たくさんある。

しかし、世間で騒ぐ「慢性的な放射能」の「発ガン性」に関しては、「科学的な証拠」がない。



一般的な認識は、「逆」である。

「たとえ微量でも放射能ほど恐ろしいものはなく、携帯はまったく無害だ」と思われている。

人間には、「ありふれたモノ」を安全だと思い、「珍しいモノ」を危険だと思う習性があるのである。



だから、自動車によって毎年5,000人が犠牲になっても、「脱・自動車」の運動は起きないし、肺ガンで毎年6万3,000人が死んでも、タバコは平気で売られ続ける。

ところが、放射能で事故が起こった途端に、「原発やめろー」となるわけである。



世の中には、原発以上に危険なものは山ほどある。

原発反対を叫ぶ人でも、平気で危険な自動車を運転するし、危険なタバコも吸うかもしれない。

ましてや、携帯電話を放射能ほど危険だとは、夢にも思うまい。

世の中は、そんな矛盾に満ちている。



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2011年07月25日

金欠により、核兵器が買えなくなったロシア。思わぬ形の核軍縮で、7年早く目標達成。

ロシアの「核兵器」の数が、見る見る減っているという。

ソ連時代に貯めるだけ貯めこんでいた「核兵器」が、続々と「退役」しているからである。



新しい「核兵器」を補充しようにも、近年、核兵器の「値上がり」が目覚しい。

ミサイル一基あたり「100億円以上」も値上がりしている。

買いたくても買えなくなってしまったのだ。

その結果、ロシアはアメリカと決めた「核軍縮」の約束を、「7年も前倒し」で達成してしまった。



じつは、今回の「核軍縮」条約に、ロシアはアメリカよりも「消極的」だった。

「核のない世界」を標榜するオバマ大統領は、核弾頭を「1000発以下」に削減しようと提案した。

しかし、ロシアは「中国を抑えつけないといけない」と言って、アメリカの案に反対。

最終的に、アメリカの提案した1.5倍の「1550発」という数字で落ち着いたのである。



ところが、今回発表されたロシアのデータでは、核弾頭数は「1537発」と、すでに目標を達成してしまっている。

かたや、核軍縮に積極的だったアメリカはというと、まだ「1800発」もある。

ロシアのメドベージェル大統領は、「スターリン時代なら銃殺ものだ」と、国防省をたしなめたというが、予算を割いてくれないのだから、ミサイルが買いたくても買えないと、国防省は愚痴をこぼす。



まさか、こんな形で「核兵器」が世界から減ってゆくとは…。

先進各国は、借金の上に借金を重ねる状況が続いているが、世界平和のためには、そのぐらいが丁度よいのかもしれない。

マネーのパワーは、核を上回るほどの破壊力である。



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2011年07月24日

原発事故以上に隠されていた「核兵器事故」。核兵器を24時間飛行させていたアメリカの無謀な作戦。

核爆弾が落とされたのは、日本だけではなかった。

少なくとも、「スペイン」と「グリーンランド(デンマーク)」には落ちている。

故意に落とされたわけではなく、「事故」ではあるのだが……。



スペインに落ちたのは、1966年1月17日。

「パロマレス」という田舎町に、突然、空から核兵器4個が降ってきた。

4個中2個の水爆が爆発し、「プルトニウム」が広範囲に飛散。一帯は高濃度の放射能に汚染された。

放射性物質「プルトニウム」は、「かつて人類が遭遇した物質のうちで最高の毒性」とも言われる猛毒である。その毒性は2万4千年もたたないと、半分にならない。

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核兵器を落としたのは、「アメリカ軍」。

空中給油に失敗して、核兵器を搭載した飛行機(B52)が空中爆発。

4個の水爆のうち、3個は地上に落ちたものの、残りのもう一個が「海中」に落ちたらしく、行方不明。

アメリカ軍は血眼になって海底を探しまわり、80日後に水深700mの海底にて、ようやく発見。

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地上、海中、4個の核爆弾は、無事回収されたが、パロマレスの土地・海水ともに放射能で汚染されてしまった。

パロマレス特産のトマトは、放射能汚染のために全て廃棄処分。

地元経済に、深刻なダメージを与えた。

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長期的な悪影響を恐れたスペイン・アメリカの両国は、必死で汚染地域の安全性をPR。

アメリカ大使は、猛毒で汚染された海域で、海水浴をするという決死のパフォーマンスまで披露した。

スペイン側も原子力発電を推進したい思惑があったために、早々に「安全宣言」を発表した。

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しかし、事故から40年たった2007年、パロマレスの汚染地域は、突如「立入禁止」とされる。

「今まで安全とされていた地域が、なぜ今になって?」

満足のいく説明も得られぬまま、地域住民は不安を募らせている。

「早すぎた安全宣言」は、世界中から「批判のマト」とされている。



この事件から2年後の1968年1月21日、グリーンランド(デンマーク)の「チューレ」でも、飛行機事故から核兵器が飛散する。

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墜落した爆撃機は、6時間にわたり炎上。3mもの氷を溶かして、海底へと沈んだ。

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ろくな防護服も身につけずに回収作業にあたった現地のイヌイットたちは、ガン・その他で次々に命を落としていったという。

必死の回収作業も虚しく、いまだに回収されていない水爆があるとの懸念は拭い切れない。



当のデンマーク政府は、1957年に「非核化」を宣言しているため、この核事故は秘めておきたい事実だった。

現在でもデンマーク政府は、未回収の水爆の存在を全面否定している。



なぜ、これほどまで核兵器が落下する事故が続発したのか?事故はこれだけに留まらない。

落下場所まで公開されたのは、この2件のみで、公開された情報には、全部で32件の事故が記載されている。

1950年2月には、機体トラブルから核兵器を太平上に投棄。同年8月、核兵器搭載のB29が墜落。1958年には、B47が墜落(この時の核兵器は未回収)。

1965年には、「沖縄」近海で、空母タイコンデロガから核兵器搭載の戦闘機A4Eが、海中に水没。引き揚げには数年を要したというが、いまだ未回収との噂も……。この時の作戦が「極秘」であったために、真相は闇の中である。



すべての遠因は、米ソの東西冷戦にある。

1957年、ソ連は人工衛星「スプートニク」の打ち上げに成功する。

この快挙は、宇宙開発でアメリカに先んじた以上の成果があった。この技術を応用すれば、ソ連は宇宙からアメリカを核攻撃できるようになったのである。

「いつ頭上に核爆弾を落とされるか分からない」という恐怖に、アメリカは夜も眠れなくなった。

そこで、アメリカは、核爆弾を搭載した爆撃機を、24時間体制でソ連近辺に飛ばし続けるという常軌を逸した作戦を実行に移す(クロムドーム作戦)。

これで、ただでさえ危険な核兵器が、24時間、世界の空を延々と飛び続けることとなった。

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一連の核兵器落下事件は、この「クロムドーム作戦の不手際」により生じたものである。

クロムドーム作戦のソ連巡回ルートは、3ルート。

スペイン基地ヘ向かう「地中海ルート」、アラスカ基地へ向かう「北極圏ルート」、ハワイ・沖縄基地への「極東コース」である。

結果的に、この3ルート全てで、アメリカ軍は核兵器を落っことすという杜撰(ずさん)さを披露した。



しかし、この作戦に関わるあらゆる事故は、最高レベルの国家機密とされたために、ほとんどの詳細は未だ不明である。

専門家の間では、やむなく公表された32件という事故件数は、氷山の一角にすぎず、少なくとも、その10倍の事故は起きていたのではないかと勘繰っている。



現在の科学では、「核」を手懐(てなづ)けることは、まだできていない。

あらゆる放射能事故は、ウヤムヤの霧の中で、政治的な解決が図られる。

その点、目にも見えず、肌で感じることもできない放射能の性質は、まことに都合が良い。



人間を動かすには、3つの要素があるという。

目の前の「理」、側面の「情」、そして背後の「恐怖」。

残念ながら、人間は「背後の恐怖」によって、もっとも大きく動かされる。



「核」の脅威は、その最たるモノであろう。

「核の恐怖」は、人類に戦争を思いとどまらせるほどであるが、同時に、「殺るか殺られるか」の恐怖は常に付きまとい、アメリカはその恐怖のあまり、無謀な作戦に手を染めた。

歴史は繰り返すのだろうか?

中国、インド、パキスタン、イラン、北朝鮮などなど、新興国は「核の恐怖」の魅力に取り憑かれている。



人類が「核の恐怖」を克服するのは、いつの日か?

それは、最高の形であろうか?それとも……。



出典:BS歴史館
「暗号名 ブロークン・アロー〜隠された核兵器事故」


posted by 四代目 at 15:54| Comment(0) | 原子力 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月21日

「原発は推進すべきである」。歴史の大家「渡辺昇一」氏が語る、世界の歴史と未来とは?

「浜岡原発停止は愚策である。

原発を止めてはならない。

原発は推進すべきである。」



世界の世論が「脱原発・反原発」一色に染まる中、堂々と「原発推進」を宣言するのは、歴史の大家「渡辺昇一」氏である。

歴史に精通する彼は、「最先端技術」から取り残された国家の「悲劇的な末路」を語る。



かつて「最先端技術」であった、「火薬」から取り残された国家は、どうなったのか?

はたまた、「鉄砲・大砲」から取り残された国家は、どうなったのか?

日本の歴史においては、火薬を駆使した「織田信長」が、当時最強の武田の騎馬軍団を壊滅させ、江戸末期の幕府は、アメリカの黒船に対抗する術を持たなかった。

幸い日本は、その都度、遅れを取り戻すことに成功した。



しかし、1000年の栄華を誇った「マヤ文明」は、どうなったのか?

人類発祥の地とされる、アフリカ大陸の国々は、どうなったのか?

マヤ文明はスペインの火器に滅ぼされ、アフリカの国々は欧米の「植民地」とされ、人々は奴隷として売買された。



中華の覇者であった「清」は?

眠れる獅子と恐れられながら、じつは「眠れるブタ」であったとバカにされ、多民族に好き放題「蹂躙」された。

あれほど「長い歴史と文化」を持つ大国ですら、最先端技術から取り残された途端に、奈落の底に転落していった。



最先端技術の「戦闘機」は、戦争の形を大きく変え、世界大戦をより「悲惨」なものにした。

さらに最先端の「核兵器」は、世界大戦を終結させた。



東西冷戦時代、ソ連はヨーロッパへ向けて、「核ミサイル」を配備した。

イギリスのサッチャー首相は、この脅しに真正面から対抗し、「核ミサイル」をソ連に向けて配置した。



当時のイギリス世論は、首相の対抗措置に「大反対」。

「イギリスが核をソ連に向ければ、ソ連から核攻撃を受ける危険性が増大する!」と。



サッチャー首相は、静かに答える。

「日本は、原爆を持たなかったのに、広島・長崎で原爆攻撃を受けました。」

以後、反対の声はピタリと止む。



もし、日本が「原爆」を持っていたら、アメリカは日本に「原爆」を落とせただろうか?

日本は「毒ガス兵器」を持っていたので、アメリカから「毒ガス攻撃」を受けなかったのだという。アメリカが、悲惨な報復攻撃を恐れたためである。



「最先端技術で、相手を超えるか、少なくとも拮抗するレベルにない限りは、安全が大きく損なわれる可能性がある。」

こう、渡辺昇一氏は主張するのである。



現在、最先端の「原子力」分野において、日本の技術は世界トップレベルであり、大型原子炉に関しては、群を抜く技術力であるという。

大型原子炉の建造は、原発先進国の「アメリカ・フランス」ですら日本の協力が欠かせない。世界は非効率な小型原子炉から大型化へと向かっている。

もし、日本が脱原発を宣言すれば、先頭ランナーの一人である日本は、確実に先端技術から遠ざかることとなる。



良かれ悪しかれ、世界の歴史は、「先端技術を持つ国家」が先導してきた。

世界を先導する国家に「良識」があれば、世界は安心して、その恩恵にあずかることができるだろう。

しかし、先端技術を持つ国家が「良識」よりも、特定の「利益」を優先させるのであれば、悪しき歴史が繰り返されることとなる怖れがある。



「奴隷」を人間とも思わなかった国家、「植民地」から絞れるだけ搾取した国家、「大量破壊兵器」を平然と使った国家……。

歴史を先導する国家に、全幅の信頼を置けるとは言いがたい。

もし、時代の大国が道を誤っているときには、道を正すべき献言が必要となろう。しかし、その言葉が大国の耳に届くかどうかは、発言者の力次第となるだろう。



最先端から離脱した国家は、竹林の七賢とはなれるかもしれないが、歴史を変えることはできなくなるかもしれない。

良識ある国家が次々と脱原発を宣言すれば、世界はロシア・中国・北朝鮮の天下となるかもしれない。

これら三国が、日本以上に「安全」を優先する世界を想像できるだろうか?むしろ、「安全を犠牲として突き進む」可能性のほうが大きいのではなかろうか?



大震災という極限におかれてもなお、日本民族は「良識」を失わず、その高潔な姿は世界に賛美された。

世界に対する日本民族の存在意義は、決して小さなものではない。

日本民族の意志は、世界に活用されて然るべきものである。



なぜ、反原発を叫ぶかといえば、それは世界を「安全」にするためであろう。

しかし、自分の家の中だけの「安全」が、世界の「安全」となるわけではない。中国が原発事故を起こせば、偏西風は放射性物質を日本にまで運んでくる。黄砂がやって来るのと全く同様に。

世界の安全のためには、世界全体を変える必要がある。

そのためには、同じ土俵に立って、堂々と世界の舵を「安全」へと向けなければならない。



渡辺昇一氏の主張する「原発推進」は、壮大な「脱原発」、いや「脱」ではなく、原発を凌駕するという意味で「超原発(原発を超える)」とも言えるかもしれない。

原発の技術が今以上に高まれば、逆に原発は最先端技術ではなくなり、もはや過去の遺物とすら化すかもしれない。

歴史上の最先端技術は、つねに塗り替えられてきた。原発は、発展の途上に過ぎず、一時的な産物でしかない。



はたして、次の最先端技術は、原発の先にあるのか?それとも、全く別の道にあるのか?

はたまた、すべての道はローマに通ずるのであろうか?

こればかりは、神のみぞ知る「お楽しみ」かもしれない。



参考:致知7月号 連載・歴史の教訓(渡辺昇一)



posted by 四代目 at 12:12| Comment(0) | 原子力 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする