中国には「暇人」と呼ばれる人々が2億人以上もいるという。
「暇人」とは?
その名の通り、ヒマな人々である。
昔から都市に住んでいて家もすでにあるため、何もしなくても生きていける。彼らは仕事もしなければ、大きな消費もしない。
青空のもと、日がなマージャンに興じていたりする呑気な人々である。
日本の人口は1億2,000万人程度であるのだから、中国には日本の人口の2倍近い「暇人」がいることになる。
「中国で最も有名な日本人」、加藤嘉一氏に言わせれば、中国の安定はこうした「暇人」がいるからこそなのだという。
暇人がヒマしていられる間は、中国社会も安定しているということである。
逆に言えば、この暇人たちを「怒らせたら怖いぞ」ということにもなる。
昨年、中国のGDP(経済力)が日本を抜いて、世界第2位となった(一位は断トツでアメリカ)。
経済が急拡大したことにより、中国政府の支配力は以前よりも弱まり、逆に中国国民の発言力が急拡大した。
それは、インターネットの発展により、政府の報道規制が機能しにくくなったためでもある(中国のインターネット人口は5億人)。
中国国民の力をまざまざと政府に見せつけたのは、昨年の高速鉄道事故においてであった。
当初、当局は架橋から落下した鉄道車両を、巨大な穴に埋めてしまった。
従来であれば、事件は「はい、おしまい」。極端に言えば、中国国民がこの事故を知ることすらなかったかもしれない。
ところが、実際は蜂の巣をつついたような大騒ぎに発展。
国民のブログやツイットのみならず、大手の報道機関までが政府の報道規制に堂々と反発する異例の事態に発展。
結局は、温家宝首相までが慌てて同地を訪問するという常ならぬ対応を政府は取らざるを得なかった。
国民の政府に対する反発は強まる一方。
去年の中国の流行語大賞は「我父是李剛(俺のオヤジは李剛だ)」。
「李剛」とは、河北省の公安幹部(偉い人)。この言葉は、その偉い人の息子が警察に放った言葉である。
このドラ息子は酔っ払い運転で人一人を轢き殺しておきながら、警察に対してこの暴言を吐いたのである。
ご存知の通り、中国では表立った政府批判の言葉は禁句である。
そのため、中国国民はより賢く、間接的に政府を批判する。
この流行語大賞の例は、その好例である。
しかし、本来の中国人の性質はもっともっと直接的である。
尖閣諸島の事件が起きた時、先の加藤嘉一氏は「中国人に殴られる」という実に分かりやすい反応を頂いたのだと言う。
どちらかというと、より陰湿なのは日本人の方である。そのため、ストレートな中国人にとって、日本側の反応は意味不明である。
その日本人にとって、中国の態度は「矛盾」していると思いがちである。
なぜなら、日本人は中国の「本音と建前」を混同してしまいやすいからだ。
中国政府は自国民に対して、「我が国は世界の大国であり、大きな責任がある」と堂々と宣言する。
しかし、いざ世界の場に出ると、「我々の国はまだまだ発展途上である」と発言して、国際的な公約には一貫して消極的である。
国民を統治する方便と、国際社会で実利を獲得する方便は、まったくの別物なのである。
この「本音と建前」を、中国国民はよく心得ている。
GDPが世界第2位になったからといって、国民一人当たりにしてみれば、日本の10分の1であることを冷静に認識しているのである。
表面的に見れば、中国は「調子に乗っている」と映る面がなきにしもあらず。しかし、彼らの本音は実に現実的であり冷静である。
中国の歴史を知る人であれば、中国人がどれほど現実的な民族であるのかをよく理解できるであろう。
中国人は良くも悪くも「自分中心」である。
そのため、中国人が他人に「嫉妬」することはまずないのだという。良い意味でも悪い意味でも、「他人を気にしない」のだそうだ。
この気質ほど、日本人と異なる気質もないだろう。日本人は「空気」までをも気にする国民である。
こうした繊細な日本の気風は、加藤嘉一氏には耐え難いものだったという。
彼のイニシャルは「K(かとう)Y(よしかず)」。天性のKY(空気を読まない)男だったのである。
日本人は気に入らないことがあると「無視」するか、「足を引っ張る」。一方、中国人はビール瓶を投げて来る。この分かりやすさの方が加藤氏の気質に合っていた。
加藤嘉一氏は若くして(27歳)、中国でも日本でも引っ張りダコの人気者である。
年間300以上の取材を受け、200本以上のコラムを書くのだという。
それはひとえに、加藤氏が日本人と中国人、両方の気質に通じているゆえである。
彼が中国に渡ったのは8年前(北京大学への単身留学)。
当時、中国語は全く分からなかったそうだが、アイス売りのオバちゃんと一日中話していたり、仲良くなった警官から新聞(人民日報)をタダでもらったりと、一円もかけずに中国語を完璧にマスター。
今や、中国語で公演を行い、中国語でブログを執筆するほどのネイティブぶりである。
彼が中国で有名になったのは、まったくの偶然であった。
中国国内での反日デモ(靖国問題・2005)の際、現場に居合わせた加藤氏に中国のテレビ局(香港フェニックスTV)がコメントを求めてきたのである。
「中国と日本人のどちらが悪い?」との質問に対して、「どちらが良いも悪いもない。お互いが反省すべきだ」と回答(当時20歳)。
この発言にあたり、加藤氏は日本と中国のバランスに極力配慮したのだという。中国が悪いと言えば、どんな憂き目に遭うか分からない。日本が悪いと言えば、非国民とされてしまう。
この放送以降、加藤氏へのメディアからのオファーが殺到し、一躍「時の人」となる。
加藤嘉一氏の存在が不動のものとなったのは、中国の胡錦濤・国家主席が彼に面会を求めてからだった。
その当日、彼は「朝、空けといてくれ」と言われただけで、何も聞かされていなかった。彼は「マラソンに行くからダメだ」と一度は断ったのだとか。
胡錦濤氏にサプライズ的に面会した加藤氏は、胡錦濤氏の精密機器のような真面目さと13億人を統治している凄みを感じたという。
加藤氏に言わせれば、「中国の政治家や官僚の気合いはモノ凄い」。
一度でもしくじれば、瞬時に首が飛び、二度と帰っては来れなくなるのだという。まさに「命がけ」なのだ。求められるのは「結果」以外に何もない。
かたや、日本の政治家や官僚には、その気概がない。
この温度差は疑いようがなく、中国の強さと日本の弱さの必然を生んでいるだという。
中国にドップリ浸かりながらも、冷静に日中両国を見つめる加藤氏。
真面目すぎる日本人は、本音と建前の乖離を嫌う。かたや、中国人は当然のように、本音と建前を併せ持つ。
日本人はその矛盾をも嫌うが、中国人は平然とその矛盾の中に生きている。
加藤氏は中国人の本音を見抜きながらも、彼らのメンツを丁寧に立ててあげることを忘れない。
加藤氏に「なぜ、あなたは有名になったのか?」と聞くと、それは日中関係が行き詰まってしまったからだと答える。
通常の交渉チャネルとは全く別口の出口を、両国が無意識に求めていたのではないかと言うのである。
彼の若さ(27歳)は大きな武器だ。
ジャジャ馬としても知られる中国の80后(80年代生まれ)も、加藤氏の言葉には真剣に耳を傾ける。
加藤氏は「日中の架け橋」とならんことを自認しているが、その架け橋は充分に機能している。
我々は幸運な時代に生きている。
国家間の交渉の一端を、一民間人が担える時代なのである。
加藤嘉一氏の才能は軽んずるべきではないが、その才能を発揮できる場を与えているのはこの時代に他ならない。
加藤氏の功績は、未来への希望である。
こうした人々が国境の線を薄れさせてゆくのだろう。
上から決める国境線は溝を深めるばかりであり、結局はお互いが苦しむことにもなりかねない。
良くも悪くも、中国はダブルスタンダードの国家である。
それゆえに、中国人は政府のできることと、民間のできることを日本人以上に認識している。
中国政府は上からの支配を緩める素振りは見せたがらないが、その実、静かなる変化を希求しているのかもしれない。
暇人が暇人のままでいられるように。
出典:爆問学問
中国で最も有名な日本人〜コラムニスト・加藤嘉一

