2013年03月10日

星はどう死ぬのか? 白色矮星・中性子星・ブラックホール


宇宙の星々は、どうやって生まれるのか?

そして、どう死ぬのか?

「じつは星の誕生については、まだ判っていないことが多い。むしろ、終わり方のほうがよく知られている」

そう語り始めるのは、MIT(マサチューセッツ工科大学)のルーウィン教授。



「星は分子雲というものの中で生まれることがわかっており、星が死ぬ時、それは白色矮星になるか、中性子星になるか、あるいはブラックホールになる」と教授は説明する。

さて、宇宙の星々はどのような生涯を送るのか?



◎星のゆりかご


宇宙の星々が産声をあげるという「分子雲」。

それは主に水素分子からなる高密度のガスであり、別名「星のゆりかご」とも呼ばれている。



なぜ、宇宙の雲から星が生まれるのか?

それは、その雲が極めて重たく(太陽の何百万倍もの質量)、とてつもない重力を持っているからである。分子雲というのは、フワフワの綿菓子などでは決してなく、想像できないほど重厚なガスなのである。



ではなぜ、重力が星を生むのか?

その途轍もない重力によって、雲を構成する水素原子はその中心へ向かって、真っ逆さまに落ちていく。すると、水素分子の重力による位置エネルギーは「運動エネルギー」に変換され、さらに「熱エネルギー」に変わる。



「たとえば、こういうことだ」。

そう言って、ルーウィン教授は自分のバッグをポイと放り投げる。ノートパソコンが入っているというそのバックは、バーンという大きな音をたてて床に叩きつけられた。

教授のバッグが落下したのは、「高さ」という位置エネルギーによるものであり、そのエネルギーは「落ちる」という運動エネルギーに変わった。そしてバッグが床に叩きつけられた時、バーンという音とともにカバンは熱エネルギーを発したのだ(ついでに中のPCも破壊され、さらなる熱エネルギーを発したかもしれない)。



床に落ちるバッグと同じ原理によって、宇宙の分子雲の中の水素分子(バッグに相当)は、重力によって中心(床に相当)に向かって落ちていく。その時、水素分子は膨大な「熱エネルギー」を放出することになる。

その結果、「自己重力をもった分子雲の温度は、数1,000万℃になることがある」とルーウィン教授。

温度がそこまで高くなると、分子雲の中では「核融合」が始まる。さあ、ここからがいよいよ星の始まりだ。







◎核融合


核融合というのは、2つの原子核が融合し、大きなエネルギーを放出する現象のことである。

最初は当然、水素原子同士の核融合から始まる。そしてその結果、水素が「ヘリウム」になり、ヘリウムはヘリウム同士で核融合を始める。すると、ヘリウムは「炭素」になり、炭素は炭素同士で核融合を始め…。

こうした核融合の連鎖反応が、星を生み出す根源的なエネルギーとなるのである。



もう少し詳しく言うならば、水素が核融合によってすべてなくなった後、星はいったん「縮む」。それは核融合による外側へ向かうエネルギーが、重力による内向きのエネルギーに押されてしまった結果だ。

※星の大きさというのは、外側へ向かうエネルギー(核融合)と、内側へ向かうエネルギー(重力)の絶妙なバランスによって決定されている。

しかし、星が縮んだ時、星のエネルギーは逆に増大する。なぜなら、星の中心へと向かう重力エネルギー(縮むエネルギー)が、新たな運動エネルギーと熱エネルギーを生み出すからである(床に落下するカバンのように)。



星が縮んだ時に発する、この新たな熱エネルギーが起爆剤となり、次なるヘリウムの核融合を誘発する。そして、ヘリウムがなくなるとまた星は縮みながら新たなエネルギーをチャージして、今度は炭素の核融合を引き起こす。

「炭素を使い切ると、次は酸素だ。そしてネオン、最後にはケイ素が核融合する。すると『鉄』ができて、ここで核融合は終息する」と、ルーウィン教授。

なぜ終息するのかといえば、鉄が融合する時、エネルギーを放出するのではなく、吸収してしまうからである。



水素 → ヘリウム → 炭素 → 酸素 → ネオン → ケイ素 → 鉄。

この順に核融合のエネルギーはどんどん高まり、温度はウナギ登りに上昇する。水素の核融合が続いている時の温度が3,000万℃ほどだとすると、鉄が生まれる時の温度は、その100倍の30億℃にまで達する(星の質量によって異なるが)。

一方、温度が上昇するに連れ、核融合のスピードは加速する。水素による反応は数十億年も続くことがあるが、ケイ素が鉄に変わる最終段階は数日しか続かないのだという。



◎星の寿命


「星というものは、質量が大きいほど寿命が短い。これは君たちの直感に反するかもしないが…」とルーウィン教授は言う。

直感的には、星は大きければ大きいほど核融合がたくさんできるので、寿命が伸びそうな気がする。しかし、実際にはその逆の現象が起こるのだという。



「大きな質量をもつ星は、小さな星よりも核燃料の消費が多く、すぐに使い切って死んでしまうのだ」と教授。

なるほど、大きな星ほど「燃費が悪い」ということか。



たとえば、われわれの太陽の寿命は、およそ100億年と考えられている。ところが、太陽の質量の60倍も大きい星の場合、その寿命はたったの300万年(仮に太陽の寿命を100歳とすれば、この星は生後4ヶ月足らずで死ぬことになる)。

ちなみに、現在の太陽の年齢は50億歳。残りはあと50億年。

「その時、太陽は現在の50倍の大きさ(巨星)にまで成長し、火星も金星も、もちろん地球も滅亡する」と、ルーウィン教授は言う。



◎白色矮星(はくしょく・わいせい)


冒頭にルーウィン教授が述べたように、「星が死ぬ時、それは白色矮星になるか、中性子星になるか、あるいはブラックホールになる」。

そのいずれかになるのかは、その星の「重さ次第」である。

質量が太陽の8倍以下であれば「白色矮星」、太陽の8倍から25倍以下であれば「中性子星」、それ以上であれば「ブラックホール」になるということだ。



星が核融合の燃料を使い果たした時、その星は自分の重力に押され、耐え切れなくなり、そして「崩壊」に向かう。

その際、星の上層部のガスは宇宙空間に散ってしまい、残されるのは「コア」と呼ばれる星の核となる部分だけである。その星の質量が太陽の8倍以下であれば、その残されたものが「白色矮星」である。

「典型的な白色矮星の質量は、太陽の半分かもう少し大きかだ。半径は地球と同じくらいの大きさだ(約1万km)」とルーウィン教授。



◎見えない天文学


人類が最初に発見した白色矮星は、「シリウスB」という星である。

シリウスは周知の通り、夜空で一番明るく輝く星であるが、ドイツの数学者ベッセルは「シリウスとして知られる明るい星の隣りには、『見えないもう一つの星』があるはずだ」と予言した。



これは、そのベッセルの言葉である。

「宇宙の物体にとって、『明るさ』が不可欠の要素だと考える理由はどこにもないのです。『見えない星』がないとは言えないのです」

通常、人々は見えないものを信じない。しかし、ベッセルばかりは見えないものを信じた。

「これは驚くべき発想の転換だ。彼は『見えない天文学』をはじめたのだから」とルーウィン教授も感嘆する。



ベッセルの予言した「見えない星」を実際に見つけるのは、アメリカの望遠鏡設計者の息子、グラハム・クラークである(1862)。

父親の最新の望遠鏡をのぞいていたクラークは、明るいシリウスの隣りに、とてもかすかに、シリウスの一万分の1程度の暗さの星を発見した。そして、彼は気がついた、これがベッセルの予言した「見えない星」であることを。



よく知られた明るいシリウスは「シリウスA」、そしてそれに伴う暗いシリウスは「シリウスB」。この2つの星は、半世紀かけて両者の中心を一周する「連星」であった。

長らく、このシリウスBの存在が認められなかったのは、容易に見えないからだけではなく、計算によるとシリウスBの重さが1立方cmあたり100万gという「馬鹿げた数字」だったからだ。

「シリウスBは水よりも100万倍も密度が高いというのか? この星は1リットルで100万kg(1,000トン)もあるというのか? 小さじスプーン一杯で5トンなどという数字は馬鹿げている」



今では明らかなことであるが、白色矮星はそれほどに重い星であったのだ。



◎中性子星


白色矮星の質量は、最大でも太陽の1.4倍にしかなれない。1930年、アメリカの天体物理学者、チャンドラセカールは計算でそれを求めた。

では、質量がそれ以上になるとどうなるののか?

「白色矮星は不安定になり崩壊してしまう」

するとどうなるのか? チャンドラセカールにはそれは分からなかった。ただ「崩壊するしかない」ということを数字だけが示していたのである。



白色矮星の崩壊後、「中性子星」になるという仮説を発表したのは、2人の天文学者、フリッツ・ツビッキー(スイス)と、ウォルター・バーデ(ドイツ)である(1934)。

「純粋に中性子でできた星が、超新星爆発で生まれる」。2人はそう言った(質量が太陽の8倍以上、25倍以下の星の場合)。

中性子というのは、原子核の陽子に電子が取り込まれたものであるが、それが発見されたのは、わずか2年前(1932)のことであった。



◎超新星爆発


中性子星を生むという「超新星爆発」とは何か?

それは、白色矮星が質量の最大限界(太陽の8倍)を超えた時、途轍もないエネルギーの放射とともに崩壊することだ。

「この時のエネルギーの放出は、とてつもなく大きい。太陽が100億年の寿命を費やして放出するエネルギーの100倍ものエネルギーを、わずか一秒以内に放出する計算だ」とルーウィン教授は説明する。



白色矮星の崩壊は、およそ1,000分の一秒という短い間に起こる。その瞬間、温度はおよそ1,000億℃にまで急騰する。

それは白色矮星が中性子星になるとき、その大きさが極端に小さくなるからだ。先にも床に落とすバッグで説明したとおり、星が縮む時、位置エネルギーが減った分、運動エネルギーと熱エネルギーが増えるのである。

この非常に大きなエネルギーの放出が巨大な爆発となる。これが超新星爆発である。



白色矮星がどれほど小さくなって、超新星爆発を起こすのか?

アメリカの物理学者オッペンハイマーは、中性子星の半径がおよそ10km程度であることを突き止めた。

「たった10kmだ。白色矮星の1,000分の1の小ささだ。すると、中性子星の密度は元の白色矮星の10億倍。もはや想像のレベルを超えている。小さじスプーン一杯が50億トンの重さなのだ…!」とルーウィン教授。



◎小さな緑の人


1967年のある日、ケンブリッジ大学の大学院生「ジョスリン・ベル」は、空のある方向から「バルス状の電波」がやって来るのを発見した。

パルスというのは極く短い時間だけ発せられる電波のことで、彼女の発見したパルスの間隔は1.33秒であった。



「研究チームは興奮に包まれた。自分たちが歴史上もっとも重大な発見をしたと考えたからだ。『何らかの知的生命体』が地球と交信を求めてると思ったのだ。そこで、このパルスを『小さな緑の人(little green men)』と呼んだ」

そうルーウィン教授が言った途端、会場は大笑い。そりゃそうだ。そのパルスは宇宙人からのものではなく、中性子星の発するものだったのだから。



「小さな緑の人」が発表された時、ガルト教授は「それは回転する中性子星に違いない」と主張した(1968)。

しかし当時、その主張は受け入れられなかった。1.33秒という自転速度は、考えられないほどに高速だったからだ。地球は24時間もかかるというのに、その6万5,000倍も自転速度が速いなんて…!

「小さな緑の人」が何個も発見されると、さすがにもう、それが宇宙人からの信号だと言う者はいなくなっていたが、中性子星であるという飛躍には皆困惑を隠せなかった。



◎高速の自転


だが、星は小さくなればなるほど、その回転(自転)を増すのは「角運動量保存の法則」で明らかだった。

「角運動量保存の法則」というのは、フィギュアスケートでも有名な法則だ。回転する時に腕を水平に大きく広げれば、ゆっくり回り、腕を胸元に縮めると速く回転する。



それと同様、白色矮星が突然縮んでしまった時、つまり半径10kmの中性子星になった場合、大きさは元の1,000分の1。すると、角運動量保存の法則により、その回転速度は元の100万倍以上に高速化する。

「中性子星は白色矮星よりも毎秒100万倍以上の速さで回る。だから、1.33秒という数字は驚くようなものではない」とルーウィン教授は言う。



ケンブリッジ大学の大学院生、ジョスリンがキャッチした1.33秒というパルスは、明らかに中性子星が発するそれであった。白色矮星よりもずっと暗い中性子星は、目では見えない。だから、そこから発せられるパルス(正確にはX線)のみが、その唯一の手がかりとなるのである。

中性子星のパルスは、地球でいえば北極と南極にあたる磁北極と磁南極から発せられる。それはあたかも、灯台が回転しながら断続的に光を届けるように、中性子星からの電波ビームも、地球にはチカチカと瞬きながら届く。その間隔が1.33秒、つまりその中性子星の自転速度であった。



ちなみに、このパルサーの発見は、ジョスリンの指導教官であったアントニー・ヒューイッシュをノーベル賞に輝かせることとなる。

ところが、それを実際に発見したはずのジョスリン本人は共同受賞者として認められなかった。ノーベル賞の選考員はなぜそんな結論を下したのか? その真相は分からない。



「彼女がまだ大学院生だったのがいけなかったのか? 彼女が女性だったから? あるいは、その両方だったのが良くなかったのか?」

ジョスリンを個人的に知るルーウィン教授は憤慨する。

「真相が明かされることはないだろうが、これはいわば、『天文学的な大きさの誤りだった』と私は思う」と教授。「彼女は自分がノーベル賞を受賞しなかったことを不当には思っていない。しかし、世界中の天文学者たちはそうは思っていないことを付け足しておく」。



◎かに星雲


「中性子星は本当に超新星爆発で生まれるものなのか?」

超新星爆発の残骸とされるのが「かに星雲」。

「この爆発は1054年に起きたものだ。中国には当時の天文学者たちの記録が残されている。超新星爆発は昼間ですら数週間にわたって見えるほどだった。夜空では何ヶ月も一番明るい星だった」とルーウィン教授。



ところが、ヨーロッパにはその記録が一切ない。

「私の母国オランダで記録がないのは理解できる。あそこはいつも雨だ。だからオランダ人には落ち度はない」と愛国心をのぞかせる教授。「しかし、スペインやイタリアやギリシャはどうだ? 昼間でも数週間にわたって見えるくらいの明るい星を、なぜ誰も書き残さなかったのか? まったくの謎だ…」。



さて、その超新星爆発の残骸である「かに星雲」の中からは、周期が0.33秒のパルスが発見されている(1968)。一秒間に30回も回転する速さである。

かに星雲は地球から6,000光年のかなたにある。1光年は光が一年かけて移動する距離。

「たとえば、飛行機に乗って宇宙を飛ぶことができたら、1光年の距離を飛ぶのに100万年かかる」とルーウィン教授。

つまり、かに星雲まで飛行機で行けたとしても、60億年かかってしまうわけだ。60億年後には、もう太陽もなければ地球もないではないか…。



中性子星は目に見えないが、超新星爆発は今でも一目でわかる。その明るさは「銀河全体が発する明るさ」に匹敵するのだから。

「銀河全体には約2,000億個の星がある。だから超新星爆発をした星は、2,000億個の星と同じだけのエネルギーを毎秒放出しているということだ。本当に驚くべきことだ」とルーウィン教授。

かに星雲の中にあるという中性子星は、半径およそ10km、小さじ一杯が50億トンの重さ。それが毎秒30回の速さで回転している。

「これを驚異的だと思わないようなら、君たちには何を教えてもムダだ。だからもう帰っていい」と言って、ルーウィン教授は場内の笑いを誘う。



◎ブラックホール


さて、いよいよ最後のブラックホールの話である。

「理論上、中性子星は太陽の質量のおよそ3倍までしか重くなることができない。その質量を超えると中性子星は崩壊し、その終着がブラックホールになる」とルーウィン教授。



ブラックホールには表面がない。体積もゼロ。

「ブラックホールは『特異点』と呼ばれる点だ。特異点の密度は無限大だ」と教授は言う。

この特異点を扱える物理学は未だに存在しない。量子重力については、ちゃんとした理論すらない。

「これについては手も足も出ない。とにかく全てがこの点にある」と教授。



ブラックホールたる特異点の周りには、ある空間的境界があるとされ、それは「事象の地平面」と名付けられている。

「事象の地平面の外側にいれば、君たちは地球に戻ることができる。とんでもないスピードが必要だが、理論上は脱出できる。しかし、この内側にいる場合、地球に戻ることは決してできない」とルーウィン教授は説明する。

事象の地平面の内側からは脱出するには、光速を超える速さが必要とされるが、残念ながら宇宙に光速を超える速さの存在は許されていない。つまり、光ですら事象の地平面の内側からは外に出ることができないのである。







◎はくちょう座X-1



光をも取り込んでしまうブラックホールを見ることは不可能だ。ブラックホールからは何モノも抜け出すことはできない。

だが、「はくちょう座X-1」の中には、ブラックホールが存在すると確信されている。「白い鳥(はくちょう)」の中に「黒い穴(ブラックホール)」が開いているというのも詩的な話だが…。

「見えないけれど、そこにはブラックホールがある。これが知識の素晴らしさだ。たとえ見えなくても、存在を知ることができる」とルーウィン教授は語る。



なぜ、ブラックホールの存在を知ることができるのか?

そのカギとなるのが「吸収線」と呼ばれるものだ。それは特定の色(エネルギー)が欠けている部分であり、「吸収線」は虹色のスペクトルの一部を、黒く塗りつぶす。

2つの連星が、両者の間を中心に回転する時、それらは地球に近づいたり遠ざかったりする。すると「ドップラー効果」という現象が起こる。救急車のサイレンが近づいた時に音が高くなり、遠ざかればその音が低くなるという、あれだ。



星が地球に近づいている時、その星の吸収線は少し青色の方へずれる(青方偏移)。逆に、その星が遠ざかっている時は、少し赤の方にずれる(赤方偏移)。それは、距離によって音が高くなったり低くなったりするのと同じ原理である(ドップラー効果)。

このドップラー効果を利用すれば、遠く離れた星の動きやその速さを知ることができる。星の音を聞く代わりに、星が放射する光(具体的には吸収線)を観測すればよいのである。







◎連星


ちょっと待ってくれ。

ブラックホールは光も何モノも外へ放射しないのではなかったか?



その通り。

しかしマレに、そのブラックホールが連星を形作っていることがある。もし、連星の相方が「見える」のであれば、見えないはずのブラックホールの存在も知ることができる。

それが「はくちょう座X-1」の中にはあるのだという。



核融合を続ける元気な星の発するエネルギーが、連星の相方に吸い込まれているように見える時がある。まるで糸巻きの糸が、別の糸巻きに巻き取られていくように。

この場合、エネルギー(糸)を提供する側の星を「ドナー星」、受け取る側の星を「降着星」と呼ぶ。



ドナー星の出す可視光線(目に見える光)を調べた時に、欠けている色(吸収線)があるのは、その色が降着星によって吸い取られてしまっているためだ。

そして、そのドナー星の吸収線が青寄りになったり(青方偏移)、赤寄りになったりする(赤方偏移)のは、まさに何かとペア(連星)になって、どこかを中心に公転しているからに他ならない。



◎これはブラックホールに違いない


青方偏移の最大値が、赤方偏移の最大値にうつるまでの時間は、それがそのままドナー星の軌道周期となる。さらにドナー星の速さも求められる。

その計算の結果、はくちょう座X-1の中に発見された連星の軌道周期は「5.6日」であった。

そして、その降着星がブラックホールである可能性は明らか。その降着星の質量が太陽の15倍の質量を持つことが明らかになっているからだ(先述した通り、太陽の質量の3倍以上であれば、その星はブラックホールにならざるを得ない。元の大きさは太陽の25倍以上だ)。



このブラックホールの発見当時、ある有名な天文学者は「これは平凡な星にすぎない」と発表していた。

「そうは納得しなかった研究者たちがいたことは、幸運なことだ」とルーウィン教授。「彼らは吸収線を研究して軌道の周期を見つけた。そして、『これはブラックホールに違いない』と結論づけたのだ!」。

ちなみに、「そうは納得しなかった研究者」の一人が、ルーウィン教授のかつての教え子とのことである。



「さて、このように幾つかの幸運な星は、死んだ後も別の形で生き続ける」

いよいよルーウィン教授の講義も終わりに近い。

「ただし、良き伴侶を見つけて連星になる必要がある。私が君たちに願うのは、死後ではなく、人生を生きている間に良き伴侶を見つけて、輝き、幸せであることだ(満場の拍手)」



かくも壮大な星の一生。

かつてベッセルの言った通り、宇宙に存在するのは「目に見える光」ばかりではなかった。光が消えたからといって、その星が死んだとは言い切れない。



宇宙を知ること、それは何を知ることなのだろうか?

それはまるで、「知らない」ということを知ることのようにも思えてくる。



「知らない」ということの先には、いったい何があるのだろう…?

知っていることが増えれば増えるほど、皮肉にも「知らない世界」はますます広がっていくようでもある…。







(了)



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楽天家ピーター、火星への想い。不死鳥フェニックス



出典:NHK MIT白熱教室「星はどう生まれ、どう死ぬのか?」



posted by 四代目 at 09:14| Comment(1) | 宇宙 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月14日

楽天家ピーター、火星への想い。不死鳥フェニックス


「火星人」

その夢は今から36年前に断たれた。



1976年、火星に到着した探査機「バイキング」がそこで見たものは「過酷な現実」でしかなかった。

火星人どころか、「土壌には休眠中の微生物はもちろん、水も存在しなかった」。さらには、過酸化水素などの強力な酸化剤や強烈な紫外線のために、「火星の表面は完全に『滅菌』されていた」。

一時は、サンタクロースのように人類の夢を膨らませてくれた火星人であったが、その夢は「バイキングによって始まり、そして終わった」のであった…。



◎楽天的という職業病


それでも諦めない科学者はいた。その一人が「ピーター・スミス」。子供の頃からの熱烈なSF小説ファンであり、それが高じて宇宙が本職にまでなった男である。

「楽天的であることが科学調査を行う者の職業病」と言い切る彼は、「一度としてバイキングの探査結果を信じたことがなかった」。言い換えれば、火星に生命は存在すると、彼は「楽天的に」信じ続けたのである。



「火星の生命(有機物)はどこかに隠れているだけで、適切な探査を行えば、必ず見つかるはずだ」

確かに探査機バイキングによる土壌分析の技術は「未熟」であり、たとえ生命のカケラ(有機分子)が存在していたとしても、検査によって破壊してしまった可能性も否定できなかった。



しかし、皆が皆、楽天的というわけではない。絶望的なバイキングの報告は、その後20年以上に渡って人類を火星から遠ざけてしまうこととなる。

それでも、火星計画というのは根強くあったのだが、1999年、NASAの探査機マーズ・ポーラーが火星に着陸する寸前に通信途絶となってしまって以来、その後の計画は一時中止に追い込まれるしまっていた。



◎タダ?


「宇宙船をタダで提供したいのだが…」

こんな信じ難い電話が、楽天家のピーターのもとにかかってきた。よくよく話を聞けば、使われなくなった火星探査機がロッキード・マーティン社のクリーンルームの中に眠っているというのだ。



その探査機の名は「マーズ・サーベイヤー」。これは2001年に火星に打ち上げられる計画だったのだが、その3年前のNASAの失敗によって、まさに「お蔵入り」にされていたものだった。

「私はまず驚き、そして躊躇しました」

資金がまったくないのに、どうやって打ち上げるのか? そんな現実的な問題が厳然としてあった。しかし、ピーターの心にはすでに、火星の火が着いてしまっていた。



折しも、火星周回衛星が火星の南極付近に「氷」があるかもしれない可能性を示してきていた。

数十年前、探査機バイキングは火星を「乾燥しきった不毛の星」と断言したわけだが、ここに来て、火星に水がある可能性、そしてそれが生命につながる希望が再燃してきていたのである。

「火星は、生命が存在し得る惑星なのかもしれない…」

その火はNASAにも燃え移った。そして、ピーターの申請した火星探査機は、2007年に打ち上げられることが電撃的に決定されることとなる。



◎フェニックス


ピーターは、この探査機を「フェニックス」と改名した。

1999年に打ち上げるはずだった旧称「マーズ・サーベイヤー」、一度は中止になった計画が復活したのだ。それが、「不死鳥(フェニックス)」の神話を連想させたのである。



「新しい探査機をゼロから作れば、未知のリスクが生じるわけで、それよりは容易(たやす)いし、安上がりでした」

しかし、この探査機は幾多の重大な欠陥を抱えていた。そして、その中には致命傷ともいえるレーダーの不具合までが含まれていた。打ち上げまでに残された期限はあと4年。眠れる探査機を調べれば調べるほど、問題は際限なく見つかるように思えた。



2007年2月、探査機フェニックスを打ち上げロケットに積み込む「5ヶ月前」に迫った段階になっても、フェニックスには65もの異常があった。問題のレーダーは降下テストに不合格。製造元のサポートはすでに期限切れ。

そんな切迫した状況の中で、ピーターが「できれば忘れたいと思う事態」が発生する。ひどい雷雨である。折り悪く、その直前、フェニックスは検査のため上空に宙吊りにされていた。

「フェニックスは壊れやすい電子部品を保護されないまま、夏の恐ろしい嵐の中、地上約18mのところに宙吊りの状態で放っておかれたのです」



嵐が去った後、ピーターらは恐る恐るフェニックスを組立て棟に引き上げ、傷んでいないかを精査した。

すると、さすがフェニックス。奇跡的に損傷はなかった。

そして、これは前途の明るさを示す吉兆ともなった。



◎雲


2007年8月4日早朝、ついに打ち上げのカウントダウンが始まった。

「午前5時15分、星がまだハッキリと見え、東の空で明るく瞬く火星は、手招きしているかのようでした」

ピーターは息をするのも忘れて、エンジンへの点火、打ち上げの轟音、切り離されたロケットが線香花火ように海へと落ちていく様を眺めていた。



打ち上げに要した時間は、わずか2分間。

静かになったまだ暗い空には、フェニックスの残していった煙の跡だけがたなびいていた。



ほっと一息。ピーターはコントロール・ルームに戻り、朝のマフィンを一つ取り出した。

そして、何気なく見上げた空にハッとする。「不死鳥だ…」。フェニックスの残していった飛行機雲が、成層圏の風にかき乱され、それが朝日に照らし出されると、不死鳥のように見えたのである。くちばしに羽、そして長い尾…。

「胸が一杯になった私のノドには、もうマフィンは通りませんでした」



◎着陸


打ち上げから10ヶ月後、フェニックスはいよいよ火星の重力を感じ始め、着陸の時が近づきつつあった。

着陸の手順は「秒単位」で計算されているが、火星からの電波が届くのは「15分遅れ」。そして、火星への着陸は月や地球に着陸するよりも「はるかに複雑」。着陸までのたった7分間で、フェニックスは5回もの「変身」を要する。



惑星間を移動する輸送機としてのフェニックスはまず、大気圏の摩擦熱に耐える大気圏突入機へと変身する。耐熱シールドによって、速度は時速1,500kmにまで減速。

その後、パラシュートを開くのだが、それでも時速150kmにまでしか減速できない。地球であれば着陸スピードまで減速できるはずが、火星の薄い大気の中ではそうもいかないのだ。

自由落下のように地表1kmと迫った時、12個のスラスタ(制御ロケット)を地表に向けて逆噴射させることでようやく「早歩きと同じくらいの速度」にまで減速して、ようやく火星に足をつけることとなる。



「フェニックスが高度1kmに近づくと、みな息を殺しました」

技術者の一人が地表までの距離を読み上げる。「1,000m、800m、600m…」



「速すぎる!」

一同の脳裏には、マーズ・ポーラーの着陸失敗が思い浮かんだ。

「この速度では安全に着陸できない!」

室内の緊張は否が応にも高まらざるを得ない。



すべてが変わり始めるのは、フェニックスが地表までわずか100mと近接した時のこと。

「90m、80、75m…」

「着陸用の速度まで減速できた!」

まもなく届いた信号により、その成功が確認されると、「部屋は歓声に包まれた」。





◎火星の土と風


火星の一日は24時間40分、地球よりも40分間長い一日は「ソル(火星日)」と呼ばれるものだ。

それゆえ、火星のフェニックスを見守る地球チームのメンバーは「慢性的な時差ボケ状態」となる。



地球でさまざまなテストを繰り返したフェニックスであるが、再現できない要素が2つだけあった。それが「火星の土と風」。この2つは、フェニックスの火星探査を容易なからぬものとすることとなる。

火星の土壌サンプルの採取は極めて単純な作業。「子どもがバケツに砂を入れるのと同じくらい易しい」。しかし、その作業が3億kmも離れた遠隔操作だとしたら…。



まず、火星の土は粘土のように固かった。テストで用いられたモロモロのアリゾナの土とは全く異なっていた。ロボットアームの先端についたスコップでガリガリやっても、うまく取れない。

ようやく取れても、その土くれの塊は「ふるい」の目を通らない。4日間(火星日)も、ふるいを揺すり続ける必要があった。そして、その間に火星の強風で吹き飛ばされてしまうこともシバシバ…。



◎氷


そんな想定外の中、フェニックスは足元に「氷らしきもの」を発見していた。

フェニックスの着陸した火星の場所は、地球でいえば北極にあたる極地。その地面は白っぽく見え、そのカケラを取ってみると、「3〜4火星日で消えた」。まるで氷が水になって消えてしまうように‥。



それでも「水」とは断言できない。二酸化炭素でできた氷である可能性が考えられるのだ。しかし、マイナス30℃という外気温を考えると、二酸化炭素の氷ならば、もっと早く消えるはずだ。期待は高まる。分析を急がなければならない。

分析の結果、それはやはり「水の氷」であった。フェニクスの搭載していたTEGA(熱・発生気体分析装置)の分析結果は、その白いカケラが「水の氷」であることを示していた。



「ついに、確認された…」

5年前に火星上空の衛星がとらえた「水の氷」の兆候(ガンマ線や中性子線)は、フェニックスの手によって初めて、その存在が「直接確認された」のだ。

フェニックスの降り立った火星の極地は、「砂漠のような平原ではなく、氷の平原だった」。



探査機フェニックスの最大の目的は、「水の痕跡」を探すことにあった。

そして、それは見つかったのだ。



◎成果


さらに驚くべき発見は続く。

それが「炭酸カルシウム」と「過塩素酸塩」の発見であった。



炭酸カルシウムの存在はそのまま「液体の水」の存在にもつながる。なぜなら、二酸化炭素が液体の水に溶けなければ、炭酸は生じない。火星の土壌は弱アルカリ性(7.7)。それは炭酸カルシウムによって酸性度が調和されている「地球の海」とほぼ同じであった。

「水を少し与え、大気圧を大きくしたら、この土壌でアスパラガスが栽培できるでしょう」



また、もう一つの成分「過塩素酸塩」は、生命の存在を期待させるものである。

過塩素酸塩というのは人間にとっては猛毒で、飲料水に25ppb(ppbは10億分の1)含まれていただけで健康を害す。しかし、微生物にとっては「恵みの糧」、つまりエサとなる。

過塩素酸塩は水が乾ききった砂漠などで蓄積されていくが、地球の砂漠(チリのアタカマ砂漠)では、この過塩素酸塩をエネルギー減とする細菌も確認されている。「同じことが火星でも起こっているとしたら…?」



◎雪


火星の夏が終わりに近づいたある日の早朝、フェニックスの着陸地付近では「雪」が降った。

降った雪は昇華して水蒸気となり、チリの粒を覆うことだろう。水分に覆われたチリは粘着力を増し、また別のチリとくっつき合う。そして、それは「微生物を完全に浸すような『極めて小さな海』」ができる可能性がある。

もし、フェニックスが見つけたエサ(過塩素酸塩)を食べる生命体がいたとしたら…?

そんな夢想をさせてくれる「雪」だった。



しかし突然、探査機フェニックスは本格的な冬を迎える前に息絶える。

探査を行えたのは、わずか5ヶ月。しかし、この短期間にフェニックスは「素晴らしい探査」を行った。

何よりも、潰(つい)えかけていた「火星の生命体」への夢をもう一度大きく膨らませてくれた。



「フェニックスは、火星で『生命が発見される可能性』をかつてないほどに高めてくれたのです」

そして、その高まった想いは、次世代の探査機「キュリオシティー」に受け継がれていくこととなったのである。





◎最期まで楽天的に…


フェニックスからの通信が途絶えてなお、ピーターはそれを「信じなかった」。

次の春が来れば、「フェニックスは再び蘇る」と信じていたのである。

「楽天的であることは科学調査を行う者の職業病」だ。



しかし、そうはならなかった。

火星上空を周回する衛星からの写真には、川のような長い亀裂の斜面に「横たわるフェニックス」が写っていた。太陽光電池パネルは壊れ、二酸化炭素の氷に埋もれている。

フェニックスはもはや、火星の「風景そのもの」になっていた…。



………



ピーターの想いは今、新たに火星に降り立ったキュリオシティーのDNAとなって、新たな生を生きている。

世代を超えて、そして探査機を乗り換えながら、その想いはこれからも継承させていくのであろう。そう思えば、不死鳥はやはり不死鳥、死んではいない。

そして、いつの日にか、その想いは成就されるはずである…、後続の人々がピーター以上に楽天的である限り…!







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出典:日経サイエンス
「進む生命探査 フェニックスからキュリオシティーへ」

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2012年10月01日

天の川銀河のゴングを鳴らすハンマー、マゼラン星雲


われわれの住む「天の川銀河」という円盤は、うっかりヒーターの上に置いた「プラスチック製のレコード」のように、その外側がビロビロと歪んで、めくれ上がってしまっているのだとか。

この銀河という巨大な円盤は静止しているわけではなく、数億年のタイムスケールで動いている。

つまり、ビロビロに見える円盤外縁の歪み(ウォープ)は静止しているわけではなく、ゆっくりゆっくり、超スローモーションで「波打っている最中」なのだという。その様は「ゴングや太鼓の皮が叩かれて、ブルブル振動している状態に似ている」。



ところで、ゴングが振動しているということは、ハンマーか何かで「叩かれた」ということか?

では、何がわれわれの天の川銀河を叩いたのか?






◎マゼラン星雲


そのハンマーの正体と目されるのが「マゼラン星雲」。

天の川銀河にとってのマゼラン星雲とは、地球のとっての月のような存在。そのくらい「すぐ近く」を周回していると考えられている。いわば、天の川銀河とマゼラン星雲は「親子関係」のように近い(伴銀河)。

地球が月の重力の影響を受けて潮の満ち引きを繰り返すように、天の川銀河もマゼラン星雲の「重力の影響」を受けている。つまり、マゼラン星雲の重力が「ハンマー」になって、天の川銀河の外縁をブルブル震わせているというのである。

ところが、従来の考え方に従えば、マゼラン星雲は「軽すぎる」。軽すぎて、巨大な天の川銀河を振動させるほどの力がないというのである。



◎暗黒物質


迷宮入りかと思われた天の川銀河の振動の謎は、「暗黒物質」の存在を認めることにより一部氷解した。マゼラン星雲それ自体は確かに小さい存在だが、その間に存在する暗黒物質がその影響を何倍にも増幅することが示されたのだ。

暗黒物質は光を放射することも吸収することもないため、見ることはできない。ただし、「質量はある」ので、重力的な影響をガス雲や星に及ぼすことができる。

目には見えない風も、まわりの木々が揺らぐことにより、その存在を知ることができる。それと同様、目には見えない暗黒物質も、周囲の変化を知ることによって、その存在を知ることができるのだ。小さなつむじ風とて、時には巨大な竜巻になりうるのだから、小さなマゼラン星雲とて、巨象を震わすこともできるのだ。



現在、銀河に含まれる物質の量は「質量-光度比」という示し方をするが、これは「光の量」を分母としているため、光と無関係の暗黒物質は当然のように「過小評価」される。しかし、光はない暗黒物質でも「質量」はある。もし、天の川銀河の質量-光度比に暗黒物質を考慮すれば、その値は10倍にも跳ね上がるのである(3→30)。

現代科学においては今のところ、暗黒物質は「最大級の謎」とされている。しかし、その存在を受け入れることにより、「宇宙にまつわる多くの謎が解ける」とも言われている。

たとえマゼラン星雲が軽くとも、暗黒物質の影響を考慮すれば、天の川銀河という巨大なゴングを震わせるハンマーにもなりうるのである。



◎暗黒銀河


また、暗黒物質の存在を仮定すると、われわれの天の川銀河の周辺には、数百〜数千の小さな銀河が存在するというシュミレーション結果が出る。

ところが、実際に発見されていた小さな伴銀河はほんの20個足らず。これは、目に見える銀河ばかりを観察した結果であり、光を発しない、もしくは光が弱すぎる銀河は発見できなかったからである。

最新のSDSS(スローン・デジタル・スカイ・サーベイ)の「よく見える眼」で、もう一度周囲を見渡してみてら、さらに10個ほどの「非常に暗い銀河」が発見された。「これは驚くべき発見だった。私たちはすぐ近く、いわば宇宙の"とば口"にある銀河が、これまで見逃され続けてきたのだから(L.ブリッツ・カリフォルニア大学)」。



さらに興味深い仮説によれば、SDSSで見つかった暗い銀河よりも、さらにもっと暗い銀河も存在することになる。「そうした銀河は星を一切含まず、ほぼ暗黒物質でできている」。

はたして、そんな銀河が観測できるのか? もしガスでも存在するのなら、そのガスを検出できる可能性はある。しかし、光もガスもない「真の暗黒銀河」はまず見ることはできない。それは、何もない空間に風が吹いても、それに気付けないのと一緒のことだ。

もし、真の暗黒銀河が光のある銀河や星と接触したり、通過したりすれば、水面に小石が投じられるように「さざ波」が立つかもしれない。だが、それは「極めて小規模な出来事」であるために、暗黒銀河の成せる業かどうかは判別に苦しむとのことである。大海に魚一匹が跳ねるようなものである。

ただ、暗黒銀河には「十分に重いもの」も確認されている。銀河中心から約30万光年離れた銀画面上に、かなり重い暗黒銀河が一つあることが確認されている。



◎目に見える世界


われわれは20世紀の半ばくらいまでは、「目に見える星」が宇宙のすべてだと思い込んでいた。

しかし、目に見える星の運動だけを調べていても、おかしなことが山ほど出てくるばかり。ニュートンの運動法則によれば、「まったく光を発していない物質が大量になくてはならない」

それが「暗黒物質(ダークマター)」であり、その後、宇宙を膨張させるエネルギーとして、「暗黒エネルギー」の存在も示唆されるようになる。ほんの半世紀前までは知られてすらいなかった両者、最近の研究では、この両者で宇宙の96%をも占められていることが分かってきた(暗黒物質23%、暗黒エネルギー73%)。

なんとなんと、かつては宇宙のすべてだと思っていた目に見える星や銀河は、宇宙空間にたった4%しかない「マイナーな存在」だったのである。





そういえば、これと似たようなことがDNA解析でも見られたのを思い出す。

人間の遺伝子(ヒトゲノム)の解析には莫大な予算と10年もの歳月が惜しげもなく注ぎ込まれたわけだが、その結果わかったことといえば、「98%がわけのわからない謎の領域」だったということである。

DNAには人間の身体の材料となる「タンパク質」の作り方が記されれていると思われていた。しかし、その説明書は「たったの2%」。残りの圧倒的大多数の98%からは、60年もの間、単なるDNAのコピーとしか思われていなかった「RNA」が生み出されていたのである。

今では、DNAは単なる情報保管の「図書館」、いわばバックアップにすぎず、本当の主役はRNAだという仮説までが提唱されている。今のところ、このRNAは宇宙の暗黒物質のように謎だらけである。



◎広がり続ける地平


人類は無知の領域を狭めようと、知を発達させてきた。

しかし皮肉なことに、知れば知るほど、その狭めようとした無知の領域は広がるばかりである。

まるで虹を追いかけるように、その地平は遠ざかり続ける…。



逆にいえば、楽しみがどんどん広がっているとも考えられる。

そう考えると、知ることの楽しみとは、この道程にこそあるものなのかもしれない。

もしもゴールがないのなら…。







関連記事:
マゼラン星雲はどこへ行く?

人間の「遺伝子」が完全に解析されてほぼ10年。治療法への道はまだ遠く…。

無知のヴェールの中で想う「富の格差」。



出典:日経 サイエンス 2012年 01月号
「うねる銀河系 暗黒物質の知られざる働き」

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2012年08月14日

流れ星のくれた生命。彗星のもたらした奇跡


夜空を流れる「流れ星」

かつて、諸葛亮(三国志)は赤く大きな流星が3度流れる様を見て、自らの死を悟ったといわれるが、現代に生きる我々はその流れ星に願い事を託す。

古来、流星はその儚(はかな)さから「死」を連想させることもあれば、その希(まれ)であることから「希望」を象徴するものでもあったのだ。



人類が流星の中にこうした「生死」を見てきたのは、もしかしたら本能的なものだったのかもしれない。なぜなら、最近の科学者たちはこう考えているからだ、「地球上の生命は、流れ星に乗ってやって来た」と。

「?」。科学者の言葉とは思えないほどファンタジーな発言ではないか。しかし、彼らがそう言うからには、そこにはそれなりの根拠があるはずである。



◎星に願いを…


通常、流れ星の瞬(またた)きは1秒前後と儚(はかな)いものであるため、その一瞬間に願い事を3度唱えることは至難の業である。

それでもガッカリすることはない。流れ星というのは、希(まれ)であるようでいて、肉眼で見えるもの見えないものも含めれば毎日2兆個もの星が、地球の空のどこかしこで流れている。一人当たりに換算すれば、毎日300の願い事が叶うことにもなる。





◎じつは小さい流れ星


明るい流星は車のヘッドライトほどの光を放つ。

流星が明るければ明るいほど、その元となる星もさぞかし巨大なものであろう…、と思うのは早計。じつは流星の元となる星屑は「砂粒」ほどに小さい。たとえ大きくとも数cm、通常は1cmにも満たないミリ単位の小さな星屑なのである。



なぜ、それほど小さな星屑が、100kmほども離れた地上から、肉眼で見えるほどの輝きを発するのか?

その秘密は星屑が地球の大気圏に突入するスピードにある。流星が地球の大気圏に飛び込んでくるスピードは、一秒間に10〜70kmというマッハ(音速)を超える猛スピードである。



たとえ砂粒ほどの大きさといえども、この猛スピードで大気圏に突入することにより、行く手の大気が猛烈に圧縮され、高温・高圧化する。すると、その猛圧力に耐えかねた空気は「プラズマ状態」となり、そのガスがモノ凄い光を放つのだ。

つまり、流星の輝きは星屑自体が燃えている輝きではなく、極度に圧縮された前方の空気が光を放っているのである。もちろん、結果的に星屑自体も燃え尽きてしまうのだが…。



◎燃え尽きない流星


大気圏突入によって、流星が燃え尽きるのならば、「流れ星に乗って、生命が宇宙からやって来る」ことは不可能ではないのか?

確かにそうである。しかし、現実問題、地球上には宇宙から膨大な量のチリが降り注いでいる。その量は年間3万トンともいわれ、1メートル四方の面積に毎日一個、宇宙からのチリが落ちてきている計算になるほどである。

「庭先にも、車の上にも落ちてきていますよ。あなたが息をする時にも、きっと吸い込んでいるはずです」



なぜ、燃え尽きない流星があるのか?

それは、その星屑が塵(ちり)のように小さく、羽毛のようにフワフワと軽量だからである。

具体的には、その星屑の大きさが0.001mm以下であれば、地球の大気圏で燃え尽きることはない(光を放つこともない)。もし、それよりも大きければ、大気との間に激しい摩擦を生じて燃え尽きてしまうのだが、羽毛のようにフワフワとした小さな星屑であれば、大気の抵抗を受けると、摩擦を生じる前に急減速してしまうのである。

あたかも紙吹雪を思い切り投げても、遠くまでは飛ばないように。





◎チリに乗って地球に舞い降りた有機物


急減速したチリは、もはや流星の輝きを発することはない。なぜなら、流星の輝きは猛スピードで大気圏に突入した時にのみ発せられるものだからである。

流星になり損ねた小さな小さな星屑は、まるでプランクトンか何かのように、ユラユラと大気中を漂いながら、数週間かけてゆっくりゆっくり地上にまで舞い降りてくる。

科学者たちが「宇宙からやって来た生命」と言うのは、こうした輝き損ねた宇宙のチリのことである。こうしたチリの中に、生命の材料となったはずの「有機物」が含まれており、それらが複雑に絡み合うことで生命が誕生したと考えられているのである。



ところで、元々の地球上には生命の材料となる「有機物」は存在しなかったのであろうか?

残念ながら、その可能性はほとんどない。それは太陽系の誕生課程を見れば明らかである。



◎破壊され尽くした地球上の有機物


太陽系が誕生したとされるのは、およそ46億年前。その頃の宇宙空間には大量の星屑やガスが漂い、生命の源となる有機物もたくさんあった。というのも、宇宙空間においては、宇宙放射線などの高いエネルギーにより化学反応が起きやすく、有機物なども比較的簡単に作られていたのである。

そうした有機物を含む星屑やガスが次第に寄り集まり、星らしきモノを形成していく。そして、ある程度大きな塊となったそれらは、互いに衝突を繰り返し、より大きな塊(星)となっていく。



地球もそうした激しい衝突の繰り返しから誕生したと考えられている。

星同士の激しい激突は、膨大な熱を発する。そのため、星屑やガスに含まれていたはずの有機物は、地球が衝突を繰り返す過程で、すっかり破壊され尽くされてしまったのだ。

残念ながら、こうして地球上の生命の芽(有機物)は完全に絶たれたのであった。



◎太陽から遙か離れた氷の世界


一方、太陽から遠く離れた太陽系の端の方では、事情がまったく異なっていた。激しい衝突はあまり起こらずに、星屑と氷の塊ばかりがたくさんできていたのである。

そのため、宇宙空間に漂っていた有機物も完全に消滅することはなく、むしろ氷の塊の中に生命の種(有機物)は冷凍保存されて、半永久的に存続することとなった。



生命の種たる有機物を閉じこめた氷の塊は、何かの拍子に宇宙の旅を始めることがある。じつは、この旅を始める氷の塊こそが、地球に流星を降らせる「彗星(すいせい)」なのである。

「彗星」とは、ハレー彗星などが有名であろうが、長い長い尾を引きながら宇宙を滑空する星々のことで、我々の太陽系内に無数に飛び回っている。そして、その無数の彗星のうち、50数個の彗星は地球の軌道とも交わっている。





◎彗星の降らせる有機物


彗星の長い尾は、太陽に近づくことで発生する。というのは、太陽に近づくほどに太陽の熱が彗星の氷を解かし、解けた氷の中から大量の星屑が放出されるからである。

その結果、彗星の通った跡には、あたかも飛行機雲のような軌跡が残る。そして、その星屑の大河のような彗星の軌跡に地球が突入した時、彗星の残した星屑たちが地球の大気と衝突して、流れ星となるのである。

たとえば、ペルセウス座流星群やしし座流星群などは、地球が彗星の生み出した大河に飛び込んだ時に見られる流れ星の嵐のことである。



そして、その彗星から放出された星屑の中には、生命の種ともなる有機物が含まれている。

太陽系の端で冷凍保存されていた有機物が、太陽の熱によって再び宇宙に解き放たれ、それが地球にまで降り注いでくるのである。



◎彗星の尾の中に入った探査機・スターダスト


はたして本当に彗星の尾(星屑)の中には有機物が含まれているのか?

それを確かめるために宇宙に放たれたのが、「スターダスト」と呼ばれるアメリカの探査機である。1999年に打ち上げられたスターダストは、およそ50億kmの長き旅を経て、7年後に地球に帰ってきた。そして、見事に彗星の吹き出す星屑を採取に成功した。

スターダストが接近した彗星は「ヴィルト第2彗星」と呼ばれる星で、出発からおよそ5年で、その尾の中にまんまと入り込むんだ。そして、彗星の尾の中に入った探査機・スターダストは、そこでエアロゲルというネバネバの板を宇宙空間に突き出して彗星の放出する星屑を集めてきたのである。





こうして、探査機・スターダストは彗星の尾の中にあった10万個以上の星屑を地球に持ち帰ってきた。そして、その星屑の中には明らかな有機物、具体的にはアミノ酸の一つである「グリシン」が含まれていた。

グリシンは生命の身体をつくるのには欠かせない物質。それが彗星の尾の中に存在したのだ。そして、その有機物は、先述した通り、小さくフワフワしたものであれば、流星となって燃え尽きることなく、地球上に到達することができるのである。



◎星の子ども達


こうした成果を受けて、地球誕生時には消滅したとされた有機物が、彗星という有機物の運び屋の手(尾?)によって地球にもたらされた可能性が濃厚となった。

スターダストの持ち帰った星屑の中に、有機物・グリシンを発見したダニエル・グラビン博士は興奮気味に語る、「これで地球生命誕生にまつわる謎の一つが解き明かされた!」



なんと、我々は比喩的にではなく、実際に「星の子ども達」だったのか。

流れ星というのは、まさに宇宙からの贈り物。そして、我々の身体もその贈り物からできているということか。

その贈り物は流れ星になり損ねた、輝き損ねのクズのクズだったのかもしれない。しかし、そのクズのクズは生命という、また別の輝きをこの地球上にもたらしたのである。



◎流星の振りまく希望


「地球上の生命は、流れ星に乗ってやって来た」

そう語る科学者たちには確かな論拠があった。

もし、そうなのであれば、この広大な宇宙に他の生命が存在する可能性もあるのだろう。生命の種を運ぶ彗星たちは、今もセッせと種を撒きながら宇宙を飛び回っているのだから。



人類は流星に希望を見たり、死を見たり…。いつの時代にも気になって仕方がなかった。古くは秦の始皇帝がハレー彗星を眺め、日本人も「日本書紀」に書き記したりしている。

そして、今でも「なになに流星群」と聞けば、普段は星なぞに何ら興味を示さぬ者までが、何だ何だと夜空を見上げる。



無意識にも、我々は生命の源を見上げているのであろうか。

そして、それは希望の源でもあるのかもしれない。



「星に願いを…」

そんな気持ちが我々の肉体の気づかぬところにコビリ付いているかのように…。







関連記事:
火星人は誰だ? 生命の起源を追った先で出会ったのは…。

インカの民は星座よりも「星のない空間」を愛(め)でていたという。深遠なる宇宙の美。

巨大隕石の脅威は、SFの世界から確実な現実世界に。そのとき地球は……?



参考・出典:
宇宙の渚 第3集 46億年の旅人・流星

posted by 四代目 at 10:52| Comment(0) | 宇宙 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月14日

マゼラン星雲はどこへ行く?


今から500年ほど前、世界一周を成さんとした男がいた。

「マゼラン」である。



1519年にスペインを出たマゼランは、ブラジルで裸の人食い族、パタゴニアで巨人族と出会いながら、南アメリカ大陸から太平洋へと抜け出る海峡を発見。

その海峡を抜けた先にあったのは大海原(太平洋)。マゼランは「喜びのあまり、はらはらと涙を流す」。

※のちのマゼラン海峡。



広大な太平洋の航海は3ヶ月を超えた。

新鮮な食は尽き、残されたのは虫に食い荒らされた乾パンばかり。水も黄色く腐り、オガ屑ですら口に入れた。



そして、ようやく辿り着くのがフィリピン。しかし悲しいかな、ここがマゼラン終焉の地となってしまう。

キリスト教の布教に熱の入り過ぎたマゼランは、猛反発した原住民の竹ヤリの餌食となってしまったのだ。



指揮官のマゼランが死してなお艦隊の航行は続けられ、出港から3年後、ついに世界一周は成される。もちろん、世界初の快挙である。

しかし、その代償は大きかった。出航当時は270名いた船員の中で、最後まで見事生き残ったのはたったの18名。マゼランの姿もそこにはない…。



その栄えある18名のうちの一人が「ピガフェッタ」。

裕福な出自のピガフェッタは博学であり筆マメであった。マゼラン艦隊出航以来、一日とて記録を欠かした日はなかった。



天文学にも通じていたピガフェッタは、長き航海の道標を宇宙の星々にも求めていた。

食も尽き、心細くなった太平洋上からも宇宙の星々はキレイに見えたのであろう。



そんな美しい星々の中には、「雲」のように見える星々の集まりもあった。

のちに「マゼラン雲」として知られる星雲は、ピガフェッタの記録から名付けられたものである。

※大マゼラン雲は300億個、小マゼラン雲は30億個の星々から成る。

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大小2つの星雲からなるマゼラン雲は、我々の住む銀河(天の川銀河)から「最も近い銀河」の一つである。

その近さを太陽系的な尺度で例えれば、地球とその衛星・月ほどに近い。

実際、マゼラン雲の形成する銀河は、我々の銀河の周りを回る「衛星銀河(伴銀河)」とも考えられているのである。



地球から見えるマゼラン雲は「満月の20倍」ほども大きいが、銀河としては小さいサイズであり、我々の天の川銀河の7分の1以下のスケールである。

※天の川銀河の直径は約10万光年。大マゼラン雲の直径は1.5万光年。



ただ、マゼラン雲は小さいとはいえ速い。

その速さはハレー彗星のように長々と「尾」を引くほどである。

※その長い尾はマゼラニック・ストリームとも呼ばれるもので、水素のガスから成っている。

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どれほど速いかと言えば、ある一説によると秒速378km(時速136万km)。

※ちなみにハレー彗星の速度は速い時でも時速20万km以下。地球の公転速度は時速10万km程度。

しかし、マゼラン雲の移動速度を正確に測るのは困難だ。その精度は100km先の1mmの違い(一億分の1の差)を感知するほどに精妙でなければならず、その精妙さはハッブル宇宙望遠鏡の限界に近いものであるからだ。



もし、マゼラン雲が秒速300km以上で移動しているのであれば、我々の銀河を飛び出してしまう。

従来、マゼラン雲は我々の銀河の周りを回る「伴銀河」と考えられていたわけだが、最近の研究成果によれば、マゼラン雲の移動スピードは我々の銀河にとどまるほど遅くはなく、「ただ通過している最中」なのではないかと考えられるようになってきている。



例えば、月が地球の周りにとどまっているのは、そのスピードが地球の重力に捕らえられているからであり、もし月がスピードアップすれば、月は地球の重力を振りきってどこかへ行ってしまうだろう。

宇宙船が地球から飛び出せるのは、そのスピードが地球の重力を振り切ることができるほどに速いからである。



地球を脱出できるスピードのことを「第2宇宙速度」といい、その速度は秒速11km以上である。

また、太陽系を脱出するには、秒速16.7km以上が求められる(第3宇宙速度)。

※太陽系の外へ飛び出すことを求められた宇宙船ボイジャーは、太陽系脱出速度を上回る秒速17kmほどで航行中である。



さらにスピードを増せば、太陽系のみならず銀河系の外へも飛び出すことが可能となる。

その速度を第4宇宙速度と呼ぶが、大雑把に言ってしまえば秒速300km以上ということになるらしい。

そして、長い尾を引くほどに速いマゼラン雲は、この速度を上回っているらしい。つまり、銀河系を脱出できるのだ。



ということは、マゼラン雲はいずれ地球から遠く離れ、その姿を消してしまうのだ。

それは何十億年も先の話ではあるのだが…。

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宇宙の歴史を見れば、マゼラン雲のような小さな銀河が今だに生き残っているのは珍しいことらしい。

というのも、小さな銀河はより大きな銀河に衝突して合流してしまうのが常であるからだ。銀河は他の銀河と衝突・合流して大きくなるものであり、我々の銀河もそうして大きく育ってきたのである。



宇宙創成期には、マゼラン銀河のような小さな銀河が無数にあったというが、それらは次第に統合して巨大化していったのだという。

ところが、マゼラン銀河ばかりは幸か不幸か、大きな衝突を回避し続けて今に至るようだ。それゆえ、小さいままなのである。



いうなれば、マゼラン銀河は宇宙の一匹オオカミ。

孤高の旅は、たまたま我々の銀河の横をすり抜けようとしているのである。



この通りすがりのマゼラン銀河は、人類に多くのことを教えてくれた。

小柴昌俊氏がノーベル賞を受賞できたのも、このマゼラン銀河内で「超新星爆(SN1987A)」を起こして、その時の放射物質「ニュートリノ」が地球まで届いたからである。

我々にとって最も身近な銀河である「マゼラン雲」は、古くはマゼラン艦隊の世界一周を導き、現在においても宇宙の神秘を解き明かすヒントを与えてくれているのである。

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通りすがりとは言え、人間の小さな尺度から見れば、マゼラン雲の存在は永遠である。

その輝きはこれから何十億年と続くのであるから。



宇宙の長大な尺度で見れば、マゼラン雲は宇宙一周旅行の最中なのかもしれない。

かつて世界一周を志したマゼラン艦隊のように。

そして、そのいつ終わるとも知れない孤高の旅は、まだまだその途上なのである。





マゼランと初の世界周航の物語
―星雲を見た




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民間の伸ばした手が「宇宙」に届いた時。「スペースシップ・ワン」を生んだ「バート・ルターン」の物語。



出典:コズミック フロント〜発見!驚異の大宇宙〜
 マゼラン雲の正体を探れ〜宇宙創成の秘密を見た


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