2012年10月29日

思い出すたびに変わる過去。忘れたことも忘れる人間


「どうにもならないことを『忘れる』のは幸福だ」

ドイツの古い諺は、そう言っている。

それでも、「忘れたくとも忘れられない」という辛い記憶があるのも確かだ。そうした心の傷は、あたかも一生忘れられないかのように感じられる。



しかし、人間の記憶とは、我々が思うほど「堅牢」なものであろうか?

人間の脳は、見聞・体験したことをビデオカメラのように正確に録画しているのだろうか。それを我々はそのままに再生(思い出す)ことができているのだろうか。

今回とりあげる論文は、人間が「忘れたことを忘れている」かもしれない幸福、もしくは不幸に関するものである。



◎事実から空想へ


2001年9月11日、アメリカでは前代未聞のテロ事件が起きた。2機の航空機が世界貿易センタービル、通称ツインタワーに高速のまま直撃。110階建ての超高層ビルは崩落。3,000人近い人々が犠牲となった。

この衝撃的な事件は世界中にリアルタイムで報道され、その後も何度も何度も繰り返し報道された。そして、ニューヨークの事故現場に居合わせた人々も、何度も何度もその悲劇を語った。

まさに「忘れたくとも忘れらない」不幸が、人々の脳ミソの裏の裏にまで焼き付けられた…、かに思われた。



ところが悲劇から1年後、数百人の被験者に対して、「あの恐怖の一日」の記憶を思い出してもらったところ、37%の割合で「話の細部が変化していた」。

そして3年後、その割合は50%にまで達する。すなわち、記憶の半分が変わってしまっていたのだ。「なかには原形をとどめないほど話が変わっている人もいた。ある人の記憶では、ツインタワーが崩落した時にいた場所さえ変わっていた」。

どうやら、何度も何度も語るにつれて、話の内容が変わっていき、それはいつしか「空想」に近づいていってしまっていたのだ。



◎映画というより演劇


「最も厄介なのは、自分の話がこんなに変化していることを自覚していないことです。激しい感情のせいで、『どう考えてもありえない話』まで全て真実だと思い込んでしまうのです」と、この研究を行った心理学チームは語る。

語る人々は空想を語っているつもりは全くない。彼らは自分の目で見て体験した「真実」を語っている”つもり”である。それは、ビデオカメラで録画した映像を再生しているかのように正確無比な”はず”である。



ところが客観的に調べてみると、彼らの話は確実に真実から遠ざかっていっていた。

「どちらかと言うと、同じ映像が再生される映画というよりは、演じられるたびに微妙に変化する演劇に似ています」



最近の世論調査によると、アメリカ人の63%は「記憶がビデオカメラのように正確で、後から再生して検討することができる」と信じている。

こうした思い込みはアメリカ人に限ったことではない。我々は「過去を変えられない」と思い込んでいる節がある。

しかしどうやら、我々は「忘れたこと自体を忘れてしまっている」ようだ。「無知の知」ならぬ、「忘の忘」…?



◎ゆるい配線


ところで、脳の記憶とはいかなるメカニズムを持つのであろう?

記憶がつくられる時、まず脳の神経ネットワークに変化が起き、その記憶が「広大な電気の織物」の中に織り込まれる。そして、その記憶が脳というコンピューターに配線され、つなげられることで固定化される。

もし、この配線が永遠ならば、その記憶はビデオカメラに録画された映像のように、いつでも正確に再生することが可能となるはずだ。



しかし、脳の配線は思ったよりも「ゆるい」。細いケーブルはすぐに外れ、記憶の細部は思い出せなくなる。9.11テロの事後調査では、あれほど衝撃的な事件でありながら、わずか1年で37%の記憶の配線が外れてしまっていた。

人は記憶を「思い出す」たびに、外れた配線を脳につなぎ直すという作業をする。それでも、外れた線が元の場所に接続されるとは限らない。もともとは「真実」につながっていた線も、「空想」に再接続されるかもしれない。3年もすれば、テロ事件の半分は真実から離れてしまっていたのだ。



要するに、「記憶は思い出すという行為によって作られる」のである。

そういった意味では、「不変の過去」というのは幻想であり、過去は思い出すその時、つまり「現在において形づくられている」ということになる。



◎流動的な記憶


記憶を思い出す時に、脳ミソが必要とするものがある。それは「タンパク質」である。何かを思い出すとき、脳はタンパク質を使って神経細胞に配線するのである。

そのタンパク質はその都度、新たに合成されることになる。というのも、典型的な神経タンパク質は2週間から数ヶ月という期間が過ぎると、分解・再吸収されてしまうためだ。

つまり、記憶をつないでいたタンパク質は2週間から数ヶ月すると、どこかへ消えてしまうのだ。それは「忘れる」ということである。脳というコンピューターはそれほどに「流動的」にできているのである。



もし、記憶を長く保存しておきたいのであれば、忘れる前に思い出して、それを再保存しておかなければならない。

それは、なんと面倒なことであろうか。もしデジカメで撮った写真を数ヶ月に一度、保存し直さなければならないとしたら…、いずれ面倒臭くなって、失うに任せてしまうのではなかろうか。よほどのお気に入りでない限りは…。



余談ではあるが、コンピューターが人間の脳よりは長く記録を留めるといえども、それとて永遠ではない。コンピューターのハードディスクにも寿命があり、それはDVDやCDといった記憶媒体とて例外ではない。

「デジタル・データ」というのは永遠のようでいて永遠ではない。再生するためのコードが変われば、また書き直さなくてはならなくもなる。その変化はアナログ以上に速い。

そのため映画などはフィルムで保存した方が安上がりなのだそうだ(ある報告では10分の1以下)。保存状態さえ良ければフィルムは500〜1000年持つと言われているが、粗悪なDVDは5年も持たないとのこと。



◎エラー


なるほど、人間の記憶が変化していくのは、定期的な書き換えが行われているためである。

では、もしその書き換えの際に、何かトラブルが発生したら、その記憶は失われてしまうのであろうか?

実はそうらしい。記憶を再固定させるための新たなタンパク質が、何らかの理由で阻害されると、あっさりその記憶が失われ、忘れてしまうというのである。



脳と神経を結びつけるタンパク質の一つに「PKMゼータ」という酵素がある。

PKMゼータの遺伝子発現が増大するように遺伝子操作されたラットは、「異常な記憶力」を持つようになる。記憶テストの成績が、通常のラットの2倍近くにもなるのである。

それは、PKMゼータが通常よりも長期間、神経細胞と接続され続けるためで、その結果として「忘れにくくなる」のである。



その逆に、記憶をつなげるPKMゼータの邪魔をするとどうなるのか?

ZIP(ゼータ作用タンパク質)と呼ばれる物質は、PKMゼータの「抑制物質」であるが、これを注射されたラットは記憶を失ってしまう。

そのラットはサッカリン(人工甘味料)と吐き気の記憶が関連づけられていた。サッカリンをペロリと舐めると吐き気を催す。その「嫌な記憶」により、そのラットはサッカリンを舐めなくなっていたのだ。

ところが、記憶をつないでいたPKMゼータの生成が抑制物質(ZIP)で阻害されると、そのラットはサッカリンを舐めると吐き気がするというのを忘れ、また美味しそうにサッカリンをペロペロ舐め出したのであった。



◎過去の書き換え


記憶を思い出す時に、それに必要なタンパク質(PKMゼータなど)が作られなければ、記憶は失われてしまうのか?

もしそうなら、それを阻害する物質は「記憶の消しゴム」となるのではないか。



こうした考えはラットのみならず、人間にも有効である可能性が示唆されている。

たとえば、強い多幸感をもたらす薬物(MDMA・通称エクスタシー)で異常に幸せな気分になっている時に、思い出したくもない「嫌な記憶」を思い出したらどうなるのか?

その結果は劇的だった。ひどいトラウマ(心の傷)を負っていたはず患者の実に83%の人々に明らかな症状の軽減が見られたのである。それは、トラウマとなった嫌な記憶が、薬物の生み出した異常にハッピーな記憶と再接続されたためだった。



この実験例では、記憶を消そうとしたわけではなく、思い出す際に「新たな記憶」との再接続を試みたのである。つまり、意図的に好ましい記憶に書き換えたのである。

思い出す時に記憶が再形成されるなばら、その時の状況を変えることで、過去の不幸な記憶が変えられるのではないか。それはある意味、正しかったということだ。



◎悪循環


では逆に、嫌な記憶を思い出す時、最悪の心理状態であったのなら、どうなるのか?

その結果は予想通り、トラウマがますます酷くなり、「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」をも引き起こして危険性がある。PTSDの記憶は非常に苦痛のまま残り続け「現在を侵食し、未来を荒廃させる」。



誰かを慰める時、「話せば楽になる」という言葉を聞くことがある。

しかし、その話す時、思い出させる時の環境次第では「ますます苦しくなってしまう」のだ。



トラウマ(心の傷)の解消法の一つに、「緊急事態ストレス・デブリーフィング(CISD)」というものがあるが、これは、苦痛に満ちた体験を自分の言葉で説明させるもの、つまり「話せば楽になる」という治療法である。

訓練を受けた治療の進行役は、およそ3時間にわたり患者の苦しみを詳細に描写させる。「この事故で一番つらかったのは何ですか?」といった質問を繰り返し、心の傷を深く深く、その根底まで思い起こさせるのだ。



その結果、心の傷は癒えるのか? 

残念ながら、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の発症率が3倍にも上るという調査結果がある。つまり、この治療法が役に立たないどころか、事態がよけいに悪化してしまったのだ。

アメリカ陸軍が行った調査では、戦地の惨状を目の当たりにした兵士たちは、CISDの治療によりアルコール依存症に陥る可能性が高まることも判っている。



「緊急事態ストレス・デブリーフィング(CISD)」というのは、アメリカ国防省、イスラエル軍、国連、赤十字などでも用いられており、年間3万人、9.11テロ事件の後にも盛んに行われた。

この治療法の問題点は、嫌な記憶を思い起こさせる時の「環境」に気を配らなかったことだとされている。

確かに「話せば楽になる」。しかし、それを苦しみのなかで思い出させてしまうと、苦しみは増幅してしまうのだ。少々過激だとしても、ハイになれる薬物を用いて話させた方が、よほどに心は軽くなるのである。



◎感情を抑えて思い出す


それほど過激な薬物を使わなくとも、効果を上げている研究者もいる。

そこで用いられたのは「プロプラノロール」というノルアドレナリンを抑制する物質である。ノルアドレナリンというのは、激しい感情を起こす神経伝達物質であるから、それを抑制すればネガティブな感情が抑えられるというのである。

その結果は恐怖を消し去るほどではなかったが、ストレス反応は顕著に低下していた。その患者たちが、日常生活に支障をきたすほどに心の傷を抱えていたことを考えれば、それは十分な成果であった。



患者の一人であったある女性は、「子供のころに性的虐待を受け、暴力的な男と結婚してしまい、その男は自宅で首吊り自殺。数年後、10代の娘はトラックに跳ねられて死んだ…」

まるで旧約聖書のように呪われた人生を抱え込んでいた彼女は、酒を飲むことでギリギリで耐えていた。昼から夜まで飲み続けて…。「4年間をアルコールで無駄にしました。飲んでいないと、涙があふれて止まりませんでした…」。



その彼女は、感情を抑える薬「プロプラノロール」を与えられた後、自分の身にまとわりついて離れない不幸を大きな声で読み上げるということを繰り返した。

さすがに最初は苦痛以外の何物でもなかったのだが、5週間もすると変化が現れはじめる。「思い出すたびに心が引き裂かれるのは変わりませんが、それとともに生きていけるような気がしたのです。少しだけ楽になりました」。

それは「ささやかな回復」であった。しかし、精神医学においては、このような「ささやかな回復例」すらほとんどなかった。



◎思い出す時の条件


「嫌な記憶」というのは、脳のある決まった引き出しの中にしまわれている。それが「扁桃体」と呼ばれる部分である(そのため、扁桃体にダメージを受けてしまうと、恐怖が思い出せなくなる)。

もし、その恐怖の引き出しがノルアドレナリンなどの感情を掻き立てる物質で開けられてしまうと、その恐怖がますます増幅してしまう恐れがある。そうした症状がPTSD(心的外傷後ストレス障害)となってしまうのだ。



「プロプラノロール」は、感情の火付け役であるノルアドレナリンを抑制することで、その恐怖を和らげた。また、MDMAのような薬物は、無理やり幸せ感を演出することで、不幸を中和した。

いずれの例においても共通するのは、「思い出す時の条件をコントロールしたこと」である。一方、その条件を無視して失敗したのが、軍隊などで用いられていた「緊急事態ストレス・デブリーフィング(CISD)」であった。



その成否を分けたのは、「記憶とは何か」という問いへの解釈である。

それは固定された不変的なものなのか、それとも時とともに流れ行くものであるのか?



幸にも不幸にも、どうやら記憶は変わり続けるようだ。それを思い出すたびに。

記憶を思い出す時、その記憶の周りが不幸や恐怖でいっぱいだったら、その記憶はそれらに接続されてしまう。逆に、幸せな線が周りにぶら下がっていれば、その記憶は幸せな配線をされることになる。



◎頑固なパラダイム


記憶を不変だと思い込んでいたのは、古代ギリシャのプラトンもそうである。

プラトンは記憶を「ワックス・タブレット(蠟を塗った記録用の板)」に刻まれた痕跡にたとえている。現代風にいえば、それはハードディスクに記録するようなものである。「忘れる」ことはあるが、記憶が「大きく歪められる」とまでは思っていなかった。



それは現代の我々も同じである。古代ギリシャ以来の「頑固なパラダイム」は、先進的な研究の成果を無視し続ける。

だからこそ司法の現場では、事件の目撃者が証言台に立ち続け、その発言が重要視されるのである。

しかし、その記憶の信憑性には大いに疑う理由が示されつつある。記憶を保持するタンパク質は早ければ数週間で消滅し、新たに記憶を書き換えるためのタンパク質は、その時々の状況で結びつくパートナーを気まぐれに変えるのだから。すなわち、エラーが頻繁に起きているのである。

「空想が現実のように最固定化されてしまう」



◎過去・現在・未来


なるほど、記憶のメカニズムをたどれば、楽観的な人の周りに幸せが集まる理由もかわるような気がしてくる。

記憶が思い出すことによって再構成され続けるのであれば、幸せな人の過去はどんどん幸せで上書きされ、不幸な人の過去はその逆となる。



過去は過去のようでいて過去ではないようだ。過去の記憶は常に現在と結び付き、リフレッシュされているのだから…。無理やりに笑顔をつくる功徳もこの辺にあるのだろう。

過去に足をひきづられて未来を損なうのか、それとも過去を笑い飛ばして新たな未来とつなげていくのか? それは人間に許された自由であるようだ。

なにせ、脳は忘れるようにできている。ただ不幸なのは、忘れたことまで忘れてしまうため、あたかも過去が不変であるかのように感じてしまうことだ。これが数千年来、人類の重しともなってきた。



幸いにも現在、専門家たちは「記憶は過去の忠実な描写のように感じられるかもしれないが、その信憑性はまったく当てにならない」と考えるようになっている。「回想するという行為が、記憶そのものを全く変えてしまうことがある」のだ。

中国の老荘思想は昔から「忘」の徳を説いてきた。忘れることは困ったことでもあるが、有り難いことでもあるのだと。

カーライルは忘却を「黒いページ」にたとえた。黒いページの上に書かれた輝く文字は読み易いが、「もしそれことごとく光明であったら、何も読めはしない」。



◎希望の種


この論文の著者であるジョナ・レーラーは言う。

「記憶とは微量の化学物質の作用にすぎない。近い将来、記憶は取捨選択できるものとなるだろう」

記憶が作られる時には新しいタンパク質が必要だが、それがブロックされると書き込みエラーとなってしまう。思い出す時に必要なタンパク質がなければ、オリジナルの記憶までが消えてしまう。

「脳は過去の完全な記憶を丸ごと保管してくれているわけではない。記憶を未来に関連づけて考えることができるのも、そのお陰だろう」



「記憶とは何か?」

それは過去のためにあるのではなく、未来のためにあるのだと、ジョナ・レーラーは結論付けている。

「過去は変えられる。少なくとも自分の中では」

それは人間にあらかじめ備えられた「希望の種」なのかもしれない。思い出すたびに新しい物語が始まるのだ。



「最も大切な記憶が、最も当てにならないとしたら?」。そんな疑問を抱く時、「これまでの常識が音をたてて崩れていく」…。

もし、何も覚えていられないと考えた時、今の行動はどう変わるだろう? 記憶があるからこそ存在する過去は、思い出せるからこそ存在する。それがもし、なくなってしまったら…。

過去に囚われない真っさらな未来というのも、また魅力的ではなかろうか…?







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出典:WIRED Vol.4
「忘れ薬 The foggetting pill」
posted by 四代目 at 08:01| Comment(1) | サイエンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月11日

「ゾッとするほど楽しみな未来予測」。先見のフアン・エンリケス


「寿命はおそらく2倍になるでしょうね。この100年間のうちに。」

フアン・エンリケスはそう切り出した。「ガンによる死亡率は年に1%ずつ下がるようになります。そして、その1%がずっと積み重なっていけば、大きな違いとなるのです」。

彼に言わせれば、後の世ではガンが決定的な死因ではなくなるのだという。「階段や床に散らばったオモチャ、自動車通りを横断することのほうが主な死因になるはずです」。



◎サイエンスの革新


エンリケスによれば、「サイエンス」の革新(イノベーション)によって人間は格段の進化を遂げるというのである。

「人間の皮膚から肝臓をつくることが、すでに出来ています。理論的には一つの細胞から、歯や耳、気管といったものを作り出すことが可能なのです。」

先日、ノーベル賞の受賞が決定した山中伸弥氏によるiPS細胞というのが、その理論であり技術である。その先には、人間の手足を再生する世界すら待っているのかもしれない。



また、科学的な機器、たとえば補聴器などの進化も見逃せない。

「聴覚障害で人口耳を付けている人は、現時点のものでも騒々しいレストランの中で会話の70%が聞こえます。」

人口耳が進化してゆけば、いずれ「私たちの耳以上に聞こえるようになる」とエンリケスは言う。つまり、普通の人間には聞こえない音も聞こえるようになると言うのである。

「同じことが、視覚、人口手足、そして可能性としては内蔵にも適用できるのです」。

もはや、銀河鉄道999の世界である。



◎ホモ・エボリュティス


手足を自分の細胞から再生し、足りない部分は人工的な機械で補う。そして、医学の進歩により寿命は2倍になる…。

このような「進化」がここ100年で現実化するとエンリケスは語る。その進化を経た人間は、もはや「ホモ・サピエンス(現生人類)」と呼ぶには進化しすぎているので、彼はその新種を「ホモ・エボリュティス(homo evolutis)」と名付けている。

その「ホモ・エボリュティス」を意訳すれば「超人」、まさにスーパーマンである。彼らは人間の見えないものまで見ることができ、聞こえない音まで聞こえてしまうのだから。



人間がこうした進化をすることに、エンリケスは絶対的な確信を持っている。「時間と科学が、ホモ・エボリュティス説が正しいことを証明してくれるだろう」と彼は言う。

「今でも、昔は死んでいたであろう人が生き続け、生を授かることもできなかったであろう赤ん坊もこの世に招き入れられるようになっています。妊娠する方法は少なくとも17種類あり、100年後にだって赤ちゃんをつくれるのです。」

「進化は突如として起こり、気づかぬうちに世界は変わっている」とエンリケスは言う。そして、その進化はすでに起こり始めているというのである。我々が気づかぬだけで…。






◎異色の出自


彼は世界的な専門誌「サイエンス誌」にも記事を発表し、世界中のセレブや識者たちが集う「TED」の場でも伝説的な公演を行なっている。ある雑誌では「ミスター遺伝子」とも呼ばれるほどだ。

しかし、エンリケスがサイエンスにのめり込むようになったのは意外なほど遅い。彼はもともと政治家であったのだ。生国のメキシコでは副国務長官まで務めている。



そもそも、子供時代の彼は「あまり勉強しなかった」という。しかしその後に「死ぬほど勉強して」、ハーヴァード大学にまで進学することになる。そのビジネス・スクールの博士課程まで学んだあと、エンリケスはメキシコ都市開発機構の理事となる。

その頃の彼は、「メキシコに貢献する以外のことを考えたことがなかった」というほどの忠臣であった。彼自身、生まれた国のメキシコに「大いなる希望」を感じていたのである。



確かにエンリケスが信じた通り、メキシコは経済的に発展した。しかし、「政治」に足を引っ張られていることも痛感させられた。

そこで、メキシコの政治を変えようとしたエンリケスは「ワシントン・ポスト」や「ニューヨーク・タイムズ」などに論説を発表し、その影響力を高め、ついにはメキシコ副国務長官の就任を要請されることとなるのである。



◎国の英雄


その地位に就任してすぐ、メキシコでは「チアパスの反乱(1994)」が勃発。これは先住民族マヤ族の武装蜂起であり、メキシコへの宣戦布告であった。メキシコ政府は武力で反乱軍を圧倒して、ジャングルまで追い込むことに成功するが、世論は紛糾。停戦交渉の必要性が訴えられた。

そこで白羽の矢が立ったのがエンリケス。彼は期待通りに交渉を成功させ、今日まで続く協定を結ぶと、反乱は収束した。



この偉業により、エンリケスは「メキシコの英雄」になるはずだった。ところが、メキシコの政治は思ったよりも腐っていた。彼の功績を快く思わない面々が、英雄の抹殺を企てていたのだ。

最初はエンリケスの「汚職」をでっち上げて刑務所送りにしようとしたというのだが、いくら調べても「賄賂の証拠」が見つけられない。「そこで連中は私たちに対して114の会計監査を行いました。いまじゃ監査仲間の笑い話になっていますよ」。

気が触れたように怒り狂ったという安全保障大臣。結局、「奴を殺そう」ということになった。



「幸いなことに、その席にいた一人が私に教えてくれたんです。『明日の朝の航空券を用意しておくように』ってね。」

こうして、エンリケスはメキシコを逃れることになる。



◎サイエンスとの出会い


アメリカに渡ったエンリケスは、古巣のハーヴァードで教鞭をとることとなった。

そのとある会合にて、識者や名士たちが集うその席上、エンリケスはある科学者と運命的に出会うことになる。「誰にも相手にされない一人ぼっちの奴」がその科学者、クレイグ・ヴェンダーであった。

ヴェンダーはインフルエンザ種の遺伝子コードの配列を特定した人物であり、その話を聞くうちに「エンリケスの知性がうずき出した」。



経済人でもあり政治家でもあったエンリケスは、サイエンスの話を無意識に「何が国を浮き沈みさせるのか」という問題に結びつけていた。

「寿命が2倍になったら、社会はどうなる?」

科学者ヴェンダーにとっても、エンリケスの発想は爽快だった。「エンリケスのレンズを通すと、すべてが違って見えるんです」。



こうして、エンリケスは「フリーランスのゲノム(遺伝子)・マニア」となっていったのであった。

「ゲノム学を応用することで、かつては食糧や飼料が作られていた土地で、植物から薬が作られることになるでしょう。海の微生物はフリーエネルギーを生み出すために使われることになるでしょう。」

エンリケスに言わせれば、「人間の条件」を変えることで、政治・経済・教育…、その全てが変わる可能性があるのだという。彼のいう人間の条件とは、冒頭でご紹介した「ホモ・エボリュティス(超人)」のことも含まれる。



◎世界に求められる


サイエンスと政治経済を融合したエンリケスの書が、「As The Future Catches You(未来があなたをつかむ時)」である。

この書の一説には、こうある。「見たり触ったりできるものをつくることにこだわっている国々は、日ごとに貧しくなっていくだろう」と。



この一文に「やられた」というのが、コスタリカのロベルト・サッソ。同国でシンクタンクを運営している人物である。

サッソは「エンリケスほど聴衆の心をつかめる人は見たことがありません。しかもスペイン語でそれができるんですから」とエンリケスを褒め称える。

エンリケスはコスタリカの前大統領と親しかったこともあり、コスタリカは熱心にエンリケスの助言を求めている。



こうした「聞く耳」を持っている政府は世界に数多い。オーストラリア、ブルネイ、ボツワナ、タイ、メキシコ、チリ、エクアドル、ペルー、スリランカ…。

「10日で3大陸なんていうのは、ごく普通のことです」とエンリケスの助手は言う。

「世界中の多くの政府がエンリケスのアドヴァイスを求めています」とTEDのクリス・アンダーソンは語る。有識者の講演会であるTEDにおいて、エンリケスは2人しかいないゲスト・キュレーターの1人である。ちなみに、もう一人はMicrosoftのビル・ゲイツである。

クリスはこう続ける。「もっと多くの国がそうすべきです」。






◎永遠の学生


52歳となったエンリケスは、明らかに次の世界で必要とされている人物の一人である。それでも彼の心の中では「すべてがようやく始まったばかり」なのだという。

「学ぶべきことが、あまりにたくさんありすぎます」というエンリケスは、「永遠の学生」のように世界と向き合い続けている。



世界を旅するエンリケスは、観光客の行くようなことろは避けて、その代わりに「その国でトップの大学を訪れ、彼は決まって大学のまわりの10ブロック半径内を歩き、新しい企業の数を調べる」のだそうだ。

「これをやると、これからの10年で経済がどんな方向に進んでいくのかかが、よくわかるのです」とエンリケス。



たとえば、アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)の3km以内には、最低200の生命科学企業が本社を置いている。

「この場所は、市場価値でいうと、地球上13番目に値する経済圏なのです」とエンリケスは言う。

彼の目には「進歩」しか見えていないかのようである。



◎変わりゆく世界


「私たちはデジタルライフの変わり目にいるのだと思います」と言うエンリケス。しかし、時代はすでに新たな方向へと進み始めているとも言う。

「デュポン社の収益は40%が生命科学から上げていますが、GE(ゼネラル・エレクトリック)はわずか14%です。時代が変わり始めているのが分かるでしょう。」



エンリケスの推す生命科学は薬学、バイオテクノロジー、医学の領域から、「違った領域」へ。いまや遺伝子コードを扱える分野は増え続けている。

エクソン・モービルという石油業界の大家が「藻類から液体輸送燃料をつくる」ために、6億ドル(480億円)を投資することになった交渉の席にいたのもエンリケスだった。



大手と限らずとも、「楽しい小企業」は世界に数多い。

エンリケスが「ヘンテコで小さなオタクショップ」と呼ぶ自身の会社(Excel Medical Fund)は、そういう「とっても面白い小さな企業」に投資することを何よりの楽しみとしている。

「こういう賭けが大好きなんです。早くに目をつけて、成長を見守る。赤ん坊の中にはとてつもなく大きくなるものもあるのです。」

エンリケスが目をつけた企業には、世界で初めて完全な人工生物を生み出したSynthetic Genomicsなども含まれる。



◎生命のコード


未来を楽しみにしているエンリケスであるが、じつは人一倍「用心深い」。

「エンリケスはまったくもって疑い深い人です。彼は多くの経験から、一生懸命努力するだけではダメだということが分かっているのでしょう」と、エンリケスをよく知る人物は語る。

すなわち、エンリケスの口から飛び出てくる言葉は、荒唐無稽であるようでいて、じつは彼なりの深い考察に裏打ちされたものなのだ。手足を交換できるだの、寿命が2倍になるだのと言っていても…。



「かつては一国の経済を発展させるのに、何世紀もかかっていました」

エンリケスはサイエンスが確実に経済活動を促進すると考えている。

「それが今では、何とも短期間に、小さなオフィスでそれができてしまうのです」



思えば、これまでの100年間で人類は飛行機やコンピューターなどをつくり、宇宙にもその手を伸ばしてきた。もし、そのスピードがもっと加速するのであれば、次の100年後の世界は空想も追いつかないものとなるのかもしれない。

コンピューターは、「0」と「1」を組合わせた単純なコードにより動いている。一方、生命体は、「A」「G」「T」「C」という4文字のコード(遺伝子)で動いている。

エンリケスが考える未来は、「0/1」というコンピューターのコードから、「A/G/T/C」という生命のコードに変わった世界だ。その時に、「新たな革命が引き起こされる」というのである。



デジタルライフへの移行はほぼ完了した今、本当の意味での革新(イノベーション)がもたらされるのは、世界が「生命のコード」で動くようになった時である、とエンリケスは考える。

そして、その変化の種はすでに芽吹いている。そして、われわれが気づかぬうちに「世界は変わっていることになる」のだろう。

エンリケスの予言する経済や政治のトレンドは「ゾッとするほど正確だ」との定評がある…。







関連記事:
iPS細胞への紆余曲折。山中伸弥

人間の「遺伝子」が完全に解析されてほぼ10年。治療法への道はまだ遠く…。

遺伝子はどこにある? タンパク質に囚われていた科学者たちの蒙昧をといた「オズワルド・エイブリー」。



出典:WIRED (ワイアード) VOL.4 (GQ JAPAN2012年6月号増刊)
「生命コードと新・世界秩序 フアン・エンリケス(Juan Enriquez)」

posted by 四代目 at 07:13| Comment(0) | サイエンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月06日

人間のフェロモンとは? ある無鉄砲な女学生


とある夏の、研究者たちの席上、

「なぜ、マウスは『排卵周期』を同調させているように見えるのか?」

という難しい話し合いがなされていた。



すると、そのテーブルの近くに座っていたある女学生が、サラリとこう口をはさんだ。

「あら、知らないの? 人間の女性も同調させてますわよ」

聞き捨てならぬ言葉を軽く放った女学生。その彼女をジロジロと見る研究者たち。彼女は何者だ? 心理学の学生? 



時は1968年、人間と他の生物との間には「わけもなく引かれた境界線」が厳然として存在し、まさか人間がネズミと同じような反応をするなどとは、夢にも考えられない時代であった。

実際、その彼女も「何も知らなかった」。ただ、そう「感じていた」だけである。



◎マクリントック効果


それなら自分で研究して、自分の考えが正しいか否か決着をつける必要がある。こうして、彼女は科学者への道を歩み始めることとなった。「若さにまかせた無鉄砲な行動」によって…。

その3年後、大学院生になっていた彼女は、一本の論文をNature誌に発表(1971)。そのタイトルは「月経の同調と抑制」。



大学の寮生135人を一年間注意深く見守った結果、その期間中、長時間をともに過ごした女性たちには、明らかな月経周期の変化が見られた。「月経の始まりと終わりが互いに重なるようになり、月経周期の同調が進んだ」のであった。

現在、「人間の女性の月経周期が同調する」という現象は、「マクリントック効果」として広く知られている。この効果の名は、あの時の女学生「マーサ・マクリントック」の名前から取られたものである。



彼女の論文によれば、月経周期が同調するのは「女性たちが交換している化学物質」による効果だと述べられている。しかし、現在でもその化学物質が何かはいまだに不明である。

ただ、その論文が起爆剤となり、この40年間というもの、人間の様々な行動が「化学シグナルを介して他者と連絡を取り合っている」という事実が次々と明らかになってきた。

昔は「鼻が利く」というのは慣用句に過ぎなかったわけだが、科学の進んだ現代、それは確かな化学物質を感知しているという可能性が見えてきたのである。



◎フェロモン


人間以外の種に関しては、こうしたコミュニケーション用の「化学物質」は昔からよく知られたものである。いわゆる「フェロモン」がそれであり、その発見は今から50年以上前のこと。1959年にブーテナントがカイコガからオスを引き寄せる化学物質を特定し、ノーベル化学賞を受賞している。

当時はまだフェロモンという言葉がなかったものの、のちにギリシャ語の「pherein(運ぶ)」と「horman(刺激する)」という2つの単語から造り出された(カールゾーンとリューシャ−による造語)。

昔々、フランスの偉大な昆虫学者ファーブルは、なぜ昆虫たちがある種の化学物質に惹かれて飛んでくるのかに頭を悩ませたというが、その昆虫たちを誘引していた物質の正体こそがフェロモンだったのである。



このフェロモンの発見以来、今では驚くほどたくさんのフェロモンが昆虫から発見されている。2009年の米国アカデミーの報告書によれば、その数1,600種類以上。

昆虫以外の様々な生物でもフェロモンは見つかっている。1980年代後半には、ロブスターや魚類、藻類、酵母、ゾウリムシなどの繊毛虫…。

フェロモンの効果に関しても、異性を惹きつける以外に、危険を知らせる、仲間を見分ける、気分を変える、関係を微調整するなどなど、多くの役割があることが分かってきている。



◎哺乳類のフェロモン


しかし、「1970〜1980年代に、『哺乳類のフェロモン』などと言おうものなら、皆が食ってかかってきた」。ましてや、女学生マクリントックの論文などは、論外であった。

「そんなモノはない! 複雑に進化した人間は昆虫などとは違うのだ。人間が無意識にフェロモンなどに反応することはない!」



問題となった「哺乳類のフェロモン」が発見されるのは1980年代の半ば。ノボトニーはマウスでオスの攻撃性を調節するフェロモンを特定し、その合成にも成功。その後、同様の物質がラットとハムスター、ウサギやリスでも確認された。

複雑に進化したはずの哺乳類のフェロモンは、皮肉にも昆虫たちのそれと「非常によく似たモノ」であった。ラスムッセンが発見したアジア象のフェロモンなどは、「ガ」のフェロモンと化学的にはまったく同じ物質だった(1996)。

古代のギリシャ人は、盛りのついたメス犬が「不思議な分泌物」を出して、オス犬を興奮せさせているのではないかと熱心に論じたというが、それは本当のことだったのである。



◎人間の匂い


現在、人間もほかの生物たちと同様に、化学物質でコミュニケーションをとっていることが明らかになってきた。

人体が発する「匂い」は約120種類の化学物質からなると考えられている。人間の匂い物質の大部分は、水分の「汗(汗腺)」か油脂に富む「毛穴(アポクリン腺)」に存在し、毛穴に存在するアポクリン腺は、脇の下と乳首の周り、陰部に集中している。



赤ちゃんは自分の母親の匂いを好む。母親が着ていた衣服の汗のついた部分などは尚更だ。面白いことに、その識別能力は粉ミルクではなく母乳で育った赤ちゃんの方が圧倒的に優れているのだという。

現代社会には多くの人工的な匂い(石鹸や香水など)があふれているとはいえど、人間の脳はヒト由来の化学物質に強く反応する。「体臭があれば、脳はそれを必ず感知する」。ある実験では、人造的な匂いよりも20%速く、脳は人間本来の匂いを嗅ぎ分けた。

「この能力のおかげで、私たちは互いに緊密に同調し合えるようになり、進化の過程で生き残るのに有利に働いたのでしょう」と研究者は語る。



◎冷や汗


心理学者のチェン(ライス大学)は、「ホラー映画」を見ている他人の汗を集める実験をした。それは人間が「恐怖」を嗅ぎ当てることができるかを調べるためのものだった。

その結果、「嗅ぎ手は、汗をかいた人物が『その時に怖がっていたか、楽しんでいたか』を判別することができた」。ホラー映画でかく汗の匂いは、明らかにコメディーやドキュメンタリーでかく汗とは異なっていたのだ。

「特に、恐怖を感じている時の汗に対しては、正答率が高かった」



その後のフォローアップ研究では、「恐怖の『冷や汗』の匂いを嗅ぐと、人間の警戒反応が高まる」ということも示された。それと同時に認知能力も高くなっていた。

つまり、人間は「恐怖を嗅ぎとって警戒心を高め、周囲への注意力をアップさせる」ということが分かったのだ。これは人間が生来持ち合わせている防衛反応なのであろう。その防御機構は「冷や汗」によって誘発されていたということだ。



◎女性の涙


女性の涙は、男性をどう変えるのか?

イスラエルのソベルの研究によると、女性の流した涙は、男性の性的関心を急に薄れさせることが分かった。それは単なる塩水とは明らかに異なる反応だった。

女性の涙の匂いを嗅いだ男性の体内では、男性ホルモンの一種であるテストステロンの濃度がハッキリと低下していた。つまり、男性的な攻撃性・積極性が低下していたのだ。

「このシグナルは、女性が月経中であるなど、生殖機能が低下していることを知らせるために進化したのかもしれない」



◎人間フェロモン


かつての女学生マクリントックは、現在63歳。もはや、あの夏の日の無鉄砲な女学生ではない。

最近の彼女は「アンドロスタディエノン」という化合物の解析に力を入れている。この物質は、人間に影響を与える既知の化学物質のなかでも、とくに強力なものだ。彼女はこの物質こそが「人間フェロモン」と呼ぶにふさわしいものだと考えている。



「アンドロスタディエノン」の匂いを嗅いだ人は、「はるかに機嫌が良くなる」。

脳画像を見ると、注意力や感情、視覚処理に関する脳領域がより活性化していた。この反応は明らかにフェロモン反応と酷似している。



それでもマクリントックはまだ、「人間フェロモン」という言葉を使うのには慎重だ。「いまだに科学界が一致して認めているわけではない」のだから…。

女性の月経周期における同調という現象にも、「必ず起こるものではない」という研究結果も示されている。やはり、人間というのは昆虫よりもはるかに複雑な存在であり、フェロモンによる「因果関係」を証明するのは、そうそう容易なことではないのである。

「化学物質による人間のコミュニケーションが、他のあらゆる手段と同じくらい複雑であることが判明しても、驚くにはあたらない」



◎原始的なシンプルさ


人間の目に見えて、耳に聞こえる世界は、確かに限定的なところがある。

「鼻が利く」人の感じる世界は、より広大なものなのだろう。



たとえ鼻が利かなくなるとも、「匂い」という最も原始的な感覚は、脳の最も原始的な部分(旧皮質)に直接届くとも言われている。

人間の理性と言われるのは、脳の新しい部分(新皮質)にあるといわれるが、「原始的な手段」とされる匂いは、その理性にかまうことなく、ダイレクトに人間の心の状態に変化を与えるのだという。

たとえば、エッセンシャル・オイルという植物などの精油は、ダイレクトに脳の古い部分(旧皮質)に届く。そのため、ラベンダーの香りを嗅いだ人は、半ば強制的にリラックスさせられるのである。



女性の感覚が鋭いというのも、われわれが無意識に感じていることである。

それは女性が生命の存続を一身に担っているためでもあろうし、その目的のために、男性を操作する必要があるからなのかもしれない。その匂いで、その涙で…。

そして、その「人間フェロモン」を嗅ぎ当てたのは、他ならぬ女性であったのだ。



人間フェロモンという考え方は、期せずして「ヒトと自然界の生物との間にわけもなく引かれていた境界線」を薄れさせる結果をも導くこととなった。

哺乳類のフェロモンが昆虫のそれと同じか、よく似ているという事実は、人間のそれもまた同様ということである。つまり、人間は他の生物との共通部品が思った以上に多かったのである。

ただ、人間を複雑にしているのは、そこに肉付けされた部分だということになる。原始的な脳には新しい膜(新皮質)がかぶせられ、コミュニケーション手段も匂いだけという単純なものではない。



しかし、この複雑さが人間に「多くの悩み」を与えたことも、また事実。

人間フェロモンというものを想う時、そのシンプルさに驚きもするし、安心もする。

人間の求める真理というものも、決して複雑なものではないのだろう。ただ、いろんな肉付けに惑わされるだけで…。







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本当は「不平等」な色の世界。色にはそれぞれの色が持つ歴史がある。



出典:日経 サイエンス 2012年 01月号
「匂いで伝える人間フェロモン」

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2012年10月02日

iPS細胞への紆余曲折。山中伸弥


「ジャマナカ」

外科医をしていた頃の「山中伸弥」氏には、そんなあだ名が付いていた。

不器用だったという山中氏は、15分で終わるはずの手術が一時間以上もかかっても終わらない。手厳しい先輩方は「やまなか」を「じゃまなか」と呼んでからかい、邪魔モノ扱いにしていたのだという。



そんなジャマナカ氏は後年、「iPS細胞」という再生医療の切り札とも言うべき世界初の大発見をすることになる。

もし、若き日の山中氏が外科医のままであったのなら、決してこの発見は世界にもたらされなかったのかもしれない…。



◎言われたこと


「自分は外科医に向いていないんじゃないか?」

そんな思いから大学院に入り直したという山中氏。すると、そこでの研究が面白い。

「外科医は『言われたことや教科書に書いてあること』を、その通りにやることが原則でしたが、研究の世界では逆に、言われたことを言われた通りにしている奴は『ダメ』だ、教科書を信じる奴は『バカ』だと言われたのです」



外科医の世界と研究の世界は、かくも正反対。

外科医としてダメ出しを受けた山中氏は、研究者としては最高の賛辞をもって迎え入れられることとなる。「独創的である」と。

「昔の人が大航海に乗り出したように、そこに何があるのか分からないけれども、行かないわけにはいかんでしょう」



◎定まらぬ羅針盤


まさに海を渡った山中氏、アメリカのグラッドストーン研究所へと留学。

しかし、羅針盤の定まらぬ大航海は続く。

日本で研究していた「血圧」を発展させようと、アメリカで「動脈硬化」の研究を始めたものの、調べていた遺伝子が「ガン」をつくることが分かる。そこで、今度はガン研究へ。

「そこは動脈硬化の研究所でしたが、僕ひとりだけ、ガンの研究をしていたんです」



さらに研究を進めていくと、新たに見つけた遺伝子がガンではなく、「ES細胞(幹細胞)」と深く関わっているという事実に行き着く。

そして、この発見によって、ようやく山中氏の羅針盤は定まり、のちの「iPS細胞」への道とつながることになる。

「大きな流れで言うと、2回の『予想外な結果』が出て、幹細胞へと連れて行かれた、という感じですね」



動脈硬化が転じてガンへと行き、ガンが転じて幹細胞へ。

運命は山中氏を寄り道させながらも、確実に然るべき場所へと導いていたかのようである。

「外科医だったら、予想外のことが起こると、『こりゃ、もういかん』ということになりますが、研究では『予想外の結果』を楽しめるのです」



◎研究の継続性


コロコロと研究テーマを変えていった山中氏。そんな変節を好まぬ先生方も多くいらっしゃったようで、「日本では研究の『継続性』が評価されるんだ」と諭されることも。

まだ30代半ばだった山中氏は、わずか数年で2回も3回も研究テーマを変えている。「変えてないのは、嫁さんだけやなぁ…」。



当時はまだ何のポストもなく、これからは教授も目指していかなければならない。さすがに不安になった山中氏はある時、ノーベル賞を受賞した利根川進先生にその不安をぶつけてみることに…。

「日本では研究の『継続性』が大切だと言われますが、先生はどうお考えですか?」

すると利根川進先生は一言、「いったい誰がそんなことを言ったんだ?」



利根川先生が言うには、「面白い研究であれば、何でもいいじゃないか」ということであった。

「すごく勇気づけられました」と山中氏。



このエピソードを聞いた川口淳一郎氏(宇宙船はやぶさ)も共感する。

「日本ではよく、『三日坊主はダメ』だと叱りますよね。だけど本当に好きなものを見つけるまでは『三日坊主で大いに結構』だと思うんです。三日坊主は『二日がんばった』というところが大事で、三日目に展望が開けなければ、別の道へ行けばいいんです」と。



◎万能な細胞


良かれ悪しかれ、日本には「直線型の人生」を進む人が多いようで、ややもすると「わき道」は許されない。

ところがアメリカに行ったら、「会社も研究テーマもコロコロ変えるし、奥さんもコロコロ変える(笑)。日本では『失敗の烙印』を押されるところ、アメリカでは逆に『スゴイ経験』と評価されたりもする」。

アメリカ人は「らせん」を回ることを厭わないかのようである。



アメリカではコロコロと研究テーマを変えた山中氏も、「体細胞(普通の細胞)からES細胞(万能細胞)を作成する」というところに落ち着いてからは、その道に専心していくこととなる。

ES細胞とは、難しい言葉では胚性幹細胞(Embryonic Stem cells)と言って、「受精卵の中にある細胞」のことである。受精したばかりの細胞は、まだ何モノでもなく、これからあらゆるモノになれる360°の可能性を秘めた「万能の状態」にある。

もし、いったん皮膚などに分化してしまった体細胞を、ES細胞のような万能の状態に戻せたら? 皮膚の細胞から神経でも内蔵でも再生できるかもしれない。それが山中氏のテーマであった。



当時、ES細胞を分化させるという研究は他でも行われていたが、そのまったく逆の、「受精卵の状態にまで戻してしまう」という時を逆行させるような研究は、未踏の分野であった。

受精卵から神経や内臓、皮膚などが作られていくことを「分化」というが、山中氏のやろうとしたのは、その逆の「脱分化」、細胞を若返らせるような「細胞の初期化」だったのだ。



◎単純な実験


そのためにはまず、「初期化に関わる遺伝子」を見つける必要があった。

約3万もある遺伝子の中から、山中氏は大切そうな24個をとりあえず選び出した。「この24個だけじゃ、全然足らないだろうなぁ…」と思いながら。



ひとまずその24個の遺伝子を全部混ぜて、皮膚細胞に振りかけてみた山中氏。すると…、なんとあっさり、求めていた幹細胞になってしまったではないか!

「うわっ、この24個の中に答えがあったのか…!」



それでも、24個の遺伝子の組み合わせは「無数(24×23×22×…)」にある。はて、それをシラミ潰しに調べていくか?

すると1人の学生が、こんな提案をする。「じゃあ先生、遺伝子を一つずつ抜いていきましょう」と。

「あ、なるほど。君、ほんまに賢いなぁ」と山中氏。その方法なら、最大でも23回の実験で済んでしまう。



さっそく、遺伝子を一つ抜いて実験してみたところ…、なんとほぼ一回の実験で、4つの遺伝子にまで絞り込めてしまった(その4つの遺伝子は現在、「山中要因」と呼ばれる遺伝子である)。

しかし、簡単すぎる…。きっと、これは「何かの間違い」だ。そう思って、何遍も何遍も実験を繰り返すが、「何回やっても、うまくいく」。

「こんなにも簡単な方法で、大人の皮膚細胞が、ほぼ受精卵に近い状態にまで戻ってしまうとは…」







◎独創力


結果的に、山中伸弥氏の発見は世界を驚かせることとなった。「どうして、今まで誰もやらなかったんだろう」というくらい単純な方法で。

「独創的な研究だ」と世界に絶賛された山中氏であるが、彼自身は独創的な研究をしたつもりは毛頭なかった。

「独創的じゃない実験を行った結果、予想もしなかった結果が生まれただけです」と彼は淡々としている。



山中氏が考える独創性とは、単純な実験が出してくれた結果に「独創性を見れるかどうか」ということである。

「実験結果を『色のない目』で見られるかどうか。そこに独創力を発揮できるか否かがかかっているんじゃないかと思います」。



◎ロボット


「iPS細胞」ができるまでの過程は「好きなことを好きなようにやって、毎日がワクワク」だっという山中氏。

しかし、それができてしまうと、今度は一転、「まさにロボット。すべての手順を定められた通りにやらないと認可も受けられません。そうすると、独創のドの字もなくなってしまいました」



iPS細胞ができる前後では「まるで別の仕事」。ある人は細胞のことを「製品」と呼んだり、「出荷する」なんて言ったり…。

「随分と違う世界に来てしまったなぁ、という感じです」

若き日の山中氏は、こうした「マニュアル的なこと」をそのままやっていくことが苦手であった。それゆえ、「ジャマナカ」と呼ばれた外科医から研究の道へと鞍替えしたのでもあった。



◎一念


ただ今は昔と違う。山中氏には「確固たる一念」があるのだ。「スポーツ選手でも、毎日毎日、練習練習練習の単純なメニューの繰り返しで、昨日と今日がほとんど変わらない」。

iPS細胞の「目的」はハッキリしている。「それは、病気で苦しむ患者さんを一日でも早く楽にしてあげることです」。それはつまり、iPS細胞の「実用化」である。

しかし残念ながら、世紀の発見と言われる「iPS細胞」も、「実際にはまだ一人の患者も治せていません」と山中氏。



iPS細胞は患者本人の皮膚などから臓器や器官をつくり出すのが理想だというが、「iPS細胞を一つつくるには、一人当たり半年ほどの時間と、一千万円単位のお金がかかってしまうのでは、実際にはなかなか難しいのです」。

現在、山中氏が構想するのは「iPS細胞バンク」。あらかじめ、ある程度のiPS細胞のストックを作っておけば、より利用しやすくなると考えているのである。

iPS細胞には血液型のような種類(HLA型)があり、それが合わなければ拒絶反応が起きてしまう。しかし、多くの人に共通する型も分かっており、それらをある程度集めておけば、「日本人の8割をカバーできる」ということだ。







◎日本の使命


iPS細胞の可能性を広げようとしているのは、アメリカも同様である。

しかし、「あちらの国が手を出さない部分もいっぱいあるんです」と山中氏。

アメリカは「ビジネスになりにくいこと」には手を出さない。たとえば、難病の治療や、製薬会社が好まないことなど。



「僕自身も毎年フルマラソンに出場したりしながら『民間からの寄付』を一生懸命集めていますが、やはり『国からのお金』に比べると何百分の一程度にしかなりません」

それでも、山中氏は「利潤追求の姿勢からは見過ごされてしまうような病気」を治療したいと切望している。

「それこそが、日本の使命だと考えています」

そう語る山中氏の心は、もはや不動のように感じられる。



◎道


高校時代、「生命だけは平等だ」という本に感激して医師を目指したという山中氏。

彼の進んできた道は「寄り道」のように見えて、それらは全て一本の道へとつながっていた。iPS細胞を生み出す決め手となった4つの遺伝子は発がん遺伝子、つまり、ガン研究と無縁ではなく、動脈硬化ですら、iPS細胞が治療の道を拓くかもしれない。

山中氏の「三日坊主」は、確実に「中二日」がんばった甲斐があったのだ。



ちなみに、山中氏が寄付を募ったという今年の京都マラソン。寄付を受ける条件として自らに課したのは「フルマラソンの完走」。

そして、4時間3分19秒、去年のタイムを26分以上縮めて、見事に彼は走り切った。

共鳴した人々は600人以上、その寄付は600万円を超えた。その日は3月11日、東日本大震災からちょうど丸一年、その日でもあった…。





寄付先:JustGivingJapan



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出典:致知2012年11月号
「人類の未来の扉をひらく」

posted by 四代目 at 07:14| Comment(3) | サイエンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月15日

クラゲは「数」を数えるか?


もし、この世の「知性」が人間ではなく、「太平洋の深くにたった一匹で漂っているクラゲ」に宿っていたとしたら?



はたして「数の概念」が生まれ得たであろうか。数える対象ももたぬクラゲの知性に…。












このクラゲの”たとえ”は、「数学は『発明』されたのか、『発見』されたのか」という問いに基づくものである。人類は数千年間もこの問いの答えを見いだせずにいる。



「発明」となれば、「数」は人間が生み出した「道具」となるし、「発見」となれば、「数」は人間とは関わりのない「独立した存在」、言うなれば「神がつくり給うたもの」となる。







少なくとも、数学は人間の「経験」とは独立した「思考の産物」であると言うことはできる。数それ自体が実体を持つわけでもなければ、触れるものでもない。しかしそれでも、数学は現実世界を簡明かつ正確に表現する。



たとえば、量子電磁力学を用いて計算した電子の磁気モーメントの「理論値」は、最新技術によって「実験的に測定した値」と、1兆分のいくつというわずかな違いで一致していた(1.99115965218073)。



また、古い例をあげれば、スコットランドの物理学者・マクスウェルが書いた4本の方程式は、電波の存在を「予測」していた(1860年代)。実際に電波が検出されるのは、それから20年近くも後の話である。



なんと数学の記述する世界の正確なことか。「これほどうまく合致するのは、なぜなのか?」と、かのアインシュタインも頭を悩ませている。












「数学は発明なのか、発見なのか」



はたして深海の一匹のクラゲは、何かを数えようとするのであろうか?







ここで一つ注意しておくべきことは、たとえ数学がいかほど正確に世界を記述しようとも、まだまだ「数学的予測」が不可能な現実が山ほどあるという事実である。



たとえば、経済学では多くの変数を定量解析することに失敗している。もし、これが成功していたら、世界に景気後退などなくなるはずなのだから…。







しかし、逆に考えれば、数学に「限界がある」ということは、これは人間の「発明」に近いのかもしれない。ヒューマン・エラーは我々人間の得意とするところである。



まあ、ただ単に我々人間が「知らない変数」がまだまだたくさんあるだけの話かもしれないが…。そうであるのなら、我々はまだまだ「発見」する必要がありそうだ。













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「ロザリンド・フランクリン」の撮った運命のX線写真。DNAへの最初の扉を開いた最後のピース。



出典:日経サイエンス 2011年 12月号

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posted by 四代目 at 14:45| Comment(0) | サイエンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする