2013年05月30日

「落ちこぼれ」から人類の救世主へ。希少糖プシコース



「落ちこぼれの糖」

かつてそんな不名誉な烙印を押された「糖」がある。

それは「プシコース」という糖。



それもそのはず。

現在の自然界には、プシコースという糖は「0.001%」しか存在していない。

いわゆる負け組。誰にも必要とされず、ひっそりと消え去るかに思われた。



ところが、捨てる神あれば拾う神あり。

「拾う神」となったのは、香川大学の何森(いずもり)教授。

ある酵素の発見がキッカケとなり、それ以来、落ちこぼれだったプシコースは一躍、夢の檜舞台へと押し上げられることとなる。現在のプシコースは無限の世界へと道を開く「夢の扉」とまで考えられている。



「落ちこぼれ」から「夢の糖」へ。

プシコースのたどった数奇な運命。

0.001%の狭き門が開いた世界とは?




今回はそんな話である。






◎原始地球、糖の海



それは40億年以上のむかし、太古の地球からはじまった。

プシコースは、その頃に誕生したと考えられている。

原始地球の海底深くの暗闇の中には、ブクブクと熱水の噴き出す「熱水噴出孔」と呼ばれる場所が存在した。それは温泉のようなもので、地球内部のマグマに熱せられた海水の吹き出口であった。



アルカリ性を帯びたその熱水中には、一酸化炭素やメタンなど様々な分子が漂っていた。そしてその熱に反応した分子らが、次第に多様な構造の有機物を形作るようになっていく。

やがてできたのが「ホルムアルデヒド」。この物質が、あらゆる糖類の「祖先」になったと考えられている。

ホルムアルデヒドとは、「シックハウス」の原因物質とも言われるように、人体にとっては非常に有害であり、強い刺激臭をもつ。建築材料のほか、稲やジャガイモの殺菌剤・消毒剤としても現在用いられている。また、ホルムアルデヒドの37%水溶液を「ホルマリン」と呼ぶ。



そのような毒性物質が、甘く美味しい糖の祖先とは、にわかには信じ難い。

だが、ホルムアルデヒドが糖に変わる様子は、実験室で簡単に再現できる。ホルムアルデヒドを熱水噴出孔と同じアルカリ性にし、それを60℃に加熱し続ける。すると不思議なことに、白濁していたその液体は、みるみる黄色に変色していくではないか。

この状態がいわゆる「ホルモース」。原始地球の海底において「糖類が誕生したモデル」と考えられている。この化学反応は1861年、アレクサンドル・ブトレーロフによって発見された。



このホルモース反応(formose reaction)は、ホルムアルデヒドの分子が2つ縮合することにより始まる。

そして次々と様々な糖が連鎖的に生成されてゆく(1.グリコールアルデヒド → 2.グリセルアルデヒド → 3.ジヒドロキシアセトン → 4.リブロース → 5.リボース → 6.エリトルロース → 7.アルドテトロース → 1に戻る)。



驚くべきは、この反応によって生成される「糖の種類」。

ブドウ糖、プシコース、マンノース、アラビノース、ガラクトース、ソルボース、グロース、ジオキシアセトン、エリスロース、フルクトース、クリセロース、キシロース、スレオース…。

その数、じつに50種類以上。それほど多種多様な糖類が、原始地球の海には漂っていたと考えられている。もちろん「プシコース」も。






◎生物誕生、因果のはじまり



ところが現在、糖といえば「ブドウ糖(グルコース)」。

この糖が、単糖類のじつに99.9%を占めている。







原始の海に漂っていた多種多様な糖たちはどこへ行ったんだ?

なぜ、ブドウ糖だけが独り勝ちしているのか?

それは、「生物の誕生」と深い関わりがある。



最初の生命が誕生したと考えられるのもまた、海底の「熱水噴出孔」近辺ではないかといわれている。

現在でも海洋底中央海嶺にある黒い煙のような熱水を噴出する場所には、原始的なバクテリアが存在している。彼らは硫化水素を還元してエネルギーを得る(ちなみに、硫化水素は人間にとって「毒」であり、硫黄臭のする温泉などの成分でもある)。



硫化水素という毒ばかりをエネルギー源にしていた原始的なバクテリアたち。

だが次第に、甘い糖の味に魅了されていくことになる。なにせ自らの周囲には、よりどりみどりの糖たちがプカプカと無為に漂っていたのである。

さあ、いよいよ糖と生物の2人3脚が始まる。そしてそれは、糖たちにとっての「競争の始まり」ともなったのだった。






◎2人3脚



この頃、プシコースという糖もまだ「落ちこぼれ」ではなかった。ところが、生物と2人3脚の徒競争がはじまると、次第に置いて行かれるようになってしまう。

それはなぜか?

それは生物がプシコースを体内に蓄積することができなかったからだ。それは他の50種類以上の糖たちも一緒だった。貯めることができないため、その日暮らしの自転車操業。なくなったら、ハイおわり。海の藻屑と消えていく。



そんな宵越しの金が持てなかった生物たちは、環境の変化に耐えることはできなかった。

ただ、ブドウ糖ばかりは違った。ブドウ糖だけは、ブロックのようにお互いの分子が結合できる形をしており、大きな塊をつくることができた。それが生物体内での貯蔵を可能にした。

ブドウ糖という弁当を持てるようになった生物は、がぜん生き残り競争を優位に展開することになる。一時的に食糧不足に陥ったとしても、ブドウ糖を主食とする生物だけが蓄えていた弁当を食いながら長く生き延びることが出来た。アリとキリギリスの寓話でいえば、ブドウ糖と手を組んだ生物は、食糧備蓄を怠らなかったアリだった。



やがて登場したラン藻類と呼ばれる植物の祖先は、光と水、そして二酸化炭素からブドウ糖を作り出すことに成功する。いわゆる光合成の開始である。

光合成によって自前でブドウ糖を生産できるようになった生物は、その手を海面から出し、陸上へと進出。海中よりずっと明るい陸上は、ブドウ糖を大量生産するには大変好都合。

こうして、地球はブドウ糖で埋め尽くされていくことになる。現在、植物・動物・人間を問わずあらゆる生物は、このブドウ糖という栄養源で動くようにできている。






◎勝者総取り、敗者99%



群雄割拠の原始の海から、一躍天下をとったブドウ糖。

それは生物の進化の歴史と、軌を一にするものだった。



「勝者総取り」

それはアメリカ大統領選挙でも、生き馬の目を射抜くようなビジネスの世界でもよく見られる現象である。

世界がグローバル化するほどに、食うか食われるかの世界は「勝者独り占め」の状態を現出しやすくなる。



さて、生物から見放され、すっかり「落ちこぼれ」となってしまったプシコース。

いやプシコースばかりではない。その他多くのあらゆる糖類が皆、敗者となったのだ。現在、その存在の希少さから彼らは「レア・シュガー(希少糖)」と呼ばれるようになっている。

生命に選ばれしブドウ糖は「わが世の春」を謳歌する一方、選ばれなかった者たちは細々とその生をつなぐしかなかった。絶滅してしまった者がいたのも、致し方ない…。競争社会というのは非常に非情なものである。






◎ズイナとプシコースの絆



それでもプシコースは絶滅を免れた。

それは他の糖にはない「ある性質」のおかげだった。



芸は身を助く。

プシコースの持っていた一芸とは、「植物の成長を抑制する」という一風変わったものだった。プシコースは、植物の成長ホルモンの働きを阻害するのであった。

王者ブドウ糖が甘く甘く生物を育てるのに対して、プシコースは植物の成長にずいぶんと手厳しかった。プシコースの含まれる土壌では、雑草でさえ生えてこない。



たとえ甘い世界にあっても、厳しさに惹かれることもある。

そんなプシコースの厳しさを求めたのが「ズイナ」という植物。

タイなどの暖かい地域、日本国内では近畿以南の暖地に生息する落葉低木である。







不思議なことにズイナは、何らかの突然変異によって、プシコースの成長ホルモン抑制の働きが効かなくなっていた。つまり、ズイナはプシコースの厳しさを厳しいと感じなくなっていたのである。

これはズイナという小さい木には朗報だった。ズイナの落とす葉にはプシコースが含まれている。ゆえに、その葉の落ちた土壌からは他の植物が生え出てこれない。すなわち、ズイナは自ら落とす葉によって、自分のテリトリーを確保することができるようになったのである。



プシコースとズイナの奇縁。

お互いが日陰者同士で気が合ったのか、両者の2人3脚はそれぞれの生きる道につながっていた。現在、プシコースを作り出すことができる植物は、地球上唯一ズイナだけと考えられている。

「絆」という字は「糸が半分」と書くが、プシコースとズイナの縁は、糸の半分にも満たない細い細い絆で、脈々と地球史を生き抜いてきたのであった。



そしてその細くも強固な糸は、今まで縁遠かった人間にも絡まっていくこととなる。

その橋渡しをする人物が、冒頭でも軽く触れた拾う神、「何森健(いずもり・けん)」香川大教授である。

いよいよ、新たな扉の開く時が迫ってきた。






◎希少糖への扉



「生物界っていうのは、存在する必要があるものはたくさん作る。だが、存在する必要がないものについては作らない」

何森(いずもり)教授は、そう言う。必要ないからプシコースは生物界の隅へと押しやられた。存在する必要が極めて薄かった。

そうした観点からすると、プシコースに限らず希少糖すべては存在の意味が薄く、研究する価値は低いと見られて仕方ない。研究とは普通、作る目的があるから作るのである。



だが、何森教授は明確な目的もなく「とりあえず作ってみた」。

すると、「まったく考えてもいなかったこと」が起きた。

サプライズ。それは、予知の先にはない世界、ドン詰まりの先に思わず開けていた世界であった。



それが何森教授の開いた「希少糖の世界」。

その最初の扉となったのがプシコースであり、この扉以外からは入ることが難しかった世界でもあった。

30年以上にわたる研究から何森教授が編み出した「イズモリング」と呼ばれる図を見ると、それが明瞭に理解できる。



この図には30以上の希少糖が鎖状に配列されているのだが、それらの希少糖には「モノには順序」と言わんばかりに生成可能な順番があり、その入口に位置しているのが「プシコース」なのである。

つまり、プシコースの扉を開けずして他の希少糖の合成もない。ここは必ず通らなければならない登竜門。

何森教授の「とりあえず開けた扉」が幸運にも、まさにそれだった。






◎血糖値を上げない糖、プシコース



ところで、なぜプシコースのような希少糖に価値があるのか?

プシコースは生物界に必要ないから希少な存在になったのではなかったか?

この点、ダイヤモンドや金などの希少性とは全く異なるはずだ。



だがじつは逆説ながら、生物界に「不要とされたこと」にプシコースの価値はあった。

現在、人間の主たる栄養源は唯一無二の王者「ブドウ糖」である。それゆえ、人間の身体はブドウ糖を吸収することに特化してできている。具体的には小腸のカベがその吸収の役割を担っている。

だから、ブドウ糖専用の人間の小腸にプシコースがやって来ても、それを吸収できない。ブドウ糖とプシコースの化学式は「C6・H12・O6」とまったく同一にも関わらず、人間は吸収できない。両者にはわずかながらに形の違いがあるからだ。



吸収できなければ栄養にもならない。

舌の上ではブドウ糖の7割ほどの甘さをプシコースに感じるのに、吸収されないから栄養にならない。つまり、それはダイエット効果があるということだ。プシコースは舌だけを甘さで満足させて、腸は素通りしてくれるのだから。



さらに面白いことは、ブドウ糖とプシコースを同時に摂取した時に起こる。形がほぼ同じプシコースを人間の小腸はブドウ糖と勘違いして吸収のゲートを開く。

でも違うのだからプシコースはゲートを通れない。ゲートの門前でそうこう押し問答をしている間に、肝心のブドウ糖はそのゲートをスルーしてしまう。つまり吸収されずに排出経路へと向かってしまうのだ。

結果的にプシコースはブドウ糖の吸収を阻害することになる。だからプシコースとブドウ糖を同時に摂取すれば、糖分の吸収が抑制される分、血糖値の上昇ひいては体重の上昇を抑えることが可能となるのである。同じモノを食べていながらに。



ラットによる実験では、通常の食事後にプシコースを与えた群は、与えなかった群に比べて食後の血糖値の上昇が20%も低くなった。それを3ヶ月も続けると、内臓脂肪の蓄積は30%も抑えられた。

人間による実験でも同様。ブドウ糖のみの摂取に比べ、「ブドウ糖+プシコース」を摂取してもらった方が血糖値の上昇を25%抑えることができた。



ブドウ糖とプシコース

似てまったく非なるもの

そこにプシコースの新たな生きる道があった。






◎香川と糖、歴史的縁



「私たちの生活の中でプシコースを上手に使えば、糖尿病や肥満を予防できる可能性があります。プシコースとは、そんな『夢の物質』なんです」

香川大学医学部の徳田雅明教授は、そう話す。プシコースがメタボを防いでくれるかもしれないのだという。



ところで、前述のイズモリング(希少糖合成への未来図)を示した何森(いずもり)教授も香川大学(現在は退職し特任教授)。そして徳田教授もまた然り。そう、ここ香川県は希少糖生産の一大拠点なのである。

かつて讃岐(さぬき)と呼ばれていた頃も、香川は糖の有名な生産地であった。「和三盆」と呼ばれる糖は、江戸時代に高松藩がサトウキビを原料につくりだした高級砂糖である。盆の上で3回ほど砂糖を細かく「研ぐ」ことから「和三盆」と呼ばれるようになったのだという。







和三盆から希少糖へ

香川県の糖の歴史は、とうとうそこまで進化した。

そして香川県三木町、その山奥のすっかり人影の絶えた廃校(小蓑小中学校)が「夢の場所」。ここに作られた施設でプシコースは生産されている。



「何森教授が探し求めていた場所です。息の長い独創的な研究をするための、自然に囲まれた静かな『夢の場所』がここなのです」

そう案内する近藤浩二さんは、株式会社「レアスウィート」の生みの親。プシコースを大量生産する技術を確立し、希少糖を含む製品を世に送り出している。

現在、香川県はプシコースを「さぬき新糖」という愛称で、和三盆に続く特産品として売り出しを進めているのだとか。



「甘いのにカロリーはほぼゼロ」「内臓脂肪の蓄積を抑える」「動脈硬化になりにくい」「虫歯になりにくい」…。

プシコースには様々な売り出し文句も用意されている。香川県内の菓子店などでは、プシコースを使ったお菓子やケーキなどがすでに普通に並んでおり、レストランなどでは料理に、また特産のうどんのツユに使用することもあるという。









◎酵素DTE



プシコースの生産拠点である山奥の廃校には、世界中から名立たる研究者連中も詰めかける。

この静かな廃校の体育館では、「国際希少糖学会」が開かれるのである。



何森(いずもり)教授の研究が高く評価されるのは、たくさん存在する糖からプシコースという希少な糖を作り出したところにある。というのも、少ない糖から少ない糖を作り出していたのでは大量生産への道は開けない。

そのカギを握ったのが「酵素」。イズモリングに網羅された希少糖類は、そのすべてが「酵素反応」という線で結ばれており、理論上、すべての希少糖、もしくは今まで地球上に存在しなかった糖まで作り出すことが可能となる(繰り返すが、それら酵素反応の起点となっているのがプシコースである)。

具体的には、DTE(D-タガトース3-エピメラーゼ)という酵素を何森教授は発見し、フラクトース(正確にはD-フラクトース)という自然界に多量に存在する糖から、プシコース(正確にはD-プシコース)という自然界にマレにしか存在しない糖を作り出したのである。



ブドウ糖とプシコースの化学式がまったく同一(使っている素材がまったく一緒)であるのは、人体には都合の良い面があった。だが、その形の違いがあまりにも微妙なため、有機合成が困難だという化学的な問題もあった。ゆえにプシコースの生産もおぼつかなかった。

そこで何森(いずもり)教授が考えたのが「バイオ」、つまり微生物を用いる方法である。フラクトースをプシコースに変える酵素「DTE」は、微生物によって生産してもらったのであった。

長らくブドウ糖におんぶにだっこであった生物たちには、この「DTE」という酵素を作り出す力はない。だが、原始的な段階にとどまっている微生物の中には、それが可能な者たちもいたのである。






◎続く道



こうして、プシコースが40億年つむいできた命の糸は、人間の手に握られることとなった。

そして今、さまざまな贅沢病に悩まされる人類は、この希少な糖を心底必要としている。

生物界から必要ないとハミゴにされていたプシコースは、ようやく「落ちこぼれ」から栄えある雛壇へと登ろうとしている。



そして、プシコースの開く希少糖の道は、まだまだ続く。

イズモリングに示された希少糖のつながりを見れば、プシコースの開ける扉は、次に「アロース」へとつながっている。



やはり希少糖の一種である「アロース」はすでに合成の段階にあり、この糖には「さまざまな病気を遅らせる効果」が確認されている。

たとえば、ガン細胞の増殖抑制。ガン細胞もわれわれと同じようにブドウ糖を主たる栄養源とするらしく、人間の小腸同様に、ガン細胞はブドウ糖とよく似たアロースに騙される。そして吸収できない。

結果的に、アロースを与えられたガン細胞はブドウ糖の吸収が阻害され、増えるに増えられなくなってしまう。メタボの脂肪が増えられないのと同じ原理である。



また、アロースには「活性酸素」を抑制する効果もあるという。

たとえば、ALS(筋萎縮性側索硬化症)という病気は、全身の神経が侵され徐々に身体の自由が奪われていく病気だが、その病状の進行を遅らせる効果がアロースにはあるとされる。マウスを使った実験では、発症後の進行を極端に遅らせることに成功している。



香川大学の徳田教授(前出)は語る。

「アロースを元にして、もっと有効な物質を作っていくことができれば、治療薬につながる可能性があります。希少糖は『夢の糖』だと思ってるんですよ、本気で」

希少糖研究の礎を築いた何森(いずもり)教授も語る。

「非常にマイナーで、ほんとに小さくて落ちこぼれですよね、希少糖は。でも、そういうものが生命に新たな一石を投じようとしている。これが一番われわれの大きな夢なんです」






◎必要か? ムダか?



「絆」はヒョンなところにつながっていた。

一時は絶滅寸前のプシコースは、ズイナという特異な植物の内に運命を託し、そして今、人類という強力な味方を得ようとしている。



息も絶え絶えだったプシコースは、ほとんど全ての生物に見放されていたことから、逆にその価値が高まった。

いわば「落ちこぼれ」であったからこそ、そこに新たな価値が生まれた。



ここでは「必要」という価値を問い直さなければならない。

「ムダ」と思えるものが、なぜ存在するのか。もし、それがなくなってしまうのなら、それは本当に不要なものだったのだろう。

だが0.001%でも、蜘蛛の糸一本でも存在をつないでいるのならば、それは「ムダ」なのか?



きっと排除されるべきものは、然るべき時に姿を消すのだろう。

ならば、意味がないと思われながらも存在するものに「ムダ」はない。その時は必要なくとも、ムダと断じるにはまだ早い。



「落ちこぼれ」と呼ばれた糖、プシコース。

たとえ勝者総取りの王者ブドウ糖に圧倒されようとも、0.001%の必要性は確かに存在していた。そして今、人類はもっと必要としている。

落ちこぼれていたのは、決してムダな時間ではなかった…!






(了)






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出典:NHKサイエンスZERO
「46億年目の大逆転! 『奇跡の糖』が人類を救う!」

posted by 四代目 at 06:11| Comment(3) | サイエンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月02日

7万年間の奇跡。水月湖の年縞堆積物


「水月湖(すいげつこ)」

おそらく、ほとんどの日本人は、この湖にピンと来ない。

さして大きいわけでなく、名産があるわけでもない。そもそも、どこにあるのやら…。



だが一転、地質学の世界に目を向けると、「Lake Suigetsu(水月湖)」は世界的に有名な湖である。

現在の標準時がイギリスのグリニッジ天文台にあるとしたら、「地質学の標準時」、すなわち歴史を測る尺度として、水月湖は世界的に参照される湖なのである。

水深およそ34mの暗い湖底には、7万年という永い時を知る地層が、堆積物としてほぼ完全な状態で残されているのだという。






◎炭素14



日本で最も古い土器は、大平山T遺跡(青森)で見つかったものとされている。

その土器はおよそ1万6,900年前のものとされ、それがすなわち、日本の縄文時代の始まりの年代ともされている。



ところで、なぜ、その土器が1万6,900年前のものと判ったのか?

それは、土器にこびりついていた「おこげ(炭素)」を測定した結果、判明したことである。

その炭素(おこげ)は、正確には「放射性炭素14」と呼ばれるもので、地球の大気中に一定の濃度で漂っている。そのため、地球の大気を吸うすべての生物(有機物)には、この炭素14が含まれていることになる。



炭素14というのは、生物が生きている間は増えも減りもしないが、いったん死んでしまうと、減る一方になる。その半減期は5,730年。

もし、土器のおこげの炭素14が半分に減っていたら、それは5,730年前のもの。もっと少なく、4分の1しかなかったら、その倍の1万1,460年前のものと逆算される。

これはいわゆる「放射性炭素による年代測定」であり、アメリカの科学者、ウィラード・リビーの編み出したものであった(1960年ノーベル化学賞受賞)。






◎誤差と補正



世界的に広く用いられる「放射性炭素年代測定法」であるが、さすがに「誤差」も出てくる。

というのは、炭素14の濃度は常に一定なわけではないからだ。その生成量は、宇宙線の変動や、海洋に蓄積された炭素の放出の影響を受けるため、年代ごとに違ってくる。地球磁場の影響も受けるため、北半球と南半球でも濃度が異なってくる。

その誤差は、1〜3万年で数百年。すなわち、炭素14による年代測定には、必ず「較正(基準に照らして正す)」という作業が必要になってくる。



「世界のほとんどの全ての放射性炭素年代というのは、『補正』を必要としています。で、どういうデータを使って補正を行うかということに関しては、全世界が合意していないと困るんです」

そう言うのは、中川毅さん(ニューカッスル大学教授)。水月湖底の堆積物を調査している人物である。



「じつは去年(2012)の7月、水月湖のデータを中心的に採用していこうということが、放射性炭素学会の総会で可決されました」と中川さん

それはすなわち、日本の水月湖がグローバル・スタンダードとなり、世界中の放射性炭素年代の誤差が補正されていくということであった。



水月湖の堆積物による炭素14の較正の結果、日本最古の土器の年代は、1万6,900年前ではなく、1万6,652年という鑑定結果が出た。

その誤差は、およそ250年。江戸時代が始まって終わるくらいの誤差があったことになる。






◎年縞



水月湖の堆積物は、木の年輪と同じように、一年一年、その時を湖底に積み重ねていた。

春には、珪藻やプランクトンなどの死骸が雪のように白く降り積もり、夏には梅雨で流されてきた細かい土砂が積もる。秋になると、落ち葉が舞い降り、冬には水中に溶けていた鉄分が、気温の低下とともに黒い堆積物となり湖底に沈む。



水月湖の堆積物がはじめて試掘されたのは1991年。本格的な学術ボーリングが実施されるのが、その2年後の1993年。全長73mほどの堆積物の採取に成功し、その上部40mに約7万年分の連続した「年縞(ねんこう)」が確認された。

「年縞」というのは、木の年輪に相当する言葉で、年ごとの縞(しま)。

ちなみに、英語の「varve」に対して、年縞という訳語を与えたのは、この時の代表、安田善憲さん(国際日本文化研究センター)だったという。



水月湖の年縞は、1年が平均0.6mmという薄さに凝縮されている。

それが積もり積もって7万年分である。放射性炭素による年代測定は、その半減期から5万年前までが適用限界であるため、水月湖の年縞堆積物は、それ以上のスケールを持つ物差しでもあるということだ。

堆積物の薄い薄い縞模様を、一枚一枚数えていけば、極めて高精度な年代測定が可能となる。その誤差は、1万年で30年(0.3%)という僅かなものであるという。







◎世界の年縞



何万年という長い時代を連続的にカバーする年縞堆積物は、世界でも限られた場所でしか見つかっていない。

たとえば、もっとも古くから知れれているアイフェル地方(ドイツ)に分布する湖沼群。だが、このアイフェルの年縞は、完新世と晩氷期においては明確であるが、それ以前の時代(1万数千年以前)は不明瞭であるという。

ベネズエラ沖のカリアコ海盆からも、年縞をもつ堆積物が得られている。これは晩氷期以降の時代を連続的にカバーするものだという。この年縞に含まれる有孔虫の遺骸が放射性炭素14の基準とされている。



もちろん、樹木の年輪にも連続する炭素データは残っている。ただ、その寿命がその限界となる。現在確認されている年輪の連続データは、1万2,600年前までがせいぜいだ。

そして、忘れてならないのは極地グリーンランド。過去数万年の気候変動において、この地の氷床がいわば標準曲線のような地位に君臨しているのは周知の通りであろう。






◎奇跡的な湖



これら世界の年縞と、水月湖のそれとを比較することで、水月湖の「奇跡」が明瞭となる。

まず、7万年もの膨大な年代をカバーする年縞は、水月湖のそれをおいて他にはない。何万年というスケールにおいて、地球の表面は生き物のように動く。そのため、水月湖のように静止した状態を7万年も保つことは、ほぼ不可能。

並みの湖であれば、とっくに干上がっていておかしくない(湖の寿命はたいてい1〜3万年)。湖底に堆積物が積もっていけば、当然浅くなってしまうからだ。



ではなぜ、水月湖は7万年間も、ジッとしていられることができたのか?

不思議なことに、水月湖の湖底は一年に約0.7mmずつ下がっていた。それは近くに断層があり、そこが少しずつズリ落ち続けていたからだ。

湖底の堆積物が年に0.6mmずつ厚くなっていっても、それよりわずかに速いペースで、湖底は下がり続けていた。だから、この湖は浅くなることがなかったのだという。



また、この湖に直接注ぎ込む川はない。同様、海にも直接つながっていない。いわば「水たまり」のような状態である。そのおかげで、いきなり土砂が流れ込むこともなく、また逆にいきなり土砂が流出することもなかった。

そして、水月湖に生物がほとんどいないことも幸いした。湖底を掻き乱す生物がいなかったために、湖底は静かなままに保たれたのだ(不幸にもウナギやシジミなどの名産がない湖だったが…)。



最後に、水月湖の二重底。

水深6mまでの湖水上部は淡水、それより深い部分は「硫化水素を含む汽水」と、水月湖の水は上下2層にクッキリ分かれている。

「汽水(きすい)」というは淡水と海水のミックスであるが、それは淡水よりも重いので、湖底に滞留することになる。たとえ湖面が強風に波立っても、下の汽水部分は動かない。当然、湖底の堆積物も守られる。

上下の行き来がないため、空気中の酸素と触れる機会を失った下の汽水部分。いずれ酸素は消費し尽くされ、無酸素状態にもなった。ゆえに生物も住めなくなった。ますます静かになったのだ。



こうした幾多の「自然のはからい」によって、水月湖は7万年の長きにわたり温存されることとなったのだった。





◎年縞の計数



水月湖の年縞堆積物の中で、年代測定に用いられるのは「陸上の樹木の葉っぱ」である。この点、ベネズエラ沖のカリアコ海盆が「海中の有孔虫」を用いるのとは良い意味で異なる。

カリアコ海盆が海中に溶存する二酸化炭素を指標にするのに対して、水月湖の場合は、陸上の二酸化炭素量を直接知ることができる。すなわち、水月湖の方が補正を必要としないのである。



だが、1993年の採掘調査では、水月湖の年縞に疑問が残っていた。どうも、水月湖の年縞は「若く」見える。数百年ないし2000年も若すぎるように見えた。

そして実施された第二次学術掘削(2006年夏)。すでに世界的な注目を集めていた水月湖には、日本のみならず、イギリス、ドイツなどからも研究者たちが訪れた。

約40日間の作業で、全長73.2mの連続する年縞堆積物が、この時得られた。



ドイツのポツダム研究所は、年縞のシマ一つ一つを偏光顕微鏡で数えていった。イギリスのウェールズ大学は、蛍光X線スキャナを用いて60μm単位(1年分を10分割)で分析していった。

それぞれが独立した方法で年縞を数えることにより、その結果を検証しあうのだ。中川毅さんのチームも、もちろん数えた。



年縞のシマというのは機械的ではないために、どうしても目視による判断が求められる。

というのも、異常気象などがあったりすると、夏が秋まで長引いたりして、本来なら夏に一回だけ溜まるものが2度溜まっていたりする。逆に冷夏であれば、夏に溜まるはずのものが、そっくりなかったりもする。



「やっぱり人間が眼で見て、ここが年の境目であろうということを判断し、決めていくという作業がどうしても必要になってくるんです」と中川さんは言う。

「一回だけ数えたのでは、それはそれで不安なので、2回数えました」

そう平然と言う中川さんであるが、果たしてミリにも及ばぬ7万年分のシマシマを、一つ一つ数えていくという作業は、どれほどの根気を要するものであろうか。






◎花粉



水月湖の年縞堆積物には、樹木の葉っぱ以外にも、いろいろなものが含まれていた。

たとえば、花粉や種子、黄砂や火山灰。これらの遺物は、当時の歴史をそのままに教えてくれる。

約1万年前くらいに起きた韓国ウルルン島の大噴火。その時の火山灰も水月湖の湖底に残されていた。また、約3万8,200年前に水月湖の周辺で発生した大地震。その傷跡も残されていた(ちなみに水月湖は福井県にある)。



水月湖の年縞には、じつに100種類以上の「花粉」が含まれているというが、その花粉は「地球温暖化」の歴史を教えてくれる。

植物というのは、気候変動によって一年単位で敏感に反応する。気温の変化に反応する植物もいれば、降水量の変化に反応する植物もいる。暖かい地域に生えるブナもあれば、寒い地域を特異とする白樺もある。



そうした植物の変化が「花粉」という形となって現れる。

水月湖の教える歴史はこうだ。「1万5,000年前に始まった温暖化。周辺からツガなど氷期の樹木が激減。続く約500年間の空白(森の少ない荒野状態)の後に、ブナやナラなど御大の落葉広葉樹にスギの混じった森が広がった」。



1万5,000年前という時期、グリーンランドの氷床に残された痕跡からも、地球的な温暖化が起こったことが知られていた。しかし、水月湖の年縞を見ると、その温暖化は今まで考えられていたよりも、ずっと穏やかなものだった。

グリーンランドの氷床が示すのは「たった3年間で平均気温が5℃も上昇する」という急激なものだったが、水月湖の示す変化は、もっと長い年月をかけて、ゆったりと気温が上昇していったことを示していた。



そもそも今まで、地球の極地にあたるグリーンランドで起こったことが、中緯度・温帯の日本にも同じように起こったと考えるのには無理があった。それは研究者たちも先刻ご承知のことであった。

だがそれでも、グリーンランドに代わる信頼のおける指標がなかったために、この点が曖昧にされ続けてきたのである。

そこに登場した水月湖の年縞堆積物。世界からお墨付きをいただいた「時代の物差し」が日本から生まれたのである。



「やはり、気候変動というものが全世界つねに同時に起こったとは限りません。時間的に違うタイミングで起こったと解釈してもいいだろうと思っています」

10年間、自分の肉眼で花粉を数え続けたという中川さん。これまでの通説を覆すような証拠を水月湖の年縞堆積物から見つけてしまった。その時は、正直怖かったという。






◎黄砂



また、堆積物に含まれる「黄砂」にも多くの情報が含まれていた。

黄砂の示すのは、その年の「偏西風」の位置である。偏西風というのは、文字通り西から吹く風であるが、この風の吹く位置が日本の冬の強弱を決めている。

たとえば、偏西風がより北寄りの時は「暖冬」。寒気が強く偏西風が南に押されている時は「厳冬」といった具合である。



偏西風に飛ばされて日本に至る黄砂には2種類ある。ゴビ砂漠のものとタクラマカン砂漠のものである。

いつもはゴビ砂漠から多くやってくる黄砂。ところが偏西風が北に寄ると、タクラマカン砂漠からも飛んでくる。どちらの砂漠からやって来たかを突き詰めることで、その年の偏西風の位置、そして冬の厳しさを知ることができる。



水月湖の湖底には、そうした黄砂のデータがそっくりそのまま残されており、すでに5,000年間ものデータが明らかになっている。

今の気象技術では、偏西風の位置を予測することは難しい。それでも、年縞から割り出された偏西風の「過去のパターン」によって、未来の予測がより精度を増すことにもつながるのだという。






◎湖底に眠る



世界でも有数の「天然の記録計」

7万年もの間、途切れることなく積み重なってきたからこそ、水月湖の年縞は別格なのである。



「水月湖には地球の歴史が書かれている」

歴史を記録し続けてきた湖底の年縞堆積物。そこに記録された情報量は膨大であり、その解読にはまだまだ長い年月を要する。



「水月湖の時間の目盛りを読み解く努力というのは、私ですでに3世代目に入ります。丁寧に抽出すれば、キリがないくらいたくさんの情報が含まれているのです」

大学の研究室でとれる時間だけではとても足りない、と言う中川さん。試料を家に持ち帰ってでも、彼は顕微鏡を覗き続ける。それも嬉々として。

「良くも悪くも、人生を変えたのは間違いないと思います(笑)」



水月湖の年縞は、中川さんの人生のみならず、人類史を覆してしまうかもしれない可能性を秘めている。

恐るべし、福井県水月湖。

きっと水月湖の湖底には、まだまだ我々の知らない真実が、いまなお静かに眠っているのであろう…。







(了)






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出典:NHKサイエンスZERO
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2013年04月27日

「魔法の箱」か「パンドラの箱」か? 3Dプリンターの見せる未来


「3Dプリンターが、あらゆるモノ作りに革命を起こす」

アメリカのオバマ大統領が、そう力を込める「3Dプリンター」とは?



スイッチポンで、どんな立体でも「印刷」してしまう3Dプリンター。ノズルが樹脂を吹き付けながら、立体を一層一層積み重ねていくことで、みるみる形が現れてくる。

「これまで大量生産っていうのが主流でしたけれども、これだったら『多品種・少量生産』することができるんです」



かつては1億円ほどした高値の花が、今では10万円ちょっとから手に入る。

チェスの駒を一個だけ無くしたら、その一つだけを印刷して作ればいい。掃除機のノズルの、もう少し細いモノが欲しかったら、印刷して作ればいい。iPhoneのオリジナル・ケースを名入れで作るのも造作ない。










◎魔法の箱



3Dプリンターが世に出たのは、今から25年ほど前のこと。企業などで新しい製品を開発する際、その最初の試作品を作る技術として開発されたのだそうだ(最初にアイディアを出した人の一人が、日本人技術者「小玉秀男」氏)。

「だんだん欲が出てきましてね、車のボディーなんかを作ってると、もしかして、このまま走れるんじゃないの? と考える人も出始めたんです。で、F1だとか、レースの世界で実際に3Dプリンターで作ったモノが使われるようになったんです」

そう話す新野俊樹(東京大学・生産技術研究所)さんは、学生時代に3Dプリンターの虜になったのだという。



今や、印刷して生み出せる立体はプラスチック素材のものだけとは限らない。

たとえば金属の一つ、チタンの粉末にレーザー光線を当てて1,200℃以上に加熱すると、黒く焼き固まる。その上にまたチタンの粉末を乗せてレーザー光線を当てる。この繰り返しで、金属製品の造形も可能となる(その精度はなんと0.1ミリ)。

また、摩訶不思議な金属も生み出せる。たとえば、水をドンドン吸い込んでいく金属。その金属の内部には目に見えない細かな穴が無数に空いている。これは、今までの技術ではとうてい作り出せなかったモノである。



さらには、パソコンやテレビも印刷して作り出せる可能性がある。

現在、世界で最も細かい印刷ができる3Dプリンターの精度は、なんと驚きの2,000分の1ミリ。そのプリンターを用いれば、細さ500分の1ミリという極小の「電極」を作ることができる。これは普通の電極よりも遥かに微小であるため、従来よりもずっと大量の電極を並べることが可能となる(電極が多いほど電気は流れ易くなり、その分コンピューターなどはぐっと高性能になる)。

液体にした金属をスプレーのように吹き付けながら、極小の部品を「印刷」して成形し、さらにパーツごとに層を分けて吹き付ければ(1層・配線、2層・電極、3層・半導体)、電子部品を丸ごと印刷で作ることも可能なのだという。



「従来、電子部品を作る工場っていうと、ものすごく巨大な工場が必要でした。とくに半導体なんかだと凄く大きなものになるんですが、この装置(3Dプリンター)を使えば、机の上でいろんなモノが作れるようになるんです」

そう話す村田和広さんは、3Dプリンターのベンチャー企業を立ち上げ、この魔法の箱の可能性に賭けている。






◎夢の形



数学や物理学など学問の世界の中では「理想的な形」というものが知られている。それは計算によって生み出される、いわば架空の形である。

今までのモノ作りであれば、その実現は不可能だった。というのも、従来のモノ作りは主に2つの方法、一つは大きな塊から不要な部分を削り去っていく加工法(切削)、もしくは、金属の型に樹脂などを流し込んで、型を転写する方法(成形)しかなかった。

これら2つの加工法にはそれぞれ問題点がある。切削という技術では、刃物が中に入っていかない部分を削ることはできない(たとえば、曲がりくねった細かい穴などは難しい)。型成形という技術では、型から抜き出せない形は作れない。



つまり現代のモノ作りというのは、「作りたいモノ」を形にしていたわけではなく、技術的に「作れるモノ」だけを形にしていたというわけだ。

そこに登場した3Dプリンター。これまでの「作れるモノ」の範疇を超え、計算上の「理想的な形」に人類を迫らせることとなった。



たとえば、製品の強度を研究する専門家である石井恵三さんが作った「台座」。素材は強化プラスチック、外見の構造は骨ホネのスカスカ、構造体の内部も空洞である。

そんな頼りない外見でも、30kgもの重さを乗せても平気である。この台座は、従来のものよりも90%も軽量化したにも関わらず、その丈夫さはまったく変わっていないという。



コンピューター上で強度計算のシュミレーションをすれば、「無駄のない形」が割り出せる。たとえば、一枚の板の両端に力を加えてひねってみると、力が大きくかかっている部分と、ほとんど力のかかっていない部分があることが分かる。

「力のかかっていない部分は、もう材料を配置する必要がない。つまり、削っちゃっていいですよ、というところです」と石井さんは説明する。

そうして不要な部分を取り去った結果、材料が90%も節約できてしまったのだという。ただ、この理想的な形を実現するためには、3Dプリンターの登場を待たなければならなかった。従来の切削・型成形の加工方法では、とうてい実現は不可能だったのだから。






◎神様の図面



ここに、3Dプリンターで作られた「人間の骨」がある。それは頭部の骨で、その内部には血管が通るための立体的な穴が空いている。

こうした構造もまた、従来の技術では実現不可能、3Dプリンターが初めて形にしてみせたものの一つである。



「動物の骨の形っていうのは、進化の中で何万年もかけて形作られてきた、いわば『神様の図面』なんですね」と新野さん(東京大学)はしみじみ語る。

そうした神様の図面を、我々人間は長い間、形にすることができなかった。

「神様は人間が作りやすいとか、作りにくいとか、そんなことは全然気にせず、一番良いモノを作るんです。それが実現できるのが3Dプリンターなんです」






◎頂と裾野



3Dプリンターが個人にまで普及し始めた現在、その技術は雪ダルマ式に向上していくことが期待されている。

いつの時代も、人間の想像力は、その技術力を上回ってきた。幸いにも、3Dプリンターという技術は、荒唐無稽な想像をも創造できる可能性を秘めている。



たとえば、イタリアでは3Dプリンターで「家」を作ってしまった。材料は砂や土。それを家より巨大な3Dプリンターで「印刷」してしまうのだ(エンリコ・ディーニさん)。

その発想は、地球を超えて、月面にまで及ぼうとしている。

欧州宇宙機関は、月面に3Dプリンターを設置して、月の砂を使って月面基地を作ろうと計画している。いちいち月面基地の材料をロケットで地球から打ち上げていたのでは、時間も労力もとんでもないものになってしまう(1kg当たり数百万円)。ならば、3Dプリンターだけ打ち上げて、あちらの材料で作ればいい、というわけだ。



一方、個人ユーザーもその可能性の裾野を広げている。

アメリカで3Dプリンターのユーザーたちが作ったコミュニティ・サイト「Shapeways」。このサイトにアクセスすれば、世界中の誰でもが3Dデータをダウンロードできる。つまり、手元に3Dプリンターさえあれば、モノを手に入れられるということだ。



shapeways.jpg



「たとえば、このメガネが作りたいと思ったら、それをクリックするだけで、造形用のファイルがダウンロードされます」と個人ユーザーの毛利さんは説明する。

今や何百人ものユーザーが自分の作った作品をネット上に公開している(もし3Dデータを作れる人であれば、それを世界中の人々に販売することも可能)。作品はスマートフォンのケースから腕輪などのアクセサリー、ランプ・シェイドなどの家具まで多岐に及ぶ。

「3Dプリンターさえあれば、クリック一つでいつでも欲しいモノが手に入ります。今、アメリカなどではこうしたサイトがいくつも登場しているんです。服や靴だって、ダウンロードして作れちゃうんです」










◎パンドラの箱



もし、3Dプリンターを通して、世界のモノが行き交うこととなれば、それは従来の「製造して流通させて販売する」という社会のシステムを一蹴してしまうかもしれない。

飛び交うのはデジタル・データのみ。それは一瞬で世界中を飛んでいける。

社会が変われば、生活も変わる。そして人の生き方をも変えてしまうかもしれない。







ところが、アメリカなどではすでに「事件」も起きている。

実際に発射できる銃のデータがネット上に流れ、それをダウンロードできることが問題になったのだ。銃の規制はあるものの、それを自分の家の3Dプリンターで「印刷」して悪いという法はなかった。

また、海賊版などの問題もある。有名デザイナーの作品のデータが、その権利を無視して世界中に流布される恐れがあるかもしれない。



強い光が生み出す、ひときわ暗い陰。

光のもとでは「魔法の箱」に見える3Dプリンターも、陰の中では「パンドラの箱」にも見えてくる。



「ただ僕は、やっぱり『魔法の箱』であって欲しいと思っています」

新野さん(東京大学)は、そう願う。

「それを『パンドラの箱』にするか、『魔法の箱』にするかは、私たち人間の叡智なんじゃないでしょうか?」



確かにモノ作りは進化した。

そして今度は、私たち人類が進化する番なのかもしれない…。







(了)






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出典:NHKサイエンスZERO
「3Dプリンター 魔法の箱の真骨頂」

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2013年04月03日

ロボットが東大に入れるために…。宮尾祐介


「宮尾さん、ロボットは東大に入れますかねぇ?」

廊下でのスレ違いざま、同僚教授から唐突にそんなことを聞かれた。



「入れるんじゃないですか」

その時、宮尾祐介(みやお・ゆうすけ)氏は気軽にそう返した。



以来、宮尾氏の頭の片隅には、この短い会話がこびり付き、そしてプロジェクトが始まった。

題して「ロボットは東大に入れるか」。

2016年までにセンター試験で高得点をとり、2021年までに東大合格を目指す。



◎問題となる問題文


ロボットにとって、世界史や日本史などの「暗記科目」は問題がないように思われた。

しかし、どの教科においてもロボットは「問題文」を理解し損ね、トンチンカンな回答をすることが少なくなかった。



たとえば2009年のセンター試験には、4つの文から正しいものを一つ選ぶ設問があった。

正解は「イェニチェリは、オスマン帝国の常備軍であった」の一文。

ところで、ロボットの諳んじていた教科書にはこう書かれてあった。「イェニチェリ軍団は、軍楽隊、大砲隊、鉄砲隊などをそなえた皇帝直属の常備軍で…」。



もし、人間の頭が教科書の文を理解していたのならば、正答の文を選択することは難しくない。ところが、ロボットの「固い頭」にとっては容易ならざることである。

カギとなるのは、教科書にある「皇帝直属の常備軍」が、試験文の「オスマン帝国の常備軍」と同じ意味だということを理解することだが、固い頭にはそれが出来なかった。

曖昧さを許さないロボットの頭は、「同じである」という判断が厳しくなりすぎるのだ。



◎「同じ」に潜む複雑さ


センター試験という小難しい場面を借りずとも、ロボットは簡単な日常会話からミスを犯してしまう。

たとえば、「犬に風邪薬を飲ませると貧血状態になる」という文と、「うちのプードルが風邪薬を食べたら病気になる」という2つの文の意味がザックリ言って同じであることを、人間の頭は無意識に理解している。要は、「犬に風邪薬はやるな」と言いたいのであろう、と。

つまり、たとえ表現が異なろうとも、人の頭は「より大きな意味」を簡単に見抜くことができるのだ。



さて、ではロボットは?

上記2つの文で明らかに共通する単語は「風邪薬」のみ。はたしてロボットは、「犬」と「うちのプードル」、もしくは「貧血状態」と「病気」が同じことを意味しているのを理解できるのだろうか。

「これをコンピューターにやらせようとすると、途方もなく難しい」と宮尾氏。



「犬」は「プードル」を含む上位の単語(犬 >= プードル)。文法的には「含意関係」という。「病気」と「貧血状態」との関係も同様である(病気 >= 貧血状態)。

こうした含意関係の判断にコンピューターは思い悩む。じゃあどうやって、それをコンピューターに教えれば良いのか?



◎コンピューターの道


コンピューターの理解する言葉と、人間のそれとでは明らかに異なる。それでも、両者のカベは「ここ10年で格段に低くなった」。

それはコンピューターが人間の言葉に擦り寄ってきたからではなく、逆に「コンピューターらしさ」をとことん追求した結果である。



「大量の文書データを解析し、単語の使われ方から規則性を学習して文章を作り上げる。そうしたコンピューターならではの手法に転換した点に、成功の最大の理由がある(日経サイエンス)」

つまり、コンピューターは人間からより離れることによって、人間の言葉に近づいて来たわけである。



それでも、ロボットを東大に入れたいと思う宮尾氏は、あえて人間に教えるようにロボットにも人間の言葉を教えたいと思っている。

「意味が同じかどうかを判断するための『ルール』は存在します。人間は2つの文章の意味が同じであることを、後付けにせよ説明できるのですから、そこに何らかの『ルール』があるのです」

そのルールをロボットに教えれば、きっとロボットも人間のように、「異なる表現で書かれた2つの文の意味が同じかどうか」を認識できるようになる、と宮尾氏は考えている。



しかし、われわれ人間ですら、まだその「ルール」をはっきりとは知らない。宮尾氏が「意味の文法」と呼ぶそのルールは、まだ「形の見えないルール」なのである。

「せめてそれくらいは、人間の知能の働きを理解したいんです」

そう微笑む宮尾氏は、コンピューターを「コンピューターの道」ではなく、迂遠にも思われる「人間の道」へと導こうとしているかのようである。



◎機械学習


宮尾氏はもともと、「言葉」に興味があったわけではないという。

ゲームのプログラミングからその道へ入り、それが昂じてコンピューター科学の道へと進んだというのだ(現在、国立情報学研究所・准教授)。



むしろ、宮尾氏は言語が苦手でもあったのだ。

「英語が嫌いだったので、機械に翻訳して欲しいなと思って(笑)」

そんな軽い気持ちから自然言語処理の研究を始めた宮尾氏。助教だった時に英語構文の解析プログラム「Enju」を開発。その精度は90%と極めて高く、一躍業界に名を知られることとなった。



「構文解析は比較的やりやすかったです」と宮尾氏は話す。

その手の文法理論は、すでに言語学の世界で複数確立している。宮尾氏がやったことは、数万にものぼる文のデータベースにアクセスして、そこから「機械学習」によって各単語の出現頻度や用例などを解析することであった。それはまさにコンピューター的な仕事であった。



ところが、そうしたコンピューター的な構文解析に比べて、「文の意味」をコンピューターに理解させるのは「ずっと難しかった」。

「構造の文法に相当するものが、『意味の世界』ではまだ出来ていないからです」と宮尾氏は言う。

「意味の世界」は未だ闇の中。ゆえにそこに明らかな道はない。それは人にとっても、ロボットにとっても…。



◎ 含意関係の下位


「2つの文の意味が同じかどうかを判断する」というのは、人間の言語理解のほんの入り口にすぎない。その判断は、人間ならば造作もない基本中の基本である。

しかし、それをコンピューターは巧く出来ない。「一生かけて実現できるかどうかも分からない」と宮尾氏は言う。

そもそもコンピューターというのは人間が作ったものであるから、両者の間には「人間 > コンピューター」という含意関係が部分的にも成り立つ(暗記分野では逆転するかもしれないが…)。つまり、人間の限界よりもコンピューターのそれの方が早く訪れることになる。



そして、人間の言葉というものも、もともとはある種の「思考」から生まれてくるものであろうから、「思考 >= 言語」という含意関係が存在する(誰しも、自分の想いを正確には言葉に出来ないものである)。

人間の思考は、言葉で表すことができないほど広大無辺の感覚であろが、コンピューターにとっての思考は、プログラムという言語の中に限定されている。この点、コンピューターの思考は人間的なそれとは趣を異にする。含意関係が異なっているのである(コンピューターの思考 = コンピューター言語)。

つまり、コンピューターは様々な面で、どうしても含意関係の「下位」に置かれてしまうのであった。



◎曖昧かつ正確


「意味の大きさ」の広がりを理解できない限り、コンピューターは表面的な表現の違いに惑わされてしまう。その結果、同じ意味の文であろうとも、その意味を取り違えてしまう。

単語の意味は上下の関係(含意関係)もあれば、横のつながり(同義語・類語)もある。「似た意味の言葉」は縦にも横にも縦横無尽に連なっているのだ。

コンピューター的には、それらの違いを各個撃破、シラミ潰しに攻略したいところであろう。しかし、「意味の世界」は途轍もなく広い。それゆえ、宮尾氏はその根底に共通するであろう「ルール(法)」を探したいとも考えたのであった。きっとその方が近道だ、と。



コンピューター的な道は、物事を小さく小さく切り刻んで、もう小さくできないというところまで行き着かない限りは、間違いを犯す危険性はなくならないだろう。

一方、人間はそうした細かい分析をせずとも、物事を大きく大きく解釈していき、どんどんと曖昧にしていくこともできる。そして、意味を取り違えなくすることもできるのだ。



◎空


ところで、人間が作ったのがコンピューターだとしたら、人間を作ったのは何モノか?

もし、そうした大きな存在がいるのであれば、人間はその含意関係において下位に位置することになるのかもしれない。



そうした大きな眼から観れば、人間とて「同じ意味の文の違いが分からないコンピューター」を笑えない。

手を変え品を変えて歴史が繰り返してきたのは、人間が「表面的な意味合い」に振り回されてきたからではなかろうか。



般若心経には、こんな文句がある。

「不生不滅・不垢不浄・不増不減」

つまり、物事は生まれもしなければ死にもしない、キレイも汚いもなく、増えも減りもしないのだ、と。



ここまで意味の世界を広げられてしまうと、物事の「違い」は霧消してしまい、それこそ「色即是空」、何にもないのに全てがある、というあらゆる矛盾を包括する世界になってしまう。

達磨大師は中国の皇帝に問われた時、「廓然無聖(かくねん・むしょう)」と答えている。達磨大師の世界はかくも無辺であり、そこには聖なるものもクソもなくなっていたのである。

さすがに、一般的な人間にとって、そこまで意味を広げられてしまうと、取り付く島がなくなってしまう。それでも、「その外側が存在しなくなるほど大なるもの」が存在するという認識は、小さな理解の一助ともなろう。



◎人間らしさ


山頭火いわく、「実景に価値なし。実情に価値あり」。

目の前に現ずる景色に価値があるのではなく、その景色に触発させる想い(情)にこそ価値がある、と彼は言った。



「意味の世界」を超えてしまえば、理由は必要なくなる(no meaning, no reason)。

言葉というのは、言葉そのものを超えていくための踏み台としても使える。

歌人などの芸術家は、きっとその先へ行ってしまったのだ。



もし、コンピューターがその内側がなくなるほど世界を細かく理解しようとしているのならば、人間にはその真逆の道を歩む才能があるのだろう。言葉の中へ中へと入り込んでいくのではなく、その外へ外へと展開する能力が。

大樹の育む無数の葉を一枚一枚数えることも楽しいことかもしれない。その一方で、小枝から大枝、そして幹へとたどって行く面白さもある。

「大きな意味」を掴み損ねるコンピューターはきっと、一枚一枚の葉っぱを数えることに長けているのだろう。一方の人間は、その大元となる太い幹の存在を理解でき、見えない根っこの存在までをも意識することができる。



多様化する一方の現代社会。そこに現出する相は多岐を極める。

その一つ一つを知ることなど、おおよそ不可能なことにも思われる。だが、その表相は異なれども、意味するところは同じという現象も少なくないのかもしれない。



おそらく人間はそうした大意を知ることができる。

そして、それこそが「人間らしさ」なのかもしれない…。







(了)



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出典:日経サイエンス2012年5月号
「文意が同じかどうかがわかるコンピューターを作る 宮尾祐介」

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2013年04月01日

神か怪物か? ブロッケン現象のつくる「後光」


「最も驚いたのは、頭の影の周りに色鮮やかな『光輪』が現れたことだ」

パンバマルカ山(エクアドル)に登ったフランスの科学調査隊は、自分たちの頭の影の周りに「神や聖人の肖像画に描かれるような後光」を見ていた。

その光輪は、雲が消えて朝日が差しはじめた瞬間に現れたので、よけいに神々しく思われた。



「その場にいた6〜7人は、各自の頭の影の周囲だけにこの現象を観察し、他人の頭の影の周りには何も見えなかった」

なんとも不思議なことに、皆それぞれが自分の光輪だけしか見えなかった。

全員それぞれの影の周りには、それぞれの光輪があったにも関わらず、隣の人の光輪は決して見えなかったのだ。



彼らの見た「虹のリング」のような光輪。

それは現在、「ブロッケン現象」として知られるものであり、それを初めて報告したのが、彼らフランス隊であった。



◎神まかせ、力まかせ


ブロッケン現象は「この世の始まりからあったに違いない」。

しかしながら、この現象の解明は「科学者にとって何百年にもわたる難題」となった。

「虹という現象も、物理学の入門的な教科書から考えつくよりも遥かに複雑だが、それでもブロッケン現象に比べればかなり単純だ(ナッセンツバイク)」



説明のつかぬことは「神まかせ」。ブロッケン現象を「神さまの後光」として神棚に祀ってしまう学者もいた。

その一方、ドイツの物理学者「ミー(Gustav Mie)」のように、「力まかせ」の説明をなす学者もいた。



当時、水滴による光の散乱について正確な方程式を書き下していたミー。

しかし、「ミー散乱」と呼ばれる方程式には、部分波という項を無限に足し合わせる必要があった。

なるほど、悪魔は細部に宿っていた。それはスーパーコンピューターなしには、到底不可能な理論であったのだ。



◎光の屈折


ブロッケン現象は「神さまの御光」なのか、それとも「妖怪の影」なのか?

学者たちによる「力ずくの数値計算」は続いた。そして不幸にも、その強引さがいよいよブロッケンの光輪(glory)を歪めていくことになる。



虹と同一視されていたブロッケン現象は、当初、「水滴内の光の反射」によるものと思われていた。

水滴内に入った光線は、まるでビリヤード台上の球のように、水滴内部の壁に当たるたびに反射を繰り返す。たとえば虹は、そうした反射の結果として現れるものである。



光は水滴に入るときや出ていくとき、「屈折」によって曲げられる。水のささやかな抵抗が光の進行角度を変えるからである。

水中での光の屈折率は1.33。この小さい数字では、元の方向から14°の向きに跳ね返せるのがせいぜい。これではブロッケン現象を説明しきれない。



ブロッケン現象の特異性は、光の後方散乱、つまり日光が180°近く反射されることにある。

自分の影に光輪が現れるのは、自分の真後ろ(180°)に太陽が位置するからであり、その真後ろからの光を水滴が真正面(180°)に跳ね返すからである。

その角度が甘ければ、ブロッケンの光輪は現れない、というか自分には見えない。だから、隣の人の光輪は見えないのである。



残念ながら、14°という水のささやかすぎる抵抗では、入射したのとほぼ同じ方向(180°)に光は戻れない。

たとえ戻れたとしても、その光は弱まりすぎていて、とても光輪をなすほどの力は残されていない。



◎14°の溝


ファン・デ・フロストは1957年、文字通り「光を曲げて考えた」。

水滴の阻む「14°の溝」を埋めるために、光線を「カーブ」させたのだ。



水滴の表面ギリギリをかすめるように当たる光線(水滴球の接線)は、その水滴表面をかすめる時に、電磁気的な力によりカーブする、とフロストは考えた。

水滴の外周に沿ってわずかに光線がカーブすることによって、「14°のカベ」は確かに超えることができた。より角度がついたのだ。

そして、確かにこの現象は水滴表面で起こっていた。



しかし悲しいかな、そのエネルギーはあまりにも小さく、ブロッケンの光輪全体のエネルギー総量からすると、ほんの一部の光にすぎなかった。

どうやら、ブロッケン現象を説明するには、もっと大胆な「思考の飛躍」が必要なようであった。



◎トンネリング


さて、いきなり答えから言うと、ブロッケン現象は現在、「トンネリング」と呼ばれる不思議な現象を伴うものだとされている。

それまでの学者たちは、水滴内に入る光にばかり囚われていた。そして、それでは説明がつかないために、力づくにもならざるを得なかった。

ところが実際は、「水滴中を通っていない光」によってブロッケン現象は起きていた。



「そんなバカな!? 水滴の外を通過する光が、いったいどうして水滴に影響を与えられるというのか?」

頭の固い連中はそう憤った。しかし、それがトンネリングという薄気味悪い現象なのである。



電磁場には境界面を超えて滲み出す「エバネッセント波」というものが存在する。たとえ実際に触れていなくとも表面ギリギリのところを何かがピリピリと振動しているのである。

そこにはあたかも「見えないトンネル」があるようであり、どうやら、光はそのトンネルをスリ抜けることができるらしい。

ちなみに「ニュートン環」と知られる現象は、レンズとガラス板が接触していなくとも、光の一部がその隙間を飛び越えて起こる現象である(その応用はタッチスクリーンにもつながる)。



◎共鳴


トンネリングが生じるのは、界面の「すぐそば」。可視光ならば0.5μmと離れてはならない。

水滴球の縁ごく近くをかすめる光は、見えないトンネルを通って、接触していない水滴内部に入り込める。

トンネルを通って水滴に入り込んだ光が十分に浅い角度である場合、その光は水滴内部で全反射されて、水滴内部に閉じ込められたような状態になる。



すると、「ささやきの回廊」でささやいた小声が、湾曲した壁に沿って何度も反射しながらその音を強めていくように、水滴内部を何度も反射した光は不思議とその力を強めていく。

これは「ミー共鳴」という現象であり、ブランコをそれ自体がもつ固有振動数に合わせてタイミングよく押すと、どんどんと揺れが大きくなる現象と似たものである。

共鳴とは「息が合った」ということであり、それは他者との振動数が一致したということでもある。



◎教え


こうして一通りブロッケン現象を眺めてみると、それはまるで「仏の教え」のようにも思えてくる。

いわゆる「自力」と「他力」のような話である。



水滴内部に直接入る光だけでブロッケン現象を紐解こうとした姿勢は「自力」のそれに近いであろう。

わかってみれば、ブロッケン現象には水滴に直接触れていないダークホースのような力が必要とされていたわけだが、不思議なトンネルを通ってくるその光は「他力」のようなものである。



浄土真宗という宗教は「他力」を教える。

他力というのは「阿弥陀仏の力」のことであり、「南無阿弥陀仏」と唱えるのは、その力に「すべてをまかせる(南無)」ためだという。

生きているのは自分の力ばかりではない、他の力にも生かされているということを開祖・親鸞は教えたのであった。



水滴内に囚われれば囚われるほどに、その論は力づくとならざるを得ず、事実を歪めてまで正当化するハメに陥ってしまった。

しかし、その水滴そのものから離れることで道は開けた。その囚われていたすぐそばに、救いの手となったトンネルが口を開けていたのである。

トンネリングという現象は凡人には理解不能であるものの、それは現実社会にテクノロジーとして実用化されるくらいには解明されている(それでも物理学においては、いまだ神秘的な現象の一つではあるが…)。



ブロッケン現象を説明するもう一つの決め手となった「共鳴」という現象もまた示唆的である。

通常、水滴内で跳ね返る光は、跳ね返るたびに力を弱めていくものだ。ところが、ある振動数においては逆に、跳ね返るほどに光の輝きを増していくこともあったのだ。

自力的な光の反射は消耗につながるものの、他力的なそれはじつに生産的になったのである。それはたとえば、使えば使うほど増えていくエネルギーのようなものであろう(それがおカネであったら…)。

なんという好循環。

なんという他力の有り難さ…!







◎カン違い


人々が、ブロッケンの光の輪に「神や仏」を見たのは必然であるように思われる。

はたして古代の人々は、それを本当に後光として描き残したのであろうか。



見た目に明確なブロッケンの光輪は、そうそうお目にかかれるものではない。

ただ、その現象は霧の中ならば至る所で起こっているともいわれている。それを目にできるか否かは、その光を映し出すスクリーンとなる雲や霧が眼前にあるかどうか、自分の立ち位置が正確に太陽を背にしているかどうか(180°)にかかっている。

それはあたかも「悟り」はすぐそばにありながらも、条件がそろわない限り、それにまったく気づくことができないかのようである(闇雲に求めるものが、そこにあるという皮肉にはうんざりするほどだ。それは頭上のメガネか?)。



もし、山頂に立った自分の影が眼下の雲海に映し出された時、自分の頭の周りにブロッケンの光輪を見たらどう思うのだろう。

神を見たように思うのだろうか?

さらにその御光が隣りの人には見えず、自分の周りにばかり見えたとしたら…。

自分が選ばれし者と思うのだろうか?







ブロッケン現象には、そこに「ささやかな戒め」もあるように思われる。

自惚(うぬぼ)れさせておきながらも、「自惚れるな」と…。



その光の輪をよく見てみるといい。太陽や月の周りにできる「暈(かさ)」とはきっと違うから。

「その内側が青いだろ?」



もし、ブロッケンの生み出す光輪に自惚れるとしたら、その人は神の光輪とは真逆の怪物の姿を見てしまうのかもしれない。

ドイツにあるブロッケン山には怪物が棲むと云われ、それはドッペルゲンガーと呼ばれる魔物であった。何にでもソックリそのままに化けられるというその怪物に、人々はすっかり騙される。



英語で言う「二重(double)」とは、この怪物の名前でもあるドッペル(doppel)から来ている。

ブロッケン現象が「ブロッケンの怪物」と異名をとるのも、もっともな話だ。

神がすぐ隣りにいるのならば、悪魔もまたそこに重なっていたのである…!







(了)



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出典:日経 サイエンス 2012年 04月号 [雑誌]
「ブロッケン現象の科学」

posted by 四代目 at 06:14| Comment(0) | サイエンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする