2011年10月09日

次々と解明される「食」の放射能汚染のメカニズム。その最新報告より。


福島第一原発の「放射能」事故から、およそ7ヶ月。

放射能「汚染」の実態・メカニズムが徐々に明らかになりつつある。

汚染の中でも、日本国民の最大の関心事は「食の放射能汚染」であろう。今回は、「コメ」「お茶」「キノコ」の3つのケースで、汚染のメカニズムを見ていきたい。

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幸いにも、日本人の命の糧(かて)である「おコメ」からはほとんど放射性物質は検出されなかった。

なぜだろう?

それは、コメが育つ「土壌」に秘密があった。



コメが育つ土とは、田んぼの「ドロ(粘土)」である。

土の分類の一つに「粒子の大きさ」による分類がある。細かい順に、「泥 → 砂 → 礫(れき)」となる。

泥(粘土)には、その細かい粒子の内部に放射性物質を抱え込める構造(溝のようなもの)があり、泥の中の放射性物質は植物に吸収されにくいのだという。

つまり、田んぼの放射性物質を稲(コメ)はそれほど吸い上げることがない。それは、泥(粘土)が自分の内部に放射性物質を抱え込んで離さないためである。

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土の放射性物質を植物がどれほど吸収するかを示す指標に「移行係数」というものがある。

もし、土の汚染値が「100」で、その内の「10」が植物に吸い上げられるとすれば、移行係数は「0.1」ということになる。この値は、土の放射性物質の10%が植物に移行することを示す。



従来、稲(コメ)の移行係数は「0.1(10%)」と考えられてきた。

ところが、実地試験の結果は「0.0008〜0.017」。土の放射性物質の「0.08〜1.7%」しか稲(コメ)に吸収されないことが判明した(想定の58分の1〜1,250分の1)。

さらに、泥の持つ特異な構造から、田んぼがドロドロ(粘土質)のほうが稲は放射性物質を吸い上げにくい。

つまり、移行係数が0.0008〜0.017しかない稲からは、基準値(500ベクレル)を超える汚染はまず検出されないことになる。



今回、山中の棚田から基準値を超えるコメが見つかったが、この棚田の土質はより「砂混じり」だったのだという(砂からのほうが植物に放射性物質が移行しやすい)。

加えて、森林が近くにあるほうが放射性物質の濃度が高くなりやすいのである(後述)。



次に「お茶」を見てみよう。

関東地域のお茶からは基準値を超える汚染が多数検出されている。

原発から200kmも300kmも離れているのになぜ?



それは、汚染の風が流れてきた時期に、お茶が葉っぱを茂らせていたことに原因があった(お茶は落葉しない常緑樹)。

お茶の葉っぱが放射性物質をキャッチしてしまい、その葉面から吸収された放射性物質は、新芽にまで移行してしまったのだ。

もし、お茶が冬に葉っぱを落とす落葉樹であれば、放射性物質が検出されることはなかったかもしれない。

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しかし、落葉樹である果樹の「果物」からも放射性物質は検出されている。

それはなぜか?

葉っぱはなくとも、幹などに付着した放射性物質が樹内を巡って、果実にまで及んだものと考えられている。

そのため、来年度の対策として樹皮を削り取る(9割の除去が可)、樹皮を高圧洗浄機で洗浄する(5割の除去が可)ことなどがすでに行われている。



最後に「キノコ」。

野生のキノコの汚染が散見される原因は、キノコが「土の表面」から養分を吸収するからだと見られている。

放射性物質は土中深く潜ることはない。せいぜい地表から5cm程度までしか汚染しない。

キノコは植物のような根を持たず、菌糸と呼ばれる白い糸のようなものを地表浅く広げる。そのため、キノコは表面に溜まった放射性物質をことさら吸収してしまうのである。



さらに悪いことには、キノコには「菌根菌」というものがあり、この菌を介して樹木と共生している。

つまり、キノコの集めた放射性物質は、菌根菌を介して樹木に移行することになる。

樹木に移行した放射性物質は葉っぱに溜まり、秋には落葉する。落葉した葉からキノコへ放射性物質が移る……。こうした循環により、森林では長らく放射性物質を抱え込み続けることになる。

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チェルノブイリの汚染地でも、いまだ森林の汚染濃度は高い。

それは、森林のもつ割りと閉鎖的な循環システムにその原因があると考えられている。

前述した山中の棚田のコメから基準値を超える汚染が見つかったのも、こうした森林のシステムの結果と考えられる。



福島で事故の起きた季節は、基本的に西から東へと風が吹く日が多いはずであった(偏西風)。つまり、放射能の雲は太平洋へと流れていくはずだった。

ところが、どういうわけか風は東から南のほうへと吹き、福島よりも南西にある関東地域へと放射性物質を運んでしまった。

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神様の気まぐれなサイコロは、思わぬ風を起こしたことになる。



汚染地域が列島の広範囲に及んだことは不幸なことではあったものの、その汚染が比較的軽度であったことは幸いであった。

今までは、飛散した放射性物質が植物体の表面に付着した汚染が主だったが、表面の放射性物質が流れ落ちてしまえば、今度は土中の放射性物質を植物がどれほど吸い上げるかが問題となる。

各種の作物の移行係数が明らかになってみると、今後、食物への放射性物質の移行は軽微であると考えられる。

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不明な点が多かったため、必要以上に恐れられていた放射能汚染も、研究が進展するにつれ正確に恐れられるようになってきた。

福島の事故は手痛い失敗であったものの、ただでは起きず放射能汚染の実態・メカニズムが明らかになっていくのは有難いことである。

日本の研究成果は、世界的にも価値の高いものとなることだろう。




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出典:サイエンスZERO
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2011年09月28日

広島・長崎、そして「第五福竜丸」。被曝の宿命を背負い続ける日本国民。


日本国民は世界で唯一「原爆」と「水爆」の両方に被爆(被曝)した国民である。

「原爆(原子爆弾)」は、アメリカによる広島・長崎への直接投下(1945)。

「水爆(水素爆弾)」は、アメリカによる水爆実験の余波を被った。この時に被曝したのが「第五福竜丸」である(1954)。



その時、第五福竜丸は「マグロ」を追いかけて、太平洋の遥か遠く「ビキニ環礁」まで漕ぎ出していた。

「ピカドン(原爆)だ!」、ある乗組員は叫んだ。鮮烈な光(ピカ)を目にし、爆音(ドン)を聞いたのである(3月1日)。

その数時間後、空一面を覆っていた怪しげな雲から、パラパラと灰のようなものが降ってくる。そして、その白い灰はみるみる船の甲板へと降り積もった。



当然、乗組員たちも灰にまみれた。後に分かることではあるが、これこそが「死の灰(放射性のチリ)」であった。

その灰のかかった部分は火傷のように痛んだ。さらには、灰を吸い込んでしまったためか、顔がドス黒くなり、歯グキからは血が滲んだという。

これらは、典型的な「急性放射線症状」であった。

広島・長崎の悲劇から10年も経たずして、またしても日本国民は被曝させられたのである(1954)。



第五福竜丸は「安全水域」で操業していたはずだった。

アメリカの水爆実験が行われていた「ビキニ環礁」は160kmも遠方にあった(福島第一からは宇都宮以上の距離がある)。

しかし、アメリカ(ロスアラモス研究所)は水爆の規模を読み間違えていた。当初、「4〜8メガトン」程度と見積もられていた水爆(ブラボー)の破壊力は、実際にはその3倍近いの「15メガトン」に達した。



そのため、安全とされていた水域にまで被害は及び、第五福竜丸の他にも「数百隻の船と約2万人」が被曝したとされている。

予想をはるかに超えた大爆発は、実験を行った島を跡形もなく吹き飛ばし、残されたのは2kmにも及ぶ巨大クレーターだけだった(海底120mまでえぐられていた)。

その破壊力たるや、広島・長崎の原爆の1,000倍もあったという。



被曝後、第五福竜丸はSOS信号を出さなかった(被曝の事実を隠蔽しようとするアメリカ軍による攻撃を恐れたためとも言われている。他の船も同様の措置を取った)。

第五福竜丸は被曝した身を引きずりながら、およそ2週間後に日本(焼津)にようやく帰り着く(3月14日)。

被曝した乗組員は急遽都内の病院(東京大学附属病院)へと搬送された。「急性放射能症」と診断された乗組員たちは、骨髄細胞が半分になっていたり、著しい白血球の減少がみられたりした。

そして、本来なら喜ばれるはずマグロは「原爆マグロ」と皆に恐れられることに…。



そのおよそ半年後(9月23日)、必死の救命実らず、久保山愛吉氏が「肝臓障害」で亡くなった。

「原水爆の犠牲者は、私で最後にして欲しい。」との遺言であった。

日本人医師団は久保山氏の死因を「放射能症」と発表。ところが、アメリカは「治療には日本人医師団の『手落ち』があった」と指摘し、「死因は放射能ではない」との姿勢を貫いた(現在に至るまで公式に認めたことはない)。



第五福竜丸に対するアメリカの態度は一貫して「無慈悲」である。

「日本人の好ましくない態度」を相殺するための行動計画を作成し、第五福竜丸は「危険水域にいた」とする見解を発表したり、同船は「核実験のスパイであった」とまで疑った。

日本政府からは「アメリカの責任を追求しない」という確約を得て、アメリカは「自国に法的責任がない」ことを強調した(日本政府にもそれなりの事情があった。後述)。



広島・長崎に次ぐ被曝に、日本人は心底憤(いきどお)った。

世界に広がる「反核運動」は、この時に東京(杉並区)の主婦たちが立ち上がったことにより始まった。

「仕方がないよ」と諦めきった夫に憤慨したある主婦が、またたく間に3,000万人の署名を集めてしまったのだ。この反核運動が世界水爆禁止大会(1955)につながり、世界中から6億人もの署名を集めることとなる。



さすがのアメリカも世界の波に押される形で、日本へ200万ドル(約7億2,000万円)支払うことを同意する。

しかし、このお金は「賠償金」ではなく、「好意による(ex gratia)見舞金」であることを強調した。あくまでも自国には責任がないという態度を貫いたのである。



当時の時代背景として、アメリカとソ連による熾烈な「核軍拡」競争があった。

「ビキニ環礁」での核実験は、水爆の小型化でソ連に先を行かれてしまっていたアメリカの焦りもあった。そのため、第五福竜丸などの被曝後も、計6回に及ぶ水爆実験(キャッスル作戦)は予定通り行われた。

そして、世界的な反核運動とは裏腹に、この後も核実験は爆発的に増えてゆく。



第五福竜丸が被曝した「ビキニ環礁」では、計67回もの核実験が行われている。

現在でも放射線濃度が高すぎて、人が住める状況にはない。周辺海域のサンゴ礁に関しても28種が絶滅したとされ、「負の世界遺産」にまで指定された(2010)。

負の世界遺産とは、人類の犯した誤ちを後世に繰り返さないよう肝に銘じるものであり、他には「アウシュビッツ収容所(ユダヤ人虐殺)」、「原爆ドーム(広島)」などがある。



話を戻そう。

この頃、アメリカの核を容認する形で、日本政府も自国での「原子力発電」に乗り出していた(第五福竜丸の被曝直前)。

そのため、日本政府にとっても国内の反核運動はまことに都合が悪い。日本政府は灯りかけた原発の火が消えてしまうことを恐れていた。

結局、日本人の反核感情とは裏腹に、日本政府はアメリカと共同歩調を維持していくことになる。



第五福竜丸の乗組員に支払われた慰謝料は、一人当たりわずか200万円だったという。

とてもではないが、彼らの受けた損害を償えるものではなかった。

被曝した乗組員たちの背負った十字架は、重く重く彼らにのしかかり続けた。この200万円を受け取ってしまったがゆえに、その苦しみは一層重みを増した。



放射能を浴びたという「世間の偏見」、慰謝料に対する「世間の妬(ねた)み」……。

テレビには「被曝者のところには絶対にお嫁に行きたくありません」と発言する女性が映し出されたり、風評被害を受けた漁業関係者から「オレも死の灰を浴びればよかった」と皮肉られたり……。



第五福竜丸の被曝により亡くなった久保山氏の妻・「すず」さんはとりわけ苦しんだ。

子供の「自転車ひとつ買ってやったときでも妬(ねた)まれた」という。結局、地元の学校に通わせることすらできなくなった。

それでも彼女は、請われるたびに反核運動に協力した。彼女は世界で唯一の水爆犠牲者の妻なのである。



彼女の想いは純粋に反核を願うものだった。

しかし、その想いを恣意的に利用しようとする人たちもいた。社会党や共産党が彼女を奪い合ったりもしたという。

それでも彼女は自分の意志を貫くことに迷いはなかった。



第五福竜丸の事件は、良かれ悪しかれ日本に多くのものを残した。

その教訓は、今回の福島第一原発の放射能事故においても十分に活かすことができるものであろう。



今回も50年以上前と同じような状況が展開されている。

風評被害、反核運動、賠償問題、被曝者差別、国家の対応の是非……。

歴史はまた繰り返すのか?



捨て去られる運命にあった第五福竜丸は、しばらくの間「ゴミ」と一緒に打ち捨てられていた。

その悲しい姿を見かねたある青年は、第五福竜丸を救うべく新聞に投書する。

「決して忘れてはいけない証(あかし)。

原爆ドームを守った私たちの力でこの船を守ろう。

平和を願う私たちの心を一つにするきっかけとして。」

ゴミの山から救い出された第五福竜丸は、今も大事に東京・夢の島で展示されている。



福島の放射能事故への対応を的確に行うためには、第五福竜丸は忘れてはならない存在である。

これは、事故関係者や政府だけではなく、被曝という宿命を負った日本国民一人一人が肝に銘じるべき問題であろう。



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2011年08月30日

放射能レポート「福島・二本松」。まだある知られざる汚染地域。

今回の現場は、福島県「二本松市」。

この地域は、福島原発から約60kmほど離れている。もちろん「避難区域」にも指定されていない。

ところが、今回の調査によって「放射線量」の高いホットスポットが発見された。

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どれほど、放射線量が高かったかのか?

放射線量の限度は、年間1ミリシーベルトとされているが、二本松市の「南杉田地区」では、その倍以上の値が検出された。

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このレベルは、チェルノブイリ原発事故では、間違いなく「移住」を指示されるレベルであった。

南杉田地区は「阿武隈川」に沿うように位置しているため、水を介して汚染が蓄積してしまったのではないかと推測された。



放射能による汚染は、決して均一に広がるわけではなく、飛び飛びで汚染の激しい地区が存在したりする。それは、放射性物質が「風雨」の影響を大きく受けるためである。

そのため、汚染の実態を調査するためには、「虫の目」で見るように、家一軒一軒を調査する必要があるのだという。

今回重点的に調査された渡邊さん一家の例を見てみよう。



渡邊さんの家には、今年生まれたばかりの赤ちゃんがいるため、ご両親はことのほか放射能のことを気にかけていた。

小さな子供は「放射能弱者」とされ、放射線の影響を大人の3倍受けてしまう。

一般的に、建物内は放射線量が減るとされている。コンクリートの建物であれば「5分の1」、木造家屋であれば「2分の1」といった具合である。

ところが、今回の調査では、一日中「家の中」にいる赤ちゃんと、一日中「外の畑」にいるおばあちゃんも、受ける放射線量はほとんど変わらなかった。

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一週間の調査をへて、放射線による被曝量は「年間3.3ミリシーベルト」という結果が出た。基準値とされる年間1ミリシーベルトの3倍以上の値となってしまった。

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同じ地区の小学校では、5月に校庭の除染(放射性物質を取り除く作業)が行われていた。

しかし、それでも外(校庭)で活動していた「野球部」の子供のほうが、体育館の中の「バスケ部」の子供よりも、「内部被曝」の数値は2倍近く高かった。

さらに、小学校への通学路を調べてみると、2マイクロシーベルトを超えて汚染されている箇所が少なくなかった。

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この調査結果を受け、二本松市長の「三保恵一」氏は語る。

「必ずや、除染します。

本来、国や東電がやるべきことだと思いますが、待っていられません。」



どうすれば、放射線物質は取り除くことができるのか?

先の渡邊家において、民間による除染が試みられた。

まず、家の周りの「土を5cm」削り取る。放射性物質の99%は、表面から地下5cmの間に集中しているという。

この家の庭には、除草のためにカーペットが敷いてある場所があったのだが、その場所だけは、カーペットを剥がすだけで放射線量がガクンと減った。

次に、屋根を徹底的に洗浄する。「雨で放射性物質は流れ落ちるのではないか?」とも思うのだが、ブラシでゴシゴシこするか、高圧洗浄機で強力に洗浄しない限りは、屋根の放射性物質は除去できないのだという。

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特に放射性物質が溜まりやすいのが、「雨どい」である。ここに溜まった泥から、この家で最大レベルの放射線量が検出された。

この家では、一階よりも二階の部屋のほうが放射線量が高かったのだが、その原因は屋根や雨どいに蓄積された放射性物質であろうと考えられた。



さて、除染の結果は……?

見事、家の中の放射線量は「半減」した。

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しかし、それでもこの地域では年間の基準値を下回るまでにはいかなかった。

民間でできることは確実にある。しかし、それには限界があることも確かである。



今回の調査でも明らかになったことであるが、地域の住民は汚染の実態をまったく知らない。

国による調査は、「鳥の目」の調査に終始し、「虫の目」のような細かな調査までは行き届いていないのが現状である。



事実を知らされた住民たちは、いきなり不安になった。しかし、何も知らずに憶測だけが一人歩きするよりはマシなのではなかろうか?

この地域では、若い女性が「5年後に髪の毛が抜け始めるって本当ですか?」と真顔で質問していた。

正しい知識なしには、正しい判断は下せない。



出典:ETV特集 「ネットワークでつくる放射能汚染地図(3)
子どもたちを被ばくから守るために」


posted by 四代目 at 07:10| Comment(0) | 放射能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月08日

戦後、日本の「残留放射能」を全否定したアメリカの隠蔽工作。原爆は「キレイな爆弾」。

フクシマ第一原発の放った「放射性物質」に、日本国民は戸惑っている。

野菜が、魚が、牛が……、次々と汚染の実態は広がりを見せている。

しかし、歴史を振り返れば、日本はかつて最悪の「放射能汚染」を体験している。

言わずもがな、ヒロシマ・ナガサキである。



しかし、原子爆弾による「放射能汚染」は、当時、まったく話題にされなかった。

なぜだろうか?

当時は放射性物質の「危険性」が認識されていなかったのだろうか?



その答えは、アメリカ軍が握っていた。

原爆投下後、アメリカ軍は徹底した「隠蔽工作」を展開したのである。



アメリカ軍を隠蔽工作へと踏み切らせたのは、アメリカのある新聞記事である。

その記事には、こうあった。

「原爆が投下され30日たってなお、ヒロシマでは不可解、かつ悲惨な死が続いている。

怪我をしていな人々が、次々と死んでゆく。

それは『原爆病』としか言いようのない、『未知の何か』だ。」



治りはじめていた火傷の傷跡が、突然悪化したり、出血が止まるどころか、ますます増えてゆく。

上半身に発疹が現れるや、またたくまに全身へと広がり、毛髪が抜け落ちる。

原爆投下の一ヶ月後、死者数は減るどころではない。毎日増えていったのである。



アメリカ軍の「反論」は素早い。

「残留放射能で苦しんでいる者は、もういない」という公式声明を発表。

この声明をもって、公式には「残留放射能は存在しない」こととされた。



事実隠蔽のため、アメリカ軍による検閲は熾烈を極める。

GHQにより編成された民間検閲隊は、1万人近くに増員され、数万点に及ぶ本、新聞、ポスターなどが没収され、アメリカ本国へと送られた(現在でも、メリーランド大学に保管されている)。

これ以降、およそ10年にわたり、被曝者に関する情報が、日本から消え去る。

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日本の医療機関には、こんな通達が出された。

「広島・長崎の原爆被害は、アメリカ軍の機密である。

何人も被害の実際について、見たこと・聞いたこと・知ったことを、話したり・書いたり・絵にしたり・写真に撮ったりしてはならない。

違反した者は、厳罰に処す。」



その裏で、アメリカ軍は被曝者のデータを独占した。

その理由は、「この調査結果は、将来、国家が放射能による大事故に直面した時、貴重なデータとなる。アメリカにとって、かけがえのないチャンスである。」というものであった。

被曝者たちは、半ば強制的に調査の協力を求められた。

こうして集められた貴重な医学データは、被曝に苦しむ患者たちの治療に役立てられることはなく、ひたすらアメリカ本国へと送られ、「機密」扱いとされたのである。

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アメリカは執拗に原爆の「後遺症」を認めようとはしなかった。

ある医師(ウォーレン)の報告書には、こうある。

「原爆は僅(わず)かな放射能を短期間残しただけで、影響は極めて小さい。

原爆の残留放射能は、いかなる犠牲者も生まなかった。

すべては、はじめの一分で終わったのだ。」

実際は、一分で終わったどころではない。66年後の現在でも、原爆の後遺症に苦しんでいる人たちがいるのだ。

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「マンハッタン計画」と呼ばれた原爆プロジェクトの責任者・グローブス氏は、アメリカ議会で、残留放射線に対する質問に、こう答えている。

「残留放射線はありません。

きっぱりゼロだと言えます。

一瞬の被害だけでした。」



また、放射線の影響については、こう答えている。

「放射性物質にうっかり被曝しても、ちょっと休暇をとって、仕事を離れれば、その内すっかり回復するんです。」



なぜ、原爆関係者たちは、こうまで口を揃えて「偽(いつわ)り」を語り続けたのか?

彼らはこうも言う。

「原爆は、汚染を引き起こさない『キレイな爆弾』であり、ジュネーブ条約に抵触する化学兵器ではない。」



彼らは、度重なる実験で、放射能の危険を熟知していた。

放射性物質である「プルトニウム」を人体に注入した実験まで行っている。

「11人の被験者が患者となったが、そのうち3人は、投与を始めたその年に死亡した。」

放射性物質による人体実験という衝撃の事実は、スキャンダルを恐れたために、世間から隠すことに決められた。

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アメリカは、放射能による被曝の後遺症を決して認めなかった。

原爆を「キレイな爆弾」にしておく必要があった。

次なる原子力発電計画が控えていたためである。

マンハッタン計画(原爆プロジェクト)は、軍から政府へと移管され、原爆を作った面々が、そのまま原子力発電へと横滑りした。

彼らは、「戦争を終わらせ、かつ原子力の時代を切り開いた功績により、国家の栄誉を授かった。」

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現在、放射性物質による慢性的な被曝の影響は、「推定無罪」のような状況にある。

それでも、ヒロシマ・ナガサキ、そしてチェルノブイリの被曝者たちは、身体の何かが狂ってしまっている。

10年、20年たって、思わぬ症状が顕在化してくることも珍しくはない。



戦後の情報統制により、日本人には残留する「放射性物質」に対する危険意識は根付かなかった。

その代わりに、原子力発電はしっかりと根付いた。

ところが、フクシマ以来、日本国民はこの「トリック」に気づいてしまった。



原子力発電自体は「悪」ではなかろうが、情報に偏りがあったことは確かである。

原発の「安全神話」のみを声高に主張し、都合の悪い事実は伏せられていたことは疑いようがない。

長らく不問にされていた残留放射能の問題は、思わぬところから吹き出し、日本国民はそのリスクに戸惑っている。



リスクゼロということこそが「最高の神話」である。

包丁一本にも危険(リスク)はある。

リスクを認識するからこそ、安全が見えてくる。

透明度が増した今、ようやく原子力との新たな付き合いが始まるのかもしれない。



出典:ハイビジョン特集
「ヒロシマの黒い太陽」


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2011年06月16日

タバコによる放射線被曝。タバコに甘い日本政府。




福島原発の「放射性物質」には過敏な人でも、タバコの出す「放射性物質」には、無頓着な人も多い。

「タバコには鉛210とポロニウム210という『放射性物質』が含まれており、米環境保護庁(EPA)によれば、この2種類の物質は『喫煙者の肺にかなりの濃度で蓄積し得る』」



2006年、イギリスで、ロシアのスパイ・リコビネンコ氏が暗殺されたが、その死因は、放射性物質「ポロニウム210」による内部被曝であった。

「昇華性のあるポロニウムは内部被曝の危険が大きい為、厳重な管理の下で取り扱われなければならない(Wikipedia)」

先述の通り、タバコには猛毒「ポロニウム210」が含まれており、この事件にタバコ業界は騒然となった。



実は、タバコに放射性物質「ポロニウム210」が含まれていることは、1960年代には分かっていた。

この事実は、業界にとって「不都合な果実」であったため、広く知らされることはなかっただけである。

ところが、スパイ暗殺というセンセーショナルな事件とともに、「ポロニウム210」は一躍脚光を浴びることとなった。



タバコには、どれほどの「ポロニウム210」が含まれるのか?

「タバコ1本平均0.04ピコキュリー」とされる。

意味不明の単位だが、一日にタバコ一箱を吸う人は、一年間でX線検査を200回受けるのに等しい被曝量である。



なぜ、タバコに放射性物質が含まれるのか?

農作物の三大肥料「チッソ・リン酸・カリ」。このうちの「リン酸」が土中の「ウラン」と結びつく。タバコは、このウランを積極的に吸収する。

もともと、タバコは害虫から身を守るために、ニコチンを作りだした。つまり、タバコという作物は、フグのように毒を貯め込む性質があるのである。

タバコに吸収されたウランは崩壊し、ラドン222を経て、「ポロニウム210」になる。「ポロニウム210」の半減期は138日と長く、喫煙者に届くには十分な時間がある。



また、タバコを吸う人は、放射性物質を「多量に吸収」してしまうという事実もある。

特に、猛毒「プルトニウム」は、非喫煙者の10倍以上も吸収する。

そのため、原発関係者など、放射線を扱う人の間では、タバコを吸わないことが常識になっているとか。

タバコと放射性物質は、よっぽど相性が良いようである。



喫煙者は良い。自己責任である。

しかし、タバコを吸わない人には、とんでもない「とばっちり」である。

身近な喫煙者は、日々、放射性物質をマキ散らす。



そして、不幸にも「主流煙は、約800度という高温で燃焼しているのでかなりの有害物質が分解されるが、副流煙は低温燃焼なので化学物質が大量に含まれる」のである。

「主流煙」とは、喫煙者本人が吸う煙のことで、「副流煙」とは、タバコを吸わない人が吸う煙のことである。



タバコの「不都合な果実」は、もはや覆うべくもない。

世界の潮流は、禁煙へと舵を切っており、公共施設やレストランでタバコを吸えないのは、「世界の常識」となりつつある。

我が日本は、その点、明らかな「後進国」である。「日本の男性の喫煙率は、他の先進国よりもかなり高い」。



日本の誇るJT(日本たばこ産業)は、世界第3位の実力たばこ企業である。

日本政府は、この大企業の株を50%超保有し、その配当金は「2011年3月期だけでも、300億円を超える」。

イギリスのフィナンシャル・タイムズ曰く、

「政府がたばこ会社の株式を保有していること自体が、真のスキャンダルである。」

日本政府には、積極的に禁煙を推し進めることができない明確な理由がある。


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