2011年05月17日

消えた天才絵師「写楽」。己を殺しつづける。

江戸の天才絵師「写楽」。

活動期間、わずか10ヶ月。145点の作品を残し、忽然と消える。

いったい、「写楽」とは何者なのか?



「写楽」に関する当時の記録は、じつに乏しい。そのため勝手な憶測だけが一人歩きし、実像に関する謎は、混迷のなかに深まるばかりであった。

逆に、この「正体不明」という謎が、写楽の魅力を一段と高めたことも事実であった。



近頃、この謎を解く「カギ」が発見されたという。

異国ギリシャで、写楽の「肉筆画」が見つかったのだ。

現存する写楽の作品は、今までは、すべて「版画」であった。版画というのは、絵師が書いた下絵をもとに、彫師が木版に彫るものである。そのため、彫りの過程で、絵師本来の筆のニュアンスは、単調な線となり失われてしまう。

かたや「肉筆画」には、絵師本来の毛筆のクセが、濃淡・細太となり残る。残された写楽の線は、ブツブツと途切れがちな、流れのない線であった。たどたどしくさえも見えた。

かつて、写楽は「葛飾北斎」や「歌麿」などの有名絵師ではないかという説があったが、発見された写楽の筆の跡は、有名絵師とは全く異なるものであった。

版画の版元の「蔦屋重三郎」ではないかという説もあったが、年代が全く合わないことが判明。

ギリシャでの新発見は、謎の人物「写楽」が、阿波の能役者「斎藤十郎兵衛」であることを、ほぼ確定的とした。



しかし、なぜ、能役者が絵を?

能の世界は世襲の世界。斎藤家は代々「ワキツレ」と呼ばれる、セリフもほとんどない脇役の家柄。どんなに能力があろうと、その役は一生であった。「ワキツレ」は自分を消すことを第一とされてた。

また、能役者は武士の身分とされ、本分以外の仕事を固く禁じられていた。絵を描くなど、もってのほかである。

ここに、「写楽」誕生の秘密があるのでは?

脇役に納まりきらない才能のあった「斎藤十郎兵衛」。しかし、武士の身分であるため、公には能以外のことはできない。そこで、仮名を「写楽」とし、浮世絵を思いっきり描いたのだ。



写楽のデビューは鮮烈であった。

一挙28点、役者の大首絵。紙は雲母を使ったキラキラと上質なものであった。新人絵師としては異例づくしであった。

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当時の浮世絵は、大道具などで演劇の内容を説明的に描き、役者本人を描くというより、役柄のイメージを描くもの。

ところが、写楽の絵は、大道具などの無駄なものを一切描かず、役者の役柄というより、役者本人をそっくりそのまま描き出した。胸から上、特に顔をバーンと大胆に描いた大迫力の作品であった。



しかし、写楽の作品は役者連中から大変不評であった。リアルすぎて、女形が男らしかったり、隠したいシワまで描かれたりしたからである。

役者のみならず、江戸の庶民からも支持されなかったのであろう。第二期以降の写楽の作品は、作風がガラリと変わり、他の浮世絵師と一線を画するものではなくなっていった。

第二期38点、第三期58点と作品は続くが、紙は薄くペラペラ、大きさは半分となった。大量生産の犠牲となってゆくのである。

syaraku2.jpg

後世の我々が評価する作品は、第一期のシンプルで迫力のある「写楽」である。その作品群は、絵師としての魅力が存分に発揮され、見るものを魅了してやまない。

ところが、それらは当時の庶民からは評価されなかった。庶民はありきたりのお決まりの絵を好んだのだ。写楽も世におもねるより他に道はなかった。

写楽はたった10ヶ月で姿を消すわけだが、自分の表現したいものが表現できない苦悩があったのではなかろうか。

能の世界でも自分を殺すことに専念し、絵の世界でも自分を殺さざるをえなかった。天才の不遇はいつの世も同じか。



江戸の庶民には受けが悪かった写楽の絵は、なんと海をこえたヨーロッパで高く評価された。今回の新発見がギリシャであったことも無縁ではないのだ。

肉筆画の発見は、連鎖的に複数の版下絵(版画の下絵)の発見にもつながった。その下絵が面白い。写楽は現実ではありえない絵を描いていたのだ。

共演するはずのない有名役者を一緒に描いたり、架空の演目を演じる絵を描いたりと、自由奔放なのだ。

これらは、おそらく写楽の夢の世界なのであろう。人並み外れた想像力と表現力をもっていた写楽にとって、現実の縛りは苦痛そのものであったろう。

写楽が世間に評価されずに消えていったと考えると悲しいが、姿を消して自由の世界に飛び立っていったと考えれば、いくぶん胸のすく思いがする。



出典:NHKスペシャル
浮世絵ミステリー 写楽〜天才絵師の正体を追う
posted by 四代目 at 07:21| Comment(0) | 江戸時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする