3億人を超える人々が暮らすアメリカ、その内の幾人かが「テロリスト」であるかもしれないのだ。
確率的には極めて低いといえども、テロの破壊力、そしてその衝撃の恐怖は「世界中を震撼させる」。アメリカ政府が「過剰に警戒する」のも無理はない。たとえそれが広大な砂漠で、無数の砂粒の中から数本の針を見つけ出すほど困難な作業だとしても。
今のアメリカ政府は、世界のどの国々よりも「国民を監視する強い権限」を有している。
アメリカ政府は国民のあらゆる個人情報を入手することが許されている。通話記録、インターネットへのアクセス履歴、メールの内容、クレジットカードの使用履歴、銀行の出入金……。
アメリカ政府は国民のあらゆる個人情報を精査し、そこにテロの痕跡がないかを逐一吟味するのである。

街には「監視カメラ」が溢れ、一人あたり一日200回は「撮影」されているという。

それもこれも、「テロ防止」のためである。
「安全」のためには、「個人の自由」が侵害されたとしても、それは「しょうがないこと」とされているのである。
政府にこれほどの「特権」を認めさせたのは、9.11テロ後に施行された「愛国者法」という法律である。個人の自由を侵害するとも非難されるこの法律は、賛否両論を巻き起こしながらも、アメリカ国民は一定の理解を示す。
「まるで独裁国家みたいですが、それでテロリストが捕まるのなら監視システムはいいと思う。」

しかし、過剰な警戒の「犠牲」になる人々も後を絶たない。
やはり、イスラム系の風貌は最も警戒される。当時16歳だった「アダマ・バー」さんは、突然家に警察が踏み込んで来たかと思うと、毛布をひっぺがされ、そのまま勾留された(FBIは裁判所の許可を得ずとも、独自の判断で逮捕に踏み切る特権が付与されている)。
何の容疑かも説明されないまま勾留と尋問は続き、ようやく釈放されたかと思えば、3年間足首にGPSを取り付けることを義務付けられた(時々ビービー鳴ってうるさかったそうだ)。
のちに、自分が「自爆テロ」犯とされていたことを新聞で知り、卒倒せんばかりに驚いたという。
そして、彼女はいまだに飛行機に乗ることを許されていない。

イスラムとは縁遠い人々も油断は禁物である。
あるアメリカ人の主婦は、「天然ガス採掘による環境問題」を扱った「ガスランド」というドキュメンタリー映画のことを友人にメールしただけで、国家安全保障局から「警告のメール」が届いた。もちろん彼女は「過激な環境論者」ではない。メールの内容も「世間話」の域を出ていない。
実は、この「ガスランド」というドキュメンタリー映画が「テロ」として警戒されていたのである(この映画は、天然ガスの採掘により地元の水道水に「火がつくようになった」という内容のもので、そこにテロの影を見い出すのは極めて困難である)。
テロへの過剰な警戒により、アメリカ政府に「不都合な情報」の一切が監視・警告の対象となっているのである。
これほど過剰に警戒しても、テロは防ぎ切れないのか?
2009年のクリスマス、アメリカでテロ未遂事件が起こった。あわや飛行機を爆破されるところであった。
テロを寸前で回避したとはいえ、問題はこの人物を飛行機に乗せたことである。
この犯人は飛行機の「搭乗拒否リスト」に名前があったにも関わらず、堂々と客席に座ることができていた。つまり、この人物はアメリカの厳密な警戒網をアッサリとすり抜けてしまったのである(ブラックリストに載りながらも)。
飛行機の「搭乗拒否リスト」は、以前から「かなりいい加減だ」と指摘されていた。
そのリストには、すでに死んでいる人物から2歳の子供までが記載されていたのである。しかも、顔写真があるわけではなく、氏名と生年月日しか分からない。同姓同名だという理由で搭乗を拒否された人々も多くいたという。
そして、挙句の果てにはテロリストを見逃してしまったのである。
この事件以降、アメリカの過剰な警戒は一層過剰にならざるをえなかった。

「安全をとるか?自由をとるか?」
アメリカの選択は明白だ。「自由よりも安全」である。安全があるからこそ、自由が楽しめる。
「疑わしきは罰せず」では手遅れになりかねない。「疑わしき」も罰して、「疑い」のないところにも「疑い」を見つけ出さなければならない。
果てしのない「疑い」の連鎖は、アメリカ国民の間で自己増殖を続けている。
「天網恢恢(てんもうかいかい)疎(そ)にして漏らさず」。天の網は、その目が大きすぎるように見えて、いかなる悪事も見逃すことがない。
しかし、人の網は、どんなに目を細かくしても悪事を捉え切れない。そして、網の目が細かくなればなるほど、人々は「不自由」を甘受しなければならなくなる。
自由を追い求めた代償が不自由というのも皮肉な話である。
もしかしたら、追いかけていた自由は、本当の自由ではなかったのでは……?
出典:ドキュメンタリーWAVE
「監視社会への道〜愛国者法とアメリカ」