2013年09月21日

コメ史上、奇跡の発見「龍の瞳」



「稲穂のひときわ高い株が2つあったんですよ」

コメの作況を調べるために、田んぼを見て回っていた時のことだった(2000年)。

「茎がガッシリしていて葉も硬い。いちばん驚いたのは籾(もみ)の大きさです。コシヒカリの1.5倍もありました!」

発見者「今井隆」さんは、今まで見たこともないような「野性的な稲の姿」に驚いた。



さらに驚かされたのは、その食味だった。

その年に採れた種籾はわずか1,000粒ほどだったが、翌春、大事にそれを植えると、秋には大きな粒がたわわに実った(2001年)。

「そのお米を食べてみたところ、私は飛び上がるほど驚きました」

飛び抜けて背の高い稲は、飛び抜けて美味かった。部屋のなかは、炊きたての素晴らしい香りで満たされている。

「舞い上がるような香ばしさといいますか」

その香りに、心までが舞い上がる。



それは後に『龍の瞳』というブランド名で、全国の食味コンテストを総ナメにしてしまう(2006年〜)。

清流・飛騨川の上流、岐阜県下呂市に生まれた、「コメ史上、奇跡的な発見」であった。










■不思議



農家の長男として生まれた今井隆さん。

東海農政局の事務所に公務員として勤め、休日に田植えや稲刈りをやりながら、無農薬栽培や一本植えなどにも挑戦したことがあったという。



当時植えていたのは「コシヒカリ」。1956年に誕生したこの品種は、機械化農業の申し子のように画期的な育てやすさをもっていた。そして美味かった。

その田んぼにピョンと飛び出ていた「2本の稲穂」。そして、異常にでかい籾(もみ)。

「なぜ、こんな稲がここにあるのだろう?」



不思議に思った今井さんは、そのコメのDNAを調べてみる。

すると、さらに不思議なことにコシヒカリの遺伝子が入っていない(コシヒカリの田んぼに生えていたにも関わらず!)。

「最初は、酒米の『ひだほまれ』の混入だと思いました」

酒用のコメは「粒が大きい」のが特徴である。しかし、近くの農家で『ひだほまれ』をつくっている農家はいなかった。

「どうして生まれたのかが、わかりませんでした」



ある試験研究機関は、「『龍の瞳』には『ハツシモ』の遺伝子が入っている」と言ってきた。『ハツシモ』は岐阜県を中心に栽培される大粒品種。寿司に向くとして根強い人気のあるコメだ。

今井さん自身は、日本のコメ(ジャポニカ種)ではなく、インドネシア・ジャワ島で栽培されるジャワニカ種の遺伝子が入っているのではないかと考えている。



いずれにせよ、偶然見つかった『龍の瞳』。

「自然のいたずら」とも思える突然変異であった。

※稲は自家受粉する植物なので、自然交配は起こりにくいとされている。






■亀の尾



かつてコメの品種改良は、そうした偶然の産物であった。

「生え抜き(はえぬき)」という言葉は、「その土地で生まれ、その土地で育ったこと」を意味するが、生育の良い稲穂を選んで翌年の種籾とすることで、コメはその美味しさを高めていったのである。



と同時に、冷害などでも被害を受けなかった稲を選ぶことで、その強さも増していった。

米どころ山形県(庄内地方)には、『亀の尾』という篤農家・阿部亀治の発見した品種がある。それは田んぼの水口で見つけた「冷害に強い個体」を選抜固定したものである(水口の水はことさら冷たい)。

この『亀の尾』はコシヒカリやササニシキの祖となる米であり、近年は山形の新品種『つや姫』にも受け継がれた優良な種である。



その発見秘話もまた、岐阜県の『龍の瞳』にだぶる。

もともとは貧しい小作人だったという阿部亀治。明治26年(1893)に東北地方を冷害が襲った時、地主の使いで田んぼを見に行った時のこと。

「冷害で壊滅状態の田んぼに、重く稲穂を垂れた稲が3本立っていた」

それは熊野神社に参拝しようとしていた時であり、亀治は神の御威光を感ぜずにはいられなかった。



頭を下げてその稲をもらい受けた亀治は、その種籾を大切に大切に育成に尽力し、ついには明治28年(1895)、本格的な作付に至る。

「神の稲」と亀治が呼んだこの品種、彼は殊勝にも冷害に苦しんでいる回りの農家に分け与えたという。

喜んだ友人たちは、このコメを「亀大将」と呼んだ。だが、一介の小作人であった亀治は、そのたいそうな命名に恐縮至極。結局は、己を蔑むように「亀の尾」という名にしたそうである。



しかし戦後、優秀な子孫(コシヒカリ等)が生まれたことにより、「亀の尾」は幻として消える。

「亀の尾」から種子改良されたのが「亀の尾4号」、さらにそれを品種改良し「愛国」が生まれ、そこから枝分かれしたのが「コシヒカリ」や「ササニシキ」である。

ただ、「亀の尾」を惜しんだ新潟の造り酒屋によって、このコメは銘酒として生まれ変わることにもなった。










■人為



ある時期まで、コメの新しい品種は田んぼから農民の手で生まれた。

だが今は、各地の農業試験場でつくられる。行政ばかりでなく企業も参入する現在、一代限りのF1と呼ばれる品種が主流であり、遺伝子組み換えの技術も多用される。



そんな現代、岐阜で今井さんの見つけた「龍の瞳」は、まったくの異端児といえる。

「個人が発見し、自ら遺伝的性質を固定して品種登録の審査をクリア、かつ、高い食味評価を得ているコメ品種は、今では極めて珍しい(BE-PAL)」

発見から6年で品種登録(登録名:いちの壱)、そしてその年(2006)から4年連続で全国コンクールの金賞受賞。「亀の尾」の生まれた山形県の「あなたが選ぶ日本一おいしい米コンテスト」でも3度の日本一に輝いている。

打たれなかった「出る穂」は今や、ますます盛んである。



ただ面白いことに、この品種はどこでも育つわけではないらしい。土地の「生え抜き」であるだけに、生きるところを選ぶのだという。

たとえば、「龍の瞳」の特徴である大きな粒、これは標高2,000m以下の地域では大きくなりにく。また、農薬や化学肥料を多用する慣行農業でも、その良さは引き出せないという。



なるほど「龍の瞳」の魅力は、その自然によるものである。

生まれた中山間地を好み、自然な農法に活きる。土も耕さない不耕起栽培などは、なお良いとのことである。

「良禽択木」、賢い鳥は棲む木を選ぶというが、この龍もまたそうなのであった。






■中山間地の希望



「人には時として、不思議な出会いがあるものです」

はじめて『龍の瞳』を炊いた時から、人生が変わったという今井さん。

長年勤めていた役所をやめ、合資会社「龍の瞳」を設立、2012年には「龍の瞳研究所」も立ち上げた。

「米作りに欠かせない水を司る神様である『龍』。天空を悠々と舞っていた龍が一粒の種籾を落として、その想いを私に委ねたのかもしれないと感じました」



今井さん自身が栽培管理している『今井隆のお米(農薬不使用)』は、キロ2,500円という高値にも関わらず、予約告知をするや完売するという。

「耕地が狭い中山間地の農業は、もともと量で勝負できません。誰もが認める作物をつくり、自分たちで値段を付けられるようになるしかありません」

今井さんが「自分たち値段を付けられない」ことを実感したのは、かつて実家でつくっていた梅を市場に持って行った時のことだった。

「付けられた値段は、キロ70円という屈辱的なものでした…」



そんな不遇の時代をへて「龍の瞳」を得た今、山あいの田んぼの、小さな稲作には希望の光が見えている。

山の森のミネラルが、ますます「龍の瞳」を美味しくするという。広葉樹の厚い腐葉土層を潜ってゆっくり流れる水は、豊富なミネラルを含んでいる。






■古(いにしえ)の姿



農薬を当たり前に使っていた若き日。

今井さんは、その散布後に「畦で苦しそうにのた打ち回る2匹のミミズ」を見てから、農業観のみならず人生観までが変わったという。

「現代の科学では、分からないこともあります」



「私が子どもの頃、森には実のなる木がいろいろあり、湧き水も出ていました。川にはアブラメのような雑魚もたくさんいました」

「ですが、現在の森は手入れの追いつかない針葉樹ばかりで、暗く生物数が少ない。森の変化も川や田んぼに棲む生き物が減った原因だと思います」

「中山間地域の米の味には、森のミネラルが深く関係しています。だとすれば、生物多様性を高めるともっと美味しいコメができるかもしれません」



自然があってこその「龍の瞳」。

今井さんが新たに立ち上げた「龍の瞳研究所」は、そうした自然とのつながりを解明し、「より味がよくなる環境保全」の技術を模索するものだという。

「無農薬の田んぼのまわりで摘んだ野草の天プラを、かまどで炊いた龍の瞳とともに味わう。そういうものからでもいいじゃないですか」













(了)






関連記事:

過疎から生まれた「神のコメ」。神子原米と高野誠鮮

世界に広がる「日本のコメ」。田牧一郎氏の開拓魂。

世界にタネを蒔くトキタ種苗。自然とともに…



出典:BEーPAL (ビーパル) 2012年 12月号 [雑誌]
「超美味米『龍の瞳』が目指す、理想の中山間地域農業」
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2013年09月17日

消えるミツバチと、のさばるカメムシ。



「No Bees ! 」

2006年、一夜にして大量のミツバチが失踪するという不可思議な現象が、アメリカで続発した。



それ以来、アメリカの商用ミツバチは毎年「およそ30%の割合」で減少を続け、その下り坂は今なお止まらない。

2007 「-32%」
2008 「-36%」
2009 「-29%」
2010 「-34%」
2011 「-30%」
2012 「-22%」
2013 「-31%」

「USDA(米農務省)が発表したところによると、2012年末から2013年初めにかけて、アメリカの養蜂農家はミツバチのコロニーの『約31%』を失った。これは自然原因による減少率の許容範囲のおよそ2倍にあたる(WIRED)」

※減少率の許容範囲(acceptable range)とされるのは「15%」。通常の損失は5〜10%程度だという。



その確たる原因は未だ不明。

「蜂群崩壊症候群(CCD, Colony Collapse Disorder)」

日本では「いないいない病」と呼ばれることもある。






■とかくに人の世は…



ミツバチという大変デリケートな生き物は、ちょっとしたことですぐにいなくなってしまうことがある(とりわけニホンミツバチなどは敏感だ)。

「蜂群崩壊症候群(CCD)」という難しい言葉が現れる以前にも、「春の減少(spring dwindle)」、「五月病(May disease)」、「秋の崩壊(autumn collapse)」などなど、ミツバチらはしょっちゅういなくなっていた。

つまり、人間活動が活発さを増すほどに彼らは住みづらさを感じ、どこかへ行ってしまうのであった。その結果、アメリカでは1970年代以降、野生種のミツバチは激減。今ではほとんどいなくなってしまったと言われている。

夏目漱石が言ったように「とかくに人の世は住みにくい(草枕)」。



人の世がミツバチにとって都合が悪くなる一方、人はそのか弱いミツバチに大きく頼っている。

「世界の主要農産物のうち、じつに7割以上がミツバチによって受粉されておりまして、ミツバチは食料の安定供給に欠かせない存在と言っても過言ではありません(NHKクローズアップ現代)」



ミツバチによる受粉という「橋渡し」がなくては、野菜も果実も実らない。野生のミツバチがそっぽを向いてしまった今、人間が頼れるのは養蜂家らが巣箱に飼っている受粉用のハチばかり。

ところがここ10年、その養蜂家らの巣箱も空になってしまうという異常事態が続いている(アメリカだけに限らず、ヨーロッパ、日本でも)。

米カリフォルニア州では今年3月、アーモンド受粉のためのミツバチが不足して、受粉代金が通常の2割増しになったと報道された。



2006年に「蜂群崩壊症候群(CCD)」といわれるようになったミツバチの大量失踪は、死んだハチが巣の近くにほとんど見られないという不思議さがあった。

だが今では、巣箱のまわりに地面を埋め尽くすほどの死骸が転がっていることも珍しくない。

「もう、地獄絵図ですよ…」

北海道のある養蜂家は、数千匹にも上るであろう無数のハチの骸(むくろ)を前に、茫然とするより他なかった。










■ネオニコチノイド



食料生産の危機を間近に感じたEU(ヨーロッパ連合)は今年、大胆な一手に打って出た。

か弱いミツバチを何とか守ろうと、ある農薬の使用禁止を発表したのである(2013年5月)。それは「ネオニコチノイド系」と呼ばれる新型の殺虫剤であった。

※具体的には「イミダクロプリド」「クロチアニジン」「チアメトキサム」の3種。



大陸規模となる農薬の禁止は「世界初」。

賛成はドイツ、フランス、スペインなど15カ国。反対はイギリス、ポルトガルなど8カ国。棄権はアイルランド、ギリシャを含む4カ国。

EU27カ国中でも意見は割れ、大国のうちでもイギリスは反対。それでもドイツ・フランスらの賛成派が票の過半数(約55%)を得るに至った。



意見が割れたのは、ネオニコチノイド系の農薬がミツバチ激減の主犯とは言い難いからである。その因果関係が「まだ科学的に不確かだ」との声は根強い。

とりわけ、自社の農薬2種を禁じられた「バイエル社(Bayer)」は黙っていられない。「信頼できるデータが充分には得られていない。ミツバチの減少が農薬のせいだというのは不適切な結論だ」と大いに反発を示している。

そうした反対意見も考慮し、EU(ヨーロッパ連合)では「2年以内に見直しを行う」という暫定的な措置がとられた。



それでも、禁止されたことは確かである。

その波紋は、大きく世界に波打った。






■悪玉説



ネオニコチノイド系農薬「悪玉説」の根拠となったのは、英仏2チームによる研究結果。それはアメリカの科学誌「サイエンス(Science)」に掲載されたものである。



イギリスの研究チームは「マルハナバチ」を対象にして研究を実施。ネオニコチノイド系農薬である「イミダクロプリド」をそのハチにさらして6週間、その行動を監視した。

すると、その殺虫剤にさらされたハチは「体が8〜12%小さく、女王バチの個体数は85%も少なかった」

研究チームは「新しい巣をつくる女王バチの数が少なくなれば、巣の数が激減し、ハチのコロニーは冬を乗り切れず大量死につながる」と指摘した。



一方、フランスの研究チームは「ミツバチ」を対象に、殺虫剤「チアメトキサム」を用いた。

その結果、「殺虫剤の影響でハチたちは帰巣能力を阻害され、巣に戻れずに死ぬ確率が2〜3倍高まった」。

※同様の実験は英ロンドン大学でも行われ(こちらはマルハナバチ)、やはり巣に帰りつけなくなるハチが通常よりも多くなることを確認している(使われた農薬は「イミダクロプリド」と「ガンマ・シハロトリン」)。






■夢の農薬



バイエル社の「イミダクロプリド(Imidacloprid)」という農薬は、種子にコーティングすることにより、農薬成分を成長する植物体に染み込ませることができる。

つまり、そのコーティングされた種子を植えるだけで、あとは何をしなくても植物は害虫を寄せ付けなくなる。成長後の農薬散布の手間から解放されることにより、そのコストは大幅に削減できることになった。

ゆえに、そうしたネオニコチノイド系の農薬は「夢の農薬」として、鬱屈していた農業界を元気づけたのであった。



ところが、その「夢の農薬」が登場した1990年代、すでに問題は起きていた。

フランスがイミダクロプリドによる種子コーティングを認めたのは1994年のことだったが、同年さっそくミツバチの大量死事件が発生。フランス政府は一時この農薬の使用を禁止し、全国調査を迫られた。

2000年には、オランダ政府がイミダクロプリドの使用を禁止。次いでデンマークでも販売が禁止された。フランス農業省が禁止に踏み切ったのは2004年で、ドイツとイタリアも2008年には禁止に至る。

EU(ヨーロッパ連合)全域で禁止されるのは、先述した通り今年(2013年)5月のことである。






■懸念



ネオニコチノイド系の農薬は、昆虫の中枢神経系のニコチン作動性アセチルコリン受容体に作用する。

それはミツバチの免疫系を狂わせて方向感覚を喪失させるほか、USDA(アメリカ農務省)によると、ウイルスや寄生虫などによる脆弱性も増すという。

パデュー大学のクリスチャン・クルプケはこうした現象について、「大気汚染がひどい環境に住むと、身体や免疫系に負担がかかり、よくある風邪が肺炎になりやすくなるようなものだ」と説明する。



欧米における残留ネオニコチノイドの基準は、たとえばEUでは0.01ppm以下(アセタミプリド)と定められている。それは「ハチを殺さない」という基準である。だが、それでは不十分だとミカエル・アンリ(フランス国立農業研究所)は指摘する。

「これまでの規制は、農薬メーカーに農地のハチを殺さないことを求めてきた。だが、噴霧された殺虫剤がハチを殺さなくとも、『その行動に害をもたらす』という点は無視されている」

実際、農地に隣接した養蜂場では、「(ハチの異常行動は)農地にまかれる農薬が原因ではないか?」との懸念が拭えずにいる。






■予防原則



農薬メーカー、バイエル社は言う。

「圃場での調査では、この農薬(ネオニコチノイド系)とミツバチ異常の相関関係は見つかっていません」



それでもEU(ヨーロッパ連合)が一部農薬の禁止に舵を切ったのは、それが彼らの基本理念だからである。

「予防原則(the precautionary principle)」

それは「疑わしきは罰せず」というのではなく、たとえ農薬とミツバチの因果関係のデータが全て揃わずとも、「予防のために先手を打つ」というのがEUとしての基本スタンスなのである。



「私たちは『更なる調査が必要である』という事実は認めています」

EU委員会のフレデリック・ヴァンサン広報官は言う。

「しかし、判断の元になったのは『われわれは今、何をすべきか?』ということです」

これまでEUは、オゾン層の破壊や地球温暖化という「疑わしき問題」に対しても同様、予防原則にのっとった規制がなされてきている。



しかし、その予防が農家に強いる負担は多大である。

「夢の農薬」が封じられてしまうことによる経済的損失は少なくない。他の農薬に切り替えるコストは莫大であり、大規模農家ほどその打撃を強く受ける。

「私たちの試算では、この農薬規制によって年間40億ユーロ(およそ5,000億円)以上の損失があるとみています」と、植物保護産業組合のジャン・シャルル・ボケさんは冷静に分析してみせる。



一方、そうした短期的な損失よりも、ハチが失われるという長期的な損失のほうが計り知れない、とEUは考える。

EU委員会によれば、「ハチの保護により、EU域内の農業に年間220億ユーロ(約2兆8,000億円)超の利益をもたらす」という。

つまり、農薬規制による一時的な農家側のコスト増は、長期的な農産物となって5倍以上にもなって帰ってくるというのである。



農家が消えるのが先か、ハチが消えるのが先か?

農家の保護にも熱心なEUが優先させたのは、他ならぬハチであった。






■農毒



このハチを巡る問題、日本とて蚊帳の外にはいられない。

ただ、欧米の厳格な規制に比較すると、この国はまだのんびりとしているようだ。その許容基準は欧米よりも大幅にルーズで、農薬によっては500倍も緩い(アセタミプリドの基準はEUで0.01ppm以下、日本では5ppm)。



日本で槍玉に上げられている農薬は「スタークメイト(三井化学アグロ)」と「ダントツ(住化武田農薬)」。

金沢大学による実験(山田敏郎教授)では、それらの農薬をエサに混ぜてセイヨウミツバチ1万匹に投与したところ、群の成鉢数は急激に減少、最終的には絶滅した。

その衝撃の結果を受け、山田教授は「(ネオニコチノイド系農薬は)農薬というより『農毒』に近い」と結論づけた。



かつて「有機リン酸系」の農薬が社会問題を引き起こしたことがあったが、この農薬の場合、時間の経過とともに蜂群の回復が見られた。

ところが、新型のネオニコチノイド系農薬の場合、その後の回復は絶望的であった。










■カメムシ



ネオニコチノイド系の農薬は、日本人の心を育んできた「稲作」に欠かせない。

とりわけ威力を発揮するのは「カメムシ」の防除である。ネオニコチノイド系農薬の効き目は絶大で、「わずかな量でも効果が長持ちする」と大変評判が良い(散布回数も少なくて済む)。

稲作にとってカメムシという害虫は、夏場に実りはじめる稲の穂を食害する。カメムシにかじられた米は「斑点米」といって黒い跡が残ってしまう。



この「斑点米」に対する米の品質基準は非情なまでに厳しい。1,000粒に1粒、すなわち0.1%の混入で一等米から二等米に格下げされてしまうのだ。

薄利なコメ農家にとって、二等米という宣告は赤字必至である。そのため、農家側はカメムシの防除に血眼にならざるを得ない。ネオニコチノイド系農薬を神棚に祀ってでも、カメムシの害を防がなければならない。



一方、そうして田んぼに撒かれるネオニコチノイドを、苦々しく見つめるのは野菜や果樹の農家たちである。

稲はミツバチによる受粉を必要としないが、野菜や果樹には必須である。その年の受粉具合によって、その実なりを大きく左右されるのだ。

「疑わしきは罰せず」とはいえ、これだけ世界中で騒がれているネオニコチノイド系の農薬が、日本では緩い規制のままに放任されていることに違和感を感じずにはいられない。



かといって、カメムシが食するのはコメばかりではなく、この虫は果樹園の甘い果物も大好きだ。カメムシが舐めた果実には、サクランボにも柿にも嫌な黒シミと凸凹がついてしまう。果物の場合、わずかな傷すら商品価値はゼロになる。ましてやカメムシの食害をや。

やはり、どの種の農業にとってもネオニコチノイド系の農薬は欠くべからざるものとなってしまっているのである。



日本の農政は、そうした農家の実情に寛大である。

EUが禁止したネオニコチノイド系農薬に対しても、「直ちに使用制限することは適切ではないと考えています」と農水省は明言しており、農薬規制に対する意欲は見せない。






■スギ



受粉を助けるミツバチ

作物を害するカメムシ

そして、ネオニコチノイド系の農薬



資本主義による自由競争の土俵の上にあっては、各個農家の選択は短期的にならざるを得ない。

ミツバチの死骸は見ないようにして、憎きカメムシをネオニコチノイド系農薬で退治する。



かつて作物の受粉は、野生のミツバチなどが勝手にやってくれていたのだろうが、現在のように集約大規模化した農場にあって、その自然の恵みは薄れゆくばかり。

ハチの巣箱を業者に頼んで果樹園に設置してもらい、人も毛バタキを持って咲いた花をトントンして回る。

一方、カメムシの防除は「夢の農薬」に一任。労力、コストの削減を図る。



ミツバチが減ったのが人為的ならば、カメムシが増えたのもまたそうである。

1960年代、日本では拡大造林政策が全国的に行われ、その結果、広大な広葉樹林が伐採され、スギやヒノキといった針葉樹が次々と植林されていった。その面積はじつに森林面積の4割、国土面積の3割を超えたという。

カメムシの大量発生は、そこに根をもつ。おかげさまでカメムシの育つ杉林が一気に増えてくれたのである。



と同時に、いきなり増えたスギ花粉によって花粉症が国民病となった。好ましい花粉(野菜や果樹)は飛ばずに、害となる花粉ばかりが宙を舞うとはいかなることか?

悲しくも、日本に植えられたスギはその後、圧倒的に安価な外国の材木に押され、現在に至っても商品として伐採されることはなく、ただカメムシを養い、花粉を撒くのみである。






■横槍



ぐるぐる回転する生態系に思いを馳せる時、そこに割って入った人為には考えさられる。

人間の入れる横槍はいつも偏愛的である。好ましくない虫のみを殺すつもりの槍が、時に最愛のものを貫き殺し、憎まれっ子を世にはばからせる。



自然界は弱肉強食とはいうものの、じつに多様な種の生存を許しているのは確かである。とりわけ、最も繁栄している昆虫類は最も多様な種にあふれている。

昆虫には、幼虫からサナギをへて成虫になる完全変態という昆虫(チョウやカブトムシ)と、幼虫からすぐ成虫になる不完全変態という昆虫(トンボやバッタ)がいる。

カメムシは不完全変態の昆虫に属し、その中では最も種数が多く繁栄している昆虫である。すなわち、弱肉強食の世界ではかなり強い部類に属することになる。



そうした強い昆虫であるカメムシを遠ざけようとした時、人智はやはり、よほど賢明でなくてはならないようで、闇雲な攻撃はより弱い種を先に追い払ってしまうことになる。

たとえば、無闇に田んぼに薬を撒けば、トンボやクモなど、カメムシの天敵となる虫を先に殺してしまうことになる。その結果は、心ならずもカメムシを助けることにもなってしまうのだ。



自然界においては外に解放されているほど(extensive)、お互いの抑止力は効きやすいようである。三すくみのように、カエルがナメクジを、ナメクジがヘビを、ヘビがカエルを、それぞれが睨み合う。

ところが、世界の農業が目指して来た道は、その真逆の集約化(intensive)であった。種類は少なく、農地は広大に。






■レンゲ草



ハウス農業の盛んな長崎県。

全国有数の生産量を誇るイチゴやメロンは、閉鎖的なハウスの中で栽培される。そのため、養蜂家から借り受けるミツバチによる受粉が欠かせない。

しかしここでもやはり、稲作農家がミツバチに構わずに撒く農薬が、野菜や果樹の生産に悪影響を与えているのではないかと懸念されている。



そんな悩める養蜂家の一人、清水美作(しみず・みまさか)さんは、普段あまり接点がない稲作農家にも理解と協力を求めた。

その話し合いは一筋縄ではいかなかったものの、地域の農協担当者からは「極力、ネオニコチノイド系農薬につていは『自粛』ということで」という言を得られた。



農薬使用を自粛してくれた稲作農家にお礼にと、清水さんは「レンゲ草の種」をみやげに訪れる。

レンゲ草は水田にとって良質な肥料になると考えられ、加えて、その根につく菌が病害虫を寄せ付けにくいとも言われている。そして、その花はミツバチにとっての素晴らしい蜜源ともなる。

細くなってしまったミツバチとの絆を撚り直そうと、清水さんはレンゲ草をその架け橋に選んだのであった。










■謙虚さ



夏目漱石は言う。

「人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向こう三軒両隣にちらちらするただの人である(草枕)」



「ただの人」はミツバチよりも弱かろう。

この点、EU(ヨーロッパ連合)は謙虚であった、と科学ジャーナリストの小出五郎氏は言う。

「やはり、わけわからないと言いますか、人間が全部わかっているわけじゃないと。EUの予防的にものを考えるという精神(予防原則)は、非常に謙虚な気持ちの現れではないかと」



おそらく広大無辺は自然界は、ミツバチを良い昆虫とも、カメムシを悪い昆虫とも捉えていないのだろう。

だが、その視点が狭まるほどに善と悪との区別は明確になっていき、人の目ほどに狭まると、カメムシは明らかな害虫となる。

農薬という観点だけから見ればさらに狭く、その影響はこれまで「急性毒性」しか考慮されてこなかった。



それにしても、本当にデリケートなのは人間だろう。

「人の世が住みにくいからといって、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう(夏目漱石『草枕』)」

弱いがゆえに、その好悪も明確である。






(了)






関連記事:

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出典:NHKクローズアップ現代
「謎のミツバチ大量死 EU農薬規制の波紋」

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2013年06月12日

オランダの「IT農業」と、日本の伝統農業



朝7時

オランダの農場主「フランク・ファン・クレーフェ」さんは、作業着で畑に…、ではなくスーツ姿でオフィスへと向かう。



オフィスに置かれたパソコンには、広大な農場すべての管理情報が一元的に集約化されている。その画面一つで、栽培に必要なすべての情報を把握することができるのだ。

ハウスの温度や湿度、二酸化炭素の濃度や地中の温度など、およそ500項目以上のデータを確認していくクレーフェさん。重要なデータはグラフ化されて示されており、理想的なラインに沿っているかどうかは一目瞭然。



「よし、これで仕事は終わりだ。さあ、帰ろう」

農場のすべてが順調に稼働していることを確認し終えたクレーフェさん。もう一日の仕事が終わってしまったようだ。

あとはコンピューターたちが、勝手に農作物を自動制御してくれる。ハウスなどの農業設備はすべて「IT化」されているのである。



たとえば、土の代わりに使われているのはビニールに包まれた「人口繊維」であり、そこには細いチューブで水や肥料などが常時、適量だけ注がれるようになっている(栽培に使用される水はすべて殺菌されている)。

ハウスの通路に這わせたビニールの管からは「二酸化炭素」を自動で散布。ハウス内のCO2濃度は、光合成が最も活発化するという「外気の2倍以上」に常に自動でコントロールされている。



「ITを使って、生育環境を自動でコントロールできるようになって、自分の『理想通りの栽培』ができるようになったんだ」

農場主クレーフェさんは、満足気に微笑む。










◎スマート・アグリ



いわゆる「スマート・アグリ(Smart Agriculture)」。

オランダは、この「IT技術をつかった農業」において抜群の先進国である。



農場主クレーフェさんのハウスは、オランダの北ホラント州に位置する。

この地域には「アグリポート7」と呼ばれる一大農業地帯があり、縦7km・横2kmの広大な敷地(1,400ha)に巨大なハウス群が工場のようにひしめき合っている。

このアグリポート7には、トマトやパプリカを栽培する企業10社が名を連ねており、クレーフェさんもその一人である。ちなみに、オランダにはこうした計画的な巨大農業地帯が他にも5ヶ所あるという。



農作物の管理をコンピューター化することにより、少ない人手でも、とんでもなく広い面積が管理できるようになった。

たとえばクレーフェさんの管理する農地面積は「54.5ha」であるが、これは日本の平均的な農家(1.8ha)の「30倍以上」である。

「まさしく『農業の革命』だよ。もう農業はITなしでは考えられない」

そう言うクレーフェさん、昨年の売り上げは46億円に達している。



これまでの設備投資には100億円以上かかっているというが、好調の波に乗ってさらに資金を投入。さらなる規模拡大に乗り出しているという。

「うちのトマトの需要は、まだまだ伸びるよ。ハウスをもっと建設しなくては」と、クレーフェさんはノリノリである。










◎世界2位のオランダ



IT技術による「農業革命」の起こったオランダでは、その「輸出額」が世界第2位にまで急浮上した。

世界第1位は言わずと知れた「アメリカ」だが、オランダはこの超大国の後ろにピタリとつけているのである。



数字を見てみると、アメリカの農業輸出額は1,188億ドル(約11兆8,800億円)に対して、オランダのそれは773億ドル(約7兆7,300億円)。

アメリカの国土面積はオランダの「約230倍」。しかし農業輸出額はオランダの「1.5倍」に過ぎない。すなわち、超効率的なオランダ農業は、アメリカより「150倍」優れているということになる(単位面積あたりの単純計算)。



どれほどオランダの面積が小さいかといえば、日本の「九州」くらいの大きさしかない。オランダの国土面積は日本と比べても「10分の1」である。

人口も少ない。日本の約1億2,700万人に対して、オランダは約1,670万人。農家の人口は日本の「20分の1」。

それなのに、農業の稼ぎは圧倒的にオランダに軍配が上がる。先の輸出額で比べれば、オランダは日本のじつに「24倍」の稼ぎを上げている(日本は3,200億円で世界51位)。



オランダは農地も少ない。人口も少ない。

それなのに、日本はもとより、かの超大国アメリカよりも土地利用がうまい。

たとえば、クレーフェさんのハウスは6m以上の高さがあり、日本の平均的なハウスのおよそ2倍の高さ。面積あたりの収穫量は日本の3倍になるという。

それに加えた「スマート・アグリ(IT農業)」。人手も減らせれば、栽培ミスを最小限に抑え、成長の速度や出荷のタイミングも、市況に応じて最適化することが可能となる。






◎農家と政府



いまや世界の最先端をいくオランダの農業であるが、クレーフェさんが子供の頃はそうではなかった。

クレーフェさんが農業を始めた頃もまだIT化はされておらず、彼もハウスの中で働く普通の農場主に過ぎなかった。



転機が訪れたのは、クレーフェさんが農業をはじめて3年目のこと(1985)。EC(EU欧州連合の前身)に、農業大国スペインとポルトガルの加盟が決まったことだった。

「オランダには両国の安い農産物が大量に押し寄せた。だから『海外に負けない競争力』を身につけること、それが生き残る条件になったんだ」とクレーフェさんは語る。

日本にたとえれば、TPP(環太平洋連携)の締結により、アメリカなどの農業大国から安い農産物が雨アラレと降ってくるようなものだろう(現在・未締結)。



一時は破綻の淵に立たされたクレーフェさんだったが、頭を抱えて試行錯誤を繰り返した結果、当時注目されはじめていた「IT技術の農業への応用」へとたどり着く。

そして、大枚はたいたIT化への大決断が、クレーフェさんに大逆転をもたらしたのであった。



崖っぷちに立たされた農家が独自にはじめたスマート・アグリ。オランダの農業革命は、こうした農家主導で展開されていったのだった。

3年前からは、オランダ政府も農業を「産業」としてとらえはじめ、当時の農業省を「経済省」に統合。農業技術の支援などの後押しをするようになった。

「オランダ農業の発展にとって重要だったのは、技術革新が『国から農家に押し付けられたものではない』ということです」と、経済省の農業政策部長ロナルド・ラペレ氏は述べる。



すなわち、農業IT化の当初、オランダの農家は国の保護を受けることができなかった(クレーフェさんが費やした100億円の設備投資も、民間の金融機関から資金を調達しなければならなかったという)。

その事実は、同国の農業体質を極めて強固に生まれ変わらせた反面、IT化の波に乗れなかった多くの農家を脱落させることにもつながった。

過去10年間で、オランダの農家の方々は次々と淘汰されていき、ついには「半減」してしまったという。






◎日本



オランダの農業は、グローバル化という荒波にさらされることにより、痛みは伴ったものの一皮むけることができた。

では、同様の先進国、日本の農業はどうなのだろう?



NHK「時論公論」で示された「農業所得」は少々衝撃的だった。

コメ農家 平均年収48万円
果樹農家 同172万円
露地野菜 同195万円

ちなみに日本のサラリーマンの平均年収は409万円(2011)である。



農家のなかでも最も収入が低い「コメ農家」。

政府からの補助金などを受け取ってなお、月収にして4万円にしかなっていない。ちなみにサラリーマンは、その「8.5倍」の収入を得ている。

いわゆる「所得格差」が大きく広がっている状態である。安倍現政権は「農家の所得倍増」を唱えているが、倍になってもその格差は4倍以上である。



安倍政権が掲げる「攻めの農業」は、第一に「農地の拡大」、第二に「付加価値の増大」、そして結果的に「輸出の拡大」を目指す。

第一の「農地拡大」というのは、現状、各農家の農地が散り散りと「飛び地」になっているため、それを主力農家に集約しようと意図するものである。現在、主力大規模農家の抱える農地は、日本の全農地のうちの5割程度に過ぎないが、それを8割にまで高める算段だ。

第二の「付加価値」というのは、IT化という意味ではなく「6次産業化」。もともと1次産業である農家に、2次産業である「加工」、3次産業である「販売」も手がけさせ、合計「6次(1 + 2 + 3)」の働きをさせようと促すものである。



すなわち、先のオランダの例とはまったく対照的に、日本は「国家主導」で農業改革を行おうという目論見である。そのためには農地の基盤整備コストや融資コストら、数兆円に上る資金が投入される可能性がある。

「膨大なコスト」と「強制力」

これが安倍政権による「農家の所得倍増」計画には求められる。






◎中国



次は一転、「中国」を見てみよう。

こちらはオランダ・日本らの先進国とは風景を異にする「途上国」である。



中国の戸籍は「都市戸籍」と「農村戸籍」に分かれており、中国の人口13億人のうち、都市戸籍を持つ人が4億人(約30%)、農村戸籍は9億人(約70%)といわれている。

近年、中国経済は奇跡的な成長を遂げ、日本を飛び越して一躍世界第2位の経済大国へとのし上がったわけだが、その恩恵を受けたのは主に都市戸籍の人々4億人でしかない。国民の7割を占める農村戸籍の人々は、圧倒的に貧しいままに留めおかれたままである。

つまり、中国経済は一部が上へ上へと伸長する中で、大多数の下がまったくついて来なかったのだ。そしてそれが「所得格差」の根源となった。



開発途上国における経済発展とは、単純に「農業主体の社会」から「工業やサービスが主体の社会」へと移り変わることを意味する。オランダでも日本でも、そうした歩みを経て先進国となったのだ。

だとすると、経済の発展が「農業の発展」に結びつかないのは、ある意味当然のことである。歩みの遅い農業を発展させることよりも、工業・サービスを充実させたほうがずっと近道なのである。



となると、困るのは農業だ。国が発展すればするほど、確実に置いてけぼりを食らうシステムになっているのだから。

案の定、中国の農村戸籍の人々は置いていかれた。だから、中国では農業部門と非農業部門の「格差」がグングンと急速に広がっているのである。










◎票と農村



同様のことが、高度経済成長期の日本でも起っていた。

だが幸いにも、日本政府は中国政府よりも農民たちに優しかった。日本政府は都市で稼いだおカネを「地方交付税」として農村に回し、また農業に対して「多額の補助金」を支払い、かつムダとも思える「公共事業」を地方で数多く展開したのである。

日本政府が農村地域に寛大であったのは、それはコメを生産すると同時に、「票」の成る票田であったからだ。農家への補助金の多寡は、得票率のそれとも直結していたのである。



ちなみに2006年に発足した「第一次安倍内閣」は、すべての農家を保護するやり方から、一定の規模以上の農家を支援する、いわゆる「戦後農政の大転換」を断行した。

しかし、それが「農村の反発」を生んで、自民党が政権を失うキッカケにもなってしまう。これは日本の政治と農業がいかに深く関わり合っているかを示す好例である。



一方の中国政府には「票」が必要ない。この国は選挙というものを依然として嫌うようである。

それゆえに、悠々と農民たちを切り捨てることができた。日本のように、都市で稼いだおカネを、農村に配る動機を中国の政治家たちは持ち合わせなかった。農村にカネを回すよりも、都市部の経済発展にそれを向けたほうがずっと効率的だったのだ。

いわゆる「先に富める者から富め」ということだ。



だが、さすがの中国も最近はそうも言っていられない。あまりに無残な格差に、国民たちも暴れ出す。ゆえに、中国政府は「農民工の給料引き上げ」などに踏み切らざるを得なかった。

その結果、中国経済は減速を余儀なくされた。農民工の月給は数年前まで1万円ほどだったというが、現在は3万円程度にまで大きく急上昇。その負担増によって、移り気な外資などは、より人件費の安いバングラディシュなどに工場を移すことになっていったのだ。






◎中進国の罠



中国で起きていることは、経済学で「中進国の罠(わな)」と呼ばれている現象である。

途上国の経済発展にともなって、労働者の賃金は上昇せざるを得ない。だが皮肉にも、それが経済発展の足カセとなって、先進国らの資金はより人件費の安い途上国へと流れ出てしまう。

その結果、ある程度経済が発展したところで、その成長が頓挫してしまう。これが「ワナ」にはまった状態である。



アルゼンチン然り、メキシコ然り、ブラジル然り。「中進国の罠」にはまった途上国は皆、先進国への階段を登れずに立ち止まってしまっている。

貧しい農家を豊かにすることにも失敗し、社会の格差は広がるばかり。だから足カセが外せずに、上へは登れない。



では、どうすれば、その「ワナ」から抜け出せるのか?

それは技術革新などによって、より「人に頼らない方向」に向かうしかない。工場には人が少ない方がいいし、農地にだってそうだろう。いわゆる「機械化」であり「IT化」である。






◎韓国



罠を上手く抜け出した好例は「韓国」である。

たとえば農業においても、韓国はオランダ直伝の「スマート・アグリ」を展開。パプリカ栽培においては「大輸出国」へと変貌を遂げた。







じつはオランダが世界に輸出しているのは農作物だけではない。その生産システムである「スマート・アグリ」ごと、海外へ輸出しているのである。

その教えを請うた韓国は、見事に第2のオランダを目指しての歩みを進めている。またヨーロッパ圏内でも、ドイツなどはオランダに次ぐ世界第3位の農業輸出国となっている(667億ドル・6兆6,700億円)。



オランダはさらに賢いことに、「スマート・アグリ」を他国に提供することで、自国にも利益をもたらすような仕組みを作り上げている。

たとえば韓国での栽培データは、オランダ本国に返ってくるようになっている。それはシステムを輸出した世界中あらゆる国の栽培データも同様である。



そうしたビッグ・データを研究開発に活かすことで、オランダのスマート・アグリにはますます磨きがかかってくる。どのような環境において、どのような栽培が理想的なのか、その最適化が巧みになっていくのである。

そうしたノウハウが積み重なることにより、オランダという寒い環境のみならず、南の国の環境にも適した栽培プログラムを構築することもできるようになる。すると、それがさらなる競争力強化にもつながるという好スパイラルである。










◎オランダ病



先進国たる日本は、確かに「中進国の罠」から抜け出し、発展の歩みを進めてきた。

だが、日本の農業がその「ワナ」から抜け出せているかというと、そこには疑問が残る。農家と非農家の所得格差はずいぶんと開いてしまっており、国民の税金を補助金としても、その溝が埋まるべくもない。

日本の農業は「機械化」は進んだかもしれない。だがオランダ農業のような「IT化」は進んでいない。



じつは日本の農業、オランダよりも早くIT化に目をつけていたともいう。その歴史はオランダよりも古いというのだ。

だが、日本の肥沃な土壌、そして優れた栽培技術がそれをさほど必要としなかった。むしろ「経験とカン」の方が尊ばれたのであった。

消費者としての日本国民も、完全な施設栽培のものよりは「太陽を燦々と浴びて土で育った農作物」を好んできた。そして、1億人以上いる多大な人口が、日本の農業を国内だけに安住させてしまったのである。



一方、オランダの農業は国内だけに居座るわけにはいかなかった。

国土も狭ければ、人口も少ない。それは韓国も同様であった。だから、両国ともに海外へと打って出るしか生き残りの道がなかった。



しかし、海外依存が高まれば、それはそれでリスクも背負い込むことになる。

いわゆる「オランダ病」というもので、輸出依存の強すぎる国は、自国通貨の為替レートの上昇によって、一気に産業が暗転してしまうことがある。

かつて、オランダが欧州における天然ガスの大産出国であり、かのオイルショック時(1970年代)には、膨大な富を自国にもたらした。だがそれは同時に、自国通貨ギルダー高に直結し、そのあとオランダ経済は急速に悪化したのである。



いずれにせよ、「内外のバランス感覚」は世界の荒海の中で安定を保つには、必須の要素であるようだ。

日本という国も、高齢化により思考が内向的になる中にあって、外へ向かう姿勢が必要とされてきている。

どうやら「守りの農業」ばかりでは、罠の中に暮らすことになってしまいそうだ。上から降ってくる補助金にも限度があるだろう。










◎攻め



「攻め」の動きは、小さいながら日本にも起こっている。

たとえば、岩佐大輝さん(35歳)はIT企業の経営を行いながら、2年前に「農業法人」株式会社GRAを設立。イチゴのIT施設栽培に挑んでいる。

彼の選んだ地は、東日本大震災で被災した宮城県南部の山元町。5億円を投下して構えた巨大ないちごハウスには、至るところにIT技術が散りばめられている。



「セグウェイ」という立ち乗りの自動二輪車で、ハウス内を見回る岩佐さん。

「二酸化炭素が足りないとセンサーが判断すれば、二酸化炭素が出てきますし、寒かったら暖房を足します」と話す。

すると日差しが強くなったからか、「ガーー」と天窓が自動で開きはじめる。







お爺ちゃんがイチゴ農家だったという岩佐さんは、震災後のイチゴ農家の光景のあまりの惨状に多大なるショックを受けたという。

「こんなに被害を受けて、何も残らないじゃないか…」

足元の惨状を見て岩佐さんが見据えたのは「世界」だった。

「世界で勝てる農業を作らないと、10年もしないで継続不可能になってしまう…!」



そう決意した岩佐さんは、被災地での成功事例を示そうとすると同時に、インドにも進出。巨大なイチゴの植物工場の建設を始めた。

「インドで流通しているのは、酸っぱくて美味しさが劣る『四季なりイチゴ』ですが、日本のイチゴと同じ価格です。需要は高い上、マーケットは巨大です」

もし被災地からグローバル企業が出たら、「世界で戦える」という刺激が日本の農家に与えられるのでは、と岩佐さんは考えている。







セグウェイに乗った岩佐さんは、つやつやのイチゴを採ってきた。

「光ってますよね。これは糖度20を超えてますよ。砂糖みたい」

それはIT化の結晶でもある。

「農家の匠の技をITプログラムに詰め込みました。ITで細かく管理することによって、いわゆる美味しさや味は磨かれると思います」



そのブランド名「ミガキイチゴ」には、そうした想いが込められている。

「ダイヤモンドだって、最初は石コロじゃないですか」

そう言うと、岩佐さんのセグウェイは広く明るいハウスの向こうへと消えていった。













(了)






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過疎から生まれた「神のコメ」。神子原米と高野誠鮮

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出典:
NHKクローズアップ現代「農業革命”スマート・アグリ”」
NHK時論公論「成長戦略 実現できるか 農家の所得倍増」
JBpress「『農民国家』中国の限界」
「匠の技とITの融合 〜復興を超えた想像への道〜 岩佐大輝」

posted by 四代目 at 07:51| Comment(1) | 農業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月08日

過疎から生まれた「神のコメ」。神子原米と高野誠鮮


「酒の飲める女子大生」

まさか、彼女たちが過疎の地域を救うサキガケになるとは…。



当時、国土交通省がやっていた「若者の国づくりインターン事業」に目をつけた「高野誠鮮(たかの・じょうせん)」氏は、石川県の羽咋市(はくい・し)に「酒の飲める女子大生」2人を派遣してもらった。

「この2人が、じつに良く働いてくれたんです。どんなに飲んだ次の日でも、朝早くから草刈りしたり、農作業を手伝ってくれて…」



羽咋(はくい)市役所の職員である高野氏は、「貴様など、農林水産課へ飛ばしてやる!」と言われて、思いもよらず農業と関わることとなっていた。

「人間が面白いなと思うのは、自分が一番不得手なものが壁として現れることです。今やっている農業も、若いころは『絶対に嫌だ』と思っていましたからね(笑)」と高野氏。



奇縁に奇縁が重なり、羽咋市のコメ(神子原米)はいずれローマ法王の口に入り、世界のブランド米となる。

そして、その立役者となった高野氏は「スーパー公務員」と呼ばれることに…。

今回は、そんな物語である。







◎二足の草鞋


高野誠鮮(たかの・じょうせん)氏の本職は、じつは住職。家は代々、日蓮宗のお寺であった。

次男だった高野氏は、自分が家を継ぐことさえ思いもよらぬことだった。ところが兄は、早々に東京へ出ると、埼玉に家を建ててしまう。明らかに「寺を継がない」という意思表示だ。

「私どもの日蓮宗の決まりでは、寺は日蓮宗のもの。兄か弟である私が継がなければ、宗門から別の人が来て継ぐことになるんです」と高野氏。



高野氏が腹をくくったのは29歳の時。しかし、檀家といっても100軒程度。とても生活はできない。結婚もできないかも…という不安から、高野氏は同時に羽咋市の臨時職員にもなった。

住職と市の職員、二足の草鞋(わらじ)である。ちなみに、父も住職と法務省の職員をやっていた。

「いま考えると、自分が一番就きたくないと思っていた職業に就いてしまったです。僧侶なんて、なんの生産性もないし、役人なんて、つまらないと小バカにしていましたから…」と高野氏。



◎UFO


「UFOで町おこし」

それが市役所で高野氏が最初に手がけた仕事だった。NASAのロケットや宇宙服などが展示された「コスモアイル羽咋」という宇宙博物館は、日本初の試みであり、年間20万人が訪れる重要な観光スポットとなっていた。

しかし、当時の市長は「宇宙なんて税金のムダ使いだ」という立場に立っており、事あるごとに高野氏とぶつかっていた。



ある時、高野氏が博物館で上映するための映像を、アメリカから800ドルで買い付けてきた。

ところが市長は、800ドルを800万円と勘違いしてしまった。「800万もの税金を、こんな下らないことに使うとは…」、その市長の愚痴は折り悪く市民にもらされた。



「800万円ではなく『800ドル』です。日本円にすれば8万円程度ですから、訂正して下さい」。高野氏は市長にそう食ってかかった。

「いや、認めない」と市長。

「訂正して下さい」と高野氏。

「認めない!」と市長。

「……」



その押し問答の末、高野氏は農林水産課に飛ばされることになる。

「おそらく彼(市長)の中では、農林水産課が『一番底辺の部課』だと思っていたのでしょう(笑)」と高野氏は振り返る。




◎限界集落


「神子原(みこはら)地区」

山間部の農地に補助金を出す仕事に変わった高野氏はついに、のちに運命となるこの地に足を踏み入れることになる。

神子原(みこはら)地区は、羽咋市の中でも極めて高齢化率が高く、65歳以上の住民が半数を超える「限界集落」と呼ばれる状態にあった。



「おまえ、ここがあと何年もつか、分かるか?」

神子原地区の農家の一人は、そんなことを言ってきた。

かつては1,000人を超えていた人口も、いまや500人程度に「半減」。離村に次ぐ離村、離農に次ぐ離農、耕作放棄地は増える一方。補助金の説明会に顔を出す人々は「出てくる人、出てくる人がみんな75歳以上」であった。



「もう、心がザワザワして…」と高野氏。

役所の出す補助金が、本当に地域の役に立っていたのならば、きっとこんな状態にはなっていないはず。しかし、今までの補助金は明らかに、限界集落を根本から立て直すものではなかった。



農村の急峻な坂を、乳母車を押しながら腰をかがめて登っていくおばあちゃん。

そんな姿を眺めながら、「この人たちが生きているうちに、何とかしたい」、そんな想いが高野氏の胸を突き上げていた…。



◎ガリガリに痩せた手


「地域はお金がないから疲弊するんじゃないんです。行動しない、何もしないから疲弊するんです」と高野氏は語る。

「人間の集まりが地域ですから、私は『人体のメカニズム』と同じだと考えています。地方の疲弊した地域は『ガリガリに痩せた手』と一緒です。そこに輸血して、必要以上の血液が流れ込んだら壊死します」



じゃあ、どうするのか?

「リハビリ運動しかないんです。自分で行動するしかないんです」

人体が拡大したのが地域社会。地域社会が拡大したのが日本。そう考えれば、答えは自ずから見えてくる、と高野氏は言う。

「疲弊した地域は、とにかく行動して、自分たちで持続的に栄養を運んでくる。これしかないと思ったんです」



◎補助輪を外しませんか?


「ブランド米をつくろう」

傾斜地の多い神子原(みこはら)地区。その棚田の歴史は古く、鎌倉・室町時代の古文書にも登場する。

昼夜の寒暖差が激しい上、巨大なため池が山上にあり、田んぼには清らかな水が流れ込む。そこで作られるコシヒカリを「神子原米(みこはら・まい)」として売りだそうという戦略を高野氏は立てた。



「農家の問題は、自分がつくった食糧に『自分で値段をつけられないこと』なんです」と高野氏。

天候や様々な条件によって生産原価はその都度変わる。しかし、「農協に持ち込めば、一つ作るのに100円の原価がかかっていても、80円の値段がつけられてしまう」。要するに、安く買い叩かれてしまうのである。



その結果、神子原(みこはら)地区の農家の平均年収は、わずか87万円(当時)。

「当然、子どもは跡を継ごうとは考えず、都会に出てサラリーマンになる。だから人が減ってしまうんです」と高野氏。

そこで、農家が「自分で値決めをできるシステム」が必要だと高野氏は考え、それを住民たちに訴えた。



「役所と農協の補助輪を外して、自立しませんか?」

この高野氏の提案には、なんと「ヤジの大嵐」。

「そんなことは無理だ!」

69世帯のうち、賛成してくれたのは、事前に根回しをしていた一軒を含めて3軒のみ。



「コメを売ったことがない奴が、何を言うとるがい!」




◎酒の飲める女子大生


疲弊した集落ほど「排他的」になっている。

「ヨソ者は、村の秩序を乱すげんぞ」

その声に「そうだ、そうだ」と高齢の人々は賛同する。



「オレら、戦時中に疎開でやって来た人を村に迎えたが、とっても嫌だった」とある人が語り出す。

「朝の掃除はしないし、大事にしている祭りにも参加しないし…。ヨソ者が来たら、村の秩序が乱れるんや」

「そんな思いは、もうしたないげん!」

「そうだ、そんな人間と一緒にくらしたくない!」

いつの間にか、集会場には怒声がこだましていた…。



そこで登場するのが、冒頭の「酒の飲める女子大生」。

「猿の社会を見ていると、ボス猿のところに若いオス猿が来ると、威嚇するんです。ところが『メス猿』が来ると知らん顔している(笑)」と高野氏。

「だから、農家の親父さんの敵にならないのは女子大生。『親父さんと一緒に酒を飲めたらさらにいいだろう』と考えました。やっぱり農家は家長制度が残っていて、すべての物事を決めるのは親父さんなのです」



◎風穴


「田舎の閉鎖性」というのは、周りに思われているほど強固ではなかった。

酒の飲める女子大生が開けた風穴は、どんどん大きくなっていく。

学生を受け入れたところで農家の役に立つとは限らない。むしろ、ほとんど役に立たない。それでも、未熟な彼らを迎え、彼らに教え、交流することで、農家の人々の『受け入れの許容度』は豊かに広がっていった。



ガリガリに痩せた手を揉みほぐし、血を通わせ始めたのは、酒の飲める女子大生を始めとする若い力であった。

住民たちはいつの間にか「外国人でもいい」というほどに受け入れを好むようにもなっていた。

学生連中にとっても田舎での経験は豊かなものであり、ある留学生は「ニューヨークには帰りたくない」と泣き出すほどであったという。



「日本人ほど、『近い存在』を過小評価する民族はいないんです」と高野氏。

「近くに素晴らしい宝の原石があっても、遠くにあるものの方が素晴らしいと評価するのが日本人なのです」



◎天皇皇后両陛下


コメの「ブランド力」を上げるには、どうするか?

高野氏は「偉い人々に食べてもらおう」と考えた。



「まずは、ここは日本ですから『天皇皇后、両陛下』です」

「神子原(みこはら)」は、「皇」に「子」と書いて「皇子(みこ)」と読むからゴロもいい。また、羽咋市のある石川県は旧加賀藩になり、宮内庁には前田家18代目にあたる前田利佑氏にお願いすることもできた。



「いいですね。料理長にお願いしましょう」

あっけないほど、その直談判はあっさり通った。天皇皇后両陛下に、神子原のお米を定期的に食べてもらう道が拓けた…、かに思えた。



ところが、ホテルでお祝いのドンちゃん騒ぎをした後、部屋の伝言メッセージには、「さっきの件はなかったことにしてくれ」と…。

陛下の召し上がるのは、「献穀田」からのお米だけと決まっていたのだ。



◎ローマ法王


「一瞬ガクっときましたが、次はバチカンのローマ法王にお手紙を書いたんです」と、めげない高野氏。

「山の清水だけつくった、安全で美味しいお米がありますが、召し上がっていただける可能性は1%もないですか?」と。



しかし、1ヶ月たっても音沙汰なし。2ヶ月たっても何もない。

「ダメだ。ならば次に行こう」

高野氏は、今度はアメリカ大統領に頼みに行く交渉を始めた。アメリカは漢字で書けば「米国(コメの国)」だから、その大統領に食べてもらおうと発案したのだった。



その交渉の最中、諦めていたローマ法王庁から嬉しい知らせが突然舞い込む。

「来なさい」と。

「採れたばかりの神子原米9袋(計45kg)をトランクに入れ、千代田区三番町の坂をガラガラと引っ張って、ローマ法王庁大使館前まで持って行きました」と高野氏。



玄関先にはカレンガ大使が出迎えてくれていた。

「『神の子が住む高原』の名がつく美味しいお米を、法王に味わっていただきたい」。そう言って、高野氏は神子原の新米をお出しした。

「神子原(みこはら)」を英語に訳すと、「the highlands where the son of God dwells」。すなわち「イエス・キリストが住まう高原」となる。



ローマ法王庁のカレンガ大使は、色よい返事を返してくる。

「『小さな集落』から『小さな国』への架け橋を、私たちがさせて頂きます」

神子原は人口500人程度の「小さな集落」。対するローマ法王庁のバチカンという国も、人口800人足らずの「小さな国」。神子原のコメは、その架け橋になったのだった。



◎ブレイク


「ローマ法王、御用達米」

全国紙やテレビがこぞって神子原米を取り上げるや、もの凄い量の注文が押し寄せる。値段はというと、「こちらの言い値」ですんなりと決まっていく。

「それまで一粒も売れていなかった神子原米は、一ヶ月でなんと700俵(42トン)も売れたんです」と高野氏。



いままで一俵1万3,000円にしかならなかったコメは、ブランドとなった神子原米の名で、3倍の4万2,000円に跳ね上がってもなお完売。

「農業やってて良かった」との声が、過疎の集落に自然と広がる。年間の補助金はわずか60万円ほどであったが、農家の月収は30万円を軽く超えていた。



「申し訳ありません。売り切れてしまいました」

東京の白金や成城、田園調布の奥様がたからの注文を高野氏は断っていた。

「もしかすると、ご贔屓にされているデパートにあるかもしれませんが…」



高級住宅街の奥様がたがデパートに殺到することにより、神子原米のブランドの名はいよいよ高まった。

「今は全国の老舗といわれるデパートに全部入っています」と高野氏

こちらからデパートに頭を下げて「置いて下さい」と頼み込んだわけではなかったので、コメの値段を叩かれることはなく、やはり「こちらの言い値」で神子原米は販売されるようになった。



◎農薬


「日本の農薬使用量(面積当たり)は世界一なんです」

高野氏はそう話す。

「農家は厳しい財政状況のために、補助金に頼らざるを得ません。その結果、農業指導の一環として、大量の農薬を使用することになるのです」



そんな日本農業界の中にあって、高野氏は「無農薬・自然栽培」を奨励してきた。

現在、神子原の棚田にはカニやカエル、ヤゴなどを見ることができる。ヤゴ(トンボの幼虫)がいるということは、苗をつくる際の育苗剤も用いていないということだ。この農薬はヤゴを絶滅させることが近年明らかになっている。



「もともと田畑に住んでいた生き物たちを、私たちは『害虫』として駆除してきました。でも、世の中には害虫は存在しないんです。雑草と言われている草にも意味があるんです」

高野氏がそう言う通り、「自然界には雑草という言葉も、害虫もない」。すべての命には意味がある。

「私たちはそのことを知らないだけなんです…」と、高野氏は遠くを見る…。



◎生き物


私たちは、自分たちが口にする食べものも「生き物だ」という当たり前の事実すら、忘れがちになる。

つながり合った生命同士が、ひとつの生態系を生み出し、その結果生まれた作物が人間や動物、虫たちの食べ物となる。



昭和30年代まで、神子原でも田んぼで採れたドジョウを食べていたという。それを食することで、ドジョウの育つ環境を大切にしようという気持ちも皆もっていた。

ドジョウを餌とするトキも、神子原ではかつては当たり前の光景だったという。ちなみに、神子原の位置する能登半島は、本州で最後に「野生のトキ」が目撃された場所でもある。



また、海彦山彦の伝説の原型を能登半島に見る人もいる。「能登では、神が住む地を人が必要とし、人が住む地に神が訪れている」と考えられていた。それゆえ、海外の研究者の中には、神子原を「エデンの園」と称する者もいるほどだ。

「自然への敬う心と感謝の念。この想いゆえに、水質を汚し、田畑を農薬で汚染するという事態を回避できたのかもしれません…」

「自分が生きやすい世の中は、あらゆる生命体にとっても生きやすい世の中であるべきです」



◎宇宙と農業のドッキング


神子原の稲の上に止まっているヤゴ(トンボの幼虫)は、宇宙からも見える。

「神子原の棚田には一反(10a)当たり50〜60匹のヤゴがいます」

人工衛星からは、その数までがカウントできるのだ。ちなみに、農薬が多用されている田畑にヤゴはほとんどいない。



前述したように、神子原の位置する羽咋市(はくい・し)は、「UFOで町おこし」をしており、高野氏自身も深くそれに携わっていたことがあった。

そんな経緯があってからか、羽咋市では人工衛星によって水田稲作のデータを解析する栽培方法が用いられている。



植物の葉には、赤領域の波長の光を「吸収」し、近赤外線領域の波長の光を「反射」する特性がある。

その特性を利用すると、稲穂が作られる時期(出穂期)、人工衛星が撮影した稲の葉のデータを分析すると、穂の含まれている「タンパク質」の量が測定できる。

美味しいお米ほど、タンパク質の含有量は低いため、葉のデータからタンパク質の含有量を知り、それを施肥の案配などによってコントロールし、美味しいお米を効率よく作ることが可能になる。衛星データと実際の食味値の誤差は、「前後0.5%程度」だという。



「宇宙と農業がドッキングした」

宇宙は税金のムダ使いどころか、農業のコストダウンにつながった。人工衛星データの分析により、無駄な肥料が削減されたのである。

高野氏は人工衛星による田畑の測定・解析を「普通のパソコン」でやってのける方法を開発し、そのデータ解析は一反(10a)当たり700円と、大手業者の10分の1以下のコストに抑えることにも成功している。



◎失敗


「行動しないから、ますます疲弊する」

そう信じる高野氏は、疲弊した町を「電気」に例える。



「私たちは、電気が切れたら新しい電球に取り替えますよね。だけど、疲弊した町では役所も住人も『暗い、暗い』と嘆いているだけ。しかも、その内容も『ハシゴから落ちたらどうする』ってそんなことばかりです」

「ハシゴに上って、電球を替える行動をとらなければなりません」と高野氏は言う。

羽咋市における高野氏の行動は、わずか4年で限界集落を救うことに成功した。神子原地区の高齢化率は54%から47.5%へと劇的に改善したのであった。



しかし、排他的になっていた住民たちと協調する過程には、容易ならざるものであった。

かつて高野氏が、「補助輪を外して自転車を漕いで、一度転んだからといって、乗ることを諦めますか? 何回でも失敗すればいいじゃないですか」といった途端に、灰皿が飛んできた。

「失敗しろとは何事か!!」



「ひっくり返ったら、どうする?」

「転んだら、どうする?」

「今はいいけど、コメの人気がなくなったら、どうする?」

住民たちの不安に際限はなかった。



それでも、高野氏はやめなかった。

「印刷物の計画書の通りには世界は動きません。でもそれは計画書が甘いから出来ないのではなく、実行しないから出来ないのです。過疎高齢化の問題にしても、何度議論すれば高齢化率が1%下がるのでしょうか?」



「何度も失敗したからこそ、私たちは補助輪なしで、初めて自転車に乗れました」と高野氏。

現在、神子原の農業法人「神子の里」は年間一億円の売上があり、各農家もサラリーマン並みの年収を謳歌するようになっている。



◎視座


「視座を高める」という教えがある。

地域サイズ、日本サイズ、世界サイズ、宇宙サイズ…と、様々な視座があり、その視座を高めることで、見える景色が変わってくる。



「世界」という視座で農業を見た時、高野氏には希望しか見えなかったという。

「九州ほどの面積しかないオランダが、世界第3位の農業輸出国なんです。日本は48位ですが、それは、これまで日本が世界で売れるものをつくってこなかったからです。やり方さえ考えれば、日本の農業も一大輸出産業になる可能性が十分あります」と高野氏。



視座を高めれば見える景色もあれば、視座を低めた時にしか見えない景色もある。

理想論ばかりでは住民はついて来なかったかもしれないし、ローマ法王の顔色をうかがってばかりでは、ヤゴに嫌われていたかもしれない。

その点やはり、すべての生命はその大小に関わらず、つながり合っているのだろう。



◎腐ることと枯れること


除草剤や農薬肥料を一切使わない農法にチャレンジしている高野氏は、不思議なことに気が付いていた。

「この農法で栽培された米で握ったおにぎりは、腐らないんですよ」

なるほど、朝握ったおにぎりに、晩にはカビが生えているようでは、江戸時代の人々はおにぎりを持って旅に出ることなど適わなかったはずだ。

「昔のおにぎりは、カチンコチンの乾飯(ほしいい)になって、お湯を入れたら元に戻っていたんです」と高野氏。



「でも、今のおにぎりは腐りますよね。野菜も冷蔵庫で溶けてしまいます」

しかし、高野氏がつくるホウレン草もトマトは腐ることなく「枯れるだけ」だという。

「人間も同じです。昔の僧侶は枯れました。でも、今の人間は死んだ後に腐ります。なぜか? 身体に余計な薬品が入っているからです」



「腐る農業か? 枯れる農業か?」

枯れているだけならば、蘇る可能性を秘めている。しかし、いったん腐ってしまうと、それは周りのリンゴまで腐らせてしまうかもしれない。

日本の農業は腐っているのか、それとも枯れているだけなのか?



「一人の人間の身体で起こることは、集落・社会・世界でも起こりうる」

ガリガリに痩せた神子原の手は、高野氏の尽力よって今、その血色を取り戻すことができた。

そして今、日本も…。







関連記事:
世界に広がる「日本のコメ」。田牧一郎氏の開拓魂。

世界にタネを蒔くトキタ種苗。自然とともに…

世界の「農地」は奪い合うしかないのだろうか。



出典:致知2013年3月号
「これが地方の生きる道 高野誠鮮」




posted by 四代目 at 06:14| Comment(1) | 農業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月26日

「10」のエネルギーが、「1」の食糧にしかならない? 省エネへ向かう農業


食糧は巨大な「エネルギー食い虫」。

現代の食糧生産に必要なエネルギーは予想以上に膨大である。

食糧の生産から流通、加工、調理、保存のために消費されるエネルギーは、アメリカ全土で使用されているエネルギーの約10%をも占めている。



「ここ50年以上もの間、世界の食料生産・流通拡大を支えてきたのは、化石燃料と肥料だった」

ここ50年、食糧問題解決のためには、エネルギー投下が惜しまれることはついぞなかった。トラクターや灌漑用電動ポンプ、化石燃料から合成した肥料や農薬などの技術革新が寄与し、「エネルギーの大量消費で、食料生産は大幅に増加した」。

この「緑の革命」とも呼ばれる農業革命はとりもなおさず、エネルギーの大量消費によって成されたものである。そのおかげで「カリフォルニア州セントラルバレーのような『砂漠』が、世界的な果物生産地へと生まれ変わることもできた」。



しかし現在、食糧とエネルギーは「新たな時代」を迎えつつある。

人類の用いることのできるエネルギーは「無限ではない」。明らかに有限。

「多くの国々がエネルギー需要の削減、とりわけ化石燃料の削減に取り組んでいる」

輸送や発電、建物がエネルギー消費削減の対象として注目され、そして、たとえそれが食糧生産のためであろうと、もはや聖域ではいられない。ましてや、農業肥料の使いすぎが河川や海洋の水質を汚染しているともなれば、その浪費はもはや害悪である。



◎10:1


「単純な計算をするだけで、食糧生産の『効率の悪さ』がわかる」

そもそも、植物の光合成自体のエネルギー効率がよろしくない。「通常、光合成によって植物の貯蔵エネルギーに変換されるのは、受け取った太陽エネルギーの『わずか2%未満』に過ぎない」。

その植物を家畜などに食べさせて「食肉」に変換するならば、その効率はさらに悪化する。「植物から牛肉への変換効率は5〜10%、鶏肉では10〜15%」。太陽光という自然エネルギーを食物に変換することは、それほどの非効率さの上に成り立っているのである。



さらに、収穫された食物の輸送から加工製造、そして食品の包装・調理・冷凍・出荷・販売と、大地の食物が人間の口に届くまでには、多くの人の手、そしてエネルギーを必要とする。

その結果、「アメリカでは、『食物エネルギー1単位』を生み出すために、ざっと『10単位の化石燃料エネルギー』を消費している」。



「10:1」

エネルギーを「10」用いて、食糧は「1」しかできない。これが現実である。

それでも「世界では10億人が飢餓に瀕しており、さらに10億人は飢餓の一歩手前にある」。大量のエネルギーに依存した「緑の革命」は、一時的な花火のようなものでもあったのだ。

また、飢餓が解消されぬ一方で、「真冬に地球の裏側からサラダや新鮮なオレンジが届く」という非効率な現実もある。



今から40年後(2050年頃)までには世界人口が90億人を超えると予想されており、ある専門家によれば、それまでに食糧生産を「倍増」させる必要があるという。

そのために今後求められる革命は、かつての「緑の革命」のようなエネルギー大量消費型ではなく、それよりもずっと省エネタイプのそれである。



◎地産地消か適地適作か


食糧問題とエネルギー問題を同時に解決しようとする時、従来の解決策は「役に立つとは限らなくなる」。

たとえば「地産地消(ロカボア)」。この運動は、近場(地元)の食物を食べることにより、遠隔地からの輸送などにかかるエネルギー消費を抑えようと目されたものである。

しかし、限られた地域であらゆる食物を生産しようとすると、逆にエネルギーの無駄が生じてしまう。その土地に合わない作物は、その適地に比べて余計な肥料や水を必要とするからだ。



「意外なことに、数1,000kmも離れた場所から食品を輸送した方が、エネルギー消費や環境への悪影響が少なくて済むこともある」

たとえば、イギリスで羊を育てるよりも、適地であるニュージランドで羊を育てた方がずっと効率的である。ニュージランドの方が「肥料や灌漑を必要とせず、雨水で育つ牧草を食べて成長する」からだ。そのため結局、ニュージランドで育てた羊をイギリスに輸送したほうが省エネということになる。



やはり作物や動物には「適地」というものが存在し、その適地で育てることでエネルギー効率は最も良くなる。

「地産地消か適地適作か?」

省エネという観点から見た場合、その軍配は「適地適作」に上がることも少なくない。



◎バイオ燃料


アメリカでは、トウモロコシ畑の面積の4分の1以上(12万平方km)が「エタノールの生産」に用いられている。これは、エネルギーが食糧に変換されるのではなく、逆に食糧がエネルギーに直接変換されている例である。

しかし、「トウモロコシだけではエネルギー問題を解決できないことを、ワシントンの政治家たちも珍しく理解している」らしい。

これからは、食べられるトウモロコシの穀粒(実)をエタノール精製することを止めようともしている。それもそのはず、世界で何10億人もまともな食にありつけていない中、食べられる食物を潰してエネルギーに変えることに批判の集中は免れない。



過食部分(実)の代わりに、茎や葉の食べられない部分からエタノールや合成石油をつくるようにすれば、批判の矢は避けられる。

アメリカ連邦政府は2022年までに、全輸送用燃料の20%(約1億3,600万立法m)をバイオ燃料に置き換えるという目標を掲げているが、そのうち約6,000万立方m(約44%)を「セルロース由来のもの」とすることを規定している(セルロースというのは「茎や葉」に含まれるものである)。



しかし、セルロース由来の燃料は生産が難しい。

なぜなら、セルロースという物質自体、自然界の植物が途方もなく長い年月をかけて「分解しにくいもの」として進化してきたものだからだ。それを効率よく分解できるのはキノコなどの菌類くらいのものである。

「エタノール生産のためにセルロースを分解するということは、自然に逆行することになる」

その分解に必要とされるのはある種の「酵素」であるが、酵素は「おカネの代名詞」といわれるほどに金食い虫である。「酵素を工業的に大量生産するには、おカネがかかる」。



◎糞尿


農業現場でエネルギー変換できそうなものは、分解しにくいセルロースばかりではない。

アメリカの家畜農家からは毎年10億トン以上もの「糞尿」が生み出されているが、それらを溜め込んである沼は「エネルギー密度が極めて高い」。

「糞尿を再生可能な低炭素バイオガスとして燃やせば、数値上、アメリカの発電量の2.5%の電力を生み出すことが可能である」



と同時に、それは温室効果ガスの抑制にもつながる。

糞尿の沼を放っておくと、それは環境を悪化させる「ホットスポット」と化してしまうが、そこに嫌気性浄化槽と超小型タービンを組み込んでしまえば一転、小さな発電所に様変わり。

「ドイツの小さな町ユーンデは、町の暖房と炊事を賄えるほどのバイオガスを生産し、国内のガス供給網に頼らずに済んでいる」



昔々は、作物の肥料とされた家畜の糞尿。「かつての農民は化学肥料の代わりに糞尿を田畑に撒いていた」。しかし、分業化が進んだ現代農業の現場では、家畜農家と作物栽培農家の循環は極めて乏しい。

「大規模な家畜飼育で発生する大量の糞尿は、地域の需要をはるかに上回り、遠隔地の大規模農場に輸送するには費用がかかりすぎる」



もし、それら大量の糞尿が「電力」に変換できれば?

省エネはもとより、造エネともなりうるとのことだ。



◎点滴灌漑


「従来の大規模農法には、極めて『無駄』が多い」

たとえば、畑全体にスプリンクラーで散水する方法では、「空中に散布される水の大半は蒸発してしまう」。蒸発せずに作物に達した水滴も、根ではなく葉に当たることが多く、「さらに多くの水分が蒸発して失われてしまう」。

アメリカでは、「褐色の砂漠の真ん中に円形の緑地帯」がよく見られるが、それは円を描くように配置されたスプリンクラーの水が届く範囲に緑が生い茂っているからである。しかし、その散布される水の多くが「無駄」に蒸発してしまっているのだという。



それに対して、「点滴灌漑」という手法は対照的である。点滴灌漑とは「畝に沿って、作物の根の付近に細い管を配置し、根に直接水を与える方法」。

「トウモロコシ農家は、点滴灌漑によって水の使用量を40%、エネルギー費用を15%減らせる。こうしたシステムが普及すれば、全米で毎年、何千メガワット時もの電力を節約できる」



また、トラクターで土地を耕す際も、「レーザー水準器」を使って農地を水平に地ならしするだけでも、水の消費量は減らせるのだという。

というのも、たいていの農地には緩い傾斜があって、均一な給水ができない。そのため農家は「農地の一部が水不足になることを避けるために、農地全体を水浸しにする場合が多い」のである。

余計な灌水は、「肥料や土壌の流出」をも招く。するとまた、農地が肥料不足になることを避けるために、農家は余計な肥料をも散布するという悪循環になってしまう。



◎精密農業


いまや、トラクターにも「GPS」の搭載される時代である。

「GPS誘導によって、農地管理と植え付けを文字通りセンチ単位で実行できるようになった」

無駄な隙間や時間、燃料を減らせる上に、トラクターを自分で運転する必要すらなくなる。人間の目ではよく見えない夜間や濃霧、降雨時にも農作業ができるため、生産性も高まる。



トラクターにGPSを取り付けるには1万ドル(90万円)程度の費用がかかるというが、GPSを取り付ける利益は「費用を上回る」という。

「燃料の節約」というのが最も大きな理由であり、さらには農地の場所によってバラつきが出がちな肥料や農薬の散布を微調整でき、結果的に散布量を減らせるからでもある。



こうした緻密な農業を「精密農業」と呼ぶが、この言葉はこうしたGPS対応のトラクターやコンパインなど、最新農機の登場によって生まれた概念である。

最新農機の先進農法は、確実に「省エネ」へと向かっている。



アルゼンチンの半数以上の農家が採用している「不耕起農法」というのは、「土壌を耕耘せずに、特殊な植え付け機で種子を細い溝状に植えつける農法」であるが、それは最新の農機により可能になった技術である。

「耕耘が減れば、労働量や灌漑、エネルギーを減らせる」



省エネ農業の観点から見れば、「遺伝子組み換え作物」も肯定化されうる。

なぜなら、「最低限の水で育つように遺伝子操作された作物を植えれば、エネルギーや水などの資源の利用効率がはるかに良くなる」からだ。



◎消費者による省エネ


省エネできるのは、農地だけではない。

「『廃棄される食品』を減らすことでも、10:1のエネルギー・食糧比率を引き下げられる」

生産される食糧のなんと25%が毎年廃棄されており、これはアメリカの年間エネルギー消費量の2.5%にも相当するのだという。



また、「エネルギー消費の多い肉類から、エネルギーの消費の少ない果物や野菜、穀類などに切り替えるだけでも有効だ」。

肉類の生産は、穀類の4倍ものエネルギーを必要とする。そのため、人々がエネルギー消費の少ない食品を選択するだけでも、全体のエネルギー消費を減少させることができるのである。



ちなみに、卵 → 肉魚 → 乳製品 → ナッツ類 → 果物 → 野菜類 → 穀類、この順番で食糧生産に必要なエネルギー消費は減っていく。

卵や乳製品は、生産に必要なエネルギーが大きいだけでなく、最終的に廃棄される割合も30%以上と極めて高い。また、肉魚の廃棄は16%程度と、平均廃棄率よりもずっと低い。



◎不均一


こうして概観してみると、食糧生産・食糧消費には多くの無駄なエネルギーが消費されていることが明らかである。

そして幸いにも、それらの無駄は最新の技術や人々の行動の変化によって、十分に削減できる余地が残されている。



前時代の20世紀の反省は、野放図にエネルギーを散逸させてしまっていたことなのかもしれない。

余計な灌水が肥料の流出を招くように、あり余るほどの食糧は大量の肥満となって社会に流出してしまった。そして他方では、飢餓が解消されることはついぞなし…。それはまるで「不均一な農地」のようなものであり、一部が水浸し、そして一部が水不足といった状態だ。



もし、レーザー水準器を搭載したような発想があれば、世界全体の食糧の偏りは水平に地ならしできるのかもしれない。さらにGPSも搭載しているのであれば、それはセンチ単位でも微調整が可能となろう。

どうやら我々はようやく自分たちの居場所を、おぼろげながらもGPSで知ったようである。

そして、これからの新しい時代、我々はもっと「賢く食する」ことを求められていくのだろう…。







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出典:日経サイエンス2012年4月号
「省エネしながら食糧増産」

posted by 四代目 at 05:04| Comment(1) | 農業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする