2011年06月02日

緒方洪庵、コレラとの闘い。その意思を現代に継ぐ塾生たち。

かの福沢諭吉に「温厚篤実」と評された「緒方洪庵」。

弟子たちに笑顔で諭(さと)す洪庵。

「微笑んだ時のほうが怖かった」と弟子たちは口をそろえる。

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江戸時代末期、死の病であった「天然痘」。かかった子どもの多くは亡くなった。洪庵自身も、幼少時、天然痘に苦しめられた。

この死の病(やまい)を予防する「種痘」という手法(現在の予防接種)を、日本全国に広めたのが「緒方洪庵」である。

6万人もの子どもたちに「種痘」を接種し、天然痘による死者を激減させたと伝わる。

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緒方洪庵の功績は、これだけではない。

彼の主催していた私塾「適塾」からは、新時代の明治を羽ばたく優秀な逸材が巣立っていった。

先述の「福沢諭吉」もそうである。彼は、「慶応大学」の創始者、「学問のススメ」などで知られているが、医療面では、日本初の「伝染病研究所」の設立に尽力している。

その「伝染病研究所」の初代所長「北里柴三郎」も、「適塾」の門下生である。

「ペスト菌」を発見した彼は、「日本細菌学の父」と呼ばれている。当時は「ドンネル先生(雷おやじ)」と呼ばれていたそうだが‥‥。

福沢諭吉の死後、生前の大恩に報いようと、北里柴三郎は慶応大学「医学部」を設立する。



洪庵の弟子には、「佐野常民」もいる。

元老院議員でもあった彼は、「赤十字社」を日本に導入した人物として知られている。

佐野常民が赤十字社を知るのは、パリ万博。この万博に刺激をうけて、日本初の博覧会を国内で開催したことから「博覧会男」との異名も持つ。

日本赤十字社が現在にも続き、先の大震災においても、存分な働きをしていることは衆目の知るところである。



また、「手塚良仙」。

この名前にピンときた人もいると思うが、そう、彼は「手塚治虫」の曽祖父である。

手塚治虫は、曽祖父である良仙を主人公の一人としたマンガ「陽だまりの樹」を執筆している。

漫画家・手塚治虫が医療に明るいのは有名で、名作「ブラックジャック」は、現在につながる「医療マンガ」ブームの火付け役となった。



などなど、緒方洪庵の「適塾」の門下生はキラ星のごとし。

現在にも、その功績の光は届いているのである。



そんな洪庵にとっても、「コレラ」は難敵だった。

アメリカの「ミシシッピ号」からバラまかれたという「コレラ菌」は、またたくまに日本全国、津々浦々を蹂躙。そこらじゅうでバタバタと人が死んでいった。

「畑でクワを持ちながら、倒れて死す」

「船頭がサオを持ちながら、倒れて死す」という有様であった。

死の恐怖に慄然とする人々は、奇々怪々な治療法に安易に飛びつき、パニックは日常茶飯事となった。

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正しい知識を皆に伝えねばと、洪庵は当時の治療法の集大成「虎狼痢(コロリ)治準」を全国の医師に配布する。

それらの治療法は、正しいものばかりではなかったが、無知による無用なパニックをなだめるのには、大いに役立った。

ドラマであれば、ここで「南方先生」が登場するのだが、実際に「コレラ菌」が発見されるのは、緒方洪庵が死んでからである。

残念ながら、洪庵はコレラの治療法を見つけ出すことができなかった。



緒方洪庵の残した言葉がある。

「不治の病の患者に対しても、苦しみを和らげ、一日でも長くその命を保つことに努めなさい」

目の前で死にゆく塾生たち。医師でありながら無力な自分。

「たとえ救うことができない病であっても、患者の心を癒すのが仁術というものである」

コレラの前に、治療を投げ出す医者が多かった中、洪庵が治療を投げ出すことは決してなかったという。

死の間際まで治療を続けることにより、救われた命もあった。



結果的には、「コレラ」という大敵に打ちのめされた洪庵。

その「果たせぬ想い」が、弟子たちに脈々と受け継がれ、現代に続いている。



問題を解決することだけに価値があるわけではない。

安易な解決により、失ってしまうものさえある。

問い続け、考え続けることによってしか得られない果実が確かにあるのである。



出典:歴史秘話ヒストリア
「幕末スーパードクターズ〜緒方洪庵と江戸の名医たち」
posted by 四代目 at 07:17| Comment(0) | 医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月31日

世界初の全身麻酔、成功させたのは日本人だった。華岡青洲の物語。

江戸後期、一人の村医者が「乳ガンの手術」を成功させる。

「華岡青洲(はなおか・せいしゅう)」である。

彼の偉業は、世界で前例のなかった「全身麻酔」によって、「乳ガン手術」を成功させたことである。

麻酔の歴史には、中国・三国時代の医師「華佗(かだ)」や、インカ帝国の「コカ」の麻酔手術が伝わるが、いずれも伝承の域を出ない。



「華岡青洲」は33歳のとき、妹・於勝を乳ガンに亡くす。

医者でありながら、身内の病(やまい)を癒せなかった青洲の無念。

「乳ガンなる病(やまい)を、治療する術(すべ)はないものか?」



青洲の執念は、西洋の文献から治療法を見つけ出す。

ところが、その治療法は、現代の外科手術であり、当時は最新の西洋医術ですら「全身麻酔」は実現していなかった。



「全身麻酔」として、青洲が着目したのは「薬草」。

苦心の末、曼陀羅華(チョウセンアサガオ)、草烏頭(トリカブト)などの「毒」をもつ薬草に狙いを絞る。

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犬による実験は成功。今度は人間だ。

自分で飲んでは、試行錯誤を繰り返す。

無理がたたり、神経をおかしくする青洲。それを見かねた「妻・加恵」は、自分の身を実験台にして欲しいと懇願する。



妻・加恵の献身もあり、「全身麻酔薬(通仙散)」は遂に完成する。

しかし、その成功の陰には、副作用による「妻の失明」という大きな代償があった。



華岡青洲、一世一代の「全身麻酔薬」。

最初の乳ガン患者は、65歳の老婆・勘であった。

「老い先短い」自分の身を使って欲しいとの申し出であった。



麻酔を効かせ、腫瘍を摘出。

腫瘍は大人のコブシほどもあったという。

問題はここからであった。麻酔から醒めるかどうか?



無限に感じられた10時間ののち、老婆・勘は静かに目を覚ます。

ここに、世界初の「全身麻酔」による「乳ガン手術」は成功を収める。

この快挙は、西洋(アメリカ)に先んじること40年。

西洋人に見下されていた日本人による、見事な一矢であった。

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以後、青洲は143名の乳ガン患者を手術したと伝わる。



現在の「日本麻酔科学会」のシンボルマークは、世界初の全身麻酔に使われた薬草「曼陀羅華(チョウセンアサガオ)」。

華岡青洲の功績を讃えてのことである。



1835年、青洲は76年の生涯を閉じる。

生まれ故郷、和歌山の地に葬られる。

今に伝わる青洲の墓、その隣りには、妻・加恵の墓が、こじんまりと身を寄せている。




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出典:歴史秘話ヒストリア
「幕末スーパードクターズ〜緒方洪庵と江戸の名医たち」
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2011年05月30日

「天然痘ウイルス」保存の是非に見る、大国、小国、テロの三つ巴。



戦国時代の伊達政宗が、右目を失明し「独眼竜」となったのは?

「天然痘(Smallpox)」が原因と言われている。



「天然痘」は感染者の「3人に1人」が死亡するというほど強力な感染症であるが、1977年のソマリアの青年患者を最後に、以後、感染例は報告されていない。

世界保健機構(WHO)が根絶を宣言するのは、その3年後、1980年5月8日である。日本では、1955年に根絶されていた。



「天然痘」は、もはや歴史の遺物と化したかと思っていたが、そうでもない。

先ごろ、天然痘の「最後のウイルス株」を「保存すべきか?」「破棄すべきか?」の議論で、世界が真っ二つに割れた。



アメリカ、ロシア、欧米各国、中国などは「保存派」。

北アフリカ諸国、イラン、タイ、ジンバブエ、マレーシアなど20数カ国は「破棄派」である。

現在、天然痘の「最後のウイルス株」は、アメリカ(疾病予防管理センター)とロシア(国立ウイルス学・バイオテクノロジー研究センター)の2ヵ所に保存されている。



なぜ、天然痘の保存が議論になるのか?

一つの理由に「生物兵器」として、「テロ組織に悪用される恐れ」がある。



過去の歴史では、「天然痘ウイルス」が「生物兵器」として悪用された暗い過去も実際にある。

アメリカ大陸における、侵入者の「白人」と原住民の「インディアン」の戦いで、白人は故意に「天然痘ウイルス」をバラまいたという。



白人たちは、天然痘患者が使用し「汚染された毛布」をインディアンに贈った。

当時、天然痘はヨーロッパ大陸のもので、新大陸アメリカのインディアンは「免疫」を持たなかった。

病原に抵抗力のなかった「インディアン」たちは、次々と死亡。致死率は9割にも上ったという。全滅した部族も数知れず。

この悪行は19世紀に入っても、「民族浄化」の名の下に続けられたという。



現代の社会においても、もし「天然痘ウイルス」が拡散されれば、アメリカのインディアンのような被害を受ける危険性がある。

最後の「ウイルス株」を破棄せよと強硬に主張する国があるのは、そのためである。



「天然痘ウイルス」は「核兵器」の保有と通ずるものがある。

実際、天然痘ウイルスの「保存派」の主力は「核保有国」である。

「最後のウイルス株」がアメリカ・ロシアの2カ国にしかないのは、それ以外の国々が「保有を認められない」からである。

まさに「核保有」と同じ構図である。



大国により作られた「不公平」に、小国が反発するのは当然である。

小国は大国を恐れ、大国はテロを恐れる。そのテロは小国から生まれる。

ヘビ・カエル・ナメクジの「三すくみ」のごとく、「恐れ」の連鎖は無限に続く。

「恐れ」の源(みなもと)にある「お互いの不信感」がある限り、世界はこの無間地獄から逃れることはできない。



本当の脅威は「天然痘ウイルス」それ自体にはない。

大国の不透明さが、「疑心暗鬼」というウイルスを世界に培養している。

大国のジャイアンぶりは、いつまで続くのか?

posted by 四代目 at 06:02| Comment(0) | 医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする