2011年12月17日

自然を守ることは、貧しくなることか? セーシェルの克服した現代の矛盾。


「牛」のひくタクシーが走る島がある。

しかし、「走る」という表現は適切ではない。そのタクシーは歩く人よりも遅いのだから…。まさに牛歩。タクシーとはいえ自動車ではなく、牛車である。

この島(ラ・ディーグ島)では、自動車が「40台のみ」に制限されており、8,000人住むという島民たちは、個人的に自動車を持つことが許されていない。



なぜか?

それは、ある鳥(パラダイス・フライキャッチャー)のためだ。

この鳥は、自動車の音が大嫌いなのだとか。



「この鳥を見たものは、幸せになれる」とも言われるのが、この鳥、パラダイス・フライキャッチャーである。

しかし、現在は200羽前後にまで減ってしまい、絶滅危惧種にも指定されている。「ラ・ディーグ島」では、この鳥を含めた自然環境を守るという意識が高い。それゆえに、自動車がほとんど走っていない。



この島の属する国家は「セーシェル」。

アフリカ大陸の右側(東側)に散らばる115の島々からなる国家である。

自然豊かなこの国は、世界でも有数の自然環境保護国家である。なんと国土の半分近く(47%)が「自然保護区」に指定されている。




なぜに、そこまでするのか?と言えば、過去の歴史において、この小さな島々の自然環境が「破壊された」苦い経験を持つからである。

かつて、セーシェルは「フランス」の植民地であり(セーシェルという国名はフランス人の蔵相にちなむ)、のちに「イギリス」の植民地となった(1815〜)。



宗主国であった英仏は、島の木々を伐り倒し、そこら中にココナッツを植えまくったという。「ココナッツはカネになる」という理由から。

宗主国にとっての植民地は、田畑のようなものであり、その土地の生産性(利益率)をいかに上げるかが最も重要視されたのである。

必然的に、その土地の「長期的な発展」などは顧慮されない。生産性が落ちた時には、また別の土地を探せば良いだけである。



要するに、セーシェルの美しい島々は「乱獲」されたのである。

この島に暮らす「海ガメ(アルダブラ・ゾウガメ)」は、船乗りたちにヒョイヒョイと持っていかれ、一時絶滅の危機に瀕したという。

この亀は2ヶ月間飲まず食わずでも生きるために、長期航海の生きた食料として格好だった。

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セーシェルがイギリスからの「独立」を果たすのは、35年前(1976)。

フランスが領有権を主張してから(1756〜)、イギリスの手を経て(1815〜)、じつに200年以上に及ぶ長き植民地時代は終わった。

しかし、その200年間に失われたものは大きかった。島々はすっかり様変わりしてしまっていた。



独立したセーシェルの初代大統領となったのは「アルベール・ルネ」氏。彼の心の内には、「失われた自然」を取り戻したいという強い想いがあった。

しかし、独立したからには、「理想」ばかりを語ってもいられない。国家の収入を確保するために、自国に産業を起こさなければならない。

とはいえ、セーシェルの島々には石油もなければ鉱物もない。他のアフリカ諸国のように、「資源」に頼ることは不可能だった。



セーシェルには何がある?

「美しい自然があるではないか。よし、それを”ウリ”にしよう」

そうなった。



普通の発想であれば、できるだけ多くの「観光客」を呼び込もうと画策するかもしれない。

ところが、セーシェルは違った。逆に「観光客の数をあえて制限した」のである。



なぜなら、徒らに観光客の数だけを呼び集めてしまったら、たくさんのホテルが必要になり、それに合わせてレストラン、ナイトクラブも必要になる(それを経済効果とも呼ぶのだが…)。

そうなってしまうと、最大のウリである自然環境が保てなくなってしまう(一時的に経済は発展したとしても…)。



ここにジレンマがある。

「経済的な利益(カネ)をとるか? 環境保護(自然)をとるか?」

このジレンマは一見、トレードオフ(どちらか一方しか選べない)関係のようにも見える。「カネのためには多少の自然破壊も止むを得ない」と。



ところが、セーシェルは違った。頭の固い人々が両方獲れないと思い込んでいた「二兎」を、両方とも手中に収めたのだから。

自然を守りながら、おカネもしっかりと頂戴したのである。それが、「観光客を少数に絞り込む」という戦略だった。

観光客が少なければ、それほど自然を荒らさなくて済む。必要な収入を確保するためには、一人一人の観光客からたくさんお金を貰えばいいではないか。



とあるセーシェルのホテルは、一泊「100万円」もする。

そのホテルの宿泊客は平均で10泊はするという(100万円 × 10泊 = …)。

選ばれし観光客にとっては、セーシェルのプレミア感はプライスレスとなっている(一泊平均70万〜120万円)。



ある島(クーザン島)には、一週間に一度、月曜日の午前中にしか立ち入れない(入場料4,000円)。

人間の足跡の少ないその島は、奇跡の自然の連続である。

その奇跡は、人間の立ち入りを制限したことで保たれ、週に一度だけ開放することにより、選ばれた人々だけが楽しめるという仕組みの上に成り立っている。



もともと、セーシェルの島々は奇跡の自然の宝庫であった。

なぜなら、この島々は、かつての巨大大陸ゴンドワナが分裂した時の「破片」のような島々で、アフリカ大陸の生態もあれば、アラビア半島、インドなど多種多様な生態が絶海の孤島(セーシェル)に取り残されていたのである。

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その稀有な動植物たちは、暗い植民地時代にその多くが失われてしまったわけだが、完全に息の根を絶たれたわけではなかった。

細い細いクモのような糸に、貴重な生命は辛うじてつながれていた。



セーシェルは、その”か細い”生命の糸を大事に大事に育(はぐく)んだ。

そのために彼らのしたことは、主に「見守ること」だった。



さすがにココナッツは抜き去った。

植民地時代に数千本も植えられたココナッツは、放っておけば繁茂する一方。自然環境を不自然に傾けてしまう。

しかし、立ち入りを制限したクーザン島では、新たな植物の種を植えることはしなかった。鳥のフンに混じった植物の種が、自然に発芽し、自然に育つのを邪魔せずに「ただ見守った」のである。



時の経過とともに、植物は多様性を増し、鳥たちは住処を取り戻した。

セーシェル・ワーブローという鳥は、一時20数羽にまで減っていたが、いまや4,000羽にも増えたという。

しかも、人間を恐れない。人間に危害を加えられたことのない証であろう。独立後、セーシェルの人々は、40年近くも「見守り続けた」のである。

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この島(クーザン島)に人間が入る前には、必ず専用の船に乗り換えなければならない。それは、ネズミなどの害獣や、よけいな病気などを島に持ち込まないようにするためだ。

そのため、クーザン島には鳥たちの害獣が少ない。まさに鳥たちの楽園。彼らはいずれ飛ぶことを忘れてしまうかもしれない。かつてのニュージーランドやオーストラリアの鳥たち(ダチョウ・エミューなど)が飛ぶことを忘れてしまったように…。



果たして、セーシェルは自然保護を利益に結びつけることに成功した。

自然を護れば護るほど、利益も上がるという「矛盾」がまかり通ったのである。



この美味しい話に、他国が寄ってこないわけがない。

「毎週100件以上の『開発の申請』があります」とセーシェルの環境省は頭を悩ます。



新規開発に対して、セーシェルの求める環境基準は厳格である。発電のための太陽光パネルを要求したり、海水を淡水化する装置の設置を義務付けたりする。

この仕組みにおいて、開発側が利益を搾取することは難しい。それでもセーシェルへの進出は確実な収入源となるため、セーシェルの言うことには素直に従わざるを得ない。

こうした構図も特異である。通例、開発する立場の方が強いものであるが、セーシェルでは、それが逆転してしまっているのだから。



ひょっとして、我々は何かに操られていたのか?

経済発展のためには、自然環境が犠牲になるのは当然だと思い込んでいた。

ところが、セーシェルでは矛盾するはずの経済と自然が見事に両立している。開発されていない自然を楽しむために、喜んでお金を払う人々は予想以上に多かったのである。

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この国(セーシェル)は、日本の一都市程度の規模しかないため、一様の比較は難しい。

しかし、小さなスケールで可能なことには、知恵次第では大きなスケールでも実現できる可能性が秘められている。



「矛盾したことを両方やろうと思うところに、知恵は湧いてくる」

ツイッターの津田大介氏は、そんなことを言っている。



津田氏はセーシェル大統領(ミッシェル氏)に日本のことを尋ねた。

すると、大統領はこう答えた。

「環境を守ることが、同時に国を守ることにもつながるということに、気が付かれてはいかがでしょうか?

日本にしかないもので、世界にアピールできるものは、たくさんあります。

その魅力をさらに磨き、世界と分かち合っていくことが大事なのではないかと思うのです。」



選ばれし観光客たちに支えられたセーシェルでは、医療も教育費も「無料」だという。教育は大学まで無料で、さらに留学の費用も賄ってもらえるのだとか。

そんなセーシェルでは、子供たちに「見守ること」を教えている。

種や苗木を植えたら、あとは「見守る」のだ。動植物たちの深遠な知恵を、人間が邪魔してはいけない。



人間のできることは限られている。

そして、時には「何もしない」ことが最善だということもあるだろう。

自動車で急ぐばかりが能ではない。時には牛の歩みのようにユルリとしてみれば、思わぬ近道に気付かされるかもしれない。



日本のバブル期に「開発」された観光地の多くは、今どうなっているのだろう?

かつてはスキー場だったのであろう山々もあれば、シャッターだらけの温泉街もある。何のために観光客を呼んだのだろう?

自然をウリにしながらも、自然から遠ざかってしまっていたのではなかろうか?



セーシェルは自然にグングンと近づいていった。

人を遠ざけることにより、人々は大金を払ってでも、その自然の中に入りたいと渇望するようになった。



自然を守ることは、決して貧しくなることではない。

開発すれば豊かになるということでもない。

セーシェルを知り、そんなことを考えてみた。





関連記事:
「ないない尽くし」に価値がある。一乗谷の意外な広告戦略。織田・朝倉の戦国大名に想いを馳せながら。



出典:地球イチバン
「地球でイチバン自然と“なかよし”の国」〜セーシェル共和国〜


posted by 四代目 at 17:07| Comment(0) | 自然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月04日

日本にはあえて水に沈む橋がある。「沈下橋」に見る「柔」の思想。


「沈下橋(ちんか・ばし)」というのが、日本各地に残る。

沈下橋とは「潜水橋」とも言い、その文字通り「水に沈む橋」である。



何のために沈むのか?

沈下橋が多く残されている地域を見れば、その理由は自ずと浮かび上がってくる。

宮崎、大分、高知、徳島、三重……、そう、「台風」の通り道、水害の多い地域である。



沈下橋の一見して分かる特徴は、「欄干(手すり)」がないことである。

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欄干がないことにより、大水で流されてくる「土砂や流木」が橋に引っかかりにくい。必然、橋は流されにくくなる。

沈下橋は大水が治まるまで、荒れ狂う水の中でジッと身を潜めるのである。

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橋に欄干(手すり)がないと危険ではないか?

確かに、ヨソ見をしていれば川に落ちてしまうかもしれない。しかし、その欄干のせいで、橋が流されてしまうのでは割に合わない。

言うまでもないことではあるが、橋は人を渡すために作られるのである。その点、欄干は「飾りか気休め」のようなものである。まさか、その飾りに足を引っ張られるわけにはいくまいという理屈である。

本末転倒にならぬよう、欄干は潔く省略されているのである。



沈下橋のもう一つ上をゆく橋に、「流れ橋」というものもある。

流れ橋とは、「橋げた(渡る部分)」が流れてしまう橋である。

「橋げた」は流されても、その土台である「橋脚」は流されない。いや、むしろ「橋脚」を守るために、「橋げた」は自ら流れていくのである。



「柔よく剛を制す」

強烈な大水の流れに逆らわず、橋の一部を流してしまうことで最も大切な部分を存続させる。

忠節の誉れ高き武士のような橋が「流れ橋」である。

なんと日本的な発想の建造物であることか。



「柔らかさを残して、強い力を受け流す」という発想は「柔構造」とも呼ばれる。

「柔構造」に対するのは、徹底して力で対抗する「剛構造」である。

これらの語は、「地震」に耐える建物を造る際によく用いられるものである。



かつて、この「柔構造」と「剛構造」の是非について、激しく議論が交わされた時代があったという。

時は関東大震災(1923)後、地震に強い街の復興を模索していた頃。

真島健三郎という人物が「柔構造」という建物を提唱したのである。建物にある程度の「柔らかさ」を持たせることにより、地震の衝撃を建物全体で受け流すという発想である。

古くは日本の五重塔などが、このような発想に基づいた建造物とされている。

しかし、欧米的な思考が世を席巻していたご時世にあっては、真島のような「柔派」はじつに少数派であり、大多数が「剛構造」を支持していたとのことである(柔剛論争)。



一時は軽視された「柔構造」の発想も、時代が下るにつれ見直しの機運も高まる。

1965年、日本最初の超高層ビルとして建造された「霞が関ビル」の設計では「柔構造」が採用されている。

そして、その設計を行った武藤清氏は、「柔剛論争」時の「剛派の論客」であったというのが面白い点である。



時は下り、来年グランド・オープン予定の「東京スカイツリー」。

その構造の柱とされたのが、五重塔で用いられていた「心柱」だという。

「心柱」は建物本体とは分離されており、地震時に心柱が建物本体と逆の方向へ揺れて、全体の揺れの度合いを軽減するのだとか。

日本の五重塔は、台風や火事による損壊はあるものの、地震による倒壊の記録は見当たらない。歴史の証明する「柔構造」の傑作である。



「力という発想」で、どこまで自然の猛威に対抗することが出来るのか?

建造技術の躍進により、橋にしても建物にしても、ちょっとやそっとではグラつかない強靭な建造物が造られるようになった。

ついに、人智は自然の叡智を超えたのか?



しかし、その栄華もツカの間。

近年の自然災害は「想定」を超えるものばかりである。

津波では流されないとされていた鉄筋コンクリートのビルまでが流されてしまう。建物ばかりが頑丈でも、肝心の地面が耐えられない(液状化など)例も見受けられる。

さらに、強度を増せば増すほど、その重量が重くなり、かえって自重で自壊する例もある。



治水に関しても、考えを新たにしなければならない。

堤防や水路で仕切って、水を一ヵ所に集めるという発想は破綻をきたしている。処理しきれぬほどの水が流れ込んでしまうことも少なくない。これは「剛」の治水の限界である。

かつての武田信玄の治水においては、水を集めて治めるという発想ではなく、「水を分散させて治める」という手法であったという。いうなれば「柔」による治水である。



日本の長き歴史は、日本人に「力で自然に抗することの虚しさ」を教えていたのであろうか?

日本人に「剛」という性質は似合わない。この国民は自然を足下に抑えこもうとはして来なかったのだ。

偉そうにふんぞり返るよりは、地面に身を平らにする。その様はまるで水に沈む「沈下橋」のごとし。



「上には上がいる」のであろうから、どこかで妥結点を見出す必要もあろう。

勝とう勝とう、強く強くでは重たくなるばかり。

負けて勝つのが粋ではないか?



風波の波頭に立ち続ける人もいれば、潮の満ち引きに応じて立ち位置を柔軟に変える人もいる。

「メガネをかけたキャッチャー」古田敦也氏は「優柔決断のすすめ」という書を書いている。

優柔「不断」ではなく、優柔「決断」である。

「優柔」とは本来「グズグズすること」を意味するが、この柔らかさを逆手にとれば「極端に走らず、バランスをとる」ことに通ずる。




沈下橋、五重塔……。

その構造は、「優柔」であるがゆえに大いに価値が高まった。

日本人の残した想いは、苦境に立たされたときにこそ、ふと輝きを増すようだ。



出典:新日本風土記 「仁淀川」

posted by 四代目 at 07:03| Comment(0) | 自然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月27日

オババのいる4000年の森。山は焼くからこそ若返る。


「カンチョー、カンチョー」

そう言いながら「タラの木」を棒で叩く「オババ」がいた。

タラの木を叩いて「タラの芽」を落としているのだ。「カンチョー」とは鹿のことらしい。

鹿がタラの芽を食べると、「角(つの)」がポロッと落ちるというところから、「カンチョー」と言えばタラの芽もポロッと落ちるのだとか。

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ここは、九州・宮崎県の山奥、平家の隠れ里とも言われた「椎葉(しいば)村」の森である。

「オババ(87歳)」はこの村へ嫁に来て以来、60年以上も森とともに生きてきた。

「お金が一銭もなくとも、火と水と塩さえあれば世渡りはできますよ。」



そう言うオババは森の植物を何百種と熟知している。何が食べられ、何が食べられないのか。

食べられる「土」まで知っている。「イモゴ土」という赤土は、大飢饉の折にソバ粉に混ぜて食べられていたのだとか。



そのオババの恒例行事が「焼き畑」である。

8月になると山を焼く。

「焼き畑」で一番怖いのが「山火事」だ。8月は山が最も水分を含んでいるため、山火事にはなりにくい。



焼き畑の後に「雨」が降ってくれる日時を慎重に選ぶ。

しかし、天気予報を見るわけではない。「山鳩」の声に耳を澄ますのである。

「アヤーオ ヤーオ」と良い声で鳴いてくれれば、次の日には「雨」が降る。

そして、「雲」が山から谷へと下って来れば、山を焼く準備は整う。



焼き畑の前には、神に祈る。

「山の神様、火の神様、どうか火の余らぬように……。よう焼けてたもれ……。」



火は山の斜面の「上」から入れる。先祖伝来の「火退(ひぞ)かし焼き」という手法である。

2時間ほどもすると、火は斜面の「下」まで回ってくる。そうすると、火は風を呼び、煙が一ヵ所に集まるように舞い昇る。

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「火の神様と風の神様が一緒に天に舞い上がる」

オババの読み通り、キレイに焼けた後には「雨」が来た。



山がまだ熱いうちに「ソバ」の種を蒔く。

ソバの種を見たことがあるだろうか?

その形は三角であり、3つある端の1つでも地面に触れれば発芽する。「ひと転がりで発芽が始まる」。

ソバはこう言うそうだ。「オレをそんなに埋めんでも、ちゃんと生えてやるよ。簡単にしてよかよ。」

「オレの端(はし)を隠すより、オマエの恥(はじ)を隠せよ。」



ソバは植えてからわずか一ヶ月で「花」を咲かせる。

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そして、3ヶ月せずして「収穫」ができる。

「恥を隠す」ヒマもないほどのスピードである。なんとも有難い植物である。



オババはこのソバの種を60年以上守ってきた。

「植えては種を取り」の繰り返しを60年以上である。

「いったん切らしたら、この種はどこにも無い。」



世界の環境論者はこう言うかもしれない。「焼き畑は環境破壊だ!」

おっしゃる通り、世界には焼き畑により再起不能となった森が数多く存在する。

しかし、オババの森は4000年間も焼き畑を続けながらも、いまだ森は壮健なのである。



オババは言う。

「山を焼くと、森が若返る。」

30年したら木を切り倒す。そうすると、切り株から新しい芽が出てくるのだ。そして、また次の30年に新しい命が与えられる。

しかし、30年以上経ってしまった木は、切り株から新芽が生えてこなくなる。そして、その木は次の30年を生きられるかどうか分からない。

樹木が「代替わり」を繰り返すことにより、森は常に若々しい状態を保てるのである。



オババは樹皮を噛(かじ)る。

甘ければ栄養が葉ッパから根ッコへ戻っていることになる。葉ッパの栄養が根ッコに蓄えられていれば、たとえ木を切り倒しても、根から再び新芽を出すエネルギーが湧き上がる。

しかし、栄養が根ッコに戻らぬうちに切り倒すと、勢いの良い新芽には恵まれない。



オババは音も聞く。

幹に耳をあて、ヒューヒューという音を聞く。

音が木の「切り時」を教えてくれるのだ。「切ってくれ〜、若くしてくれ〜」と木が言うのだそうな。



焼いた一年目は「ソバ」。

二年目は「ヒエ」、三年目は「小豆(あずき)」、四年目は「大豆(だいず)」。

これで終わり。焼いた畑は4年使ったら、山へ返す。

次に焼くのは30年後である。

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このユルリとしたサイクルが森に活力を与え続けるのだ。

少し刺激を与えるほうが、山は力を増す。

恵まれた環境では山は実力の半分も出さないが、いざとなると(少し焼かれると)、120%の力が大地から湧いてくる。



森は焼かれたとて、それは表面上の出来事である。

森の本当の命は、土の中に蓄えられている。地表から5cmも潜れば、火の熱はほとんど伝わってこない。

ミミズやダンゴムシは土中で火をやり過ごす。火が収まるや、焼けて出来た新しいエサをバクバクと食らい始め、次々と新しい土を作り出す。



キノコの菌糸などもそうだ。小動物よりもっと細かく土を分解してゆく。地中を分解し尽くしたら、地上に顔を出してお馴染みの「キノコ」になる。

つまり、キノコが出た土地はもう分解が終わっているのである。

そして、キノコは新たな菌糸(胞子)を風に任せて飛ばしてやる。



オババは自分では何も新しいことをしたことがないという。

「ピシャっと昔の人の言うことを守らないと、焼き畑はできない。」

こうした伝統が山と人を結び付けてきたのである。



オババは山にとって見事な歯車である。

オババがいるから、山は動き続ける。その歯車は大き過ぎず小さ過ぎず、ちょうどピッタリと山に収まっている。

もし、少しでも動きを違(たが)えれば、自然は失われてしまうのかもしれない。

こういう様を「絶妙」と言うのだろう。



オババは生きることを「世渡り」と言った。

俗に言う「世渡り」とは、人と人の間をうまくやっていくことだ。

それに対してオババの「世渡り」は、自然界とのバランスを絶妙に取りながら生きてゆくという意味である。



我々は人の間さえ渡れれば、それで満足してしまいがちだ。

しかし、それは小さな世界の一つに過ぎない。

その小さな世界に囚われ過ぎると、いつのまにか自然界とのバランスを失ってしまう。

それは、自然に全く興味のない人々かもしれないし、逆に過度に環境保護を訴える人々かもしれない。



自然界は「大は小をかねる」が常に正しいわけではない。

「過ぎたるは及ばざるが如し」ということもままある。

自然界にピタリと収まる型を見つけるには、その場その場の流れに合わせてゆくより他にない。



少なくとも、オババは4000年の歴史の継承者として、すでに見事な型を持ち合わせている。

オババの「カンチョー」が自然を破壊することは決してない。



4年前、ハトの夫婦のように一緒に暮らしていた夫に先立たれた。

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それでも、オババは山を焼いてソバを植え続ける。

オババがいるから、この山はいつも元気だ。





「焼き畑」関連記事:
焼畑は環境破壊か? 日本人と森林の深い仲。



「森の不思議」関連記事:
なぜ「マツタケ」は消えたのか? 本当に失われたのは自然との「絶妙な距離感」。

2つの海流が育んだ、日本列島の奇跡。水の国はこうしてできた。

最悪の山火事からの再生。森のもつ深遠なダイナミズム。




関連記事:
紅葉、そして落葉。その本当の美しさとは?

期待すべき植物の「浄化力」。汚しっぱなしの人間とキレイ好きの植物たち。

動かず生き抜く植物の智恵。知られざるコミュニケーション能力。

まさかの「三陸のカキ」。これほど早く食べられるようになるとは…。畠山重篤氏とともに。





出典:NHKスペシャル
「クニ子おばばと不思議の森」


posted by 四代目 at 10:22| Comment(0) | 自然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月09日

世界の「魚」は減っているのか? すごい勢いで「地球の貯金」を使い続ける人間たち。

よく聞かれる言葉に、こんなものがある。

「昔は魚がいっぱい獲れたけど、近頃じゃ……。」

魚は減っているのか?



世界の海の「魚」が減っていると気づき始めたのは、1990年代。

カナダで「タラ」が捕れなくなったことから、その問題は世界的なものとなった。

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もちろん「魚は減っていない」との反論もあった。なぜなら、世界の「漁獲量」は依然として増え続けていたからだ。

「魚が獲れ続けているのに、魚が減っているはずがない。」



そんな反対派が真っ青になったのは、2000年に入ってからである。

彼らの拠り所としていた「漁獲量」のデータが、不正確であることが判明した。

中国の「漁獲量」は、実際よりずっと少なかった。地域の役人たちは、手柄を上げるために「漁獲量」をとんでもなく「水増し」していたのである。

データを適正化した結果、やはり世界の「漁獲量」は減っていたと判った。



ある統計では、ここ50年で「90%」も魚が減ったとしている。

しかし、反論もある。「そんなに減っていない。せいぜい70%減だ。」

どっちにしろ、「半分以下」になっているのは確かなようである。



魚が獲れなくなって、一番困ったのは、地元の漁師たちである。

大型漁船は、巨大な網で魚を根こそぎにできるが、小さな船では、魚が獲れなくなった。

魚が激減した主因は、大型漁船による乱獲であるにもかかわらず、そのトバッチリは小さな漁師たちを直撃したのである。



世界的な話し合いがもたれるも、政治的な合意は状況を好転させることはできなかった。

「漁獲割り当て」という制限は、じつにユルいものであり、逆にその制限が問題をややこしくしてしまった。

西アフリカの小さな国「セネガル」は、その「漁獲割り当て」を先進国に売却するようになった。そうすると、「セネガル」の漁師は、魚が獲れなくなる。その結果、地元漁師は職を失った。

大型漁船が、小さな漁船を駆逐したように、大国が小国の漁業を奪ってしまった格好になった。

いつも、いつも、歪(ひず)みの「シワ寄せ」は弱者に行ってしまうようである。

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大型漁船の網は、よほどに巨大らしい。

その網には、大型旅客機が13機も入ってしまう。

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巨大な「底びき網」は、海底のサンゴなどをぶっ壊しながら、ずるずると引きづられてゆく。

リンゴを収穫しようとして、リンゴの木を切っているようなものである。

再生不可能である。



人間に人気の魚以外は、乱獲されないものの、間違って網にかかってくれば捨てられる。そうした魚は、漁獲量全体の一割にも及ぶという。

人間が好きな魚だけを獲り続ければ、当然、生態系のバランスは崩れる。

ある海域では、「エイ」が異常繁殖し、またある海域では「ロブスター」が増えまくった。エイは食わないが、ロブスターは食えるので、タラ漁からロブスター漁に転換した漁師もいるという。

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しかし、ロブスターまでいなくなってしまうと、次に残るのは……、プランクトンと泥だけになってしまう。



それなら、「養殖」をすれば良いのでは?

しかし、養殖をすればするほど、海の魚は減るというジレンマもある。

なぜなら、養殖魚のエサ(片口イワシなど)は、海から取ってこなければならない。そして、養殖魚1kgを育てるためには、その5倍のエサを必要とする。

つまり、養殖魚を食べれば、その5倍の勢いで天然の魚が犠牲になっているということである。

それならば、養殖魚のエサとなる片口イワシを人間が食べれば良いではないかとなってしまう。



本当の問題は、「魚が増えるペース」を「人間が食べるペース」が上回ってしまったことだ。

今まで海が少しずつ増やしてきた魚たちを、人間があっという間に食べてしまった。

この構図は、水産資源に限らず、あらゆる資源で問題になっている。

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先進各国は、貯金をするどころか、「借金」に苦しんでいる。

今あるお金どころか、将来のお金をも使ってしまったのだ。

農業もそうであろう。土地の力は弱まり、化学肥料をやらなければマトモな作物は育たない。

これも、今まで土が貯めてきた栄養を使い切ってしまい、しょうがなく薬で延命しているような状況である。当然、その副作用も覚悟しなければならない。

海は海で、魚が自然に増殖する個体数を割ってしまっている。海の貯金はすでに底をつきかけているのかもしれない。



ここ100年間くらいで、人間たちは何億年という地球の蓄えを消費してしまっている。

石油もなくなれば、魚もいなくなる。種を植えても、ロクに育たない。

生産性を回復できる方法はあるのだろうか?



シンプルに「待つ」ことも大切である。

マグロなどはしばらく「おあずけ」になるかもしれない。

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出典:BS世界のドキュメンタリー シリーズ
 第3回 もう一度見たい!世界のドキュメンタリー
 「海から魚が消える日」


posted by 四代目 at 08:21| Comment(0) | 自然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月01日

世界一クリーンな国「アイスランド」。氷の国であると同時に、火山の国でもある。

「アイスランド」と聞いて、何を思い浮かべるだろう?

その名の通り、「氷」であろうか?

それとも、世界を騒がせた「火山」であろうか?



「アイスランド」を形容するときには、「氷と火山」が最も相応(ふさわ)しい。

相反する両極の性質をもつ「氷と火山」が、お互いにせめぎ合う世界、それが「アイスランド」である。



北海道と四国を合わせたほどの面積のこの島は、実に若い。

海中から顔を出して、まだ「2000万年」ほどである。

2000万年という時間は、人間の尺度で考えれば、途方も無い時間だが、地球の尺度で見れば、生まれたばかりに等しい。

人間でいえば、まだ「生まれて2ヶ月」といったところだ。



2000万年前、地球の2つのプレートが、左右に引き裂かれ、割れた隙間から「マグマ」が噴出した。

その「マグマ」が固まってできたのが、アイスランド島である。

そのため、アイスランドでは、一部が「北極圏」にありながらも、火山活動が活発なのである。



まず、「氷の島」の様子を見てみよう。

「氷の島」の名に相応しく、国土の10%が「氷河」で覆われている。氷河の暑さは「1000m」を超えるものも珍しくない。冬の積雪は、10mを超える。

一年を通して、最高気温が20℃を超えることはない。冬はさぞかし寒かろうと思うが、じつは最低気温はマイナス5℃程度。

島周辺を流れる「暖流」と、火山の「地熱」のおかげで、緯度の割には冷え込みはキツくないのである。

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「火山」はといえば、昨年、ヨーロッパの空の便を大混乱に陥れた「エイヤフィヤトラヨークトル火山」が記憶に新しい。

この火山は、火口を覆う200mもの氷河をブチ破って噴火したという。

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今年に入っても、「グリームスヴォトン火山」が噴火した。この火山は、アイスランドで最も活発な火山とされ、ここ100年で、9回も噴火している。

アイスランド全体では、ここ100年の間に、46回の噴火が観測されている。

アイスランドではこれらの火山を含め、およそ30の火山が、今や遅しと噴火の機会を窺(うかが)っているのだ。

まさに、「火山の島」である。



ひとたび火山が噴火するや、国土は「火山灰」に覆われ、真っ黒になる。

真っ白な氷河までが、真っ黒になる。

それでも、雪が降れば一変、真っ白になる。

アイスランドは、この「真っ黒」と「真っ白」の繰り返しである。



アイスランドは、2つのプレート(北アメリカ・プレートとユーラシア・プレート)に乗っかっており、この両プレートは、お互いが離れるように動いている。

(ちなみに、日本列島が乗っかっているのも、アイルランドと同じ北アメリカプレートとユーラシアプレートであり、やはり日本列島も両プレートの狭間に位置する。)

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つまり、アイスランド島は、左右(東西)に引き裂かれる格好になっており、年に数センチずつ、地割れが広がっている。

アイスランドでは、この地割れのことを「ギャオ」と呼ぶ。

その引き裂かれた隙間(ギャオ)から、溶岩がギャオーッと噴き出すのである。

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溶岩だけでなく、熱水も噴出する。

アイスランドには、世界最大の露天風呂(ブルーラグーン)がある。

その色は、ケイ素により印象的な青色をしている。

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この温泉は、自然に湧出したものではなく、地熱発電のために地下水を汲み上げた結果の温泉である。

アイスランドでは、自然に湧出する温泉は、100℃の熱水なので、そのまま入れる代物ではない。



アイスランドでは、高い地熱を利用した「発電」が盛んだ。

発電の20%が、「地熱発電」である。

残りの80%は、「水力発電」。地熱で溶かされた「氷河」による発電である。

原子力・火力は一切ない。

原子力の是非を巡り、日本は大荒れであるが、アイスランドでは「大地の力」を活かして発電しているのである。



発電に限らず、アイスランドには、「クリーン」なイメージが多い。

「空気がキレイな都市(首都・レイキャビック)」、

「母親になるのにベストな国(世界2位)」、

「世界でもっとも平和な国(日本はアイスランドに次ぐ第2位)」、

「もっとも汚職が少ない国」、

「軍隊を持たない国」などなど。



また、日本との共通点として、「クジラ」がある。

アイスランドは、日本・ノルウェーなどと同じ、世界で数少ない「捕鯨国」である。

捕鯨に関しては賛否両論であろうが、アイスランドは、クジラの捕獲は「持続可能」であると主張し、哺乳動物の中で、クジラだけを「特別扱い」する著しく偏った価値判断に、異を唱えている。



火山、温泉、クジラ、そして島国。

日本から最も遠い島の一つでありながら、アイスランドには共感できる側面がいくつもある。

そして、両国が同じ二つのプレートに乗っているという事実も、また奇縁である。

北アメリカプレートとユーラシアプレートの両端に、両国は位置し、お互いの国土の半分づつを、その両プレートに乗っけている。



北極圏としては温暖なアイスランドは、「オーロラ」を見ることができる地域としては、最も暖かい(最低気温マイナス3℃)。

訪れてみるのも面白いかもしれないが、火山の「噴火」で飛行機が飛ばなくなることも覚悟しなければならない。

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アイスランドの人々は、「火山」を誇りに思っている。

火山が噴火したからといって、この土地を離れる気はサラサラない。

「火山とともに生きていく覚悟」ができているのである。

それは、「地震とともに生きていく覚悟」がある日本人とも共感できる、自然に対する素直な感情なのかもしれない。





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出典:体感!グレートネイチャー
「プレートが生まれる島」〜アイスランド〜


posted by 四代目 at 19:46| Comment(1) | 自然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする