2014年11月15日

ニッポン自動車の底力 [The Economist]




自動車メーカー「フィアット・クライスラー(Fiat Chrysler)」の経営者、セルジオ・マルキオーネ(Sergio Marchionne)氏は言った。

「600万台というのが、自動車メーカーが利益を出すことを期待できる最低限の販売台数だ(6m is the minimum required for car-makers to have a hope of turning a profit)」

この言葉の示すところは、「大きくなるか死ぬか(get-big-or-die)」という自動車業界の大原則(imperative)である。



ところが日本には、そうした「規模の原理」に抗(あらが)うメーカーが5社ある。

スズキ
マツダ
スバル
ダイハツ
三菱

The Economist「自動車業界のナゾの一つは、比較的小さな日本企業5社が繁栄し続けていることだ(One of the conundrums of the car business is that five smaller Japanese firms continue to prosper)」



それはなぜか?






○反抗



一般的に、下位企業にとっての「最も明白な解決策」は、「大手3社(トヨタ、日産、ホンダ)との合併(mergers with the biggest three)」であるはずだ。

しかし、この例に当てはまるのは「ダイハツ」のみ(同社の株式の51%は世界最大の自動車メーカーであるトヨタが保有している)。



スズキとマツダはこともあろうか、その全く逆の道へと歩を進めている。

The Economist「スズキはしばらく前、同社が海外の先進国市場で安価な小型車を売るのを助けられたかもしれない独VW(フォルクスワーゲン)との提携を解消した。スズキ以上に規模の小さいマツダは、米フォード・モーターと喜んで決別した」

スバルも然り。

The Economist「スバルは、トヨタが保有している同社の株式(16.5%)に苛立っているという」



そうした彼らにとって、大手との合併は「非現実な展望(a distant prospect)」のようだ。

The Economist「準大手企業(second-tier firms)はこれまでにない決意で、”世界的な規模とボリュームが欠かせない(global scale and huge volumes are indispensable)”という概念を覆そうとしているようだ」










○伝統的な技術



マツダは数年前、ハイブリッドや電気に背を向ける決断を下した。

従来エネルギーであるガソリンやディーゼルの効率を大幅に向上させたのである(「スカイアクティブ」技術)。



その決断は、自動車業界に賞賛された。

ウォーバートン氏(前出)は言う。「マツダの技術は、日本人による実用主義エンジニアリング(pragmatic engineering)の典型で、まさに現在の市場が望んでいたもの(just what the market wants now)だった」

ハイブリッドや電気自動車の開発には莫大なコストがかかる。マツダの選んだ道は、準大手として真っ当な決断だった。










○通貨安



「通貨安は事実上、各社が紙幣を刷っていることを意味する(A weaker currency means they are well-nigh printing money)」と、マックス・ウォーバートン氏(株式調査会社サンフォード・C・バーンスタイン)は言う。

というのは、各社ともに赤字が数年続いた後で、大きな利益を上げているからだ。それは世界的な円安トレンドの波上にある。



The Economist「5社の中で最も輸出台数が多いスバルとマツダは、北米で記録的な販売台数を謳歌している。スバルは現在、北米での販売台数が独VW(フォルクスワーゲン)を上回っている」

さらに良いことに、「日本の2流メーカー(small-fry)は、自動車業界の大手の企業よりも収益性が高い(more profitable)」






○軽自動車



小規模メーカーの恐るべき持久力(endurance)は、軽自動車(”Kei” cars)にも支えられている。

The Economist「女性や高齢者に人気の高い軽自動車(the tiny cars)は、日本の新車販売台数(new vehicle sales)のほぼ4割を占めている」

大手である日産もホンダも軽自動車は生産しているが、小規模メーカーの方が俄然、軽自動車に対する依存度が高い。



軽自動車には、日本政府による「暗黙の支援(the tacit support)」もあった。税制優遇(tax breaks)という措置が長年とれられてきたからだ。

しかし残念ながら今年初め、政府は軽自動車の税率引き上げを決めてしまった。これは新たな困難(fresh difficulties)である。おおむね自動車各社にとって、日本市場は「縮小傾向にあり採算も悪い(diclinig and unprofitable)」。







それでも日本の自動車メーカーは、一社も欠けてはいない。

The Economist「小規模メーカーはまだ一社も道路脇へ転落していない(none of the small car-makers has yet run off the road)。これは意外なことではない(unsurprising)。彼らにはまだ、たくさんの魅力(lots of oomph)がある」



「大きくないから死ぬ」とは言い切れいない。





(了)






出典:
『The Economist』 October 25th 2014 「Japanese carmakers: Lots of oomph」
JBpress「規模の原理に抗う日本の自動車メーカー」



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フォードが故障する車の生産を続けた理由とは?本末転倒に陥ったモノづくり。



posted by 四代目 at 08:06| Comment(1) | 自動車・鉄道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月31日

フォードが故障する車の生産を続けた理由とは?本末転倒に陥ったモノづくり。

ここに、「品質」よりも「利益」を優先させた自動車会社の面白い話がある。

その自動車会社とは、アメリカではビッグ・スリーのひとつに数えられる「フォード社」である。



フォードの車には、カムシャフトという部品(バルブを開閉する部品)に問題があった。この部品の摩耗率は高く、走行距離が1万5,000キロに達しないうちに故障する車が続出した。

経営陣は、この事実を認識した上で、あえてこの部品の問題を放置した。

なぜなら、この部品が磨耗すれば、車の所有者は「自費」で部品を交換せざるをえない。そして、その交換する費用が、フォードの利益を押し上げていたためである。



経理部にとっては、利益の上がることは望ましい。

しかし、問題がある部品の製造を続けることは、エンジニアたちのプライドが許さない。

それでも、経理部は「何もしないでくれ」と懇願したという。なぜなら、この問題を改善するには5,000万ドル(38億円)もかかるからだ。



ここに颯爽と登場するのが、「製造の賢人」と謳われたロバート・ルッツ氏。

当然のように部品の品質を向上させ、フォードの狂った車をマトモな車へと改善する。

ルッツ氏曰く、「経理屋たちは、5,000万ドルを惜しむあまり、品質の評判を地に落とした。これは犯罪者の行為と何ら変わるところがない。」

彼が「経理屋」という言葉を使う時、それは「Bean Counter(豆を数える人)」という単語が当てられており、そこには「蔑(さげす)み」が込められている。



ルッツ氏は続ける。

「靴屋は靴屋が経営すべきだ」

経営の専門家であるMBA取得者に経営を任せてしまうと、数字にばかり囚われて、自動車の本質を見落としてしまうというのである。

「MBA経営者は、自動車に対する愛も情熱もない。」



現在、アメリカで業績不振に陥っている企業の管理職では、MBA取得者の比率は90%。逆に、好況にある企業のMBA取得者は55%だという。

つまり、いくら経営学修士(MBA)の称号をもっているからといって、現場の経営がうまくいっているとは限らないのである。いや、むしろ上記の数字は、その弊害を示している。



ルッツ氏は、フォードの後に「GM」へと移る。

GMはリーマンショック後に破産申請をしたものの、現在は再び世界一の座に返り咲いている。

その功績の陰には、ルッツ氏の姿があった。「エンジニアたちに自由を与え、表現したいスタイリングを形にさせた」のだという。

その結果生まれたのが、「キャデラック・SRX」「シボレー・イクイノックス」などの車種で、これら「モノづくり」にこだわった魅力的な車たちが、再生への牽引役になったのだという。



ルッツ氏は語る。

「アメリカには、もっとエンジニアが必要だ。MBA(経営学修士)ばかりが多すぎて、エンジニアは少なすぎる。」

「モノづくり」を続けるには、エンジニアもMBAも必要だろう。しかし、その両者のバランスが崩れた時、かつてのフォードのように狂った車たちが誕生してしまう。



物事の本質とは何か?

簡単すぎる答えが、遠く彼方に霞んでしまうこともある。




posted by 四代目 at 14:27| Comment(0) | 自動車・鉄道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月06日

ひっくり返った中国の高速鉄道。政府までもがひっくり返ってしまうのか?かつての常識が通用しなくなった中国。

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中国国民が、自国政府に「唾(ツバ)」した。

中国の高速鉄道事故は、そんな異例の事態へと発展した。

インターネットの調査で、じつに「98%」の人々が、政府に対して「呸(ペイ)」と回答した。



「呸(ペイ)」とは、喧嘩した時などに、相手に「唾(つば)」を吐きかける挑発的な行為だという。

事故に対する今回の中国政府の対応は、民衆にとって、まさに「唾棄すべき」ものだったのである。

政府が圧倒的な支配力を維持してきた中国にとって、こうした国民の「露骨な嫌悪」は、かつて見られたことのないものであった。



中国国民の怒りに火をつけたのは、事故検証もせずに、「事故車両を埋めた」という隠蔽工作であった。

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最新の高速鉄道の事故処理が、「蒸気機関車」時代のような「証拠隠滅」を図ろうとしたのである。

「中国らしい」と世界に失笑されたこの一事は、面子(メンツ)を大事にする中国人にとって、「耐えがたきこと」であった。

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中国の大手メディアまでが、「政府批判」の立場に立ち、政府を痛烈に非難。

中国版ツイッター「ウェイボー(微博)」は、あっという間に「大炎上」。

遺族の「つぶやき」は、全国民の共感を呼び、数日で10万人のフォロワーを得た人さえいたという。



こうした国民の異常な反応に「危機感」を抱いた中国政府は、「態度を一転」。

温家宝首相が事故現場を訪れ、賠償金も2倍(およそ一千万円)に引き上げられた。

そして、多くの遺族は「同意」した。

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ところが、遺族の「懐柔」に成功した中国政府は、またもや「態度を一転」。

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大手メディアには、強力な「報道規制」をかけ、中国版ツイッター「ウェイボー(微博)」の不都合な書き込みをも全削除。

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事故現場には「監視カメラ」や「隠密」のような人々まで配置し、徹底した監視体制を強いた。



この処置に、中国国民は「更なる怒り」を大爆発。

出版を差し止められた記事が、インターネットで公開され、何度削除されても、「ウェイボー(微博)」は延々と炎上を続けた。

もはや、中国でさえも、民衆を「抑圧」できる時代ではなくなっていたのである。

握り潰したと思った指の隙間から、次々と反乱分子は飛び出してしまっていた。



下層民衆の反乱ならば、今まで通りに握りつぶすことができたのかもしれない。

しかし、「中間層」の反発は、予想を超えた力強さを持っていた。

今回、事故に大声をあげたのは、「サイレント・マジョリティ(静かなる多数派)」とされていた「中間層」だったのである。



事故の遺族たちは、高速鉄道に乗るほどに「生活に余裕」があり、「社会的地位」も高い人々であった。

かつて、中国政府は、こうした「静かなる多数派」の目を、「政治」から「経済」へと向けることによって、その支持を獲得してきた。

中間層の人々も、経済的な豊かさを謳歌できたために、政治に対して「声」をあげることはなかった。



しかし、今回はよほどに「腹に据えかねた」のだろう。

政府を陰ながら支えてきた「サイレント・マジョリティ」が、今度は逆に政府の土台を揺るがし始めたのである。

もはや、政府の「脅し」は、かつての「恐怖」を彼らに与えることはできなかった。

なぜなら、インターネットなどを通じて、自分たちの味方が大勢いるということが、大きな自信となっていたからである。

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人々を動かす最大の力は、「恐怖」だと言われている。

実際、中国政府は民衆に圧力(恐怖)を与えながら、一党独裁の政治体制を維持してきた。

ところが今回、民衆は「恐怖」に打ち克ち、「理想」へと動き始めた。

この大きな変化は、中国史の「大きな転換点」となる可能性を充分に秘めている。



中国は変わるのだろうか?

今までは、「恐怖」で抑えられたものが、抑えられなくなってきた。

今までは、国民の目をそらすことができたことも、国民は「直視」するようになった。

尖閣諸島を突っついたりして、「他国」へ転じていた国民の「怒り」は、国内へと向いてきた。



中国は大きくなりすぎたがゆえに、もはや「抑えつけること」や「他に転ずる」ことが不可能になってきたようだ。

家族経営ならば「無理」がきく商店も、全国チェーンともなれば、しっかりした「システム」が必要になってくる。



中国の政権交代は、来年行われる。

そろそろ変化が必要な時期が迫っているのかもしれない。

ハチャメチャなゴリ押し外交も、少しはマトモになってくれるだろうか?




出典:クローズアップ現代
「“ネット反乱”の衝撃〜中国鉄道事故の舞台裏」


posted by 四代目 at 06:52| Comment(1) | 自動車・鉄道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月29日

危険な高速鉄道が走っているのは「中国」だけではない。「韓国」のKTXにも要注意。

中国のやらかした高速鉄道の大惨事は、おとなり韓国へも、その火の粉が降りかかっている。

韓国自慢の高速鉄道「KTX」は大丈夫なのか?という話である。

韓国国民は、自国の高速鉄道「KTX」が、いつ大事故を起こしてもおかしくないと、不安に慄(おのの)いている。



韓国人が恐れるのも、もっともである。

政府や関係者が、「韓国ではああいう事故は絶対に起きない」と声を大にすればするほど、不安は募る。

残念ながら、「KTX」では、「36件以上の事故・故障」が起きている。



KTXから煙が出て、1時間近く発車が遅れたり、トンネル内でモーターが故障して、1時間以上の立ち往生したり…。

今年2月には、10両編成の車両のうち、6両が「脱線」するという大型事故まである。



韓国にとって不都合なのは、こうした事故のほとんど(21件)が、「最新技術を満載したはずの新型車両」で起きていることだ。

韓国政府は、高速鉄道「KTX」を海外で売りまくろうとしているのだから、「事故は絶対起きない」と力説したいのは山々である。

しかし、残念ながら、その実績はまったく無い。



なぜ、それほど事故が頻発するのか?

その原因の一つが、「過剰なサービス」にあるという。



そのサービスとは、「電車が20分遅れたら、料金の一部を払い戻す」というものである。

立派なサービスではあるが、この「20分遅れてはいけない」というプレッシャーで、現場はテンヤワンヤだというのだ。



ただでさえ、経営が切り詰められて「人手不足」である。

少ない人員で、トラブルを「20分以内」に解決しなくてはならない。

もし、時間をオーバーすれば、上司から何を言われるかわかったものではない。

その結果、トラブルの処理が「その場限りのもの」となってしまう。この中途半端な処理が、大きな事故につながっているというのだ。



中国・韓国ともに、高速鉄道の歴史は浅すぎる。

先進国の技術のおかげで、高速鉄道が敷設されたものの、その運行技術となると、不安を感じずにはいられない。

いくら立派は車体を持っていても、それを操るのは人間である。

日本の新幹線が、いまだ死者を出したことがないという「世界一の安全性」を誇るのも、長い経験と、技術を磨いた先人たちのいるお陰である。




posted by 四代目 at 13:24| Comment(0) | 自動車・鉄道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月28日

日本に好意的なロシア人。日本とロシアに働く不思議な引力。

日本人が思っている以上に、「ロシア人」は日本人に「好意的」なのかもしれない。

まず、ロシア人は「日本製品」が大好きだという。



たとえば、「カメラ」。

ロシア人は「写真が大好き」だというが、カメラといえば、日本製の「キャノン」か「ニコン」が圧倒的な人気を誇っているという。

キャノン派は、「徹頭徹尾キャノンにこだわり」、ニコン派もまた然りである。

あるトークショーにて、キャノン派とニコン派が徹底対立。

困った司会者が、「キャノン、ニコン以外」のカメラの話を持ち出すと、それまで対立していた両者は、口をそろえて「カメラとは、キャノンとニコンのみを指すのだ」と断言。



「自動車」は?となると日本車となる。

大震災の影響で日本車の出荷台数が限定される中でも、今年5月の販売台数は、昨年5月を上回っている(日産122%、トヨタ109%)。

ロシア国民の日本車に対する信頼は「大変なもの」だという。

「日本車は故障が少ない」。これが最大の理由である。

「仮に故障しても、修理が容易、かつ迅速である」のだそうだ。



ロシアで「VIP」をガードする車は、「トヨタのランクル」と相場が決まっているようだ。

「メカ的に最も信頼でき、天候にも左右されず、7人を高速で輸送できる車」となると、「トヨタのランクル」以外には、「考えられない」という。



話変わるが、かのビンラディン氏の愛車も「トヨタのランクル」だったという。

そして、テロやゲリラの愛する車といえば、「トヨタのハイラックス」ということになる。

「スピードが出せて、故障せず、荷台に重火器を載せられる頑丈な車両(ハイラックス)の価値は極めて大きい(Newsweek)」



イギリスBBCの検証実験で、「ハイラックス」の堅牢さは世界に示された。

ハイラックスを「木に衝突させ、5時間にわたり海中に沈め、高さ3メートルから落下させ、キャンピングカーを上から落とし、プレハブ小屋に突っ込ませ、ビル破壊用の鉄球を打ち付け、火を放った。その上で、ビルの屋上に載せて、そのビルを爆破破壊した。(Newsweek)」

「その後、瓦礫の中から掘り起こしたハイラックスは、部品交換なしでまた走り出した。修理に要したのは、ハンマーとレンチ、さび止めスプレーだけだった。(Newsweek)」

ロシアのタフガイたちも、トヨタ車には絶大なる信頼を置いている。



また、フクシマの放射能騒ぎで、世界中が日本の食品を敬遠していた最中(さなか)、ロシア国民だけは、日本食の「買い占め」に走り、日本食レストランへ足繁く通ったという。

「モスクワで寿司をほおばるロシア人に、その魚が日本産でないことをPRする必要はなかった」。

大災害の同情からか、大震災直後の3月下旬、日本食料品店には、ロシア人が大勢詰めかけ、売り切れ続出だったという。

期せずして、ロシアのチェルノブイリ、日本のフクシマと、共有できる体験が生じてしまったのも、また奇縁である。



なぜ、ロシア人は日本にかくも好意的なのか?

あるイギリス人曰く、「ロシアという国では『日本』という国名は何か不思議な響きを持っている」。

「ロシア人は、日本という響きに惹きつけられてしまう」。



河野前ロシア大使は、ロシアを去るに際し、こう言ったという。

「どうしても理解できないのが、ロシア人の日本に対する関心の高さと優しさである」。



ロシアと縁深い菅原氏は、こう語る。

「事実を知るほどに、経験を積むほどに、日本人とロシア人の間には他国民との関係とは異なる引力が働いているように思えてならない」。



100年前には日露戦争、そして第二次世界大戦。現在は北方領土。

政治的な観点から見れば、ロシアと日本の関係は、決して「親しい間柄」とは言いがたい。



しかし、国民感情というのは、また別の生き物である。

ロシアに対しては、つまらぬ先入観を持たないほうが良いのかもしれない。自分の目で見て、自分で感じたロシアを、それぞれ体感し、それぞれ判断すれば良いのかもしれない。

AKB48のライブに熱狂するロシア人たちは、愛嬌に満ちている。




関連記事:
新たな風が起こりつつあるロシア。変革の歴史を振り返りながら…。

北方領土はどこへ行く?ロシアと日本の深い因縁。




posted by 四代目 at 16:14| Comment(1) | 自動車・鉄道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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