2011年11月13日

日本が原発を選んだ頃、デンマークは風力発電を選んだ。そして、今…。


「風の島」

デンマークに浮かぶ「ロラン島」は、その真っ平らな地形から、年間を通して「風」の絶えることがない(年間平均風速7m)。

もしかしたら、風が「厄介者」扱いされていた時代もあったかもしれない。

しかし、今、風が吹けば吹くほどに、お金が舞い込んでくる仕組みが、この島では確立されている。

そう、「風力発電」である。



ある農夫は5,800万円で「マイ風車」を買った。

彼の一基の風車がもたらす月収は48万円。つまり、多額の初期投資は10年ほどで元がとれる計算だ。

風車計画はすでに12年。すっかり元はとれ、今では風が吹くたびにプラスプラスになっていく一方である。

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また、ある農夫は一人では風車を買えなかった。

そこで共同購入に参加した。120人が集まり、各々50万円ずつを出し合ったのだという。

多額の借金をせずとも、エネルギー事業に参画する道はつけられているのである。

「出した金額の4倍は戻ってきたよ。」



一個人がエネルギー事業に参加できるのには然るべきワケもある。

デンマークでは、自然エネルギーの「全量買取」が制度化されている。

つまり、一個人でも安心して大金を投資でき、そのリターンも確実性が高いのである。



この風の島「ロラン島」は人口6万5,000人。沖縄本島ほどの大きさである。

この島には600基以上の風車がブンブンと回っている(そのうち、半数以上は島民が所有)。

この島のエネルギー自給率は、もちろん100%。余った電力はデンマークの首都・コペンハーゲンにも供給されている。

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自然エネルギーによる発電は「不安定」だという定説がある。

確かに、風の絶えないロラン島といえども、不安定さは否めない。



しかし、その既知の事実に無策であるわけがない。安定供給のために、風車をありとあらゆる場所に設置し、風の無いリスクに対応している。

さらに、消費電力の5倍を発電目標としているため、多少の不安定さは十分に吸収されてしまうのだ。

近年では、洋上における「波」の力も発電に加えているため、電力はより安定的に供給される見込みも立っている(波力発電のステーションに風車が乗ったハイブリッド・タイプもある)。



今となっては、ロラン島の先見の明に驚くばかりである。

計画が早かっただけに、すでに好循環を達成してしまっている。

どれほど早かったかと言えば、1970年代にはスタートしているのである。



1970年代とは、どういう時代であったのか?

「オイル・ショック」である(第一次・1973、第二次・1979)。

石油エネルギーの先行きに「黄色信号」がともった時代であった。



あわてた各国政府は、「原子力」に走った。

日本も然り。

広島・長崎の原子爆弾(1945)、そして第五福竜丸の水素爆弾(1954)という原水爆両方の被爆国(世界で唯一)でありながらも、原子力発電を選ぶという勇気ある決断を、日本は下したのである。



対するデンマークは?

当時の政府は、当然のように原子力を志向した。

石油が満足に入って来なくなり、極寒の真冬でもお湯が使えないという惨状であったのだ。手っ取り早さで原子力に敵うモノなどない。

そして、ロラン島にも原子力発電所が建設される運びとなった。

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「おいおい、待てよ、待ってくれ」

ある15人の若者たちが声を上げた。

「もう少し俺たちにも考えさせてくれないか?

原子力って一体ナンなんだい?」

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その市民団体は、原子力に反対していたわけではなかった。

ただ、原発を持つとどうなるのかを詳しく知りたいと純粋に考えていただけだという。

この小さな声を受け、デンマーク政府は賢明にも国民に対して「3年間、原発を考える猶予」を与えた。



かといって、デンマークが原発に否定的だったわけではない。

電力会社、大企業、新聞、メディア…、あらゆる大きな力は積極的に「いかに原発が素晴らしいものであるか」を徹底的に国民にPRした。



これは日本の大きな力も同様である。当時、原子力担当大臣だった正力松太郎氏は、原子力平和利用博覧会を大々的に開催し、原発への啓蒙を図った。

この催し物は日本では大成功を収め、日本の国民世論は一気に原発を傾いた。

「原発に乗り遅れたら、国が何10年と遅れをとってしまう!」、正力氏が傘下に持つ日本テレビと読売新聞の宣伝広告のタマモノであった。



デンマークも、その点は同様。

同国の原子力委員会には、とんでもなく大きな圧力がかかり、結局は2年間で解散を余儀なくされてしまう。

世界は原発一色に染まっていた時代なのである。



それでも、デンマーク政府はより「公平」だった。

日本のように原発の利点だけを強調して、神話をつくる ことはしなかった。



デンマーク政府発行の情報誌には、原発のメリットとデメリットが分かりやすく併記されていた。

たとえば、賛成派の意見として「重大事故の起こる可能性は極めて低い」とある隣りの欄には、反対派の意見として「予測不能な出来事と人間のミスが重なると大惨事にもなりうる」などと記載されている。

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デンマーク国民は与えられた3年間を利用して、丁寧に原子力発電について学んだ。

一方、日本が原発を導入した時、その技術を詳しく知る人はいなかったといっても過言ではない。

日本の大企業ですらそうであった。福島の原発などは、とりあえずアメリカからゴッソリ丸ごと輸入して、動かしながら学んでいけばいいだろうくらいのスタンスである。政治家たちは言わずもがな。

すっかり時代に踊らされてしまった感は否み難い。



一方のデンマーク国民は、真冬にお湯が出ないにも関わらず、平静だった。そして、必要な知識も十分に時間をかけて習得した。

その結果の決断は…「原発は要らない」

これは感情的な反対ではなく、正確な知識に裏打ちされた判断であった。

その国民の理性的な声に、デンマーク政府はキチンと応えた。1985年には正式に原発計画を放棄している。



さて、ロラン島は?

当初の原発計画は放棄された。原発による収益を見込んでいたが、それはチャラとなった。

日本の過疎化した町と同様、原発は最期の命綱でもあったのだが…、島の主産業である造船業はすでに傾き切っている。

島には新たな産業がすぐにでも必要である。さあ、どうする、ロラン島?



ここで、あの風車が登場するのである。

これは暴挙に近かった。誰も風車を試したこともなければ、風車を造る技術すらなかった。どれほどの電力を生むのかも定かではない。

それでも、「広い大地のどこにでも吹いている風」を利用するんだとプリベン・メゴー氏は力説した(のちに彼は風力発電の父と呼ばれるようになる)。



彼の熱い主張に、島は一丸となる。

ボートを造っていたメーカーは、風車の羽のグラスファイバーを担当し、トラクターのエンジンを造っていたメーカーは風車の動力部分を担当した。

ゼロからのスタートであったにも関わらず、外国の手も、大企業の手も借りず、ロラン島には立派な風車が誕生した。

それはロラン島の奏でたハーモニーの成果だとして、映えある第一号機は「ハーモニー風力発電機」と命名された。

この一基の風車から、現在に続く栄光は始まったのである。

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30年経った現在、トラクター事業から風力発電へと事業を広げた「ヴェスタス社」は世界一の風力発電機器メーカーへと躍進を遂げている。

ヴェスタス社がトラクターを手掛けていたことは幸運であった。

農家とのパイプが太かったために、農家の土地を風力発電に利用する話が容易に進んだのである。

これは企業側だけでなく、農家の方にも有利な取引だった。冒頭でもご紹介したように、風車一基が月に50万円を稼いでくれるのだ。見事なる農地転用の実例である。

日本の農地が、農協の斡旋などによりアパートなどの不動産に変わり、収益を上げるどころか廃れていく一方なのとは対照的である。

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こうして、デンマークには自然エネルギーという無限の道が拓かれ、現在、2050年までに国全体を自然エネルギー100%にするという政策目標が掲げられるまでになった。

日本における自然エネルギーの是非には、「経済が滞る」という意見がある。

デンマークの経済はどうなのか?

じつは、一人当たりのGDPはデンマークの方が上である。デンマークは世界6位(56,147ドル・約438万円)、日本は一段落ちて世界16位(42,820ドル・約333万円)。一人当たり100万円以上の差がある。



オイル・ショックによって、日本・デンマーク両国ともに岐路に立たされた。

そして、両者は両極端とも思える決断を下した。

かたや、人為的なエネルギーを作り出そうと先鋭化し、かたや、大きく両手を広げて、大自然の恩恵をふんだんに受け取ろうとした。

あれから30〜40年経った今、日本には原発銀座が海辺に乱立し、デンマークでは無数の風車が唸りをあげている。



当時は狭い狭い小道だった自然エネルギー、それでも小道へ行こうとした15人のデンマークの若者たち。

そして、国民にエネルギーを充分に熟慮させたデンマーク政府。



かたや、神話をつくってまで政治家がエネルギー政策を独断した日本。

原発の是非以前に、その舵取りはおよそ民主からかけ離れている。

そのためであろうか、ひとたび事故が起きるや、熾烈な責任転嫁が繰り広げられるのは…。



デンマークが自然エネルギーを選び、日本が原子力を選んだこと自体は、双方ともにそれぞれの意見があったためであろう。

最終的にどちらを選ぼうが、その是非は問えない。

自然エネルギーが絶対善であるわけがないのと同様、原子力が絶対悪とは言い切れない。両者に一長一短があるのは厳然とした事実である。



しかし、それでも、その過程で国民が参加したか否かは、大いなる違いである。

国民の手に決断が委ねられたデンマークでは、必然的にエネルギーに対する自覚が高まった。

原子力からふんだんに供給されるエネルギーの道を自らの手で閉ざしたデンマークでは、「節電」の意識も高い。

一人当たりの電力消費量は、日本よりもデンマークの方が圧倒的に少ない。

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それには、デンマークの電気料金の高さも関係している。高い高いと言われている日本の電気代よりも、デンマークの電気代は1.5倍も高いのである。

しかし、これは国民の総意である。しかも、その富は大企業だけに流れるわけではない。一農夫の手にも渡っているのである。

日本では、原子力発電の収入を国民が享受するのは不可能であるが、デンマークではエネルギー収入が国民に開放されているのである。



原子力の元では、富は集約化せざるを得ない。裏庭に小型原発は造れない。

それに対して、自然エネルギーは富を分散させることもできる。実際、農家の裏庭に風車はあるのである。



もし、こうした富の流れを事前に説明されていれば、日本国民はどういう選択をしたであろうか?

富の集約化を好む代表選手は、政治家や大企業の上役たちだろう。

安全か否かの議論もさることながら、より実利的な問題もよほどに大きいのである。



あるデンマークの農家夫人は、こう語る。

「この土地は自分のものだと思っていません。

子供を育てるために借りているんだと思っています。」

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ロラン島の市長・レオ氏は、こう語る。

「ロラン島では、自分たちの力でエネルギーを選びました。

それからです、すべてが変わり始めたのは。

今では、一人一人の暮らし方が、直接未来とつながっているんだ、とみんなが考えるようになりました。」



ロラン島の「風」がこの地にもたらしたものは、エネルギーだけではなかった。

人が大自然と共にあること、そして、その恩恵は人間次第でいかようにも受け取れること。

エネルギー以上の将来への希望を、ロラン島の風は教えてくれたのである。



風はいつも語りかけていたのかもしれない。

ロラン島の人々は、幸いにもその声に気づくことができた。

風車とともに植えられたというカラマツの木は、今や見上げ切れぬほどに、立派な大木に育っている。





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出典:地球イチバン
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2011年11月03日

夢の軽量素材「炭素繊維」。ボーイングの次世代旅客機「787」は日本の炭素繊維でできている。


「ボーイング787(ドリームライナー)」

アメリカの航空会社「ボーイング」が開発・製造し、先ごろ(10月26日)日本の航空会社「全日空(ANA)」が初の営業飛行を行ったことで話題となった旅客機である。




アメリカのボーイング社が開発したとはいえ、その機体の70%近くが「海外メーカー」に外注されているため、この旅客機には世界中の最高技術が結集されている。

日本企業も数十社が参加し、その担当比率は35%と非常に高く、当のボーイング社と同等の比重を占めている。

担当比率の高さもさることながら、日本の任された箇所は「主翼(三菱重工)」「胴体(川崎重工)」などと極めて重要な部分である(ボーイング社が主翼を海外企業に任せるのは初めて)。

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なぜ、日本が重要な部分を任されたかといえば、日本のもつ「炭素繊維」の技術が世界に秀でていたためである。

ボーイング787(ドリームライナー)の機体は従来のアルミニウムではなく、炭素繊維で出来ているのだ。

炭素繊維強化プラスチックなどの複合材の使用割合は約50%。

残りの50%は炭素繊維に適さないエンジンなどであるため、実質上、機体は完全に炭素繊維が元になっていることになる。

しかも、787の巨大な胴体は、継ぎ目のない一体成型である。

炭素繊維メーカー「東レ」は、ボーイング社が使用する炭素繊維材料の全量を供給する長期契約を結ぶほどに信頼されている。

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そして、この炭素繊維が使われたことこそが、ボーイング787をして「次世代型」と称せられるようになった所以(ゆえん)でもある。

炭素繊維は金属よりも軽く、かつ強度が高い。



機体が軽ければ、それだけ「燃費」も良くなる。

テスト飛行をした時(シアトル → 日本)、パイロットは「こんな少ない燃料で、日本まで着けるかな」と心配になるほどだったという。

従来機に比べ、787の燃費は20%向上している。

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さらにサビない。

金属でできた飛行機はサビが怖いために、機内の湿度は一桁台とカラカラに乾燥させている。

それに対して、サビの心配が小さい787では、加湿器でシットリさせることが可能になったという。



なるほど、炭素繊維の利点は大きい。

思えば、人類の歴史は石器から青銅器、さらには鉄器へと進化して来た。

道具の素材が時代を切り拓き、最新の素材を操れた民族は大いに栄えた。中東ではアッシリア、日本では出雲の民などが鉄の製造に長けていたという。



鉄器から波及した種々の金属文化は長く続き、現代もそうした時代の延長にある。

ところが、炭素繊維というのは、それらの金属文化とは一線を画する存在である。

ボーイング787(ドリームライナー)が象徴するように、まさに次世代だ。



今までは、重たい金属の塊(かたまり)を動かすために、高出力の「石油」が大量に必要だった。

ところが、軽量な炭素繊維であれば、従来ほどに燃料を必要としなくなる。

つまり、金属から炭素繊維へと替わることで、我々が大いに依存してきた化石燃料からの脱却の道が見えてくるということだ。



金属の利点は頑丈さ。そして、弱点は重さや腐食(サビ)。

炭素繊維は軽くて頑丈(鉄の4倍の強度)。しかもサビない。

もはや選択は決まっているようにも思える。



加えて、化石燃料への依存度をも減らすことができる。

世界の歴史は、どれほど化石燃料によって引っ掻き回されてきたことか。

第二次世界大戦において、日本がアメリカと開戦せざるを得なかったのも、石油の輸出を止められたからであった。

中東の情勢がなぜあれほどに不安定なのか。その原因も石油であろう。



もし、新しい時代が金属も石油も必要としなくなったら?

まったく世界は変わるのではなかろうか?



エネルギーは多様化し、一極集中(石油)の利権構造は崩壊。

もしかしたら、自然エネルギーからでも十分な動力が得られるかもしれない。軽いモノは小さな力でも動かせる。



炭素繊維の秘める可能性は大きい。何より軽量であることが最大の利点である。

重い重い時代は、無駄にエネルギーを必要とする。

新しい時代は、軽々としたいものである。極力小さなエネルギーでまかないたい。



終わりの見えつつある化石燃料にいつまで頼れるのか?

頓挫しつつある原子力の未来は?

将来のエネルギー供給は、より不透明になってしまっている。必然的に、省エネルギーという道を模索しなければならない。

省エネにとって、軽さは大きな味方となりうる。

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炭素繊維がふんだんに使われたドリームライナーは、まさに次世代へのドリーム。

この飛行機が空に増えれば増えるほど、時代は塗り替えられていく。



現在、ドリームライナーは世界中から847機が発注されている。

その機体の炭素繊維が日本の技術であるということは、日本民族として大いに誇らしい。

素材が時代を切り拓くのであれば、炭素繊維の高い技術をもつ日本民族が、それを成すということにもなる。





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出典:ワールドビジネスサテライト
特集「787の実力に迫る」


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2011年10月16日

捨てられた熱を拾って発電する「熱電発電」。「拾う神」による新技術。


「自分のエネルギーは自分でつくる」

そんな時代が来ようとしているのであろうか?



「熱電発電」という発電方法は、その名の通り、「熱」が電気に変わる仕組みである。

「人の体温」でも発電が可能だという。

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なぜ、熱が電気に変わるのか?

それは、電気の元である「電子」が、「温度の高いところから温度の低いところへと向かう」という性質を持つからである。

これを称して「ゼーベック効果(Seebeck feedback)」という。



今から100年近く前(1821)、ドイツの物理学者「トーマス・ゼーベック」は、金属の片側を熱すると、そこに「電流」が流れることを発見した。

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熱エネルギーを与えられた金属内では、電子の運動が活発化し、その活性化された電子が温度の低い部分へと移動するのである。

それはあたかも「温度差」によって「勾配(傾斜)」が生じ、その坂を電子が転がり落ちていくようなものである。温度差が大きいほどにこの勾配はキツくなり、その結果、大きな電流を生じることになる。

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この「熱電発電」はすでに実用化されている。

たとえば、宇宙を旅し太陽系を離れようとしている惑星探査機「ボイジャー」には、熱電発電装置が搭載されている。

また、工場などでは排熱を利用して照明などの電力源としているところもある。

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我々の現代生活においては、あらゆる場面で無駄に熱が捨てられている。

お湯を沸かせばヤカンやコンロ、給湯器などから熱が捨てられる。テレビやパソコンは使うほどに熱くなる。自動車の排気ガスを出すマフラーも熱々だ。

今後、お湯を沸かす熱をキッチンの照明にしたり、テレビの熱でビデオを動作させたり、自動車の排熱を電気に変えて再利用するなどの技術が実用化する可能性がある。



いままでの文明は「一方的に熱を出しては捨てるのみ」であったが、これからの時代は「捨てる神あらば、拾う神あり」。捨てられた熱(廃熱)を有効活用する道へと向かうのかもしれない。

いつまでも化石燃料にばかりも頼れない現実もある。

石油の産出量のピークは2010〜2020年頃と言われている。今までは比較的容易に採掘できた石油も、これからは深海や氷の海にまで触手を伸ばさざるをえず、採掘には大きな危険も伴うようになる。

新たな発電技術の開発は、思っている以上に「急務」なのかもしれない。



建設機械の「コマツ」では熱電発電の研究が盛んに行われており、その試算によれば、熱電発電のコストは「8.9円(kWh)」。

太陽光「66円」や風力「10〜24円」よりも現実的であり、水力「13.6円」や石油「10.2円」よりも割安である。



熱電発電の短所は、廃熱が社会全体のあらゆる場所に分散しているため、まとまった大きな電力を取り出しにくいことである。

しかし、逆に考えれば、あらゆる場所に電力の源は存在するということであり、身の回りの小さな電力は自給可能になるとも考えられる。

社会に散らばった小さな廃熱は、「1円玉」のように価値が低いかもしれないが、その「1円玉」でも大量に集まれば「1億円」にも「1兆円」にも成りうるのである。

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この分野の研究はまだまだ進化し続けている。

昨年(2010)、日本の研究者(齊藤英治教授)は「絶縁体」でも「ゼーベック効果」が起こることを発見した(正確にはスピンゼーベック効果」)。

「絶縁体」というのは、内部の電子が移動できないため、電流の流れない素材である。

ところが、その絶縁体の内部の電子は、動けなくともその場で「回転(スピン)」することが出来た。そして、その力を電力に変えることが出来たのである。

この発見は、従来の常識を覆す大発見として、学界を大いに沸かした。



現代文明はまだまだ発展途上。

知らないことは山のように我々の前に積み重なっている。その山を一歩一歩登るたびに、我々の生活は快適になってゆく。

いずれは、電力に今ほどお金を払わなくてもよい時代が来るのかもしれない。




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出典:サイエンスZERO
「身近な熱を電気に変えろ〜実用化迫る!熱電発電」


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2011年09月23日

あわや世紀の大停電? ニューマン・エラーが救った韓国のブラックアウト。


9月15日、「韓国」で起きた「大停電」。

予告なしの計画停電(?)であったため、韓国は大混乱。エレベーターに取り残されるは、信号は消えるは、病院が真っ暗になるはで大騒ぎ。



この日、韓国では残暑にも関わらず「異常な暑さ」に見舞われたのだという。

その結果、予想を超えて電力使用量が「うなぎ昇り」状態。天井なしかと思われた。

あせった韓国電力取引所は、急遽「停電」の措置へと踏み切った次第である。



ん?

電力取引所とは何ぞや? この中間的そうな存在が、国家の停電という大決断が許されているのか?

許されてはおらず、より決定力のある知識経済部(日本の経産省)にお伺いを立てた。ところがお偉方の指示は「停電はせずに善処せよ」。

そう言われても、「善処」のしようがない。ますます焦った電力取引所は、天下の大停電という「見切り発車」をしてしまったのである。



これには韓国の李明博大統領も「カンカン」。

緊急に関係者を全員呼び出し(正座?)てキツく叱責。

崔重卿(チェ・ジュンギョン)知識経済部(日本の経産省)長官が、責任をとって「辞任」という幕引きとなった。



ところが、話はまだ終わらない。

停電を敢行した韓国電力取引所の「見積もり(予備電力)」に誤りがあったのだ。

この日、停電に踏み切ったのは、安定供給が可能な予備電力「400万キロワット」を下回る「343万キロワット」しかなくなってしまったからだとされた。

しかし、343万キロワットあると思っていた予備電力は、実際には「24万キロワット」しかなかったのである(厳しい見方ではゼロだったとも)。

つまり、韓国電力取引所の見積もりは「甘すぎた」。



しかし、この「甘さ」が功を奏したのである。

もし、見切り発車をしていなかったら……、韓国が「ブラックアウト」である。

一度そうなってしまうと、最悪の場合、復旧に数日を要してしまうことも。

不思議な偶然の連なりが、韓国をブラックアウトから救ったことになる。



韓国の電気料金は日本の3分の1程度である。

政府の支援により、電力会社が「赤字」で電気を作ってくれているからだ。

韓国の電気料金があまりにも安いため、韓国国民は電気の「浪費グセ」がついてしまっているのだとか。



日本は期せずして「節電大国」となっている。

何だかんだ言って、結局この夏を乗り切ってしまった。

世界的にも電気料金の高い日本は、「節電イコール節約」にもつながるため、節電のモチベーションは上がりやすい。

しかし、もし電気料金が3分の1だったとしたら、今夏ほど節電の意識は高まったであろうか?



資本主義世界には、「モノの価格は市場が決める」という大原則があるが、放っておけば混乱をきたすことがあるのも事実である。

秩序が形作られる前の「無秩序」は不可避なのである。

しかし、価格を人為的に統制するというのも「至難の業」のようである。



ある自然農法家の方が、こんなことを言っていた。

「一度剪定(枝を切ること)してしまったミカンの木は、一生剪定を続けないといけない。

枝を切らない自然樹形を作り出すには、最初から最後まで決して枝を切ってはならないのだ。

一度枝を切ってしまった木を自然のままに放っておくと、それらは良い果実をつけずに、いずれ枯れてしまう。」



人が作りし経済は、何らかの人の関与を必要とする。

そして、経済規模が巨大化するほど、その関与は難しくなる。なぜなら、直接的に操作しにくくなるためである。

伝言ゲームの伝言者が多くなるほど、ちょっとした間違いも「信じられない誤ち」に変わってしまうことがある。



今回の韓国の大停電は、伝言ゲームの間違いが幸いにも「結果オーライ」になってくれた。

海を隔てたお隣りの国民としても一安心の幸いであった。



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2011年07月13日

飛べば飛ぶほどエネルギーを獲得する「夢の飛行機・ソーラーインパルス」。現代文明の進むべき道は?

「ソーラー・インパルス」という飛行機は、ガソリン燃料を全く使わずに、太陽エネルギーのみで飛行できる、世界初の航空機である。

アダ名は「トンボ」。エアバス340ほどの翼長(63.4m)をもちながら、胴体はプリウスほどの重さ(1,600kg)しかない。

平均時速は70kmと遅めだが、普通の飛行機同様の高度8,500mまで上昇することができる。

また、昼間のエネルギーを蓄積しておくことにより、夜間でも飛行可能である。実際に26時間以上、ブッ続けで飛ぶことにも成功している。



普通の飛行機との違いは?

「まず、飛べば飛ぶほどエネルギーを獲得することができる。そして、騒音が少ない。」

かつてはスイス空軍のパイロットであった「ボルシュベルグ」氏は語る。

この奇跡の飛行機は、その存在自体もさることながら、そのメッセージ性に重要な価値があるという。



「化石燃料というのは、量に限りがあるのだから、使えば使うほど価格が上昇していくのは、明白な経済理論です。」

「私たちは、別の理論に向かわなくてはならない。」

「再生可能エネルギーというのは、使えば使うほど、価格が安くなる。」



新しいことをやるのが大好きな「ボルシュベルグ」氏は、なおも熱く語る。

「確実とされることを、さらに問い直す。それこそが、パイオニアスピリットです。」

「現代社会では、多くの人々が過去の考えや方法に固執しすぎています。」



彼は、日本に大きな期待を寄せているという。

「日本人ならば、大災害を機に、グリーンテクノロジーのリーダーになることが全く可能だと思います。」

「なにせ、日本は戦後の驚嘆すべき復興を成し遂げて、強くなった国なのですから。」

「発電ということだけで考えると、原子力に代わるものはないということになってしまう。しかし、ガスや石油、再生エネルギーも含めて、トータルな視野に立てば、原子力の占める役割は、非常に小さい。」



日本、そして世界は、確実な岐路にいる。

「使ったらなくなるもの」に固執するのか?

それとも、「使うほどに可能性が広がるもの」に目を向けるのか?



こうした自明の理を問われること自体、現代文明は、まだまだ「原始的な域を出ていない」といえる。

「なくなるもの」を珍重するあまりに、その奪い合いが起き、世界的な覇権争いへとつながってゆく。ひとたび権利を手にした人々は、その既得権益を失うまいと暗躍し、世界を歪めてゆく。

世界は「行き止まり」と分かっている道を、ヒタ走っている。もうドンツキの壁が見えてきたにも関わらず、見てみぬ振りをしようと必死である。



本当に固執する価値のあるものとは何なのか?

本当に確実なものとは何なのか?

この世界には、まだまだ「疑う余地」が多分に残されている。



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