「Mr. Mom(ミスターお母さん)」
これは、アメリカが「専業"主夫"」として「子育てをする父親」の呼び名であった。
だが、2012年の国勢調査からは
「Stay-at-home dads(家にいるお父さん)」
という呼称に変更されている。
その理由は、父親の子育てがアメリカ社会に受け入れられつつあるからだという。
ただ、そうした専業主夫の父親の割合は、2012年の調査時点では「3.6%」と依然小さい。5年前の2.9%からは1.2倍に上昇したとはいえ、母親の専業"主婦"の比率には遠く及ばない。
それでも、世間の目は変化しつつある。長年の固定観念とせめぎ合いながら。
◎新たな父親像
男性が「子育て」に専念するようになるキッカケは、その「約30%」が「仕事を解雇されたこと」だそうだ。
ちなみにアメリカの国勢調査の基準によれば、「1年以上仕事をもたずに子育てに専念する父親」のことを「Stay-at-home dads(家にいるお父さん = 専業主夫)」と呼ぶ。
アメリカには「15歳以下の子供を育てる専業主夫」が現在、18万9,000人いるとされ、この数は5年前から「14.5%上昇」している(米世論調査機関ピュー・リサーチ・センター)。
そうした専業主夫の一人、アダム・シュレーダーさん(31歳)は
「夫婦で以前から子供を毎日保育園に預けるのはイヤだという話をしていた。それに『妻の稼ぎの方がかなり多かった』から」と話す。
シュレーダーさんの言うように、「高い保育料を支払ってしまうと収入を得る意味がない」「妻が夫以上の稼ぎを得ている」といった理由は専業主夫に多い。
「家にいるお父さん」シュレーダーさんは、もうすぐ9ヶ月になるエリオットくんのオムツを替え、2歳のアイザックくんに朝食を食べさせる。
そして、エリオットくんを「おんぶ紐」で背負いながら、2歳のアイザックくんを公園で遊ばせる。かなり手慣れた様子で。子供らの寝かしつけもお手のものだ。
こうした生活が始まったのは、「勤めていたラジオ局が倒産して職を失ったからだ」という。妻のエリンさん(30歳)は看護麻酔師として働いている。
専業主夫シュレーダーさんは「家で子育てをすることが男らしくないことは全くない」と話す。
むしろ「子供たちが成長する様子を見られること」「子供たちのことをよく知れること」は役得だと感じている。つまり楽しんでいる。
一方、社会の認識はシュレーダーさんほど受容的ではない。
アメリカ国民の「51%」はまだ、「母親が家にいる方が子供には好ましい」と回答しており、父親が家にいる方が良いと答えたのは「わずか8%」にとどまっている(米世論調査機関ピュー・リサーチ・センター)。
依然、女性の多くは「夫に家庭のコントロールを渡すこと」に不安を感じており、「家庭では女性のほうが優れている」という考え方を持っているという。
「自分の子供をどのように面倒を見たらいいかを、自分が一番よく知っていると思わない女性はマレだ」と、元外交官のアン・マリー・スローター教授(プリンストン大学)は話す。
◎企業と男性
男性の「育児参加」への意識は、企業にも高まりつつある。
「調査結果によると、アメリカ企業の15%が新米の父親になんらかの有給休暇を提供している(全米人材マネジメント協会)」
たとえば、「米ヤフー」は新たに子供をもうけた父親に「8週間の有給休暇(全額支給)」を認めている。銀行大手「バンク・オブ・アメリカ」は「12週間の育児休暇」、アーンスト・アンド・ヤングの場合は「6週間」だ。
だが逆に、父親のほうが「休暇をとることを渋っている」。
「新米父親の約85%が育児休暇をとるが、その大半は『1〜2週間だけ』だという(ボストン・カレッジ調べ)」
「職場で地位を失うかもしれない」という不安や、昔から根強い「父親としての固定観念」が、長期の休暇をとることを躊躇させるというのである。スウェーデンやポルトガルで父親の育児休暇が「義務的」になっているのに対して、アメリカではあくまで「自発的」なのである。
たとえばアーンスト・アンド・ヤング社では、最大で「6週間の有給休暇」を提供しているにも関わらず、そうした父親たちの90%は「2週間」しか取らないという。
父親たちは「重要なプロジェクトに参加し損なうこと」を恐れ、メールや電話など在宅でも仕事をすることになる。
金融関係で働くギルバート・マドック氏は、息子が生まれた時に「1週間の育児休暇」をとったが、同氏は休みの間も結局「1日の40%」を仕事関係のことに費やしていた。「営業色が強い仕事なので、ペースを落とすわけにはいかなかった」と同氏は語る。
また、ソフトウェア会社「ラウンドペッグ」には、新米の父親に「1ヶ月の有給休暇」を与えるという方針があった。
だが、共同創業者である「ブレント・デーリー」氏は、息子と娘が生まれた時、それぞれ「1週間」と「3日間」の育児休暇しか取らなかった。
デーリー氏は、その時の心情をこう語る。「出社しないと、チームを失望させることになると感じた。最後は、1つの仕事をまあまあ上手くやるか、2つの仕事をひどくお粗末にやるかの選択になった」と。
◎烙印との葛藤
自由の国・アメリカでさえ、「男性にとって仕事が最優先であり、すべての育児は女性がするもの」といった固定観念が企業に根強い。
もし、男性が「親業と仕事とを対等の立場に置く」とすれば、「ある種の烙印」を押されてしまう、と社会学者のスコット・コルトレーン氏(オレゴン大学)は指摘する。
The Wall Street Journal「親業をしていることが知られている男性の多くは、職場でプレッシャーをかけられたり、同僚に反感をもたれたりしている。積極的に子供の世話をしている男性は、からかわれたり、侮辱されたりすることが多い」
育メン父親は「意気地なしだ」とか、「妻のシリに敷かれている」といった中傷の的にされたりもするといい、ゆえに仕事と家庭間の「葛藤」は必至である。
「2008年に、仕事と家族への責任との間で葛藤を感じていると報告した共働き世帯の父親は60%だった。ちなみに1977年の数字は35%である(家族・労働研究所)」
「新たな父親像」が社会に広まるにつれ、父親たちの葛藤はより大きなものとならざるを得ないようである。それは旧来の固定観念がその新しさに追いついていけないからでもあろう。
◎企業と女性
女性は昔から、仕事において男性よりも「不利な立場」に置かれるのが常だった。それは世論が大幅に変化した今もなお、あまり変化がないようである。
The Wall Street Journal「女性が職場進出を果たして数十年が経つが、女性の84%は『男性の方が同じような職に対してより多くの報酬を受けている』との見方を示している。この調査結果は1997年時点の調査とほとんど変わっていない」
世論調査の専門家、ビル・マッキンターフ氏はこの調査結果を「この国で変化しているものと『変化していないもの』に関する非常に強力な結果だ」と述べている。ちなみに、労働統計局の統計では、常勤の女性の週給は、男性の79%だと示されている。
「男性は仕事を犠牲にすべきではないし、女性は家庭を犠牲にすべきでない」との意見は根深い。
先史時代から続くという男女の「分業制」は、そうそう平らにならされるものではないらしい。
ゆえに、「女性たちよ大志を抱け」と唱えた女性シェリル・サンドバーグ氏(43歳)の意見は物議を醸す。
Facebook(フェイスブック)のCOO(最高執行責任者)にまで昇り詰めた彼女は、世の女性たちに「自分の可能性を妥協せずにキャリア・アップ(出世)を目指すこと」を助言している。
◎男性社会の中の女性
その代名詞ともなった言葉が「Lean In」。これは彼女の著書のタイトルでもある。直訳すれば「乗り出す」。つまり、職場で男性らに遠慮することなく、身を乗り出していけ、と言っている。
そう訴えるのはひとえに、アメリカの現状が「男性優位」に進んでいるからに他ならない。
The Wall Street Journal「女性の地位向上が比較的進んでいるアメリカでも、企業や政界のトップを見ると、フォーチュン500企業のうち女性が最高経営責任者(CEO)の座に就いているのは21社、役員クラスの役職に占める女性の割合は14%、国会議員に占める女性の割合は18%と、未だに男性が大半を占めるのが実情だ」
こうした現状にあって、サンドバーグ氏への風当たりが強いのは何ら不思議なことではない。
The Wall Street Journal「サンドバーグ氏の主張に対しては、賛否が二分している。同氏の言葉に感銘を受け、背中を押されたという声もある一方で、サンドバーグ氏は『極めて恵まれた特別な存在』で、一般の女性が置かれた状態を理解していないとの批判も聞かれる」
「特別な存在」であるサンドバーグ氏は、「ハーバード大学」の学位を2つ持ち、「世界銀行」やコンサルティング会社大手「マッキンゼー・アンド・カンパニー」で働いた後に、クリントン政権下では「首席補佐官」をやっている。現在のフェイスブックCOOとなったのは、グーグルで「副社長」を務めた後だ。
The Wall Street Journal「サンドバーグ氏の言葉はあまりに『エリート主義』で、家庭に入る決断をした母親や仕事で彼女のような成功を収めていない女性に批判的との声もある」
サンドバーグ氏が、どんなに忙しい中でも「夕方5時半」に帰宅できるのは、彼女がそれだけの特権を持っているからであり、並の女性がそうそう真似できることではない。
「一般的な女性」はやはり、子育てに注力するためにキャリアを諦めざるを得なかったり、働きやすい仕事に転職することのほうが普通である。たとえアメリカでも。
The Wall Street Journal「サンドバーグ氏の主張は確かに啓発的ではあるものの、正直『理想論』にしか聞こえない」
◎半分半分
なるほど、サンドバーグ氏の言う「Lean In(乗り出せ)」は、先を急ぎすぎているのかもしれない。それでも彼女の主張は、「これからの社会」が進んでいく方向を間違えてはいないだろう。
彼女の目指すのは、「女性が国や企業の半分の舵取りをし、男性が家庭の半分を代表する存在となる『真の平等な世界』」。
これは単なる「平等論」ではなく、男女の役割が半分半分になったほうが「国家や企業全体としてのパフォーマンスが上がる」とサンドバーグ氏は考えているのである。
「新しい世代」の考え方は、確実に変わりつつある。
The Wall Street Journal「若い父親は育児休暇を『不可欠なものだ』と捉えている一方で、より年配の父親は『職場で烙印を押されることになる』と返答した」
同「若い世代の女性は、多くの犠牲を払うことなく仕事と家庭生活を両立できないということに合意する傾向は小さく、『18‐34歳の女性の38%』は両立できないとの主張に賛成しないと答えた。一方、これは35‐54歳と、55歳以上の女性ではそれぞれ31%、32%だった」
「Lean In(出世に貪欲)」になりつつある若い女性たちに対して、「Lean back(仕事から後退)」していく若い男性たちがいるのも確か。
「女性はすでに『Lean In』しており、今までにないほど野心的で、高い教育を受け、会社で男性以上の成績を上げている」と話すのは、企業人材の多様化を促進する20ファーストのアビバ=ウィッテンバーグ・コックスCEO。
なるほど、新たな社会のバランスは、サンドバーグ氏の言う「真の平等」の方へ傾き始めているようである。
専業主夫歴が3年になるクレーさんは、「自分が『主夫』になるとは夢にも思っていなかった」と話す。彼の不動産業は、3年前の住宅市場の崩壊とともになくなってしまったのである。
彼の住む町には「伝統的な暮らし方」が根付いていたため、4歳の娘を幼稚園に連れて行くことにも「孤独感」を感じたという。参観に出かけたときには、「一握りほどの父親」しかおらず、彼らの話は仕事のことばかりであった。
「一般的に女性のほうが同情的で、少なくとも『主夫』に対して批判的ではありませんでした」と、クレーさんは言う。
すっかり主夫業が板についたクレーさんは、世の男性が自分のイメージを「職業(キャリア)」や「経済力」と深く結びつけたがるのを不思議に思うようになったという。
そして、「なぜ、文化的なステレオタイプ(典型例)が生じているのか?なぜ、それに挑戦することを嫌がる人がいるのか?」を、深く考えるようにもなった。
「人生という物語において、私たちは暮らしながら修正していくものだ。環境が変わればそれに合わせる。一番重要なのは、私たちはいつでも互いに寄りかかれることができると覚えておくことなのだ」
オバマ大統領は「父の日」の演説で、「どのような環境であれ、良い親でいることは簡単なことではない」と述べ
「どうすればより良き夫、良い父親になれるのか、私は今もまだ模索している最中だ」と話していた。
(了)
関連記事:
交わり続けた現生人類。弱くも強い生存術神の姿を知っていた子供たち。摘み取られる才能の芽不妊は女性ばかりの責任か? 日本と世界の差出典:The Wall Street Journal
「女性の地位向上とともに増える専業主夫 社会的受容の壁崩れるか」
「父親たちはなぜ長期の育児休暇を取らないのか」
「キャリア選択、女性だけでなく男性も全てを手に入れられない理由」
「米国女性の大半が職場で偏見に直面」
「女性よ、大志を抱け―サンドバーグ氏の言葉は米社会を変えるか」
「ある主夫の告白」