2011年11月23日

イスラムの波に押される「ドイツ」。統合は夢と消えたのか?


「イスラムフォビア(Islamophobia)」

「フォビア(-phobia)」とは、「〜恐怖症」、「〜嫌悪」といった意味である。

具体的には、「他人には『不可解な理由』から、『生理学的』に異常な反応を示すこと(Wikipedia)」といった意味になる。



「ドイツ」で起きた事件は、まさにその「異常な反応」の末であった。

イスラム女性が「テロリスト」と侮辱され、暴言を吐いたドイツ人男性を訴えた。

ところが、ドイツ人男性は、そのイスラム女性を法廷の場で刺し殺してしまった。



そもそもの事件の起こりはといえば、イスラム女性が幼子のために「ブランコを譲ってくれ」と、その男にお願いしたことだったという。

相手がイスラム教徒と見るや、男は突然彼女を「テロリスト」と罵った。

殺人事件のキッカケは、こんな公園での出来事だったのである。



冷静な眼で眺めれば、これは一人の異常な男の不可解な行動であろう。

しかし、その背景に「イスラム」と「テロ」を並べた途端に、問題はとんでもなく拡大してしまう。

「ドイツ vs 移民」、「キリスト教 vs イスラム教」、「先進国 vs 途上国」…。



ドイツは自らを「移民国家ではない」という。

しかし、その実、移民の労働力に大きく依存してきた歴史を持つ国家でもある。

第二次世界大戦による敗戦からの復興は、トルコからの労働力によるところが大きい。そして、その道をつけたのは、他ならぬドイツ自身である。



外国の労働力を必要とした時、ドイツはこう考えた。

「忙しい時だけ、手を借りよう」

その姿勢がよく表れているのは、ドイツ人がトルコ移民を「ガストアルバイター」と呼んでいることである。

「ガスト」とは客人を意味するが、同時に「一時的に招いた人々」というニュアンスを持つ。



しかし、トルコからドイツへやって来た労働者の多くは、ドイツで「定住」してしまった。一時的だったはずの客人は、そのまま居座ってしまったのだ。

定住しただけではなく、家族をトルコから呼び寄せた。ドイツでの生活はあまりにも快適であったのだ。

さらに、トルコ人たちはイスラム教という宗教までドイツに持ち込んだ。



ドイツが必要としていたのは、一時的な労働力(ガストアルバイター)であったはずだ。

そのために、安価な外国人(トルコ人)の移民を呼び寄せたのである。

ところが、一人の労働者は決して「単身」ではなく、家族、そして宗教、それらとパックになっていた。

おいしいところだけを頂こうとしたドイツの下心が裏目に出てしまったのである。



ドイツもその失敗に気づいてはいたが、有効な解決策は見い出せなかった。

というのも、ドイツでは「人種差別」的な言動が、極端にタブー視されていたためだ。

なぜなら、ナチスによるユダヤ人虐殺という負の歴史が、ドイツでは常に尾を引いていたからである。



ドイツ語で「寛容」を意味する単語には、日本語のように前向きな意味合いはない。

むしろ「忍耐」といった言葉のほうが近く、無理して我慢している姿がそこにはある。



トルコ人移民を心よく思わないドイツ人たちも、公に彼らを非難することはできない。

ナチスの呪縛は、戦後のドイツ人の自由を大いに狭めてしまっていたのである。



ドイツとトルコをつなぐ道から、トルコ人たちはドンドンとドイツへやって来た。

そして、トルコ人の町をつくり、イスラムのモスクを建てた。

トルコ人たちはドイツ語を話さなくとも生活に不自由せず、先進国ドイツの厚い社会保障を享受することも出来た。

こうして、ドイツ社会とイスラム社会は、同じ国にありながらも接点の薄い「平行状態」で進んでいくことになったのである。



大量の移民を受け入れながらも、自らを「移民国家ではない」というドイツ。

その国是により、移民に対する適切な制度づくりが遅れた。

さらには、人種差別的な動きを封じられているドイツ。

その建前により、ドイツ国民は我慢に我慢を重ね続けた。

生来のドイツ国民とトルコ由来のドイツ国民が、それぞれ別々の社会を平行的に構築していったのは、こうした必然の結果ともいえる。



現在のドイツは、そうした平行社会の「統合」を目指している。

ドイツ国籍を取得するためには、「統合講座」という645時間に及ぶ授業を受ける必要がある。その教室では、ドイツ語の読み書きなどを学ぶ。

トルコ移民たちにとって、ドイツ国籍は「安全保障へのパスポート」であり、ドイツで仕事を得るための有益なツールなのである。

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ドイツ国籍を渇望するトルコ人がいる一方で、頑としてそれを拒否するトルコ人もいる。

「あれは『統合』という美名の、『同化』だ」

ドイツの言葉を無理やり教え込み、トルコ人をドイツ色に染め上げようとしているというのである。

ビジネスで成功を収めたイガチ氏は、30年もドイツに暮らしながら、ドイツ国籍には見向きもしない。

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ドイツには400万人(全人口の5%)を超えるイスラム教徒が暮らしているという。トルコばかりではなく、世界50カ国からやって来たイスラム教徒である。

ドイツ国内のイスラム教のモスクは2,600以上(ちなみに、日本のモスクは70前後で、イスラム教徒は10万人程度)。



最近では、キリスト教徒だったドイツ人が、イスラム教に「改宗」することも珍しくないのだとか。

ドイツに統合したいはずが、イスラムに統合されてゆく…。ある人々にとっては好ましからざる動きも起きている。



それゆえに、近年のドイツでは、移民排斥の動きも「極端化」しがちである。

移民への暴力犯罪による犠牲者は、公式発表では30数人となっているものの、実際には130人を超えているという調査もある。

冒頭の殺人事件も、その極端化の表れの一つである。



極端化した人々は「単純化」する。

トルコ人は皆イスラム教徒、イスラム教徒は皆テロリスト。

小さな「個」の事件は、この単純化により、いきなり大事件となってしまう。



こうした傾向は、ドイツに限ったことではなく、ヨーロッパ全域に蔓延しつつある。

ノルウェーで起きた無差別殺人も、移民に寛大な政党員を皆殺しにしようとしたのである。



「イスラムに国が乗っ取られようとしている!」

まさに「イスラムフォビア(恐怖症)」である。



経済の低迷が続くヨーロッパでは、寛大になる機会が確実に失われつつある。

ヨーロッパ各国では、「移民排斥」を主張する政党が支持率を伸ばしている。アメリカにおいても、移民に教育を受けさせるよりも、国境のフェンスに電流を流せと主張する。

現在の経済発展が、移民たちの助力にあったことはスッカリ忘れ、社会問題の原因を移民に押し付けてしまっている。



「移民たちは働きもせずに、失業保険だけを受け取っている!」

しかし、少なくともイギリスでは、生活保護の受給者は自国民の方が多い。また、就業の機会を移民から奪っていることは、きれいに棚上げされている。



「移民たちが安い給料で働いてしまうために、我々の給料までが引き下げられてしまった!」

この主張を立証することは困難だ。ある研究では、その事実は全くないとするものもある。

しかし、理論的な説得はイスラムフォビアにとっては逆効果。感情を逆撫でするばかりである。



実際問題、過去においても現在においても、移民により経済が活性化する事例は幾多とある。

古くはユダヤ人や華僑。現在の中国人移民は海亀族と呼ばれ、会社設立などにより国と国をつなぐ役割も担っている。

アメリカのハイテク企業の4分の1は、移民による設立だともいう。

移民たちは流れのなかったところにも、流れを起こす。とどのつまり、経済的利益はそうした流れにより生み出される産物でもある。



しかし、それでも、先進国は「移民への扉」を閉めたがっている。

移民排斥は経済発展とトレードオフの関係にあることを承知していながら、扉を開けておく勇気が萎えてしまっているようである。

たとえ、利益をもたらす流れを断ち切ったとしても…。



かつて、欧米諸国は「自由」の旗を堂々と掲げながら、世界中に国を開くことを求めてきたはずである。

ところが、今ではその自由の旗をそそくさと仕舞い込み、家の中に閉じこもろうとする動きが見え隠れしている。



自分が多数派であれば、自由ほど強い味方はないが、ひとたび少数派となってしまえば、自由ほど恐ろしいものはない。

日本も含めた先進諸国は、途上国の猛烈な追い上げにより、逆転されるのが時間の問題となりつつある。

現在の民主主義では、過半数をとるか否かで、結果は雲泥の差となる。少数意見の尊重は建前にすぎない。



そのため、かつては好都合であったセオリーも、今では不都合となりつつあるものも少なくない。

安価な労働力を「利用」しようとしたドイツは、逆に移民たちに「利用」され、ドイツに「同化」させようとしたはずが、イスラムに「同化」されてしまう恐れを生じさせている。



ドイツのメルケル首相は、こう宣言した。

「多文化の社会を推進する試みは、失敗しました。完全に失敗しました」

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ドイツは諦めようとしている。

統合という夢を諦めようとしている。

さらには、夢の統合通貨・ユーロさえも、危うい橋の上にいる。



欧米的な価値観が、自らの首を締めはじめていることは確かである。

その価値観は、結局「限定的なものだった」ということか。

ある条件が崩れてしまえば、それは成り立たないということか。



時代に流されない価値観というのは存在するのだろうか?

もし、あるのならば、それはどんなものなのであろうか?



「変化」を迫られている現代だからこそ、それは見い出せるものなのかもしれない。

イスラムフォビアという言葉の影に隠れてしまっては、見えるものも見えなくなってしまうのではなかろうか…。




「イスラム」関連記事:
「アメリカ人」であることと、「イスラム教徒」であることは「矛盾」したことなのか?

あるアメリカン・ムスリム(イスラム教徒)の想い。暗い過去に足を引っ張られながら……。



出典:ETV特集 シリーズ
 イスラム激動の10年
 第3回「ドイツ移民社会“多文化主義”の敗北


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2011年11月21日

最も弱い者を救うという「お地蔵様」。現代の救いはどこにある?


「地面を掘れば、『地蔵』が出てくる」

そう言われるほどに、「京都」にはお地蔵様がたくさん埋まっているのだという。



長らく都とされながらも、その栄華の影に争乱と苦悩の絶えなかった京都。

そうした人々の苦悩を一身に背負ってきたのは、他ならぬお地蔵様だったのであろう。

地中に打ち捨てられてしまったものも含め、京都のそこかしこに残された無数のお地蔵様は、そうした歴史をずっと見守ってきたのかもしれない。

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地蔵とは?

久遠の昔、インドには2人の王様がいて、一人は「仏様」となり、もう一人は仏様になる力を持ちながらも、あえて人間の身に留まり、人々の苦しみを救う道を選んだのだという。

それが「地蔵菩薩」であると伝わる。

「全ての民を救い切るまでは、決して菩薩界には戻らない」

こうした不退転の決意を、お地蔵様は持っているのだという。



日本において、お地蔵様が厚く信仰されているのは、お地蔵様が「子供たち」を守ってくれると信じられてきたからである。

お地蔵様の「前掛け」は、子供の「よだれかけ」でもあり、子供たちを守って下さいという人々の祈りでもある。



かつて、子供が親よりも早く死んでしまうと、その子供は三途の川を渡れずに、河原に住まう鬼どもにイジメられると信じられてきた。

そんな子供たちを救ってくれるのがお地蔵様だったのである。

京都から掘り出されるお地蔵様は、そうした子供のための供養であることが圧倒的に多いという。

お地蔵様は、「最も弱い者」を最優先で助けてくれるという有難い存在だったのである。



お地蔵様が救うのは、子供ばかりではない。

平安時代も末期、世の中が大いに乱れた折に、京都には「6つの地蔵(六地蔵)」が平清盛により作られた。

それら6つのお地蔵様は、京都の出入り口とされた各街道沿いに配置され、都を守ってくれることを期待されたのだという。

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こうした信仰は、インド由来のお地蔵様と日本古来の「道祖神」とが結びついた結果である。

日本では、道の交叉・分岐する場所は、人間だけでなく神さまも出入りすると考えられていた。出入りする神さまは良い神様だけとは限らない。疫病や災害をもたらす悪い神様もいる。

路傍に置かれた道祖神は、人の住む場所に悪い神様が入ることを防いでくれるのである。



この道祖神をさらに遡れば、「道俣(ちまた)の神」となる。

この神は、イザナギ神が禊(みそぎ)のために脱ぎ捨てたフンドシが化生したものとされる。フンドシが二股であることが「道の分岐」にも通ずるのだという。

のちに「岐(ちまた)の神」となり、「岐(ちまた)」は「巷(ちまた)」へと通じてゆく。



「運命の分かれ道」という言い方もあるように、道の分岐において、人は間違いを犯しやすい。

そうした人の迷いを、道祖神は人が間違わぬように、道案内してくれるのである。同格とされる猿田彦神も、天孫降臨においてニニギ神を道案内する役割を担っている。



道の守り神とされた道祖神と同じく、お地蔵様も「道」とは深い関係がある。

お地蔵様が導くのは、仏教で「六道」と呼ばれる道である。

六道とは、「天道・人道・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道」の6つの道であり、人間はこのいずれかの道に囚われてしまっている。

お地蔵様は、そこで苦悩する人間たちを、この輪廻の輪から救い出さんとしているのである。

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仏教における六道とは、人間の「心の状態」を示しているのだという。

たとえば、餓鬼の心は「人間の飽くなき欲求」を意味する。

餓鬼の舌というのは燃え盛る炎であり、どんなに食べても飲んでも、決して満たされることがない。それは、何でもかんでも欲しがって、あらゆるモノを手に入れなければ気が済まない人間の貪(むさぼ)る心でもある。



畜生の心は「自分自身をコントロールできない心」。

外部の環境にのみ依存し、なすがまま、なされるがままになっている状態である。

それは、現代人が金銭という価値観に右往左往している姿とも重なるのかもしれない。やりたくもない仕事を続けざるをえない人々も多いものである。



修羅の心は「人と比べて争う心」。

現代において実際の戦乱は少なくなったとはいえ、社会にはあらゆる「競争」の種が蒔かれている。

受験から出世から、ビジネスから政治まで。価格は競争の波にさらされ、人の能力は画一的に判断される。

ある意味、資本主義世界はこの修羅道に根差しているとも考えられる。



人間の心は「名声や利益を求める心」。

最も苦しみが大きい世界でありながら、最も楽しみが大きな世界でもある。

相矛盾する心が混在し、地獄へ落ちることもできれば、仏への道も開かれている。

それゆえに、もっとも迷いが生じる世界でもあり、選ぶべき道を誤れば、大きな苦しみを味わうことにもなりかねない。名声や利益に引かれていった先には、思わぬものが待ち受けているかもしれない。



天道といえども、ゴールではない。

人道よりも苦しみは減ったとはいえ、依然「煩悩」に囚われた状態である。

この見かけ上は安穏とした世界に安住してしまうと、最後には「天人五衰」という好ましくない結果に終わる。天人五衰とは、衣服が垢でまみれ、頭上の花がしぼみ、身体は薄汚れて異臭を放つ。

そうなってしまうと、天国から地獄へと真っ逆さま。地獄であらゆる罪の償いをしなければならなくなる。



これら6つの世界を人間はグルグルと体験し続けている。

いずれの心も、誰しもが心当たりのあるところである。

お地蔵様は有難くも、この六道の世界にあって我々と苦をともにし、できればこの無限の循環から人々を救い出そうとしてくれている。

その「請願」を果たすまでは、お地蔵様は「菩薩界に帰らない」と固く心に決めているのである。



いつも弱い者の味方であり続けるお地蔵様。

日本人がお地蔵様を粗雑に扱うことは、ついぞなかった。歴史上、ある一時を除いては…。



明治時代のはじめ、「廃仏毀釈」という一大運動が日本中で巻き起こった。

明治政府のだした「神仏分離令(1868)」がそのキッカケであった。「神か仏か、どっちかにしろ」という命令である。

明治政府が後押ししたのは「神様」のほうだった(仏教は外来であるため)。そのため、全国の仏像は手当たり次第に破壊されるという憂き目にあったのである。



いくら、政府の命令とはいえ、日本人がお地蔵様を平気でブッ壊せるわけはない。

懲罰覚悟でお地蔵様の保護に走った人々も少なくなかった。

その走った先の一つは、京都の清水寺である。この寺の境内には、その時に持ち込まれたお地蔵様が今も大切に安置されている。

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日本人はお地蔵様に何を見てきたのか?

六道などの仏教の難しい話が人々を引きつけたわけでもなかろう。

もっと単純に、お地蔵様の持つ「安らかさ」や「静けさ」、「穏やかさ」などに救いを見い出したのかもしれない。



東日本大震災を受け、ある仏師は何体かの木彫りのお地蔵様を、被災地に送り届けたのだという。

その届けられたお地蔵様に、被災地の人々は涙する。

そのお地蔵様は、人々のどんな苦しみでも、どんな悲しみでも、静かに穏やかに受け止めてくれるかのようであった。

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「豊かさとは何か?」ということが、豊かになったはずの日本で問われて久しい。

「繁栄の先には豊かさがあったはずではなかったのか?」

どうやら、現実は少しばかり異なった様相を見せているようである。



経済成長などに代表されるGDPなどの豊かさは、ややもすると、人々の「六道の心」を荒々しく呼び起こしてしまう。

富や名声を求めて(人道)競い合い(修羅道)、金銭価値に翻弄されて(畜生道)、満たされることを忘れてしまう(餓鬼道)…。

たとえその経済的な目標を達したとしても、そこには天人五衰、「人生とは何だったのか」と老いてゆく(天道)。



この経済中心の豊かさに救いを求めるのは、あまりにも難しい。

悪く言うならば、最下層とされる地獄道へ向かいながら、豊かさを求めているようなものともいえる。



ひょっとして、今の現代人が求めているのは、「静けさ」や「安らぎ」という豊かさではなかろうか。

そして、それはいつの時代の人々も、お地蔵様に見ていたものでもある。



現代という時代は、騒々しくも慌ただしい時代である。

動きを止めれば死んでしまうかのように、絶えず動き、考え続けている。

「静けさ」や「安らぎ」は、極めて貴重な時代ともいえる。



六道の輪廻から抜け出す道は、その「静けさ」や「安らぎ」の内に示されているのかもしれない。

いつの時代においても、お地蔵様は静かに待っていた。

「静けさ」や「安らぎ」というのは、決して目に見えるものではないが、そうした心を具現化しているのがお地蔵様とも言える。

我々は、お地蔵様を見れば、それを思い出す。



路傍にたたずむお地蔵様。

答えはいつも、もっとも近いところにあったのかもしれない。

ただ、騒がしい心ばかりでは、お地蔵様が足元にあることすら気づかないかもしれないが…。

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出典:新日本風土記 「仏像の京都」
posted by 四代目 at 06:58| Comment(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月15日

「アメリカ人」であることと、「イスラム教徒」であることは「矛盾」したことなのか?


今から10年前、アメリカで2塔の巨大なビルが崩壊した。

「9.11同時多発テロ事件(2001)」である。

憤ったアメリカ国民は、闇雲に「イスラム」への風当たりを強めた。なぜなら、そのテロの首謀者がイスラム教徒と断定されたからである。

そして、その矛先はイラクへと向かい、テロから1年半後には「イラク戦争(2003)」という形で報復が敢行された。



こうした一連の出来事の中で、最もトバッチリを受けたのが「イスラム系アメリカ人」であった。

彼らはアメリカにあっては「イスラム教徒」として糾弾される。「なぜ、ビルをブッ壊したんだ?」

そして、イラクにあっては「アメリカ人」として非難された。「なぜ、イラクに爆弾を落とすんだ?」



崩壊した2塔のビルは象徴的である。

あの「2つのビル」と同時に、イスラムへの信頼と、アメリカへの信頼という「2つの信頼」も姿を消したのだから…。



2つのビルは、「白か黒か」で物事を単純化したがる人間の「二元性」をも強く表していた。

テロ事件以降、アメリカ国民はイスラム教徒を「黒(悪)」と決めつけた。

イスラムの子供が花火を買うのを見ただけでも、「爆弾を作るのではないか?」と勘ぐり、警察に通報する人までいたという。

イスラム教徒(黒)であり、アメリカ国民(白)であるというのは、大きな「矛盾」となったのである。



キリスト教や仏教の教えが一つとは言い切れないように、イスラム教にも様々な流れがあり、そこには多様な考え方が存在する。

単一の宗教といえども、白黒は曖昧で、むしろほとんどがグレーゾーンと捉えた方が正確かもしれない。

しかし、他者を見るときにはどうしても、その違いにまで目を向けられない。「イスラムはイスラムだ」と極度に単純化(白黒化)してしまう。

そして、「イスラムはテロリストだ」とまで極端化してしまうのである。

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こうした環境の渦中におかれた「イスラム系アメリカ人」たちは、「イスラムとは何か?」、そして「アメリカとは何か?」、それらのアイデンティティの疑問に直面せざるを得なかった。

彼らの存在自体が「矛盾」とされたのだから。



ところで、イスラム教徒というと、厳格な宗教規律を重んじる人々を連想するかもしれないが、実際のところ、日本人と仏教のように、宗教的というよりも「文化の一部」と捉えているイスラム教徒も数多い。

とりわけ、若い世代などはそうで、礼拝もしなければ、断食もしない、イスラムとは何かも考えたことがない人々も大勢いる。

日本人とて、墓参りに行かずに、仏教のことをサッパリ知らない人が多いのと一緒である。



ところが、テロ事件以来、そうした若くライトなイスラム教徒たちも、アメリカ人に「イスラムって何なんだ?」と問い詰められることになった。

ライトなイスラム教徒にとって、そんな「本質的な問い」に答えられようはずはない。

しかし、それでも「その問い」には向き合わざるを得なかった。

「イスラムって何なんだ?」



ウェブサイトを運営する「ワジャハット・アリ」氏(30)は、「ユーモア」とともに生のイスラム教徒の姿を伝えようとした。

「ラマダン(断食)ブルース」という作品には、イスラムの少年が登場する。



少年は父親にこう誓う、「今年こそは断食をちゃんとやるよ」。

イスラム教では、ラマダンの月は断食の月であり、太陽が出ている間は食物を口にしてはならない。食べるのは日没以降だ。

しかし、不幸にも少年はポケットに残されていた「m&m(チョコレート)」を見つけてしまう。まだ、日は高いのに…。

少年はこの大きな誘惑に抵抗を試みるが、どうしても抗(あらが)い切れない…。ついに…、パク。

「ボクの断食は、アメリカのチョコに『ハイジャック』されたんだ。」

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また、一日5回の「礼拝」に苦しむ男の作品もある。

「My awkward moments in Muslim prayer(イスラム礼拝者として気まずい時)」

公共の場で礼拝をするのは、予想以上に大変だ。人目を忍び、任務(礼拝)を遂行しなければならないからだ。この地はアメリカなのだ。



午後の礼拝のために男が向かった場所は、「GAP(衣料品店)」の試着室だった。不審がられないように、商品を見るふりをしながら目的地(試着室)へと向かう。あせって女性物のジーンズを手にとってしまったのはご愛嬌。

無事に試着室へたどり着くと、ホッと一安心。北東(祈りの方角)を確かめて、ようやく頭を地につける。

ところが、試着室の下のスキマから店員がこちらを見ているではないか!

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「お客さま、大丈夫ですか?(Sir, is everything all right?)」

「(ヤバイよ、最悪だ!)、大丈夫(汗)、大丈夫です(汗)!(Everything is fine! Just fine!)」

ドアを開けると、その店員は混乱した表情だ。何らかの説明をせざるをえない。

しどろもどろになりながらも、男は必死で釈明を試みる。「えー、イスラム教徒は一日に5回お祈りをしなくてはならなくて…。そのためには、然るべき場所も必要でして…。」



この作品は大いにウケて、わずか2日間で世界中に広まったという。

アリ氏は、ユーモアを駆使してイスラムを説明しようと日夜努力している。



映像クリエイターの「リナ・カーン」さん(27)は、YouTubeなどを使ってイスラムの姿を描き出している。

彼女が言うには、

「テロ以来、私たちイスラム教徒は『2つの眼』を持つようになりました。

1つ目の眼は今までと同じですが、2つ目の眼では、『周りからどう見られているか』を常に気にしています。」

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じつは、彼女はテロ以前はそれほど敬虔なイスラム教徒ではなかったという。敬虔さの証であるスカーフもしたことがなかったのだとか。

しかし、テロ以降は否が応にもイスラム教徒であることを、強く意識させられるようになった。

そして、それが誤解に満ちたものであることにも、気づかされた。



やはり、彼女もユーモアとともにイスラム教徒の苦悩を表現している。

「Bassen is Trying(ベッセンはがんばっている)」と題された作品では、アメリカ人に気をつかうイスラム教徒のベッセンが登場する。




オフィスの自室で「礼拝」をしてる真っ最中にドアを開けられると、素早く「腕立て伏せ」へと切り替える。

運転中の信号待ちで、隣りの車にアメリカ人が乗っていれば、イスラム風の音楽をヒップホップに素早くチェンジ。

エレベーターに乗る時も、遠くから歩いてくるアメリカ人が来るのをドアを開けてちゃんと待つ。

しかし、そんな努力も虚しく、一緒にエレベーターに乗り込んだアメリカ人は、ベッセンが手にもつ「紙袋」を警戒する。「(ヤツは何を持っているんだ?!)」



オサマ・ビンラディン氏が殺害されたという一報に、アメリカ国民は歓喜一色となった。

「正義は勝つ!」

テロ事件以来、多くのアメリカ国民は「白黒観」を一層強め、邪魔になる「矛盾」を排除することに努めている。



かたや、若きイスラム教徒たちの中には、説明し切れない「矛盾」に真っ向から取り組む人々も多く現れた。

彼らは世界の「グレーゾーン」の何たるかを模索している。

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「レザー・アスラン」氏(カリフォルニア大学准教授)は、そうした問題を掘り下げ、ある本を著した。

「No god but god(邦題:変わるイスラム)」

彼の願いは一つ、世界の人々に何とかイスラムを解ってもらいたいという一事に尽きた。

彼は、そのためにコーラン(イスラムの聖典)に一から取り組んだ。その甲斐あってか、この本は世界中で出版され、軒並みベストセラー入りを果たした。




ここ50〜60年で、イスラム教は大きく変わったのだという。

過去1500年間、コーラン(イスラムの聖典)の解釈をできるのは「男性」に限られており、「女性」がその解釈に口を出すことは許されていなかったという。

しかし、イスラム教徒の多数が欧米に移民するにつれて、従来の「集団」を優先する価値観に加え、「個」を大切にする価値観がイスラム世界にもたらされた。

必然的に、それは女性の発言力をも高める結果となった(最も厳格なイスラム国家・サウジアラビアですら、女性の声に耳を傾け始めている)。



そして、何より「インターネット」が変化を加速させた。

かつて、イスラム法に何か疑問があれば、モスクに出向いて指導者の意見を仰ぐより他に解決策はなかった。そして、納得しようがしまいが、その指導者の意見を受け入れざるを得なかった。

それが今では、インターネットのQ&Aでも問題が解決するのである。しかも、様々な意見から、自分の納得をいくものを選ぶこともできるようになった。



その結果、イスラム教の解釈は多様化し、その教義は柔軟性を増した。

それでも、アメリカ国民の多くは、イスラム教を硬く凝り固まった一枚岩であるという認識を捨て切れない。むしろ、テロによってその誤解は強化されてしまった。



レザー氏によれば、アメリカ政府の外交政策は「イスラム世界は民主主義を望んでいない」という誤解に根差しているのだという。

しかし、イスラムの教義には民主的な要素が多分にあり、事実、世界最大のイスラム国家・インドネシアは民主国家である。それはトルコもマレーシアも然り。

さらには、現在の中東各国では民主化の大波が訪れている。



そうした現実がありながらも、「イスラムと民主主義は両立しない」と頑ななアメリカ人が多いのだと、レザー氏は語る。

なぜなら、そうしたアメリカ人の語る民主主義というのは「アメリカ的」という前提があるからである(ここでいう「アメリカ的」というのは、キリスト教の理想を基盤としたものである)。

要するに、彼らは暗に「イスラムとキリストは両立しない」と主張しているのである。

彼らの言には、イスラムへの理解もなければ、民主主義への理解もない。ただあるのは、「自分たちの考え」だけである。そして、その世界から一歩も外へ出ようとはしていない。



10年前のテロ事件は、イスラム、そしてアメリカにとっても大きな分岐点だった。

それ以来、アメリカ人の多くは自分の考えに固執し、他への理解の扉をすっかり閉め切ってしまった。

かたや、イスラム教徒たちは、好むと好まざるとに関わらず、何かしらかの変化を求められ、必然的にその扉を開放せざるを得なかった。

その結果、アメリカは先鋭化し、イスラムは汎用化した。



崩壊した2塔のビルは、イスラムとアメリカだったのか?

時代のうねりは、時として変化を厳しく求めてくる。

そして、大きな変化には適応せざるを得ない。



窮地に追い立てられたイスラム系アメリカ人たちは、崩壊した信頼を再構築するために、自分自身を大きく変えた者たちも多かった。

より柔軟な若い世代ほどに、その適応は早かった。材料を一から問い直し、新たな建設に早速取り掛かっている。



時代を生きるとは、どういうことか?

時代が変わるとは、どういうことか?



変化を突きつけられているのは、イスラム系アメリカ人だけとは限らない。

世界はそんな「問い」で一杯である。

幸いにも、その「問い」を無視することは、今のところ容易なことである。




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出典:ETV特集
シリーズ イスラム激動の10年 
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posted by 四代目 at 08:47| Comment(1) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月26日

地上30mの竿の先から、さらなる一歩は踏み出せるのか? 命知らずのヒナたち


百尺竿頭(ひゃくしゃくかんとう)進一歩

回向返照(えこうへんしょう)退歩



「百尺竿頭」とは、長さ百尺(30m)の竿の先(頭)。

あなたは地上に立てられた長い長い竿の先に立っている。もし、そこから一歩進めば…。



そのような上空の竿の先は、極めて不安定で危険な場所とも思われるが、禅の世界の解釈は少々様相が異なる。

その長き竿は、長き修行の道のりを示し、その竿の先こそが到達すべき最高地点(悟りの極致)なのだという。

その極致から、さらなる一歩を進めるということは、生命を投げ出してでも(不惜身命)、衆生救済へ向かえという意味になる。



その句に続く「回向返照」とは、太陽が沈む時に、西の空を明るく照らす光。

その意を転ずれば、神様や仏様のありがたい光の意味ともなる。

その光から、あえて歩を退けるとは、如何なる意味か?



困難には敢えて一歩を進め、皆が求める光には逆に背を向ける。

禅の世界は「矛盾」を楽しむ世界であり、一般的な頭で考えることはできない。

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ここに、百尺竿頭から実際に一歩を進めた鳥の話がある。

百尺(30m)どころか、100mを超える断崖絶壁から、その鳥は身を投げた。

鳥だから飛べるのだろうと思うだろうが、じつはその鳥はまだ飛べない「ヒナ」である。



産毛に覆われたヒナたちは、次々と断崖の巣から飛び降りる。

岩に激突して死んだり、地面に打ち付けられて死んだり…。

運良く柔らかい草むらの上に落ちたヒナだけが助かった。しかし、すでに半数は死んでいる。



奇跡的に生き残ったヒナたちには、新たな危険が待っていた。

草むらのキツネにとっては、まさに棚からボタ餅、崖からヒナ。パクパクとヒナたちを食べていく。



そんな絶体絶命をも切り抜けられたヒナは、ほんの数羽。

それでも、この鳥はいつもいつもこの方法で生命を繋いできているのである。

なぜ?なぜ?と思わずにいられないが、この鳥はいつもこうして生きてきたという事実以外には、確たる答えはない。



頭で考えて分かることは限定的である。

智者と限らず、現代人は皆が知に溺れがちである。

我々はいったい何を知っているというのであろうか?

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出典:宿坊 ココロとカラダ満つる旅 東北路
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posted by 四代目 at 18:18| Comment(2) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月17日

あるアメリカン・ムスリム(イスラム教徒)の想い。暗い過去に足を引っ張られながら……。

麻薬の売人でラッパー。

そんな彼の歌うラップは辛辣だ。

「ビンラディンは犯人じゃない ♪ 本当はお前だろ ♫」

「サウジもイスラエルもイギリスも ♫ アメリカと共謀さ ♪」

「アメリカを動かすのは ♪ 麻薬とユダヤ ♬」

若き日の彼は、酒もギャンブルもたしなむ見事なアメリカンであった。



ところがある日、彼は唐突に「イスラム教」へと改宗する。

彼の家族は敬虔なカトリック教徒(キリスト教)。イスラムとのつながりは何もなかった。

しかし、退廃的な生活を送っていた彼は、世の中に「疑問」を抱き始めていた。誰もが体験するこの「若き悩み」の末、彼は「イスラム教」を選んだのである。

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それ以来、彼は全くの別人に「生まれ変わった」。

名前もイスラム風の「ハムザ」と改めた。

イスラム教では「神への冒涜」とされる飲酒もキッパリとやめ、祈りの生活に入った。



過去の「麻薬の売人」という苦い経験を活かし、麻薬問題のカウンセラーとしても働き始める。

さらに、犯罪者たちへ自分の体験や人生の教えを語る仕事も請け負った。

めでたく結婚もし、子供たちに囲まれた平穏な日々が彼の日常となった。

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ところがっ、その平穏は荒々しいFBIによって突然終わりを告げられた。

FBIは彼のモスク(イスラム教の礼拝堂)に突入し、信徒たちの身柄を拘束したのである。

「ハムザ、お前の下調べはついている。」

テロを取り締まる「愛国者法(Patriot Act)」により、FBI(連邦捜査局)には信じられないほどの特権(強制捜査)が与えられていたのだ。

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庭先に引きずりだされたハムザ氏は、数日前からモスクを監視する「カメラ」が設置されていたことを思い出した。

彼は苦々しく思う。「隣町は麻薬の売人だらけなのに、なぜこのモスクを標的にするんだ…。」



それから半年……。

ハムザ氏は前にもましてイスラム教を深く学ぶようになっていた。

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預言者「ムハンマド(イスラム教の開祖)」の生涯を追ううちに、ムハンマドがキリスト教やユダヤ教などの「異教徒たちともうまく関係を結んでいた」ことを知る。

その事実を知ったことにより、ハムザ氏は「むしょうにキリスト教徒やユダヤ教徒たちと『連携』したくなった」という。



ハムザ氏は受刑者への説法で、「自分自身を知ること」を語る。

イスラム教のハムザ氏の言葉は、キリスト教の「汝自身を知れ」という教えと共鳴し、多くの受刑者たちの心をとらえた。

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彼の歌う歌の歌詞も大きく変わった。

「お帰り ♪ 過去と決別し ♫ まっすぐな道を進もう ♪」



ところがっ、またしてもFBI(連邦捜査局)が行く手を阻む。

ハムザ氏の刑務所への出入りが突然禁止されたのだ。

「愛国者法」によれば、FBIにその理由を説明する必要はない。



アメリカ政府は、イスラム的なことに神経を研ぎ澄ましている。

イスラムを取り締まることが、「テロの撲滅」へつながると信じているからだ。

その結果、アメリカとイスラム世界の溝は大きく広がった。



そうした風潮に疑問を感じる人々は少なくない。

ハムザ氏もその一人であり、かつてカトリック教徒であったという利点を活かしながら、アメリカとイスラム世界との融和を図ろうと尽力していたのである。

大きく広がった溝に、何とか橋を渡そうと必死であった。

また、麻薬の売人であった過去も活かし、いかにして若い麻薬の売人を救えるかという難問にも立ち向かっていた。



意見の異なる両者が対峙するとき、両方の世界を知っている人物というのは極めて貴重な存在である。

しかし、ハムザ氏は過去の麻薬の売人としての前歴が、マイナスにマイナスに評価さてしまっているのである。

イスラム教徒としても同様。あたかもキリスト教徒の造反者のような扱いを受けてしまっている。



ハムザ氏は歌う。

「重荷を背負って歩くとき ♪ 自分の魂が見えてくる ♪」

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「酸(す)いも甘いも」知り尽くしているハムザ氏。

「甘いもの」だけしか知らない人々に彼の想いは届くのか?




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出典:BS世界のドキュメンタリー シリーズ
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posted by 四代目 at 09:01| Comment(3) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする