「イスラムフォビア(Islamophobia)」
「フォビア(-phobia)」とは、「〜恐怖症」、「〜嫌悪」といった意味である。
具体的には、「他人には『不可解な理由』から、『生理学的』に異常な反応を示すこと(Wikipedia)」といった意味になる。
「ドイツ」で起きた事件は、まさにその「異常な反応」の末であった。
イスラム女性が「テロリスト」と侮辱され、暴言を吐いたドイツ人男性を訴えた。
ところが、ドイツ人男性は、そのイスラム女性を法廷の場で刺し殺してしまった。
そもそもの事件の起こりはといえば、イスラム女性が幼子のために「ブランコを譲ってくれ」と、その男にお願いしたことだったという。
相手がイスラム教徒と見るや、男は突然彼女を「テロリスト」と罵った。
殺人事件のキッカケは、こんな公園での出来事だったのである。
冷静な眼で眺めれば、これは一人の異常な男の不可解な行動であろう。
しかし、その背景に「イスラム」と「テロ」を並べた途端に、問題はとんでもなく拡大してしまう。
「ドイツ vs 移民」、「キリスト教 vs イスラム教」、「先進国 vs 途上国」…。
ドイツは自らを「移民国家ではない」という。
しかし、その実、移民の労働力に大きく依存してきた歴史を持つ国家でもある。
第二次世界大戦による敗戦からの復興は、トルコからの労働力によるところが大きい。そして、その道をつけたのは、他ならぬドイツ自身である。
外国の労働力を必要とした時、ドイツはこう考えた。
「忙しい時だけ、手を借りよう」
その姿勢がよく表れているのは、ドイツ人がトルコ移民を「ガストアルバイター」と呼んでいることである。
「ガスト」とは客人を意味するが、同時に「一時的に招いた人々」というニュアンスを持つ。
しかし、トルコからドイツへやって来た労働者の多くは、ドイツで「定住」してしまった。一時的だったはずの客人は、そのまま居座ってしまったのだ。
定住しただけではなく、家族をトルコから呼び寄せた。ドイツでの生活はあまりにも快適であったのだ。
さらに、トルコ人たちはイスラム教という宗教までドイツに持ち込んだ。
ドイツが必要としていたのは、一時的な労働力(ガストアルバイター)であったはずだ。
そのために、安価な外国人(トルコ人)の移民を呼び寄せたのである。
ところが、一人の労働者は決して「単身」ではなく、家族、そして宗教、それらとパックになっていた。
おいしいところだけを頂こうとしたドイツの下心が裏目に出てしまったのである。
ドイツもその失敗に気づいてはいたが、有効な解決策は見い出せなかった。
というのも、ドイツでは「人種差別」的な言動が、極端にタブー視されていたためだ。
なぜなら、ナチスによるユダヤ人虐殺という負の歴史が、ドイツでは常に尾を引いていたからである。
ドイツ語で「寛容」を意味する単語には、日本語のように前向きな意味合いはない。
むしろ「忍耐」といった言葉のほうが近く、無理して我慢している姿がそこにはある。
トルコ人移民を心よく思わないドイツ人たちも、公に彼らを非難することはできない。
ナチスの呪縛は、戦後のドイツ人の自由を大いに狭めてしまっていたのである。
ドイツとトルコをつなぐ道から、トルコ人たちはドンドンとドイツへやって来た。
そして、トルコ人の町をつくり、イスラムのモスクを建てた。
トルコ人たちはドイツ語を話さなくとも生活に不自由せず、先進国ドイツの厚い社会保障を享受することも出来た。
こうして、ドイツ社会とイスラム社会は、同じ国にありながらも接点の薄い「平行状態」で進んでいくことになったのである。
大量の移民を受け入れながらも、自らを「移民国家ではない」というドイツ。
その国是により、移民に対する適切な制度づくりが遅れた。
さらには、人種差別的な動きを封じられているドイツ。
その建前により、ドイツ国民は我慢に我慢を重ね続けた。
生来のドイツ国民とトルコ由来のドイツ国民が、それぞれ別々の社会を平行的に構築していったのは、こうした必然の結果ともいえる。
現在のドイツは、そうした平行社会の「統合」を目指している。
ドイツ国籍を取得するためには、「統合講座」という645時間に及ぶ授業を受ける必要がある。その教室では、ドイツ語の読み書きなどを学ぶ。
トルコ移民たちにとって、ドイツ国籍は「安全保障へのパスポート」であり、ドイツで仕事を得るための有益なツールなのである。

ドイツ国籍を渇望するトルコ人がいる一方で、頑としてそれを拒否するトルコ人もいる。
「あれは『統合』という美名の、『同化』だ」
ドイツの言葉を無理やり教え込み、トルコ人をドイツ色に染め上げようとしているというのである。
ビジネスで成功を収めたイガチ氏は、30年もドイツに暮らしながら、ドイツ国籍には見向きもしない。

ドイツには400万人(全人口の5%)を超えるイスラム教徒が暮らしているという。トルコばかりではなく、世界50カ国からやって来たイスラム教徒である。
ドイツ国内のイスラム教のモスクは2,600以上(ちなみに、日本のモスクは70前後で、イスラム教徒は10万人程度)。
最近では、キリスト教徒だったドイツ人が、イスラム教に「改宗」することも珍しくないのだとか。
ドイツに統合したいはずが、イスラムに統合されてゆく…。ある人々にとっては好ましからざる動きも起きている。
それゆえに、近年のドイツでは、移民排斥の動きも「極端化」しがちである。
移民への暴力犯罪による犠牲者は、公式発表では30数人となっているものの、実際には130人を超えているという調査もある。
冒頭の殺人事件も、その極端化の表れの一つである。
極端化した人々は「単純化」する。
トルコ人は皆イスラム教徒、イスラム教徒は皆テロリスト。
小さな「個」の事件は、この単純化により、いきなり大事件となってしまう。
こうした傾向は、ドイツに限ったことではなく、ヨーロッパ全域に蔓延しつつある。
ノルウェーで起きた無差別殺人も、移民に寛大な政党員を皆殺しにしようとしたのである。
「イスラムに国が乗っ取られようとしている!」
まさに「イスラムフォビア(恐怖症)」である。
経済の低迷が続くヨーロッパでは、寛大になる機会が確実に失われつつある。
ヨーロッパ各国では、「移民排斥」を主張する政党が支持率を伸ばしている。アメリカにおいても、移民に教育を受けさせるよりも、国境のフェンスに電流を流せと主張する。
現在の経済発展が、移民たちの助力にあったことはスッカリ忘れ、社会問題の原因を移民に押し付けてしまっている。
「移民たちは働きもせずに、失業保険だけを受け取っている!」
しかし、少なくともイギリスでは、生活保護の受給者は自国民の方が多い。また、就業の機会を移民から奪っていることは、きれいに棚上げされている。
「移民たちが安い給料で働いてしまうために、我々の給料までが引き下げられてしまった!」
この主張を立証することは困難だ。ある研究では、その事実は全くないとするものもある。
しかし、理論的な説得はイスラムフォビアにとっては逆効果。感情を逆撫でするばかりである。
実際問題、過去においても現在においても、移民により経済が活性化する事例は幾多とある。
古くはユダヤ人や華僑。現在の中国人移民は海亀族と呼ばれ、会社設立などにより国と国をつなぐ役割も担っている。
アメリカのハイテク企業の4分の1は、移民による設立だともいう。
移民たちは流れのなかったところにも、流れを起こす。とどのつまり、経済的利益はそうした流れにより生み出される産物でもある。
しかし、それでも、先進国は「移民への扉」を閉めたがっている。
移民排斥は経済発展とトレードオフの関係にあることを承知していながら、扉を開けておく勇気が萎えてしまっているようである。
たとえ、利益をもたらす流れを断ち切ったとしても…。
かつて、欧米諸国は「自由」の旗を堂々と掲げながら、世界中に国を開くことを求めてきたはずである。
ところが、今ではその自由の旗をそそくさと仕舞い込み、家の中に閉じこもろうとする動きが見え隠れしている。
自分が多数派であれば、自由ほど強い味方はないが、ひとたび少数派となってしまえば、自由ほど恐ろしいものはない。
日本も含めた先進諸国は、途上国の猛烈な追い上げにより、逆転されるのが時間の問題となりつつある。
現在の民主主義では、過半数をとるか否かで、結果は雲泥の差となる。少数意見の尊重は建前にすぎない。
そのため、かつては好都合であったセオリーも、今では不都合となりつつあるものも少なくない。
安価な労働力を「利用」しようとしたドイツは、逆に移民たちに「利用」され、ドイツに「同化」させようとしたはずが、イスラムに「同化」されてしまう恐れを生じさせている。
ドイツのメルケル首相は、こう宣言した。
「多文化の社会を推進する試みは、失敗しました。完全に失敗しました」

ドイツは諦めようとしている。
統合という夢を諦めようとしている。
さらには、夢の統合通貨・ユーロさえも、危うい橋の上にいる。
欧米的な価値観が、自らの首を締めはじめていることは確かである。
その価値観は、結局「限定的なものだった」ということか。
ある条件が崩れてしまえば、それは成り立たないということか。
時代に流されない価値観というのは存在するのだろうか?
もし、あるのならば、それはどんなものなのであろうか?
「変化」を迫られている現代だからこそ、それは見い出せるものなのかもしれない。
イスラムフォビアという言葉の影に隠れてしまっては、見えるものも見えなくなってしまうのではなかろうか…。
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出典:ETV特集 シリーズ
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