2012年10月10日

死地に見た「ラ・ラ・ランド」。脳科学者の体験した右脳の世界


その日の朝、彼女の脳を襲ったのはアイスクリームを食べた時のような「鋭い痛み」だった。

その痛みはしばらくすると和らぎ、そしてまた、鋭く襲ってきた。この繰り返しである。



この時、彼女の左脳の血管が破裂しており、脳の中では大出血が起こっていた。いわゆる「脳卒中」である。

彼女の名前は「ジル・テイラー」。脳科学者であったジルは自分が脳卒中になったことによって、期せずして「自分の脳を内側から調べる機会」を与えられたのであった。



◎奇妙な感覚


だが、左脳が出血を起こしたことに彼女はしばらく気づかなかった。アイスクリームを食べた時のような鋭い痛みが和らぐのを見計らって、彼女は朝の活動を開始した。

ベッドから起き上がってまず向かったのが、ボート漕ぎの運動をするエクササイズ・マシン。でも、いつものように一生懸命漕いでいるのだが、何かがおかしい。自分がマシンの上にいるようには感じられず、どこか遠いところからボートを漕ぐ自分を眺めているようにしか感じられないのだ。



また頭痛がひどくなってきたので、彼女はそのマシンを降りて、シャワー・ルームへと向かう。

なぜだろう、一歩一歩がぎこちない。意識しないと足が前へ出てこない。一つ一つの筋肉に「そこ、縮んで。そっちは緩めて」と意識させないと、まともに歩けないのである。



思わずバランスを崩して壁にもたれかかった時、また奇妙な感覚が彼女を襲った。壁についた自分の腕が、まるで壁と「一体化」しているように感じられるではないか!

自分の身体の境界線が消えてしまったかのように、家の壁との境が分からない。「自分の身体がどこから始まり、どこで終わるのか」が全く分からないのだ。

感じられるのは、腕の原子と壁の原子が混じり合ったような一体化したエネルギーばかりであった。



◎右と左の脳


ジルが出血を起こしていたのは「左脳」。この左脳は物事を一列に並べて、情報を一つ一つ処理していくことに長けた脳である。自分と他者を隔てて考えるのも、この左脳の役割。

その左脳の機能が損傷してしまっていたジルは、物事の「境」が分からなくなってしまっていた。



一方、健全な方の「右脳」は、すべての物事をすべて同時に処理する能力をもつ脳。昨日と今日を区別することもなければ、アッチとコッチを区別することもない。すべてが同時に処理されるため、右脳が感じられるのは「今」と「ココ」だけだ。

当然、自分と他人の区別もない。家の壁との区別もつかないのである。右脳が感じるのは全てが一体化した「一つのエネルギー」だけであった。



◎ラ・ラ・ランド


「私、どうしちゃったの? 何が起きているの?」

そう自問した時、突然、左脳が完全に停止した。その瞬間、まるでテレビのリモコンのミュート(消音)ボタンを押したように、世界が「まったくの静寂」になってしまった。

最初はその感覚に驚いたジルであったが、その感覚はじつに心地良いものであった。外界と身体との境界線はまったく感じられず、ただただ自分のエネルギーが大きく広がり、すべてのエネルギーと一体になっていく…。そして、その感覚はジルをすっかり魅了してしまった…。



「おい! トラブルだ! 大変だ! 助けを呼べ!」

いきなり復帰した左脳。恍惚としていたジルを叩き起こす。

「あ、そうか、トラブルだったんだ」と一瞬、我に帰ったジル。しかし、すぐにまたさっきの恍惚とした世界へと引き戻されてしまう。



「ラ・ラ・ランド(陶酔の世界)」。彼女はのちに、左脳から切り離された「右脳だけの世界」をこう呼んでいる。

この「ラ・ラ・ランド」の中では、仕事のストレスなどはきれいに消え去り、その心は平安で満ち足りている。身体は飛んでいけるかのように軽く感じられるのだ。

「37年間の重荷から一気に解放された気分! ああ、なんという幸福!」



◎脳卒中


「おい! しっかりしろ! 助けを呼べ! 集中しろ!」

また突然、左脳が警告を発する。その左脳の声に起こされたジルは、「あ、仕事行かなきゃ」とトッサに考えていた。「でも、運転できるかしら?」。

ハンドルを握る真似をしようとした時、ジルは自分の右腕が完全に麻痺していることに気がついた。そしてここで、「信じられない! 私、脳卒中を起こしたんだわ!」と思うに至る。



脳科学者としての彼女は、その状況をどこかで喜んでいた。「わぁ、すごい! 自分の脳を内側から調べるチャンスに恵まれるなんて!」

「あっ、でも私は仕事ですごく忙しかったんだ。脳卒中になっているヒマなんかないわ! 1〜2週間で脳卒中を治さないと…。取りあえず、職場に電話、電話。」



電話をかけようと思って、名刺の山から職場の電話番号を探そうとしたジル。でも、名刺に何が書いてあるのか、サッパリわからない。文字を認識しない右脳に写るのは、ただの画素(ピクセル)のみ。それは意味をなさない点々に過ぎなかった。

それでも、左脳の認識が波のように戻ってきて、現実と結びつけるようになった時だけに、名刺の電話番号を認識できた。しかし、左脳の出血はだいぶ広がってしまっているようで、数字どころか、電話機すらも認識できなくなってしまうことも…。



◎狭間


現実世界(左脳)と「ラ・ラ・ランド(右脳)」の狭間で、ジルは45分を費やし、なんとか職場へ電話することに成功した。

ところが、電話をとった同僚の声が「ワン、ワン、ワン、ワン」としか聞こえない。まるで、ゴールデン・レトリバー(犬)みたいだ。

それでもジルは懸命に訴える。「ジルよ! 助けが必要なの!」。彼女はハッキリとそう言ったつもりだったが、相手に届いたのは「ワン、ワン、ワン、ワン」という、やはり意味のない鳴き声のようなものだった。



幸い、カンの良かった同僚は助けを手配してくれた。

病院へ向かう救急車の中、ジルは胎児のように丸まっていた。「ほんの少し空気の残っていた風船から、最後の空気が抜けていくようでした」。

救急車の中の彼女は、現実世界に魂がとどまるのを諦め、「ラ・ラ・ランド」へと歩を進めていた…。



◎別世界


「まだ生きている…」

病院のベッドで目を覚ました時、生きていることにジルは驚いた。



現実世界と「ラ・ラ・ランド」という2つの世界で宙吊りにされていたジルは、確かに「ラ・ラ・ランド」を選んだはずだった。「ラ・ラ・ランド」では、自分の魂が「ランプから解放されたばかりの精霊」のように自由で、「大きなクジラのように、幸福の海を進んでいた」。そして、ついに「天国」を見つけていたのだ。

ところが目を覚ますと、クジラのように大きかった自分はそこにはなく、「ふたたび小さな身体の中に押し込められていた」のである。



それでも、「ラ・ラ・ランド」を一度体験したジルは、別人のようになって現実世界へと戻ってきていた。

ジルはもう確信していたのだ。「ラ・ラ・ランド」はどこか遠いところにあるのではなく、自分の右脳の中にいつもあるのだ、と。そして、望みさえすればいつでも、あの幸福感を味わうことができるのだ、と。



◎選ぶ力


大出血から2週間後、ジルの左脳を圧迫していたゴルフボール大の血栓は取り除かれた。しかし、彼女が完全に回復するまでには8年という長い月日が必要であった。

そして今、2つの世界を知った彼女は問いかける。

「さて、私たちはいったい何者なんでしょう?」

「この世界の中で、どんな人間でいたいのか、どのようにありたいのか?」



それを「選ぶ力」が誰しもに備わっている、と彼女は断言する。

右脳の世界(ラ・ラ・ランド)は広大無辺であり、そこには何の境界線も存在しない。一方、左脳の世界(現実世界)は「自分」という狭い一本道である。その一本道は外界と完全に遮断されており、他者とは別個の存在である。

「この全く異なる2者が、私たちの中に存在しているのです。みなさんが選ぶのはどちらですか? いつ、それを選びますか?」



右脳にいつでも存在しているという「ラ・ラ・ランド」。

深い平静と安定があった「ラ・ラ・ランド」。

ある人はそれを「ニルヴァーナ(涅槃)」とも呼ぶ。






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出典:TED「奇跡の体験 ジル・テイラー」
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2012年06月20日

「犬神」は姿を変え、時を超え…。

四国・徳島の山あいに、「賢見(けんみ)神社」という一風変わった神社がある。

何が変わっているかというと、この神社は日本で唯一、「犬神」を祓う神社なのだそうな。

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そのお祓いの特徴は、「金幣」という鈴のついたジャラジャラで参拝者の邪気を払うところにあるという。また、高音と低音がおりなす祝詞(のりと)も独特の調子である。

※賢見神社の創建は、およそ1300年以上も前の5世紀末、聖徳太子のちょうど生まれる頃である。この社名の由来は「犬を観る→犬(けん)観(み)→賢見(けんみ)」。

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なぜ四国にこのような神社があるのかというと、四国は古くから「犬神の本場」とされてきたからである。

四国に犬神の多い理由は、この地に「狐」が住まぬゆえだといわれる。ほかの地方ではキツネの仕業とされる「狐憑き」までが、すべて犬の仕業とされてきたのだとか。



日本には犬神と限らず、キツネやらヘビやら、動物の霊が人間に憑依する話は各地方に根強く残っている。

十二支に12の動物がいるように、人に憑く動物も12種類いたらしい(これは古代の陰陽師が「式神」を十二神将と考えたことに由来する)。そのうち、「犬・猿・蛇(長縄)」の三種の霊は、ことさらよく用いられたようである。



犬神の作り方は、少々残酷である。

「犬を頭のみ出して土中に埋め、そのまま久しく食を与えずに捨て置き、やがて餓死せんとする時を見計らい、美食を調えて、犬の頭より少し離れたところに置けば、犬は如何にかして食わんものと悶え苦しんで、その精神が頭に懲り集まる。

その時、不意に後ろから刀をもって頭を打ち落とすと、頭は飛んで食物に食らいつく(遠碧軒記)」



この残酷さゆえに、犬神は恐ろしい怨念の力を得る。そして、ひとたび人に取り憑けば、決して離れなくなるのである。飢えが頂点に達した犬の頭が、美食に食らいついて離れぬように…。

取り憑かれたその人が死ねば、犬神はその子供に、その子が死ねば、その孫に…と、一旦取り憑かれれば最後、その犬神がその家の血を去ることは決してないのである。



「犬神筋」といわれるのは、犬神に取り憑かれた家系のことである。

犬神は婚姻によっても広まっていくと考えられていたため、地方によっては、犬神筋との婚姻は毛嫌いされる。

「犬神地方で縁談のある時は、媒酌人は系図調べと称して、まず第一にこの犬神の有無を穿鑿するという(遠碧軒記)」




不思議なことに、犬神筋の家は「裕福」であることも多いという。犬神が満足いくように祀られてさえいれば、犬神がその家に富をもたらすのだという。

しかし、もし犬神様を邪険に扱えば…、怒った犬神に憑依された人はトランス状態に陥り、異常なことを口走り、四つん這いになって走り回る…。



犬神には「神」という名が付いてはいるものの、それは駄々っ子を黙らせるために持ち上げているようなもので、その実、なんともワガママな神様なのである。

犬という動物霊には、どこか下等なところがあるようだ。それゆえ、犬神のもたらす富というのは、他の人の富を盗んだものなのだという。つまり、人の不幸を自家の幸福とするのである。

たとえば、犬神に憑かれた人が、誰かの持ち物を見て「欲しい」と思ったとすれば、犬神は「俺にまかせろ」とばかりに勝手にその持ち主に憑いて病気にしてしまったりするのだという。



ちなみに、管狐(くだきつね)というのも、犬神と同様に「他家から品物を調達する」らしく、管狐のいる家は裕福になるのだという。

しかし、75匹にまで増えるという管狐は、いずれその家を食い潰してしまうのだとか。

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はてさて、こうして見てくると、犬神の意味するところが朧気ながら見えてくる。

おそらく上等な神様というのは、無限の源泉から富をもたらしてくれるのであろう。それに対して、犬神などの下等な神様は、有限な富を奪い合うように仕向けているようである。そして、その奪い合いが極まれば、自滅する…。



今の時代に犬神といっても現実味が薄いとはいえ、その「念」は姿を変えて現代人の心にも巣くっているとはいえまいか。

現代経済は、どこか「早いモノ勝ち」的なところがあり、物を生み出す人々よりも、それを流通させる人々を富ませるところがある。その必然として、生産の意味が薄れてくる。

政経専門誌の「The Economist」でも論じられているように、どんなに日本のモノづくりが優れていても、それに見合う富は日本にもたらされていないのである。




富というのは、他からもたらされるものであろうか。

富というのは、その人の心に芽生えさせることができぬものであろうか。



犬神を良しとしなかった日本民族は、他者を押しのけて、他人を不幸にしてまで自らが富もうとは考えないのではあるまいか。

奪った富は、いずれもっと強い者に奪われる。それゆえ、歴史の中に「盛者必衰」でない例を探すことは、極めて困難である。



先のEconomist誌の記事は、日本のモノづくりを自己満足であると論じながらも、1400年以上続く世界最古の企業「金剛組」などが日本に存在することを評価もしている。

寺社仏閣の建築を手がける「金剛組」の創業は578年、冒頭にご紹介した犬神祓いの「賢見神社」の創建とほぼ同時期、聖徳太子の生きていた時代である。



日本という国は、国家としても世界最古である(紀元前660年〜)。アメリカのCIAの公式サイトやWikipediaにそう書いてあり、ギネスにも認定されているらしい。

次に古い国家はデンマークであるが、その建国(初代国王ゴーム)は10世紀であるから、最古の日本との差は、なんと1500年以上にも及ぶ。また、3位はイギリスで、日本の歴史の半分程度にすぎない。



日本の建国というのは、正史とされる「日本書紀」に記述のある初代・神武天皇の即位(紀元前660年2月11日)がそれである。

それゆえ現在の時の大国・アメリカといえども、日本の天皇よりは格下である。

アメリカ大統領が自ら空港に出迎えに行かなければならない格上の権威は、世界に3人だけ、旧宗主国のイギリス女王、キリスト教のローマ法王、そして、日本の天皇陛下。

※オバマ大統領が天皇陛下に謁見した際、その「お辞儀の角度」が深すぎるとアメリカで騒がれていたが…。




そんなことを思えば、日本という国家、そしてその民族の血の中には、きわめて濃厚に「永続性」という記憶が息づいているのではあるまいか。

日本人が「利益自体のために利益を追求することを、『公衆の面前で鼻をかむ』のと同じように、みっともないことと思っている(英国エコノミスト誌)」のも、ゆえなきことではないのだろう。

この民族が無意識に見ているものは、よほどに長大な先なのである。それゆえ、隣りの家のダンゴを盗んでくるような犬神は、本能的に嫌われるのであろう。



どうにも犬神は、時を超えて、世界にあまねく存在しているようである。

普通の人の目には見えぬという犬神は、「少し大きめのネズミほどの大きさで、モグラの一種であるため目が見えず、一列になって行動する(Wikipedia)」と伝えられている。

その様はまるで、盲目のまま金銭の列に連なる現代人のようではあるまいか。そして、増えすぎた犬神たちは…、結局自滅するより他に道はないのである。

彼らの求める富は、明らかに有限なのだから…。




日本人はなぜ日本のことを知らないのか



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出典:新日本風土記「祖谷・大歩危」

posted by 四代目 at 07:08| Comment(5) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月05日

「自我」からの超越は生命の宿命か。戦争と宗教の狭間にて。


「自我」を超越するために、人類は多くの方法を見つけ出してきた。

それは瞑想であったり、幻覚剤であったり、一晩中踊り狂うこと(レイブ)であったり…。

いかなる方法であれ、ある種の意識変容を体験した人々は、似たような感想を口にする。「高められた」「高揚した」などなど、上昇するような感覚がそこにはあるのである。



自我を超越するためには、さまざまな入口があるようだが、その中でも一風変わった入口は「戦争である」と、ジョナサン・ハイト氏は考える。

「戦争ほど人々を一つにするものはない」



第二次世界大戦に従軍したグレン・グレイ氏は、戦火が止んだあと、多くの戦友たちにインタヴューして回った。

そして、多くの退役軍人たちは、こう語った。「戦争における共同活動の経験は、人生最高の時であった」



「『I(私)』という個人の感覚は、『WE(私たち)』という集団意識に変わり、個人的な信条は、いつのまにか重要性を失っていく。

『私』は倒れるかもしれないが、死にはしない。なぜなら、『私たち』という仲間集団が生き続けるからである。

これは『不死』の保証にほかならない」



戦争という極限状態において、仲間同士の団結は異例の粘着力をもち、いつしか「自我」は集団の中に溶け去っていくようである。

それは「本当に気持ち良くて、何かに高められたような感覚を得ることができる」のだという。



こうした団結による恍惚感を感じさせるのは、ある種の宗教もまた然りである。

別個バラバラに存在していた個々人が「一体化」を感じるとき、「俗」は「聖」へと転じ、その全体は個人の合計をはるかに超えていく。

そして、「心の階段」を昇っていった先に神を見出した時、やはり自我は溶け去ってしまうのだ。



心の階段の先で1秒間だけイエス・キリストと出会ったというステファン・ブラッドリーは、こう語っている。

「私は身悶えして喜びました。その幸福感といったら大変なもので、もう死んでも良いと思えるほどでした。

今までの自分は非常に自己本位でワガママでしたが、今はもう違います。最悪の敵ですら赦すことができるのです」



「戦争」とは対極にあるような「宗教」。

しかし、両者には「くされ縁」とでも呼べるような奇妙なつながりがあるようだ。戦争が宗教を生み、宗教が戦争を生むような「あざなえる縄」のような関係があることを歴史は教えてくれる。

そしてまた、自我を超越するという体験においても、両者は奇妙な邂逅を果たすのである。



生死をかけた戦いは、強烈な集合意識を喚起、醸成する。

第二次世界大戦に勝利した戦勝国での、集団的な喜び。
9.11のテロによりアメリカ国民が感じた、集団的な悲しみ。
独裁者を倒さんと立ち上がったエジプト国民の、集団的な怒り。

外部からの圧倒的なストレスが、集団内に強固な「一体感」を生むのである。そして、こうした一体感は同一の信条のもとに集った信者間でも生まれるものでもある。



デュルケームは、こう言った。

「一体化するものは何であれ、神聖さを帯びる」と。

それが戦争によるものであれ、宗教的なものであれ…、小さな自我が、より大きな全体の一部であることを実感した時に、人間は「自我を超越した」という感覚を得られるようである。

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ところで、神であれ何であれ、より大きなモノへの一体感によって得られる恍惚は、人間にあらかじめ設計されているものなのか?

はたまた、「進化システムのバグか、何かの間違いか?」

社会科学者であるジョナサン・ハイト氏は、ここで立ち悩む。



「一体どうして、自我を超越して、自分自身を失うことが、私たちにとっての『善』となりうるのか?」

進化論の祖ともされるチャールズ・ダーウィンは断言する。「そうした徳の多くは、私たち自身にはほとんど役に立たない」と。

しかし、集団となると話はガラッと変わる。「その徳は、私たちの集団にとっては、大いに役に立つ」



たとえば、個々が争い続ける限り、その勝者はつねに「タダ乗りする連中」になるというシミュレーションがある。

タダ乗りする連中というのは、自分では何も生産せずに、他人のモノを横取りする連中のことである。

つまり、自分自身(自我)に固執し続ける世界というのは、正直者がバカをみる世界なのである。



ところが、そんな世界に集団が現れるとどうなるのか?

タダ乗り連中の栄華は一睡の夢と消え、勝敗は集団化した一族たちの制することとなる。



個々人の争いというのは、自身を切磋琢磨するのに必要な一方で、それがネガティブ・キャンペーンに陥ってしまうと、自滅的なものにもなりかねない。

たとえば、あるボート部を例にとってみよう。

同じ部に属する仲間とはいえ、彼らはライバル同士でもある。なぜなら、遅い漕ぎ手や弱い漕ぎ手はチームから外されるのだ。

そこで悪賢い連中は、自らの技能を高めるよりも、他の仲間の妨害(ネガティブ・キャンペーン)に走るかもしれない。ライバルの悪口を監督に密告したり…。



しかし、そんな小さな争いは、より大きな争いの前には、まったく意味のないものと化す。

ひとたび「同じボート」に乗り込めば、年来の仇敵でさえ仲間にならざるをえないのだから。

その様はまさに「呉越同舟」。敵であれ味方であれ、対岸につくまでは協力せざるをえない。もし、同じ舟の中で争えば、敵味方もろとも沈んでしまうのだ。

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この「同じボートに乗せる」という戦略は、生命進化の常套手段でもある。

そして、この戦略こそが、ズル賢いタダ乗り連中の繁茂を抑えることにもつながっている。



なぜ、一つの細胞の中に、完全に独自のDNAをもつミトコンドリアが存在しているのか? ミトコンドリアは自由なバクテリアではなかったのか?

その答えは、「同じボート」に乗った方が生存に有利であったからだ。



ミトコンドリアという小さな個体が、自我を超越して別の細胞の一部となった時、彼らは「高揚」したであろうか? 恍惚となり「もう死んでもいい」とおもったであろうか?

結果的に、より大きな一部となったミトコンドリアだけが、この世に生をつないでいる。

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細胞が他の生命と一体化した超個体になるその過程では、他人の労力を搾取するだけのタダ乗り連中もいたのであろう。しかし、悲しいかな、彼らの姿はもはやどこにもない。

同じボートに乗り込んだ細胞内の各人には、それぞれの仕事があり役割がある。誰もタダ乗りなどしていないのだ。

そして、同じボートに乗り込んだ連中の生み出す富は、各個人が生産していたそれの合計よりも、はるかに巨大なものとなったのだ。



こうした細胞レベルにおける個から集団の形成は、フラクタル(相似)にできているようである。

※フラクタルというのは、事物の大小にかかわらず、ある一貫した法則が存在することであり、ナノの世界が全宇宙に通じ、宇宙の法則が人間の社会にも見出せたりすることである。

スズメバチが群れるのも、人間が群れるのも、それはミトコンドリアの下した決断とまったく同じ理由で同じボートに乗り込んだ結果なのだ。

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しかし、生命の進化というのは、どうにも可逆的である。つまり、後戻りもするのである。

同じボートに乗り続けたほうが得だということが分かっていながら、必ずその輪を乱すモノが現れては、そのボートを沈めてしまうのだ。

かつてのタダ乗りの栄光が忘れられないのであろうか。同じボートに大人しく乗っていると、タダ乗りの虫が疼き出さずにはおれないようである。



かくして、人間という不思議な生き物集団は、くっついては離れ、離れてはくっつきを繰り返す。同じボートに乗り込んだり、また降りたり、時にはボートを沈めたり…。

ただ幸運なことは、同じボートに再び乗り込むたびに、「一体感」という至上の幸福を再び味わえることである。



戦争というのは、基本的には破壊的な行為であり、その目的は一体感を得るためとは言い難い。その過程で得られる一体感というのは、むしろ副次的であり、予期せぬ産物といったほうが正確であろう。

一方、宗教的な一体感は、はじめからそれを目的としている。しかし、不幸なことには、特定の集団だけによる一体感が、当初は予期していなかった争いを生んでしまうことも…。



3歩進んで2歩下がる…。

「心の階段」はまっすぐに上へ伸びているとは限らず、螺旋のように渦巻いていることもあるようだ。同じところをグルグルと…。

それでも、人は自己を超越したがるようにできているのだろうか。



自己超越の比喩は、たいてい上下を示す。上へいけば、自分を超えられるというのである。

より上にある集団のボートに乗り込めば、より聖なるモノに近づけるのだ。そして、その証しが一体化による「恍惚感」である。



しかし、そうした恍惚感には「落とし穴」も存在する。

たとえば、一晩中踊り狂うレイブという行為があるが、そのレイブという言葉の語源は、「自分にウソをついて盛り上がる」という意味だそうだ。

つまり、生命の暗号に組み込まれた恍惚感の中には、多少のバグも依然残されているということだ(麻薬などによる一時的な恍惚感も、バグの一つか?)。



宗教体験の中から得られる恍惚感ですら、その危険性がないとは言い切れない。

逆に、戦争中に感じたという恍惚感が、ニセモノであると切って捨てることもできない。



はたして、自我を超越するために、一体化は必須の要素なのであろうか?

その一方で、「自我を捨て去る」、「自我を脱する」という表現もある。

これらの表現には、一体化のニュアンスは感じられない。むしろそこには、より身軽になる印象、離れていくイメージが伴っている。



禅の公案に、こんなものがある。

今、自分は高い木の上にいる。もし、そこから落ちたら命ははいほどの高さだ。

そこで「足を離せ」と言われた。しょうがなく足を離して、両手で必死にブラ下がっていると、今度は「両手を離せ」と言う。

どうしようないから、口で枝に噛み付いていると、さらなる難題が…。「その口を開いて、救いを求めている人に説法をしろ」と言うのである。



もう観念するしかない。

大木との最後の接点であった口を開いた途端に…、真っ逆さまと思いきや…?



自我を超越するための入り口は、一つではないようだ。

一体化するも良し、すべてから離れるも良し…。

上に昇っても、真っ逆さまに落っこっても…。



二分された世界では、自分のボートがいくら巨大化しても、そのボートはフラクタル(相似)の世界にとどまるのであろう。

いずれ必ず、より大きいボートが登場するのである。たとえ、自分のボートに神様が一緒に乗っていたはずでも…。

そして、別のボート同士は、その狭間で決まってイザコザを起こすのだ。それは、階段の踊り場あたりで…。





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弱いからこそ生き残れた我々ホモ・サピエンス。他人の目を気にする理由とは?

大きいことは良いことか?ローマ帝国の夢は何を語る?

イスラム教もキリスト教も同根、そしてアメリカとアルカイダの目指すものも同じだったはずが……。



出典:TED Talk
ジョナサン・ハイト: 宗教、進化、そして自己超越の恍惚
posted by 四代目 at 08:28| Comment(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月03日

自分自身に拘泥するのをやめた時、その人は「奇跡そのもの」となった。


「小野さん、あなたは4、5年前に死んでいるはずだ。

なぜ、生きているんですか?」



医者がそう言うのも無理はない。

「医学的なデータ」だけを見れば、彼女はすっかり死んでいておかしくない。しかし、それでも彼女は生きている。82歳の小野春子さんは、ちゃんと生きている。



ある時の心配停止は一時間にも及んだ。彼女が蘇生した頃には、葬儀の準備がすでに始まっていたほどだ。

末期ガン、心筋梗塞、全身麻痺、失明…、彼女を襲った難病奇病を挙げていけば、枚挙にいとまがない。そんな艱難辛苦に遭いながらも、それらをすべて克服してきたというのであるから、それは人智を超えていると言わざるを得ない。



彼女を訪れた最初の大きな病は、末期の乳ガンであり、余命は一ヶ月と宣告された(当時51歳)。

そのガンが発見された時には、すでに一刻の猶予もならない状態であり、即刻入院、緊急手術。診察に行ったその日にである。



幸いにも、手術は無事に終わる。

ところが、執刀した医師は、キツネにつままれたような顔をして、小野さんの休む病室へとやって来た。

なぜなら、彼女の手術中、まったくと言ってよいほどに、「血がでなかった」のだ。手術着についた血痕は小さなものが3つほど。手術中の出血はそれぐらいでしかなかった。あれほどの大手術だったにも関わらず。



「小野さん、あなたは何かを信仰しているのですか?」

「はい、キリスト教を」

なんと神の御加護の強きこと。



彼女の両親も信仰心の厚い人であり、彼女の父は医師でもあった。

「信仰のない人の死に際は、かわいそうで見ておれない」と、彼女の父はよく言っていたという。



屠殺場で働いていたある人は、その死に際に「牛が責めてくるー!!」と絶叫しながら、激しく暴れ回ったという。痛み止めを打っても一向に効かない。

「信仰を持たずに死ぬ人の苦しみには薬が効かない」と、彼女の父は語っていた。「仮に肉体には効いたとしても、心には効かないんだよ」。



小野さんが66歳になった時、彼女は血管炎によって「全身麻痺」になってしまう。

それでも、動かぬ手を何とか動かし、「絵」を描き始めた。しかし、そう易々とは描けない。直線一本まともに引くのに2ヶ月もの時間がかかった。三角を描くのに、もう2ヶ月…、丸などは極めて難しい。

それでも半年もすると、ゼラニウムを描き終えた。そこには彼女の言葉が添えられていた。「苦しみにあったことは、私のために良いことです」。



せっかく絵を描けるようになった喜びも束の間、彼女の目から光が消えた。失明したのである。

全身麻痺で歩けない、そして何も見えない。ただただベッドに横たわる日々…。



そんな日々の中、娘さんのひときわ明るい声が病室に響く。京都の病院に良いお医者さまがいるというのである。

さっそく京都に転院して手術を受けたところ、成功率0.5%という難しい手術は見事に成功。さらに、たとえ成功しても明暗が分かる程度にしか光を取り戻せないと言われていたにも関わらず、左右の視力は1.5にまで回復した。

全盲の日々は5ヶ月で終了し、彼女の両眼はいまだに1.5の光に満ちている。



彼女は自問する。

「死んでいいのか?生きたいのか?」

神は、困難のたびに、それを乗り越える力を与えてくれる。



長き病歴を振り返った彼女は、ふと思い至る。

「病気は向こうからやって来るんじゃない。自分がつくるのだ」と。

それ以来、身を正し、食を正した彼女は、「すべてを神様に委(ゆだ)ねている」。



現在、彼女の右腕は、ひどい浮腫で麻痺している。

もし、腕を切り落とさねければならなくとも、彼女の心は平安だという。なぜなら、「神様に頂いた腕をお返しするだけ」、というのである。

自分自身に「拘泥すること」は、困難を一層困難にし、乗り越えることもできなくしてしまうのだと、彼女は語る。



数々の難病奇病を乗り越え続けた小野さんを、ひとは「奇跡の人」と呼ぶ。

彼女に言わせれば、その奇跡は、「有限」な自分自身に拘るのをやめたからこそであり、「無限」なる神が奇跡をもたらしてくれるのだ、ということになる。

父なる神は、困っている娘にむかって「あなたを知らない」とは決して言わないと、小野さんは信じている。



「自分は自分であっても、自分じゃない」

他者が存在するから、自分と認識できる。

病気があるから、健康だとわかる。



われわれは、いつも「二極の狭間」で揺れ動いている。

禅の和尚は、決まってこう言う。「一即多、多即一」。

般若心経に言わせれば「色即是空、空即是色」となる。



2つあると思い込むのは人間の勝手であるが、その実は「一つ」である、と悟った人々は口をそろえるのだ。

「ここに往還といえば、『往く』と『還る』との2つの方向があるかのごとく考えなければならぬが、その実は『ただ一つの動き』であることを知って欲しい」

禅の大家、鈴木大拙氏の言葉である。






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祈る姿がそこにある限り…。

出典:致知5月号
「それでも私は生きている」小野春子
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2012年04月02日

神楽を舞い続ける日本人。舞いに揺さぶられて発せられる魂の声とは?


数々の「神話」の舞台となっている「中国山地」では、数千もの舞い(神楽)が今の時代にも舞われ続けているという。

舞い続ける人々は、その舞いがどのような意味を持つのかも忘れてしまっていることが多いというが、それでも神楽の舞いは脈々と続けられているのである。




そんな中、鳥取県西部一帯に伝わる「大元神楽(おおもとかぐら)」の目的は明瞭である。

大元神楽の目的は、「神の声」を聞くことにある。

大元信仰の神である「大元さま」は、普段は高い山や深い谷、大きな樹などに宿っているとされているが、神楽が舞われる時にだけ、人に降りて来てくれるのだそうな。



神の降りてくる人物は「託太夫(たくだゆう)」と呼ばれ、里から数名が選ばれる。

彼ら託太夫たちは選ばれた時から精進潔斎をして、その日のために備えなければならない。

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夜に始まる大山神楽であるが、神の宣託があるのは祭りが最高潮に達する明け方5時頃、「託舞(たくまい)」と呼ばれる舞いに神は誘われる。

それまでは奥の神殿(こうどの)に安置されていた藁蛇(わらへび)が、手前の舞殿(まいどの)に降ろされ、託太夫はその舞蛇に揉まれに揉まれる。

託太夫は神楽人たちに激しく小突かれながら神歌を歌い、しきりに舞殿を舞い回る。

「今年のこの月、この日のこの時、神楽の斎場(ゆにわ)で神遊びしよう」



こうした激しい動きの中で、託太夫は身体の内外から激しい刺激を受けて感極まり、神の声を発するのだという。

神懸かった託太夫を皆が取り押さえ、藁蛇に寄りかからせて、その宣託(お告げ)をありがたく拝聴する。

※神に乗り移られた託太夫は、その時の様子を覚えていないことが多いとのこと。

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「神楽(かぐら)」というのは、神様に奉納するための歌舞のことであるが、その語源は「神座(かみくら)」であり、「神の宿るところ」を意味するのだという。

神座(かみくら)に降りた神様は、大元神楽で見られるように人の身体を通して「神の声」を伝えることもあれば、逆に人間の側からお願いをすることもあるようだ。



こうした神と人間の交流の場である神楽の起源は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天の岩戸に隠れた時に、アメノウズメが神懸かりして舞ったという神話にあるらしい。

そして、そのアメノウズメの子孫が「鎮魂(たましずめ)」「魂振り(たまふり)」の儀式に携わるようになったのだという。

つまり、神楽の元々の形は「鎮魂」「魂振り」だということだ。



「鎮魂(たましずめ)」というのは、身体から離れようとする魂を、その身体に戻し鎮めることであり、その逆の「魂振り(たまふり)」というのは、魂を揺さぶって魂の活力を増大させることである。

活発すぎる魂は鎮めなければならず(鎮魂)、逆におとなしすぎる魂は揺さぶることで活性化させなければならない(魂振り)。

「鎮魂(静)」と「魂振り(動)」の間のほどよいバランスこそが、魂にとっては好ましいバランスだということなのだろう。

※「鎮魂」という言葉は死者の魂を鎮めるという意味でも使われるが、ここでいう鎮魂とは「生きている者」の魂を鎮めるという意味である。




そう言えば、神様にも「和やかなる神」と「荒ぶる神」がいる。

和やかなる神は魂を鎮め、荒ぶる神は魂を揺さぶる。



大元神楽において、託太夫が揉まれに揉まれるのは、その魂を揺さぶるためなのでもあろう。

魂がおとなしすぎては、神の声は漏れ出てこない。盛んに囃し立てることで、その声は人の身体の外へと飛び出すのだ。

魂を揺さぶるために託太夫は舞う。人が舞う姿を描いたという「舞」という文字は、「無」にも通じる。それは、舞うことで自分が無くなるということを意味する。

※お祭りのお神輿なども、上下左右に荒々しく揺さぶることで、その御神体の霊威は一層高まるとされている。



「魂振り(たまふり)」の「振」という字の語源は、「貝」を意味するとのことである(正確には「辰」の語源)。

その昔、その「貝」は畑を耕すための道具とされていたとのことで、静まっている大地をその「貝」を使って掘り起こすことにより、大地を活性化させたというのである(のちのクワのような役割)。

すなわち、「振る」という動作は物事の力を増大させるために行われる行為だったのである。



ここで思いつくのは、今年が「辰(たつ)の年」だということだ。

はたして、「辰」と「魂振り」には何かの関連が見出せるのであろうか?



十二支の中でも、「辰年」ほど勢いのある年はないとも言われている。

それは龍にも通じるように、自然の力が最も高まる時なのだ。

微力な人間たちはその強烈なパワーに振り回され、感覚が麻痺してしまうほどなのだという。



大いに揺さぶられた人間たちはどうなるか?

驚き震え、パニックが思考能力を低下させ、その思考が統一される方向に向かう。その様は、大地震にあって正気を失った人々が、皆同じ方向に逃げて行く様を連想させる。



その向かう方向が「陽」であれば世界の様相は好転し、逆に「陰」であれば暗転する。

良くも悪くも人智及ばぬほどの力を持つのが「辰年」とのことであり、その向いている方向へと力が強められるのである。

「和やかなる神」の元ではあらゆる方向を向ける人間も、「荒ぶる神」の前ではそうもいかない。それゆえ、選択肢は自ずと狭められてゆく。



さらに今年は十干で「壬」の年である。

干支(えと)というのは十干と十二支の組み合わせであり、それによれば今年は「壬辰(じんしん・みずのえたつ)」の年ということになる。

※10ある十干と、12ある十二支は互いに独立して動くものの、その組み合わせにより60通り(10と12の最大公倍数)の特性を持つことになる。つまり、そのサイクルは60年単位となる。



「壬」は十干の9番目、すなわち終わりの一つ手前である。

十干は10個で完結するために、9番目の「壬」ともなるとその流れは確定しており、むしろそれまでの荷物が増えすぎて、身動きがとれない状態でもある。

※「壬」という文字は、糸をいっぱいにまで巻いて「膨らみきった糸巻き」の姿を表している。




動きが取りづらいことから「壬」は「静」に通じる。かたや十二支の「辰」は究極の「動」である。

ということは、その二つが組み合わさった「壬辰」という年は、正反対の働きをもつ「静と動」が奇遇にも同居している不安定な年なのである。



さらに、60年かけて一巡する十干十二支(干支)は、「甲子」で始まり「壬辰」でおおよその中間点を迎える(正確には29番目で、中間点の一歩手前)。

「静と動」を内包する「壬辰」は、60年のピークを迎えんとしているということだ。そして、そのピークは今後を決める分水嶺ともなる。



「壬」と「辰」の両方の文字に「女偏」をつければ「妊娠(にんしん)」となることから、「壬辰」には今まで培ってきたものが今にも生まれ出んとするエネルギーが内包されていることにもなる。

新たに生まれ出るものはすでに確定しているのだから、壬辰はただそれを待つ年でもある(それが実際に生まれ出るのは2年後の「甲午(2014)」ということになる)。



ただ待つとはいえ、動きの激しい「辰」が入っていることから、「壬辰」の年は極めて微妙な選択をも迫られる。

荒ぶる神により揺さぶられる「辰」の年には、それほど多くの選択肢は残されていないものの、その微妙な選択により、のちの陰陽が大きく影響を受けることになるのである。



揺さぶられ動揺する中で、希望を持ち続けられるのであれば、それは後々の吉となるであろうし、その揺れの中で翻弄されるばかりであれば、後々の凶となるかもしれない。

大山神楽において神の「宣託(せんたく)」を聞かんとするのは、その「選択」を誤らぬためでもあるのだろう。



ちなみに前回の「壬辰」の年は1952年。

この年の日本は、サンフランシスコ講和条約により第二次世界大戦の痛手から立ち上がり、世界とともに歩むという選択をした。

その結果、その後の日本は世界を驚かせんばかりの未曾有の繁栄を謳歌することになる。



また、前々回の壬辰は1892年。

この年に発足した第二次伊藤博文内閣は、2年後に中国(清)と戦端を開き、引き続きロシア、そして二度の世界大戦へと歩を進めていく。

この年の選択は後々の凶となってしまったようだ。60年サイクルの後半戦が始まる壬辰の年の2年後(甲午)が開戦の年となってしまっている。




さて、昨年の日本は実際に大きく揺さぶられた。そのため、「辛卯」の年であった2011年は、日本にとって文字通り「辛い」年となってしまった。

2004年から始まった十干は残すところあと2年。10年で完結する十干はあと2年でサイクルを全うする。そしてその暁には、どんな巨木といえども一陣の風で根っこから倒れると言われている。

倒れることは決して悪いことではない。次の十干(10年)の種は、辛い「辛の年」に幸いにも出来上がっているはずである。



「壬」である2012年は、その種を大切に熟成させる年でもある(「辰」という激しさの中でも)。

それは、激しい嵐の中、お腹の赤ん坊を必死で守る慈母のようでもあろう。



60年サイクルの分水嶺が迫る今、我々の手元にはすでに新しい時代の種が渡されているはずである。

大いに揺さぶられ続ける近年、ふるいにかけられても残った種はいかなる種か?

選ぶ種が少なくなっているとしても、そこには良い種が残されていると信じたい。



太古の日本人は、なぜ舞ったのか?

そして、なぜ今なお舞い続けているのだろうか。



千年以上も舞われ続けている舞いがあるのならば、その舞いは千年の時を生き抜いてきたということでもあろう。

その選択を千年以上も間違えずに…。







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出典:
新日本風土記 シリーズ山の祈り 神の子の舞 中国山地
干支歳時記



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