2016年11月01日

巨大格差の落とし子たち




アメリカ西海岸の大都市シアトル。

その高層ビル群の街下に、色とりどりのテントが立ち並ぶ。

これは、いったい…?



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シアトルではこの5年で不動産価格が高騰、家賃が払えずに路上暮らしを余儀なくされた人々が街にあふれた。この「テント・シティ」は、その急増したホームレスを救済するために、市が公的に設置したものだった。現在、市内8ヶ所にあるという。

「なんで、こんなに貧しくなったんだか理解できないよ。世界有数の富裕国、アメリカで…」

ホームレスになってしまった彼らの多くは無職ではない。それにもかかわらず、収入がまったく追いつかないのだ。




現在、アメリカの貧困者は上昇の一途をたどっており、およそ7人に一人が生活困窮状態におかれているという。その一方で、ビリオネアと呼ばれる資産1,000万ドル(約10億円)以上の超富裕層が、アメリカでは世界一多い(およそ500人)。

いわゆる経済格差、しかも途方もなく巨大な格差がアメリカには蔓延している。

マネーは富裕層を好むのか、ひとたび上昇した富は天井知らずに伸びつづける。そして今や、世界の下位36億人の資産を合わせても、上位62人の総資産に及ばない。ちなみに、世界のスーパー大富豪62人の平均資産は3兆円を超えているという。



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米国のメディア王にしてビリオネア(超富裕層)、スタンリー・ハバードさん(Stanley Hubbard, 83歳)は言う。

「渋滞に巻き込まれたって? 渋滞はいいことだ。みんなラジオを聴くからね(笑)」

彼の経営するハバード・ブロードキャスティングは全米にネットワークをもち、毎年7億ドル(約700億円)の収益をあげている。



経済格差について問われた彼は、こう明言する。

「貧しいのは、努力をおこたっているからだ」



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ニューヨーク大学教授のリチャード・エプステインさんは、こう言う。

「一部の大金持ちが活躍できたほうが、経済にとっては良いのです」

彼の考え方は「トリクルダウン理論(trickle-down effect)」に基づく。富裕層が富めば富むほど、貧困層にも富のおこぼれが雫(しずく)のように滴(したた)っていくと考える。

たとえば、ピラミッド状に積んだワイングラスのタワーの、一番上のグラスからワインを注げば、いずれ一番下のグラスもワインに満たされるということだ。





しかし世界の現状を見回すに、最下層のワイングラスはいつまでたっても満たされない。

というのも、経済格差が極端に広がりすぎてしまった現在、トップのワイングラスが巨大化しすぎてしまって、ワインは全体に回らなくなってしまっているのだ。



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なぜ、経済格差はここまで巨大化してしまったのか?

アダム・スミス以降、近代資本主義250年の歴史をふりかえる。格差の下層はたいてい労働者、そして上層には経営者、もしくは資本家が置かれる。格差を測るモノサシとしては「ジニ係数」が用いられる。

経営者が得た富を、賃金として労働者に分配することで、格差は縮小する。もしくは政府が富裕層に高い税率を課せば、貧困層に社会福祉というルートで富が還元されて、格差はやはり縮小に向かう。つまり富の循環には、賃金の上昇と富裕層への重税という2つの大きな道がある。

ロシア革命(1917年)に端を発する社会主義というシステムは、労働者の生活を保障することによって格差を是正する方向へ働いた。片や資本主義のそれは、富める者たちへの課税という形をとった。



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はじめ、格差は一定幅の上下を繰り返していた。ところが1980年代から世界は格差拡大へと邁進しはじめる。

1991年に社会主義の雄であったソビエト連邦が崩壊。一方の資本主義の陣頭、アメリカでは法人減税など規制緩和を推進。豊かな人たちへの税が軽くなった。またIT化やグローバル化などが国境なき雇用を促進し、労働者の賃金は低価格競争に突入していった。

労働賃金の低下、富裕層への減税。この2つの流れは現在もつづいており、その結果、格差の拡大はいまだ収束するところを知らない。



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「わたしは振り子が振れすぎた、と考えています」

そう言うのは、ロバート・ライシュ(Robert Reich)さん。アメリカの元労働長官だ。

「もちろん格差には、経済発展につながるというプラスの側面があります。しかし、現在の格差は行き過ぎ、プラスの影響をはるかに超えてしまいました」







アメリカ南部のテネシー州。貧困率は全米でもワーストクラスの州だ。

その州民であるダニエレ・バイヤーズさん(56歳)は、椎間板の変形、関節炎、肺炎などを併発し、もう職に就けない。

「お金がないので、もう6年も手術を受けていません」と彼女は言う。医療保険に入る金もない。テネシー州では低所得者向けの公的医療保険も提供されているが、彼女はその対象に入れなかった。そうした人たちがこの州には28万人も存在する。



彼女のような困った人たちを救おうと、州知事が強力に後押しして、新たな医療保険制度をつくることになった。バイヤーズさんは藁にもすがる思いでその法案の成立を祈った。

ところが、その成立を目前にして突如、巨大な反対勢力があらわれた。猛反対したのは「繁栄のためのアメリカ人会(Americans For Prosperity Foundation)」という富裕層らが支援する団体だった。

そのテネシー州代表であるアンドリュー・オグルス氏は言う。

「全員に無料で医療サービスを提供できるというのは幻想です。電卓をたたけば、計算が成り立たないことはすぐにわかるでしょう」



待望の医療保険の廃案に、重病のバイヤーズさんは落胆を隠せない。

「また、薬か食事かを選ばなければいけなくなってしまいました…」

そして、ぼそり、こう呟いた。

「政治がお金で動かないようにしなくてはいけません」







アメリカにおいて、富裕層が政治に与える影響は多大である。

前出のメディア王、スタンリー・ハバードさんは言う。

「われわれは同じ思想をもっている議員たちに献金をします。わたしは政治家に見返りを求めたことはありませんが、政治家は多額の献金をした人を決して忘れません。それが人間のサガです。彼らがいわば防護壁の役割をはたすのです」

今回のアメリカ大統領選挙への献金、その3分の1にあたる5.5億ドル(約600億円)はビリオネアなど、ひと握りの富裕層が投じたものである。



プリンストン大学のマーティン・ギレンス教授は、過去20年間にアメリカで採択された1,800の政策を分析。すると、そのうちの45%が富裕層の主張した内容だったことが判明した。

ギレンス教授は言う。

「富裕層は政治に多大な影響力をもっており、低所得者層が政策に影響をあたえた例はほとんどありません」



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モリス・パールさんは、そんなアメリカの巨大格差に疑問をもった。

彼自身は押しも押されぬ富裕層。「ブラックロック」という世界最大の資産運用会社の元常務であったが、その盤石の地位を2年前に退職。「パトリック・ミリオネアズ(国を愛する富裕層)」という政治団体を立ち上げ、驚きの提言を発表した。

「われら富裕層への税を重くせよ」

さらに続ける。

「労働者への最低賃金は、10.10ドル(時給1,200円)を確保せよ」

労働者の賃上げ、そして富裕層への重税という2つの政策は、歴史的に格差是正の大道とされてきたものだ。だが、悲しいかな世界はその大道にそむきつづけてきた。パールさんの主張は「大道へ戻れ」というものに他ならない。



このまま格差が拡大の一途をたどりつづけるのなら、モノやサービスの流れが悪くなり、ひいては富裕層も足元も崩れてしまう。

パールさんは言う。

「わたしは貧困層が収入を増やして中間層に入れるようにしたいのです。それは経営者や資産家にとってもよいことです。モノやサービスを購入できる中間層を増えるのですから」

What goes around, comes around.
情けは人のためならず

パールさんに賛同する大富豪(資産5億円以上)は、いまや200人を超えるまでに増えている。






企業サイドでも新たな動きが芽吹きはじめている。

その震源地は、グラビティ・ペイメンツ(gravity payments)社。小売店向けにクレジットカードを手頃な金利で決済できるサービスを提供している会社だ。

そのCEO(最高経営責任者)、ダン・プライス(Dan Price)さんは社員をまえに、こう言い放った。

「全社員の最低賃金を7万ドル(約700万円)にアップしよう」



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プライスさんは自らの給料100万ドル(約1億円)を、10分の1以下に大胆にカット。それを全社員の給料に上積みするという前代未聞の決断だった。それまでの社員の最低賃金は3万5,000ドル(約350万円)。すなわち、給与が最大で2倍に跳ね上がったのである。

プライスさんは言う。

「みんな最初は、わたしの頭がおかしくなったと思ったみたいです」



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一見、無謀にも思える挑戦だったが、効果は即座にあらわれた。業績が2倍に拡大したのである。社員のモチベーションが急上昇した結果だった。

社員の一人、コーディ・ブアマンさんはこう語る。

「年収が7万ドル(700万円)にあがって、とても嬉しかったと同時に、大きな責任も感じています。一生懸命はたらこうと思います」



この年収アップの効果は、思わぬところにもみられた。

10人の社員が結婚し、11人の社員に子どもが誕生。一企業のみならず、地域経済全体に潤いをもたらしたのである。

プライスさんは言う。

「今こそ、新しい発想で前に進むときなのです」



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現代資本主義の誕生から250年。

さまざまな問題、そして疑問が生まれている。

なぜ私たちは社会をつくるのか?

なぜ政府をつくるのか?



慶應義塾大学の井出英策教授は言う。

「古代ギリシャの時代から、いろんな思想家がいましたが、ひとつだけ同じことを言っているんです。それは何かというと、社会や政府は "誰かのための利益" ではなく "みんなの利益" のためにある、と」

経済学の父、アダム・スミスは「利己心」が経済を動かすと言った一方で、「共感(sympathy)」という概念を述べることも忘れなかった。相手の不利益にも思いを致すことを説いたのである。






世界一貧しい大統領と呼ばれた、ホセ・ムヒカ(José Mujica)さんは言う。

「資本主義には "美しい顔" があります。ですが、人生すべてを市場経済にゆだねてはいけません。現代の人々は政治不信におちいり、社会や経済に不安をいだくようになっています。その結果、大衆の不安をあおるような排他的な思想を招いているのです」

格差を "ほかの誰か" に転嫁することは、もっとも短絡的な発想である。外国人を締め出せば国内の雇用は守られるのだろうか、輸入品に高い関税をかければ国内の産業は発展するのだろうか?

ムヒカさんは続ける。

「人々はいとも簡単に国粋主義者に変わってしまいます。"アメリカ人のためのアメリカ" とか、"ドイツ人のドイツ" とか叫ぶのです。これはグローバル化した現代世界に生きるすべての人々に不幸をもたらすことになるでしょう」







他者を排除しようとするのか、それとも共感(sympathy)をいだくことができるのか。

オランダでは、後者へのチャレンジが実を結びつつある。

日用品のあらゆるものを無料で貸し借りするシステム、いわゆるお金を介さない物々交換のようなシステムが2年前からはじまっている。去年、貸し借りされた品物の総額は10億ユーロ(約1,100億円)相当。GDPに計上されないところにも、確かな経済が脈動している。









とある休日、米国のメディア王、スタンリー・ハバードさんは2,500万ドル(約25億円)の豪奢なヨットで家族団欒のときを楽しんでいた。

ふと港に目を向けると、さまざまな人たちが思い思いのボートで漕ぎ出していた。

ハバードさんは、ぼんやりと思った。

「小さなボートに、中ぐらいのボート。いろんな大きさのボートがあるねぇ。彼らは私よりも楽しそうだ…」







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(了)






出典:
NHKスペシャル
マネーワールド 資本主義の未来
巨大格差、その果てに



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posted by 四代目 at 08:50| Comment(1) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
格差の検索で辿り着きました。書き起こし(良い記事)を本当に有難うございます。

アメリカでは格差が政策によって人為的に作られ、富裕既得権益層たちがそれを無視しながら富裕政治を続けてきました。

今日のアメリカ格差の原因。
金融セクターの規制緩和開始、税制の累進性縮小を始めたロナルド・レーガン政権の誕生。
労働組合の弱体化、貿易自由化はグローバル化につながり、労働者は新しい技術とアウトソーシングに置き換えられました。最富裕層(上位0.1%)の人々の所得が著しく増え、中位層が空洞化。
アメリカの経済100年、少なくともここ30年をリサーチしたグラフを見ると一発で理解できるでしょう。

今日のアメリカの民主主義を破壊した張本人はレーガン・ブッシュであり、現在のファシズムアメリカを形作ったのは他でもないレーガン政権です。
現在、レーガン(富裕層による新自由主義)政治は共和党・民主党両党に存在する既得権益層政治家によって引き継がれています。

-抜粋-
『レーガン政権は、一方で「小さな政府」の掛け声の下で社会保障、福祉、教育などの予算を削減しながら、他方でそれ以上に軍事予算を増加。
30年代のニューディールをはるかに超える巨大な財政支出だ。レーガン政権の「大陸間弾道弾を迎撃ミサイルやレーザーで打ち落とす」というSDI(戦略防衛構想、スターウォーズ計画)は軍事技術的には空想物語にすぎない。しかし、その空前の軍事支出は「景気対策」として行われ、『軍産複合体・金融資本』を救済したのだ。軍産複合体は、アメリカ最大の産業部門であり、また政治的、社会的にその利権構造が浸み込んでいる。
 後のブッシュ(子)政権のラムズフェルド国防長官の下で国防省は、「わが省は世界最大のビジネスです。最大の財務規模、最大の取引規模、最大の人員雇用です。国防省との取引を希望する会社は、ここに連絡を」をホームページのトップに掲げた。』
http://www.zenshin.org/zh/ilm/2014/11/i04580301.html

-抜粋-
『新自由主義は80年代のアメリカ・レーガン政権、イギリス・サッチャー政権、日本・中曽根政権に始まる。新自由主義の核心は、民営化・労組破壊である。国内支配においては労組破壊を核心とする階級関係の大転覆、階級闘争の絶滅攻撃である。そして新自由主義は、外に向かっては侵略戦争である。
-中略-
レーガン軍拡とは、新自由主義が、その柱に軍産複合体の強化・大軍拡・戦争をすえたということだ。
-中略-
アイゼンハワー大統領が、1961年の退任演説で、軍産複合体にアメリカ政治がのっとられて破滅してしまうという危機感を表明したのは有名な話だ。レーガンは、軍産複合体に対して軍事費の増額を約束した。軍事産業に利益をもたらすために、戦場を陸海空から宇宙へと拡大した。これはレーガンの新自由主義の大戦争であった。
-中略-
レーガンは巨大な軍事支出に伴う莫大な財政赤字と貿易赤字という双子の赤字をブッシュ政権に残した。ブッシュは、財政赤字の圧力で国防費の削減を迫られた。』
http://blogs.yahoo.co.jp/huwawatanpopo2010/30420937.html


米国の富裕層独裁支配格差資本社会造りは、
「富裕層への減税、労働組合潰し、公営事業の民営化、社会保障切り捨て、福祉公共事業削減、軍需産業強化(戦争)、企業ロビーと政府の癒着、金融緩和、企業規制緩和」政策によって確立されました。

結果、州政府と大企業や団体による癒着(特に保険・医療・不動産業界による政治家への大献金、詐欺・ぼったくり価格による国民負担の増大)と土地高騰による資産家のぼろ儲け、企業による寡黙化(モノポリー化)、労働組合潰しによる賃金カットや就職難やリストラ、公共福祉予算を削り道路や橋や公共施設などの朽ち果て、企業規制緩和による環境破壊、富裕層への減税策と金融緩和による格差(大企業や資本家・資産家だけが肥える)、州予算では水質や人件費を削って毒水を提供、国民の税金を軍需産業強化や金融業界救済へと勝手に振向ける。
富裕層は政治家を買収して共謀し、メディアは企業プロパガンダ機関として国民を騙す。

貧しい州のゴーストタウン化、国民の健康も生活水準も益々苦しくなり、現在のプルトクラシー(富裕層による政治)は、利己的且つ強欲なアメリカの大金持ちたちによって確立された、立派な策略(政策)です。

超富裕層のための(プルトクラシー)政治を実現して政府の力を小さくしたい新自由主義者は民主・共和どちらにも働きかけることが出来ます。
大統領を支持しなくとも地方議員たちを手籠めにして(賄賂で)動かすことが出来る資金力を持っているのです。

それら利己的で非人道的な(彼らは税金が戻ってくる自慰的な献金活動は行っている)超富裕層(資産家と起業家のオリガーキーやリバタリアン)たちによって、二大政党はそれほどまでに支配され腐りきっています。
国民皆保険制度案が踏み倒され続けているのも、リバタリアンたち、病院・医師会(AMA)、医療保険組合による二大政党への大献金と賄賂が政治家に流れ込みながら、ぼったくり価格で国民の生活を困窮させて儲けている原因だと思います。
Posted by 格差は作られた at 2016年11月02日 04:29
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