2016年04月22日

オスカーワイルド『幸福の王子』を読む



彼は「幸福の王子(the Happy Prince)」と呼ばれていた。

昼は庭園で遊び、夜になると大広間でダンスを踊った。

彼の周りには美しいものしかなかった。







幸福の王子が亡くなると、その像がつくられた。

"He is beautiful as a weathercock."

「風見鶏くらいに美しい」と人々は讃えた。

純金でおおわれた王子の像。2つの目はとっておきのサファイアで輝き、剣には真っ赤なルビーが大きく光っていた。







"I am glad there is someone in the world who is quite happy."

「この世界に、まったく幸せな人がいるというのは嬉しいことだな」

ある男は、そうつぶやいた。






ある晩、この町に「小さなツバメ」が飛んできた。

彼の仲間はみんな、もうエジプトに行ってしまったというのに、この小さなツバメだけが、すっかり遅れてしまっていた。春のはじめ、「最高にきれいな葦(the most beautiful Reed)」と恋に落ちてしまったからだった。







"Where shall I put up?"

「どこに泊まろうかな?」

小さなツバメは、高い柱の上に、王子の像をみつけた。

"I will put up there."

「あそこに泊まろう」

そしてツバメは、王子の両足のあいだに止まった。







"I have a golden bedroom."

「黄金のベッドルームだな」

小さなツバメは満足そうに、そう呟いた。



ところが…

「雲ひとつない星空から、雨が降ってくるなんて!」

大きな水滴が、ツバメのうえに落ちてきた。

「北ヨーロッパの天気はまったくひどいもんだね」



すると、もう一滴。

「雨よけにもならないぞ、この像は。もっといい煙突をさがさなきゃ」

そう言って翼をひろげようとした時、また一粒の水滴が落ちてきた。



ふと見上げると…

「幸福の王子」の像が、涙でいっぱいだった。

黄金の頬を流れる涙が、月明かりに美しかった。







"Who are you?"

「あなたは誰なの?」

かわいそうに思ったツバメはたずねた。



"I am the Happy Prince."

「わたしは幸福の王子」

王子はこたえた。







"Why are you weeping?"

「どうして泣いてる?」

ぐしょ濡れになったツバメはきいた。

王子の像はこたえた。

「わたしが生きていて、まだ人間の心(human heart)をもっていたとき、涙というものを知らなかった。というのも、サンスーシの宮殿には悲しみ(sorrow)が入ってこなかったからだ。庭園の周りにはとても高い塀が巡らされていて、その向こうを、わたしは一度も気にしたことがなかった。廷臣たちは、わたしを幸福の王子(the Happy Prince)と呼んでいた。実際に幸福だったのだろう、

if pleasure be happiness

もし快楽が幸福だというのなら」







王子はつづけた。

「わたしは幸福に生き、幸福に死んだ。そして死んでから、私はこの高い場所にのせられた。ここはとても高いので、町のすべてが見える。見たくないことや、人々の苦しみのすべてが。

Though my heart is made of lead yet I cannot chose but weep.

私の心臓は鉛でできているというのに、涙を流さずにはいられないのだよ」







王子は言う。

「ずっと向こうの小さな通りに、貧しい家がある。

痩せ疲れたご婦人が、荒れた赤い手でお針子をしている。婦人の刺繍しているガウンは、女王さまの侍女が次の舞踏会で着るためのものだ。

その部屋の隅では、幼い子どもが病気で横になっている。熱があるのだ。オレンジが食べたいと泣いている」



"Swallow, Swallow, little Swallow."

「ツバメさん、ツバメさん、小さなツバメさん」

王子は言った。

「わたしの剣のつかからルビーをとって、あの婦人にもっていってくれないか? わたしは動けないんだ」



ツバメはしぶった。

「ぼくはエジプトに行くところなんだよ…」

王子は重ねて言った。

「あの子はとってもノドが乾いている。お母さんはとっても悲しんでいる。わたしのお使いを頼まれてくれないか?」







幸福の王子の顔は、とても悲しそうに見えた。

ツバメは言った。

「もう一晩、あなたのところに泊まって、あなたのお使いをしましょう」

そしてツバメは王子の剣からルビーをとると、クチバシにくわえて飛んでいった。



宮殿を通りすぎたとき、こんな声がきこえてきた。

「わたしのドレス、舞踏会に間に合うといいな。でもお針子さんって、とってもナマケ者なのよね」



ようやく、あの貧家にたどり着いた。

お母さんは疲れ果て、テーブルで寝てしまっていた。

その脇に、ツバメはそっとルビーを置いた。



子どもはベッドで熱っぽそうだ。

ツバメはベッドのまわりを飛んで、翼で顔をあおいであげた。

"How cool I feel."

「あぁ、すずしい」

そう言うと、その子はさも気もち良さげに、眠りにおちた。



ツバメは王子のところに戻って言った。

"It is curious, but I feel quite warm now, although it is so cold."

「なんか変なんだ。外はこんなに寒いのに、とってもあったかい気持ちがするんだよ」

その不思議な感じがどうしてなのか、ツバメは考えた。そして眠ってしまった。考えごとをするとツバメは、いつも寝てしまうのだった。







翌朝、ツバメは川で水浴びをしていた。

すると、町の人々が驚いている。

"A swallow in winter!"

「冬にツバメがとんでるぞ!」







夜になると、ツバメは幸福の王子のところへ戻ってきた。

ツバメは早くエジプトに行きたくて、うきうきしていた。

"To-night I go to Egypt."

「今夜、エジプトに行きます」

"Have you any commissions for Egypt?"

「エジプトに何かことづけはありますか?」



ところが王子は、ツバメを引き止める。

"Swallow, Swallow, little Swallow"

「ツバメさん、ツバメさん、小さなツバメさん」

"Will you not stay with me one night longer?"

「もう一晩泊まっていってくれないか?」







王子は言う。

「ずっと向こうの屋根裏部屋に若者がいる。彼は芝居を仕上げようとしているが、あまりの寒さに、もう書くことができない。暖炉に火はなく、空腹のため気を失いそうなのだ」

ツバメは言った。

"I will wait with you one night longer."

「もう一晩、あなたのところに泊まりましょう」

"Shall I take him another ruby?"

「彼にもまた、ルビーを持っていきましょうか?」



"Alas! I have no ruby now."

「ああ! ルビーはもうないんだ」

王子は言った。

"My eyes are all that I have left."

「わたしの両目しか残っていない」

"Pluck out one of them and take it to him."

「わたしの片目を抜きとって、彼のところに持っていっておくれ」

王子の目はサファイヤでできていた。それも、一千年前のインドから運ばれてきた、貴重なサファイヤで。







"I cannot do that."

「ぼくにはできないよ」

そう言って、ツバメは泣いてしまった。



"Swallow, Swallow, little Swallow"

「ツバメさん、ツバメさん、小さなツバメさん」

王子は言った。

"Do as I command you."

「わたしの言うとおりにしておくれ」



ツバメは王子の目を抜きとると、若者のいる屋根裏部屋へと飛んでいった。

ツバメは穴のあいた屋根から入りこみ、枯れたスミレのうえに美しいサファイヤを置いた。

"Now I can finish my play"

「これで芝居が完成できる」

若者はとても幸せそうだった。







月がでるとまた、ツバメは王子のところに来た。

さすがにもう、エジプトに行かなければ。

"I am come to bid you good-bye"

「おいとまごいにきました」



ところが王子は、

"Swallow, Swallow, little Swallow"

「ツバメさん、ツバメさん、小さなツバメさん」

"Will you not stay with me one night longer?"

「もう一晩泊まっていってくれないか?」

例のごとくに言うのであった。



"It is winter, and the chill snow will soon be here."

「もう冬だよ。冷たい雪がもうすぐ、ここにやってくるんだ」

ツバメの仲間たちはもう、太陽の光が暖かにそそぐエジプトで、すっかりのんびりしているはずなのだ。

"Dear Prince, I must leave you."

「王子さま、ぼくは行かなくちゃ」



王子は言う。

「小さなマッチ売りの少女(match-girl)が、下の広場にいる。女の子は泣いている。マッチを溝に落とし、全部だめにしてしまったのだ。お父さんはきっと彼女をぶつだろう。女の子は靴も靴下もはいていない」

"Pluck out my other eye, and give it to her."

「わたしのもう一つの目をとりだして、あの子にやっておくれ」



ツバメは言った。

"I cannot pluck out your eye."

「王子の目をとるなんて、できないよ」

"You would be quite blind then."

「そんなことしたら、なんにも見えなくなっちゃうよ」



王子は言った。

"Swallow, Swallow, little Swallow"

「ツバメさん、ツバメさん、小さなツバメさん」

王子は言った。

"Do as I command you."

「わたしの言うとおりにしておくれ」







ツバメはもう片方の目をとりだすと、マッチ売りの少女のところへ持っていった。

"What a lovely bit of glass!"

「なんてキレイなガラス玉なんでしょう!」

少女はそう喜んで、家へと帰っていった。



王子のところへ戻ったツバメは言った。

"You are blind now."

「もう何にも見えないね」

"So I will stay with you always."

「だから、ずっと一緒にいてあげるよ」







次の日、ツバメは王子にいろいろな話をした。

砂漠のスフィンクスの話。

ラクダと貿易商人の話。

戦争ばかりしているピグミーの話。



"You tell me of marvellous things."

「あなたは驚くべきことを聞かせてくれた」

王子は言った。

"But more marvellous than anything is the suffering of men and of women."

「しかし、苦しみをうけている人々の話ほど驚くべきことはない」

"Fly over my city, little Swallow, and tell me what you see there."

「小さなツバメさん、町を飛んで、そこで見たものを教えてくれないか」



町のうえから、ツバメはいろいろなものを見た。



美しい家で暮らす、幸せなお金持ち。

その門のまえに座っている乞食たち。



銅の天秤でお金をはかるユダヤ商。

空きっ腹の子どもたち。



"How hungry we are!"

「おなかがペコペコだよ!」

橋の下で、少年2人が寒そうにうずくまっていた。

"You must not lie here!"

「こんなとこで横になるな!」

子どもらは夜警に追い出され、行くあてもなく、雨のなかへと消えていった。







ツバメは見たことを王子に話した。

すると王子は言った。

"I am covered with fine gold."

「わたしの身体は純金でおおわれている」

"You must take it off, leaf by leaf, and give it to my poor."

「それを一枚一枚はがして、貧しい人々にわけ与えるのだ」



ツバメは一枚一枚、王子の体から純金をはがしていった。

そしてとうとう、黄金だった王子は灰色になってしまった。







ツバメは純金を一枚一枚、貧しい人たちに配っていった。

"We have bread now!"

「これでパンが食べられるぞ!」

子どもたちは歓声をあげた。







やがて雪になった。

軒からはツララがたれさがり、子どもらは氷のうえでスケートを楽しんでいる。

町の人はみな、毛皮で身をつつんだ。



どんどん寒くなっていく。

それでもツバメは、王子のもとを離れようとしなかった。







ツバメは凍えた体を温めようと、翼をパタパタさせた。

もう、あまり力が残っていなかった。

死ぬのがわかった。



"Good-bye, dear Prince"

「さようなら、王子さま」

最後の力で王子の肩まで飛びあがると、ツバメは別れをつげた。







王子は言った。

"I am glad that you are going to Egypt at last."

「やっとエジプトに行ってくれるんだね、うれしいよ」



ツバメは言った。

"It is not to Egypt that I am going."

「ぼくが行くのはエジプトじゃないよ」

"I am going to the House of Death"

「死の家にいくんだ」

"Death is the brother of Sleep, is he not?"

「死ぬって、眠ることの兄弟なんだよね?」



ツバメは幸福の王子にキスをすると、息絶えて王子の足元におちた。

その瞬間、なにかが砕けるような音がひびいた。

The fact is that the leaden heart had snapped right in two.

それは、鉛の心臓がちょうど2つに割れた音だった。










翌朝、市長が「幸福の王子」の像を見て言った。

"How shabby the Happy Prince looks!"

「なんてみすぼらしいんだ、この幸福の王子のなりは!」



"How shabby indeed!"

「まったくみすぼらしい!」

市会議員らは同調した。



市長は言った。

"The ruby has fallen out of his sword, his eyes are gone, and he is golden no longer."

「ルビーは剣から抜け落ちてるし、目は無くなっている。もはや黄金でもない」

"He is a little better than a beggar."

「乞食とたいして変わらんな」



市会議員らも声をそろえる。

"Little better than a beggar."

「乞食とたいして変わらんな」



"And here is actually a dead bird at his feet!"

「足元には、死んだ鳥まで落ちている!」







芸術大学の教授は言った。

"As he is no longer the beautiful he is no longer useful."

「もう美しくないから、なんの役にも立たない」

こうして幸福の王子の像は、溶鉱炉で溶かされることになった。



市議会が開かれ、溶かした金属の使い道が話し合われた。

「もちろん他の像をたてなければならない」

市長は言った。

"It shall be a statue of myself."

「それは私の像でなくてはなるまい」

その発言に、議論が紛糾した。



"Of myself!"

「いや、私の像だ!」

誰もかれもが、自分の像をたてたがった。

その口論は止むところを知らなかった。






ところかわって溶鉱炉。

"What a strange thing, this broken heart will not melt."

「おかしいなぁ、この割れた心臓が溶けようとしないぞ」

"We must throw it away."

「もう捨ててしまえ」



王子の心臓は、ゴミだめに捨てられた。

そこには、死んだツバメも横たわっていた。







天使たちはずっと見ていた。



そして、ゴミだめにそっと手をのばした。

"The two most precious things in the city."

「この町で、いちばん尊い2つのもの」に。













(了)






出典:
オスカーワイルド「幸福の王子」
Oscar Wild "The Happy Prince"



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posted by 四代目 at 08:01| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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