2016年04月09日

小さなお医者さん、ナノマシンの話 [片岡一則]








1966年にミクロの決死圏(Fantastic Voyage)』という映画がアメリカで公開された。



当時高校生だった片岡一則(かたおか・かずのり)氏は言う。

「お医者さんとその乗り物をうんと小さくして、血管の中に送り込み、患部まで行って、体のなかから病気を治してしまうと。そういう映画だったんですね」

その映画の元ネタは、手塚治虫の『38度線上の怪物』であったとか。






いずれの作品も、もちろん空想上の物語であった。

だが、あれから半世紀、彼らの夢想は現実化の過程にある。



――すでに抗がガン剤を内包した2種類の「ナノマシン」は臨床試験の第V相にはいっており、これらは副作用がなく、耐性ガンや転移ガンにも高い効果を発揮する。この「極小のマシン」が体内の病気を診断し、メスを入れずに治療してしまう。半世紀前、SF映画で描かれた世界がいま、現実のものとなりつつある(致知2016年3月号)。



その「ナノマシン(極小マシン)」たる新薬を開発しているのが、片岡一則氏である。

片岡氏は言う。

「私が何を開発しているかというと、『ミクロの決死圏』で描かれているような、血管から体の中の微小空間に自由に入り込んで、病気を治療したり診断したりする『極小のマシン』。これを完成させることが一つの究極の目標なんですね。マシンといっても従来の機械ではなく、いろいろな機能を作りこんだ『高分子ミセル(集合体)』なんです」



その「高分子ミセル(集合体)」のサイズたるや50ナノメートル(50万分の1mm)

およそ髪の毛の1,000分の1の微細さであり、ウイルスとほぼ同サイズであるという。



しかし、そんな極小の”マシン”でさえ、人体に侵入することは至難の技である。免疫細胞に見つかるや”異物”と即断され、あっというまに捕まってしまうからだ。

まず立ちはだかるのは、この人体のカベ。それを片岡氏はどうクリヤーしたのか?

片岡氏は言う。

「レーダーに見つからないステルス戦闘機のように、ナノマシンの表面を水に馴染みやすい高分子で覆って、血中を自由に回れるようにしました」







つぎなる課題は

どうやってナノマシンをガン細胞まで運ぶのか?

従来の抗ガン剤は、ガン細胞のみならず正常な細胞までをも攻撃してしまっていた。いわゆる副作用として人体を傷つけてしまっていたのである。



片岡氏は言う。

「そのポイントは、正常な血管とガンの血管では構造が異なるということです」

何が異なるのか?

ガンの血管は隙間が大きい。そのため、正常な血管なら通れないナノマシンでも、ガンの血管を通ってガンの組織の中に入っていくことができるんです。正常な細胞を傷つけることはありません」







だが、ガン細胞もバカではない。ナノマシンの侵入に対して

「どうも変なヤツがきた」

と防衛反応を開始する。具体的には、自分の細胞膜でナノマシンを包み込んでしまうのだ。そして、消化酵素によってナノマシンを溶かそうとするのである。まるで食虫植物のように、だ。

片岡氏も負けてはいない。

「私はこれを逆手にとりましてね。pH(ペーハー)が下がると高分子ミセルの構造が壊れて、薬がワ―っと出てくるように仕掛けました。まさしくギリシャ神話の『トロイの木馬』のように、です」







現在、臨床試験が行われているナノマシンは5つあるという。そして、そのうち2つはすでに最終段階である第V相(500人以上の大規模な治験)まで進んでいるという。

片岡氏は言う。

(乳ガンを対象にした)パクリタキセルというナノマシンは、順調にいけば来年度か再来年度には承認申請されて、世の中に出回るようになりますよ」

まさに夢近し、である。







ところで、片岡一則氏はどんな道を歩んで、ナノマシンに至ったのだろうか?

片岡氏は言う。

「そうですね。僕の結婚式のときに小学生の担任の先生が来てくれて、卒業論文を読んだんです。そうしたら、30年後の自分というところに『ガンの研究をしている』と書いていた。僕はそれをまったく忘れていて、あっ、そんなこと書いたんだなぁって(笑)」

父は薬品問屋、伯父は医者という環境が、少年片岡氏をして医の道へと誘ったのであろう。



東大の大学院では、高分子化学を専攻。

そこで鶴田禎二(つるた・ていじ)という師に出会った。

片岡氏は言う。

「ぼくは結構いい加減な人間で、高校までは何をやりたいのか定まっていたわけじゃないんですけど、鶴田先生のおかげで道がみつかりました。博士課程にすすむとき、鶴田先生に『これからはバイオマテリアルの分野がのびる』と言われたんです。先生がそうおっしゃるなら、きっと面白いんじゃないか、と。実際、やってみたらすごく面白かったんです。日本ではまだ誰も研究していない未開拓の領域がたくさんあったんです」







1979年、大学の博士課程を修了。

ナノマシンの研究に着手したのは1984年頃から。ドイツの先生が書いた論文にインスピレーションを受けた。

片岡氏は言う。

「その頃の研究では、脂質の粒子のなかに薬を入れて、血管内に送り込んで効かせるというのですが、ここである疑問が生じました。脂質の粒子では”異物”として排除されてしまうのではないか、と。いろいろな方に聞いたんですけど、明確な答えが返ってこない。要するに、誰も分からないんですね。そのとき、こう思いました。『いい予感がする。これは宝の山かもしれない』と」



こうして高分子ミセル(ナノマシン)の研究がはじまった。

東大の大学院生と2人だけの船出。当時はまだバイオマテリアルの黎明期。日本における高分子ミセルの位置はゼロに等しかった。周囲からは

「訳の分からないことをしている」

と冷視された。いや、無視といったほうが正しい。

片岡一則、34歳のときだった。



サポートはどこからも得られない。

海外の学会やシンポジウムにいくのは全て自腹だった。

ただ、鶴田恩師など数名の人々だけは片岡氏の可能性を信じてくれていた。



鳴かず飛ばずの数年がすぎた。

と、天からの贈り物がとどいた。



片岡氏は言う。

「アメリカでドラッグデリバリー(薬物送達)の学会がありましてね。日本の有名な先生が講演する予定だったのに、病気をわずらって急きょ出られなくなった、と。それで、学会の3、4日前に突然電話がかかってきて、僕がピンチヒッターで呼ばれたんです」

ようやく納得のいくものが出来たときだった。

その反響やすさまじく、アメリカから日本へ、注目の波は一気に広まった。その後、片岡氏の研究は加速度的に進展していくことになる。






かつて片岡氏は

「10年後くらいに多くの患者さんを助けられるものができたらいいな」

と安穏に構えていた時期があった。

しかし、一緒に机をならべていた心臓外科医に一喝された。

「明日死ぬかもしれない患者さんがいるんだ! それをどうする気だ!?」



片岡氏は言う。

「ものすごい衝撃でした。ガンだけ見ても日本で年間35万人の患者さんが亡くなっている。だから、一日もはやく実用化しなければならない。そういう意識が強くなりました」






現在、片岡氏の新たな課題は

脳に効くナノマシンだ。

ガンの血管に侵入できるナノマシンでも、脳の血管には入れない。それほど脳のバリアは強力なのである。

その強力なバリアを、ウイルスは突破できる。というのも、ウイルスの表面には分子バーコードがついていて、それがIDとなって脳の血管が小さなトンネルを開けてくれるからだ。

片岡氏は言う。

「これにヒントを得て、われわれはナノマシンの表面に分子バーコードをつけたんです。これにより、脳腫瘍の血管にナノマシンが入ることを確認しました」

脳腫瘍には可能性がみえた。だが、アルツハイマー病やパーキンソン病はもっと難しい。



片岡氏には、研究開発で大事にしている心構えがあるという。

「たとえば実験をするときに、こういう結果になるんじゃないかって、ある程度予測をたてるんですね。で、実際に思ったとおりになるのはもちろん嬉しいじゃないですか。だけど、失敗したりうまくいかない時は、もっと嬉しくなります。失敗には必ず理由があるわけで、そこから新しい発想や成功につながるヒントが生まれてくるんです」







最後に、片岡氏は言う。

「病院は英語で hospital (ホスピタル)といいますが、病院に行かなくて済むことこそが最大のホスピタリティ、おもてなしだと思うんです。そういう社会を実現するために、これからも挑戦しつづけます」






(了)






出典:致知2016年3月号
片岡一則「かくて世紀の偉業は成し遂げられた」



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posted by 四代目 at 09:12| Comment(0) | 医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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