2015年10月29日

なぜロンドン市民は大空襲に高揚したのか?



第二次世界大戦

いよいよドイツ軍の空襲(Blitz)が迫っていた。

チャーチルは言った。

「ロンドンは、丸々と肥えた極上の牛(a tremendous fat valuable cow)が縛られているようなものだ。猛獣(the beast of prey)ドイツは舌舐めずりをしている」



開戦前夜、イギリス軍は暗澹たる予測を発表する。

ドイツ軍の空襲がおこなわれれば、最初の一週間でロンドン市民の死傷者は25万人にのぼり、いずれ死者は60万人、負傷者は120万人にも及ぶであろう、と。

大空襲の恐怖から、ロンドン市民はパニックに陥るに違いない。そう予想したイギリス政府は、郊外に精神病院(psychiatric hospitals)をいくつか建設した。さらにロンドンの地下に防空壕(underground bomb shelters)を張り巡らせる計画も立てた。だが、それは取りやめた。防空壕に逃げ込んだ市民が二度と出てこなくなる、と懸念したからだった。








◆The panic never came



1940年秋、恐れていたドイツ軍の猛攻が開始された。

ロンドン上空に来襲したドイツの爆撃機は、爆弾と焼夷弾の雨を容赦なく降らせた。それが57日間も連続した。

死者4万人、負傷者4万6000人。損壊家屋100万棟。ロンドンは壊滅した。



すべてはイギリス政府の恐れていた通りになってしまった。

ただ一つ、ロンドン市民の反応を除いては。



懸念されたパニックは起こらなかった。

空襲下のロンドン市民の様子を、ある精神科医はこう記す。

The siren blew its warning.

空襲警報が鳴りだした。

Small boys continued to play all over the pavements, shoppers went on haggling, a policeman directed traffic in majestic boredom.

それなのに、少年たちは通りで遊びつづけている。買いもの客は値切るのをやめようとしない。警察官は真面目くさって交通整理をつづけている。

A nun seized the hand of a child she was escorting and hurried on. She and I seemed to be the only ones who had heard the warning.

子どもの手を引いた修道女ばかりが逃げるのに忙しかった。だが彼女と私以外、誰も空襲警報を聞いていないかのようであった。

No one, so far as I could see, even looked into the sky.

私の見たかぎり、空を見上げていた者はいなかった。



町中の道路は、爆弾でできた大穴でボコボコだった。廃墟と化した住宅や商店もそこらじゅうにある。そんな戦場下、疎開しなかったロンドン市民たちは日常生活をつづけていた。

マルコム・グラッドウェルは、こう書く(『David and Goliath』)。

As the Blitz continued, as the German assaults grew heavier and heavier, the British authorities began to observe -to their astonishment- not just courage in the face of the bombing but something closer to indifference.
空襲はつづいていた。ドイツ軍の攻撃はますます激化している。イギリス政府が驚いたのは、爆撃に怖気(おじけ)づかないどころか、無関心にも近いロンドン市民の態度であった。



政府が建てた精神病院では、閑古鳥が鳴いていた。






◆The puzzle



そんなバカな…

なぜパニックが起こらないんだ?



爆撃は依然はげしい。

焼夷弾の炎は夜の街を明るくするほどだ。

地下の防空壕は大勢の人々であふれかえっている。

空襲警報のみならず、消防車や救急車のサイレンがかしましい。



甚大な被害をこうむりながらも、冷静さを保っていたロンドン市民。

これが「ジョン・ブル魂」という勇気なのだろうか?

いや、そうとばかりも言えない。同じように激しい爆撃下、他国でも同じような例が確認されている。



この不思議な現象を、カナダの精神科医、J.T. マカーディは著書『モラールの構造(The Structure of Morale)』で説明してみせた。

マカーディは空襲下の人々を3つのグループに分けた。

1、死ぬ人(the people killed)

2、ぎりぎりの生存者(the near misses)

3、余裕の生存者(the remote misses)



まず、「死ぬ人」はパニックに関与しない。

マカーディは冷酷に言う。

Corpses do not run about spreading panic.
死体は走り回ってパニックを広げない。



次に、ギリギリの生存者(ニア・ミス)。

They feel the blast, they see the destruction, are horrified by the carnage, perhaps they are wounded, but they survive deeply impressed.
彼らは爆風を肌に感じ、街が破壊される様を目撃し、死体の山に身の毛をよだてた。彼ら自身、傷を負いもしただろう。それでも彼らは生き延びた。強烈なショックを心身に受けながらも。



最後に、余裕の生存者(リモート・ミス)

These are the people who listen to the sirens, watch the enemy bombers overhead, and hear the thunder of the exploding bombs. But the bomb hits down the street or the next block over.
彼らは空襲のサイレンを聞いた。ドイツの爆撃機が空を横切るのも見た。強烈な爆発音も耳にした。だが、それらは通りのずっと先、もしくは隣の街区であった。







ニア・ミスの人々と、リモート・ミスの人々では「空襲体験の捉え方が真逆になる」とマカーディは指摘する。

A near miss leaves you traumatized.
辛くも生き延びたニアミスの人々は、心身に深い傷をのこす。

A remote miss makes you think you are invincible. MacCurdy wrote, "is a feeling of excitement with a flavor of invulnerability."
簡単に生き残ったリモートミスの人々は、自分が「無敵」であるかのような錯覚をおぼえる。マカーディが言うには「どこか不死身感のただよう興奮」にひたるのだ。



イギリス政府が予想できなかったのは、リモートミスの人々の反応である。

彼らは2度3度と空襲を体験するうちに、空襲警報を怖がるどころか、むしろ楽しみにさえするようになっていた。というのも、あっさり生き残った彼らは「自分は絶対に死なないんだ」と思い込むようになっていたからだった。






◆remote miss



大空襲を簡単にくぐり抜けた人々、すなわちリモート・ミスの人々の戦後記録は数多い。

When the first siren sounded I took my children to our dug-out in the garden. And I was quite certain we were all going to be killed.

最初に空襲警報を聞いたときは、子どもを連れて庭の防空壕に逃げ込みました。「間違いなく死ぬ」と思ったのです。

Then the all-clear went without anything having happened. Ever since we came out of the dug-out I have felt sure nothing would ever hurt us.

ところが、すべてが何事もなく終わってしまいまいした。そして防空壕を出たときには、こう思うようになっていました、「何があっても死なないんだ」と。

こんな手記もある。

I lay there feeling indescribably happy and triumphant. 

私は横になりながら、言い尽くせないほどの幸福感と勝利感を味わっていました。

"I've been bombed!" I kept on saying to myself, over and over again -trying the phrase on, like a new dress, to see how it fitted. "I've been bombed!...I've been bombed -me!"

「私は爆撃されているんだ!」と、私は何回も何回もつぶやいていました。まるで新しい服が自分に合うかどうかを試してみるように、その言葉を確認していたのです。「私は爆撃されている!」「私は爆撃されているんだ!」「この私がよ!」

It seems a terrible thing to say, when many people were killed and injured last night; but never in my whole life have I ever experienced such pure and flawless happiness.

あの夜、たくさんの人々が死んだり傷ついたのを知っています。だからこう言うのは不遜なことですが、私は今までの人生で感じたことがなかったほどの「完璧に純粋な幸福感」の中にいたのです。



先に記したとおり、ドイツ軍によるロンドン大空襲によって、イギリスは死者4万人、負傷者4万6000人という甚大な被害をこうむった。

だが冷静に計算すれば、800万人という大人口のロンドンにあって、4万人という死者は人口比0.5%、ニアミスであった負傷者4万6000人は同0.6%弱であったことが判る。すなわち、空襲によって異様な高揚感をおぼえたリモートミスの人々が、最大で99%近くを占めたのである。

それが空襲下のロンドンでパニックが起こらなかった一因であるとみられている。



マカーディは言う(『The Structure of Morale』) 。

We are all of us not merely liable to fear.

われわれは皆、単に怖がるだけではない。

We are also prone to be afraid of being afraid.

「怖がることをも怖がる」という性向をもつのである。

When we have been afraid that we may panic in an air-raid, and when it has happened, we have exhibited to others nothing but a calm exterior and we are now safe.

人々は空襲されればパニックが起こるのではないかと恐れた。だが実際の空襲に遭ってみると、人々は無事だった。そして落ち着いた態度を周囲に示すことができたのだ。

The contrast between the previous apprehension and the present relief and feeling of security promotes a self-confidence that is the very father and mother of courage.

事前の恐怖と、実際の安心感とのギャップ。それが大きいほど自信は深まる。それこそが勇気を生む父母なのだから。






◆Never!



ドイツ軍は、イギリス人らを恐怖のドン底に叩き落としてやろうと大規模な空爆をしていたはずだ。

そしてイギリス政府もまた、そうなることを必要以上に恐れていた。



しかし実際はどうだったか?

「大パニックを起こすであろう」とのドイツ軍の期待は、まったく逆の結果を生んでしまった。空襲をくぐり抜けた大多数のロンドン市民(リモートミスの人々)はいよいよ勇気を増して、自らの「ジョン・ブル魂」を奮い立たせたのであった。

開戦前にイギリス政府が示した暗澹たる予測(死者60万人、負傷者120万人)、これも結果的には功を奏した。必要以上に悲惨な数字を示すことによって「事前の恐怖」が増大し、「実際の安心感」がより大きなものとなったのだから。



マルコム・グラッドウェルは言う(『David and Goliath 』)。

Too often, we make the same mistake as the British did and jump to the conclusion that there is only one kind of response to something terrible and traumatic.

私たちはイギリス政府と同じ勘違いをしてしまいやすい。「悲惨かつ衝撃的な不幸は、一つの結果しかもたらさない」と結論を急いでしまいがちなのだ。

There isn't. There are two.

だが、そうではない。じつは2つの反応があったのだ。



ボタン工場で働いていた、ある男性。

彼の自宅には、2度も爆弾が落ちた。

だが、いずれとも彼は無傷であった。



彼は、勧められた疎開を断った。

Not for all the gold in China!
冗談じゃない!

What, and miss all this?
こんなチャンスを、みすみす見逃せって言うのか?

There's never will be again!
こんなこと2度とないぞ!

Never!
絶対だ!






They were freed of the kinds of fears that can make life during wartime unendurable.

彼らの心中に、もはや恐怖はなかった。

だからこそ、戦中の耐え難きを耐えられたのかもしれないな。

(マルコム・グラッドウェル)













(了)






出典:
Malcolm Gladwell『David and Goliath: Underdogs, Misfits and the Art of Battling Giants



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posted by 四代目 at 09:09| Comment(0) | 第二次世界大戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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