ここに世界的な知能テストがある。
Q、バットとボールの値段は合わせて1ドル10セント。バットの値段はボールより1ドル高い。ボールの値段はいくら?
A bat and a ball cost $1.10 in total. The bat costs $1.00 more than the ball. How much does the ball cost? ____ cents
多くの人が「ボールの値段は10セント」と誤答する。
Q、5分間に5個の部品を製造できる機械が5台ある。この機械を100台使って100個の部品をつくるのにかかる時間は?
If it takes 5 machines 5 minutes to make 5 widgets, how long would it take 100 machines to make 100 widgets? _____ minutes
これまた、うっかり「100分」と答えてしまう人が多い。
Q、ある湖に「スイレンの葉」が浮かんでいる。スイレンの葉は毎日2倍に増える。湖全体をスイレンの葉が覆い尽くすまでに48日間かかった。では、蓮が湖の半分を覆うのには何日かかる?
In a lake, there is a patch of lily pads. Every day, the patch doubles in size. If it takes 48 days for the patch to cover the entire lake, how long would it take for the patch to cover half of the lake? _____ days
念のため、24日間ではない。
これらのクイズは、イェール大学のシェーン・フレデリックが考案した「認知反射テスト(CRT, Cognitive Reflection Test)」。何時間もかけて何百ものテストをしなくとも、たったこの3問だけで、通常の知能テストにほぼ等しい結果が得られるという。
たとえば、世界の知能、MIT(マサチューセッツ工科大学)の学生は、3問中平均で「2.18」の正解率だったという。
「じつは正解率を簡単に上げる方法がある」
マックス・グラッドウェルは言う。プリンストン大学の学生に「その方法」を試したところ、正解率が「1.9」から「2.45」に上昇。MITを抜いたという。
その方法とは「問題文の字の大きさや書体を、わざと読みづらく印刷すること」。たとえばこうだ。
バットとボールの値段は合わせて1ドル10セント。バットの値段はボールより1ドル高い。ボールの値段はいくら?
グラッドウェルは言う。
「この問題文は読みにくくてイライラする。目を凝らして2回は読まないと単語が拾えない。あまりの読みづらさに、なんでこんな印刷にするのかと腹も立ってくる」
「読みやすく、わかりやすい形で問題を提示されたほうが、正解が出やすいと誰もが思うだろう。しかし実際は正反対だった」
冒頭の3問は、いわば「ひっかけ問題」のようなもので、直感的に答えてしまうとまんまと騙される。そこで、わざと問題文を読みにくくして可読スピードを減速させる。すると、問題をよく読まざるを得なくなり、慎重に考えるようになるというのだ。
グラッドウェルは言う。
「不利なことは避けるべきだというのが世間の常識だ。さもないと状況が後退したり、難しくなったりするからだ。だが、必ずしもそうではない。”望ましい困難”もある」
◆識字障害(dyslexia)の弁護士
デビッド・ボイスは識字障害、文字を読むのが苦手だった。楽しみで本を読んだことなど一度もない。ハイスクールの成績は見るも無残。テストの問題文を読むだけで、1時間もかかってしまうのだ。
なんとか高校を卒業したボイスは、建設現場で働きはじめた。
「外で身体をつかう仕事だった。びっくりするぐらい金を稼いだね。楽しかったよ。申し分ない生活だった」
イリノイ州の田舎では、読み書きはさほど重要ではなかった。友だちも農場で働く者が多かった。
転機は、最初の子供が生まれたことだった。
「女房が将来のことを真剣に考えはじめたんだ」
ボイスは法律に興味があったことを思い出して、ロースクール(法律学校)に入学した。
「大学を卒業しなくてもロースクールに行ける。そう知ったときの嬉しさったら。信じられなかったよ」
識字障害の彼が、なぜ? 法律にたずさわるとなると、判例から判決文までとにかく難しい文章のオンパレードのはずだ。
だが幸い、ボイスは「聴くこと」が得意だった。小さい頃から母親の読み聞かせで、いろいろな本の内容を覚えていた。
「生まれてこのかた、自分はひたすら聴いてきた。それしか学ぶ方法がなかったんだ。だから、人が言ったことは一言一句記憶している」
クラスの皆んなが必死でノートをとっている間、ボイスはただじっと座ったままだった。講義内容に全神経を集中させて、そのすべてを記憶に叩き込んでいたのだ。文字を読むことは不得手だったが、ボイスはそれを耳で補った。小さい頃からボイスの耳は、他の誰よりもトレーニングされてきたようなものだった。
晴れて弁護士になったボイス。
1990年代にマイクロソフトの反トラスト訴訟で、チームを率いることになった。審理のあいだ、ボイスはずっと「ログイン(login)」を「ロジン」と言い続けていた。それは識字障害者がやりやすい間違いだった。言葉に詰まって立ち往生することもあった。そんなとき、ボイスは単語のスペルを声に出した。まるでスペリング・コンテストに出場した子供のように。なんと奇妙な光景だっただろう。
それでも証人の反対尋問でのボイスは、冴えわたっていた。どんな小さなニュアンスをも、ボイスは聞き逃さなかった。そして、一ヶ月前の証言さえも正確に記憶しており、厳しく問い詰めていったのだった。そんなボイスを前にしては、どんな言い逃れも不可能に思われた。
ボイスは言う。
「もっとスラスラと字が読めたら、いろんなことが楽だったと思う。けれども、人の話を聞き、質問しながら学んだおかげで、問題を徹底的に単純化することができた。これは訴訟では最高の武器になった」
証人が少しでも口ごもると、ボイスはその瞬間を決して逃さない。
「声の調子だったり、話す速さや、言葉の選び方だったり、いろんな手がかりがある。間(ま)もそうだ。言いづらいことを話すときは、言葉を考えて空白の時間が増えるし、あいまいな言葉づかいになる。そこを突いていくことで、こちらの主張を認めさせることができたんだ」
◆成功者たち
マルコム・グラッドウェルは言う。
「知能テストは問題文を読みづらくすることで、正解率を上げることができた。”読みやすさ”を奪われた学生たちは、それを補うために慎重に問題文を読まざるをえなくなった。ボイスもそうだ。読む能力が著しく劣る彼は、人並みに生きていくために、話を聞く能力を伸ばす戦略にたどりついた。母親の読み聞かせを覚えていて、あとで他人にわかるように再現できるようになるまでには、不安感や恥ずかしさを克服する必要もあっただろう。しかしこうした壁を何とか乗り越えることで、ボイスは大きな武器を得た。苦労知らずで覚えたことよりも、必要に迫られて身につけた技能のほうが断然威力があるからだ」
意外に思われるかもしれないが、じつは大成功者には識字障害者が多い。
「シティ大学ロンドンのジュリー・ローガンが最近おこなった調査では、約3分の1という結果が出ている。たとえばイギリスではリチャード・ブライソンが識字障害者だ。オンライン証券会社を起業したチャールズ・シュワブ、ジェットブルー航空の創業者デビッド・ニールマン、ネットワーク企業シスコ・システムズのCEOジョン・チェンバース、キンコーズ創業者のポール・オーファラと、名前を挙げればきりがない」
IKEAの創業者カンプラードもそうだ。
マルコム・グラッドウェルは続ける。
「この事実には2通りの解釈ができる。ずばぬけた資質をもつ人は、障害をものともしないというのが一つ。だがそうではなく、『障害をもっていたがゆえに成功した』と考えることもできる。障害を抱えて悪戦苦闘する過程で、糧となる何かをつかんだのだと」
ブライアン・グレイザーも識字障害者だった。
グレイザーは言う。
「学校は苦痛でした。字が読めないから、ぼんやり空想にふけってばかりでした。成績はFだらけでした」
空想ばかりしていたグレイザーは、ハリウッドの映画プロデューサーとなった。『スプラッシュ』『アポロ13』『ビューティフル・マインド』『8 Mile』など多くの映画を手がけている。
グラッドウェルは言う。
「もし識字障害でなかったら、彼はこれほど成功しただろうか? 時と場合によっては、絶望的に不利な障壁が、予想外の恩恵をもたらすこともある」
◆ゲーリー・コーンの大風呂敷
ゲーリー・コーンも識字障害者だった。
字が読めないので、小学1年生を2回やらされた。
コーンは言う。
「2年目も全然だめだったけどね」
両親もどうしていいかわからなかった。
「おまえがハイスクールを卒業できたら、それが私の人生、最高の日だよ」
そう哀願しつづけた母。コーンがハイスクールを卒業した日、母親は号泣したという。
コーンは言う。
「私の人生で、あんなに泣いた人は見たことがない」
社会にでてアルミサッシを売っていたコーンは、ある休みの日、ウォール街へと足を向けた。ワールド・トレード・センターの中にあった商品取引所へと。
コーンは言う。
「取引所の見学デッキから様子を眺め、下のフロアにおりてセキュリティ・ゲートの前まで行ってみた。もちろん入れるはずがない。働き口を見つけたいと思ったけど、とっかかりがなかった」
と、その時、パリっとした男性がフロアを走ってきた。
「空港まで急がなければならない」
その男がスタッフにそう言っているのを、コーンは耳にした。そしてすかさず声をかけた。
「空港まで行かれるのなら、タクシーに乗り合いしませんか?」
コーンは言う。
「相手が『そうしましょう』と言ってくれたときは、『やった!』と思ったね。それから一時間、タクシーの中で就職活動をしたよ」
コーンが捕まえたのは、ウォール街の大手証券会社のマネージャーだった。彼は売買オプション取引の担当になったばかりだったが、オプション取引というものがまだ何かわかっていなかった。
コーンだって、オプション取引などという言葉、聞いたこともなかった。だが、コーンは必死だった。
コーンは言う。
「空港に着くまでのあいだ、ひたすら大風呂敷を広げつづけたよ。『オプション取引について知っているか?』とたずねられたら、『もちろん何でも知っています』と答えた。タクシーを降りるとき、彼は電話番号を教えてくれたんだ」
電話をかけると、ニューヨークで面接があるという。
面接でさらにハッタリをかましたコーンは、翌週の月曜日から働くことになった。
コーンは言う。
「そのあいだに、『戦略的投資としてのオプション(Options as a Strategic Investment
識字障害のコーンにとって、それは並大抵のことではなかった。6時間格闘して20ページも進まない。それでも一語一語かみくだきながら、同じ文章を何度も何度も、理解できるまでひたすら読み続けた。
そして月曜日、コーンはウォール街で初仕事にのぞんだ。
コーンは言う。
「彼の後ろに立って、あれを買え、これを買え、と指示した。自分の素性は最後まで明かさなかった。向こうは薄々気づいていたのかもしれないが、あえて触れてこなかった。何しろ、大儲けさせてやったんだから」
嘘からはじまったウォール街。
ど素人のはずのコーンは、オプション取引のプロを演じきった。
もしコーンが”普通の人”であったなら、「オプション取引が自分の手に負えなかったら?」とか、「最初は取り繕えても、一週間後にはクビになるかもしれない?」などと考えるだろう。そもそも、タクシーの中で就職活動をしようとするだろうか。普通の人は失敗したときのことを恐れるはずだ。
コーンは言う。
「子供のときから、失敗には慣れっこだ。私の知っている識字障害者はたいていそうだ。失敗をうまくやりすごす能力が身についている。ものごとの悪い面をさんざん見てきているから、少々のことでは動じない。それが自分の出発点だったからね」
トレーダーとしての秘められた才能を開花させたコーン。
めきめきと頭角をあらわした。
いまの彼は…、ゴールドマン・サックスの社長だ。
著書『逆転!
コーン社長に笑いながらこう言われた。
「いい本になるといいな。オレは読まないけど」
(了)
出典:
マルコム・グラッドウェル『逆転!』
第4章 識字障害者が勝つには「逆境を逆手にとる戦略」
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冒頭、知能テストの答え
Q、バットとボールの値段は合わせて1ドル10セント。バットの値段はボールより1ドル高い。ボールの値段はいくら?
A、5セント
Q、5分間に5個の部品を製造できる機械が5台ある。この機械を100台使って100個の部品をつくるのにかかる時間は?
A、5分
Q、ある湖に「スイレンの葉」が浮かんでいる。スイレンの葉は毎日2倍に増える。湖全体をスイレンの葉が覆い尽くすまでに48日間かかった。では、蓮が湖の半分を覆うのには何日かかる?
A、47日間