○光るバクテリア

ホタルのように発光するバクテリア
ビブリオ・フィシェリ(Vibrio fischeri)
彼らはイカの中に住んでいる。

ハワイヒカリダンゴイカ(Hawaiian Bobtail Squid)は海中で、蛍光灯のように光る。それは体内に棲む細菌、ビブリオ・フィシェリが光るからだ。
昼は砂の中で寝ているこのイカ、夜になると狩りにでる。彼らの狩場は月明かりや星明かりがとどくくらいの浅い海域(深さ数フイート)。海面近くに漂いながら、背中にあるセンサーで、どれくらいの月や星の光が背中に当たっているかを感じながら、その光量とまったく同じ量の光を自らも発する(光るバクテリアであるビブリオ・フィシェリが棲んでいる2つの突起部分には、開閉できるシャッターが付いており、光量を自在に調整できる)。
星月とイカの光がまったく同量である時、イカの下には影ができない。つまり、その下にいる獲物たちは、上にイカが近づいてきたことに気がつけないことになる。まるで「海のステルス爆撃機(the stealth bomber of the ocean)」だ。
光るバクテリア、ビブリオ・フィシェリは、数が足りない時には発光しない。ある一定量を超えなければ光らないのである。
だから、朝になってイカがビブリオ・フィシェリのほとんど(約95%)を吐き出してしまうと、その光は消えてしまう。だが、イカが砂中で眠っている間に、ビブリオ・フィシェリは細胞分裂を繰り返し、日が沈む頃には発光するに十分な量に達することができる。
○化学の言葉
ボニー・バスラー(Bonnie Bassler)は言う。
「ここで興味深いのは、バクテリアが光るということではなく『いつ光るのか』ということです。バクテリアが孤立している時、つまり薄められた培地の中では光りません。増殖して一定の数を超えたときに、すべてのビブリオ・フィシェリがいっせいに光るのです」
しかし、バクテリアという原始的な生物が、どうやって自分が孤立しているのか、それとも集団の中にいるのかを知ることができるのだろう。
ボニーは言う。「彼らが光るとき、お互いに話し合っているのです。化学物質という言葉(a chemical language)を使って」
それぞれの細胞はホルモンのような小さな分子を分泌していて、それが自分の周りのたくさん存在するときに光るのだという。
ボニーは続ける。「近くにどれだけの仲間がいるのかを、細胞外の分子の量で認識し、それが十分であれば発光するスイッチが入るのです。これが彼らの生体発光(bioluminescence)の仕組みで、彼らは化学的な言葉(chemical words)で話し合っているんです」
そのメカニズムを、もう少し詳しく見てみよう。
ボニーはこう説明する。「ビブリオ・フィシェリは細胞内に、言葉となるホルモン分子(hormone molecule)をつくる酵素をもっています。そして細胞表面には、ほかの細胞から発せられたホルモン分子を感知する受容器(a receptor)も持っています。その受容器はホルモン分子と『鍵と鍵穴』のように組み合わさり、ホルモン分子が一定量を超えたときに発光するスイッチが入るのです」

このようなバクテリア間における情報伝達は、なにもビブリオ・フィシェリに特有のものではなく、バクテリア全般に見られる一般的なコミュニケーション方法だと、ボニーは言う。
「つまり、バクテリアは互いに”おしゃべり”できるのです」
その”おしゃべり”は専門用語で「クオラムセンシング(quorum sensing)」というのだそうだ。
「バクテリアは化学物質で投票をおこない、投票は受容器で計測され、皆がその投票に反応するのです」
○社会的行動
ところでなぜ、ビブリオ・フィシェリは少数のときには発光しないのだろうか。
その理由は、光を「毒」に置き換えてみると理解しやすい。たとえば人間の体内に、毒性のあるバクテリアが侵入したとき、それが少数であるとき我々は何の影響も受けない。我々はとてつもなく巨大で、バクテリアはあまりにも小さいからだ。
ボニーは言う。「たかだか数個のバクテリアが体内に侵入したくらいでは、毒素を分泌しはじめることはありません。あなたは巨大ですから。だからバクテリアは待ちます。分裂して増殖し、例の分子で”おしゃべり”をしながら自分たちの数を数え、ある一定数を超えたことを知ってはじめて、一斉攻撃にうつるのです。毒性が十分に高まっていれば、巨大な宿主を倒すこともできるのです」
一つひとつは弱く小さいバクテリアでも、化学物質という言葉をつかって社会的行動(social behaviors)をすることで、驚くべき力を発揮することができるのだ。
しかし悪さばかりをするわけではない。われわれ人間の体内・体外には、自分の細胞数のおよそ10倍のバクテリアが付着している(1兆個のヒト細胞に対して、10兆個のバクテリア)。遺伝子の量で比較すれば、ヒト遺伝子3万個に対して、その約100倍のバクテリアの遺伝子が存在することになる。
ボニーは言う。「あなたはせいぜい10%か、あるいは1%だけが人間なわけです。あなたは自分をヒトだと思っているでしょうが、90〜99%はバクテリアなんです。バクテリアはただあなたに乗っかっているだけではありません。彼らは信じられないくらい重要で、あなたを生かしているのです。バクテリアは目に見えない鎧で周囲の攻撃をはねのけ、私たちの健康を維持しています。われわれの食物を消化してくれ、ビタミンをつくり、免疫系を教育して悪いバクテリアを排除してくれるのです」

皮膚の顕微鏡写真をみると、じつに雑多なバクテリアがそこに棲息していることがわかる。バクテリアは通常、何百何千という種類がごちゃ混ぜになって生活しているのである。
「そこで考えたのは、もしバクテリアが単に同類だけを数えていては不十分だろうということです。そこで調べてわかったのは、バクテリアは多言語を話す(multilingual)ということでした。つまりバクテリアは『自分』がいくついるかと同時に『自分以外』がいくついるかも数えられるのです」とボニー。
バクテリアの言語(化学物質)には、細菌のエスペラント語(the bacterial Esperanto)とも言うべき共通言語が存在し、それを用いて種の異なるバクテリア間でもコミュニケーションがはかれるのだという。彼らは顕微鏡で見なければ見えないほど微小な存在でありながら、決して「社会性のない隠者(asocial reclusie organisms)」ではない。むしろ種を問わず活発に”おしゃべり”をする社交家たちなのである。

○抗生物質
バクテリアの言語を理解したボニーは、それを実用化するアイディアを思いついた。
「もしバクテリアが互いに話したり聞いたりできなくしたらどうなるのか? 新しい種類の抗生物質(antibiotics)になるのではないか?」
現在の一般的な抗生物質は、バクテリア(細菌)を殺すことを主にしている。その細胞膜を攻撃するかDNAを複製できなくするか。しかし、その手法は今、最悪の事態を引き起こしてしまっている。
ボニーは言う。「伝統的な抗生剤はバクテリアを殺しつづけた結果、恐ろしく強い耐性菌だけが生き残ってしまいました。私たちは現在、世界規模の感染症(infection diseases)の問題に直面しています。われわれの抗生物質が底をついてきているのです」
ボニーが考えたのは、バクテリアを殺すことではなく、そのコミュニケーションを邪魔すること。そして、自分たちの数をわからなくして、毒性を発動させるタイミングを与えないことだった。
「標的は種族間のコミュニケーションです。実際の分子に似ていて、少し違ったものをつくります。この偽の物質はバクテリアの受容器(receptor)に結合して、本物の分子の認識を妨害するんです」とボニー。
先に、バクテリア間の”おしゃべり”を専門的には「クオラムセンシング(quorum sensing)」ということを述べたが、ボニーのつくったのは抗生物質ではなく「抗クオラムセンシング剤」と呼べるものであった。
ボニーは言う。「多剤耐性の病原性細菌にかかった動物を、抗生物質と同時に『抗クオラムセンシング剤(anti-quorum sensing molecules)』で治療すると、実際のところ動物は生き残るのです」

○「抗(anti-)」から「向(pro-)」へ
「バクテリアは何十億年も前から地球にいますが、人間はまだ数十万年です。地球上の行動ルールはバクテリアが決めたものです。もし我々がバクテリアからその原理と法則を発見することができれば、ヒトの病気にも応用できるのです。研究ははじまったばかりです。すべてのアイディアは、原始的な生物のつくったシンプルなシステムの中にあると思います」
ボニーは続ける。
「私たちは善良で素晴らしいバクテリアのために『向クオラムセンシング分子(pro-quorum sensing molecules)』をつくっています。思い出してください、あなた自身の10倍のバクテリアがあなたに付着していることを。あなたの健康を維持するために。私たちがやろうとしていることは、私たちと共生しているバクテリアとさらに会話して、私たちがして欲しいことを彼らにやってもらうことなのです」
(了)
出展:TED talks
ボニー・バスラー(Bonnie Bassler)
「細菌はどうやってコミュニケーションするのか(How bacteria “talk”)」
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