ヨーガの里にて 〜壺中の水〜 [中村天風] その1からの「つづき」
■打坐
まことに荘厳な夜明けである。
暗い帳(とばり)のなか、巨大な鉄(くろがね)を伏したようだったヒマラヤの山々は、その東天から、ほんのりと明るみが射しはじめる。
山々の上部に先鞭をつける日の出の陽光。濃いエンジ色のそれは、あまりにも神秘的であった。
山あい深いヨーガの里には、濃い朝靄が立ち込めていた。
生い茂ったシダや沙羅双樹。鬱蒼とした森の奥からは、鳥の鋭い鳴き声が聞こえている。
その清澄な空気のなか、三々五々、ヨギたちが川のほとりに姿を現わす。
<冷たい…>
冷たいというよりも痛い。
川の浅瀬に身を沈めた三郎は、思わず身震いをした。
ほかのヨギたちは、なにくわぬ顔のまま、霊山からの川水にヘソまで浸かっている。
川のなかでの坐禅。打坐(ダーラナ)といわれる行である。
半ば水中に没した手には、仏像のような印(親指と人差し指でつくる小さな丸)がつくられている。
しかし、冷たい。
南国とは思えぬ水の冷たさだ。ヒマラヤの高峰から直接、釣瓶落としに流れ落ちてきた山水は、氷水のようであった。
三郎は全身に力を入れて、懸命に耐えていた。ただ願うのは、はやくこの行が終わってくれることだけだった。
■制感
肉体に受ける刺激は、心を動かす。
ヨガでは、心を動かされぬよう感情を制する(制感・プラトヤハラ)。
初心の者はまず、川の水から受ける痛いまでの冷たさを、どこかへ転ぜねばならない。
たとえば、両眼をよせて鼻の頂点をジッと凝視してみるとか、あるいは舌の先に全神経を集中してみたり。そうして心をどこか一処に集中し、一心という状態をつくりだす。それはいずれ、無心の境とされる三昧(さんまい)へとつながっていく。
のちにヨガを習得したあとの三郎は、こう語っている。
「海辺には、男波女波が絶え間なく押し寄せています。これと同じように、われわれ人間の心にも、好むと好まざるとを問わず、また気づくと気づかぬとを問わず、感情や感覚からの刺激が押し寄せて参ります。
この感情や感覚から受ける影響をそのまま放っておくと、しまいには、わずかな感情の動きが、必要以上に心に大きく伝わって、その結果、忍べば忍べるような刺激であるにもかかわらず、もう、打ちのめされたような惨めな状態を自ら招くことになります。もう些細な感情の動き、あるでしょう、心配だ、不安だ、とねぇ。あるいは憎らしいとか、腹を立てたりで、それは忙しいこってす。
そこで、制感(プラトヤハラ)というものが必要になってくるんだが、これができてくると、5の刺激は5、それ以上のものになって心には伝わらない。ところが、5ぐらいの刺激が、10にも100にもなって心に伝わると、もう周章狼狽。もっとも、それで済めばまだしも、それが度重なると、しまいには身体まで壊してしまうことになる。
しかし、制感(プラトヤハラ)ができている人は、たとえ50くらいの大きな衝動が押し寄せても、心には5か1くらいにしか伝わらない。ですから、けっして周囲の状況に左右されるようなことがないんであります。
この方法はですね、私が35の時に、遠くヒマラヤの麓で、2年7ヶ月におよぶ難行苦行の結果、ようやく得られた貴重な方法なんであります。あちらでは、これをクンバハカと言っていますがね…」
たとえ肉体が苦痛を訴えても、心の方がそれを相手にしなければ、苦痛も和らぐ。
しかし困ったことに、心は何かを相手にしていなければ気が済まぬ。「冷たい」と思えばそれに、「早くやめたい」と思えばそれに心が囚われる。それを思わぬようにと思えば思うほど、逆にそれを相手にすることになり、ますます心は乱される。
ゆえに心を統御する基本は、波騒ぐ心そのものには手をつけず、むしろ放っておいて他に転ずるということになる。
とはいえ、その時の三郎にとっては初めての行。
<早く終わらないかな…>
心はその一念。それは集中されたものではなく、千々に乱れた心の末であった。
<鯉かな?>
ふと、三郎は膝頭を何かを感じた。そっと目を開いてみると、大きな魚が口先で三郎の足をつついている。
このヨーガの里の人々は魚を食べる習慣がない。そのため、魚も人を恐れなかった。
そうして30分ほども経ったであろうか。
周りにいたヨギたちは、一人また一人と川を去っていく。
ようやく、朝の行は終わったようだった。
■馬
陽がすっかり昇ってしまうと、ヨギたちは山での行へと向かっていった。
ヨギの出払った里は、まことにのどかなものである。残っているのは老人や女子供ばかり。三郎は大きな菩提樹の下で、どんどん強くなる陽射しを避けながら、吹き抜ける涼風をたのしんでいた。
眼下にみえる広場では、裸んぼうの子供たちが無邪気にリスを追いかけている。
すると一人の男の子が、草を食んでいた馬の後脚にしがみつくのが見えた。
「危ない!」
思わず三郎は大声をあげた。
「何がだ?」
すぐ隣りに座っていた老爺は、少し驚いて三郎を見た。
「あの子供だ! 馬に蹴られるぞ!」
三郎は必死だった。
しかし老爺はのんきなもので、「せっかく遊んでいるんだ。あのままにしておけ」と少しもあわてない。馬は人を蹴らない、とまで言うのである。
三郎には信じられなかった。馬の後ろ脚になどまとわりつこうものなら、即座に蹴り飛ばされる。少なくとも日本ではそうだった。
そう老爺に話すと、そのことの方が老爺には信じられぬらしく、「そういう馬は猛獣なのか?」と逆に聞いてくる。老爺は「分からぬ」とばかりに首を左右に振っている。
しまいには「お前が行って確かめてみろ。馬は何もしないから」と三郎に言ってくる。
では、と三郎は恐る恐る馬の後ろに回り、後脚をひっぱってみた。
すると老爺の言う通り、馬はどこ吹く風とばかり、無心に草を食み続けている。
老爺は笑って言った。「何もしないだろう、馬なんだから。お前の国では馬をいじめているのではないか? 動物は可愛がっていれば、人間に害など与えないよ」
なるほど、と三郎は妙に得心した。
そういえば今朝も、川の魚が手で触れるほどであった。
このヨーガの里には、人を恐れる生き物などいないようであった。
■月夜
西の陽が沈んだ。
暗くなれば寝る。それが普段であったが、今宵は満月。
村では夜通し、踊りを楽しむことになっていた。
村人たちは、男も女も、老人も子供も、皆いそいそと広場に集まった。
若いヨギが高らかにラッパを鳴らすと、ホラ貝、太鼓、横笛がそれに続く。夜のしじまは一気に破られた。
賑やかな踊りの夜がはじまった。普段からほとんど裸の男女は、月明かりに照らされ、より艶かしい。軽快なリズムに、豊満な乳房と尻が揺れていた。
「お前の修業がはじまった日が、ちょうど満月だというのは、ずいぶん幸先がよいぞ」
老爺は言った。手にした粟汁(マルワ)を飲んでいる。少し酒気があるようだ。
三郎はもともと酒を好まなかった。そのかわりにカレーライスをつまんでいた。これは普段は食べられない御馳走である。三郎にとっては米を食べられるのが何より懐かしく、嬉しかった。
里の周囲には水田もあった。だが、ヨギたちは米を好まなかった。米を毎日食べると身体が弱くなると言うのである。彼らにとっての米は、日常品(布や真鍮の器など)と交換する作物にすぎなかった。
踊りも極まっていくと、仲のよい男女らはそっと場を離れた。そして堂々と性の営みがはじまった。人がいようと子供が見ていようと、いっこうに頓着しなかった。
性に対して、彼らは極めて自然であった。そこに卑猥さは微塵もない。ただただ神聖であった。絶対平和の境がそこにはあった。
キリスト教や儒教が禁欲的であるのに対して、ヨーガ哲学は、天から与えられたものを決して否定することがなかった。すべてを肯定した上で、それを統御していくというのが道であった。
■断崖
朝の坐禅、打坐(ダーラナ)は三郎の日課になっていた。
そしてやがて、三郎にも山の行が課されることになった。
カリアッパ師は毎日、ロバに乗って山行に励むヨギたちを見てまわる。三郎はそれについて行くことになった。
山は深かった。
屹立した底知れぬ谷。ためしに石を落としてみると、石は音もなく暗闇に吸い込まれていった。そんな危険な場所も、簡単な吊り橋がかけられているのみ。大きな荷を背負っていると、恐ろしく揺れる。
谷を抜けると、こんどは岩壁が顔の真横にまで迫ってきた。もう片側は急行直下、断崖である。三郎の足は思わず止まった。極めて狭い、危険きわまりない小径である。
<もし師のロバが、つまずきでもしたら…>
そんな三郎の懸念をよそに、カリアッパ師はゆらゆらとロバの揺れに身を任せて進んでいく。
師は、「小径がそれまでと同じ幅ならば、進むのに支障はない。崖が遠くにあろうと近くにあろうと関係ない」と飄然としていた。「だいいち、ロバがつまずいたことは今まで一度もない。なぜ、ロバがここでわざわざ、つまずかなければならぬのか?」と三郎に言うのであった。
師の心には、取り越し苦労などまるでないかのようであった。それがヨーガをして、心の使い方の哲学といわしめる由縁であろうか。
しかし三郎のほうは、そうはいかぬ。
足下の崖を目にして「落ちては大変」と、必要以上に岩肌に身をこすりつけながら進んでいった。恐怖という本能が、三郎にそうさせたのであった。
のちに三郎は、そうした恐怖心を「不要残留心」と達観することになる。すなわち、そうした恐怖は原始の時代に必要だったもので、それから幾億年も経った今の平和な時代には不要なものであるというのである。
しかし、その本能ばかりは今も根強く心の奥底に住み着いているのであった。
■滝
崖を抜けると、あとは快適だった。
道端には桜草が一面に群生している。
ふと遠くから、滝の音が近づいてきた。音はどんどんと大きくなり、かなりの大滝であることがうかがわれた。
その間近にまで来ると、凄まじいばかりの轟音が三郎の耳を聾にした。滝壺から舞い上がる飛沫は、水煙から霞となって辺りをおおっていた。
カリアッパ師は、三郎の耳元にまで口をよせて大声で言った。
「夕方ちかくに迎えにくるから、それまでここで坐っていなさい。何を考えていてもよろしい。お前の好きな心配事でも何でもよい。思うままのことを心に浮かべていくことだ」
師の大きな声でも、やっと聞き取れるほどであった。大滝の大音声は、座った大岩をブルブルと震わしているようにも感じられた。
「飽きたら目を開けてもいい。その辺を歩くのもよかろう。でも遠くへ行ってはいけない。豹や蛇が出るといけないからな。この辺の蛇は大きいぞ」
のちに探検家のチャンドラ・ダスは、この滝のことを「その場から去っても3時間は耳が麻痺して、何も聞こえなかった」と書き記している。
この大滝はゼム氷河の末端にあった。ヨーガの里を支える高峰カンチェンジュンガの周囲には、名前をもつ氷河だけでも30はあった。そうした大小無数の氷河のうちでもゼム氷河は世界最大級といわれ、全長36kmにも及ぶ一枚氷河であった。
三郎の今いる標高は200mあまり。そこから一気に8,000m峰の山々が天に伸びている。その滝の長大さも推して知るべしである。
■叱責
滝の爆音のなか、ひとり瞑想の日々。
朝夕の往復は、いつもカリアッパ師が一緒であった。
「今日は、いい天気になったね」
ロバの上から、師は三郎に話しかけた。
ところが浮かぬ顔の三郎、「はぁ…、でも頭が重くてかないません」と歯切れが悪い。いつも三郎はこの調子であった。病は小康状態とはいえ、病身に山路はきつかった。
いつもの師は、三郎の愚痴に付き合うことはなかった。だが、この日は違った。
「お前が病人なのは、言われなくとも分かっている。私は身体のことなど聞いてはいない。お前の気分を聞いているのだ。こんなに気持ちのいい朝ではないか。『本当に気持ちがいいですね』とでも言ったらどうだ?」
確かに、頭上には雲一つない青空が広がっている。
それでも三郎は「でも…、身体の具合が悪くで、そういう気分にもなれないんです。天気がよくても、気分のほうは少しもよくないのですから」と相変わらずである。
「愚か者!」
師の叱咤がとんだ。
「病んでいるのは身体のほうであろう。心ではない。身体が悪いからといって、心まで病ます必要がどこにあるのだ。いいか、病は病、苦しみは苦しみだ。そういう時こそ、それをより良い方へと引っ張ってくれるのが心ではないのか?」
三郎に返す言葉はない。
師は続ける。「私は毎朝、お前の気分を聞いてきた。それはそのうち、まともな返事が返ってくるのを内心楽しみにしていたからだ。ところがお前の口からは、いつまでたっても情けない言葉しか出てこない」
「…」
「お前は考えなくていいことばかりを考えている。早い話、飛び込まなくてもいい濁り水に、自ら勝手に飛び込んでいるのだ。こっちを見れば美しい花園があるのに、お前は墓場のほうばかりを見ている。この世はすべて寂しい墓場ばかりだと思い込んでいる」
「…」
「幸不幸は、心の向け方一つで決まるものなのだ。なぜ、お前は心を花の咲いている方へと向けない? お前に墓場のほうを向けさせている”もう一人のお前”がいることに気づかないのか?」
<もう一人のお前?>
三郎には何がなんだかサッパリわからなかった。
師は、さらに続けた。
「おいおい分かってくるだろう。お前の心の中には、お前をそうやって悲観的にさせている”もう一人のお前”がいるのだ。とにかく、明日の朝からは『気分がいい』とか『元気です』とか、人を爽やかにさせる言葉だけを使いなさい。どんなに身体が悪くとも、自分の命を汚すような言葉は断じて使ってはならない」
■軽蔑
翌朝、師は三郎に声をかけた。
「今日の気分はどうかな?」
「はい、いい気分です」
三郎は仕方なしに、そう答えた。表情の晴れぬままに。
「それは結構」
師は微笑みながらうなずいた。
滝の瞑想で、三郎は一つ気づいたことがあった。
それは自分の心のなかに潜んでいた「未開の民族に対する軽蔑心」である。三郎はカリアッパ師を尊敬しながらも、どこかで軽蔑していた。たとえ師が偉大な長(おさ)であろうと、それは古代人のような暮らしをする村でのことだ、と心のどこかで思っていたのである。
実際、ヨーガの里では、男は腰布一枚、女は裸同然。食うものは鳥のエサのようなものばかりで、夜にはランプもなくただ寝るだけ。それは日本の文明開化と比べれば、ずっと遅れた、程度の低い人間たちのように思われた。
悶々としたまま村へ帰ると、なにやら怒声が聞こえてくる。
2人の若いヨギが互いを罵りながら、つかみ合ったり、蹴飛ばしたりの大喧嘩をしていた。いつもは平和な村なだけに、三郎には信じられぬ光景に思われた。
その大喧嘩をチラと見たカリアッパ師、そのまま自分の家へと帰ってしまった。あわてて三郎は、「止めなくてもよろしいのですか?」と聞いたものの、師は「構わぬ。放っておきなさい」と事もなげに言う。「陽が沈めば収まる」というのである。
やがて陽は落ち、夕闇が迫ってきた。
するとどうだ、師の言うとおり、2人は喧嘩をやめて仲直りしてしまった。
三郎は呆気にとられるばかりであった。あれほど敵意むきだしだった2人の怒りが、ウソのように消えてしまったのだから。
翌朝、師は三郎にその訳を話してきかせた。
「夜になればマナ(悪魔)が飛ぶようになる。だから喧嘩をやめたのだ。夜というのはマナが支配する世界なのだ。そのマナに魂を奪われては大変だからな」
それを聞きながら、三郎はどうしても彼らに「文化の遅れた民族」という軽蔑を抱かずにはいられなかった。まったく科学的でない、と三郎はどうしても冷笑を禁じえなかった。
■潜在意識
三郎にとって当面の問題は「もう一人の自分」ということだった。どうしても墓場のほうを向いてしまう悲観的な自分の正体をどうしても知りたかった。だから、マナ(悪魔)だとかいう村の迷信めいたものには興味はなかった。
しかし面白いことに、その2つは同根異葉の関係にあった。
三郎が瞑想にはげんでいたちょうど同じ頃、西洋ではフロイトという人物が深層心理学を完成させていた。彼に言わせれば、”もう一人の自分”も”マナ”も「潜在意識」という一言におさまることになる。
アメリカの詩人、ホイットマンはこう詠っている。
「彼が見た最初のもの、そのものに彼はなった」
暗示というものは、知らぬまにその人を形づくる。
そうした潜在意識しだいで、自分という存在は意識しているのとは別者になってしまう。たとえば三郎の場合、結核という病を治したいと”意識”していながら、その裏の潜在意識(もう一人の自分)は、ずっと墓場のほうを向いていた。
マナ(悪魔)というものも然り。カリアッパ師はこう言っている。「もし心の中に怒りや悲しみ、それに怖れや憎しみもそうだが、そういう妙なものを湧かせると、マナ(悪魔)がすぐ心の中に飛び込んでくる。同気、相引くで、同じ仲間同士はすぐに結び合う。夜になったら、どんなことがあっても怒ったり悲しんだりというようなマナ(悪魔)の心を自分の心の中に置いてはいけないのだ」
暗示というのは、昼間よりも夜のほうがかかりやすい。つまりヨーガの哲学がいうように、夜、悲観的なまま寝るよりも、打坐(ダーラナ)などで潜在意識を浄化してから寝たほうが、ずっと身体に良いことになる。
「夜はマナ(悪魔)が出るから」と言うと、いかにも原始的かつ非科学的である。だが実際のところ、当時の精神科学に照らし合わせれば最先端の内容だったのである。
一方、医師であり科学的であったはずの三郎は、夜な夜な寝入りばなには良からぬことばかりに心を悩ませていた。もう一人の自分、すなわち潜在意識は心も身体も三郎の病を重くしていたのである。
■犬
村に、小さな子犬がいた。
その子犬は三郎に戯れて離れなかった。
師は言った。
「よく教われよ」
三郎は怪訝に思った。犬に芸でも教えろというのなら分かる。だが、自分が犬に教わることなど何もないはずだ。
三郎は少々気色ばんで言った。
「犬から何を教われというのですか?」
師はこう答えた。
「生きる道だ。お前はこの犬の半分も完全な生き方をしていない。お前の生き方は、間違いだらけもいいところだ」
そうまで言われ、三郎は口惜しさを耐えるのに必死であった。自分が犬畜生に劣るなどとは考えたこともない。
師は構わずに続ける。
「お前は文明の国アメリカで医学を学んだそうだな。だが、そのお前がどうして自分の病を治せないのだ? おかしいではないか」
三郎は猛然と反論した。
「結核という病は、現在の医学ではまったく治せないのです。だから、自分が医者であろうが関係ないのです」
師は静かに言う。
「ここは文明の匂いもしない山奥だ。だが、我々はみだりに病になどかからない。それなのになぜ、知識も技術もある文明国では、お前のような若者までが病にかかるのだ? ましてや人の病を治さなければならぬ医者であるなら、他の人よりも病にかかりにくいはずだ」
なんという正論であろうか。しかし、それは三郎が今まで考えたこともない論理であった。知識階級(インテリ)は身体がひ弱なものだと勝手に思い込んでいた。
「ちょっと、その犬を貸してごらん」
師はそう言うと、テーブルの上に子犬を押さえ込み、小さなハサミで前足を軽くチョキンと切った。
なんと乱暴なことをするのか。三郎は自分の目を疑った。キャンキャン泣き叫ぶ子犬の前足からは、血がポタポタと滴り落ちている。
「今度はお前の番だ」
「えっ?」、三郎は身を引いた。
「さあ早く、手を出して」
観念した三郎は、右手をそっと差し出した。師は皮膚を少しつまみ上げると、子犬と同様、ハサミでちょきんと切った。
「さあ、どっちが早いか? 治りっこだ」
師はそう言った。
しかし、三郎は自分の傷口のことが気が気でなかった。
<化膿でもしたら大変だ。消毒液もなければ傷薬もない…>
■心と肉体
それから一週間
三郎は子犬を抱いてカリアッパ師のもとを訪れた。
まず師は、子犬の傷口を見た。
「おぉ、きれいに塞がっている。さて、お前はどうだ?」
三郎の傷口は、三郎が心配していたとおりに化膿しかけていた。
師は言った、「お前の負けだな」。
「そりゃ無理ですよ。犬ですから」
三郎がそう言うと、師はこうたずねた。
「ほう。どうして犬なら人間よりも早く治るのだ?」
三郎は言葉に詰まった。犬が早く治るのは当たり前だと言いかけて、なぜ当たり前なのか自分でわからなくなっていた。
「その理由はな、ただ一つ。心の中にあるのだ」
師は続ける。「この一週間、お前は傷口を気にしてばかりいただろう。しかし犬はな、切られた時に痛がっただけで、あとはもう忘れていたのだ。ところがお前は、心配という負担を心にかけ放しだったろう。毎日、神経を過敏にして傷口や病を気にしていたら、治る病も治らないし、傷口だって塞がらない。病を治したかったら、この犬のように悪いことは忘れてしまうことだ」
まったくその通りだった。実際に三郎も医者として、神経質な病人ほど治りが遅いということを体験的に実感していた。
「少しは見当がついたかな。では今日は、私がエジプトのカイロで初めてお前に会った時に言った言葉、『大事なことに気づいていない。それに気づけば死なずにすむ』、そのことを少し教えてやろう」
三郎の目は輝いた。それを聞きたいがためだけに、こんな山奥にまでついて来たのだった。
師は言う。「お前が見てのとおり、この村では誰もが肉体の完全な強さを発揮している。心の方とて皆安らかである。むやみに肉体を案ずることもなければ、過ぎた欲望も持っていない。心と体も、ともに大切にして生きている。だからこそ丈夫でいられるし、また幸せでもある」
「ところが文明の国の人間は、そうした生き方ができずにいる。だから、”生命を守ってくれる力”が出てくれないのだ。病にもかかりやすく、かかったら治りにくい。お前もそうだ。朝から晩まで、やれ熱がある、やれ苦しいのと、それがお前の生命にとってどれだけ大きな負担になっていることか。その大事なことをお前は少しも考えていないのだ。だから、病が治らないのだ」
■生命力
生命を守ってくれる力
それが出てくれれば、病が治る。
しかし、それは何だ?
目には見えない。科学的な三郎は、電気エネルギーのことを思った。目に見えずとも電気は機械を動かす力となっている。きっと人間の心臓を動かしているのも、そうした目に見えないエネルギーなのだろう。それを生命力と呼んでもいい。
じゃあ、自然治癒力のような生命力の強さは、何によって決まるのか?
それが「心の状態」なのではなかろうか。師も言っていた、「少しは心のことも考えてやったらどうだ?」と。
そのとき、三郎はこう反論していた、「それはずっと考えています」と。しかし師はこう言った、「お前の言う心というのは、熱は上がりはしないか、息苦しくなるんではないかと、体を心配するほうの心ではないのか?」と。
しかしなぜ、人間は生命力を損なうような心の使い方をするのであろうか?
この疑問が、のちに三郎を「不要な残留心」という考え方に導いた。大昔の人類には、一時的に怒ったりして、その場の危機を回避する必要もあったのだ。生命力を削ってまでも。しかし現在、それほどの必要はない。それでも盲腸やシッポの骨のように、いまだ残っているものなのである。
つまり、そうした生命力を損ねる感情にとらわれる人間は、進化が足らぬということになる。
それは文化文明の国に暮らそうが、未開の山奥に住もうが、まるで関係のないことであった。それは外的なものではなく、内面的なものなのだから。
この点、ヨーガという哲学は何千年もの歴史をかけて、そうした心の進化を目指してきたことになる。
このヨーガの里にしても然り。
なぜなら、たとえばランプなどは近くの都市ダージリンにいくらでもある。それでもヨギたちは、あえて古来のあり方をできるかぎり踏襲しようとしているのである。心を制するということが、何よりも優先されているのであった。
そうした意識のなかった三郎が病に冒されるのは、ある意味自然な成り行きであった。その心はまったく制御されていなかったのだから。
それでも、三郎はそのことにいずれ気がついていく。この点、彼はまったくの幸せ者であった。
■命題
「まったく、お前は幸せな人間だな」
ロバの上から、カリアッパ師は話しかけてきた。
「えっ? …私のことですか?」
三郎は思わず聞き返した。しかし解せぬ。三郎は自分を幸せだとは思っていなかった。なにより、不治の病で死にそうになっているのだから。
三郎は少し反抗的に答えた。
「分かりません。いつ死んでしまうか分からない人間が、どうして幸せと言えるのですか?」
「馬鹿者!」
師の一喝が飛んできた。
「病のことは忘れろ、と言われたばかりではなかったか?」
「第一お前は、その病があればこそ、ここへ来られたのだろう。それを思えば、病はお前にとって恩人ではないか。それに、この村で修業することなど、この近くの者とてそうそう許されることではない。まして他国の人間であるお前が、こうして行をできているのだ。それを、ありがたいとは思わぬのか」
「…」
「お前は自分で医学博士などと言っているが、私の目からみたら、無学文盲の愚か者としか映らぬ。そのお前が、ここへ来てからは毎日少しずつ心が洗われ、目覚めていっている。それを考えたら、お前ほど幸せな人間はいないだろう」
近頃は、さすがの三郎にも分かりかけていた。
幸不幸というものが、文明や学歴いかんに関わるものではなく、心一つの置き所だということを。そして自分が、足らざるところばかりを追いかけて、満たされているところに目がいっていなかったことを。
「お前は、今ここに生きている」
師は、遠い山並みを眺めながら続けた。
「たとえ熱があろうと血を吐こうと、お前は生きている。造物主が、お前にお役目を果たさせようとしているからだ。いったいお前は、この世に何をしにきたのかが分かっているのか?」
「…」
「お前はその大事なお役目を放り出して、間違った道を歩んできたのだ。だからそんな病にもかかるのだ。それは慈悲深い造物主の思いやりだ。その生き方の間違いを正さんがために、お前に病をくだされたのだ」
なにかが三郎の心のなかで響いていた。
最後に師はこう言った。
「この世に何をしにきたのか? 今日からそれを考えるのだ。いつまでかかってもよい。毎日、滝壺の脇で考えるのだ」
そして師は、ロバとともに村へ帰っていった。
はじめて師が命題をくだされた。
何のために生まれたのか?
滝の轟音は、三郎の心を少しずつ清めていった。
<われ、いずこより来たりて、いずこへ行かんとす…>
屁理屈が静まり、厚い迷妄の壁が薄らいでいく。
いよいよ三郎に、魂の夜明けが迫ろうとしていた。
あの名峰カンチェンジュンガの荘厳な夜明けのごとく。
(つづく)
→ ヨーガの里にて 〜死者の復活〜 [中村天風] その3
出典:『ヨーガに生きる―中村天風とカリアッパ師の歩み
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