2013年10月24日

限界はあってこそ [点描アート]



フィルは「点描(pointillism)」を描くに秀でていた。


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しかし、長年、極小の点を打ち続けたすえ、手に震えがきてしまった。

彼は言う。「当時は、なにもかも終わったと思いました。芸術家になる夢が断たれたのです…」



まっすぐな線すらまともに引けない。完璧な丸だった”点”は、震えのせいでオタマジャクシような形になってしまう。

そうならぬよう、ペンを強く握れば握るほど、震えはどんどん悪化するばかり。そんな悪循環に陥ってしばらく、ついにはモノすら持てなくなった。



フィルは美術学校を退学。

医者にいくと、治る見込みのない神経障害であることが判った。

だが幸い、医者は前向きだった。

「”震え”とうまく付き合ってみては(why don't you just embrace the shake)?」と医者は勧めた。



家に戻ったフィルはさっそく試してみた。震えを無理に抑え込もうとするのではなく、”手の震えるにまかせて”絵を描いてみた。

求めていた絵とはもちろん違う。それは極小の点の集まりではなく、ぐにゃぐにゃの線の集まりだった。


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「それでも最高の気分でした」とフィルは振り返る。










■限界から



なるほど、極小の点にこだわらなくとも、ぐにゃぐにゃの線が集まれば、それはそれで”ある全体”を形作る。フィルは、そうした断片的なものが大きなイメージを形作るのが好きだった。

「手が震えるのなら、足で描いたら?」

絵の具に足をつっこんで、フィルはキャンバスの上を歩き回った。


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「角材でできた建造物に、バーナーでイメージを焼き付けたら?」

立体物に平面が浮き上がった。


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大きな素材で大きな作品をつくれば、手は痛まなかった。

フィルは言う。「このとき初めて、『限界(limitation)を受け入れても、創造力は高まる』って思えました」



喜び勇んだフィルは、画材屋にでかけると狂ったように画材を買いあさった。もっと画材があれば、もっといろんなことができると思った。既存の枠にとらわれない作品がつくれると思った。

「ところが、何時間たっても何も思い浮かばないのです(nothing came to mind)」



次の日も、そのまた次の日も同じだった。

大量の画材に囲まれたまま、フィルはスランプの暗闇に沈んでいった。

「わけが分かりませんでした。必要なものがすべてあるのに、創造性が消えてしまったのです…」






■枠



暗闇のなか、フィルは自分の”震える手(jittery hands)”を見つめていた。

「そうだ…、創造性を取り戻したいなら、枠にとらわれないように努力するのではなく、枠の中に戻らなければ(get back into the box)…!」



スランプの原因は、選択の幅が広がりすぎたせいだと気がついた。大量の画材による自由な選択が、逆にフィルの方向性を失わせてしまっていた。むしろ、震える手を甘受していた”不自由な自分”のほうが、じつはクリエイティブでいられたのだった。

そう得心したフィルは、その考えをもっと試してみることにした。

「制限(limitation)を課したほうが、創造性は高まるのだろうか?」



たとえば、「1ドル(約100円)の画材」だけで作品をつくるとしたら?

スターバックスというコーヒー店は、言えば余分にカップをくれることをフィルは知っていた。そこで思い切って50個ねだってみた。すると、すぐにくれた。

「持っていた鉛筆を使って、たった80セント(約80円)でこの作品をつくりました」


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フィルは確信した。

「限界を超えるためには、まず最初に限界が必要だったのです」

枠があればこそ、枠は越えられるのだった。そして、なにかを超えようとする時にこそ、創造力は湧出してくるようであった。

”手かせ”かと思われた手の震え。じつはそれは自由への一里塚だった。






■制限



「もし、自分の体にしか描けなかったら?」

フィルはキャンバスから離れ、自分の腹をそれとした。


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「筆ではなく、空手チョップだけで描くとしたら?」

手に絵の具をつけると、フィルはキャンバスへの”攻撃”をはじめた。


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「本気で叩いたので、小指にアザができて2週間も消えませんでした(笑)」


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「もし、作品のテーマを自分ではなく、他の人が考えるとしたら?」

フィルはみんなに電話して、「人生が変わった瞬間の話をしてほしい」と呼びかけた。そして聞いたみんなの話を”回転式のキャンバス”に書き取っていくと、新たな作品が生まれた。


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「もし、作品を破壊しなければならないとしたら?」

フィルはマッチを7,000本以上つかって、ジミ・ヘンドリックスをつくった。そして、点火した。


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彼はこの種の破壊アートを「さよならアート(Goodbye Art)」と呼んでたいそう気に入った。

はかなく消える素材(たとえば食べ物や凍らせたワイン)を画材としたり、歩道にチョークで描き、それを消えるにまかせた。


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■さよなら



「はじめから存在しないアートがあっとしたら?」

究極の「さよならアート」は、もはや完成品としては一度もこの世に存在しなかった。



テーブルにろうそくを並べたフィルは、”火をつけては消し”を何度も何度も繰り返す。その様子をビデオで撮影しておいて、あとで大きな画像として編集すると作品が現出した。


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フィルは言う。「最終的なイメージの全体を実際に見ることはできませんでした。存在する前に破壊されたのです」

”時間”という幻覚をたくみに利用したフィルは、存在しない作品までをも楽しんだ。まさに不生不滅。生まれもしないのだから滅することもなかった。



そうして彼のつくった「さよならアート」は23点あったというが、もちろん何も残っていない。そして、作品に「さよなら」と言うたびに、彼の確信は深まっていった。

フィルは言う。「それまで究極の制約と考えていたものは、実際には”究極の自由(ultimate liberation”でした」



「作品をつくるたびに破壊することで、私は”中立の状態(a neutral place)”に戻り、新鮮な気持ちで次の作品にとりかかれます。作品を壊して学んだのは”気にしないこと(to let go)”です。結果も失敗も、欠点も気にする必要がないのです」

もはや結果に左右されることがなくなったフィル。するとアイディアは止めどなく溢れ出てくるようにもなった。






■生きる技術



そうしてフィルは悟った。

「限界(limitation)は、創造性の泉(a source of creativity)である」と。



フィルは言う。

「それは、人生や生きる技術(life skill)に関係していたのです。私たちがしていることのほとんどは、手段が限られた枠の範囲内(inside the box)で行われています。そうした制限のなかで創造性を発揮する術を学ぶことは、全体として世界を変える最も確かな希望(the best hope)なのです」



他の人々にもそれを体感してもらおうと、フィルはバナナにタトゥー(入墨)を入れることを教えている。もちろん、できた芸術バナナにはいずれ「さよなら」を言わなければならない(言わなくとも、バナナは勝手に黒ずんでしまうだろうが)。







「制約のなかでは創造性を生かすのが難しいかもしれません」とフィルは言う。

「だから、”今を生きる(seize the day)”というかわりに毎日こう考えるのはどうでしょう。”制限を生きる(seize the limitation)”と」



(Applause)













(了)






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出典:TED Talks
「震えを受け入れる」フィル・ハンセン

posted by 四代目 at 06:32| Comment(0) | 芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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