カーリー・ヘアーのバイオリニスト
「葉加瀬太郎(はかせ・たろう)」45歳
バイオリンは4歳で習い始めたという。
「始めたキッカケが分かんないから、やめるキッカケが見つかんないんですよ」と本人は言う。
「記憶がある時からバイオリンが一緒なので、これがない人生はイメージができないんですよね。やっぱり恋人みたいな感覚があって、朝起きたらバイオリンのケースを開けたくなるのね、会いたくなるわけ」
そんな葉加瀬の、子供の頃の夢はNHK交響楽団のコンサート・マスター(バイオリンの首席奏者)になること。お小遣いをもらえば、クラシックのレコードを買い漁っていたという。
「クラシックのレコードを集めてたの、ずっと。僕が好きなのはアイザック・スターン、レナード・バーンスタイン…。そういう人たちの写真をちょうどパスケースの大きさでカッターで切ってですね、それを近くの文房具屋さんに行ってパウチしてもらうんですよ。そうすると、いわゆる『自作のブロマイド写真』ができるわけ」
そんな「生きにくい少年」だった葉加瀬太郎にとって、テレビなどで流れてくる歌謡曲を「音楽とは思えなかった」という。
「18歳までは、クラシック以外は音楽とは認めてなかったんだよね、なんか。だから、聖子ちゃんが出てくるテレビは聖子ちゃんが歌ってるもの、キョンキョンはキョンキョンなんだけど、それがクラシックと同じ音楽という括りにはなかったんです」
■爆音
正統派クラシックの道を歩み続けていた葉加瀬太郎。
その殻が弾けるのは18歳、大学に入ってからだった。
「パーンって扉が開いたのが、『ピストルズ』だったんですよ」
新入生の勧誘として軽音の人たちが演っていたという、セックス・ピストルズの「コピー」。
「してやられたんです(笑)。4人でバーンとデカい音出して、ガーンとやってて。その周りではもう何百人の学生が皆ワーってどんどんどんどん踊ってて、『カッコイイ…』って思った。『わぁ、これスゲェ』って」
それまでクラシックしか聞いてこなかった葉加瀬にとって、そのデカいだけの「爆音」は衝撃的だった。
「あれもうね、破壊だよね。破壊することで何かを創り出すみたいなことだと思うんだけど。若い時ってやっぱ爆音に憧れるでしょ」
そして、ふと思った。
「あれ…? 今までずっとやってきたクラシックだって、コピーっていうか、カバーしてるだけじゃん」
クラシックに憧れて、そして芸大にまで入学したにも関わらず、その途端にクラッシクへの疑問が生じてしまっていた。
「僕はだからクラッシクの道に進むっていうことに、もう疑問符がバッと出てきて」
■プロ
結局、東京芸大を中退することになる葉加瀬太郎。
芸大の仲間とユニットを組んだ『クライズラー&カンパニー』でプロ・デビュー(1990)。バイオリンとコンピューター・サウンドとの融合を試みた。
「いろいろやりましたよ。一番はじめにした仕事は忘れもしないけれども、マッチの近藤真彦さん。バーンッとバンドのストリングスとともに出て行って『ギンギラギンにさりげなく』。タタタタッタター、タタタタッタターですよ。ギンギラギンにさりげなくー、タタタタッタター」
1995年には世界の歌姫「セリーヌ・ディオン」との共演を果たす。シングルのレコーディングに参加。翌年にはワールド・ツアーのスペシャル・ゲストとして舞台を沸かせた。
セリーヌ・ディオンいわく、「タローは驚くほどの才能(amazing talent)を持っていて、彼のバイオリンは誰よりも個性的(like nobody else)。全身での表現力がスゴイんです(his body language is BIG)!」
■エンターテイナー
世界のセリーヌ・ディオンも認めた、ステージ上で葉加瀬太郎の魅せる「エンターテイナーぶり」。
彼のライブは「遊び心」にあふれている。『情熱大陸』の名曲をジュリアナ風ディスコ・ミュージックに仕立ててウフォ、ウフォやることもあれば、演奏だけでなく、観客を楽しませるための隠し芸やトークなども入念に用意。
バイオリンで「ひばり」の鳴き声を真似てみたり、それが受ければ「夜中の国道」と題した暴走族の奏でる音楽を模してみたり。そうした小技は、ライブのたびに睡眠時間を削って考え抜いているのだか。
たとえば、演奏合間のトークはこんな感じに。
「えー、今日は前半、僕の一番得意とする”おしゃべり”を封印して、皆様にはクラシックの中でも最も”激シブ”なバッハと、そしてブラームスという、言ってみれば”どクラシック”を楽しんでいただきました。
無理やりと言うか、半ば強引に楽しんでいただいたわけですが、皆さんいかがでしたでしょうか? あ、そうですか。ゆっくりお休みになられたということですね。おはようございます。
もう大丈夫でございますよ。もう堅っ苦しい曲はやりませんので」
いかにも熟(こな)れたトークであるが、じつはこれすべて、自分で書いた台本通りなのだという。
「じつは、ライブで話すことは一字一句ぜんぶ原稿かいて話すんです。それを全部あたまに入れて、で、それを『いかにもアドリブで話しているように』練習して」
というのも、葉加瀬はステージが得意でないという。
「怖いですね。やっぱり未だに舞台の上にのぼる前は、怖くて怖くてしょうがありません。人前に出てはしゃぐって、可笑しいでしょ(笑)。非日常に飛び込んでいくわけじゃないですか、あそこって」
「僕、本番5分前はいっつもなんですよ、『なんで今日ここで、こんなことしなくちゃならないんだろう。もぅ、家帰って風呂入って寝たいわぁ。なんでここ、なんでこんな仕事選んじゃったんだろ…?』って毎回思う」
「とにかく試行錯誤で。いっぺんロックみたいにやるしかねぇんだと、ロックのイェーイっていうのをライブ見て勉強して、バイオリン弾き終わったあとに『テメーら、オラー!』って。わけわかんないでしょ(笑)」
■賞味期限
「僕、自分で曲かいてる時いつも思うんですけど、『賞味期限の長い曲かきたいな』と思うのね」
その時にいいと思う曲を書くのはパッとできる、と葉加瀬はいうが、そうした曲が「残るか」と問えば、それは難しいと言う。
「2〜3年前くらいに自分のベスト・アルバムを出して、10年前のやつとか全部聴き返したとき、恥ずかしかったー(笑)。『もう、やめてー』みたいな、そういうのいっぱいあったんですよ」
「その年その年に刺激的な音色だったり、リズムのパターンだったり。メロディーにキラキラって入れたらとっても聴きやすくなる。だけど1〜2年経つと、そのキラキラはもう必要なくなるというか、『あぁ、入れちゃってたな、若いころ』みたいな」
「そういうのは極力なくしていく方向になるんだよね。洗練ていう言葉がいいのか、なにか無駄なものを取っていったりすると、音楽って確実に少しずつ『賞味期限が長くなる』と思うんですよ」
■回帰
一時、正統派クラシックの枠からひたすら飛び出そうとしてきたという葉加瀬太郎。
ところが今、ふたたびクラシックに回帰しているという。
「自分の音楽の旅はしてきたものの、子供のころに本当に好きだったクラシックの音楽を、10何年、20何年、ちょっと置き去りにしてた気がするんですよ」
「どうしても譲れない大好きな作曲家が一人いて、その人の音楽に僕はとくに高校生の時に没頭していたんです。人生でいろんな傷つくこととか悩むこととかあるじゃない、10代の頃って。そんな時に、彼の音楽が助けてくれたの、何度も何度も」
その作曲家の名は「ブラームス(Brahms)」。
バッハやベートーヴェンと並び、ドイツ音楽界の「3大B」と称される。
「自分がバイオリン弾きとして、これって一生弾かないのかなぁと思ったときがフッと来ちゃって」
ブラームスが遺した「バイオリン・ソナタ」は3曲。そのいずれの曲も、20世紀の大家と呼ばれる人たちが、幾多の名演を残している。
「僕はもうブラームス大好きですけど、なにも僕が弾く必要はないじゃない。何人かのバイオリニストのものを聴けば、それでいいじゃないですか」
ところが、40歳を前にして葉加瀬は思った。
「いや、ちょっと待てよ。人生は一回なんだよね。あれ〜?」
自分なりに納得のできるブラームスを演奏したい。
「今から取り組んだところで…、とりあえず60歳に目標を定めたんです」
■ブラームス
「まぁー、緻密なんですよ」
葉加瀬はブラームスの魅力を語る。
「ブラームスの楽譜というのは、ドラマとしてあまりにも緻密に書かれてるんですね。どこにも無駄がなくて。ベースがリズムを刻んで、ここでハーモニーをつくって、ここでメロディーをっていう単純な構造ではないんですよ。メロディーが隠れていたり、第一楽章で表れていたモチーフが、30分後にもういっぺん隠れていることもあるんですよ」
「それを謎解きして読み解いていくんですけど、去年わかんなかったことが、今年また分かるんです。で、それがどんどんどんどん出て来ちゃうんですよ」
「要するに、オレがオレがって弾く音楽じゃないんです。彼のつくった本を朗読しますっていうんですかね。もちろんオリジナリティは入らざるを得ませんよ、僕の声で読むんですから」
「僕の気持ちとしては、彼の手紙というか、彼の遺した本を読んでさしあげたいわけですよ。そういう気持ちで取り組むと、20年…でギリかな、みたいなね」
ブラームスの時代にも、もっともっと有名で、もっともっと人気のあった曲があったかもしれない。
それがなぜ、200年、300年と残る曲と、そうでない曲があるのか?
「それはやっぱりね、作り手が残そうと思って書いてるに違いないんだよね」と葉加瀬は言う。
ブラームスの自分なりの演奏を、20年かけて完成させたい。
その想いを胸に、バイオリンとの対話はこれからも続いていく…
(了)
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出典:SWITCHインタビュー
「葉加瀬太郎・宮藤官九郎」

