2013年08月24日

サンゴと数学。大人のための幼稚園



「サンゴの編み物」に夢中になったサイエンス・ライター

マーガレット・ワートハイム(Margaret Wertheim)

なぜ?



サンゴの編み物




「サンゴは毛糸で編む理由があるんです」

ワートハイムが言うには、大理石やブロンズでは「ひだひだのついたサンゴ独特の形(the frilly crenulated forms)」が作れないのだそうだ。

「サンゴの形は双極幾何(hyperbolic geometry)の具体例で、ああいった形は『かぎ編み』でしか作れないんです。他の方法ではほぼ不可能、コンピューターでもほぼ不可能です」



「数学的に」サンゴの形を再現するには、編み物(かぎ編み)しかない、とワートハイムは言う。

それは1997年、コーネル大学のタイミナ教授(Dr. Daina Taimina)がたどり着いた結論でもあった。






■ 0か1



サンゴなどに見られる「双曲幾何学」とは?

「双曲幾何学は19世紀の数学的大発見でしたが、1997年までは誰も模型をつくれませんでした」とワートハイムは言う。



空間を認識する考え方の一つである「双曲幾何学」。

その発見以前、空間の考え方は2種類しかなかった。「ユークリッド空間(Euclidean space)」と「球面空間(spherical space)」である。

ユークリッド空間とは「平面」、画用紙などのような二次元の世界。球面空間とはその名の通り、ビーチボールや地球のような球体である。



平面(ユークリッド空間)に「一つの点」と「一本の直線」が描かれていたとしたら、

その点を通り、直線には交わらない「別の直線」を何本ひけるか?

答えは「一本」。元あった線に平行な一本の直線、いわゆる「平行線」である。



ユークリッド空間




では、それが球面ならば?

平面と同じように、球面に「一つの点」と「一本の直線」がある。点を通る新たな直線は何本ひけるか?

ここで数学者の考える直線とは「測地線(a geodesic)」という概念。それは球体表面に描ける「最大の円」、地球でいえば赤道や経線がそれに当たる(円の中心と球の中心が一致)。



さて、そんな線は球面上に何本ひけるのか?

答えは「ゼロ」。



球面空間




すなわち、双曲幾何学が発見されるその前、2つしかなかった空間(平面と球体)において、それぞれの出す答えは「0か1」。

そのコンピューター的な解答が、その全てであった。






■第三の答え



「数学者は昔、こうした問題の答えは『0か1』だけだと思っていました。ところが、そこに『第三の答え(the third ortanative)』が登場したんです」とワートハイムは言う。

0、1と来て、次に「数学的に来るもの」といえば…

「そう。『無限大(infinity)』です」



その第三の答えを出した空間が、サンゴなどの形作る「双曲空間」。

その図形上において、ある一点を通り、元あった直線に交わらない線は「無数」に引ける。



双曲空間




「これのどこが『直線』なのか?」

平面上にそれを表現してしまうと、「曲線」にしか見えない。

そこで必要とされたのが、双曲空間を現す「模型」であった。たとえば、平面しか知らない人にも、ビーチボールを手渡せば球面空間というものを体感できる。もし双曲空間の模型があれば、人は理解するはずであった。



「まさにそれが1997年にタイミナ教授がしたことです。彼女は『手編みの毛糸』で双曲空間が作れることを発見したのです」とワートハイムは言う。

タイミナ教授は最初、棒針を使ったが、あまりにも目が多すぎるために「かぎ針(crochet)」が適していると気がついた。



ちなみにそれまで、双曲空間の構造を再現するのは「不可能」と考えられていた。最高の数学者たちが何百時間と費やして挑み、格闘し、敗れてきたからであった。

そんな数学的不可能を、タイミナ教授は「女性の手芸(femine handicraft)」で証明してみせたのである。

「数学で最も名高い『平行線公準(parallel postulate)』が間違っていることを、タイミナ教授は女性による手芸、毛糸で証明しました(笑)」



双曲空間の発見は、のちに「非ユークリッド幾何学(non-Euclidean geometry)」という数学の一分野をもたらし、それは一般相対性理論(general relativity)へと発展していくことになる。

つまり、女性による手芸が「宇宙の形がどうなっているか」へと直結していったのであった。










■固定観念



平行線公準に囚われていた数学者たちが何と言おうとも、地球上にはその公準を完全に無視した生物たちが、何億年も前から地球上には存在していた。

サンゴしかり、海藻しかり、ウミウシしかり…。








「なぜ、数学者たちはこうした構造がこの世にあり得ないと思っていたのでしょうか?」

ワートハイムは、固定観念に縛られていた数学者たちを揶揄する。

「彼らの解答は面白くて、『ウミウシをじっと観察する数学者は少ないからではないか』と言われました。もっともな意見ですが、彼らはウミウシどころか『レタス』すら見ていませんでした。レタスのような『ひだ状になっている野菜(curly vegetables)』も双曲幾何の具体例ですからね」



自然界に目を向ければ、そこは「双曲線の神秘(hyperbolic wonders)」に満ちている。

それを「かぎ針」で編めば、自然界の双曲生物たちを無限に作ることができる。

最初は「単純かつ規則的な編み方」、3回編んで一目増やすという「3目増やし目パターン」で編んでいたというワートハイムも、その型を破ると、サンゴの編み物がより自然な形になることに気がついた。



「こうして手編みサンゴは進化し続けています」とワートハイムは言う。

「生物の進化に終わりがないように、編み方のアレンジが突然変異のように『新種の毛糸サンゴ』を次々と生み出したのです」

彼女の織りなすサンゴは、成長し続ける生命体(ever-evolving creature)のごとく、その進化系統樹(the evolutionary tree of life)を発展させている。まるで、それ自体が有機的な命をもつかのように。



そのブレークスルーとなったのは、3目増やし目というアルゴリズムを脱したことだった。

だが不幸にも、過去の数学者たちはそうした「記号的な見方(a symbolic view」から逃れる術を見いだせなかったようである。

「彼らはある意味、数学における記号的な見方をもっていましたが、目の前にあるレタスには気が付かなかったのです」






■大人のための幼稚園



そもそも、ワートハイムがサンゴに関心を抱くようになったのは、温暖化によるサンゴの死滅であった。彼女がサンゴの編み物をはじめた2005年という年は、地球温暖化とサンゴ礁への悪影響の記事が科学雑誌にあふれていた。

「サンゴは非常に繊細な生物で、海水の温度が少しでも上昇すると死滅してしまいます。サンゴが白化するのは最初のサインで、白化したままであったり、水温が下がらなければサンゴ礁は死へ向かいます」

オーストラリア生まれのワートハイムは、グレートバリアリーフの衰退に心を痛めた。

「とくにグレートバリアリーフの状況は酷く、世界中でも同じようにサンゴ礁が弱っているのです…」



本職がサイエンス・ライターであった彼女は、科学と数学の「美しく詩的な側面(the aesthetic and poetic dimensions)」を啓蒙すべく、「IFF(Institute for Figuring)」という組織を立ち上げ、現在その活動は世界中に拡大している。

双子の妹とはじめたサンゴを手編みする活動は、世界30ヶ所でのワークショップを経て、いまや数千人の人々が参加し夢中になっている。この企画自体、もはや双子の姉妹の思惑をこえた「生命体」となって、進化を続けているのだという。



「私たちの住む社会は、情報の表し方や教え方が型にはまってしまっています」とワートハイムは言う。

「でも、かぎ編みなどの『形をつくる遊び(plastic forms of play)』を利用すれば、双曲空間のように大学で学ばなければならない高級数学も体感できるのです」



彼女のNPO組織「造形研究所(IFF)」が実現しようと試みるのは「大人のための幼稚園(kindergarten for grown-ups)」。

物を使った遊びによって、双曲幾何学のような難解な理論を手にしてしまおうというのである。

毛糸でサンゴをつくり、紙で双曲空間をつくる。竹でも名刺でも多面体をつくる。そんな遊びながら学ぶワークショップ、自分の手でモノをつくり「美しき数学の世界」を実感するのである。



余談ではあるが、MITメディアラボの創業メンバーの一人、「シーモア・パパート」という人物は、ちっちゃい子供の頃からギア(歯車)のおもちゃを一生懸命いじって遊んでいたそうだ。

大人になってからも彼は、数学でも物理でも頭の中のギアのモデルを使って理解を深めていったという。子供の教育のためのプログラム言語LOGOを開発したのは彼である。






■プレイ・タンク



「幼稚園」という教育システムは、19世紀の結晶学者「フリードリッヒ・フレーベル(Friedrich Froebel)」の確立したものである。

「結晶(crystal)がすべての表現のモデルである」と信じていた彼は、幼い子供たちが「モノを使って身体で学ぶシステム」を発展させていったのだった。



一方の現在、われわれの社会には「シンクタンク」と呼ばれる「頭で考える素晴らしい集団」がたくさん存在する。

彼ら知的な人々は、数学者のように「記号化した表現方法(symbolic forms of representation)」を得意とし、じつに理論的な考えを抽象的に説明することができる。



幼稚園が「身体」で学ぶものだとすれば、シンクタンクは明らかに「頭」。

幼稚園が「具体的」だとすれば、シンクタンクは「抽象的」。

ワートハイムの提唱する「大人のための幼稚園」とは、その両者の架け橋となるような存在を目指している。彼女は、最高レベルの抽象概念(abstraction)でも、モノを通して体感できるはずだと信じている。

彼女が「プレイタンク(the play tank)」と呼ぶのが、その方法論である。



机上の記号に偏りがちな教育システムにあって、彼女は「自分の手」でモノを作ることが、記号の裏にひっそりと潜む美を見出す方法だと信じている。

彼女の展開する「美しき数学」は今、世界中に増殖・進化するサンゴの編み物となって成長し続けている。

記号の世界を超えて、型にはまらずに…













(了)






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出典:
TED Talks「珊瑚と”かぎ編み”に見る美しき数学の世界」マーガレット・ワーザイム
NHKスーパープレゼンテーション「サンゴから学ぶ美しい数学」


posted by 四代目 at 06:03| Comment(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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