2013年07月20日

小さなアリの、大きな社会性 [ハキリアリ]



南米アメリカ大陸、そして太平洋と大西洋をつなぐ「パナマ運河」。

この「世界の十字路」の脇には広く深い熱帯雨林が生い茂っている。



その広大な熱帯の密林の中、小さな小さなそのアリたちは自分の身体よりもずっと大きな「葉っぱ」を頭上に抱え、樹上と地中を縦横無尽に這い回っている。

その名は「ハキリアリ」。文字通り「葉切り(Leaf-cutter)」、木々の葉っぱを切り取りそれを巣へと運ぶアリたちである。



不思議なことに、そのアリたちは葉っぱをそのまま食べない。

忙しなく運び込まれる無数の葉っぱはいったん巣の中に貯蔵され、念入りにもそれを「秘蔵の菌」で発酵させた上でエサとするのである。

その菌は「アリタケ」と呼ばれるキノコの菌。ということは、ハキリアリたちは葉っぱを肥料にして「キノコ栽培」をしていることになる。それはすなわち「農業」を営んでいるということである。



人間の農業の歴史はおよそ1万年といわれているが、このハキリアリはその5,000倍も遠い昔、5,000万年前から脈々とキノコ栽培を行なっているのだという。なるほど、ハキリアリはかくも伝統的なキノコ農家なのである。

また、ハキリアリの仲間には巣の中に「アブラムシ」を飼っている種もいるらしく、葉っぱをエサとして与え「甘い汁」をアブラムシからもらうのだそうだ。これはいわば「酪農」、人間が牛を飼ってミルクをいただくようなものである。



キノコ栽培とアブラムシの飼育を行うという「知的なアリ」、それがハキリアリ。

一つのコロニー(集団)は100万匹からの大所帯、成熟した巣の場合には800万匹にも及ぶという。ちなみに、日本の都市で100万人以上というのは11都市しかなく、800万以上のメガロポリスとなると世界でも首都クラスの巨大都市である(日本では東京のみ)。

そうした莫大な人口を抱えるハキリアリの社会は、高度に組織化されている。工場のように分業と流れ作業が徹底しており、その働きに応じて身体のサイズまで異なる。小さな者は2〜3mm、大きな者となるとその10倍以上の3〜4cm。生涯を通じてその職は固定されており、分業する職種は30以上にも及ぶ。



「一寸の虫にも五分の魂」と言われる通り、足下のアリたちの世界には人間社会以上の複雑さが秘められている。

農業の歴史にしても、生物の種としても、さらにはその繁栄度合いにしても、ハキリアリは人間よりもずっと偉大な側面をもつ。

彼らの体現する知恵には、底知れぬ可能性が散りばめられている。






◎コミュニケーション



ハキリアリの祖といわれるアリが、今なおパナマの密林には生息している。

それは「ムカシ・ハキリアリ」と呼ばれる種である。彼らのコロニー集団は100匹ほどと小世帯であり、育てるキノコも小さい。ハキリアリという名前ではあるものの葉っぱは集めず、自分の口から吐き出した食べ物や昆虫の糞などを使ってキノコを育てている。

その社会秩序もまだ非常に原始的であり分業も発達していない。皆同じ大きさで一匹のアリがあらゆる仕事をこなすという平凡な社会である。現在、高度な社会生活と巨大キノコ農園を営むハキリアリも昔はきっと、そうした原始的な生活を送っていただろうと考えられている。



では、なぜハキリアリという種だけが、かくも知的な共同生活を営むようになったのか?

パナマの熱帯雨林でその進化の謎を20年間にわたり探っている村上貴弘博士(北海道大学)は、そのカギが「コミュニケーション」にあるのではないかと注目している。あたかも人間が言葉を話すようになって急速に進化を遂げたように。

だが、ハキリアリたちが話すのは言葉ではない。「音」と「匂い」でお互いに連絡を取り合っている。



音というのは、腹部と胸部の間にある「腹柄節(ふくへいせつ)」という節から出される。この部分を電子顕微鏡で拡大して見てみると「洗濯板」のようにいくつもの段々があることがわかる。

お尻を振ってその洗濯板をリズミカルにこすれば「美味しい葉っぱ」を見つけたことを仲間に伝えることができる。また、激しくこすれば大きな音が出る。これは外敵に遭遇した時や巣が破壊されたときに発せられる緊急警報である。また、巣の中で幼虫の世話をしているアリは、たとえようもないほど優しい音を出す。まるで幼子をあやしているかのように。

そうした振動音(摩擦音)を、村上博士は10種類ほど確認している。ハキリアリの身体の大きさはその仕事に応じて異なるが、この洗濯板の形状や出せる音もその職種によって異なるとのことである。



村上博士は言う。「ほかのアリでも音を使ってコミュニケーションをとるんですが、ハキリアリは非常に複雑な多種多様な音を使っているというのが判りました。昆虫っていうとあんまり脳ミソないかと思われている方が多いと思うんですけど、とくにアリとかハチっていうのは非常に脳が発達しています」

彼らの反応は単純な反射とは思えない。きちんと情報を処理して適切な回答を出しているように思われる、と博士は言う。






◎匂い



ハキリアリはパナマの密林の中を、整然と列をなして行進していく。その数、数十万の大軍団。木々の葉っぱを頭上に掲げて行進するその姿は、まるで「緑の小川」が流れているかのようにも見える。彼らの羽毛のように軽い体重でも、数十万で踏み締めればそれは小さな獣道となり草も生えない。

なぜ、彼らは皆同じ道を通っているのかといえば、良いエサのありかを「フェロモン」という匂い成分で道上に示しているからである。ある場所に良い葉っぱを見つければ、その帰り道にもフェロモンを放出する。だが、見つけられなければ帰りは出さない。つまり、エサのありかだけが二重に匂い付けされて匂いが強まるのである。一方、空振りに終わったルートのフェロモンはいずれ蒸発して消えてしまう。



このように、葉っぱを探しに出た働きアリたちのエサ情報は、フェロモンという匂い物質によって音の届かない仲間にも伝えることが可能となる。それはまるでツイッターのリツイートのようなもので、情報の繰り返される頻度が濃いほどに、それは重要と判断されるのである。

なるほど、森の中に緑の糸を垂らしたような彼らの歩く「葉っぱの小川」は、じつはそうした匂いの道だったのである。もちろん、ハキリアリたちの出す音や匂いは人間には感知することができないほど微細なものである。



音や匂いを巧みに組み合わせて行われるハキリアリの複雑な情報交換。直接音を使って会話することもあれば、置き手紙のような伝言メッセージを匂いに託すこともある。

こうした高度なコミュニケーション術が5,000万年も延々と繰り返されてきたことにより、ハキリアリのキノコ農場は現在のような繁栄を遂げたと考えられる。そしてその巨大農園を適切に管理するために、「分業」というシステムも必要とされていったのだろう。






◎分業



その王座に君臨するのは「女王アリ」。体長は3〜4cm、スズメバチのように巨大で、イモ虫のように丸々と肥えている。100万匹のコロニーでも800万匹のそれでも、女王アリはたった一匹。唯一無二の存在である。

その仕事もたった一つ「生殖」のみ。そのぷっくりと膨れた腹の中には無数の卵が入っており、多い時で一日に3万個の卵を産み、生涯を通しては2億個もの卵を産むといわれている。その寿命はおよそ20年。



どれほど巨大なコロニーでもその始まりは一匹の女王アリであり、もし彼女が死ねば、そのコロニーも全滅してしまう。働きアリの寿命はたった3ヶ月しかないのであるから。

女王アリに始まり女王アリに終わるハキリアリのコロニー。まさに女王さまさま。巨躯を横たえる女王アリの周りでは、つねに2〜3mmの小型の働きアリたちが細かな世話を欠かさず、大きな兵隊アリは外部のパトロールを欠かさない。

兵隊アリというのは女王の次に大きなアリで、その体長は2cmと足長バチほどにデカイ。とりわけアゴの噛む力が強く、人間の皮膚をも切り裂いてしまう。巣の中をパトロールすることはもちろん、葉を刈り取る働きアリたちの行列警護も怠らない。



葉っぱを刈るのは中型の働きアリ(約1cm)。するすると高木に登ると、木の先端にある生育旺盛な新しい葉っぱをカジカジ。長い後ろ脚をコンパスの足のように広げ、そこを支点にしてアゴで葉っぱを丸く切っていく。その切り方はハサミというよりは缶切り。片方のアゴを葉にあててノコギリのように葉っぱを切り進んでいく。硬いバナナの葉っぱとて何のその。

刈り取った葉っぱは自分の体重の2倍ほどの重さがあるが、それをエッサホイサと巣へ持ち帰る。そうした細い流れがジャングルからいくつも集まり、緑の大河となって地下にある巣の中へと吸い込まれる。



そこで葉っぱを受け取るのは2〜3mmほどの一番小さな働きアリ。彼女らはさらに細かく葉っぱを噛み砕き、せっせとキノコ畑に葉っぱを仕込んでいく。狭いスペースを最大限に活用するため、時にキノコをゆっさゆっさと揺らしてスペースを作りながら。

小型の働きアリの中には、キノコの成長を妨げる寄生菌をチェックしながら、ひたすら有害な雑菌を取り除いている者たちもいる。菌を育てる商売なだけに、この仕事を怠るとキノコが全滅してしまうこともあるからだ。

白いキノコの間に見え隠れする半透明の物体は、じつはハキリアリの卵やサナギ。小型の働きアリはそれらの子供たちにマンツーマンでつきっきりになり、大人になるまでの一ヶ月ほどずっとしがみついて世話を続ける。



ちなみに、女王アリから始まって兵隊アリ、働きアリとすべて「メス」である。巣の中にオスは一匹もいない。

オスが必要とされるのは年に一回、春の繁殖シーズンだけである。オスは、新しい女王アリが誕生した時だけ、そのペアとして産み出される。その数、オス・メスともに数百匹。彼ら彼女らには羽があり、生まれた巣を一斉に飛び立って交尾相手を探し、そして新しい巣とコロニーをつくる役目を任される。

オスたちは悲しいかな、その一回の交尾が終われば用済みとなり、ただ屍となる。女王はと言えば、その後二度と交尾はしない。






◎真社会性昆虫



100万匹以上のハキリアリの暮らす地下の巣は、掘ってみると乗用車一台分以上のスペースに大帝国を築き上げている。

出入り口は5〜6ヶ所ほどあり、地下にはラグビーボール大のキノコ農園の白い塊が点在している。キノコ農園同士をつなぐ通路は地下へ地下へと螺旋階段を降りるように連なっている。下へ行けば行くほど末広がりになっており、真横からの切断面はちょうどピラミッドのような形となっている。



この巨大な地下帝国はとてもアリ一匹の成せる業ではない。その完璧な「組織力」の賜物であり、仲間たちと互いに協力することにより成し得ることである。

そうした協力を見せるのはハキリアリだけと限らず、アリ世界に共通する特性である。さらにアリの他、シロアリやスズメバチ、ミツバチなどの昆虫もそうである。

こうした組織力をもつ昆虫を「真社会性昆虫」と呼ぶ。それらの昆虫は一様に、高度な社会性をもつことが知られている。



その中でもアリの歴史は古く、巨大恐竜が跋扈していた白亜紀の頃にはすでに地上を歩き回っていたと考えられる。つまり、アリが社会をつくりはじめたのは、人間よりもずっとずっと前の話なのである。

面白いことに、ハキリアリの社会にリーダーはいない。女王アリというのは雲の上の存在であり、現場のことには一切口を出さない。

では、どうやって100万を超える民たちが秩序を保っているというのか。



彼女らの社会にじつは複雑なルールはない。そのコミュニケーションは音や匂いといったシンプルな信号のみである。だが、そのシンプルさの徹底的な繰り返しによって、自らの仕事を忠実にこなし、そしてかくも複雑な社会を形成しているのである。

葉っぱ刈りの現場では、思わぬ外敵の出現や突然の豪雨などによって、撤退を余儀なくされることも少なくない。すると、その情報は即座に末端の働きアリにまで共有される。それは音による伝言ゲームであったり、フェロモンによる置き手紙であったり。

事件はつねに現場で起きる。だからむしろ巣の中にリーダーなどいない方がいい。「踊る大捜査線」で青島刑事が言った言葉どおり、「事件は会議室で起きているんじゃない! 現場で起きているんだ!」というわけである。






◎ゴミ問題



さて、100万もの民が一つの巣の中に暮らすとなると、大都市特有の問題が発生する。その一つが「ゴミ問題」である。

ハキリアリの農園は「菌の管理」が最重要である。彼女らが何千年と育んできたキノコの菌はすでに独自の進化を遂げており、家庭ごとに味の異なるヌカ床のように貴重なものだ。ハキリアリがそうしてキノコの菌の繁殖を一身に請け負ってくれることで、キノコの方はそこに安住し、子孫を増やすために必要な「傘」を作らなくなってしまったほどである。



菌の管理に昼夜はない。24時間、つねに雑菌の発生には目を光らせていなければならない。

寄生菌を専門に除去する作業員もいれば、ゴミを回収して回る専門のゴミ捨て係もいる。彼女たちの仕事はスピードが命。24時間休んでいる暇はない。ゴミを放置しておけばまたたく間に雑菌にはびこられてしまう。

さらにゴミは遠くまで投げ捨てに行かなければならない。近場に捨てると、悪い菌がまた巣に侵入してしまうかもしれない。そのため、ゴミ捨て係は昼夜を問わず、ずっと遠くまでゴミを捨てに行き、さらにわざわざ木に登って上から捨てる。というのも、ゴミ捨て場に足を踏み入れてしまうと、また雑菌を巣へ持ち帰ることになり元の木阿弥となってしまうからだ。

彼女らの仕事はじつに地味である。だが、その重要性は葉っぱを刈り取る華形の働きアリと同等のものである。






◎ひとたび事あらば



ある日の朝、パナマの熱帯雨林に突然スコールのような豪雨が降り注いだ。

外で葉の刈り取りをしていた働きアリたちは「こりゃたまらん」とばかり、せっかく切り取った葉っぱを投げ捨て、近場の軒先に雨宿り。残念ながら雨に濡れてしまった葉っぱを巣に持ち帰ることはできない。湿度に敏感なキノコの菌を悪くしてしまう危険性がある。

大地を激しく叩きつける大雨は止む気配もなく、しきりにジャングルを潤していく。そして皮肉にも、ハキリアリたちが行進してできた細い通路は格好の水路となり、本当の小川となってしまった。



ようやく雨がおさまった時、ハキリアリたちの道路は落ち葉や小枝やらのゴミだらけ。まるで大水害のあとの変わり果てた姿となっていた。

こんな危急に、ハキリアリたちは一致団結協力して瓦礫や土砂の片付けをはじめる。こんな時には、もう分業など関係ない。普段の道の整備係のみならず、敵と戦う兵隊アリまでが自慢のアゴを泥で汚しながら復旧作業に尽力する。大切な葉っぱの道を元通りにするために。

一見極めて厳格に見えるハキリアリたちの分業は、かくも柔軟性を兼ね備えたものである。仕事を分けるのもチームワークならば、必要に応じてその垣根を取り払うのもチームワーク。これぞ真社会性昆虫、ハキリアリの真骨頂。

5,000千万年も小さなハキリアリが、時に為す術もないほど巨大な自然で生き抜いてこれたのには、それなりの理由があった。彼女たちは普段は歯車のように機械的だが、じつはとても柔らかな機械だったのだ。



時おり、大きな兵隊アリたちは微笑ましい光景をみせる。

小さな働きアリが大きな土くれの前に道を阻まれ右往左往している時、力持ちの兵隊アリがよいしょと土くれをどかしてくれたりするのである。

きっとその兵隊アリは、働きアリの「小さな声」を聞いたのだろう。まことにアリがたいことに。






◎命の輪



葉っぱの行進が昼の風物詩ならば、夜のゴミ捨てもまたいつもの風景。

ふと見ると、ゴミ捨て係が運ぶのはゴミばかりではない。弱った「仲間のアリ」も巣の外に運んでいた。まだ微かに動いている。だが、虫の息…。



巣の中で死ぬと、その死骸から悪い菌が発生してしまうことがある。そのため、死を悟ったハキリアリは自ら独特の匂いを出して、それを仲間に知らせるのだという。

ゴミとともに捨てられるまだ息のあるハキリアリ。それが彼女の本望だ。大切なキノコに、そして仲間たちに迷惑をかけるわけにはいかないのだ…。



ハキリアリたちのゴミ捨て場、そして墓場。それは森にとって終わりの場所ではない。むしろ、新たな生命がそこから芽吹く。窒素分が豊富なそのゴミ捨て場は植物たちにとっては格好の苗床となるのである。ハキリアリの営む農業は、見事に森の命の輪を回すのだ。

木々の葉っぱを刈り取ることも森にとっての害とはならない。ハキリアリの選ぶ葉は生育旺盛な先端部分が多いため、それは植物にとって新たな成長の刺激ともなる。さらにハキリアリは特定の植物だけを狙い撃ちにすることは決してしない。たとえばパナマの森ならばその植物種のおよそ9割の植物からまんべんなく葉っぱを頂くのである。

人間の農業は時として「持続可能性」が問題になる。だが、ハキリアリの持続可能性は5,000万年という長い歳月が証明してくれている。



ハキリアリたちの仕事一つ一つはじつに小さい。しかし、その一つ一つが組織されることによってとんでもなく大きな仕事を成し遂げている。それはアリ一匹一匹が大きな生命体の一つ一つの細胞であるかのようだ。まさにハキリアリのコロニーはそれ自体が一つの大きな生命体、超個体なのである。

人間の個人個人は時として「小さな自分」、仏教で言う「小我」にとらわれてしまうことがある。だがハキリアリたちは、なんと「大きな自分」を持っていることだろうか。






春が来て、羽を持ったハキリアリたちが一斉に巣を飛び立った。

新たな女王たちと、この時だけ誕生するオスたちによる「結婚飛行」だ。

空中で交尾を済ませる彼ら彼女らは、確実に自分たちの使命を果たす。そして新しく生まれてくる生命たち誰もが忠臣である。



その健気なまでに忠実な生き方が、熱帯の森においてかけがえのない役割を担っている。

たとえどんなに小さなアリでも、その使命には何千年という重さがある…













(了)






出典:
NHKワイルドライフ「パナマ熱帯雨林 森の賢者ハキリアリ」
NHK地球ドラマチック「驚き! ハキリアリの世界」

posted by 四代目 at 19:29| Comment(0) | 昆虫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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