2013年07月10日

価千金、菌界に生きる者たち。見えなくも広大なネットワーク


動物でも植物でもない。

原始的でありながら極めて高度な生態。

「菌類」



食卓ではたいそう嫌われる彼ら。すぐに食物をカビさせてしまうため、いつの時代も嫌悪感の対象となってきた。

いわゆる「バイキン」である。

彼らは悪さばかりする厄介者であるが、うまく手懐ければパンや味噌、ビールを美味しくしてくれる。イーストや麹など「酵母」というのも菌類の一つである。



1928年、青カビから「ペニシリン」が発見されると、人々の菌類に対する見方は変わった。多くの人の命がペニシリンに救われるようになったのだ。青カビはロックフォール・チーズに欠かせないだけではなかったのである。

1960年代、デンマークのコペンハーゲンで発見されたのは「食欲旺盛な酵素」。服に飛んだ油染み(油脂)を食べるこの酵素「リパーゼ」は、主婦の強い味方「粉末洗剤」となった。








そして現代、菌類のもつ極めて高度な能力は、土壌汚染の除去や砂漠の緑化などに応用されようとしている。

氷河期など多くの生物が絶滅した時代を生き抜いてきた「菌類」。文字通り「バイキン並みの生命力」。

人類の登場にも動じなかった菌類が今、人類に差し迫った問題を解決する糸口となろうとしている。










◎菌糸体ネットワーク



自然界における菌類の主な仕事は、落ち葉や枯れ枝を分解すること。

落ち葉の隙間や木の枝から顔を出すキノコの傘は、その作業がきちんと行われている証拠である。植物のもつ細胞壁という堅い殻を食い破って植物を分解できるのは、キノコたちの磨いた特別な能力の一つである。



「落ち葉などを分解する彼らのひたむきな情熱がなかったら、地球はとうの昔に有機ゴミで埋まっていたことでしょう」

森の落ち葉を踏みしめながらそう言うのは、菌類学者ポール・スタメッツ。地面の落ち葉をめくって「白い糸が絡まったようなマット状のもの」を見せる。それは「菌糸体」と呼ばれるものだ。

「この菌糸体がキノコを生み出しているわけです。菌糸体は素晴らしい香りがします。密集した菌糸体が落ち葉や枯れ枝を食べ尽くし、最終的に恵み豊かな土壌をつくるのです」








地上に顔を出すキノコは菌全体のほんの一部。本体は菌糸体と呼ばれる地中に張り巡らされたネットワーク。それは時に数十km四方にも及ぶという。

たえば1992年、アメリカ・ミシガン州で発見された「ナラタケ」の一種は、その地中のネットワークを1500年かけて15ヘクタール(東京ドーム3個分)以上にまで広げていた。その総重量はおよそ100トン。地球上最大の動物シロナガスクジラ並みであった。



スタメッツ博士が一歩一歩と落ち葉を踏むたびに、菌糸体が跳ね上がる。

「こうして地面を踏んで歩くと、私が運んできた新しい落ち葉や枯れ枝を食べようとして、菌糸体が上がってくるのです」

菌糸体は新しい栄養源をつねに探しながら、その触手をあらゆる方向へと延ばしていくのである。そのネットワークは非常に流動的で絶えず変化する。たとえその一部がダメージを受けようとも、またたく間に修復もしくは迂回路を形成していく。








キノコという目に見える菌の形は、地中に広がる菌糸体にとっていわば氷山の一角。その傘は胞子(植物でいう種)を風に飛ばす飛び道具のようなものである。だから、たとえキノコが人間に収穫されようとも、地中の菌糸体がある限り、いくらでもキノコは再生される。

それと同様、菌糸体を地中にもつ森は、落ち葉などの有機物をふたたび植物体として再生を可能にする「生態系を守る母」となる。

森の再処理工場はすなわち、彼ら菌類ということだ。生きた植物が死んだ時、その蘇りを手助けするのが菌類なのである。










◎植物と菌類



食物を生産する農業にとって本来、菌類というのは「味方」のはずである。ところが多種多様な菌類の中には、明らかに作物に害をなすものもいる。ゆえに長らく、菌類は栽培者にとって悪者とされ、農薬によって駆逐されてきた。

だが今、「昨日の敵は今日の友」。自然農業などを営む人の中には「キノコの生える畑こそが最高だ」という人もいる。それはすなわち、その畑の地中には「生態系の母」である菌糸体が張り巡らされているからだ。



菌糸体の役割は、植物の生と死をつなぐばかりではない。生きた植物の根っこに住み着いて、そこで一緒に暮らす。いわゆる「菌根共生」という蜜月関係もある。

「菌類はこっそり近づいたりしません。植物の繊維に堂々と入り込み、細胞の中に次々と樹枝状体と呼ばれる構造をつくるのです」と、分子生物学者のギヨーム・べカールは言う。彼は「何時間でも根を見て過ごすことができる」という根っからの根っこ好きだ。

菌類は植物の根っこに絡みついているだけでない。硬い細胞壁の合間を縫うようにして根の内部にまで侵入し、そしてその細胞内に「樹枝状体」という細かく枝分かれした構造を形作るのである。樹枝状体というのは人間の肺の内部構造とよく似ている。細かく枝分かれしているのは、できるだけ表面積を大きくして物質のやり取りを盛んに行うためである。








こうした菌類の根への侵入を植物たちは嫌がらない。むしろ歓迎している。菌類が共生するために近づいてくると、お互いが認識信号を出し合って位置を確認。その後、植物は一時的に免疫防御システムを停止して菌糸を迎え入れるのである。

というのは、菌類は植物に利益をもたらしてくれるからである。菌類は地中深くで集めてきた「ミネラル」や「水分」を植物に与えてくれる。その代わり、植物は光合成で得たデンプンなどを菌類に与える。

「当たり前ですが、植物は動くことができません。そのため、遠く離れたところに助けを求めるわけにはいかないので、植物は根っこに共生している菌類の力を借ります。自分たちが成長に必要な物質を探し集めてもらうのです」とべカール博士は言う。



菌類が寄生するのは、一個の植物だけにとどまらない。縦横無尽に広げた網の中にいる様々な植物の根にも同時に入り込んでいく。その結果、菌糸体のネットワークは異なる植物同士をつなぐネットワークともなる。

「つまり、共生している菌糸を通して植物と植物がつながり、代謝に必要な物質などを交換し合うのです」とべカール博士は言う。

さらに驚くべきことに、植物同士は菌糸を通して互いにコミュニケーションを取り合っているようだ、とべカール博士は言う。まるで糸電話で話すかのように!










◎砂漠と菌類



話は少し飛ぶが、アフリカでは「緑の長城」という計画が行われている。それは、アフリカ大陸の西端のセネガルから東端のジブチまで全長7000kmにも渡って植林していくという壮大なプロジェクトである(その幅広な横断路には広大なサハラ砂漠も含まれている)。

植林の木として白羽の矢が立ったのは「ナツメの木」。だが乾燥地帯という過酷な環境下ではその木ばかりでは心細い。そこでその相棒として選ばれたのが「グロマス・アグリゲイツム」という菌である。その菌の胞子(種)は灼熱の砂漠から見つけ出されたもので、乾燥に恐ろしく耐える。



砂漠で生きられる菌「グロマス・アグリゲイツム」ならば、その菌糸は地中に潜って水分を探し出し、「ナツメの木」の根っこにも貴重な水を分け与えてくれる。その相性は抜群であった。

「菌根共生は砂漠に移植された苗木の生存率を高めます」と、緑の長城プロジェクトの微生物学者アマドウ・バは言う。「苗木に菌を摂取すると、植物の根の表面積が大きくなります。その結果、土の中に含まれるリンやチッソなどの養分の吸収率も良くなるのです」

農作物でもそうだが、四方八方の菌糸は養分をも集めて来てくれるため、化学肥料などの使用を減らすこともできるのだ。








「周辺の村人たちは、この『ひ弱な苗木』に将来の果樹園を夢見ています。果樹園の恩恵は果実の収穫にとどまらず、木陰を使って他の農作物の栽培も可能になります」と、バ博士は言う。

植えられたナツメの木に住んでいる菌グロマス・アグリゲイツムは、地中に菌糸体のネットワークを広げながら他の植物の根っこも探し求める。そして、異なる植物同士の物流をつないでより大きな共同体を形成していく。

「菌糸体のネットワークが張り巡らされると、それを通じてナツメの木から周りの野菜やササゲなどの作物にも栄養が運ばれるようになるのです」とバ博士。



菌糸体のネットワークはまるで人間社会の社会インフラのようである。それはモノを運ぶ道路や鉄道のようなものであり、情報を交換する携帯やインターネット回線のようでもある。

ナツメの木をそのハブとしてネットワークを拡大させていけば、土の中には極めて効果的な物々交換システムが構成されることになり、お互いに協力しながら栄養の乏しい砂漠の下を進んで行くことも可能となる。

「新しくこの共同体に加わる植物は皆、デンプンなどを栄養源として菌類に提供し、その見返りにミネラルや水分が受けられます。こうした営みによって菌糸は無限の広がりを見せるのです」と、バ博士は語る。



乾いた砂漠に木を植えることは容易なことではない。だが、菌類の力を借りれば、その歩みは力強いものとなる。

「ナツメの木とグロマス・アグリゲイツムを使った実験は、セネガルから隣国のブルキナファソ、マリへと広がっていくでしょう。砂漠化の危機に直面している他の国でも試みられるようになると思います」と、バ博士は話す。

緑の長城プロジェクトを地中で支える菌類の菌糸体。彼らは砂漠に緑を取り戻すための有望な「布石」なのである。










◎石油と菌類



毒を研究する生態毒性学者メグ・ピンザは、菌類に石油を分解させようと試みている。それは、石油で汚染された土壌を浄化するプロジェクトである。

菌類の中には石油を分解できる「異能の才」をもつものがいるという。「石油分解菌」と呼ばれる彼らは、毒性の強い石油の派生物PAH(多環芳香族炭化水素)を確実に分解できる。

石油というのは自然に産出する資源であり、大昔から海や地表にも滲出していた。そのため、石油を利用できるように進化した微生物は自然界の菌類の中にもいたのである。



研究室の木屑で培養した石油分解菌の行く先は、かつて巨大な工業施設群の林立していた跡地である。その汚染され尽くした土壌には、油膜中の濃度よりも濃い炭化水素(石油化合物)が残されている。この状態で植物が生育することはまず不可能だ。

「菌類は食欲旺盛なんです」と、ピンザ博士とともに研究する環境工学者のハワード・スプラウスは言う。彼は、ピンザ博士が研究室で培養した菌類が外の世界でしっかり働けるかどうかを確認、選別している。

「分解生物としての菌類がいかに食欲旺盛かというと、菌糸体を植え付けた木屑は、その体積の5倍の土を除染することができます」とスプラウス博士は誇らしげに言う。



自然環境の浄化を考えた時、最も重視されるのがその菌の「耐久性」である。この点、菌類は暑さ寒さといった極限の環境下でも生きることができる。その細胞構造はじつに強固で、毒性物質にも自身が殺されることはないのである。

石油を分解するのは、そうした菌類のもつ「酵素」である。石油分解菌の放出する酵素が波となって石油に襲いかかり、石油を非常に小さな分子にまで分解してしまうのだ。まるで、洗剤に入っている酵素パワーが洗濯物を洗い清めるかのように。

ピンザ博士は言う。「このような単純な生物(石油分解菌)が、毒性が非常に強い汚染物質を分解する力をもっているというのは驚くべきことです。浄化の方法は極めてシンプル、ただ菌糸体を自然界に置くだけです」



現場のスプラウス教授は、汚染を除去した土壌を手に握る。

「匂いはどうかな? 土の匂いがしますね。これは面白い。ミミズや虫がたくさんいますよ」

かつて絞れるほど石油の染み込んでいたその土壌からは、すっかり油が絞り切られていた。菌糸体は堆肥化しており、土壌は植物を育てられる環境にすっかり変わっている。



「有毒な汚染物質を食べてくれる菌類は、その仕事を終えたら死滅しますが、分解プロセスは土中の他の微生物たちによって続けられます。その結果、土は養分を増やし、元の状態よりも肥沃な土地として再生するのです」と、スプラウス博士は言う。

「一年後にふたたびここにやって来たら、この辺りは緑に覆われているに違いありません。草が生い茂っていますよ」

すでにこの土地には肉厚の「ヒラタケ」が生えていた。そのヒラタケを調べていると、毒の痕跡は微塵もない。つまり、菌類の酵素は有毒物質を消し去り、何か別の有用な物質へと変えてしまっていたのである。










◎酵素



「菌類はどこにだっています。寒冷地にも砂漠にも、もちろん熱帯の地域にだって、至るところに潜んでいます」

そう言うのは、菌類学者の佐々美賀子博士。彼女は世界各国の研究者が集まるコペンハーゲン(デンマーク)の研究所で菌類の酵素を研究している。

この研究所には、グリーンランドの凍ったゴミや火山の斜面、はたまたボルネオのジャングルから採取した無数の菌株が、液体窒素の中で眠っている。








佐々博士は、過酷な条件下で生き抜く能力をもつ菌株をつねに探し歩いている。時には、まったく身近なところで珍しい菌株が見つかることもあるという。

たとえば淀んだ池の水からは、バッグやベルトの皮を柔らかくする酵素が見つかり、その酵素のおかげで皮を柔らかくするのに有害な化学物質を使う必要がなくなったという。

佐々博士は言う。「現代社会にあふれる石油製品をもっと環境に優しいものに置き換えるために、菌類が役立つと思っています。つまり、石油の代わりに酵素を使うんです。酵素の力はあらゆるところに応用できます」と。



佐々博士ら菌類学者は今、グリーン・ケミストリー、すなわち環境に優しい化学として、汚染原因となる石油製品を「無害な酵素」に置き換えたいと考えている。

たとえば、通常石油から作られるプラスチックなども、菌類の酵素を利用したバイオ・プラスチックに代えようというのである。










◎足元



菌類のネットワークは、この数億年の間に地球上のあらゆるところに張り巡らされてきたわけだが、人の開発した化学物質や農薬などがそのネットワークを分断してもきた。

そして今、少数の人々は気付いた。菌類の見えないネットワークにいかに助けられていたかということを。

いみじくも「バイキンマン」を生み出したアンパンマンの作者「やなせたかし」氏は、同作においてバイキンを皆殺しにすることを明らかに否定している。「ありすぎても困るが、完全になくなっても困る」と。








幸いにして菌類の生命力は凄まじく、その復元能力は俄然健在である。

「彼らは環境の変化に即座に反応する能力をもっています。人間のネットワークは重大な事故が起こるとすぐに混乱をきたしますが、菌類はつねに非常口を用意しているようなのです」

そう話すのは、菌類のネットワーク構造を研究している生物学者リン・ボディ。彼女は森に分け入り、菌類が植物たちとどうつながり合っているかを地図に作成しようとしている。

「これを調べることで、菌類が養分をどのようにして別の場所に運ぶのか、そしていかにダメージから身を守るのかを知ることができます」とボディ博士は言う。



流動的につねにモデルチェンジを繰り返しているという菌類のネットワーク。破壊や分断などのストレスに対して、即座に補給ルートは復旧される。時にはすでに迂回路が準備されていることもある。

「一つの目的地に行くのに、いくつもの道を利用できるのです」とボディ博士は言う。



たとえば、黄色くねばつく「粘菌」の一種モジホコリカビなどは、最短距離でそのネットワークを築く。だが、一方で無駄とも思えるルートを残してあることがある。それがいわば万が一の回避ルート、非常口とも呼べるものだ。

さらに、そのネットワーク上、つねにすべての場所に同じように栄養が供給さているわけではないこともわかっている。なんらかの理由から、重点的に栄養が運ばれている場所もあるというのだ。

「それが良い判断かどうかはわかりません。しかし間違った選択であれば、菌類はとうの昔に絶滅していたでしょう」とボディ博士は語る。








われわれ人間の浅い知恵は、まだまだ菌類たちの深謀遠慮には及ばない。なにせ彼らは何億年という生死を経て、その知性を身につけてきたのだから。

現在、人間が特定できた菌類は全体のわずか15%ほどだと考えられている。

「私たちは開拓すべき広大な領域の入り口に差し掛かったばかりに過ぎません」とボディ博士は言う。その先には、銀河系を超えるほど無数の菌類たちがきらめいている。



人類が直面するさまざまな課題の解決策

それは文字通り「足元にあった」。

しかも彼らは人に頼まれなくとも、それをやってくれる。むしろ人が関与しないほうが地中のネットワークはスムーズに構築されていく。



菌類の浄化する大地、そしてもたらす緑。

「キノコは365日、一日も休まずに働き続け、私たちは土の中で何が起きているのか知らないまま、その上を歩いています」

原始以来の知恵は、その地中より湧き出でる…













(了)






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出典:NHK「BS世界のドキュメンタリー」
菌類のチカラが人類を救う


posted by 四代目 at 10:25| Comment(2) | 自然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
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