2013年06月20日

ムンクの聞いた「叫び」。見えぬ不安を恐れる心



いったい、どこから聞こえてくるのか?

ただならぬ叫び声。



目を見開き、必死で耳をふさぐ人物。

身体をくねらせ、身悶える。

狂気に歪むその顔は、人間の姿を保てそうにないほど奇怪である。



いったい、何を聞いたのか?

何に恐れ慄いているのか?







画家「ムンク(Munch)」

30歳頃の作品(1893)

「叫び(Skrik)」



「天地を貫いて聞こえてくる叫び声。耳を塞いで、できるだけそういう恐い声は聞かないようにしようと必死なんですが、身体をくねらせているその姿はね、どんなに押さえても自分の耳に届いてくる声があるってことなんですよ」

作家・五木寛之氏は、そう語る。

「人間精神に共通する、深いところにある不安といいますかね、そういうものを見事に表現していると思うんです」






◎ある夕景



「叫び」の中で耳を塞ぐ人物。

じつは、画家「ムンク」本人である。

そして、その光景も画家の空想ではなく、実際にムンクが体験した出来事がその元となっている。



ムンクの日記にはこうある。




私は2人の友人と歩道を歩いてた。太陽は沈みかけていた。

突然、空が血のように赤くなった。そして見たのだ。燃えるような雲が、群青色をした町の上に血のように剣のようにかかっているのを。それは炎の舌と血とが、青黒いフィヨルドと町並みにかぶさるようであった。

私は立ち止まり、ひどい疲れを感じて柵に寄りかかった。

友人たちは歩み去っていくが、私はそこに立ち尽くしたまま不安に震え、恐怖に慄き、戦っていた。

そして聞いた。「大きな果てしない叫び」が自然を貫いていくのを。



ムンクの日記に描かれた光景は、ノルウェー・オスロの町を見下ろす小高い丘で起きたある夕景の出来事。

一緒に歩いていた友人2人は、黄昏時に茜色に染まった空にさしたる関心は抱かなかったかのようで、そのまま歩き去っていく。

だが、ムンク一人ばかりはその光景を看過できなかった。その夕空は美しい茜色などではなく「真っ赤な血の色」に思え、どこからともなく「得体の知れない絶叫」が容赦なく襲ってきたのだから…!



「世界没落体験」というのが、精神を病んだ統合失調症の発病直前(もしくは発病初期)にみられるという。

「まるで自分の周りの世界がどんどん終末に向かうような、カタストロフというか、自分の足場がどんどん崩れていくような、そういう非常に恐ろしい体験をすると言われているんです」

精神科医の斎藤環氏は、そう語る。ある仮説によると、ムンクは人生の一時期において、精神を病んでいたともいわれる。

夕景の黄昏時というのは、精神医学的にも「最も不安が高まりやすい時間帯」なのだという。






◎不安



画家「ムンク」は、その時の光景を執拗に描いた。

「叫び」の一年前には「絶望」という作品を描いている。この作品は人物の配置も構図も「叫び」とほとんど同じだが、ムンク本人とされる人物は、黒い帽子をかぶり町の方を向いており、耳も塞いでいない。

だが、この時の体験を繰り返し描くたびに、絵は次第に異様さを増していく。やがてムンクの姿は、人間の姿を保てそうにないほど奇怪なものとなる。



「叫び」として絵が完成してからも、ムンクは油彩やパステル、版画も含めると5枚以上の「叫び」を描いている。その中で最も知られている「叫び」は、最初に描かれた油彩のものであり、現在はノルウェーのオスロ国立美術館に収蔵されている。

「強迫神経症」というのは、一つのことを繰り返さずにいられないという心の病というが、ムンクの感じた「不安」とは、それほどに根深く、底知れぬものだったのであろうか。



「不安と病がなければ、私は舵を失った船のようなものだ」

ムンクはそう言っている。

ムンクの言う「病」の一つは、「結核」と考えられている。母も姉も、その病で亡くしているのである。






◎病める姉



ムンクがノルウェーに生まれたのは1863年。医者の家の長男として生を受けた。

しかし5歳の時に、母を結核で失ってしまう。その後、母代わりとなるのは一つ年上の姉ソフィエ。

だが、その姉ソフィエもムンクが14歳の時に、やはり結核でこの世を去ってしまう…。



忘れるに忘れられぬ「姉の死」。

「病める子」という作品は、ムンクが生涯忘れることのできなかった「姉の死」を、記憶をたよりに描いたものだという(ムンク20歳頃の作品)。



ベッドに身を起こしているのは、死が間近に迫った姉ソフィエ。その手を固く握り頭を垂れるのは、悲しみに暮れる叔母の姿。

姉ソフィエの顔は、結核患者にみられる「透き通ったように白い肌」をしている。それでも、その横顔は死を悟ったかのように穏やかな表情であり、聖母のようにすべてを包み込む優しさにあふれている。

一方の叔母は悲嘆の闇の中、絶望に頭を上げられなくなっている。それはまるで、ムンク自身の絶望とも重なり合うかのように。



ムンクはこの絵に、1年にもわたって手を入れ続けた。

絵の具を塗っては削り、塗っては削り…。キャンバスの表面にはなぜか、パレットナイフでつけた無数の傷が生々しく残されている。

「どうしたら、姉という存在を取り戻せるのか?」、そんな苦悩と執着が「病める子」には深く塗り込められているかのようである。

姉のことを忘れたくなかったムンクは、姉ソフィエが亡くなる時に座っていた椅子を、生涯手放さずに持ち続けたという。



ムンクは言う。「本を読む男、編み物をする女の絵はもういらない。呼吸し、苦悩し、感じ、愛する、本物の人間の絵を描こう」

ムンクは姉ソフィエの死後、自らも結核になることを疑わず、その死の恐怖と内なる葛藤を続けていた。

いつ訪れるとも知らぬその死が、ムンクに絵筆を執らせ続けたともいえる。ムンクはどうしても、自らの心についた傷と向き合わざる得なかった。






◎女



「女は男にとって謎である。聖女であり娼婦であり、また不幸せにも検診するものである」と、ムンクは言う。

生と死、そして愛。

それはムンク一連の作品に貫かれたテーマである。「フリーズ・オブ・ライフ(生命のフリーズ)」という作品群は、「愛の芽生え」「愛の開花と移ろい」「生の不安」「死」という4つのセクションに分けられている。



たとえば、「叫び」という作品は「生の不安」であり、「病める子」は「死」のセクションである。

そして「愛」。ムンクは多くの女性を描いた。

美男子だったというムンクは、多くの女性たちを関わりをもった。だが、関わりが深くなればなるほど、ムンクの「悩み」は深まるばかりであった。まるで、悩むことと愛することが同一であるかのように。



「声」という作品に描かれた女性は、オスロの社交界で評判の婦人「ミリー・タウロウ」。引っ込み思案であったムンクは、ミリーに誘惑されたのだという。

「欲しくてたまらなくなる。そのために昼も夜も、心の安らぐ暇がない。ムチで叩かれた犬のように、私は早朝からベッドを抜け出し、そこかしこ打ちひしがれ、不甲斐なくさまよい歩く。私は恋愛の辛さを心底思い知らされた」

ミリーに心底のめり込んでしまったムンク。だが、ミリーにとって、ムンクは何人もいる愛人の一人に過ぎなかった。



その愛しのミリーを描いたムンク。

逢瀬を交わした海辺に、月明かりを背にして立つミリー。口づけを求めるような仕草をしている。

だが、その目は吸い込まれてしまいそうに暗く描かれている。まるで入ったら二度と抜け出られない深い深い洞穴のように。






◎目



別の作品「マドンナ」という女性像は、絶世の美女「ダウニー・ユール」を描いている。その美しい裸体の背後は、暗い影で塗り潰されており、ダウニーの伸ばした右腕はその闇の中に消えている。

「君の顔は地上のすべての美をとどめている。肢体の微笑み、今、生が死に向かって手を差し伸べる」とムンクは記す。

そしてやはり、「マドンナ」に描かれたダウニーの目も閉じられ、ムンクの方は見ていない。







「深く関わった女性たちの目っていうのは、見ないでいたい、と思ったんじゃないかしら。見てしまったら、えらいことになってしまうっていう恐怖があったんじゃないかなって思ってるんですよ」

ムンクの絵に表れる「人間らしさ」に惹かれるという女優の吉行和子さんは、そう語る。



一方、恋に落ちなかった女性を、ムンクはじつに美しく描き切る。

「珍しいですよね、こういうふうにちゃんと描いてもらえる女性って」

そう吉行さんが言うのは「ブローチの女」。ムンクの作品中で最も優しい肖像画といわれる女性。モデルはイギリス生まれのバイオリニスト「エバムドッチ」。

ムンクが深入りしなかったと言われるこの美女の目は、はっきりと、そして優しく描かれている。



ムンクはその優れた容姿から、女性にたいへんにモテたと言われる。だが、生涯、独り身で過ごした。

ムンクは言う、「人間の運命は星に似ている。闇から浮かび上がる一つの星のように、もう一つの星と出逢う。輝くのは束の間で、ふたたび闇に沈む。

そう、このように男と女は出逢う。一緒に漂いながら、彼らは愛の炎を燃え上がらす。そしてまた、離れ離れに消えて行くのである。

男と女が完璧に融合できるのは、燃え盛る炎の中で出逢う時だけである」



女性の秘める「神秘」。

それを象徴する女性の「目」。

描けなかったのか、それとも描きたくなかったのか?

神秘は謎のままに、それが消えぬよう。






◎自画像







ムンクはその80年の生涯を通して、じつに多くの自画像を描いている。

10代の頃から繰り返し繰り返し、自分自身を描き続けた。

ムンクはこう語る、「自分自身をつぶさに観察し、自らを解剖の材料として、魂を調査した結果を描き表そうと思う」



30歳の頃の「叫び」も、いわばムンクの自画像。

ふつうの人々が無関心に通り過ぎてしまうような光景に、ムンクは「ただならぬ叫び」を聞いていたのだ。

得も言われぬ「不安」。それは、いつか自分を襲うであろう「結核の死」であったのかもしれないし、科学一辺倒にバランスを欠いた19世紀末という時代だったのかもしれない。



「叫び」の描かれたその翌年、遠く日本では日清戦争が火蓋を切る(1894)。ムンクが没するのは1944年。つまり、彼はその目で、2つの世界大戦が起こる様を目撃している。

邪推すれば、ムンクの多感で繊細な精神は、そうした世界の乱れをいち早く「叫び声」として聞いていたのかもしれない。







ムンクが自画像によって「魂を調査した結果」は、時に地獄の様相を呈する。

「地獄の自画像」は、キャンバス全体に真っ赤に燃え盛る炎が描かれ、その業火の中にムンク自身が立ちつくす。キャンバスの半分は、光のまったく当たらない真の暗闇である。






◎諦念



ムンクは「人生を難しく生きた」のかもしれない。

彼が身を置いたのは、「生と死」の狭間、「愛と別離」の境界線上のように思われる。

相矛盾する2つの事柄に身を裂かれそうになるムンク。見たくもない、聞きたくもないものが、その周りにはあふれる。



目を描けば、それを見てしまう。耳を塞がなければ、それが耳をつんざいてしまう。愛する女性と一緒になれば、その愛は儚くも霧消してしまう。

そうした相矛盾する境界線上に留まることは、ムンクにとってギリギリの選択だったのかもしれない。



死が数年後に迫った最晩年、ムンクはある自画像を描き上げる。

「時計とベッドの間の自画像」

ムンクの右手には、残り少ない人生の時を刻む大きな「柱時計」。その左手には、やがて訪れるであろう永遠の眠りを意味する「ベッド」。

老人ムンクは、その「生と死」を象徴する2つのものに挟まれ、そして為す術もないかのように、ぼぉっと立ちすくんでいる。



だが、この絵には悲壮感がない。

むしろ明るい。何事かに執着することをやめ、自分をどうにでもしてくれと放り出したような諦めのようなものが、清々しく感じられる。

この絵には、闇で塗り潰された部分もない。すべてに光が当たり、隅々まですべて見えている。使われている色彩も、常になく鮮やかなものばかりである。



幼い頃から、自分は結核で死ぬだろうと思い込んでいたムンクは、結局80歳の長寿を生きることとなった。

その死への不安は、いったい何だったのか?

もう生へ執着する必要がなくなるほど、ムンクは長生きした。あの戦乱の時代にあってなお。



なんと「平和な絵」なのだろう。

「時計とベッドの間の自画像」とは。

この絵が描かれたのは1940〜1942年ごろ。つまり世界は2つ目の大戦に突入しており、その真っ只中。世界には「絶叫」が満ちあふれていたはずである。



だが、ムンクの耳には、その「叫び」はすでに遠くのもののようであった。

若い頃には、耳を塞いでなお、頭に鳴り響いて止まなかった「叫び」が。



ムンクの目も、すでに何も見ていないようでもあった。

その自画像に描かれた目は、薄ボンヤリとぼかされている。






◎告白



「私の絵は、世界との関わりを明らかにしようとする告白である」

ムンクは自身の絵をそう語る。

「叫び」には、そうしたムンクの「隠すことのない赤裸々な不安」が告白されている。



一方、「時計とベッドの間の自画像」はどうか?

彼が身を置く場所は、「生(時計)と死(ベッド)」の間。つまり、その場所から逃げてはいない。

若い頃の「叫び」と同じ立ち位置にいながら、晩年のムンクは不安に苛まれているようには見えない。彼はもう、そうした不安を突き抜けてしまっていたのであろうか。



明らかなのは、ムンクの「世界との関わり」が若い頃とはすっかり変わってしまっている、ということである。

かつて達磨禅師は、何事にも不安がる弟子に「その心」を持ってこいと言ったが、弟子はそれを持っていくことができなかった。

ムンクも同様、最晩年の自画像では「自分自身をつぶさに観察」しても、「自らを解剖の材料」としても、「不安」はどこにも見つからなかった。



その事実に、老人ムンクは戸惑ったであろうか?

それとも安心しただろうか?



「ただならぬ叫び声」は、もう止んでいたのか?

それとも、ただ気にならなくなっていただけなのか?



謎は謎のままに

ムンクはムンクのままに…













(了)






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出典:NHK日曜美術館
「夢のムンク 傑作10選」

posted by 四代目 at 09:34| Comment(0) | 芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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