2013年05月09日

コンコルドの見果てぬ夢。超音速旅客機とソニックブーム



太平洋をはるかに隔てた東京とニューヨーク。

その遠大なる距離を一気に縮めたのが、航空機による直行便。およそ40年前、東京とニューヨークは一本の線で結ばれたのだった。



「たとえ2時間でも早く着きたいとという人には、これはもってこいの飛行機ですねぇ」

当時の飛行時間はおよそ14時間。

東京-ニューヨークの直行便は、大いに歓迎された。



あれから40年、航空機の技術は目覚ましく進化した。

より大きく、より安全で、より快適な飛行機が、次々と生み出された。



ところが、40年来、一貫して変わらぬものがある。それは14時間という飛行時間の長さ。これほど技術が進歩したはずなのに、なぜかそればかりは一向に縮まる気配がなかった。

それもそのはず。技術者たちは「音速のカベ」に阻まれていたのである。






◎ソニックブーム



飛行機が音速(マッハ1)を超えることは簡単だった。

しかし、音速を超えた時に発生する「ソニックブーム」と呼ばれる爆音ばかりは、どうしようもなかった。



ドン! ドーン!!

心臓にドスンと響くその音というか、ボディーブローのような衝撃波。

音速(およそ時速1,225km)を超えた飛行機が上空を通過する時、それは地上の人々を直撃するのであった。



花火の打ち上げを間近で感じると、その音の振動の凄まじさに驚く。改めて、音とは衝撃であることに気付かされるわけが、ソニックブームによる衝撃波は、空気が極度に圧縮されることによって生ずるものである。

音速(マッハ1)までは問題ない。飛行機が進むことによって押しのけられた空気は、上下左右にその逃げ道がある。しかし、空気は音速よりも速く動けない(逃げられない)。ゆえに音速を超えた飛行機は、その先端部分もしくは横に広がった翼の部分で、グングンと空気を押し縮める。



その極端に圧縮された空気の塊が、津波のように地上まで到達する。それがソニックブームである。

ドン! ドーン!! と2回衝撃波が来るのは、まずは圧縮された空気、次に引き潮のように、薄くなりすぎた飛行機後方にむかって、空気が猛烈に逆流するためである。



余談ではあるが、今年(2013)2月、ロシアに落下した巨大隕石は、ソニックブームの特大版であった。

音速のおよそ50倍で落下したという巨大隕石。その衝撃波は半径100kmにも及び、周辺家屋の窓ガラスは「音の衝撃波(ソニックブーム)」でことごとく砕け飛んだ。外傷者のほとんどが、衝撃波によるガラス傷。人間ごと吹き飛ばされたケースさえあった。






◎超音速旅客機「コンコルド」



ソニックブームの衝撃波は、距離を経れば経るほど、その力は弱まる(減衰)。

ならば、よっぽど空高くを飛べば、地上にまで届く衝撃波は大したことがなくなるのではないか。1960年代の技術者たちは、そう楽観的に考えた。

ところが、通常高度の2倍にあたる上空2万メートルを飛行しても、ソニックブームによる衝撃波には依然として凄まじいものがあった。要は、期待されたほどに減衰しなかったのである。



では、飛行機それ自体の「空気抵抗」を減らしてはどうか。

空気を真っ先に受ける機首をできるだけ細長くして、最も面積の広い翼の部分を、後ろに寝かすように鋭利にすれば良いのではないか。

そんな発想のもとに造られたのが、超音速旅客機「コンコルド」。イギリスとフランスによる、国家の威信をかけた「ソニックブームへの挑戦」であった。



1969年、コンコルドはプロトタイプ機の初飛行に成功。

超音速飛行を追求したというそのデザインは、じつにスリムで美しい。ツンと伸びた細長い鼻面は、空港では少し下を向くようにできていた。



1976年に運用開始。その未来的な勇姿は、否が応にも人々の期待を高めたものだった。

「コンコルドの誕生によって、世界の距離は一気に縮まる」

世界初の超音速旅客機の誕生に、誰もがそう信じていた。










◎ソニックブームの壁



高度5万5,000〜6万フィート(1万6,000〜1万8,000m)

飛行速度は、マッハ2(音速の2倍)

コンコルドの高度・速度は、ともに従来機の2倍であった。しかし悲しいかな、計算され尽くされていたはずのソニックブーム対策は、奏功していなかった。



「あそこだ!」

はるか上空を飛行するコンコルド、そのまっすぐな航跡が、飛行機雲となって地上から見える。

「すごい速さだ…」

「音速を突破した! 来るぞ!」

ドン! ドーン!!

凄まじい爆音、そして衝撃波。コンコルドが上空を通過するたびに、地上の人々はとんでもない迷惑を被った。







音速は超えたコンコルドであったが、ソニックブームの解消には失敗していた。猛烈な抗議、クレームを受け、いずれコンコルドは「陸上飛行」を禁止されてしまう。

となると、飛行航路は限られてしまう。コンコルドに与えられる航路は大西洋上くらいしかなかった。そして最終的には、エールフランスとブリティッシュ・エアウェイズの2社のみの運行に留まった。






◎コンコルドの誤謬



「250機で採算ライン」

そう言われていたにも関わらず、コンコルドのキャンセルは相次いだ。

当初は100機ちかいオーダーがあったというコンコルド。しかし、ソニックブームをはじめとする様々な問題が折り重なり、ついに製造されたのは、わずか16機のみ。試験機を合わせても20機にしかならなかった。



わが日本航空(JAL)も3機の導入を計画していたが、尾翼に「鶴丸マーク」のついたコンコルドは夢と消えた。

そもそも、速いけれども燃費の悪いコンコルドは、途中給油なしに太平洋を一跨ぎにすることができなかった。さらに、オイルショックによる燃料費の高騰は、泣きっ面にハチとなる。

また、極限まで空気抵抗を減らしたコンコルドは、その機体内部が不快なほどに狭く、高いところで180cmほどしかない。100人乗るのがせいぜいであった。



経済学などでよく登場する「コンコルドの誤謬」という専門用語は、このコンコルドの失敗を揶揄する言葉でもある。

大金を投じたにも関わらず、運行を開始しても損失ばかりが膨らんでいく。だが、それまでの投資を惜しむあまり、やめるに辞められない。



コンコルドに終止符を打つのは2003年。

その3年前(2000)にエールフランス機が起こした炎上・墜落事故は、象徴的な出来事であった。炎を引きずるように離陸したコンコルド。その原因は、滑走路に落ちていた落下物がタイヤをバーストさせ、燃料タンクを破損させたことであった(死亡113人)。

こうして世界初の超音速旅客機は、世界唯一のそれとして、その幕を閉じた…。










◎囚われ



ついに見果てぬ夢と消えた超音速機。

時代は速さよりも、大型化、快適性、高燃費のほうに動いていった。



それでも、夢を見たい。ソニックブームを解消して、超音速で飛ぶ夢を。

英仏がコンコルドを作っていた時、アメリカもまた超音速機にチャレンジしていた。翼の空気抵抗によるソニックブームを軽減しようと、飛行中に翼を後方に下げる「可変翼タイプ」をアメリカは模索した。

艦上戦闘機にF-14(トムキャット)というのがあるが、当時のアメリカが作った超音速機はそれと似ていた。しかし無念。音速は超えられるが、ソニックブームの衝撃波ばかりは抑え切れず、実用化されぬままに中止となってしまった。







イギリス、フランス、アメリカ。

第二次世界大戦の戦勝国組は、実用可能な超音速機に届かない(戦闘機はいくつか作ったが)。

そもそも、形は異なれど、その発想は五十歩百歩。「空気抵抗を減らす」ということばかりに囚われていた。






◎日本における研究



現在、世界中でソニックブームを解決するための研究が継続している。その中で、ひとつ頭抜けているのが、わが日本だという。

日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)による「D-SEND(ディセンド)プロジェクト」というのは、ソニックブームを半減させることを目的とした超音速機の研究開発。



そのスペシャリスト、牧野好和さんは、最新のコンピューター・シミュレーションを用いて、コンコルドから出ていた衝撃波を詳しく解析した。つまり、コンコルドの失敗をその叩き台としたのである。

すると、コンコルドの尖った機首部分の衝撃波は、さほどではないことが判った。この点、空気抵抗を減らす努力は功を奏していた。しかし、問題は別の部分、翼付近にあった。

ここから発生するソニックブームは、機首よりもずっと大きいものだったのである。この点、アメリカの超音速機が翼を後ろにたたむのは、じつに理に適ったことであった。



飛行機が浮かび上がるためには、翼の空気抵抗によって生まれる揚力が必要とされるが、その抵抗が大きいほどにソニックブームが大きくなってしまう。ここには二者択一のトレードオフの関係があるようだった。

そのために、かつては空気抵抗を減らすことに躍起になっていたのだった。



だが、JAXAの牧野さんが注目したのは、空気抵抗そのものではなく、機首と翼のソニックブームが「合わさって」減衰しにくくなっているという点だった。

個々のソニックブームだけであれば確かに、上空から地上に伝わる間で十分に減衰していく。だが、その2つが途中で合わさることによって、ソニックブームの勢いは衰えずに地上に響くのであった。






◎分散



ならば、発想を逆にしよう。

あえて、空気抵抗をつくるのだ。



そんな考えから、JAXAの開発する「D-SEND(ディセンド)」という超音速機の機首は、あえて丸みを帯びている。

「先端で、あえて強い衝撃波を発生させればいいんです」と牧野さんは言う。



機首と翼、それぞれのソニックブームは、翼によるそれの方が大きいために、後から発生するはずの翼のソニックブームが機首のそれに追いついてしまう。そうして両者が合体してしまうことに問題があった。

そこで、機首の空気抵抗を大きくした。そうすれば、後ろからくる翼のソニックブームに追いつかれない。

ソニックブームを弱らせるカギは、空気抵抗の軽減のみならず、その「分散」にあるようだった。



同じ原理で、翼の下の胴体にも丸みを持たせた。

空気抵抗を翼以外にも発生させることによって、やはりソニックブームは分散され、いずれ勢いを失うのであった。






◎「D-SEND#2」と「MISORA」



ソニックブームを極限まで減らすように作られた「D-SEND#2(ディセンド2)」。

それはコンコルドのように鋭利な形のなかに、生きものの鳥のような優雅な丸みを併せ持つ。

カモノハシのような機首はいくぶんシャクれており、翼の下の胴体は、子持ちシシャモのように豊かな膨らみを抱いている。



計算上、D-SEND#2(ディセンド2)のソニックブームは、コンコルドの4分の1にまで軽減されている。

だが、欧米の航空先進国に認めてもらうには、「紙と鉛筆と計算機」だけでは説得力に欠ける。必ず実証実験の結果が求められるのである。

まだエンジンを持たぬD-SEND#2(ディセンド2)ではあるが、気球で上空30kmにまで運び上げ、そこから自然落下させることで、いかなるソニックブームが発生するかが検証できる。その実験は、今年(2013)8月、スウェーデンの上空で行われる予定である。







また、別の研究として、東北大学の流体科学研究所では、「複葉機(翼が上下2枚の飛行機)」の超音速機を開発している。

こちらもまた、あえて翼の空気抵抗を増やすことによって、ソニックブームを低減させようという試みである。上下2枚の翼の間にソニックブームの衝撃をサンドイッチで挟み込み、それぞれの翼で発生するソニックブームを同士討ちさせてしまおうという作戦だ。

先端にいくに従って、細くなっていく翼。上下両翼の隙間も、先端にいくほど狭まっていく。



この「MISORA(みそら)」と名付けられた東北大学の超音速「複葉機」。

その機体はほとんどが幅広の翼であり、乗客も翼の上にちょこんと乗る格好だ。その姿は、小説の中の未来型飛行機のようである。

「ソニックブームの目標は、『ノックの音』くらいです」と、東北大学の大林教授は、その野心をのぞかせる。






◎未来の種



空気抵抗を減らそうという発想をひっくり返し、それを分散させようという思考に切り替えた日本の研究者、そして技術者たち。

いよいよ、次世代の飛行機が誕生する日が近いのかもしれない。もし実現すれば、東京-ニューヨーク間は、14時間の壁を一気に半減させる可能性を秘めている。じつに半世紀ぶりに。

その成功を見越して、すでに世界では「ソニックブームの許容範囲」に関して国際的に基準をつくろうとの議論が始められている。



思えば戦前、日本は飛行機大国であった。日本の開発したゼロ戦は、当時最高峰の戦闘機であり、アメリカ軍を怯えさせていたのである。

ところが戦後、日本の重工業は戦勝国によって禁じられた。その高い技術力を恐れられたのである。



そして今、戦後から大いに遅れをとっていた日本の飛行機は、超音速機の技術でふたたび世界の注目を集め始めている。

返り咲けるか、ニッポン。

未来の種は、こんなところでも芽吹き始めていたようだ…






(了)






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出典:NHKサイエンスZERO
「打倒ソニックブーム! 超音速旅客機の挑戦」

posted by 四代目 at 09:51| Comment(1) | 飛行機 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
旅客機、戦闘機、超音速旅客機、ヘリコプター等、航空機の騒音、衝撃波などの問題は現状では低減のみで消音する技術が見当たらない。其処で世界で唯一排気を吸収消音、無臭化する装置を装着することにより騒音、ソニックブーム共に解決し空港、基地周辺の住民が怒りから歓喜に一変するでしょう。
Posted by Takumi Soyama at 2016年12月25日 23:11
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