ほとんどマンガの世界だ。
パソコン一つでロケットを打ち上げるなんて…。
そのロケットの管制室には、電機屋で売っているようなパソコンが2台ポツンと置かれてあるだけ。それを動かすのも2人だけ(管制室といえば、100人以上が熱気ムンムンに巨大スクリーンを見つめるものではなかったか…?)。
「これを我々は『モバイル管制』と呼んでいるんです」
JAXA(宇宙航空研究開発機構)の森田泰弘(もりた・やすひろ)教授は、そう微笑む。
「私のこのパソコンからでも、ロケットの管制をやろうと思えば出来るんですよ。原理的には世界中のどこからでも」
◎サンダーバード
「僕が小さい頃は、サンダーバードみたいなロケットがあって、ボタン一つで飛んで行くっていうのが普通だったんですね」と森田教授。
「そもそも、ロケットっていうのは『ボタン一つで飛んで行くべきもの』だったんです」

ところが現実のロケットはといえば、ボタン一つどころか、気の遠くなるような手間と人手が要求される。
たとえば、日本が誇るH2Aロケット。その全長は53m(ガンダムの約3倍)、重さ290トン(ガンダムの6倍以上)。その巨体を飛ばすためのエンジンは318万馬力(鉄腕アトムの3倍強)。
H2Aロケットの打ち上げには、100人以上の熟練技術者たちが管制室で息を飲む。
たとえ発射がつつがなく成功したとしても、人工衛星が切り離されるまでは、片時も気を緩めることは許されない。
ロケットが地球を蹴った後、燃料タンクである左右のブースターが切り離される。そのためには、火薬を爆発させてボルトを吹き飛ばすという少々手荒な方法が採用されている(電気制御よりも確実性が高いとのこと)。
ロケット専用であるその部品一つにしても、正しく動作してくれるかどうか最後の最後まで心配なのである。
「それをようやく、『イプシロン・ロケット』で、ボタン一つとまでは言わないですけれども、それに近いような形で打ち上げられるようになったんです」と森田教授は話す。
H2Aロケットが、打ち上げの準備に50日、100人以上の人手を要求するのに対して、新型ロケット「イプシロン」は、発射台に立ててからわずか6日で宇宙に旅立つことができるのだという。
「翌日の片付けを入れても、一週間でロケットが打てます。サンダーバードは週に一回やってましたから(笑)」と、森田教授は笑う。
◎イプシロン・ロケット
週一の発射を目指すイプシロン・ロケットとは?
「より安く、より小さく」を目標に、日本が12年ぶりに新開発するロケット。
イプシロンの目標とする打ち上げ費用は30億円。これは従来比3分の1の価格破壊である(1号機53億円 → 4号機以降38億円 → 最終的に30億円)。ロケットの製作期間は、従来の3年から1年以内に短縮されている。
全長は24m(H2Aの半分以下)、重さ91トン(H2Aの3分の1)。その小さなガタイのお陰で、組み立てた状態のまま射場に運搬できる(H2Aは射場に運んでから組み立てていた)。
「ロケットの発射っていうのは、テスト無しのブッつけ本番なんですよ」
巨大すぎて作ってから運ぶことのできないH2Aロケットは、いったんバラバラに分解してから発射台で再度組み上げる。
「たとえば、エンジンのバルブ。これはロケットでいうとまさに心臓部で、これの点検っていうのは、物凄く大変なんですよ。熟練のエンジニアが集まって、アアでもないコウでもないと、だいたい50日くらい、ざっと100人くらいでやっている」と森田教授(JAXA)。
100万点にも及ぶというロケットの全部品。その半分の50万点は、その心臓部たるエンジンに集中している。その点検精度はミリ単位でも大きいくらい。部品同士をつなぐ溶接面の微かな凹凸からでも、大爆発は誘発されてしまう(スペースシャトル・チャレンジャー号は、寒さによってわずかに縮んだゴム部品から、発射直後に空中分解してしまった…)。
名うての熟練技術者たち100人以上が、神経をすり減らしながら50日もかけて精密緻密にロケットの発射準備を整えていく。
「ロケットというと『ハイテクの集大成』みたいな感じがすると思うんですが、じつは『超アナログの世界』なんです」と森田教授は言う。
たとえば、エンジンのバルブ一つとっても、理想通りには動いてくれない。
「バルブっていうのは機械部品なので、急には動けない。出だしの部分でちょっと遅れて、オーバーシュートといって必ずちょっと行き過ぎてしまう」
その計算できないほどの精妙なズレが、バルブごとにちょっとずつ異なる。同じバルブでも測る条件が違えば、また微妙にズレてくる。熟練エンジニアたちは、そうした「パーツの個性」を肌で感じながら、慎重に調整しつつ組み上げていかなければならないのだ。
その無数の点検を120%完璧にするためには当然、人員も時間も膨大に必要とされる。なにしろ、ロケット発射はブッつけ本番なのだから…!
一方、新型ロケット・イプシロンは、ずっとデジタルである。
たった一つの、手の平サイズの小箱が、熟練技術者100人分の仕事をこなしてくれるのだという。
その小箱は、人工知能「ROSE」と呼ばれるもの。この小箱の頭脳は、無数にあるパーツの個性を予め見破っている。だから発射前の点検に6日しか要しない。大幅な期間・人員の削減を可能にしたのである(50日→6日、100人→2人)。
◎未来のロケットのお手本
「これからの50年っていうのは、ロケットを簡単に点検できる仕組み、これを作ることが大事なんです」と森田教授。
日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)が開発する次世代ロケット・イプシロンは、人工知能を積んだ世界で初めてのロケット。
「イプシロンは、ロケットを打ち上げる『シンプル性』で世界一を今目指そうとしているんです」
最短わずか一週間の打ち上げ準備。ノートパソコンをネットワークにつなげば、エンターキーをポチッとするだけで、イプシロンは宇宙に飛び立つ。世界で最もコンパクト、かつ射場に依存しない究極のモバイル管制。
「もちろん世界で初めての試みであり、未来のロケットのお手本になるものです。すでに試作モデルは完成し、その現実もすぐそこまで来ているのです」
打ち上げ予定は今年(2013年)8月。
「ロケットの打ち上げをもっと手軽なものにし、宇宙への敷居を下げよう…。それがイプシロン・ロケットの最大の目的なのです(JAXA)」
「僕の夢としては、『今週のイプシロン』みたいな形で、毎週いろんな衛星を打ち上げていきたいな、っていうのがあるんです」
森田教授(JAXA)はあくまで、週一やっていたサンダーバードの夢を諦めてはいない。さすがに現在の予定では1年に1回の打ち上げではあるが、いつの日にか本当にサンダーバードと張り合える日が来るのかもしれない。
イプシロン・ロケットは小さいとはいえ、「あかつき」程度の人工衛星ならば宇宙に運べる可能性を秘めている。探査機の小型化も進めば、月惑星ミッションに挑戦することも十分に可能である。
そして何より、小型・効率化によりロケット開発は加速する。開発製造の期間が短くなることにより、人も育ちやすくなる。
そして、イプシロンによる実験的試みは、より大型のH2Aロケットへの応用への下地となる。ある意味、イプシロンは「革新的技術の練習台」としても位置づけられているのである(モバイル管制など)。
◎レジ袋で飛ぶロケット
イプシロン・ロケットは一発38億円。
従来のロケットよりは格安とはいえ、まだまだ高い。
北海道(赤平市)の町工場、植松電機の植松努(うえまつ・つとむ)さんの作るロケットは、なんと一発1,000万円。ワゴン車に載せて運べるほど小型・軽量である。
「やっぱり小さい頃からの憧れですね」
そう言う植松さんは、自ら屋上に天文台をしつらえ、なんと世界に3ヶ所しかないという無重力の実験棟までこさえてしまったほど、宇宙熱が半端ない。
本業は磁石の製造とのことであるが、その傍らには無造作にロケットの胴体が置かれている。インターネットで買った炭素樹脂を加工したものだという。
ロケットの燃料も変わっている。プラスチックの塊だ。ポリエチレン、レジ袋の原料である。
「これ(ポリエチレン)、きっと今のガソリンより安いですよ。リッター100何円の世界ですから(笑)」
なんと、レジ袋削減で余ったポリエチレンで、ロケットが飛ぶ時代なのか?
◎カムイ(CAMUI)ロケット
ロケットの燃料といえば、液体燃料が一般的(液体ロケット)。液体酸素と液体水素という2種類の燃料を混ぜて燃焼させ、あの爆発的な推進力を生むのである。
日本の大型ロケット・H2Aもそうであり、重量290トンのうちの実に200トンまでが、この液体燃料で占められている。そして、巨大な燃料タンクは使い切ったところから切り離していかなくてはならない。なるべく軽い状態で飛びたいからである。
ところが、レジ袋たるポリエチレンは、一触即発の液体燃料のような危険物ではない。
「安全管理のための機能がかなり簡素化できるんです」
そう語るのは、植松さんと共同でロケット開発する北海道大学の永田晴紀教授。開発中のロケットはカムイ(CAMUI)という名だ。
プラスチック燃料の難点は、その燃えにくさ。いっぺんにドーンと燃やすのはなかなか難しい。
そのため、その着火には液体酸素を吹き付けなければならない。カムイ・ロケットのように、液体と固体、両方の燃料を用いるタイプを「ハイブリッド・ロケット」と呼ぶそうだ。
※ちなみに、JAXAの次世代ロケット・イプシロンも基本的には固体ロケット。精度を要求される時にのみ、液体燃料を用いる。
◎キューブサット
「理科の実験くらいに安全にロケットの打ち上げができます」
はたして、そんな簡易なロケット、カムイは宇宙で活躍できるというのだろうか?
じつは小型化が進んでいるのはロケットばかりでなく、人工衛星しかり。キューブサットという人工衛星は片手の平に乗るほどの小ささながらも、必要な機能はすべて入っている。
大きさわずか10cmの人工衛星・キューブサット。それを宇宙まで運ぶに、カムイ・ロケットは十分すぎるほどだという。
小さな巨人、キューブサットの秘める可能性は果てしなく大きい。
気象観測用にたくさん打ち上げれば、超ピンポイントの天気予報も可能になる。さらには農作物の成長を見守る衛星から、トラクターを自動操縦させる衛星。魚群を的確に探知する衛星まで存在する。
アイディアは無限大。自由な発想が、まったく新しい世界を切り拓く。
ところがこれまで、キューブサットを打ち上げるためのロケットは存在しなかった。仕方がなく、大型ロケットのちょっと空いたスペースに間借りして、「おまけ」として打ち上げられていたに過ぎない。
だから、自分の行きたい時に飛べない。行きたい軌道にもいけない。これはコバンザメの悲劇である。
そのニッチ(すき間)に登場するのが、超小型のカムイ・ロケット。
「大きなロケットと大きな衛星も必要なんですけど、これからは小さなロケットと小さな衛星のコンビネーションが可能性をものすごく広げていくと思うんです」と森田教授(JAXA)は将来を語る。
今や宇宙は「使ってなんぼ」の世界に突入しつつあるのだという。
「これじつは、日本が最も得意とする分野(小型・高性能・低コスト)なんです。これからはロケットの分野でも日本がそういう力を発揮して、世界をリードしていきたいと思っています」
子ども時分にサンダーバードに憧れた森田少年は今、世界に大きな革命を起こそうとしている。
そして小さな町工場からもまた、小さなロケットが大きな未来を切り拓こうとしている。
宇宙という広大無辺の世界は、いよいよ切り取り次第となっていくのだろうか?
かつてのマンガの世界が、遠い宇宙をじょじょに手元に引き寄せつつある。
「今週のイプシロン」を毎週楽しみにする日も、きっと来るのだろう…!
(了)
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出典:サイエンスZERO
「次世代国産ロケット 世界に挑む」