「なかなか『ほうき星(彗星)』っていうのは、当たりハズレが大きいんですよ…」
そう言うのは、アマチュア天文家の「中野主一(なかの・しゅいち)」さん。彼にとって、今回現れた「パンスターズ彗星」は少々期待ハズレだったようである。
「去年の夏頃の観測では、こんなに明るいところがあるんですよ」
中野さんが指差すのは、パンスターズ彗星が「どこまで明るくなるか」を予想したグラフ。じつは中野さん、1994年にシューメーカー・レヴィ第9彗星が木星に衝突したとき、その軌道計算に世界で最初に成功したほどの人物である。
もし、去年8月の時点の明るさ(約10等級)のまま、パンスターズ彗星が太陽に近づいていけば、肉眼で見えるほど明るくなるだろうと予想されていた(最大マイナス1等級)。
その年の秋までは、予想を上回る速いペースで増光したパンスターズ彗星。否が応にも期待は高められていた。まさに「大彗星」の予感であった。
◎最後の踏ん張り
ところが、今年に入って増光ペースに翳(かげ)りが見られ始めたパンスターズ彗星。「最大でも3等級止まりか…」との悲嘆の声が広がっていった(1月半ば)。
過去において、いくつもの彗星が「大彗星」になると大型ルーキー並みに期待されながら、期待ハズレに終わっていっているのも、また事実…。
それでも、パンスターズ彗星は最後の最後で「ひと踏ん張り」してくれた。
日本で初めて検出されたのが3月8日。地球に最接近したのは、その2日後の3月10日(近日点)。日本各地からは「見えた!」との嬉しい報告が相次いだ。
日の出前と日の入り後、薄明の空に一日2回、きわめて低い空に姿を現したパンスターズ彗星。よく晴れた日も多かったおかげで、多くの人の目を楽しませ、多くのカメラに収まった。
パンスターズ彗星の明るさは、人によってだいぶ印象が違っていた。「0等級の大彗星!」と感嘆する人もいれば、「2等級にしか見えない…」と肩を落とす人もいた。
低空で見られる星は、どうしても大気の影響を強く受けてしまうため、上空にある星よりも暗く見えてしまうのだった。
「平均すると、パンスターズ彗星の最大光度は1等級だったようだ(AstroArts)」
すでに太陽から遠ざかり始めているパンスターズ彗星。ゆっくりと暗くなっていきながらも、大型連休の頃までは、辛うじて肉眼でも確認できるそうである(6〜7等級)。
ちなみに、離心率が1を超えているパンスターズ彗星は、今回の接近を最後に、もう二度と回帰して来ないと考えられている。つまりパンスターズ彗星は、ハレー彗星のように周回するタイプではなく、「一回限りの彗星」だったのだ。
◎当たりハズレ
「予想ハズレも結構あるから、叱られたりしますよ(笑)」
中野さんほどに軌道計算の実力がある人でも、彗星の当たりハズレは博打のようなものだという。要するに、来てみなければ分からない、ということが多分にあるのだ。
たとえば今回、パンスターズ彗星が世の天文家たちの心を大きく膨らませたのは、それが早い段階から「明るいフリ」をしていたからだった。
一酸化炭素や二酸化炭素を持っていたパンスターズ彗星は、遠くにある時にそれらが低音で蒸発、噴出しており、より明るく見えたのであった。
「いわば、明るいフリをするんですね。そのフリに騙されてしまうんです。ですから、どんな素顔を持っているかは、太陽に近づいてからの楽しみなんです」と、渡部潤一(国立天文台副台長)さんは言う。
数ある彗星の中には、期待ハズレもあれば、ダークホースも潜んでいる。たとえば2007年のマックノート彗星。その尾はまるで「九尾のキツネ」のように夜空に何本も広がった。
「これは彗星としてはそんなに明るくなると思っていませんでしたので、こんな尾を見せるとは予想してなかったんですが…。大彗星になった例です」と渡部さんは言う。
またホームズ彗星(2007)も、嬉しい誤算だった。
「これ、じつはですね、もともと17等星というすごい暗い彗星だったんですよ。ところが一晩のうちに2等星まで明るくなったんです!」
なんと15等級もの大出世。一足飛びに100万倍も明るくなった。たった一晩で!
「尾っぽがないような彗星なんですけど、肉眼で見ても雲が浮いているように見えましたね」と渡部さん。
一方の外れクジは、オースチン彗星(1990)。
「これはね、マイナス等級になるって言われていたのに4等級。まあ、100分の1の明るさにしかならなかったんです」
じつは、このオースチンさんが見つける彗星には期待ハズレの彗星が多い。
「われわれの中では『オースカちん』って呼んでいるんですよ(笑)」
◎大本命
彗星が明るく見えるのは、太陽の熱によってその表面が溶かされ、内部に閉じ込められていたガスが宇宙空間へと放出されるからであり、それらのチリやガスが太陽光を受けて明るく輝くからである。
「彗星が溶ける?」
じつは彗星、その8割は氷。つまりほぼ「氷の塊」なのである。ゆえに彗星は「汚れた雪ダルマ」とも形容されるのである。
彗星の美しい尾は、その身を溶かして、たなびかせる。
いわば、己の身を削って、その美を演出しているのであった。
ということは、彗星が太陽の近くを通るほどに、その輝きを増すということである。
今回のパンスターズ彗星は、太陽との距離がおよそ4,500万km。それに対して、今年12月に来ると言われている「アイソン(ISON)彗星」はなんと、約180万km(0.012AU)にまで急接近するという。
「アイソン彗星は、まさにケタ違い。太陽スレスレ」
おまけに、地球にも大接近(約0.3AU)。かなり大きく見えるはずであり、ほぼ確実に「大彗星」への道まっしぐら。
「2013年11月からは肉眼で見える明るさとなり、近日点通過後の11月28日には視等級がマイナスになり、『満月の明るさを超える大彗星』になる可能性がある」
現在予想されているアイソン彗星の明るさは「マイナス13等級」。ちなみに満月が最大の明るさでマイナス12.7等級であるから、このレベルになると、明るい昼空にも輝くことができるほどである。
◎崩壊?
アイソン彗星の明るさは驚異的である。
この彗星に関する懸念はむしろ、その明るさよりも「太陽との近すぎる距離」にある。
「たとえばね、リニア彗星(2000年)っていうのが、観測している間にバラバラに分裂して、無数のちっちゃな彗星になって、何日かしたら全部消えちゃったっていう例があるんです」と、渡辺さん(国立天文台副台長)は言う。
熱に弱い雪ダルマ。あまりに近くで炙られると、彗星は崩壊してしまう恐れがある。だが、3つ4つぐらいに分裂してくれた方が、その輝きは増すのだという。
「あぶられる表面積が大きくなると、ガスもたくさん出てきますので、分裂したほうが派手に明るくなるんですよ」と渡辺さん。
さらに、分裂によって研究のチャンスも広がるという。
「彗星っていうのは、46億年前の物質を氷漬けにして閉じ込めた化石みたいなものなんです。われわれ研究者はほんとは中を割って、中に何が含まれているかを見てみたいんです」と渡辺さんは言う。
彗星が尾をつくっている段階では、太陽光を反射しているだけなので、その砂粒の成分までは分からない。ところが、太陽にものすごく近づくと、その砂粒が溶け出して、その中にどんな金属が含まれているかまでが解明できるのだという。
無情な言い方をすれば、アイソン彗星は崩壊してくれたほうが、ありがたい。その輝きも増せば、宇宙研究も大きく飛躍する。
さらに無慈悲になれば、アイソン彗星というのは、パンスターズ彗星と同様「一回きりの彗星」。というのも、その故郷が太陽系から遠く遠く離れた「オールトの雲」というところにあるため、弱まった太陽の引力では周回軌道をつくることができないからだ。
ならば、死に花を咲かせるもよし…。それでも、彗星崩壊というのは、人情的には悲しい出来事である…。
◎池谷・関彗星
じつは50年ほど前、アイソン彗星と「よく似た彗星」があった。
それは1965年、太陽に大接近した「池谷・関彗星」。
この彗星、大変なドラマを演じてくれた。
この彗星の発見者の一人「関勉(せき・つとむ)」さん。発見したのは大接近の1ヶ月前。夜明けの4時過ぎ、山の上に突然、その彗星は現れた(1965年9月18日)。
「思い出しますねぇ。あの山の上ですよ」
そう言いながら、関さんは遠くの山に視線を送る。コメットハンター(彗星捜索家)だった若き日の関さん、手作りの望遠鏡(口径8.8cm倍率19倍)を肩に担ぎながら、彗星を追いかける日々を送っていた。この彗星は、自身3つ目の発見であった。
高知市にいた関さんの発見に先立つこと15分、浜松市では池谷薫さんもまた、台風の通過中に同じ彗星を発見していた。
両者からの発見電報を受けた東京天文台(現・国立天文台)は、国内での確認作業なしにアメリカにある天文電報中央局に報告(確認はその後オーストラリアで行われる)。正式に「池谷・関彗星(1965f)」の名前が確定した。
「この小さな彗星が、この後に『世紀の大彗星』に成長したことから、2人は世界的に有名になることになる」
◎世紀の大彗星
「近づく、今世紀最大の彗星」
関さんの小さな観測所には、すぐさま多くのマスコミが詰めかけ、新聞には景気のいい見出しが踊った。
軌道計算の結果、太陽にもっとも接近するのは10月21日。太陽表面からはわずか45万km(太陽直径の約1/3)という大接近だった。
「極端に近すぎる…」
太陽に近づき過ぎて、彗星が消えてなくなるのではないか?
関さんはそんな不安を胸に、固唾を飲んで運命の日を迎えていた。
「10月21日の朝だったですか。非常によく晴れていましてね。太陽にだんだんだんだん接近していく様子が、青空をバックにして肉眼でも見られたんです」と関さんは鮮明な記憶を語る。
日本時間の正午ごろ、彗星はマイナス17等級という明るさに達し、約60分間、満月よりも明るく青空に輝いていた。「真昼の太陽のすぐ近くでもハッキリと見え、その尾が太陽の周りに巻き付いているように見えた」という報告もある。
この大彗星は、過去数千年で最も明るくなった部類に入るものだった。
◎1,000年後に…!
午後一時、やがて彗星は太陽に飲み込まれるかのように、その陰に隠れて見えなくなった。
「太陽のモノ凄い高熱によって、氷たる彗星は蒸発したんじゃないか?」
そういった情報がハワイなどから入った。気の早いニュースは「池谷・関彗星はバラバラに砕けた」と報じていた。
それでも、関さんはそんな情報を信じたくなかった。
何としてでも、自分の眼でそれを確認するまでは信じられなかった。
翌朝、夜明け前。寝てもいられぬ関さんは、手作りの望遠鏡を担いで、すでに近くの山上にあった。
「どうなったんだろう? ふたたび現れるのか? それとも消えてしまったのか…?」
複雑な想いに苛まれながら、関さんは夜明けを恐れるように待っていた。
午前6時、関さんは信じられない情景を目撃する。
「太陽が昇る寸前にですね。彗星という姿ではなかったですね」
関さんの目に飛び込んできたのは、まぎれもない池谷・関彗星。その核は3つに分かれながらも、芯のある青白い光を放っていた。
思わず、バンザイ三唱!
「健在であった…! 元気であった…!!」
夜が明けても、その彗星がだんだんと離れていく様子がうかがえた。
この彗星がまた帰ってくるのは約1,000年後。
「さよならー! アデュー! また1,000年後に会おうゼ!」
関さんは両腕を大きく振って、去りゆく彗星に別れを告げた…。
◎伝説の彗星
「われわれ彗星の研究者にとっても、これは『伝説の彗星』なんです」
当時の感動を知る渡部さん(国立天文台副台長)は、そう語る。
「太陽のすぐそばを通過したマイナス等級の彗星。しかも生き残ったということで」
芸術的に美しい彗星。
そして、この彗星で初めて「溶けた金属」が見えたことでも衝撃的であり、その後の彗星の天文学を大きく押し進めた。
さて、今年12月に訪れるという久々の大彗星・アイソン(ISON)。
この星は、どんなドラマを見せてくれるのか?
研究者たちの想いも複雑だ。「なくならないでくれ」と願う一方、少しだけでもその中身を覗き見たい。
現在82歳となられた関勉さんも、夜空のアイソン彗星から目が離せない。
「まだ暗いけど、なんかその辺に彗星があるような感じだね」
望遠鏡を覗いた関さんは、木星の近くにあるアイソン彗星を確かに確認した。
「今はまだ、彗星のタマゴだね。タマゴから孵ったばかりだ」
はたして、その雛は「鳳凰」となるのだろうか?
火の鳥のごとき、美しい姿は見られるのだろうか…。
(了)
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出典:サイエンスZERO
「接近中! 巨大彗星」