2013年04月09日

黄砂の風に、青い夕陽。たかが砂塵の秘めたる力


中国から吹いてくる「黄色い風」。

中国の乾燥地帯、ゴビ砂漠やタクラマカン砂漠の乾いた砂塵は、季節の風にのって日本に飛来する。

「黄砂(こうさ・yellow dust)」である。



時には車のボンネットを黄色く染め上げたり、洗濯物の洗い直しを余儀なくさせる。花粉と混じればアレルギー症状を悪化させる。

否定的な側面だけに目を向ければ、黄砂による経済的損失は「東アジア全体で年間7,000億円超」とも言われている。

それが黄砂をして「黄砂テロリズム(yellow dust terrorism)」と呼ばしむる所以でもある。



しかし、それらの損失は「脆(もろ)い人間社会」において発生するものであり、よりタフな自然界にあっては「黄砂ほどありがたい贈り物はない」と言う科学者もいる。

その昔、エジプトの繁栄を支えたのは「ナイル川の氾濫」であった。「エジプトはナイルの賜物(たまもの)」とも言われたように、大洪水は脆弱な人間社会を壊滅させてしまうものの、その置き土産となった大量の土砂には、これでもかというくらいに「栄養分」が含まれていた。

それと同様、一見迷惑な贈り物である中国からの黄砂にも、多分に栄養分が含まれている。ある科学者はこう指摘する。「黄砂の流れから遠い東太平洋ほど『森林は失われやすい』」と。



◎アマゾンの謎


黄砂を宙に飛ばすのは「偏西風」と呼ばれる風であり、それは地球の自転によって生じる向かい風のようなものである。

日本列島の位置する「中緯度」という場所は、年間を通して「西の風」を浴び続ける。それが「天気は西から変わる」という意味であり、中国からの風を避けられないという宿命でもある。



一方、地球の裏側、ブラジル・アマゾンの熱帯雨林の位置する「赤道付近・低緯度」地帯。そこには、日本とは真逆の「東の風」が常時吹いている(貿易風)。

なぜ、緯度によって風向きが逆転するのかといえば、それは地球表面を蛇行するジェット気流が、緯度によってその風向きを変えるためである。

東から風の吹く南アメリカ大陸には、大西洋の向こう、アフリカ・サハラ砂漠からの砂塵が降り積もる。日本が中国の黄砂に覆われるのと同じく、ブラジルもアフリカの砂塵に見舞われるのだ。



ある雨上がりの日、白く綺麗だったフォルクスワーゲンに赤い砂塵が付着して、赤茶けて見えた。それは全く迷惑なことであったが、同時に「アマゾンにまつわる長年の謎」と結びついた。

アマゾンにまつわる謎とは、「アマゾン川流域には、どうやって栄養分が補充されるのか?」というものだった。しょっちゅう雨の降り注ぐこの地域の栄養分は、疾うの昔に流失していておかしくなかった。

「それがなぜ、今でもあれほど肥沃なのか?」



高温多湿で土壌が侵食されやすいアマゾン。

にもかかわらず、信じられないほど多様な動植物が、営々と繁栄を続けている。

その謎をとくカギは「大陸間を移動する砂塵」にあった。



◎肥料の雨


「アフリカから飛んできた砂塵のおかげで、アマゾンの大部分が肥沃になったという仮説は、非常に有望だ」

アメリカ地質研究所の科学者、ムース(Daniel Muhs)はそう言う。

「アフリカから砂塵が運ばれてくるというこのプロセスは、何十万年も続いてきたと考えられる」



アフリカ・サハラ砂漠の南端にあるボデレ低地は、「地球上で最も砂塵が多い場所」として有名だ。

アマゾンの熱帯雨林にには、毎年ほぼ4,000万トンもの砂塵が天から舞い降りてくるというが、その半分はそのボデレ低地から来る可能性がある。



ありがたいことに、その大量の砂塵の中には、鉄やリンといった生命維持に必要なミネラルが豊富に含まれている。

貿易風にのって大西洋を横断してくる巨大な砂塵は、アマゾン川流域に「大量の肥料」をばら撒いていたのである。

「北アフリカ全体が吹き飛ばされているようなものだ」



◎黄砂


中国の黄砂も負けてはいない。

その黄色い風は日本でとどまることなく広大な太平洋を吹き抜け、さらに巨大な北アメリカ大陸をひとっ飛び。グリーンランドの氷河にまで達する。

グリーンランドの氷に閉じ込められた砂塵を解析すると、数世紀分の砂塵の歴史をたどることも可能となる(後述)。



日本列島の黄砂との付き合いは、じつに古い。

日本の南西諸島にはクチャと呼ばれる泥岩層(厚さ約1km)が分布しているが、この層にも黄砂由来の粒子が含まれていると考えられている。ここまで遡ると最低でも200万年を数える。

もっとも控え目な見積りでさえ、7万年という腐れ縁である。



朝鮮半島では新羅時代の174年、「雨土(ウートゥ)」という記述が残っている(三国史記)。それは、怒った神が雨や雪の代わりに降らせるものだと信じられていたという。

日本の記録は、より風流である。「霾(つちふる)」というのは春を表す季語であり、それは春風に黄砂が空を黄色く霞ませる情景である。



黄砂が春を代弁するのは、今も昔も変わらない。

冬は積雪に覆われる中国の乾燥地帯も、春になれば雪の重しが融けて、軽やかに宙に舞い上がる。それらは季節の風(偏西風)によって日本列島へと運ばれる(2〜5月の4ヶ月間に、黄砂のおよそ90%が集中している)。

夏が近づくと終息するのは、暖かくなって植物が増え、雨によって土壌がより重たくなるためである。



現在、黄砂の発生量は年間2〜3億トンと推定され、日本には1平方kmあたり年間1〜5トンが降り積もる。

日本における煤塵(ばいじん)総降下量のおよそ1割が黄砂であるという。



◎チリも積もれば…


日本に落ちる黄砂の粒子の大きさは、0.5〜5μm。これはタバコの煙の粒子よりも大きく、人間の赤血球よりもやや小さい(地質学的にこのサイズは、砂というよりも「泥」にあたる)。

その組成はというと、日本の表土に比べると「カルシウム」の含有率が高い。質量が多い順には、ケイ素(24〜30%)・カルシウム(7〜12%)・アルミニウム(7%)・鉄(4〜6%)・カリウム(2〜3%)・マグネシウム(1〜3%)。このほかにもマンガン・チタン・リンなどの微量元素も含まれる。

黄砂に含まれるミネラルには、植物の生育を促進する作用がある。そのため、「黄砂には土壌を肥やす効果がある」と言われるのである。



ブラジルのアマゾン同様、高温多湿で雨の多い日本列島は土壌が流出しやすい。それでもこの列島の土は豊かなままであり、森林も絶えることがない。

それは中国からの黄砂などが、土壌と栄養分を補充してくれているからなのだろうか。ユーラシアという巨大な大陸の東端に位置する日本列島には、年間を通して大陸からの風(西風)が吹き、その風が砂塵を運んでくれている。



最近の黄砂には、厄介な有害物質が付着してくることも珍しくないが、それでも土壌にとっては、まだ有難い贈り物だろう。

「チリも積もれば山となる」という格言をモジれば、「チリも積もれば倭(やまと)なる」とでもなろうか(言い過ぎか?)。



◎宿命


西からの風は、地球が今の方向に回っている限り、日本列島にとっては宿命である(太陽が西から昇るようになれば、話は変わるのだが…)。

北寄りに風が強まれば、シベリアの冷たい風が日本列島を凍てつかせる。そして、春になって乾燥地帯が解放されれば、その風は列島に砂塵を運ぶ。このサイクルは飽きもせずに繰り返される冬から春への自然現象である。



悲劇的に語れば、冬の日本列島(北日本)は豪雪に閉ざされ身動きがとれなくなり、ようやく春になったと思ったら、砂塵によるアレルギーにくしゃみと鼻水に悩まされる、となるだろう。

一転、楽観的に俯瞰すれば、冬の寒風が日本列島に大量の水を氷雪として閉じ込めてくれるお陰で、年間を通して水不足の不安を解消し、春の砂塵が日本の森林に肥料を撒いてくれている、ということになる。



日本列島という閉ざされた空間は、大陸(もしくは大洋)からの影響を多分に受けている。それは時に、台風や豪雪などの被害ももたらすが、同時に「賜物(たまもの)」ともなっている。

水と土、そして肥料。それらが絶えることなく天から降ってくるのだ。

日本列島の植物たちにとっては「万々歳」であろう…!



◎気候と砂塵


こうした「大陸間を移動する砂塵」が注目されるようになったのは、それが「地球温暖化」と結びつけて考えられるようになったからでもある。

そのくせ、その実情はまだまだ謎だらけだ。あまりにも種々の現象が複雑に絡み合っているために、その因果関係が明らかにならないのである。

「あらゆるフィードバックが幾重にも重なっているため、どんな連鎖的な事態が生じるのか予想できない」とムース(前出)は顔をしかめる。



一般的に、気候と砂塵の関係については「直観と逆の推定」がなされている。

寒冷期に砂塵が増え、温暖期に砂塵が減るのである。



グリーンランドや南極大陸の氷の上に落下した砂塵は、しばしばそのまま凍りつき、その悠久の記録をとどめてくれている。

氷床の中に眠る砂塵。その濃度の変化を数百年にわたって遡ってみると、中世(10〜13世紀)に「緩やかな温暖化」が起きた時期には「砂塵の濃度が低い」。一方、その後の「小氷期」と呼ばれる13〜19世紀には「砂塵の濃度が高い」。



◎ニワトリが先か、卵が先か?


なぜ、砂塵が増えると、気候は寒冷化するのか?

それは砂塵が空に舞って、太陽の光を遮るからだろうか。



逆に、寒冷化すると砂塵が増えるのか?

気温が低いほどに空気は乾燥する。そのため、砂塵は舞い易くなる。



「どちらの現象が先に起きたのか、『ニワトリと卵』のようなもので未だわかっていない」とムースは首をかしげる。「氷河期だから砂塵が増えたのか、それとも砂塵が増加したから氷河期になったのか?」

どちらが先にせよ、今世紀、砂塵が増加しているという事実は動かせない。

「20世紀、地球のほとんどの地域で砂塵が『ほぼ倍増』したようだ」。

しかしなぜ、世間は温暖化の話題一色なのか? 歴史のセオリーからいけば、寒冷化のシナリオが当てはまるのではないか?



世界的な砂塵の変化が明らかになったのは、1990年代以降。

「今では相関がまったく見られないし、何が起きているのか分からない」

砂塵という指標は、地球の複雑なシステムにおける一つに過ぎない。自然は「驚異的に複雑」なのであり、砂塵ばかりを見て判断するのは危険なことでもある。



◎青い夕陽


砂塵は地球が誕生してからずっと、世界中をグルグル回っている。

数千年間ジッとしていた砂塵でも、ひとたび空中に浮かんだ途端に地球全体に影響を与え始める。黄砂のチリ然り、サハラの砂粒しかり。大地に養分を与えるかもしれないし、気温の変化をもたらすかもしれない。



しかしなぜ、近年は砂塵の量が増大しているのか?

それは人間が動きすぎて、お茶を濁すかのように砂塵を舞い上げるからなのか。それとも人間活動とは無縁に、太陽と地球の壮大なシナリオがそうさせるのか。



宙を舞う砂塵の量、そして種類が増えるほど、将来の予測を難しくする。砂塵ほど敏感なものもなく、優しいソヨ風によってすら変化を引き起こすのである。

「未来はどんどん不確実性を高めていくのではないか」

マイアミ大学の海洋学・大気学の名誉教授プロスペロは、そう懸念する。



まさか、太陽が西から昇ることはあるまい。

それでも夕日が青くなることはあるかもしれない。

黄砂の粒子が光を散乱させると、太陽や月を青く見せることがある(ミー散乱)。火星の夕焼けが青いのは、この原理によるものだという。



赤いはずの夕陽が、青くなる。

霾(つちふる)黄色の空に、青い日月。

神が怒っているのか何かは知らないが、そのとき人類の顔色は何色か…?







(了)



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出典:日経 サイエンス 2012年 05月号 [雑誌]
「地球を潤すサハラの砂塵」

posted by 四代目 at 07:40| Comment(0) | 自然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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