2013年03月16日

「自由」を求めたはずが…。矛盾の中のジャズ・ドラマー


「自由とは?」

若き日野晃(ひの・あきら)氏は、ジャズ・ドラマーであった。

「どうすれば自由に演奏することができるのか?」



音楽には「約束事」が多々ある。

「調性がありリズムがある。もちろん、コード進行もあり、テーマとなるメロディもある」

そうした形式の中にあってなお、「より自由な演奏をやりたい」。日野氏はそんな模索に明け暮れていた。そして、それがそのまま当時、1960年代のジャズシーンの動きでもあったという。







◎答えらしきもの


その「答え」はどこにあるのか?

音符の中か、それとも夜通し演奏を続けることか?

「その答えは、いろいろな書籍やレコードに散りばめられてはいた。しかし、それらはあくまでも『その人たちの答え』であって、私の答えではなかった」と日野氏は言う。



知識として「答え」を知ったとしても、直感的にピンとこなければ自らのものにならない。

他人の答えは所詮、「答えらしきもの」に過ぎなかった。

「何よりも、私自身から発生した疑問なのだから、その答えが他人の頭の中にあるはずもなかった」



◎気づき


そんな苦悶の中、ある時、日野氏はハタと気がついた。

「『自由な演奏をしたい』ということに拘(こだわ)っている時点で、それだけで私は自由でないではないか…」

自由への執着が、皮肉にも不自由の源となっていた。そのことに、彼は気がついたのであった。



「『演奏をする私』が自由であれば、たとえその演奏が形式の中にあったとしても、それは『自由な演奏』なのではないか?」

外へ外へと自由を求めていた「私」は、ずっと不自由のままだった。

「心が自由でなければ、いくら形式が自由でも、それは不自由な演奏ではないか…!」



◎内なる自由


畢竟、心の自由とは、たとえ不自由の中にあっても、自分が自由だと感じていること。その自由の中心に自分がいることであった。

ある人はこう言う、自由とは「自らを由(よし)」とすることだ、と。「自分こそが自由の理由」だと言うのである。

「道理で、いくら探し回っても見つからないわけだ。答えは外にはなかったのだ…」



日常の毎日は、ほとんど無意識のうちに行われている。

毎朝、何気なく顔を洗い、歯を磨き、朝食を食べ…。

「それは自由なのか? むしろ自由を放棄しているのではあるまいか…」

自分が主体的でない限り、それは何ものかに「やらされている」ようなものである。



そんな気づきを得た日野氏。

それ以来、「演奏が自由に羽ばたき出した」。

「私たちの『自由な演奏』に、観客自身も解放されていった。当時のコンサートでは、解放された観客たちが異様に興奮しだし、会場が相当熱いものになっていた」と日野氏は語る。



◎矛盾


しかし程なく、日野氏は「ある矛盾」に気づかされる。

どんなに「自由な演奏」でも、それが成されてしまえば、また「新たな形式」を生み出してしまう。

形式という束縛をいくら叩き壊しても、また壊すべき新たな形式が即座に現出してくるのである。それはまるで、倒しても倒しても起き上がってくる映画のモンスターのように…。



「ブッ壊したとしても、そこに残るのは結局、名は無いが『形式』であった」

音楽という約束、楽器という制約がある以上、どんな自由な演奏も「形式」に陥るしかないのであった。



◎堂々巡り


自由が不自由(形式)を生み、それを壊してもまた新たな不自由が生まれてしまう。

「まるで堂々巡りではないか。真の自由はありえるのか?」



新たな苦悶の中、日野氏が得た結論は「形式を壊す必要などなかった」という逆説的なものだった。

自らが自由である限りにおいて、「毎日は、毎秒は新しい」。

気持ちが新たになり続ける限り、その演奏は絶え間なく不自由の衣を脱ぎ捨て続けるのだ。脱いだ衣(形式)をいちいち壊しているヒマなどなかったのだ…!



◎居着くは死


武道では「居着くは死、居着かざるは生」という大命題がある。

古い衣をまとい続けていては、いずれ身動きが取れなくなって死に至る。そこに「居着かざる」ためには、日々新たになるより他に道はない。

そう、それこそが「道」と言われるものだ。そこに留まっていては道などできない。歩み続けるからこそ、そこが道になるのである。



もし自由を永続させようと欲するのであれば、そこに「居着く」ことなど許されない。

だが一方で、自由を求めるその拘り自体が、自らを不自由の淵に追い立ててしまう。なんという矛盾であろうか…!



自由になりたいという「欲」、そして、自らが自由であるという「意志」。

その両者は車輪の両輪のようなものであるから、そのどちらかばかりが大きくなってしまうと、その車輪はその場でクルクルと自転をはじめてしまう。「居着かざる」つもりが、「居着かされてしまう」のだ。

それでも、両輪の動きを止めるわけにはいかない。それこそが「死」そのものである。とどのつまり、矛盾は矛盾のままに、絶妙なバランスで進み続けるしかないのであった。







◎出家


仏教には「出家」というものがあるが、これも「居着かざること」を意味すると、道元禅師は言う。

ここで言う「家」というのは、自分が慣れ親しんだものである。それは実際の「家」かもしれないし、慣れ親しんだ「考え方」かもしれないし、世間の「常識」かもしれない。

いずれにせよ、そうした慣れから「出る」のが「出家」なのだそうだ。すなわち、たとえ寺に入ったとしても、そこに居着いてしまえば、それはそれで「在家」となってしまうのだ。



絶え間なく流れる水は、その流れに形をもつものの、その実、つねに新たな水がその流れを形作っている。

それと同じであろうか、「居着かざること」と「出家し続ける」ことは。

道元禅師は、そうした見えない動きを続けることこそが「修行」であるとも言っている。そして、その修業こそが「悟りそのもの」でもあると…。







◎悟り


「悟り」というのは、苦しい修行の果てにある到達点ではなかったのか?

いや、そうでもないらしい。少なくとも道元禅師はそうは考えていなかったようだ。



彼の言う「修証一如」というのは、「修行(修)と悟り(証)が一つである(一如)」ということを教えている。

すなわち、「悟り」とは、修行の成果として将来得られるものではなく、「出家という修行」をしているまさにその最中に現成(げんじょう)しているものなのである。

「つまり、『出家』が『修行』であり、それが取りも直さず『悟り』なのです」と曹洞宗の藤田一照氏は言う。



手を動かして、扇をあおぎ続けなければ、風は止んでしまう。

楽器をもって、演奏し続けなければ、音楽は聞こえてこない。



それと同様、自由であり続けなければ、自由は現れてこない。

出家し続けなければ、悟りも現れない。



◎世のつねに逆らうもの


自由は求めた先にあるのではなく、求めたその心の中にあった。

そして、自由であり続けるためには、手に入れた自由を速やかに手放す必要があった。

「サナギが蝶となって飛び回るためには、今まで自分の織り成した美しい繭(まゆ)を食い破らねばならぬのである(中島敦)」



矛盾、逆説…。

お釈迦様の言う通り、「悟り」とは「世のつねに逆らうもの」なのであろうか。

しかし、それは幸いにも、思ったよりも近くにあるものらしい。今この時にでも、自由は得られる。悟りは得られる。先師たちはそう説くのである。



それでも、凡夫たる我々はそれを容易に信ずることができない。

考えあぐねた末に、逆へ逆へと歩を進めてしまうのだ。

自由を求めて、不自由を得、悟りを求めて、それから遠ざかる…。







◎自由とは…


ニューヨークのある病者は、こんな詩を書いていた(抜粋)。



「力」を求めたのに、より慎み深くあるようにと「弱さ」を頂いた。

「健康」を求めたのに、より良いことができるようにと「病弱」を頂いた。

「富」を求めたのに、より賢くあるようにと「貧しさ」を頂いた。



求めたものは一つとして与えられなかった。

だが、願いはすべて聞き届けられた。




なるほど、世の中はそんな矛盾に満ちているのかもしれない。

神様に「自由」を求めれば、きっと、より自由でいられるようにと「不自由」を与えてくださるのだろう。



そんな矛盾の中にあって、「自らを由(よし)」とすることは、やはり容易なことではなさそうだ。

道元禅師が、お釈迦さまがなんと言おうとも、それは「その人たちの答え」なのであり、「私の答え」はまた別にあるのかもしれないのだから。

きっと答えはいっぱいあっていい。それでこそ、「自由」ではないか…!







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出典:
月刊 秘伝 2013年 02月号 (特別付録DVD付)[雑誌]「武道者徒歩記 日野晃」
大法輪 2013年 03月号 [雑誌]「信仰・修行の誤解、カン違い」

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自由とは、「自らを由(よし)とすること」
posted by 四代目 at 06:25| Comment(0) | 芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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