「天下第一の弓の名人」
昔、紀晶(きしょう)という男は、そうした志を立てた。
では、誰に師事しようか?
それは「百歩を隔てて柳葉を射るに、百発百中」という達人、飛衛(ひえい)をおいて他にあるまい。
古今、弓矢をとっては、名手・飛衛に及ぶ者があろうとは思われなかった。
◎またたき
早速、紀晶は名手・飛衛の門を叩く。
すると飛衛はまず、「瞬(またた)きせざることを学べ」と紀晶に命じた。
家に帰った紀晶は、やおら妻の機織(はたおり)台の下に潜り込むと、その下に仰向けに寝そべった。
それは、眼前すれすれを忙しく往来する招木にも、「じっと瞬(またた)かずに見詰めていようという工夫」であった。
訳の分からぬ妻は、「妙な角度から良人に覗かれては困る」と嫌がる。だが、紀晶は妻を叱りつけると、頑としてそこから動く気配がなかった。
紀晶はその「可笑しな格好」のまま、来る日も来る日も「瞬(またた)きせざる修練」を重ねる。
そして2年ののち、ようやく紀晶は機織(はたおり)台の下から這い出してきた。
ついに彼は、招木が睫毛(まつげ)をかすめても、絶えて瞬くことがなくなったのであった。
◎視ること
不意に「火の粉」が目に入ろうとも、目の前に突然「灰神楽」が舞おうとも、紀晶は決して目をパチつかせない。
「彼の瞼(まぶた)はもはや、それを閉じるべき筋肉の使用法を忘れ果て、夜、熟睡している時でも、紀昌の目はカッと大きく見開かれたままである」
挙げ句の果てには、紀昌の目の睫毛と睫毛の間に、「小さな一匹の蜘蛛」が巣をかけるに及んだ。
ようやく自信を得た紀昌は、師の飛衛にこのことを告げる。
すると飛衛、「瞬かざるのみでは、まだ射を授けるに足りぬ。次には『視ること』を学べ」と、次なる課題を紀昌に授ける。
「視ること」とは?
「小を視ること大のごとく、微を見ること著のごとく」
家に戻った紀昌は、肌着の縫い目から一匹の虱(しらみ)を探しだすと、その虱を自分の髪の毛にくくりつけ、窓辺にぶら下げた。
毎日毎日、紀昌は窓にぶら下げた虱(しらみ)を見詰め続ける。終日、睨み暮らすのである。
◎馬
「小を視ること大のごとく」とは言えども、虱は虱にすぎない。「2、3日たっても、依然として虱である」。小は小のままである。
ところが、10日余りも睨み暮らした頃であろうか、「気のせいか、どうやらそれがほんの少しながら、大きく見えてきたように思われる」。
3ヶ月後には、「明らかに『蚕(かいこ)』ほどの大きさに見えてきた」。
紀昌が虱(しらみ)を睨みつけている間、窓辺の風景は移ろいゆく。
春の陽はいつか夏の光に、澄んだ秋空は寒々とした灰色の空に、そして霙(みぞれ)が落ちかかる…。
その虱も、はや何十匹となく取り替えられている。
そして3年。
ある日ふと気が付くと、「窓の虱が『馬』のような大きさに見えていた」。
「しめた!」と膝を打つ紀昌。
表へ駈け出した紀昌は、我が目を疑った。
「人は高塔であった。馬は山であった。豚は丘のごとく、鷄(とり)は城楼と見える」
ついに「小は大」となっていた。
雀躍した紀昌は、家の中にとって返し、窓辺の虱に立ち向かって矢を放つ。
「矢は見事に虱の心の臓を貫いて、しかも虱をつないだ毛さえ切れぬ」
◎100本の矢
紀昌はさっそく、師・飛衛にこれを報じた。
「出かしたぞ」
師は初めて紀昌を褒めた。そして、射術の奥義秘伝をあますところなく紀昌に授け始めた。
紀昌の腕前の上達は、驚くほど速い。目の基礎訓練に5年もかけた甲斐があった。
奥義伝授から10日後には、「百歩を隔てて柳葉を射るに、百発百中」という域に紀昌は達していた。
20日後、「いっぱいに水を湛えた盃を右肘の上に乗せて剛弓を引くに、狙いに狂いのないのはもとより、杯中の水も微動だにしない」。
一ヶ月後、紀昌は100本の矢をもって速射を試みる。
第一矢が的に当たると、続く第二矢は第一矢の矢筈(やはず)に当たってまっすぐに突き刺さる(矢筈とは、矢を弦につがえる末端の部分)。第三矢の鏃(やじり:矢の先端)は第二矢の矢筈にガッシと喰い込む。
「矢矢(しし)相属し、発発(はつはつ)相及んで、後矢の鏃(やじり)は必ず前矢の矢筈(やはず)に喰入るがゆえに、絶えて墜ちることがない」
放たれた100本の矢は、まるで一本の矢のごとくに相連なり、的から一直線に紀昌の弓にまで続く。
「善し!」
思わず師の飛衛は言った。
紀昌の「至芸による矢の速度と狙いの精妙さは、じつにこの域にまで達していたのである」。
◎良からぬ考え
もはや師に学ぶべきことは何も無い。
そんなある日、紀昌はふと、良からぬ考えを起こした。
「『天下第一の弓の名人』となるためには、どうあっても師の飛衛を除かねばならぬ」
秘かにその機をうかがう紀昌。
たまたま荒野において、ただ一人歩み来る飛衛に、紀昌は出遇った。
とっさに意を決した紀昌。矢を取って飛衛に狙いをつける。
その気配を察した飛衛。彼もまた弓を執って相応ずる。
「二人互いに射れば、矢はそのたびに中道にして相当り、ともに地に堕ちた」
両人の技はいずれもが「神(しん)」に入っていた。
さて、飛衛の矢が尽きた時、紀昌はなお一矢を余していた。
「得たり」と紀昌がその矢を放つ。
ところが、「飛衛はとっさに、傍らなる野茨の枝を折り取り、その棘の先端をもってハッシと鏃を叩き落した」。
◎児戯(じぎ)
道義的慚愧の念。
もし非望が遂げられていたら、紀昌はそれを感じることがなかったであろう。
一方の飛衛は「危機を脱しえた安堵」と「己が技量についての満足」に浸っていた。ゆえに敵に対する憎しみはすっかり忘れていた。
しかし、「ふたたび弟子が、かかる企みを抱くようなことがあっては、はなはだ危うい」とも思った。
そこで飛衛は「この危険な弟子」に向かって言った。
「爾(なんじ)がもしこれ以上この道の蘊奥(うんのう)を極めたいと望むならば、ゆいて西の方、大行の険に攀じ、霍山(かくざん)の頂を極めよ。そこには『甘蠅(かんよう)老師』とて古今をむなしゅうする斯道の大家がおられるはず」
飛衛の語るところによれば、その甘蠅(かんよう)老師の技に比べれば、「我々の射のごときは、ほとんど児戯(じぎ)に類する」ということだ。
これは紀昌の自尊心にこたえた。
「もしそれが本当だとすれば、天下第一を目指す彼の望も、まだまだ前途ほど遠いわけである」
紀昌はすぐさま西へと旅立った。
己の業が「児戯(じぎ)に類するのかどうか」。
とにもかくにも早く甘蠅(かんよう)老師に会いたかった。会って腕比べをしたい。そう焦りつつ、紀昌はひたすらに道を急いだ。
◎甘蠅(かんよう)老師
「足裏を破り、脛を傷つけ、危巖を攀じ、桟道を渡って」、紀昌は一ヶ月ののちに霍山(かくざん)に辿り着いた。
気負い立つ紀昌。しかし、彼を迎えたのは「羊のような柔和な目をした、ひどくヨボヨボの爺さん」であった。年齢は100歳を超えているのであろうか。腰もすっかり曲がって、その白いヒゲは地面を引きずっている。
この老人、耳は聞こえるのか?
紀昌はことさらの大声で来意を告げると、慌ただしく空高くを射った。
碧空を飛び行く渡り鳥の群れに投じられた一矢は、たちまち5羽の大鳥を撃ち落とした。
「ひと通り出来るようじゃな」
老人は穏やかに微笑んでいる。
「だが、それはしょせん『射之射』というもの。好漢いまだ『不射之射』を知らぬと見える」
そう言われて、さすがにムッとする紀昌。
しかし、老人に連れられて行った先の絶壁には足がすくんだ。「屏風のごとき壁立千仞(へきりつせんじん)」、はるか真下には渓流が糸のような細さに見える。
その断崖から「半ば宙に乗り出した危石」。老人はつかつかとその危石に駆け上ると、振り返って紀昌を手招きする。
◎不射之射
「どうじゃ、この石の上で先刻の業を今一度見せてくれぬか?」
老人にそう言われては、紀昌も今さら引っ込みがつかぬ。
しかし、紀昌が危石を踏んだ時、石はかすかにグラリと揺らいだ。「覚えず紀昌は石上に伏した。脚はワナワナと震え、汗は流れて踵(かかと)にまで至る」。
老人は笑いながら紀昌を石から下ろすと、こう言った。
「では、射というものをお目にかけようかな」
しかし、弓はどうなさる? 矢は? 老人は素手なのだ。
「弓?」
老人はまた笑う。
「弓矢の要るうちは、まだ射之射じゃ。『不射之射』には、弓も矢も要らぬ」
そう言って、頭上高く輪を描いて飛ぶ鳶(とび)を老人は見上げた。その鳶はゴマ粒ほどの小ささにしか見えない。
やがて、「見えざる矢」を「無形の弓」につがえた老人は、ヒョウとそれを放つ。
「見よ! 鳶は羽ばたきもせず、中空から石のごとくに落ちてくるではないか!」
紀昌は慄然とする。
「今にして始めて、至道の深淵を覗き見た心地であった」
◎木偶のごとく、愚者のごとし。
およそ9年間、紀昌はこの老人のもとに留まった。
その間、いかなる修行を積んだものやら、「それは誰にも判らぬ」。
ただ、9年たって山を降りて来た紀昌の顔つきは、すっかり変わってしまっていた。
以前の「負けず嫌いの精悍な面魂」はどこへいったのか?
紀昌の顔には「なんの表情も無い」。まるで「木偶(でく)のごとく愚者のごとき容貌」ではないか。
その紀昌の顔つきをひと目見た飛衛は、感嘆して叫んだ。
「これでこそ初めて、天下の名人だ! 我らのごとき、足下にも及ぶものではない!」と。
◎弓を執らざる弓の名人
町の人々は、「天下第一の弓の名人」の妙技を一目見んと、期待に沸き返った。
ところが紀昌、その要望に一向に応えようとしない。
「いや、弓さえ絶えて手に取ろうとしない」のだ。山に入る時に携えていた自慢の弓矢も、どこかへ棄ててきた様子である。
町の一人は、紀昌にそのわけを尋ねた。
すると紀昌は物憂げに言った。
「至為は為す無く、至言は言を去り、至射は射ることなし」
極まれば、もはや射ることなし。
こうして、紀昌は「弓を執らざる弓の名人」として、町の人々の誇りとなった。
そして、彼の無敵の評判はいよいよ喧伝されていくばかり。
◎噂
紀昌をとりまく噂は口から口へと伝わり、絶えることなく広がり続けた。
ある者は、紀昌の家の屋上で弓弦の音を聞いたという。「きっと、名人の内に眠る射道の神が夜中に名人の身体を抜け出し、妖魔を払うべく守護にあたっているのではないか?」
ある者は、紀昌の家の上空で雲に乗った紀昌を見たという。「古の名人を相手に、紀昌が腕比べをしているのを確かに見たんだ!」
紀昌の家に忍び込もうとした盗賊は、「塀に足を賭けた途端に、森閑とした家の中から奔り出た一道の殺気がまともに額を打ったので、覚えず外に転落した」と白状した。
「爾来、邪心を抱く者どもは、紀昌の住居の十町四方は避けて廻り道をし、賢い渡り鳥は彼の家の上空を通らなくなった」
◎煙のごとく
そうした名声ばかりが高まるのをよそに、名人・紀昌はただ老いていく。
早くに射を離れてしまった紀昌の心は、ますます「枯淡虚静の域」に入っていったようである。木偶(でく)のごとき顔つきからは、ますます表情が失われ、語ることすらもマレとなっていた。
「すでに我と彼との別、是と非との分を知らぬ。眼は耳のごとく、耳は鼻のごとく、鼻は口のごとく思われる」
これが名人・紀昌の数少ない晩年の述懐であるという。
老師甘蠅(かんよう)のもとを辞してから40余年。
「紀昌は静かに、まことに煙のごとく静かに世を去った」
その40年間、紀昌は絶えて射を口にすることがなかった。「口にしなかったくらいだから、弓矢を執っての活動などあろうはずが無い」。
◎妙な話
紀昌が世を去ると、その後には「妙な話」だけが残された。
ある日、老いた紀昌が知人のもとへと招かれていったところ、紀昌はその家で「一つの器具」を見た。
その器具には確かに見憶えがある。だが、どうしてもその名前が思い出せぬ。
老人・紀昌は家の主人に尋ねた。
「それは何と呼ぶ品物か? 何に用いるのか?」
主人は紀昌が冗談を言っているものとしか思わなかった。というのも、それは子供でも知るものでああるからだ。だから、主人はニヤリとトボけた笑いで返した。
だが、紀昌は真剣になって、ふたたび尋ねる。
それでも主人は、曖昧な笑みを浮かべたままだ。まさか、紀昌が知らぬはずはあるまい。まさか、紀昌が…。
3度、紀昌が真面目な顔をして同じ質問をした時、主人はさすがに客の心を測りかねた。
紀昌の眼をじっと見詰めると、紀昌が冗談を言っているのでも、気が狂っているわけでもないことが明らかに判った。本当にその品物を忘れてしまっていたのだ…!
主人の顔には驚愕の色がありありと現れる。
主人はほとんど恐怖に近い狼狽を示して、吃りながら叫んだ。
「あぁ、夫子が…、古今無双の射の名人たる夫子が…、弓を忘れ果てられたとや?」
名人・紀昌は射と「一」となったがゆえに、弓矢の存在を忘れ果てたというのだろうか。白地に黒は見えても、白は見えないように、異なるがゆえにその存在は明確となる。しかし、「一」となってしまえば…。
この妙な話が町に広まって以降、「画家は絵筆を隠し、楽人は瑟の絃を断ち、工匠は規矩を手にするのを恥じた」ということである。
(了)
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出典:中島敦「名人伝

