2013年03月01日

日本の美意識。偶然の美、醜中の美…。


「よくぞ、ご無事で…」

古美術鑑定家の中島誠之助さんは、「ある茶入(ちゃいれ)」を前にして、そんな感慨に包まれていた。

その茶入とは、「初花(はつはな)」と呼ばれる天下の名品であった。

※正確には、唐物肩衝茶入(からもの・かたつき・ちゃいれ)初花。茶入とは、抹茶を入れておく器のこと。



名のある茶道具が一国一城の価値をもっていた戦国時代、信長はこの茶入「初花」をこよなく愛していたという。

そして、それを豊臣秀吉が…、さらには徳川家康が手にすることになる。



絶えることのなかった戦火の中、3人の天下人たちの心を奪った茶入「初花」は、幸運にも現代にまで残った。

まさに、「よくぞ、ご無事で…」と言うわけである。

「初花」は今から800年前に中国でつくられて以来、今の今まで生を長らえているのであるから。



◎対面


現在、重要文化財に指定されている「初花」を所有するのは、徳川宗家18代目の当主、徳川恒孝(つねなり)さんである。

そして、古美術鑑定家の中島誠之助さんは、その天下の名品を拝見するとあって、朝早くに神社へお参りに行っていた。

「やはりね、500年以上、天下人のあいだを渡ってきた名器に、ただ『そうですか』って拝見するわけにはいかない。心構えっていうものがあると思うんですよ」







木箱から恭(うやうや)しく取り出され、ようようと姿を現した「初花」。その佇まいは、気品に満ちている。

「わたくし、いま触って…。信長が触って、秀吉が触って、家康公が触って…。手が震えますね」

感に耐えぬ様子の中島さん。



天下の名品「初花」は、その歴史の重さとは裏腹に、意外に軽かった。

重さは140g、乾電池(単一)一個ほどの軽さである。それもそのはず、この陶器の器の厚みはわずか2ミリ。口の返しなどは、手が切れなんばかりの鋭利さである。

当時の茶入は、薄くて軽いほど極上とされたのである。








◎なだれ


「初花」が天下人に愛でられたのは、なにもその軽さばかりではない。

この茶入には、「ある奇跡」が起こっているのである。

それは「なだれ」の妙である。



「なだれ」というのは、陶器の釉薬(うわぐすり)がタラーッと垂れている模様のこと。

「初花」のそれは3本、短い方から順に長くなり、一番長い「なだれ」は、器の底ギリギリのところで止まっている。



ところで、それがなぜ「奇跡」なのか?

それは「なだれ」の垂れ具合というが、「偶然」によって決まるものだからである。

というのも、釉薬(うわぐすり)を垂らすのは、人の成すことではなく、「窯」の成すことであるためだ。



器を窯に入れて焼く前、器に釉薬を付けて乾かした段階では、まだ「なだれ」は垂れていない。ただ、液だまりのようになっているだけである。

それを窯に入れて高温で焼くと、ようやく釉薬が溶け出し、そして下に垂れはじめる。これが冷えて色が変わったものが「なだれ」となる。

「窯の中では、作者の自由が利きません。つまり、半分は神様っていうか、偶然に任せるしかないのです」と、陶芸家の月村正比古さんは語る。



◎偶然


窯の中の偶然が生み出す「なだれ」

器の底ギリギリにまで垂れたものが最も良い姿とされているが、茶入「初花」には、それが3本もあり、しかもそれらが順繰りに長くなり、最後の「なだれ」は底寸前で見事に止まっている。

この「奇跡」に、天下人たちは脱帽し、そして愛したのだった。



その「初花」を手に、古美術鑑定家の中島さんも唸らざるを得ない…。

「釉薬がスーっと流れるのは、流そうと思って流れるのではなく、偶然なんですね」

古来より、日本人は自然に任せるのを良しとしてきたところがある。

「日本人っていうものは、その偶然から美というものを探し出してきたんです。それが、あの『なだれ』というものに表されているんじゃないでしょうかねぇ」と中島さん。



たとえば、家康の愛蔵した国宝の一つに「曜変天目茶碗(ようへん・てんもく・ちゃわん)」という名器があるが、これもまた偶然の産物。

内側できらめく瑠璃色の輝き、その不思議な模様は「土と釉薬(うわぐすり)の相性」によって、偶然生まれたものなのだという。

「このような器は、世界でも日本にしか残されていません」と中島さん。



◎失敗作


偶然が良いほうに転ぶこともあれば、逆に悪いほうに転ぶこともある。

水指(みずさし)「破袋(やぶれぶくろ)」などは本来、完全な失敗作だ。なにせ、水をためるはずの器なのにヒビ割れてる。



「これは完全な失敗だと思います。完全にヒビが貫通しています。水を入れた途端に、明らかに漏れたと思います」と、関口敦仁さん(情報科学芸術大学院大学・学長)。

さまざまな茶道具を最新の機器で測定することを得意としている関口さん、「破袋」を医療用のCTスキャンにかけたところ、やはりヒビは貫通していた。「破袋」はその名の通り、破れた袋であったのだ。



「破袋」の形は、底の部分が「下ぶくれ」のように膨らんでいるが、この形もまた失敗だ、と関口さんはCT画像を見ながら指摘する。

もともとは、現在の姿よりも高さのある整った茶筒型(円筒形)だった可能性が高い、と関口さんは言う。ところが、「破袋」は窯の中で焼くうちに潰れてしまったらしく、現在の「ひしゃげた形」になってしまったそうなのだ。

器に走る渓谷のようなヒビ割れも、器の形が自らの重みで潰れてしまったことが原因らしい。








◎古田織部


「普通、捨てませんか?」

古美術鑑定家の中島誠之助さんは、そう問い、そして自ら「私だったら、捨てちゃう」と答える。

それでも、この「破袋」は現在、重要文化財に指定されている通り、大切に大切に受け継がれてきた歴史をもつ。



CTスキャンの画像をよく見ると、「破袋」のヒビ割れが漆かなにかで塞がれた形跡がある。

つまり、捨てられても仕方がなかった「破袋」を、「誰か」がそのヒビを塞いでまで茶会で使おうとした。その執念のような跡が残されているのである。



その「誰か」とは?

戦国当時、常識破れの感性をもっていたと云われる「古田織部(ふるた・おりべ)」である。



古田織部は、その斬新な感性により、アッと驚くような茶道具を幾多と生み出している。

「織部焼(おりべやき)」と呼ばれる器たちに、まともな器などあるのだろうか? 皆それぞれが個性的な顔をしており、歪んでいるのなど当たり前。

当時の日本では、器に絵を描くこと自体が画期的だったというが、織部が器に描いた絵は、丸や三角や四角。まるで子供が描いたような抽象的なデザインは、いま見てもアバンギャルドである。







◎破格の器


その型破りの古田織部(ふるた・おりべ)に、「破袋」はこよなく愛された。

偶然の中に美を見出すのは日本人の常であったが、織部は「偶然の醜」までをも愛したのである。

「破袋」は、本来の水をためるという目的のみならず、意図した形までもが失われてしまっている。しかし織部は、そこから放たれる「強烈な美」を見逃さなかった。



「豪快」そのもののような「破袋」。

それは繊細な茶入「初花」のような驚くべき軽さは微塵もなく、重すぎるくらいに重い。

その渓谷のような裂け目に加え、その表面には窯の中で降りかかったであろう小石や砂が、ゴツゴツとした岩肌のように見える。

「茶会の静けさを打ち破る、まさに破格の器」。それが「破袋」の真骨頂であったのだ。



「美」とは、左右対称(シンメトリック)な整合性の中だけに存在するものなのか?

織部の美意識は、そんな無言の問いを発しているかのようだ。



◎醜の向こうにある美


シンメトリックというのは、真ん中から切ったら同じ形。それは使い易くて、洗い易くて、重ねやすい。

しかし、「それはそれで終わってしまう」と古美術鑑定家の中島さんは言う。ある意味、つまらない。すぐに飽きてしまうのである。

「ちょっと歪んでいるから、『アレっ』となる。そして、『醜の向こうにある美』が発見されるわけですよ。それがやっぱり、織部の功績でしょう」と中島さん。



先ほどは「私だったら、捨てちゃう」と言った中島さん、それは「破袋」に隠された美を強調せんがためである。

じつのところ、彼は「破袋」を「陶器の世界の中の最高峰」とまで、最大級に評価している。

「わたくしはねぇ、人類が火と粘土を使って到達しえた美の頂点、それが『破袋』の水指だと思うんですよ」と中島さん。



「なぜ最高かというと、『破袋』に到達できます? 真似ができないじゃないですか」

偶然が生み出す美を、人はつくり出せない。それを美と感ずるか、醜と感ずるかは感性によるところであり、それが成功作であるか、失敗作であるかも同様であろう。

「これはもう、つくれない。もう、漏れてもいいんですよ。割れててもいいんですよ」と、中島さんは『破袋』を絶賛してやまない。

「何度見ても、飽きない…」



◎不完全の美


古田織部と同時代には、茶道の大家「千利休」がいる。

利休の美が、無駄を削いで削いで削いだ先、いわば機能の美にあったのだとすれば、織部のそれは全くの対極、「不完全の美」である。「破袋」ひとつとっても、それは水指としての機能を果たさないのであるから、無駄の骨頂であろう。



そもそも、自然という偶然が生み出すものに、無駄などあったのか? 醜などあったのか?

自然を愛してきた日本人にとって、偶然を愛でるのは、いわば必然。無駄と思えるようなものにも美は隠されており、醜いものの中にさえも美は潜んでいる。

そんな深い美を先人たちは愛でてきた。そして現代に生きる我々にもまた、その感性の一端は受け継がれている。



「破袋」のもつ美が、現代にも高く評価されていることが、その証左であろう。

あの時代、古田織部は、単なる奇抜な御仁だったのかもしれないが、それはどうやら突発的なものとは言い切れないようである。

そうでなければ、「破袋」はとうの昔に捨てられていたに違いない。



日本人が何百年にも渡って守ってきたものは、その器だけではないのだろう。

きっと、その中身、たとえば美意識なども、連綿と受け継がれてきているのだ。

その中身は「破袋」のヒビから水漏れしながらも、よくぞご無事で…。



(了)







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出典:NHK「天下人と天才たちの器 茶道具 驚きの美」
posted by 四代目 at 06:37| Comment(0) | 芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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