2013年02月06日

未来は予測できるのか? 「不確定性原理」の拓いた世界観


「『不確定性原理』にほころび。教科書の書き換え迫る」

こんな見出しが一年前の新聞に踊っていた(2012年1月)。小澤正直教授(名古屋大)が「不確定性原理の破れ」を観測したというのだ。



興奮と混乱を巻き起こした、この報道。

「誤報だ! 不確定性原理が破れるはずがない!」

研究者たちが批判を溢れかえらせる中、企業連中は「暗号の安全性は大丈夫なのか?」との不安もつのらせていた。



そもそも「不確定性原理」とは何なのか?

ネットには「量子力学まで否定されたのか」との驚きが広がっていたが…。



◎不確定性原理


86年前の1927年、当時弱冠25歳だったハイゼンベルクは一遍の論文を記した。それは、ある「思考実験」について語ったものだった(「量子論的な運動学および力学の直感的内容について」)。

物体の正しい位置を測る時、その測定値には「誤差」が生じる。さらに、測定という行為自体によって、物体の運動量に「擾乱(じょうらん・不規則な乱れ)」も生じる。

電子の位置を測定する時、光(光子)を当てられた電子の像はぼやける。このぼやけた電子のバラツキが「誤差」である(光の波長に比例)。また、光子が電子に当たった時に、光子によって跳ね飛ばされた電子には運動量が与えられる。これが「擾乱」である(光の波長に逆比例)。



ハイゼンベルクが最初に示した「不確定性原理の式」によれば、位置測定の誤差を小さくすると、運動量の擾乱は大きくなり、逆に運動量の擾乱を小さくすれば、誤差は大きくなる(トレードオフの関係)。

つまり、「位置と運動量の両方を、正確に知るのは不可能」ということがハイゼンベルクの式では示されている。



すなわち、「われわれは今の状態をすべて知ることは不可能で、それゆえ『未来は予測できない』」。ハイゼンベルクはそう言ったのである。

これが量子力学の創始者の一人とされるハイゼンベルクの拓いた「新たな世界観」。そしてそれは、量子力学への扉であった。以来、ハイゼンベルクの不確定原理は「量子力学の象徴」のような扱いを受けていくことになる。



◎未来予測の限界


「未来は分からない」

ごく単純にいえば、ハイゼンベルクの式はそういうことだ。



ところが、古典力学の世界では、そうは考えられていなかった。

ボールの位置は正確に測ることができる。そして、光を当ててもボールの運動量は変わらない。ボールの位置と運動量は正確に知ることができるのであるから「未来は予測できる」。そう考えられていた。

これが古典力学の「決定論的世界観」である。



「今この瞬間のことはすべて測定でき、未来は予測できる」

古典的な物理学の世界では、長らくそう信じられてきた。現在は過去の帰結であり、未来は現在の延長線上にあるとしか思えなかった。



そんな頑なな世界に投じられたハイゼンベルクの一石は、大きな波紋を広げずにはいなかった。

なにせ彼は、「現在のすべてを知ることは出来ず、したがって未来は予測できない」という、当時の常識とは真逆のことを言うのだから。

ハイゼンベルクは堂々と常識を否定する。「観測されるのは、多様な可能性のうちの一部だけだ。すべての実験は不確定性原理の式に従うので、量子力学は『因果律(原因と結果)の破れ』を確証する」。そう彼は結論づけた。

ハイゼンベルクが突きつけたのは、「測定によって得られる知識と予測の限界」にほかならなかった。



ハイゼンベルクがもたらしたこの新たな世界観は、人々の「モノの見方」を揺さぶった。

そして、彼の不確定性原理の式は、物理学の単なる数式ではなく、量子力学のもたらした「新たな思想」として人々の間に広く知れ渡っていくことになる。



◎神棚に祀られた式


古典力学が見ている世界と、量子力学の見ている世界とでは、その「精度」がまるで違う。

古典力学が「ボール一個」を見ている時、量子力学は「電子一個」を見ているのだから、当然、その誤差や擾乱の精度もまるで異なる。

ハイゼンベルクが予測不可能といった未来は、そういった極めて精緻な世界の話である。



確かに、ハイゼンベルクの不確定性原理が新しい時代の幕開けを告げ、人々の意識を変えたのは間違いなかった。しかし、それが実用的であったかどうかというのは、また別の問題。

「どんな分野でも測定はするが、通常、その精度は量子限界が問題になるようなレベルではない」



それゆえ、ハイゼンベルクの式は単なる「量子力学の象徴」として、「神棚に祀られた式」として長くホコリをかぶっていたのも、また事実。

「ハイゼンベルクの式を見直して、新たな一般則を作ろうという試みは、歴史を通じても数少ない」

物理学を学ぶ学生たちにとっても、この式は「押し入れにしまったまま忘れている式」に過ぎず、「普段取り出して見ることもなければ、仕事に使うこともない」。ハイゼンベルク自身も晩年、「私の思考実験はトリビア的なものだった」と認めている。



1976年、ハイゼンベルクは没した。

そして奇しくもその同じ年、ハイゼンベルクの式を破ることになる小澤正直氏は、東京工業大学の博士課程に進学していたのであった。







◎数学的


「われわれは何を知り得るのか?」

若き頃の小澤氏は、そんな哲学的な関心を強く抱いていた。それゆえ、「未来は予測できない」とするハイゼンベルクの不確定性原理にも惹かれずにはいられなかった。



小澤氏とハイゼンベルクは、ある意味、同じ方向を向いていた。

しかし、両者のアプローチはまったく異なる。物理学者のハイゼンベルクが思考実験で答えを探ったのに対して、小澤氏の武器は論理。彼は「数学者」であったのだ。



「そもそも測定とは何だろうか?」

Aという対象を測定する時、それを測るメーター(測定器)が必要となる。メーターによる測定値をXとすれば、そのXは時間的に変化し、量子力学では、その値Xは確率的にしか決まらない。

測定値Xの出現確率と、測定後の測定対象Aの量子状態を、小澤氏は「数学的な表式」で記述した(完全正値インストルメント)。



量子力学で有名な「シュレーディンガーの猫」は、箱を開けて中を見るまでは生きているか死んでいるのか分からない。

「猫の生死を示すメーターは、どんな確率でどこに振れるのか?」

小澤氏の数学的な測定理論(完全正値インストルメント)は、外部の観測者とは関係を持たない。それゆえ、彼の論理によれば、すべてを量子力学の枠組みの中で語ることが可能となる。



◎ゆらぎ


ハイゼンベルク以前の古典力学では、「位置はここ」「運動量はこれだけ」と決まった値にしかならなかったが、量子力学では「ゆらぎ」をも考慮に入れるため、その値は一つに決まらない。

小澤氏と研究をともにした長谷川祐司・准教授(ウィーン工科大学)は、中性子のスピンを測る実験をして、測定時の「誤差」と、測定によって生じた「擾乱」とを精度良く調べた。



その結果、「誤差と擾乱の積(かけ算)が、ハイゼンベルクの式が示す下限を下回った」。

つまり、ハイゼンベルクの不確定性原理の式が破れたのだ。

そして生き残ったのが、小澤氏の式。この数学的に突き詰めた式には、ハイゼンベルクが曖昧にしていた「ゆらぎ」が十分に考慮されていた。



「ゆらぎ」とは、測定という介入なしにも存在するものである(状態ゆらぎ)。それに対して「誤差と擾乱」は測定によって生じるものである。

ところが、ハイゼンベルクはそれらを明確な区別なしに用いている。



「ハイゼンベルクには数学的な証明をしようという発想はなかったように思います」

名古屋大学教授の谷村省吾氏は、そう話す。「ハイゼンベルクはとても物理学者的な発想の持ち主で、思考実験を通じて状況証拠を積み重ね、共通する法則に到達しようとしていたのです」。

しかし残念ながら、ハイゼンベルクの式は曖昧すぎた。「数学的な証明もなく、一般的に成り立つ話でもない。誤差と擾乱のハッキリした定義もなく、雰囲気の話だったんです(筒井泉氏)」。

この点、ハイゼンベルクの式自体が揺らいでいたのである。



◎曖昧さ


小澤氏の新たな不等式は、形としてハイゼンベルクの式に新たな2項が加わっただけである。その2項とは「位置の量子ゆらぎ」と「運動量の量子ゆらぎ」。

「だが、この違いは大きい」

小澤氏の式は、誤差と擾乱の両方がゼロになっても成立する。



量子力学において、2つの粒子が奇妙な連携状態になることが許されている。「位置の差と運動量の和は決まっているが、それぞれの値はなんでもいい」という「量子もつれ」の状態である。

2つの粒子が量子もつれになった時、それぞれの位置と運動量の「ゆらぎ」は無限大になる。この誤差も擾乱も生じない状態で、小澤氏の式は無限にゆらいでいるものを正確に測ることを可能にする。



しかしやはり、ハイゼンベルクの式と小澤氏の式の「最大の違い」は、そのアプローチの違いであろう。

小澤氏の式は「すべての測定について成り立つ普遍的な測定理論から、『数学的に』導かれている」。誤差も擾乱もすべて、数式によって定義されている。

「これまで、誤差を小さくするには、ゆらぎを小さくするしかないと考えられていましたが、小澤氏の式は『わざとゆらぎの大きな状態をつくり、誤差と擾乱を小さくするという方策があるということ』を示してくれました」と、谷村氏(前出)は語る。



◎意義


結果的に、ハイゼンベルクの式は「不完全」だった。

しかし、だからと言ってハイゼンベルクの功績が汚されるわけでもなかろう。彼が「測定によって得られる知識と予測の限界」を示してくれなかったら、新しい世界(量子力学)の扉は開かなかったのかもしれないのだから。

と同時に、「小澤氏の不等式もゴールではない」。



もし今後、小澤氏の式が破れるようなことがあっても、やはり彼の功績は揺るがないであろう。

なにせ小澤氏は、神棚の上でホコリをかぶっていたハイゼンベルクの式を、ふたたび「科学のまな板」の上に乗せてくれた。80年以上も神棚(押入れ?)の奥で眠っていたハイゼンベルクの式は、小澤氏の問題提起によって、ようやく動き出す機会を得たのである。



時代が進むほどに、モノの見方はどんどん精緻になっていく。

古典力学ではボールの位置に誤差などないと考えられ、それゆえ未来は予測可能とされてきた。ところが、量子のレベルに目を凝らしてみると、その位置は「不確定」。測定による擾乱もあれば、ただそこにあるだけで揺らいでいたりもする。

未来が精緻になればなるほど、ますます未来は予測不能になっていくのだろう。



◎破れ


小澤氏の見方で面白いのは、誤差や擾乱を少なくするには、わざと「ゆらぎを大きくする」という逆説的な方法も存在することを示したことなのかもしれない。

それはすなわち、ゆらぎを無くすことは不可能でも、ゆらぐにも限界があるということか。

たとえば人間がブレるにせよ、そこには限度があるのかもしれない。ブレない人間ほど、過去に大きくブレた経験があったりもする。



そうした「ゆらぎ」が未来を不確かなものとするわけであるが、それもまたある範囲内でのことなのかもしれない。

ただ、未来が「予測可能」だとした古典力学の世界は、少々傲慢だったように思える。

人間が謙虚であるためには、微細な世界にも注意を払う必要があるのかもしれない。



最後に付け加えておくが、ハイゼンベルクの式が破れたからといって、「不確定性原理」が破れたわけではない。

小澤氏の式は、量子力学の枠組みを揺るがすものではなく、逆にそれを強固にするものである(より数学的に)。



この点やはり、ハイゼンベルクが喝破した世界は破られていない。

「われわれは現在のすべてを知ることはできない」のであるし、「未来は予測できない」のである。

しかし、予測可能か不可能かというブレもまた、お釈迦様の手のひらの上で収まっているのかもしれない…。







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出典:日経サイエンス2012年4月号
「不確定性原理の再出発」
posted by 四代目 at 06:37| Comment(0) | サイエンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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