食糧は巨大な「エネルギー食い虫」。
現代の食糧生産に必要なエネルギーは予想以上に膨大である。
食糧の生産から流通、加工、調理、保存のために消費されるエネルギーは、アメリカ全土で使用されているエネルギーの約10%をも占めている。
「ここ50年以上もの間、世界の食料生産・流通拡大を支えてきたのは、化石燃料と肥料だった」
ここ50年、食糧問題解決のためには、エネルギー投下が惜しまれることはついぞなかった。トラクターや灌漑用電動ポンプ、化石燃料から合成した肥料や農薬などの技術革新が寄与し、「エネルギーの大量消費で、食料生産は大幅に増加した」。
この「緑の革命」とも呼ばれる農業革命はとりもなおさず、エネルギーの大量消費によって成されたものである。そのおかげで「カリフォルニア州セントラルバレーのような『砂漠』が、世界的な果物生産地へと生まれ変わることもできた」。
しかし現在、食糧とエネルギーは「新たな時代」を迎えつつある。
人類の用いることのできるエネルギーは「無限ではない」。明らかに有限。
「多くの国々がエネルギー需要の削減、とりわけ化石燃料の削減に取り組んでいる」
輸送や発電、建物がエネルギー消費削減の対象として注目され、そして、たとえそれが食糧生産のためであろうと、もはや聖域ではいられない。ましてや、農業肥料の使いすぎが河川や海洋の水質を汚染しているともなれば、その浪費はもはや害悪である。
◎10:1
「単純な計算をするだけで、食糧生産の『効率の悪さ』がわかる」
そもそも、植物の光合成自体のエネルギー効率がよろしくない。「通常、光合成によって植物の貯蔵エネルギーに変換されるのは、受け取った太陽エネルギーの『わずか2%未満』に過ぎない」。
その植物を家畜などに食べさせて「食肉」に変換するならば、その効率はさらに悪化する。「植物から牛肉への変換効率は5〜10%、鶏肉では10〜15%」。太陽光という自然エネルギーを食物に変換することは、それほどの非効率さの上に成り立っているのである。
さらに、収穫された食物の輸送から加工製造、そして食品の包装・調理・冷凍・出荷・販売と、大地の食物が人間の口に届くまでには、多くの人の手、そしてエネルギーを必要とする。
その結果、「アメリカでは、『食物エネルギー1単位』を生み出すために、ざっと『10単位の化石燃料エネルギー』を消費している」。
「10:1」
エネルギーを「10」用いて、食糧は「1」しかできない。これが現実である。
それでも「世界では10億人が飢餓に瀕しており、さらに10億人は飢餓の一歩手前にある」。大量のエネルギーに依存した「緑の革命」は、一時的な花火のようなものでもあったのだ。
また、飢餓が解消されぬ一方で、「真冬に地球の裏側からサラダや新鮮なオレンジが届く」という非効率な現実もある。
今から40年後(2050年頃)までには世界人口が90億人を超えると予想されており、ある専門家によれば、それまでに食糧生産を「倍増」させる必要があるという。
そのために今後求められる革命は、かつての「緑の革命」のようなエネルギー大量消費型ではなく、それよりもずっと省エネタイプのそれである。
◎地産地消か適地適作か
食糧問題とエネルギー問題を同時に解決しようとする時、従来の解決策は「役に立つとは限らなくなる」。
たとえば「地産地消(ロカボア)」。この運動は、近場(地元)の食物を食べることにより、遠隔地からの輸送などにかかるエネルギー消費を抑えようと目されたものである。
しかし、限られた地域であらゆる食物を生産しようとすると、逆にエネルギーの無駄が生じてしまう。その土地に合わない作物は、その適地に比べて余計な肥料や水を必要とするからだ。
「意外なことに、数1,000kmも離れた場所から食品を輸送した方が、エネルギー消費や環境への悪影響が少なくて済むこともある」
たとえば、イギリスで羊を育てるよりも、適地であるニュージランドで羊を育てた方がずっと効率的である。ニュージランドの方が「肥料や灌漑を必要とせず、雨水で育つ牧草を食べて成長する」からだ。そのため結局、ニュージランドで育てた羊をイギリスに輸送したほうが省エネということになる。
やはり作物や動物には「適地」というものが存在し、その適地で育てることでエネルギー効率は最も良くなる。
「地産地消か適地適作か?」
省エネという観点から見た場合、その軍配は「適地適作」に上がることも少なくない。
◎バイオ燃料
アメリカでは、トウモロコシ畑の面積の4分の1以上(12万平方km)が「エタノールの生産」に用いられている。これは、エネルギーが食糧に変換されるのではなく、逆に食糧がエネルギーに直接変換されている例である。
しかし、「トウモロコシだけではエネルギー問題を解決できないことを、ワシントンの政治家たちも珍しく理解している」らしい。
これからは、食べられるトウモロコシの穀粒(実)をエタノール精製することを止めようともしている。それもそのはず、世界で何10億人もまともな食にありつけていない中、食べられる食物を潰してエネルギーに変えることに批判の集中は免れない。
過食部分(実)の代わりに、茎や葉の食べられない部分からエタノールや合成石油をつくるようにすれば、批判の矢は避けられる。
アメリカ連邦政府は2022年までに、全輸送用燃料の20%(約1億3,600万立法m)をバイオ燃料に置き換えるという目標を掲げているが、そのうち約6,000万立方m(約44%)を「セルロース由来のもの」とすることを規定している(セルロースというのは「茎や葉」に含まれるものである)。
しかし、セルロース由来の燃料は生産が難しい。
なぜなら、セルロースという物質自体、自然界の植物が途方もなく長い年月をかけて「分解しにくいもの」として進化してきたものだからだ。それを効率よく分解できるのはキノコなどの菌類くらいのものである。
「エタノール生産のためにセルロースを分解するということは、自然に逆行することになる」
その分解に必要とされるのはある種の「酵素」であるが、酵素は「おカネの代名詞」といわれるほどに金食い虫である。「酵素を工業的に大量生産するには、おカネがかかる」。
◎糞尿
農業現場でエネルギー変換できそうなものは、分解しにくいセルロースばかりではない。
アメリカの家畜農家からは毎年10億トン以上もの「糞尿」が生み出されているが、それらを溜め込んである沼は「エネルギー密度が極めて高い」。
「糞尿を再生可能な低炭素バイオガスとして燃やせば、数値上、アメリカの発電量の2.5%の電力を生み出すことが可能である」
と同時に、それは温室効果ガスの抑制にもつながる。
糞尿の沼を放っておくと、それは環境を悪化させる「ホットスポット」と化してしまうが、そこに嫌気性浄化槽と超小型タービンを組み込んでしまえば一転、小さな発電所に様変わり。
「ドイツの小さな町ユーンデは、町の暖房と炊事を賄えるほどのバイオガスを生産し、国内のガス供給網に頼らずに済んでいる」
昔々は、作物の肥料とされた家畜の糞尿。「かつての農民は化学肥料の代わりに糞尿を田畑に撒いていた」。しかし、分業化が進んだ現代農業の現場では、家畜農家と作物栽培農家の循環は極めて乏しい。
「大規模な家畜飼育で発生する大量の糞尿は、地域の需要をはるかに上回り、遠隔地の大規模農場に輸送するには費用がかかりすぎる」
もし、それら大量の糞尿が「電力」に変換できれば?
省エネはもとより、造エネともなりうるとのことだ。
◎点滴灌漑
「従来の大規模農法には、極めて『無駄』が多い」
たとえば、畑全体にスプリンクラーで散水する方法では、「空中に散布される水の大半は蒸発してしまう」。蒸発せずに作物に達した水滴も、根ではなく葉に当たることが多く、「さらに多くの水分が蒸発して失われてしまう」。
アメリカでは、「褐色の砂漠の真ん中に円形の緑地帯」がよく見られるが、それは円を描くように配置されたスプリンクラーの水が届く範囲に緑が生い茂っているからである。しかし、その散布される水の多くが「無駄」に蒸発してしまっているのだという。
それに対して、「点滴灌漑」という手法は対照的である。点滴灌漑とは「畝に沿って、作物の根の付近に細い管を配置し、根に直接水を与える方法」。
「トウモロコシ農家は、点滴灌漑によって水の使用量を40%、エネルギー費用を15%減らせる。こうしたシステムが普及すれば、全米で毎年、何千メガワット時もの電力を節約できる」
また、トラクターで土地を耕す際も、「レーザー水準器」を使って農地を水平に地ならしするだけでも、水の消費量は減らせるのだという。
というのも、たいていの農地には緩い傾斜があって、均一な給水ができない。そのため農家は「農地の一部が水不足になることを避けるために、農地全体を水浸しにする場合が多い」のである。
余計な灌水は、「肥料や土壌の流出」をも招く。するとまた、農地が肥料不足になることを避けるために、農家は余計な肥料をも散布するという悪循環になってしまう。
◎精密農業
いまや、トラクターにも「GPS」の搭載される時代である。
「GPS誘導によって、農地管理と植え付けを文字通りセンチ単位で実行できるようになった」
無駄な隙間や時間、燃料を減らせる上に、トラクターを自分で運転する必要すらなくなる。人間の目ではよく見えない夜間や濃霧、降雨時にも農作業ができるため、生産性も高まる。
トラクターにGPSを取り付けるには1万ドル(90万円)程度の費用がかかるというが、GPSを取り付ける利益は「費用を上回る」という。
「燃料の節約」というのが最も大きな理由であり、さらには農地の場所によってバラつきが出がちな肥料や農薬の散布を微調整でき、結果的に散布量を減らせるからでもある。
こうした緻密な農業を「精密農業」と呼ぶが、この言葉はこうしたGPS対応のトラクターやコンパインなど、最新農機の登場によって生まれた概念である。
最新農機の先進農法は、確実に「省エネ」へと向かっている。
アルゼンチンの半数以上の農家が採用している「不耕起農法」というのは、「土壌を耕耘せずに、特殊な植え付け機で種子を細い溝状に植えつける農法」であるが、それは最新の農機により可能になった技術である。
「耕耘が減れば、労働量や灌漑、エネルギーを減らせる」
省エネ農業の観点から見れば、「遺伝子組み換え作物」も肯定化されうる。
なぜなら、「最低限の水で育つように遺伝子操作された作物を植えれば、エネルギーや水などの資源の利用効率がはるかに良くなる」からだ。
◎消費者による省エネ
省エネできるのは、農地だけではない。
「『廃棄される食品』を減らすことでも、10:1のエネルギー・食糧比率を引き下げられる」
生産される食糧のなんと25%が毎年廃棄されており、これはアメリカの年間エネルギー消費量の2.5%にも相当するのだという。
また、「エネルギー消費の多い肉類から、エネルギーの消費の少ない果物や野菜、穀類などに切り替えるだけでも有効だ」。
肉類の生産は、穀類の4倍ものエネルギーを必要とする。そのため、人々がエネルギー消費の少ない食品を選択するだけでも、全体のエネルギー消費を減少させることができるのである。
ちなみに、卵 → 肉魚 → 乳製品 → ナッツ類 → 果物 → 野菜類 → 穀類、この順番で食糧生産に必要なエネルギー消費は減っていく。
卵や乳製品は、生産に必要なエネルギーが大きいだけでなく、最終的に廃棄される割合も30%以上と極めて高い。また、肉魚の廃棄は16%程度と、平均廃棄率よりもずっと低い。
◎不均一
こうして概観してみると、食糧生産・食糧消費には多くの無駄なエネルギーが消費されていることが明らかである。
そして幸いにも、それらの無駄は最新の技術や人々の行動の変化によって、十分に削減できる余地が残されている。
前時代の20世紀の反省は、野放図にエネルギーを散逸させてしまっていたことなのかもしれない。
余計な灌水が肥料の流出を招くように、あり余るほどの食糧は大量の肥満となって社会に流出してしまった。そして他方では、飢餓が解消されることはついぞなし…。それはまるで「不均一な農地」のようなものであり、一部が水浸し、そして一部が水不足といった状態だ。
もし、レーザー水準器を搭載したような発想があれば、世界全体の食糧の偏りは水平に地ならしできるのかもしれない。さらにGPSも搭載しているのであれば、それはセンチ単位でも微調整が可能となろう。
どうやら我々はようやく自分たちの居場所を、おぼろげながらもGPSで知ったようである。
そして、これからの新しい時代、我々はもっと「賢く食する」ことを求められていくのだろう…。
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出典:日経サイエンス2012年4月号
「省エネしながら食糧増産」
願わくば、情報のソースを頂きたく思います。