2013年01月04日

古典に秘された「慈心」のタネ。廻天の力


「モノで栄えて、心で滅ぶ」

1929年、ニューヨークに端を発した世界大恐慌。わが日本も大混乱に陥っていた。

「都市部はもとより冷害が続く農村部は、生活苦で娘を身売りしなくてはならないほど悲惨な状況であり、その後の日本は、右派と左派の革命勢力が武力行使も辞さない緊迫した状態が続く」



そのような状況の中、日本の未来を憂えた「安岡正篤(やすおか・まさひろ)」氏は、和漢の古典から珠玉の名詩・名文30編を抽出し、「光明蔵(こうみょうぞう)」という薄い小冊子にまとめ上げた。

「30歳前後にして、すでに数多くの古典や歴史書を渉猟されていた安岡先生。先生はこれらの言葉を諳(そら)んじてしまうくらい誦読(しょうどく)を繰り返すことで、学生たちの心魂を練り上げようと考えられました(荒井桂)」



人材の育成に日本の活路を求めようとした安岡氏。金鶏学院、日本農士学校を相次いで設立し、この「光明蔵(こうみょうぞう)」をその修身のテキストとしたのであった。

ここに収蔵された言葉は、中国の「論語」「詩経」「孟子」「史記」「文選」「資治通鑑」、日本の「正法眼蔵」「興禅護国論」「志士論」「山鹿類語」などなど、孔子、司馬遷、司馬光、王陽明、道元、親鸞、吉田松陰、山鹿素行らの片言隻句である。



◎孟子


「天のまさに大任をこの人に降さんとするや、必ずまずその心志(しんし)を苦しめ、その筋骨を労し、その体膚(たいふ)を餓えしめ、その身を空乏(くうぼう)にし、行いにはその為すところを仏乱(ふつらん)す。

 心を動かし、性を忍び、そのよくせざるところを曽益するゆえんなり」



天が大任をその人物に与えようとする時、必ずまずその精神(心志)を苦しませ、筋骨を疲れさせ、その肉体を餓えさせる。生活は窮乏し、することなすこと何事もうまくいかなくなる。

それは天がその人物を発奮させるためであり、彼の本性をより忍耐強いものとするためである。その結果、その人物は今までできなかったことができるようになり、ようやく大任を負うに足る人物となるのである。



この孟子の名文を朗々と唱える獄囚がいた。幕末の佐久間象山(さくま・しょうざん)である。

そして、その声に勇気づけられた人物がいた。それは同じ牢獄に収監されていた吉田松陰(よしだ・しょういん)である。この師弟は密航の罪によって、江戸幕府に捕らえられていたのであった。

彼らはこの逆境を孟子の言葉によって、己の力に変えていったのだという。



安岡氏はこう結ぶ。

「道、剣夷にあり、地にしたがって楽しむ。これは是れは是れ聖賢心法の秘奥なり」

道の険しいところも、平坦なところも楽しむ。これは聖賢の心構えの秘奥である。







◎司馬光


「才徳全尽、これを聖人といい、才徳兼亡、これを愚人という。

 徳、才に勝つ、これを君子といい、才、徳に勝つ、これを小人という。

 およそ人を取るの術、いやしくも聖人君子を得てこれに与(くみ)せずんば、その小人を得んよりは愚人を得んにしかず」



「資治通鑑」を記した司馬光は、「才」と「徳」を明確に区別し、人物を「聖人」「君子」「小人」「愚人」の4つに大別している。

才と徳がすべて備わっている人物(才徳全尽)が「聖人」であり、その両方を持たぬのが「愚人」である(才徳兼亡)。そして才と徳を持つ人物の中でも、徳(心)が才(知識)に優る人物が「君子」であり、逆に徳よりも才が勝る人物が「小人」となる。



司馬光が重視しているのは、明らかに「徳」である。

それゆえ、人物を任用する上で最も警戒すべきは「小人」となる。なぜなら、小人は才知には長けるものの、徳が足らぬゆえにそれを悪用して悪行をなす危険性があるからである。

それならば、いっそのこと才にも徳にも乏しい「愚人」を任用したほうがよっぽどマシだと司馬光は言うのであった。



◎道徳


中国古典の「中庸」には、こんな言葉がある。

「天の命ずるこれを性といい、性に率(したが)うこれを道といい、道を修(おさ)むるこれを教という」

天が与えた本質のままに生きることを「性」といい、その本質にしたがって生きることを「道」という。そして、その道を修めるのが教えである。



「道が体得されれば、それはその人の『徳』となります。道と徳は一体であり、これが『道徳』という言葉のゆえんです(荒井桂)」

才(才智)というのは、道から外れることもある。しかし、徳(心の本質)は道を踏み外すことがない、と中国の古典は教える。それゆえに、司馬光は「徳」を第一に置いたのであろう。







◎荀子


「荀子に曰く、君子の学は通のためにあらざるなり。

 窮して困(くるし)まず、憂いて意(こころ)、衰えざるがためなり。

 禍福、終始を知って、惑わざるがためなりと」



君子が学びを深めるのは、栄達や富貴(通)のためではない。困窮や貧賤の中でも苦しむことなく、憂患に遭っても心を衰えさせないためである。

幸福(福)と不幸(禍)の起こるところ、そして物事の始まりと終わりを知れば、心が惑うこともなくなるだろう。







また、魏(三国時代)の李康はこう言った。

「治乱は運なり。窮達は命なり。貴賤は時なり。ゆえに聖人は時に遇わざるも怨みず。

 その身は抑うべきも、道は屈すべからざるなり。その位は排すべきも、名は奪うべからざるなり(文選・運命論)」



国が治まるか乱れるかは「運」であり、人の困窮と栄達は「命」であり、身分の高低は「時」による。だから聖人は、運命の不遇を怨むことはない。

聖人の身体を抑えつけることはできても、その道を曲げることはできない。聖人の地位を剥奪することはできても、その名を奪い取ることまではできない。



◎主と従


安岡氏の「光明蔵(こうみょうぞう)」に選ばれた名言はいずれも、人間の内面性(心)を「主」とし、モノや金銭、地位や名誉といった外物は「従」にすぎないことを教えている。

もともと「光明蔵」という言葉自体が、仏教でいう「心の異名」であり、「自己の本心」を指すものである。

「自己の本心は、無明を破り真如の光を輝かす智慧光明を所蔵するところ」



昭和初期の激動期、安岡氏は世の中が荒(すさ)んでいく様を見るに見かねていた。

「現代の学者や作家は、どうも正常な人間性や情操を失って、頭だけでものを書いている」

その様を司馬光の言葉に照らせば、徳(心)よりも才(頭)の勝った「小人」がモノを書いているということになる。小人とはすなわち、その才智を悪用してしまいかねない危険な人物のことである。



「このごろ、読んで心に感動の旋律を生じ、覚えず声に出して朗読したくなるような詩や文が滅多に得られなくなった」と安岡氏。「好い意味でのロマン性がない。疲れている。荒んでいる。音楽でさえ、そういう感じがする」

ゆえに、安岡氏は古典へと回帰していったのであった。







◎道元


「愛語というのは、衆生をみるにまず慈愛の心をおこし、顧愛の言語をほどこすなり。

 現在の身命の存ぜらんあいだ、このへんで愛語すべし。世々生々(ぜぜしょうじょう)にも不退転ならん。怨敵を降伏し、君子を和睦ならしむること愛語を根本とするなり」



「愛語」というのは、人々を慈しみ愛する心でかける言葉である、と道元禅師は説く(正法眼蔵)。

この生命が続く限りは愛語でもって人と接し、来世にも後退することがないように。憎らしい敵を降伏させるのも愛語であれば、君子が仲を保つのも愛語である。



「知るべし、愛語は愛心よりおこる。

 愛心は慈心を種子とせり。

 愛語よく廻天の力あることを学すべきなり」



愛語は「愛心」に根ざし、愛心は「慈心」をそのタネとする。

まことの愛語は、時勢を一変させるほどの力を持つものなのだ…!






◎知情意


人の心は「知情意(知性・情緒・意志)」で働くといわれる。

その心が震えるような名詩や名文に出会えば、人間の心が高まることもあり、行動が変わることもある。

道元禅師の言う「愛語」というのは、そうした言葉のことなのであろう。



「読書百遍、意自ずから通ず」

たとえどれほど難解な書であろうとも、それを100回、諳(そら)んじるほどに繰り返し誦読すれば、その意味は考えることもなく身についていくとも言う。



文章の文字通りの意味とは、おおよそ表面的な「従」にすぎぬのであろう。ただの一回読んだだけでは、その「従」に満足してしまいかねない。おそらく司馬光のいう小人とは、そこにとどまってしまった人たちのことを指すのであろう。

もし、愚人といわれる人たちが、その書を100遍読んだら?



その時なのだろう。

愛語に秘められた「慈心」のタネが自然と心に宿るのは…。

そして、時勢が一変するのは…。







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出典:致知2013年2月号
「安岡正篤『光明蔵』に学ぶ」
posted by 四代目 at 06:28| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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