2012年12月19日

社殿よりも鎮守の森よりも大切なもの。八重垣神社宮司・藤波祥子


「社殿は一年もあれば建ちますから。でも、木々が森になるのには多くの時間を要します」

宮司がそう言うので、社殿より先に「鎮守の森」の復興が始まった。



ここは宮城県亘理郡山元町。その海岸近くに鎮座する「八重垣神社」である。

この神社は、東日本大震災の大津波ですべてを流出していた。

「残ったのは、傷ついた十数本のクロマツだけでした…」



その時、藤波祥子(ふじなみ・しょうこ)宮司はたまたま秋田にいて、難を逃れた。

震災後の混乱の中をようやく神社に戻ってみると、「手の施しようのないほどの大量の砂と、ヘドロの混じった瓦礫」、それが山のように立ちはだかっていた。



「やっぱり、そうなんだ…」

藤波宮司は、悲しみや絶望よりも「自然の法則」を痛感したという。

「失ったものを思って涙を流すと思っていましたが、諦念にも似た『納得』をしていました…」



しかし、一般の氏子さんたちにはそのような「納得」はなかった。

眼下に広がる凄惨な惨状を目の当たりにして、「この世には神も仏もいない…」と嘆くばかり。

藤波宮司とて、その言葉に答える術はない…。



そんな嘆きの中、ある農家の古老はボソリとつぶやいた。

「『神も仏もいない』と言うヤツは、津波が来る前から神も仏もいないんだ…」

古老は訥々と語り出す。「オレは被災する前から被災した今でも、毎朝お天道さまに手を合わせている。大いなる恵みを与えてくれるのが自然ならば、恐ろしい災害をもたらすのも自然なんだ…」



土を知る老人の言葉には、自然に対する敬虔な「畏れ」があった。そして同時に「恐れ」もあった。

「人間の力の及ばないすべてを、神と言うのではないか…?」



この八重垣神社のある氏子地区(笠野地区・新浜地区)には、およそ300戸ほどあったというが「元の姿で残ったのは2戸だけ」。およそ90人の方々が亡くなられた。

「中には、夫が妻の手を一瞬放したスキに、妻の行方が分からなくなってしまい、手を放したことを悔やんで苦しんでいる氏子さんもいます…」

「押し寄せる津波の中で、木片につかまっていると、『助けてーっ!』と叫びながら流されていく人を、助けることが出来なかったことに、今も苦しむ氏子さんもいます…」



「今年、夏祭りはどうするの?」

旧暦6月15日頃(新暦8月初め)に行われる八重垣神社の宵祭りは、「仙南地方の三大祭」の一つと数えられているものだった。

「祭りどころではないだろう…」。藤波宮司は正直、そう思っていた。ところが、氏子さんたちからは熱烈に「祭りをやって欲しい!」との声が上がる。



「ズドーーーーンッ!!」

漆黒に闇に打ち上げられる花火。それを見あげれば涙がこぼれる。いつもの年の半分以下の規模で行われた宵祭り。花火も数発しか上げられなかった。



「わっしょいっ!わっしょいっ!」

翌朝の神輿渡御は、津波に流されて壊れてしまった御神輿。「瓦礫の中を縫うように、雑草で荒れ果てた海への道を練り歩く」。

そして、神輿を海に入れる伝統の「浜降り」。「一年ぶりに見る神輿に、手を合わせる人、涙を流す人…」。



かつてはあった社殿も、今はない。

それでも氏子さんたちは、社殿が建っていたところに向かって手を合わせ、お賽銭をあげていく。

「何もないところに向かって、手を合わせる。その姿こそが『神道の心』であり、日本人の精神ではないかと、被災した人々から教えられました」と藤波宮司。





古来、神は森や岩に鎮まっているとされ、森や巨石は「神の依り代」として神聖視されてきた。

「やれ社殿だ、御神体だと騒ぐのは神主だけ」

だから藤波宮司は社殿の再建を後回しにしても、「鎮守の森」の再興を願った。

「社殿は一年もあれば建ちますから。でも、木々が森になるのには多くの時間を要します」



そして行われた植樹祭。

氏子さんらのボランティア、およそ500人が駆けつけ、タブノキ・シラカシなど、常緑広葉樹の苗201種3,300本が植えられた。

「一年の計を立てるなら『稲』を植えよ。十年の計を立てるなら『木』を植えよ」とはよく言われる。社殿が稲であれば、鎮守の森はまさに木である。



格言はさらにこう言う。「百年の計を立てるなら『人の心』を育てよ」。

何もないところに手を合わせるのが氏子たちなれば、木を植えるために集まってくるのも氏子たちである。

「二千年もの間、先祖たちがこの場所に神社を建て続けてきた理由とは?」

1000年以上前の大津波(貞観地震・869)の時も神社は流失していたかもしれない。現・八重垣神社の創建は807年。5年前には鎮座千二百年祭を迎えていた。

「それは、ここに神社を必要とした人々がいたからではないか」



「Nature does't make jumps.」

自然は決して飛躍しない。稲ですら植えてから穂を垂れるまで半年以上を要する。

ましてや人の心をや。



「お祖母さんへの手紙が無事届くように願って、赤いポストを拝む子どもの姿」

そんな姿がわれわれの心の源流にはあるのかもしれない…。







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出典:致知2013年1月号
「震災から再び立ち上がる 神社復興に生きる女性宮司」
posted by 四代目 at 06:02| Comment(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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