2012年12月18日

「自彊術」の教え。近藤幸世92歳


「もともとは身体が弱くてね…」

92歳になるという近藤幸世(こんどう・さちよ)さん。

「子供の時から死ぬような病気を何回もやりました」



子供時代、あまりの身体の弱さから、「あの子はもう死んだだろう…」と噂が立つことも珍しくなかった。

「ご飯を食べるのもイヤで、首根っこつかまれて、食えっ、食えっと無理やり食事をさせられるような始末でした…」



その虚弱体質は大人になってからもどうにもならない。ある時は40度の高熱が10日間も下がらず、医者である夫も泣くしかない…。

「その後も、肝臓をやったり、なんかかんかやったり…」

一番ひどかったというのは、30歳の頃に患ったという「変形脊椎症」という背骨の歪み。

「背中がとても痛くて痛くて、注射をしてもらってもまた気持ち悪くなって、朝起きたら吐いてしまう。何にも食べることができず、我慢、我慢、我慢ばっかりで、本当にもう辛かった…」



そんな病弱な幸世さんに転機が訪れるのは、50歳を過ぎて「妙な体操」に出会ってから。

そして一年、その体操を続けたら、「すっかり身体が良くなった」。

「いまでは92歳になりましたが、今度は死ねなくて困る(笑)」



◎自彊術


その妙な体操とは、「自彊術(じきょうじゅつ)」。

31の動作で、身体を隈なく動かす運動のことであった。



昭和30年代、「運動」といえばスポーツマンのやることと思われており、普通の人には健康のためにやるなどという発想はなかった。ましてや、「病人がやる」などとは考えられもしなかった。

その「運動」が、当時のアメリカでは病人のための3つの治療法の一つとされていた。それを幸世さんはアメリカの雑誌を読んで知ったのだった。



だが、幸世さんが飛びついた「自彊術(じきょうじゅつ)」というのは、西洋の運動医学とはまったくの無縁。「古代中国」に源を発するものであった。

日本では明治時代に「中井房五郎」によって創案され、実業家の十文字大元を快癒させたということで脚光を浴びることとなる。



◎縁


大正期には300万人もの人々が自彊術を実践しており、全国どこにでも道場があったというが、世界大戦で一時中断。戦後は西洋医学の普及などにより、急速に廃れてしまう。

そんな中、久家恒衛(くげ・つねえ)という先生が一人で脈々と実践しておられた。

久家先生自身、もともと身体が弱くて軍隊にも入れてもらえないほどだったというが、90歳にもなろうかという年齢でピンピンしておられる。



調べていくと、幸世さんの住む福島県にも偉い先生がいらっしゃるとのこと。

その先生が「中井勝(なかい・まさる)」先生で、自彊術の創案者である中井房五郎氏の直弟子であり高弟の一人であった。

病弱だった近藤さんは、この中井先生の門をたたく。

「月に2回ずつ通って指導を受けました。十何年も通ったんです」



そして先述したとおり、幸世さんの虚弱な身体は「自彊術を始めて一年くらいで、すっかり良くなった」。

これには医者である夫・芳朗氏もビックリ。なにせ、いままで医者の自分が逆立ちしても妻・幸世さんの身体ばかりはいかんともしがたかったのだから…。



◎人づて


目に見えて壮健になっていく妻の姿を目の当たりにして、夫の芳朗氏も自彊術の体操を始めてみた。

すると、朝晩2回、20分ずつの体操で芳朗氏の糖尿病がすっかり良くなった。わずか3ヶ月という短期間に、体重は10kgも落とせたのだった。



すっかり自彊術にのめり込んでいった芳朗氏。

自分の診療所に来る患者たちにも自彊術を熱心に勧め、そのデータをとって「自彊術がいかに現代医学に適っているのか」を見事に証明していった。

昔は「こんな体操で良くなるわけがない」と反対する医者たちも多かったというが、東大出身の医者である芳朗氏が自彊術にお墨付きを与えたことにより、自彊術はグングンと広がりをみせるようになる。



「自彊術はやり始めると元気になるから、周りの人が『何かやってるの?』と関心を持つことで、人づてに増えてきたんだと思うんです」と妻の幸代さん。

宣伝一つしたことがなかったというが、今では全国に約4000の教室、5万2000人もの生徒さんがいらっしゃるという。





◎健康貧乏


「自彊術は天から降ってきたようなものかもしれませんね」

医者でもある夫の芳朗氏は、自彊術を通して「自分の身体の中にこそ自然治癒力がある」ということに改めて気づかされた。

ほとんどの病気は、体操すると良くなってしまう。だから芳朗氏は「体操しない人には薬はやらない」とまで言い出す始末であった。



その芳朗氏は13年前、79歳でこの世を去った。

一人残された妻の幸世さんは、自彊術普及会の会長を夫から引き継ぎ、現在第三代目となっている。



「主人はよく『健康貧乏』にはなるなと話していました」

「健康貧乏」とは、健康だけが目的になってしまうこと。より大事なのは「健康になって何をするかだ」と芳朗氏は言うのであった。

「同じように『自彊術乞食』もダメだと言ってましたね」

やはり、自彊術で元気になって「何をするか」、それが大切だと言うのである。



◎自ら


自彊術の「彊(きょう)」の字は「強」に通じ、「強める」という意味をもつ。

「『彊』という字は、一、田、一、田、一と書きますが、一は田と田の区切りで、要は自分の田んぼは自分で耕すことが大事だと、私は解釈しています」と幸世さん。



自分の身体は「自分で治そう」としない限りは良くならない。自分で強めようとしない限り、元気にはなれない。

「元気」というのは、自分から発生する気ではなく、宇宙の気をもらって、自分の邪気を吐き出すものなのだと、自彊術は教える。それは自力あっての他力である。

「やっぱり自分の意志ですよ。意志が強くなかったらできないです」と幸世さん。





「自彊術」という名称は、中国の古典「周易」から採られたものだという。

「天行健、君子以自彊、不息」

天の運行(天行)は健全である。立派な人(君子)は自らを強めること(自彊)を怠らない(不息)。



ひと時も休まぬ天の動きのように、継続することで自彊術の真価は発揮されるのだという。

せっかく自彊術を始めても、少し具合が良くなったらやめてしまったのでは、「宝の山に入って、何も持って行かずに帰ってしまうようなもの」だと幸世さんは言う。

しかし残念ながら、そんな人が大半なのだとか。



「自分が良い見本になれなければいけません。健康法を自称しているのに、早く死んじゃったらしょうがない」と幸世さん。

幸いにも彼女は92歳になっても「死ねなくて困っている」。

子供の頃は、「あの子はもう死んだだろう…」といつも周りから思われていた幸世さんが…。



「万病克服の治療体術」とも言われる自彊術。

その恩恵を受けられるのはどうやら、朝晩2回の地道な努力をひたすらに積み重ねられる人たちのようである。

「天は自ら助くるものを助く」

そんなありふれた言葉も、ここでは重く響く。



「道場に来て、座っているだけで威厳がある」

それはその人の積み重ねてきた重みなのであろう…。







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出典:致知2013年1月号
「天行健君子以自彊不息 〜近藤幸世〜」
posted by 四代目 at 06:08| Comment(0) | 医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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