2012年12月12日

なぜ日本は「小さな魚」ばかりを獲るようになったのか?


「乱獲も乱獲、日本の魚の多くは『食べるサイズに達する前』に漁獲されています。もう『早獲り競争』です」

勝川俊雄氏(三重大学・准教授)はそう切り出した。

「いま日本で一番多く獲れるのはサバ類なんですが、非食用、つまり養殖のエサにしかならないような『小型魚』が漁獲の大半を占めています」



養殖のエサにしているようなサバは0歳。100gほどしかない。「一尾10円にもなりません」。

もしあと3年待てば、一尾80円以上で売れる。サバは3年で500g以上に成長するからだ。また、3歳になったサバは卵も産めるようになるので、のちのちの資源再生化にもつながっていく。

「3年間、海に泳がしているだけで何倍もの価値が出るんです。これは本当にもったいない話なんですよ」と勝川氏。



たとえば、0歳100g未満のサバを10尾売っても、65円にしかならない。一方、3年待つと、個体数は自然淘汰により10尾から3尾にまで減ってしまうものの、一尾が500g以上に育っているので、たった3尾でも260円以上で売れる。

「つまり、小さい魚を獲らずに3年待つだけで、漁獲重量は1.5倍、利益は4倍にまで増えるのです」



なんとも単純な計算である。3年待った方がどう考えても得である。

しかし、現在の日本漁業はその3年が待てない。

「魚が成長する前に獲ってしまうんです。農産物だったら、果実が実る前に収穫してしまうようなものです。あり得ないですよね?」



◎早獲り競争


なぜ、そんな滑稽な話になってしまうのか?

「簡単です。日本に適切な漁獲制限がないからです。だから『早獲り競争』に陥ってしまうんです」と勝川氏は言う。



日本の沿岸漁業というのは「漁業権をエリア別で持っている」。だから、魚が自分たちのエリア外に出ていってしまったら、よその漁師に獲られてしまう。

「だったら、今日獲れるものは獲っておこう」という発想になる。たとえ、小さくて値段が安くても、ほかのエリアに出られたらもう手も足も出ないのだから。

「『親の仇と魚は、見たら獲れ』というのが、今の日本の漁師なんです」



早獲り競争が進めば進むほど、成魚の数は減っていき、各エリア内には小さい魚ばかりしかいなくなっていく。当然、単価は安くなる一方。

だから「まとめて獲ろう」と考えて、小さな魚を一網打尽にしようとする。網のサイズは巨大化し、その目はより細かいものとなっていく(ちなにみ、水産庁は網を大きくするための補助金を出している)。

幸か不幸か、魚群探知機やソナーの進化によって、1km先でも2km先でも正確に魚群を捕捉できるようになった。つまり、より簡単に魚群を一網打尽にすることができるようになったのだ。そうやって、みんなで競って「未成魚」を獲りまくる。



「たとえばクロマグロだって、漁獲の9割が0歳、1歳という未成魚です。カツオみたいな大きさで獲っちゃってる」と勝川氏はぼやく。

これではマグロが獲れなくなるのも当たり前であろう。まだ未熟な果実を早獲りしているどころか、木そのものを根こそぎひっくり返しているようなものである。

魚が次の卵を産む前にみな獲ってしまったら、次の魚はどこからやって来るのだろうか。ひょっとしたら、卵よりもニワトリが先なのであろうか?



◎誰も得をしない


「誰も得をしない漁業」

乱獲、早獲りによって、日本の漁業の姿はそんなものになってしまったのだと勝川氏は訴える。



誰も得をしないどころか、みんな損をしている。

「稚魚から根こそぎ獲っていくような漁業を公的資金(税金)で後押ししておいて、その結果、地方の漁村が廃れていくと、今度はそっちを何とかしようと補助金を入れる。もう支離滅裂ですよ」

海も苦しめば、漁師も苦しむ。そして、その苦しみは日本国民全体で分かち合われることになる。

「そんな日本は水産予算が世界一なんです。しかもダントツで。EU諸国全体の予算よりもずっと多いんです」



「農業もそうですが、一次産業というのは放っておくと衰退しちゃう。だから、上からおカネを落として支えなければならないという発想が日本にはあります」と勝川氏。

しかし残念ながら、そうした補助金は生産者の手に落ちるとは限らない。「生産者じゃなくて、土木屋に落ちていたりする」。

また、逆に地方産業を弱めてしまうこともある。「北海道の奥尻では、600億円以上の予算が用意されて、今までよりも立派な防波堤を造ったり、船を全部新しくしたりしました。で、どうなったかと言えば、漁業者が半減しているんですよ。限界集落も増えてしまいました」





◎ノルウェー


「補助金なんて入れなくても、今の漁業者くらいは十分に養えるはずなんですよ。方法さえ間違わなければ…」と勝川氏は話しはじめる。

「現に『世界の漁業は儲かっている』んです」

勝川氏がその好例として挙げるのは「ノルウェー」の漁業である。



「1970年代のノルウェーでは、主力のニシンが激減していました。そこで、漁業に大金が投ぜられたわけですが、そしたら逆に『あっという間に資源が枯渇してしまった』。まったく今の日本のような状況です」

ここからがノルウェーの面白いところである。

「ノルウェーでは各漁船に『漁獲枠』が割り振られることになりました」



先述したように、日本での漁獲枠は各漁場(エリア)ごと与えられている。そして、それが未成魚の早獲りを助長させる悪因ともなっている。

ところがノルウェーでは、それが『各漁船ごと』に割り振られているのである。そのため、早く獲ろうとは決して発想しない。充分に大きくなるのを待ってから獲ったほうが利益は大きくなるのである。

つまり、小さな魚を大量にとって漁獲枠をいっぱいにしてしまうより、利益が何倍にもなる成魚で漁獲枠を埋めたほうが、よっぽど得することになるのである。



その結果、ノルウェーの漁師たちの発想は「いつ獲るべきか」に変わった。早く獲れば獲るほど損をしてしまうのだから、「高く売れる時」を慎重に見極めるようになったというわけだ。

「さて、ボチボチ値段が上がってきたから、魚でも獲りに行くか」といった具合である。

彼らは決して他の漁師に先に獲られてしまうことを焦らない。各々の漁獲枠が決まっているのだから、みな自ずと獲る量には限界がある。早い者勝ちがすべてを制するわけではないのである。



◎三方良し


「もう漁業は量ではなく、質で勝負する時代」

40年以上前の1970年代、ヨーロッパ諸国の漁業は大きな方向転換を果たしていた。ノルウェーもEUと漁獲枠を共有しており、その漁獲枠は国際交渉によって国ごとに分けられる。

ノルウェーという国自体に漁獲量の制限があり、そしてノルウェー内ではその枠を漁船ごとに振り分けているのである。



こうした資源管理の結果、海の資源はここ10年で倍くらいに増えた。

それでもノルウェーの漁獲量は増えていない。EU全体の漁獲総量は、研究者たちが海の状態や魚の生産力を調べることによって決められているのである。

漁獲量は増えていなくとも、ノルウェーでは「毎年のように漁業生産金額を伸ばしている」。つまり、量よりも質によって儲けているということだ。それは漁師の一人ひとりが「高く売れる時」を見極めて漁をするようになった好結果でもある。



日本では誰も得をしなくなった漁業。

ところが、ノルウェーでは海良し、漁師良し、国家良しの「三方良し」。近江商人のお株はすっかりノルウェーに持っていかれてしまったようである。





◎マルチ


「ノルウェーの漁船は、1年のほとんどの間、遊んでいるんですよ」

「高く売れる時」だけに漁に行くようになったノルウェーの漁師たち。そのため、船を出す日数は大幅に減った。それでも収入は増えたのだ。



ある2人の漁師は、船を遊ばせておくのもなんだからと言って、2つあった船のうちの一つをスクラップにして、2人で一つの漁船を交代で使うことにした。

先に述べたように、ノルウェーの漁獲枠は漁船ごとに割り振られている。だから、漁船をスクラップにする時、その船が持っていた漁獲枠をほかの船に譲ることもできる。

ということは、もし2人の漁師が2つの漁船を一つにしてしまえば、漁業枠を一つに集めることもできる。すなわち、1台の漁船で2倍の漁獲枠にすることができるのである。そうすると、船の管理という固定費を大幅に減らすことも可能となる。



もし高齢で漁を辞めるときも、自分の漁船が持っていた漁獲枠をほかの船に売却することもできる。

「これは双方にメリットがあるシステムで、辞める人は退職金代わりの一時金を手にできるし、枠を譲り受けた人は漁獲枠が増えるわけです」



また、漁船が遊んでいる期間、その船を貨物船や調査船として使わせている漁師もいる。

そうしたマルチパーパス(多目的)の漁船は、漁業以外のビジネスとしても収益を上げることが可能となっている。



◎ニュージーランド


ノルウェーのような漁獲枠制度は、遠くニュージーランドでも採用された。

ところが、ニュージーランドでは地元漁師たちの「ものすごい抵抗」に遭ってしまう。「説明会を行うたびに、トマトを投げつけられる」。

それでも無理を押して導入したところ、漁師たちはすぐに理解した。「なんだ、こっちの方が儲かるじゃん」。それ以来、手のひらを返したように漁獲枠制度は支持されるようになったとのこと。



日本でも、かつてのニュージランド同様、批判する人が多い。

「地方の小さな漁村が潰れてしまう!」と。



はたしてニュージーランドでは、小さな漁村が潰れてしまったのか?

それを自分の目で確かめるために勝川氏は、「ニュージーランドで一番辺鄙」といわれるチャタム島という離島の漁村に足を運んでみた。

伊勢エビやアワビを採っていたその村は、「これがなかったら、逆にこの島の漁業は消滅していたよ」と皆声をそろえていたという。



◎漁業でメシを食う


さて、ふたたび目を日本に転じてみよう。

早い者勝ちの漁業が加速するばかりの現状は、日本の漁業を衰退の一途にヒタ走らせている。そして、それを補うための莫大な補助金が、その悪循環をさらに歪んだものとしてしまっている。

「魚を獲っても、メシを食っていけないという状況自体が、まったく手付かずで放置されているのです」と勝川氏。漁業で生活できないのであれば、新しい人など寄り付くはずもない。



「一番大事なのは、漁師が魚を獲って、それで充分生活していけることです」

そう言う勝川氏は、そのモデルとして北海道の猿払村(さるふつ・むら)を取り上げる。



北海道の一番北の僻地という猿払(さるふつ)は一時、「貧乏見たければ猿払に行け」と言われるほどに壊滅的な状況に陥っていたという。

高齢者の多かった猿払村であったが、あえて行政は高齢者福祉を優先しなかった。それよりも「漁業自体を何とかする」という方向性を打ち出した。とにかく「漁業で利益を出す」ということを最優先事項と位置づけたのである。



具体的にはホタテの養殖技術である「地撒き式」という方法が採用された。海底にホタテを撒いて育てる方法である。

この方法の問題点は、ホタテの所有権がハッキリしないことであった。地面に撒かれたホタテはどうしても「早い者勝ち」になってしまう。いわゆる早獲り。日本漁業の悪循環の世界である。



この既知の問題に対して、猿払村は「グループ化によって競争を排除した」。一人ひとりの漁師が早い者勝ちを競い合うのではなく、全体の利益をプールしておいて、それを月給として配分することにしたのである。

「その結果、漁師一人当たりの平均年収は何千万円にもなりました」

なんと、貧乏を見たくて猿払に行っても、もう貧乏が見られないではないか。



◎歯止め


「漁業って『良いときあり、悪いときあり』なんですよ」と勝川氏。

そのムラを軽減するためには、ときに「規制」も必要になるのかもしれない。

自由な競争ばかりでは、どうしても先行者利益にばかり目が行ってしまう。そうした早い者勝ちの世界では、一時的に強い者しか勝ち残れない。長期的な視野はむしろ弱点ともなってしまうため、「機が熟す」のを待っている余裕などもてようもない。



ノルウェーやニュージーランドでの成功例は、「資源が有限である」ということを直視した結果でもあろう。有限ならば育つのを待ったほうが賢い。待ってるだけで利益は膨らんでくる。

そこには、青田刈りをするような無法者は存在しない。それをやり出したら際限がなくなり、有限な資源はますますその量を減らしてしまうことは分かりきっている。ここはどうしても歯止めをかけたいところである。



この問題は漁業だけには留まらない。

この世界経済が一分一秒を争う世界になってしまったのは、なぜなのか。一日たりとも仕事を休めない人も少なくない。

いったい、この世界は「歯止め」を失ってしまっているのだろうか。GDP(国内総生産)競争というのは、ややもすると早い者勝ちを喜ばせるだけにも終わってしまう。四半期(3ヶ月)ごとの成果ばかりを追いすぎれば、いつしか海からは魚が消えてしまうかもしれない。



はたらけど、

はたらけど猶、わが生活楽にならざり

ぢつと手を見る



石川啄木は「一握の砂」でそう謳った。

しかし、われわれ現代人は「ぢつと手を見る」ヒマさえも持てていないのかもしれない…。







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出典:農業経営者2012年11月号
「日本の漁業を復活させるための処方箋」

posted by 四代目 at 06:33| Comment(0) | 農業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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