幸いにも、アメリカはここ数年の間に「シェールガス」を岩石から採取する方法を極めて進化させた。
「わずか5年前には、高圧の液体を吹きつけて岩を砕きガスを放出させる『水圧破砕法(フラッキング)』という特殊技術をもつガス会社しか、シェールガスを採取することができなかった。ところが現在、エネルギー関連会社がこぞってこうした新しい分野の開発に取り組むようになった。
その結果、アメリカでは「天然ガスが大量に生産されることになった」。採掘の限られていた5年前に比べると、アメリカの今のガス価格は70%も下がっている。それだけの驚異的な増産に成功したということである。
今では信じ難いこととなってしまったが、「ほんの数年前まで、アメリカは必死になって外国産のガスを『輸入』しようとしていた」。国内のガス需要の高まりによって、その価格は高騰する一方だったのだ。
ところが現在、その時に何十億ドルも費やしてつくられた輸入用のターミナルは無価値となった。シェールガスの大成功により、もはや外国産ガスの輸入は不要。むしろ、完成したばかりの輸入ターミナルは逆に「輸出用」の設備に転換されようとしている。
石油とて同様。
かつてのアメリカは好むと好まざるとにかかわらず、彼らが「最も憎んでいる国々」から原油を購入するしかなかった。石油に関する限り、アメリカは中東湾岸諸国への依存を余儀なくされていたのであり、それが「悩みのタネ」でもあった。
ところが現在、「この数十年で初めて、アメリカでは石油の純輸入量が減ってきている」。
というのは、シェールガス採掘の技術革新が、アメリカ国内の石油生産量をも増大させたからだ(沖合の海底深くやシェール岩盤)。さらに南北の近隣諸国、カナダやブラジルもやはり技術革新のおかげで石油は増産(オイルサンド・タールサンド)。
「近い将来、アメリカもいよいよ中東への石油依存をやめることができるようになるだろう」
アメリカ国内の石油需要は、国内もしくは南北アメリカ大陸の生産でまかなえる見込みも立ってきたのである。
なるほど、アメリカにおける石油や天然ガスの増産は、同国にとってまさに「救世主」のように見える。しかし、表があれば裏もある。シェールガス革命には思わぬ落とし穴も潜んでいる。それは今後数十年にわたるアメリカ衰退への序曲とも言うのだが…。
時はさかのぼり、第二次世界大戦後の1950年代、「アメリカはエネルギーの使い方を間違っていた」。戦勝に沸くアメリカはこの世の春を謳歌し、「国民は燃料がたくさん必要な大型のクルマに乗り、電気をより多く消費する広い家で生活をしていた」。
そんな浪費的だったアメリカ国民も、2000年以降はずっと控え目になっていた。気候変動への危機感や燃料価格の高騰などが相まって、近頃は「エネルギーを節約することが必要だ」と実感するようになっていたのである。
そして、「次世代エネルギー」と呼ばれる「風力・太陽光・原子力」などにアメリカは力を入れるようになっていた。
ところが…!
ここに来て、アメリカはふたたび「謙虚さ」を忘れた。なにせ、天然ガスが国内の地下から無尽蔵に湧き出てくることを知ってしまったのだ。もうエネルギーの節約に頭を悩ますこともないではないか!
「アメリカでは、再生可能エネルギーを開発しようという気運が急速に衰えている」
ガスの値段が信じられないほど安くなってしまった今、石炭や原子力、太陽光などの電力市場における競争力は一気に弱体化することになった。発電にかかる費用は天然ガスが群を抜いて安くなったのだ。
「石炭は市場から締め出され、原子力開発は停滞、風力や太陽光を使う施設の計画は次々と中止されている」。
また、自動車産業のセンチメントも確実に変化した。
「自動車メーカーは、より燃料効率の良いクルマをつくらなければならないという気持ちに駆られることがなくなった」
新たな石油と天然ガスが豊富に湧き出てきた今、ハイブリッドや電気自動車などの次世代カーの開発が次々と暗礁に乗り上げてしまっている。運輸産業では「天然ガス車の使用が支配的になってきている」。国際貨物会社のUPSはすでに、液化天然ガスで動くトラック網を全米に作り上げている。
アメリカ連邦政府が燃費基準を引き上げたところで、それに対する意欲は薄い。アメリカの自動車業界が次世代型の電気自動車についてマーケティングしたところ、購入者も補助金を提供する政治家も一様に「燃費についてはあまり気にしなくなっていた」という。
クルマばかりではなく、航空機、船舶、それに鉄道なども同じように「急いで燃費を良くしなければならないとアセリを感じることも少なくなった」。
さて、今後のアメリカはどこへ向かおうとしているのか?
この記事のライター(ピーター・シュワルツ)は「最終的なツケを払わされるのはアメリカ国民だ」と断言している。
今のアメリカは、数十年前のエネルギー浪費大国に逆戻りしようとしているのだろうか。シェールガス革命という革新の上にアグラをかいて、再生可能エネルギーによる発電や次世代カーなどの競争から遠ざかるつもりなのだろうか。
「新しい石油やガスが支配権を握ったこれからのエネルギー市場では、再生可能エネルギーやエネルギー効率の良いクルマや飛行機、ビルをつくる取り組みは社会的な価値を認められなくなってしまうだろう」
その意志はどうあれ、センチメントは確実にその意欲を失わせる方向に働いている。化石燃料が有限であることは、もうしばらくは忘れていられそうなのだから。
今思えば、長らく中東依存を続けた頃のアメリカは逆に幸いだったのかもしれない。中東情勢という地政学的な不安定さが、アメリカの気付け薬ともなっていた。言ってみれば、その切迫感がアメリカにシェールガスという革新を起こさせたのでもあった。
「そのうち、中東の湾岸地域にいたアメリカの軍艦が、中国の軍艦に場所を明け渡す日が来るのかもしれない」
アメリカにとっての中東の重要性が低下すれば、アメリカに代わって中国が中東との結びつきを強める可能性もある。アメリカの敵は常に中国の友である。結局、アメリカの影響力が低下しようが、中東からキナ臭さは消えないのだろう。
アメリカのエネルギーを、そして世界の力学バランスをも変えてしまいそうなシェールガス革命。
その革命を支えた柱は技術革新のほかに、「原油価格の高止まり」という要素があったことも忘れてはならない。「2008年以来の石油価格の高騰で、以前よりも費用をかけて石油を採取することが許される状況になった」のである。
現在のアメリカやカナダなどで採掘される新しいタイプの石油のほとんどは、1バレル80ドルが「底値」に設定されている。つまり、これより安くなってしまうと、アメリカの新しいエネルギーモデルはあえなく崩壊してしまう危険性もある。
最近の国際的な石油価格の高騰は、「中東やアフリカなど広い地域での政治的不安定が原因」である。内戦状態にあるリビア、シリア、イエメン、スーダンは少量の石油しか生産できず、アメリカの主導するイランへの経済制裁により、イランの石油輸出量は激減している。
多少の穿った見方をすれば、アメリカがイランへ経済制裁を課すのは、なにも原子力の秘密開発を責めることばかりがその真意ではないのかもしれない。アメリカには原油価格を高止まりさせるための強い動機も存在しているのである。
もっと穿った見方をすれば、アメリカには再生可能エネルギーや自動車業界の革新の足を引っ張る動機も存在するということにもなる。
なにはともあれ、現在のアメリカからエネルギーへの危機感が和らいだことは確かだ。シェールガス革命のおかげで、その環境は一気にぬるま湯と化し、しばらくはノホホンとしていられるようになったのだから。
一方、少資源国の日本におけるエネルギーへの切迫感は高まるばかりである。原子力という道も実質的に閉ざされてしまった今、外国産の石油やガスの大量購入を余儀なくされ、日本政府の経常収支はまさかの(予想通りの?)赤字転落である。
それでも、こうした慢性的なエネルギー不足は、日本ではお馴染みの光景だ。日本は逆立ちしてもエネルギー輸出国にはなれそうにない。
しかし、だからこそ日本では省エネ技術が発達するのであり、国民は謙虚でいられるとも考えられる。抜群にハイブリッドカーへの意識も高いのだ。それは国土自体が島という限られた環境に置かれていることとも無縁ではないだろう。
「なくて幸い」。それが今までの日本の強さの源泉ともなってきた。「ある」のならば浪費的になったとしても、「ない」のだから我慢するしかない。お金持ちは美食を我慢できないから太るのであろう。
さてさて、アメリカと日本のおかれたエネルギー環境には、今も昔も雲泥ほどの違いがある。
しかし、持てる国であるアメリカを羨ましがる必要はそれほどないようにも思える。むしろ「あって災い」となりそうな要素も幾多と散見されるのである。資源の宝箱であるシェール岩石の上に鎮座するアメリカは、新しい時代への変化を嫌うようになってしまうかもしれない。
一方の日本は、新しい時代へ移行せざるを得ない。再生可能エネルギーの開発も急務である。日本国民が新しいクルマに求めのは燃費の良さだ。
はたして、「あって幸い」となるのか、「なくて幸い」となるのか。
世界のエネルギー情勢は新たな分水嶺に差し掛かっている。
幸か不幸か、日本は「なくて幸い」とする道しか残されていないようであるが…。
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出典:WIRED VOL.6 GQ JAPAN.2012年12月号増刊
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