2012年11月19日

誰かが転べば全員転ぶ。「金融リスク」の話


「30人が肩を組んで野原を行進しているとしよう。大の大人が転ぶとは考えにくいものの、30人もいれば『誰かがつまづく可能性』がそこそこある」

2008年のリーマン・ブラザーズがその「誰か」であった。

「その場合には、列全体が倒れかねない」

もし、つまづいたリーマン・ブラザーズにアメリカ政府が手を貸していれば、「列全体」は倒れなかったかもしれない。ところが、アメリカ政府はリーマンを助け起こさなかった。その結果、リーマン・ブラザーズという由緒ある投信銀行、いわば「大の大人」はデフォルト(債務不履行)となって破綻。世界的な金融危機の引き金となった。





◎つながり


「2008年を通して、金融当局はリスク評価に『銀行間のつながり』を考慮していなかった」と、コロンビア大学金融工学センター所長のコントは言う。

当時の金融当局は、「個々の金融機関のリスクが低ければ、金融システム全体は安全だ」と考えていた。ところが、2008年の世界金融危機は、この想定が「甘い」ことを露呈させた。リーマン・ブラザーズなど大手金融機関がデフォルトに陥る可能性は「ごく小さい」と思われていたにも関わらず、金融システム全体は安全ではなかったのだ。



たとえば、個々の発電所が停止する確率は低いが、どこかの発電所が実際に停止してしまうと、その発電所に連なった他の発電所に過大な負荷をかけて、「大停電」を招く場合がある。それは、電力網が繋がり合っているためである。

「アメリカでは、この種の大停電が1965年と1977年、2003年に起きている」

これを反省した電力各社は「N1テスト」というのを実施するようになった。そのテストは、どこか1ヶ所の発電所がダウンしたと想定し、全体の電力網に何が起こるのかをシュミレートするものである。



それならば、それを金融システムに応用すればよいのではないか?

ところが、事はそう容易(たやす)いことではない。電力各社がそれをできるのは、「すべての発電所がどう接続しているかを分かっているからこそできるのだ」とコントは指摘する。





◎ブラック・ボックス


残念ながら現在、「金融システムの『実際の姿』を知っている者は誰もいない」。

誰が何を誰とどれだけ取引しているのか、正確には誰も分からない。それはあえて「ブラック・ボックス」の中にしまわれているのである。「各銀行はそうしたデータの報告をヒドく嫌がる」。

というのも、もし進行中の大型投資が世間に知れてしまえば、要らぬ価格上昇を招くかもしれない。また逆に、大規模な売りの場合には、その対象に問題があるとのシグナルとなってしまい、余計に売りが加速してしまうかもしれない。



そこでコントが提案するのが、すべての報告を「データ収集機関限りの機密扱いにする」という対処である。それならば、市場に隠れて巨額の資金を動かすことも可能となる。

「各国政府は『核に関する機密データ』を国際機関で何年も共有してきた実績がある。金融データのほうが機密性が高いということはあるまい」

アメリカでは実際、2010年に発効したドッド・フランク法によって、アメリカ国内の金融機関からデータを収集できる「金融調査室」なるものの設定が定められている。



◎リスク・モデル


しかし、いくらデータが出揃ったとしても、金融危機のリスクを想定することは可能なのだろうか?

「今のリスクモデルは、それほど精緻ではない」

スタンフォード大学の金融論教授のダフィーによれば、「確率」に基づく既存のリスクモデルは、未来について一切の前提条件を置かずに、将来に生じうる「気の遠くなるような無数の条件」を計算に入れているのだという。

しかし、それは「個々の銀行」についての結果でしかなく、他行との「つながり」まで計算を広げようとすれば、「ほとんど馬鹿げている」とダフィーが言うほどに、天文学的な計算が必要となるのだという。



「新モデルなら、2008年のような破綻の再発を防げるだろうという期待は、現実離れの希望的観測かもしれない」

たとえデータ数が増えようとも、結局世界は「おぼろげ」にしか反映されず、時には「とんでもない結果」が起きてしまうかもしれない。

しかしそれでも、金融分野はそのお粗末なリスクモデルに「過大な信頼」を置いている。そのモデルには「非常に大きな不確実性」があると分かっていながら、それを信じるのだ。



◎考慮し損なっている要因


数学的なリスクモデルに身を委ねているのは、なにも金融業界ばかりではない。

科学者たちも、気候変動や原子力の安全性など多くの分野で「不完全でお粗末な科学」に信頼を置いている(金融業界ほど絶大な信頼ではないが…)。



ある科学者は「雲の効果」を欠いた気候モデルがあまりにも多いと指摘する。

「雲は天気の60%を左右しているのに、たいていの気候モデルは雲を『無視』している」



様々なモデルが「考慮し損なっている要因」というのは、そこら中に転がっている。

たとえば、新型インフルエンザの感染拡大モデルに、「人々のワクチン接種を受ける意志」は組み込まれているのか? 原子力発電所のリスクモデルには、フクシマ50のような勇猛果敢な緊急対応チームの能力は組み込まれていたのか?





◎流動性


考慮し損なっている要因もあれば、容易には考慮できない要因もある。

金融危機においては「非流動性」がそれに当たる。

「もし、全員が自分の保有資産を同時に売却しようとしたら一体どうなるのか?」



売りか買いのどちらか一方に偏ってしまえば、売買は成立しない。

2008年に住宅価格が下落し始めた時、どこまで価格が下がるのか誰にも分からなかった。その結果、抵当証券の取引はストップ。売買の流動性が失われて「非流動化」してしまった。

「このため、銀行は抵当証券を現金化できなくなり、投資家はパニックに陥った」



カネは天下に回ってこそ価値がある。

つまり、流動性があるほど、言い換えれば、交換が容易であるほど正常に機能する。しかし、2008年の金融危機ではその流動性が失われ、スムーズな交換ができなくなってしまっていた。

そして、それが負の連鎖を加速させることにもつながった。



◎予測不能


なぜ、非流動性はリスクモデルに組み込まれていなかったのか?

「金融リスクモデルに非流動性を取り入れることは容易ではない」と、コーネル大学で金融リスクモデルを研究するジャローは言う。

なぜなら、流動性という要因は、通常の価格変動に比べると「はるかに非線形に変化する傾向が強い」からだ。つまり、次にどっちにいくかが予測しづらいのである。直前まで高い流動性を保っていたマーケットでも、一瞬のうちに非流動化する場合すらあるという。



それでもジャローは非流動性をリスクモデルに組み込もうとしている。

しかし、出てくる方程式は「単一のきれいな解をもたない」。簡単に言えば、「予測不能」ということである。

「私が開発しているモデルは、非流動性リスクの『推定』には役立ちます。しかし、完璧には程遠い状態です」



◎シナリオ


一方、スタンフォード大学のダフィーは全ての可能性を考慮することを諦めて、特定のシナリオだけに絞る「シナリオ・ストレステスト」を提唱している。

たとえば、一個人が将来、住宅ローンを返済できなくなるリスクを考えた場合、将来の「あらゆるリスク」を計算するよりも、給料10%カットなどといった「特定のシナリオ」に絞ったほうが簡単である。



ダフィーは一つの銀行につき、10種類ほどのシナリオを想定する。そして、他の10行が破綻するリスクをそこに組み込む。この作業を10行に対して行えば、10×10×10のマトリックス(行列)が得られることになる。

しかし、このモデルの欠点は、将来起こりうるシナリオの「ほんの一部」しか想定できないことである。

たとえ、想定するシナリオが確率の高いものだとしても、「そのテストに含まれない無数のシナリオの1つ」で金融システムは崩壊してしまうかもしれない。確率の高いところにブラックスワンがいるとは限らない。



かといって、いちいち何千何万もの想定をシナリオに組み込むことは、「モデルの複雑さ自体が障害となる」。

新たな変数とパラメーターが何十何百と加われば「泥沼にハマり込んでしまう」。その変数やパラメーターが誤差を生む可能性まで考慮すれば、結局「ひどく不正確なモデル」にもなってしまいかねない。





◎スイートスポット


理想を言えば、リスクモデルは「そこそこ」現実に近似し、限界を理解できるような「シンプルさ」があれば良いともいわれる。

それを「数学的スイートスポット」と言うらしいが、残念ながら、「このバランスを見極めることに成功した者はほとんどいない」と応用数学者のウィルモットは認める(彼はヘッジファンドのマネージャーも務めていた)。



とどのつまり、「金融リスクモデルは今後ともに信頼できないと考えたほうが安全」だ。

「金融市場に見られる全ての不確実性と予測不能な挙動を説明できるモデルが存在するという考えが、そもそも馬鹿げている」と、ミドルベリー大学の経済学者コランダーは身も蓋もないことを言っている。

「現実的な対処策はただ一つ、リスクモデルは信用しないことだ」



しかし、「ウォール街(金融街)の精神」はそんなことは認めない。

なにせ、彼らは「金融モデルを利用して大金を稼いでいる」のである。投資家の利益は「平均すると少なくなってしまう」。不完全なリスクモデルを信用するからこそ、利益は平均化されない。



30人が肩を組んで野原を歩いている時、ひょっとしたら誰かがつまづくのを期待している人も、その中にはいるのかもしれない…。

他人の不幸は…。










関連記事:
相手がいないと思うからこそできる「独り占め」。盲(めくら)になった現代金融。

緩和か緊縮か? 政府の影響力ばかりが大きくなる世界

「豊かさ」は測れるのか? GDPへの疑問と挑戦。



出典:日経サイエンス
「金融危機はなぜよそくできないのか」



posted by 四代目 at 06:05| Comment(0) | マネー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: