北海道の小高い丘の上に現れる「手づくりの野球場」。
それはまるで、映画「フィールド・オブ・ドリームス」に出てくる畑の中の野球場のよう。そして、その傍らにはログハウス。
「おはようございます!」
そのログハウスから姿を現した男性、これから球場まわりの草抜きをするのだという。それは彼の日課のようなもので、毎朝の楽しみでもある。作業は小一時間ほど。
「自分に戻れるっていうか、そういう時間なんで」
彼の名は「栗山英樹」、51歳。今季、プロ野球の日本ハムを任された新人監督である。
◎若葉マーク
北海道・日本ハムファイターズの新監督が栗山英樹氏に決定した時、ファイターズ党のファンは正直とまどった。
「新監督は若葉マーク…?」
栗山氏は元プロ野球選手といえども、引退後の現場経験は「皆無」。監督経験もなければ、貫禄もない。彼は古館伊知郎が呼びかける「栗さん」、野球解説者だった。
そんなファンのとまどいが愚痴に変わったのが今年1月、チームの大黒柱であったダルビッシュ投手がアメリカへと去ってしまったときのこと。
「この球団は何もわかっとらん!」
実力が未知数の新人監督に対する期待は下がる一方であった。
しかし、結果から先に言ってしまえば、事前の下馬評の低さとは裏腹に、今季の日本ハムはリーグ優勝を果たし、日本シリーズで巨人と雌雄を決することとなる。
今季の日本ハムの強さの秘密、それはログハウスまわりで野良仕事をしていたこの男が握っていたのだ…!
◎野球好き
札幌から車で一時間ほど走ったところに、「栗山町」という町がある。11年前、解説者だった頃の栗山監督はここへ引っ越してきた。町の名前が自分の苗字と同じだったという安易な理由からである。
越してきたばかりの頃の栗山監督は、「もう野球はやらない」と言っていたらしい。しかし、その熱や冷め切らず、雑木林を切り拓いてまで「手づくりの野球場」をこしらえてしまっていた。
「町の人に、結構いい板をもらってきて…」
ベンチもバックネットも全て手づくり。ここはすっかり、町の野球好きの集まるお気に入りの場所となっている。
監督のログハウスの中も野球で満ちている。壁にはズラリと有名選手らのユニフォームが並び飾られ、ショーケースの中では、小さな野球選手らが所せましとひしめいている。
「ここに来て教わったのは、自然って必ずいつか反応を返してくれるということです。たとえば、芝の生えていないところに肥料を撒いておけば、すぐには芝が生えてこなくとも、2年後とかに生えてきたり…」
すぐに結果が出なくても、手をかけた結果はいつか必ず出てくる。栗山監督はそう信じて、チームの選手たちと接していったのだという。
「僕の仕事は、そういう『尽くす仕事』なんです」
◎勝ち星のない投手
さて、ダルビッシュの抜けた大穴は誰が埋めるのか? 栗山監督が白羽の矢を立てた一人が「吉川光夫」投手24歳。
「まさか…、この3年間、勝ち星が一つもないというのに?」
ガラスのような心臓をもつ吉川投手は「いいもの」を持っていながら、それが全く発揮されずにいた。フォアボールを出して追い込まれ、自滅するのがオチだった。
「あれだけのものを持っているのは、誰が見ても分かるのに…」
栗山監督は「選手たちに思いっきり野球をやらせたい」と常々思っていた。しかし、追い込まれた吉川投手はいかにも窮屈そうに投げ、その腕が振り切れなくなってしまう。
「しっかり腕を振れ! フォアボールはいくつ出してもいいから。それで打たれようが、オレは全然構わないから」と栗山監督は言い続けた。
ところが、今シーズンの初登板、吉川投手はまた負けた。
そんな傷心の吉川投手を、「今季ダメだったら、ユニフォームを脱がす」と栗山監督はさらに追い込んだ。
「いつか、いつかはアッという間に過ぎてしまう。若くてもユニフォームを脱がされてしまうのがプロ野球選手なんだ」
◎若い選手の力
選手をあえて後がない状況に追い込むのは、栗山監督自身が現役時代、29歳という若さでユニフォームを脱がざるを得なかったからでもある。
栗山監督のプロ入りは、ドラフト外のテスト入団という地味なものだった。それでも必死にヤクルトのレギュラーを獲得。一時はゴールデングラブ賞という輝きを放つまでにいたっていた。
ところが、激しい目眩が彼の野球人生を狂わせた。メニエール病。キャリアがようやく始まりかけた時に、栗山英樹はユニフォームを脱ぐことを強いられ、そして引退に追い込まれた…。
「若い選手の力を引き出してやりたい、若いうちに…」そんな強い想いが監督の苦い過去からは滲み出してくる。
吉川投手、今季2回目の登板。この日も冴えない吉川投手は3回までに5つにフォアボールを出してしまい、いつものようにナシ崩しになろうとしていた。
ベンチに戻った吉川投手に、監督は声をかける。「お前の力強いボールを投げてきさえすればいいから。『その姿』だけは絶対マウンドで変えてくるな」。
ふたたびマウンドに立った吉川投手、そのピッチングには力強さが蘇っていた。何かが吹っ切れたのであろうか、腕もしっかりと振り切れている。
結局この試合、吉川投手は5回を投げて1失点。ついに「4年ぶりの勝ち星」をつかむこととなる。
以後、快進撃を邁進することとなる吉川投手、リーグ戦の最終成績は14勝5敗。なんと3年間も勝つことがなかった投手が、いきなりの二桁勝利である。
シーズン前から、吉川投手ならば先発投手の柱になれると目していた栗山監督。その期待通り、吉川投手は抜けたダルビッシュの穴を埋めてくれたのであった。
◎打てない4番
一方、栗山監督が「打線の軸」に育てようとしたのが「中田翔」選手24歳。並外れた長打力を秘めた選手であった。
「これから先10年の4番になれる」、そんな10年後の未来が栗山監督の中には見えていた。
しかし、シーズン開幕から中田選手の空振りは続く。24打席連続ヒットなし。これが日本ハムの4番の姿であった。それでも栗山監督は中田選手を4番から外すなどとは微塵も考えていなかった。
「僕は気にしてないっていうか、この経験も彼の糧になると信じていました。必ずこれが大きなものとなってチームに返ってくることを」と監督は揺るぎない。
「翔(中田)、打てないんだったら、オレが4番打つよ」
24打席ノーヒットの中田選手にそう声をかけたのは、チーム最年長の「稲葉篤紀」選手40歳。このシーズン序盤、稲葉選手は首位打者争いを演じるほどの好調ぶりだった。
「いっす…、オレが打ちます…」
今にも消え入りそうな声で答える中田選手。それが精一杯の抵抗だった。
◎初ヒット
開幕から25打席目、一点リードで迎えた8回、4番中田選手が打った打球は観客席に届いた。初ヒットにして初ホームラン。
ベンチには涙をこらえてうなずく栗山監督の姿が…。若い選手たちの活躍に「涙ぐむ監督の光景」は、以後、日本ハムの新たな名物となっていく。
10年4番となるべき男、中田翔、その劇的な反撃はここに始まった。
一時はヘッドコーチから「中田を4番から外したらどうか」と進言されていた栗山監督。それでも、4番には中田と書き込み続けた。
「監督は辛抱強かった」とヘッドコーチ。
徐々に上向いていく中田選手も自信をつけていく。
「稲葉さんじゃ4番は無理ですね」
4番を代わってやろうかとからかわれた大ベテラン稲葉選手を、今度は中田選手がからかう番だ。
「こいつ…、成長してるな…」、17歳も年下の中田選手の軽口に、稲葉選手は頼もしさを感じていた。
◎憧れ
9月28日、札幌ドームで行われたライオンズ戦。負ければ同率で並ばれるという際どい戦いを日本ハムは制する。
吉川投手の好投に、中田選手の2ラン、3ラン、2本のホームラン。若きファイターたちは火を吹いた。そして、日本ハムのリーグ優勝は決定的となった。
期待されていなかった一年目の新人・栗山監督によるリーグ制覇。それは「これからの選手」たちに支えられた未来の明るいものであった。
「ジョー、お前、巨人が相手なの知ってる?」
北海道のログハウスで栗山監督がそう話しかけるのは、愛犬のジョー。日本シリーズの対戦相手は巨人に決まった。
3歳年上の原監督は、中学生の頃から栗山監督が憧れていた存在。栗山監督のログハウスの壁に3枚ものユニフォームが大事に飾られている。
「現役のヤクルト時代も、なかなか強い巨人に勝ち切れないっていう時代だったから」
その強い巨人の中で、原辰徳は輝き続けていたのである。引退に追い込まれた自分とは雲泥ほどの差があった。
「原さんの楽しみにしてくれてるんで、『うちの選手たちの凄さ』を、ほんと見てもらいたい。全国の人にも」と栗山監督は熱く語る。
選手を自慢にする監督。そしてまた、選手たちも自分たちのチームを自慢にしている。
「他のチームの選手にほんと羨ましがられますもん。いいチームだよねって。それがすごく嬉しいんです」と、最年長の稲葉選手は屈託なく自慢する。
凡打でも一生懸命走るんだと彼はいう。それがこのチームの見せる姿の象徴であり、後続の若獅子たちに見せておくべき姿でもあった。
◎敵地
いよいよ幕を開ける日本シリーズ。初戦、第2戦は敵地・東京ドーム。
初戦の先発は日本ハム自慢の吉川投手。ところが、この一戦、憧れの巨人は強かった。散々に打ちこまれた日本ハムは、1対8という大敗を喫してしまう。
続く第2戦、今度は主砲の中田選手に悲劇が…。
「おーっと、手に当たったか?」
149kmの豪速球が中田選手の左手甲に直撃。デッドボール。それでも、中田選手はベンチに下がらなかった。しかし、明らかに左手はおかしい。
次の打席でその異変に気がついた栗山監督、「全然、力が入ってない…」。思わずベンチを飛び出した監督は、即座に中田選手を交代させた。
結局、この試合も0対1で巨人に譲った日本ハム。これで0勝2敗。もう後がない。
その奮起は、本拠地・札幌ドームに期されることとなった。主砲・中田選手の左手が思わしくないままに…。
◎雪虫
いつものようにログハウスから出てきた栗山監督。
その日の朝、空には「雪虫」が群れをなして飛んでいた。まるで、雪が舞い散るように…。この虫が空に舞うと、北海道には本当に雪が降る。
「これをつかんだら、白星をくれるのかもしれない…」
そんな淡い思いを抱きながら、監督は手のひらに雪虫を乗せていた。
「シーズン中もキタキツネが来てくれたり、めったに人前に出て来ないフクロウが現れたり、そういう時は必ず勝ってたんだよ」
日本シリーズ第3戦、札幌ドーム。
中田選手の左手は痛ましいほど赤く腫れ上がっていた。それでもあえて、栗山監督は中田選手を4番のままに起用した。
「4番の仕事は数字を残すだけじゃなくて、最終的にチームに勝利をもたらすこと」。そう考える栗山監督は、中田選手の存在を勝利に必要だと感じていたのである。たとえ、打てなくとも…。
「『いくよ』って言われた時は、素直に嬉しかったです」と中田選手。監督の想いに心感じるところがあったのだ。
試合が動いたのは2回ウラ、大ベテランの稲葉選手が「今季一番の打ち方だった」と自画自賛するホームランを観客席に運ぶ。北海道の大観衆は熱狂した。
「翔(中田)が痛みを堪えて出てるんだから、選手はこれに何かを感じないといけないでしょう」と稲葉選手。
逆に刺激された中田選手も、6回、腫らした左手で執念のヒットを放つ。
雪虫が勝利をもたらしたのか、この運命の一戦は日本ハムが巨人を圧倒。7対1でそれまで覆っていた暗雲を吹き払った。
続く第4戦も、延長12回の粘り合いを日本ハムが制する。
これで開幕からの2連敗が帳消しとなり、日本一の行方は振り出しに戻った。
◎理想の4番
しかし、第5戦を落とした日本ハム、またもや窮地に追い込まてしまう。次の第6戦に負ければ終わりである。
この負けられない一戦にも中田選手の姿はあった。じつはこの時、彼の左手甲は骨折していた。
3点をリードされた6回、いよいよ後がない状況でバッターボックスに立った中田選手。ランナーは2人、もしホームランが出れば、一打同点の大チャンス。
「塚本、第一球を投げ…、初級を打ったーーっ!」
グングンと空に伸びる打球、「入ったーーーっ! 同点スリーラン!」
「これが4番中田の姿だ…」
涙ぐむ栗山監督は、夢にまで見た理想の4番打者の姿をついに見た。この先10年の4番打者の姿を…。
「みんなが一番苦しい時に、必ず一発で空気を変えてくれる」
そんなイメージを監督は中田に抱き続けていた。それゆえに、監督は頑なに「4番中田」にこだわり続けてきたのであった。この点、戦術的に4番が変わる巨人とは対照的であった。
◎ナイーブ
残念ながら、試合は負けた…。
それでも、栗山監督は未来への確かな手応えを感じていた。未来への種はすでに蒔かれており、中には早くも芽を出してきた種もあったのだ。
確かに一年目の栗山監督はナイーブすぎたのかもしれない。ベンチで涙ぐむその姿は、「俺流」でもなければ「闘将」でもない。
しかし、「栗さん」だからこそ成し遂げられた今季の日本ハム。吉川投手に泣き、中田選手に泣いた。監督が泣くたびに、選手たちは燃え上がった。
「素人監督」でなければ、中田選手を4番という場所で育て続けることは出来なかったであろう。
「みんなが思っていることを思っ切りやってくれたら、それでいいから。中途半端なことだけはやんないでくれ」
試合前、そう選手たちに語る栗山監督の姿があった。
「プロ野球選手になって本当に良かったと思って終わってもらいたい」
不完全燃焼で終わってしまった自身の現役時代。それを若い選手たちには繰り返して欲しくない。そんな深い想いがあった。
◎雪、ところにより紙吹雪
熱狂の日本シリーズが幕を閉じた2日後、栗山監督は「手づくりの野球場」の手入れに勤しんでいた。茶色のペンキをバックネットのポストに塗る監督。
「一年間やってきたことが間違ってなかったってことを、選手たちが教えてくれました。どういう結果に終わろうとね」
シーズン前、誰よりも監督起用に驚いたという栗山監督。
「ここでの野良作業も意味があったんだろうな、って思うことがあります」
必ずいつかは実を結ぶ。少しずつでもみんな成長している。
「僕らの仕事って、選手の能力を引き出すことだけですから。怒らせた方がいいのか、プレッシャーかけた方がいいのか」
そのためには自分の色を強く出す必要はない。むしろ色を消してしまった方が、選手たちの色が引き立つ。
「教えるとか、そんなことでは決してなく、一緒にいくぞー、やろうなーみたいな」
「日本一になったら、北海道でパレードをすることになっていたんだけど、その日の天気予報が、『雪、ところにより紙吹雪』、いいでしょこれ。北海道のチームにしかできない(笑)」
そんな冗談を軽やかに言った後、監督はしみじみとつぶやく。
「…悔しかったなぁ…。この天気予報、聴きたかったなぁ…」
「夢は正夢」とファンの色紙に書き続けてきた栗山監督。
今季は、雪虫が紙吹雪に変わることはなかった…。
しかし、その想いは確実に選手たちの胸のうちに根付いているようである…。
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出典:NHKアスリートの魂
「ただ選手を信じる 日本ハム監督・栗山英樹」

