子どもの頃の彼が見る世界は、そのすべてが「白黒」だった。
生まれながらの色覚障害。そのため、ニール・ハービソンはそれを特別なこととは思っていなかった。
ところがある日、ニールは小学校の友だちに笑われてしまう。
「なんで、みんな笑うんだ?」
彼にはそれが分からなかった。自分が左右「色違い」の靴を履いていることも…。
それ以来、「色」に対して心までをも閉ざしてしまったニール。
彼の身につけるものは、「白と黒」だけになってしまった…。
◎出会い
そんな白黒だったニール、ある人物との出会いがその人生を一転、ひと一倍カラフルなものへと変貌させる。
音楽を学ぶためにイギリスに留学していたニールは、大学でコンピューター・サイエンティストのアダム・モンタンドンと出会うのだ。
「見えない色を、音で聞こえるようにしよう」
それがアダムの計画だった。そして作り上げたのが「アイボーグ(eyeborg)」と呼ばれる装置。ニールの目の前にブラ下げられた「アンコウのチョウチン」のようなその装置は、目の前の色を「音」に変えることができた。
アイボーグが認識した色は、一定の規則に基づいて「周波数の音」へと変換されてニールに伝えられる。つまり、ニールはその音の高低差で何色かを判別できるようになったのである。
◎サイボーグ
「サイボーグみたいだな」
ニールはその装置を一発で気に入った。はじめは音と色の名前とを結びつけることに多少の苦労はあったが、そんなことは物の数ではなかった。
生まれて初めて白黒以外の「色の違い」を知ったニール、その世界は360°の広がりを見せてくれた。アイボーグという装置を使って彼が識別できるようになった色数は360色。丸く一周する色相環すべての色を「聞き分けること」が可能になったのだ。
そして、現実世界のみならず、ベッドで見る夢までがカラーの世界になっていた。
「ピカソを聴ける!」
美術館に入ったニールは歓喜した。ピカソというのは音楽家ではない。でも、アイボーグで見るピカソの絵画は、音楽を奏でてくれるのだ。
「洗剤コーナーがヤバイ!」
単なるスーパーマーケットの陳列棚からも音楽が聞こえてくる。とりわけたくさんの色がそろう洗剤売り場は、色んな曲が賑やかに鳴り響く。まるで、夜のクラブだ。
◎見た目より「音」
「一度も色を見たことがない」というニールの白黒の世界は、アイボーグによって音楽あふれる世界へと劇的に変化した。もう白黒の服だけを着ているのはツマらない。
「今日はCメジャーを着ています」
そう言うニールの服装は、ピンクのジャケットに青色のシャツ、そしてズボンは黄色。ニールの耳には青色は「ド」、ピンクは「ミ」、黄色は「ソ」の音となって聞こえてくる。すなわち「ドミソ」、見事にCメジャーのコード(和音)になっている。
「お葬式はBマイナーかな」
色で言うとターコイズと紫、オレンジ。その色の組み合わせは全然お葬式向けでないように見えるが、耳を澄ますと聞こえてくるのは、確かにBマイナー(ターコイズが「シ」、紫が「レ」、オレンジが「ファ♯」。
ニールの服装は、その見た目(looks good)よりも「音」にこだわってコーディネートされるようになっていた(sounds good)。
服装だけでなく、「人の顔」からも音が聞こえてくる。
「キレイな顔なのにヒドイ音の人も、その逆の人もいます」
チャールズ皇太子にトム・クルーズ、レオナルド・ディカプリオ、ニコール・キッドマン…。ニールのお気に入りはニコール・キッドマンだ。「いい音(Sounds good)!」
「観客の顔を楽器代わりにコンサートだってできるんです。で、いい音がしなかったら客のせいにできる(笑)」
◎音に色を見る
また逆に、音を聞くと「色」が浮かぶようにもなった。
電話が鳴ると「緑色」が見え、BBCの時報は「ターコイズ」。
音を聞いて脳に浮かぶ色が面白くて、ニールはそれを絵画にして作品を作り始める。
ニールの描いた「夜の女王(モーツァルト)」は、赤青黄色、いろんな原色が洪水のように押し寄せる。曲の音程が上へ下へと飛び回るように、その色のコントラストも鮮やかで激しいものだ。
一方、ジャスティン・ビーバーの「ベイビー」という曲は、アイドルらしくピンクと黄色。わりと単調な色使い。
音楽だけでなく、「人の声」も色となって聞こえてくる。
たとえばヒトラーの演説は、色のギャップが激しいながらも、そこには妖しい魅力が秘められている。それに対して、キング牧師の演説(I have a dream)は、青から赤へと広がるシンプルな印象。そこには統一感と方向性の明瞭さが感じられる。
「ヒトラーとキング牧師、この2つの絵画を『無題』で展示して、どっちが好みか聞くんです」とニール。
歴史的な背景を無視すれば、両方の絵画ともに素晴らしい魅力がある。
しかし、「あとでネタばらしをすると、ほとんどの人が意見を変えるんですよ(笑)」。
Source: elpuntavui.cat via Hideyuki on Pinterest
◎超人
色と音の世界で散々に遊び回るニール。それでも次第に「物足りなさ」を感じるようになってきた。
そこでアダム(アイボーグの制作者)に改良を依頼し、「人間には見えない色」まで音として見えるようにしてもらった。
人間の目にみえる色域を「可視光線(380〜780nm)」というが、それよりも周波数の低い「赤外線」、もしくは周波数の高い「紫外線」は人間の目には見えない。しかし、音にすることはできる。
「つまり、人間の目を超えたのです」
テレビのリモコン(赤外線)を向けられると、ニールはすぐに気づく。赤外線が聞こえてくるのだ。
日光浴に良い日もわかる。紫外線が多く聞こえてくる日はヤバイ。
人間には通常見えない赤外線と紫外線。
紫外線が見えるというチョウやミツバチ(昆虫)は、花の蜜の有無をその色で判断でき、赤外線の見えるマムシやハブ(蛇)は光のない夜でも狩りができるという。
そして、ニールはその両方が可能ということだ。まさに超人…。
◎身体の一部
もはや、アイボーグはニールの「身体の一部」となった。その目は赤外線センサーの罠を見抜き、危険な紫外線をも回避する。
「アイボーグ(eyeborg)」という言葉は、「eye(目)」と「cyborg(サイボーグ)」を組み合わせた造語であるが、まさにニールは映画やテレビに登場するヒーローのような能力を手に入れることとなったのだ。
彼のパスポートの写真を見れば、そこにはちゃんとアイボーグも写っている。
「普通、電子機器の装着はNGなんですが、これは『身体の一部』だからと説得して、この写真が認められたんです」
ニールはこう語る。
「知識は感覚から得るもの。だから、感覚を『拡張』すれば知識も増える」
アイボーグによって、ニールは自らの可視域を赤外線から紫外線にまで拡張した。そして、その広がりを増した世界はメチャクチャ面白かった。
「ケータイ用のアプリなんかより、人間の身体のためのアプリのほうが、ずっと刺激的ですよ」
※2010年、ニールはサイボーグ基金(NPO)を設立。テクノロジーによって人間の能力や感覚を拡張する活動に本腰を入れ始めた。アイボーグは目の見えない人へと提供されている。
◎アプリ
ニールはアイボーグを「人間のためのアプリ」と表現したが、今やケータイ電話それ自体が「人間用アプリ」とも考えられる。このアプリなしには、面と向かわぬ相手と会話することなど到底不可能である。
そう考えれば、自動車もそうだ。走るより速く移動するなど人間業ではない。飛行機もそう。つまり、人間の発明全般は、すべて人間用アプリの範疇に入ってしまう。
「言葉」ですらそうだろう。言葉なしに刹那の想いを未来に託すことは不可能だ。しかしまあ、言葉はあまりにも多くのものの底流でもあるために、アプリというよりはOS(基本システム)と言ったほうがいいかもしれないが…。
話をアプリに戻そう。そしてケータイ電話に。これは最も最近発明された「人間用アプリ」だ。
人間がどういう風に携帯電話を使っているかという様々な研究の中に、「Full-time Intimate Community(常時、親密な共同体)」というものがある。
われわれ現代人は携帯電話を用いて、自分以外の人間いく人かの行動を常時把握している。それは自他のブログを通じてかもしれないし、Facebookやツイッターのチェックからかもしれない。
いわば、自分がそうした共同体の脳となっている。携帯電話という感覚器を通して、他者(外部)の情報を管理している状態だ。それはもはや、他人の脳と間接的につながっているようなものでもある。
まさに「身体の一部」、それがなければ「違和感」を感じてしまうだろう。
◎拡張現実
「仲間はいますから(You won't be alone)」
サイボーグという言葉は少々大げさかもしれないが、現代人にとってのテクノロジーは確実に「身体の一部」。
何も、ニールが目の前にブラ下げているアイボーグだけが特別なわけではない。われわれ現代人はすでに、テクノロジーの力を借りて、自らの感覚、そして現実を「拡張」しているのである。
「みなさんは、どの感覚を拡張したいですか?」
今世紀中にも、われわれの「見る」という感覚は一変するかもしれない。「補聴器」というモノも、聴覚を補う以上に、人間に聴こえない音までをも聴こえるようにしてしまうかもしれない。
味覚はどうか?
すでにニールは「好きな曲」を食べている。
「メインがラフマニノフで、デザートはビョークかマドンナ。サラダがレディー・ガガの曲だったら、子供も野菜を食べるかな? どんな音楽かは『盛り付け次第』です」
拡張され続けるわれわれの「現実」。
いったい、その「現実」とは何モノか?
「現実」という確かそうな響きは、「感覚」という不確かでユルい膜に包まれている。
そして、そのオブラートのような薄い膜はテクノロジーの進化とともに、一枚一枚、その厚みを増しているようである…。
関連記事:
本当は「不平等」な色の世界。色にはそれぞれの色が持つ歴史がある。
無味乾燥なものに「色」が見える不思議な「共感覚」。分析から統合へ。
死地に見た「ラ・ラ・ランド」。脳科学者の体験した右脳の世界
出典:TED Talk
「Neil Harbisson(ニール・ハービソン) : I listen to color(色が聞こえる)」


